photography

2017年11月22日 (水)

そして、みたび

こんな短期間に3回も通うとは思ってもいなかったが、タイミングが合った。
そう際立って、アンセル・アダムスのファンというわけではないのだが。
色んな方々から教えてもらったことを心のなかで繰り返しながら、見入ったり。
極僅かだけれど、ヨセミテ・バレーやトォルミ・メドウに身を置いたときの、その場と時を想起したり。

写真展は通うものなのだと、つくづく思った。
わざわざ訪ねるだけでなく、なにかの折にふらっと立ち寄って、繰り返し見つめ入るもの。
美術館も映画館も、ほんとうはそんな存在なんだろうな。
 
オーケストラの友人が、「カーネギーホールで、マーラー6番の開演直前に「Obstructed Viewのチケットくれ」と言ったら10ドルだったけれど、サントリーホールで母校大学オケが演奏するマーラー5番は10ドル以下、お得だね」と言っていたが、きっと音楽も同じ。日常にあるもの、日常にありたいもの。

 

2017年11月21日 (火)

写真展は通うもの

土曜日、長野から東京にやってきていた仕事仲間の写真家さんと待ち合わせ、写真展「二十世紀の巨匠 美と崇高の風景写真家 アンセル・アダムス」へ行った。
高校の写真部のときの話などを聞きながら、どの作品が好きか、あれこれ会話しながら観て回るのは面白かった。
 
「写真として好きなのは”ハーフドーム吹雪”だけれど、部屋に飾りたいのは”アスペンス”」「”アスペンス”はふたつともいいね、ひかりが好き。”網戸の向こうの女性”や”グレッシャーポイントからの月の出”もいいな」とか。
アンセル・アダムスが自分の影を写した写真を前にして、彼が手に掲げているのは「露出計?」と聞くと、「フィルムホルダーでしょう」と教えてくれた。昔の露出計はこんなに大きくないそうだ。だいたいのモノが小型化していくのが世の流れだと思うが、露出計は時代とともに機能が増えて、大きくなったのだと。へええ。
ピントがうしろに来ていることや、影がぼやんとしていることに、あーでもない、こーでもないと。
 
これまで写真展というと、そのほとんどは一人で行った。
けれどこうやって、人と話をしながら回るのも楽しいものだと、知った。
 
そして1日置いて月曜日、また同じくアンセル・アダムスの写真展へ行ってきた。
 
以前、一緒に連載をした写真家さんが、写真展の出口にあったアンセル・アダムスとツーショットが撮れるパネルの前で写真を撮ってあげるよ、と声をかけてくれた。
そんな大の写真家さんにシャッターを押してもらうなんて、とんでもない、と思ったが、私のコンデジを使って、「上手く撮れるかなあ」と言いながら撮ってくれたそれは、どれも面白い写真だった。知らぬまにたくさん撮ってくれていた。
まったく、素人の私とは違う。
(↓撮っていただいた写真を加工したのは、私自身)
 
アンセル・アダムスの写真の数々は学校のテキストにもよく使われていたといい、その内容をひとつひとつ教えてくれた。
 
撮影年は表記されているが、現像された年はどこにも載っていない。けれど、焼き上がりの様子を見ながら、おそらくこれぐらいの年代だろうと教えてくれた。
ポラロイドの仕上がりについても教えてもらうと、その浜辺の砂がより味わい深く見えてくる。
 
大判カメラは後ろに焦点がいきやすいが、手前をどのように表現しているか、静物をどんなに表現しているか、ひかりがどこからあたっているか、全体のバランスを取りながらか明るいところをどこまで表現しているか。
 
ゾーンシステムや、ゾーンセブン、エルナンデスの月の出の作品についても。
 
二度目に見ると、そして色んなことを教えてもらいながら見ると、いっそう奥深く、広く見えてくるものがある。いままで見えていなかったものが、浮かび上がってくる。
それは理論的に写真を見るというよりも、理論やメカニズムを理解したうえで、その上に築かれた感覚や感情の世界を見るような。
 
2時間ちかくかけてひとつひとつ見て回った。
前日は、ある有名写真美術館のキューレーターが来て、写真解説をしていたというが、そんなことはちっとも羨ましいと思わないほど、私も濃密な話を聞きながら、贅沢な時間を過ごした。
そして、思った。彼はまたきっと後日、ここに来るだろうし、私もまた行こうと。
こんどは一人でも行ってみようと思うし、一緒にこの写真を見て回りたいなって思う人もいたり。
写真展は、通い続けて見るものなんだと、思った。
Fbpb200016

2017年11月15日 (水)

森嶋一也写真展 "moroccan FOLKLORE"

友人に誘われて、森嶋一也さんの写真展「moroccan FOLKLORE」に行ってきた。
編集者である友人がかつて、国内外の取材旅行を共にした仕事仲間だそう。
「クライマーのような、硬派な人物を、彼に撮らせらた面白いよ、きっと」と。
 
南青山にある花屋さんの二階。会ったこともない撮りて手が、この部屋のどこかに、姿はないけれど確かに存在するような、そんな錯覚におちいって作品を眺めていた。
写真を見入っているときは、その姿は出てこないけれど、写真を離れ部屋の中を歩いているときに、壁際にいるような。
そこに作品が存在すれば、その撮り手の存在が、押し付けではないけれど、確かに存在する。写真家ってすごいなって思った。
私の書いたものの脇に、私の存在がほのかにあるだろうか……というと、ないように思う。
 
言葉を尽くしても伝えられないこと、表現できないことはあるし、言葉を尽くせば尽くすほど、それは薄っぺらく感じてしまうこともある。これは自分が書く文章について。
けれど、写真はありのままを写す。ありのままだけれど、そこに撮り手のセンスが加わる。
 
