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2019年3月18日 (月)

本日の毎日新聞「わくわく山歩き」は、福島県の安達太良山です。
私が、初めて登った雪山。高校2年の1月末のことでした。
安達太良山には、幾つかの思い出があります。


初めて登った35年前の冬は、千葉県内の高校山岳部が集まった講習会でした。

このとき、たくさんの新鮮な経験をしましたが、一緒に参加した真里は、一生の大切な友人であり、安達太良山で出会った、隣の高校山岳部だった面々は、同い年ながら、何歩も先を行っていました。彼らが雪洞を掘ることに驚いたし、その後、藪漕ぎや沢登りって何ぞやとか、白神山地(いまの白神山地ではありません、35年前の原始的環境です)を教わったのも、彼らからでした。

大学山岳部に入ってきた、女子部員たちと登った冬もありました。

冬以外に初めて登ったのは数年前の秋、田部井政伸・淳子夫妻とでした。
その後、こんどは春先に登りました。2日目、雪面がフィルムクラストになったことを、とてもよく覚えています。
フィルムクラストについて思うたびに思い起こすのは、こちらの文章。紙面では詳細まで触れることができなかったので、ここにリンクを。


映像作家の関口雅樹さんの文章には、スキーを走らせると白波が押し寄せるようであったり、桜吹雪が舞うようであると書いてあり、三浦敬三さんの『黒いシュプール』についても触れています。
私が、フィルムクラストの雪を思い出すたびに、それがモノクロームの絵であることは、この文章の影響かなと思っています。


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2019年3月14日 (木)

4年前の今日-登山中の突然死について、そして登山に関するマスメディア報道について

昨日に続き、今日は4年前のfacebookより。


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2015/3/14

労山の多摩西部地区の総会にお呼ばれし、話をしました。
3年目にして果たせた約束。

テーマは、山の突然死。書籍にしたのは2008年とちょいと昔。それ以前から、同テーマで雑誌には書いていたし、その後もデータ収集はしています。
突然死は、登山中であるとどんな点でリスクが大きくなるのかということと、いくつかの事例を話しました。事例のほとんどは、書籍やバックナンバーで読んでいただけますが、取材のなかで感じたこと、考えたことなども話しました。1件の事例を取」材するには最低でも1ヶ月以上かかるので、それぞれのストーリーがあります。
古い事例ですと10年近く前の取材になりますが、その多くを私は鮮明にそして印象強く覚えてます。つまり、どこでご遺族や死亡した方の山仲間とお会いし、どんな話をしたか、その時の彼らの表情まで。

取材裏の苦労話を、読者の皆さんに知っていただく必要はありませんが、どんな取材をしたか、どういった手順を踏んだか、取材の事細かなこと、文字にできなかった取材がどれほどあり、それはどういう理由か、それらについてごくわずかでも話すことで、突然死とういのが、また山岳遭難というのがどれほど悲惨で、遺されたものにとってつらいものなのか感じてもらえたかもしれません。


先だってのヤマケイの記事(雪崩遭難の捜索救助化とビーコン)も同様ですが、一般社会に生きる我々が、登山者として、あるいは私の場合は書き手としてやるべきことは多々あります。
そういった観点から、登山に関する報道について思うこと、またそれについて私が立ち向かいたいと思っていることについても、蛇足ながら話しました。


また今日の仕事は、個人的な思いではありますが、山と仕事の先輩のことを思いながらやりました。敷島悦朗さんは、私にたくさんのことを教えてくれただけでなく、当時私が主としていた出版社が傾いたときに、私と私の仕事を守ってくれたかけがえのない先輩です。登山を文化としてスポーツとして根付かせたいと思っている私にとっては、彼を喪ったことはほんとうに血肉を削られる思いであるし(むろん個人的にも)、またもっとこれから自分が頑張らなければならないとも思っています。


話を戻します。
今日会場で、「去年は来てくれると思って、書籍読んで待っていたよ」と言って下さった方もいました。講演中にも述べましたが、こと近年の登山に関するマスメディアの報道を苦々しく思っています。だからこそ、マスではない位置にいる私たちが、もっと頑張らねばならない時です。

辛抱強く私のことを待ってくださっていた皆さん、今日はほんとうにありがとうございました。

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2019年2月20日 (水)

毎日新聞「わくわく山歩き」-房総・烏場山

2月18日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」は、房総の烏場山について書きました。照葉樹林が広がる山で、とくにマテバシイの純林が美しいです。
以前、日経新聞に連載したときも、房総の山をひとつ入れました。里見八犬伝が残る富山。生まれ育った県の身近な山です。

同県に生まれ育った同世代に、世界的に名を残したクライマーがいます。
彼のことも数行書きました。
親しくなるのは30半ばからですが、千葉市のど真ん中にある石垣や橋脚の跡を泰史さんも登っていた話は聞いていました。私たち千葉女子高山岳部も、その隣の親しい友人達がいた千葉高山岳部も登っていましたね。
けれど、石垣をトラバースするのが私たちだったら、泰史さんはどんどん傾斜を増しながら上へ上へと登っていたというから、まったく……。
こんなのは彼の高校時代の逸話のほんのひとつだけれど。

私が烏場山に通ったのは、15年以上前のこと。明け方の御宿で波乗りをして、2ラウンド目に入らない日は、和田浦まで南下して烏場山を走っていました。トレイルランニングという言葉はいまほど馴染みはなかったかもしれないけれど。
トレイルランニング、ファストパッキング、色んな言葉が使われるけれど、安直な言葉先行はおもしろくないですね。同じようなこと、日本でも昔からやっていました。カモシカ山行とか。
海外の文化も興味深いですが、それが日本に入ってきたときに、日本の自然や風土、歴史、精神性と相まって、より豊かなものになっていけばいいな、と思います。

ところで。
このところ1週間余り、白馬・小谷・富山で過ごしていました。毎日登って滑って。早朝、朝ご飯をほおばりながら、日本海を眺めて車を走らせ、山やスキー場へ。雪の遊びを終えると、ふたたび日本海。朝の色、夜の色、春っぽい柔らかい色、冬のどんよりした色。海を眺める日々がいとおしいです。
生まれ育った房総は、親潮という寒流と暖流の黒潮が合わさるところで、海の幸が豊富です。こと外房は外洋の力強さと、広がりがある、大好きな海です。
そんな育ちをしたけれど、こうやって日本海に接する時間を多くもてるようになった、最近も、大好きです。

島国ゆえ、海が望める山は、あちこちに。そんな山を、これからも歩いたり、攀じ登ったり、滑ったり、したいですね。

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2019年1月29日 (火)

嘉門次小屋・上條久枝さんインタビュー@『ランドネ』

ただいま発売中の『ランドネ』3月号に、上高地・明神にある嘉門次小屋女将・上條久枝さんのインタビュー記事を書きました。松本市・あがたの森で、久枝さんのポートレートを撮ってくれたのは、写真家の杉村航さん です。

山に登る年数が長くなれば、通うことも度あ重なる。少なく見積もっても50往復以上はしただろう、上高地から横尾へ至る道。緊張で心が重たいときや楽しさワクワクの往路と、充溢感や悔しさ情けなさ、色んな感情の復路。いずれも早足であることが多かったけれど、10年近く前のある取材から、右岸も歩くようになった、遅まきながら。

嘉門次小屋でお見かけする、背筋がしゃんと伸び、凛とした表情のこの方が女将さんなんだろうとは思っていたが、この度初めてお話し、俳人であることも知った。自著『ウォルター・ウェストンと上條嘉門次』も、拝読。
そして、インタビュー中には、かねてから気がかりだったことも尋ねてみた。「嘉門次は、なぜ神様の目の前に猟師小屋を建てたのですか?」

下記の写真、一枚目は、夏の葉が眩しい嘉門次小屋。
二枚目は、札幌のモンベル赤レンガテラス店に並べてあったもの
を撮らせてもらった。ちょうど、層雲峡から札幌に移動してきた翌日、登ったり滑ったりが続くので、1日オフと決め、秀岳荘をはじめとした札幌市内の登山道具店を巡り、ご挨拶していたときのもの。

冬のあいだ、北海道に2週間近く滞在するのは、ときどきあること。クロカン一辺倒の年もあるけれど、今年は、アイスクライミング、クロスカントリースキー、テレマークスキーと3種類の道具を持ってきたので、天候や自然条件に
合わせて、行き先や道具を変え、山を楽しみ味わいたいと、考えている。そんな日々が、ほんの少しずつでも自分を強くしてくれることも、めざして。
久枝さんが、若かりし頃、熊本から夜行列車で上高地に通ったように。