森嶋さんが写す人物は、なんだかちょっとトボケた表情をしたり、明後日の方向を向いていたり、ぽろっと見せちゃった顔をしていたり、正面切っていない。正面ではない、その人のなにかを写している。
 
そんなことを考えながら、花屋さんを出て、街を歩いていると、向こうからそのご本人が歩いてきた。これはこれはと、ふたたび花屋さんに戻る。
なんともふにゃふにゃっとしたような方で、写真展の部屋でみていた幻とは違う。
でも、同じかもしれない。
 
森嶋さんのwebサイトに載っているプロフィールが面白い。
「1964年2月8日、京都市伏見区に生まれる」、そうか水瓶座かあ。
「12歳初めて女の子からチョコレートを貰う」、12歳なんだあ。
その後、写真家になる道のりが続くなか、途中で一文。
「いったいどれぐらいの数の、人や風景を撮らせてもらったのだろうか。」、この一文だけトーンがちがう。
Fb_dsc0015
 
 

2017年11月 2日 (木)

「彼女の文章が好きなんだよ」

晴れ渡る八ヶ岳山麓、もう少し居残ろうかと思ったが、お世話になった山岳写真家である高橋良行さんの訃報を聞き、朝ごはん後、東京に向けてクルマを走らせた。
 
同じく山岳写真家の渡辺幸雄さんが、通夜に参列するために北穂高岳から下りてくるという。
そうであれば、私も通夜へ行こうと予定したのだが、どうにも疲れがたまってダウンしてしまった。せっかく間に合う時間に、東京に戻ったのに。
通夜後、ナベさんが連絡をくれ、良行さんと一緒に進めていた仕事の話や、彼が残した宿題について話してくれた。まったく気持ちの整理もつかない、別れもさんざん、ぐちゃぐちゃだったというようなことを言っていた。
ベッドから起き上がるのも辛かったけれど、そんなだったら体に鞭打ってでも通夜に参列すべきだったと悔いた。
かつて、磯貝さんが滑落死したとき、磯貝さんへのお別れだけでなく、周囲にいる足立さんやナベさんを支えたいと思って、通夜に駆け付けたことを思い出した。葬儀って、生き残った人たちのためでもある。
 
良行さんと仕事を一緒にしたことはなかった。けれど、山岳写真家集団の展覧会に行くと、いつも会場にいらっしゃったので、自然と話をするようになった。
ここ数年はお会いする機会を逸していたが、あるとき、「キミは柏さんの旦那さんなんでしょう。僕は彼女の文章が大好きなんだ」と、当時夫が話しかけられたと、帰宅し報告してくれた。そんな会話は、翌年もまたその翌年も続いた。
 
「君の文章が好きだ」。そういうことを面と向かって言ってもらえたら、それだけでライター冥利に尽きる。そんな経験は少ないが、でも数の多さではないかもしれない。たとえひとりであろうと、言ってもらえただけで、幸せであり、心の支えとなる。
 
小春日和、心の支えであったひとりの先輩とお別れ。

 
追記*
こんなことを書いた矢先、ある雑誌の文章を読んで、「柏さんの文章、好きです」というメッセージが先ほど届いた。私もこれから、本人に向かって、「あなたの写真が好きです」「あなたの文章が好きです」ってちゃんと言おうと思った。
  
0119a4a2dd8b4e0c441e6d0a11ca4f333d6

2017年10月23日 (月)

なまら癖Xデナリ報告会@白馬

全国キャラバン中の「なまら癖Xデナリ報告会」。もともと、山梨の回しか行ける日付がなく予約してあったのだけれど、急きょ、先の土曜日の白馬の回にも行ってきた。
 
先日、スキーの仲間、友人達とNHKのテレビを観たばかりであったが、じつは本当のことを言うと、私はそのテレビ番組について、さほど心が動かなかった。facebookとかツィッターとかインスタグラムで、みんなこぞって「感動した」と言っていたので、なかなか言いにくかったけれど。
その自分の思考回路も、自分ではわかっているつもり。
やっぱり、これは本人たちの報告会に限るって思っていた。
 
大のオトナが、本気を出してトライする自分たちのための楽しみ。
それに、撮影隊(ガイドやカメラマン)たちが同行するのだから、その「巻き込む」チカラに感服する。
佐々木大輔さん、新井場隆雄、狩野恭一さんメンバー3人が勢揃いした回に行けてよかった。それぞれが語るデナリが聞けて、なまらの信頼関係の強さと、そしてそれぞれのメンタリティをつよく感じる時間だった。
加えて、ガイドとして参加していた地元在住の黒田誠さんのトークも。初めてスライド見せられて話をさせられる無茶ぶりだってコトだけれど、彼に限らずココ参加したガイド、カメラマンは優秀だから、ちっとも無茶ぶりではないと思う。
 
人が語ることは、その人の経験(この場合、登山の経験が中心ではあるけれど、それだけではなく人生経験すべて)、個性、人柄、その人の考え、その人がいかにそれ(登山)にコミットしているかがにじみ出てくるわけで、聞く側は4人分の色を味わう。
 
登山は結局のところ、個人的な行為だと思うし、しかしその個人的であるところに意味があり、時にそれが他者の心を動かしたり、また内容によっては歴史に残るものともなる。
だから、周囲が語るのではなく(私は書き手であるので、周囲からクライマーのことを語ることが多いのだが)、こうやって当人たちの声を聞くことは、やっぱり貴重な機会。
01b36a16adcd709ac47bdeb4e234897485f
 
 
 
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Information

  • ✾登山ガイドについて✾
    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

Magazines