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2019年1月27日 (日)

月イチ連載「わくわく山歩き」@毎日新聞

少し前のことになりますが、毎日新聞の月イチ連載「わくわく山歩き」が始まりました。
初回は東京奥多摩の御岳山です。

御岳山に初めて登ったのは15年ぐらい前の初冬。カモシカの笹原さんと同窓隣の部(WV)のエリさんという山の大先輩ふたりに誘われ、馬頭刈尾根から繋ぎました。地形図を広げるとよくわかるのですが、御岳山は四方八方に稜線が延びており、あちこちから縦走することもできるのです。


途中でおでん食べたりノンビリ歩いていたら、御岳山、日の出山と越えて、つるつる温泉に下山する頃には夕方に。
下の写真は、朝陽を浴びた武蔵御嶽神社の境内から東京を望んだものです。宿坊に1泊して、翌朝参拝するのは、好きなスタイル。御嶽神社の面(つら)が、朝陽に輝くさまは、なんとも言えません。

この記事が掲載された1月21日朝、ちょうど羽田空港から旭川空港へフライトしました。
それから3日間、層雲峡でアイスクライミングをするために。
去年の同じころも、層雲峡でアイスクライミングをしていましたが、そのときよりは温かく、それでも風が強い日は、マルチピッチで登っていると、滝の上部へ向かうほど、風があたり、寒さが厳しかったです。時折青空が広がるけれど、ほとんどがどんよりした空模様。
前日は、景信山で恒例の餅つきをしてたので、太平洋側に広がる冬晴れとは対照的。
日本は広いなあ、自然は豊かで多様性に富んでいるなあと思います。

そんな日本の山歩きの世界を、少しずつ紹介していきたいと思います。

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2019年1月 6日 (日)

中島健郎さん@ドイター・REAL VOICE

昨年のことになりますが、ドイターアンバサダー・中島健郎さん(クライマーであり山岳カメラマン)をインタビューしました。
REAL VOICEシリーズ、タイトルは「父と登った山が原点」。

インタビュー当日、いつものように自転車に乗って、さっそうとやってきました。「健郎、どうしたの?そのアタマ。寝ぐせ?」と言ったら、そそくさと洗面所にかけこみなおしていました。失敗した……そのまま撮影に入ればよかった。
そんないつも気取らないところ、誰といつどこにいても変わらないところが、彼らしいです。

インタビューには、健郎さんの大学山岳部後輩であり、イワタニプリムス勤務の山本大貴さん(写真右)も同席してくれました。
健郎さんは、先日、アンデスに向けて旅立っていきました。三浦雄一郎さんのアコンカグア登山+スキー滑降の撮影の仕事だそうです。今回のインタビューでは、ご自身の登山、撮影などの山の仕事について語ってもらいました。
なにかを強く主張することは少なく、自己顕示欲のない方ですが、ご自身の考えは揺るがずしっかりしており、インタビューでの回答も明快でした。

このブログの写真は私が撮ったものですが、web掲載のインタビュー写真は、かねだこうじさん。ほか、健郎さんの幼いころからの写真もあります。
ぜひ、ご覧ください。

http://www.iwatani-primus.co.jp/realvoice/3.html

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2018年12月17日 (月)

平成の登山「女性の活躍」@『山と溪谷』1月号

『山と溪谷』1月号「テーマで見る平成日本登山史」に、「女性の活躍」について書きました。
たった2ページで、ほとんどのことを割愛したし、少々片寄っている点もいなめません。雑誌に名が出なくとも、面白い記録を残している女性もいますし、フリークライミングを取り上げられなかったのは、片手落ち。室井由美子さん、大岩あきこさんらが先達となり、いまでは世界的クライマーもいます。
信頼する編集者が担当だったので、粘って書かせてもらえたけれど、女性のクライマーについても山ガールブームについても、とても書ききれないので、別の機会を作りたいと考えています。

「女性の活躍」というタイトルが、男性目線だという意見をいただきました。編集部からもらったお題「女性の進出」から、私が変更したものです。言葉の使い方は難しいですが、いちばん大切なのは、書き手の視点、意識だと思います。

「女性初」「日本人女性初」というくくりに意味がないという方もいました。私も、その感覚はとてもよくわかります。
一方で、田部井さんのエベレスト女性初登頂のように、社会的意味を持つ場合もあると思います。
以前、日本山岳会の「山」の編集人になったとき、「女性初だ」と言われました。1905年から続く会の会報です。しかし、それを問題にすること自体、私自身は疑問もありました。けれど、ある女性の理事が「役職を頼まれたら、なるべく断らない。そうやって女性が出ていかないとならない」とおっしゃっていて、そうかそういう先達あっての私たちだったのだと、思いました。
つまるところ、そのようなくくりがないなかで、ものを見ることができたらよいな、と思います。だいいち、本人たちは、性差はあるけれど、女性だからって思って登っているのではないので。

今回の執筆を機に、平成を振り返る書物を数冊読みましたが、なかなか激動の時代だったのだなあと思いました。

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2018年11月29日 (木)

「写真の記録性」@Stuben

いままで墨色だった題字がシルバーに。それって、そういう意味?
4冊目の『
Stuben』は、Photo Issue。
被写体であるスキーヤーは山木匡浩、撮り手は立本明広黒田誠廣田勇介中田寛也
ここに、「写真の記録性」という文章を添えました。

ほか、雪の世界にまつわる写真、写真に関する文章が綴られた一冊。
お手にとって、ゆっくりご覧ください。

11/30東京(小谷明×山田博之×渡辺洋一)、12/14札幌(山木匡浩×渡辺洋一)にて、刊行トークイベント開催です。

→ 東京

→ 札幌

webサイトの「Dealer」をクリックすると、取り扱い店舗のリストがあります。 

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渡邊愛理さんインタビュー@ランドネ1月号/発売中

いい出会いをいただきました。
渡邊愛理さんのインタビューを『ランドネ』1月号に掲載。

いまも昔と変わりなく、登山者としてこんな純粋で真っ当な育ち方をした若者がいるんだ!って感慨深かったです。

宮城県生まれ、栃木県在住。所属は、本田技研の職域山岳会。部署こそ違えど、かつての大先輩には渡辺斉さん、田部井政伸さんらも。
今年の春は、ヒマラヤキャンプでパンカールヒマールに登頂。

女性も男性も、これまでランドネを手にとったことがない方も、ぜひご覧ください。


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The North Face SUMMIT SERIES~K2

The North FaceのハイエンドモデルSUMMIT SERIESの今期カタログは、K2がテーマです。

カタログの後半分を、執筆しました。

K2の歴史やプロフィール、重廣恒夫さんと小松由佳さんのインタビューなど。
巻頭には、森山伸也さんが執筆した石川直樹さんへのインタビューもあります。


カタログ制作をしているさなかのこと。

山野井泰史さんとの会話のなかで、「K2は、どのラインにもストーリーがあるよね」って何気ない一言があり、ズキンときました。

探検時代から始まり、南東稜からの初登頂。その後の幾つものアルパインスタイルのトライ。
プロフィーらの北西壁、泰史さんとクルティカが臨んだけれどほぼ手つかずの南東面、クルティカが繰り返しトライした西北西壁。ロシア隊の西壁ダイレクト。
第2登から北西稜ほか、日本隊にも縁の多い山。
そして今年のトピックは、アンジェイ・バルギエルが山頂からBCまでスキー滑降。さらには、厳冬期など課題がいまもある山。

たしかにそれぞれに、ストーリーがある。それもK2ゆえんのことか。

店頭で配布しています。ぜひどうぞ。


そして、シリーズ展開に合わせて、11月20日からSUMIIT SERIESのイベントも始まり、連夜、原宿へ通いました。
二晩目は、佐藤裕介さん×鳴海玄希さん×山本大貴さんによる、セロ・キシュトワールの報告スライドショー。
当人たちから生の声で話が聴けるのは、ほんとうに嬉しく思います。
自分たちのクライミングについて、正当に評価でき言語化できることもまた、素晴らしいと思いました。
けっして派手ではないありのままの短い映像と幾枚かの写真と共に聞いた話は、ずっしりとリアリティがありました。


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