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2021年11月14日 (日)

ルクラフライトを心穏やかにやり過ごすコツ

キャンセルの多い山岳路線・ルクラフライトを心穏やかにやり過ごすコツは、焦らないこと。どーにでもなれって思うコト。そのためには、暇つぶしの本も必要だし、昼寝もよし。けれど、情報収集やコネづくり、ネゴも重要です。

 

帰路は1日予備日あり、それもダメだったら3日目のファーストフライトをねらって、カトマンズに到着次第、デポ品をともかくそのまま空港に持ってきてもらい、国際線に乗り継ぐというハットトリックしかない状態だった。あるいは、どこかのヘリを拝み倒すか。
ギリギリの予定は立てるな、これもコツか。

 

朝はカトマンズ盆地霧のため、マウンテンフライトがオールキャンセルという絶望的なスタートだった。
ライ族と結婚したという日本人女性がやっているお土産物屋でおしゃべりをしていると、10時頃、タラの1便が飛んだというニュースを、空港の整備士が持ってきてくれた。地元密着ポイントにいるといい情報もすぐに入るものだ。
しかしその後は鳴かず飛ばず。スタバ風カフェでひたすら読書。
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15時頃になって、なんとなく知った顔のダイがふたり、「ディディ、フライトだ」とやってきた。
誰だかわからなかったけれど、小さな村だからオオゴトにはなるまいと思って店を出た。

 

宿の主人であるパサンは、空港に通じていて、私達のエージェントからもフライトのケアを依頼されている信頼できる方だ。
そのパサンが空港にいて、シミティックの搭乗券を出してきた。もちろん手書き。
私が持っていたタラの3便は飛ばないだろうという彼の予想によるもの。
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結果的には、シミティックもキャンセルになり、次にパサンが出したゴマに乗ることになった。シミテックをぐちゃぐちゃに丸めてポケットにしまいこみ、ゴマのチケットを手書きしたのだ。
KTMからカーゴ便でやってきたゴマが帰路、乗客を乗せて帰ると言いだしたらしい。
まさかカーゴ便にひとを載せるとはだれも思ってもおらず、小さな空港は混乱状態だった。
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しかし、これで乗れると思ったところ、最後にもうひと山。
そのゴマがオーバーブッキングをしており、控えめにいちばん後ろに並んだ私が乗れなそうになったのだ。
そこをまた、パサンが交渉。早口のネパール語が飛び交い、もはや彼が何を言っているのか聞き取れなくなったが、30キロ近い登山道具も一緒に載せられることになった。
最後に、「うちに泊まってくれた、大事なお客様だからね」と言ってくれたが、ゆうべのうちにパサンといろいろおしゃべりをしておいてよかった。

 

ルクラのみんなに「ラッキーガール」と叫ばれながら、ラストフライトの最後の1席に乗って、無事予定の日のうちに帰ってきた。
20年以上の付き合いになるアヌーの息子がゴマに就職し、パイロットのトレーニングを始めたと言っていたから、私がゴマで帰るのも最初から決まっていた縁だったのかもしれない。
17時過ぎに飛び立ち、有視界飛行ギリギリ。夕陽を浴びたヒマラヤの山々が本当に神々しかった。
山のなかで別れてきた花ちゃんとすずぴーのことを思い出した。時間がギリギリだったので仕方ないとしても、自分がちっとも山に登れず、スパンティークの出番もないまま帰ってきたことも、実はものすごく心の残りだった。
ふたりが、峠の途次で座り込んで書いただろう手紙は、無事シェルパの手で私のところに届けられ、機内で繰り返し読んだ。
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空港ターミナルに到着したときには、日も暮れていた。
ホテルに着くと偶然同じに日BCから戻ってきたヒロタカさんとタケさんが、「九回裏起死回生だね」と言って待っていてくれて、またもや……二人が大好きなサムギョプサルへ。
KTMはティハール(お祭り)の名残りがあり、街の灯りが何となく綺麗だった。

昨日に続いて、facebookの思い出機能に出てきたものを再掲。旅がしたいな。

2021年11月13日 (土)

ティンポの家族

ターメの奥、テシラプチャの手前にティンポ(4230m)という場所がある。春から秋の間だけヤクやゾプキョを放牧しており、バッティが1軒。そこが私たちのベースだった。
このバッティの家族がものすごく素敵で、私は花+鈴と別れたあと、バックキャラバンの日数を縮めてここに延泊した。
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お父さんがアドベンチャー・コンサルタンツのキャップをかぶっていたので、これはなにやら?と思ったところ、案の定、ガイ・コッターと多くの仕事をし、エベレスト10回、K2などの登頂経験のあるシェルパだった。けれど、本人はそんなことをなんとも思っていない。
ある時、スコットランド人男性二人組が通りかかり、私に「ここは泊まれるのか?」「この宿をやっているのはどんな人か?」など聞くので簡単に説明したところ、立ち去るときに、わざわざ台所へ入ってきて、「エベレストのクライミングシェルパであるというご主人はどちらに?」と尋ね、握手をしていった。お父さんはきょとんとしていた。
かのアパ・シェルパの親戚筋であり、お父さんとお母さんのなれそめやこれまでのこと、3人の子供たちをどうやって育てているか、山以外の仕事についても具体的に聞いてみた。彼らの1日も見せてもらった。
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そんなことに1日を費やそうと思い立ったのには、きっかけがあった。
当初、お父さんの経歴に興味があり簡単なインタビューを始めたところ、子どもの話題になった時にお母さんから強い視線が注がれたのだ。そうか、やっぱりこの家庭でも、子どもたちの将来について考え込んでいるのだと。それでお父さんだけでなく、お母さんの話も聞いてみようと思ったのだ。
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とにもかくにも、お父さんがものすごく働き者だ。山の仕事から帰ってきたら、酒ばかりの人も見てきたが、ここまでの働き者のシェルパはそういない。そして、お母さんへの気遣いがとても優しい。そんな両親のもとで育ったから、二人の小さな息子もお母さんをとても大切にし、お父さんの仕事をしっかりと手伝うのだ(お姉ちゃんはカトマンズ在住)。
結婚を考えている女性は、こういう男性を選ぶべきだと、つくづく思うほど、心温かい人だったし、心温まる家族だった。
この家族のことは近いうちに、書くつもりで、本人達にも了承をとってきた。現代のシェルパたちが抱える問題も見え隠れしていた。
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ところで、このバッティにあった藤沢周平の文庫本。6年前に日本人チームの彼らが置いていったものでしょうか。
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*Facebookの思い出機能に、今日は旅情そそる投稿がふたつ出てきたので、ブログに載せました。
こちらのティンポの家族のことは、その後、WILDAEARNAESSという雑誌に書く機会がありました。

2021年10月18日 (月)

旅の記憶

朝窓を開けると、きりっと冷えた秋の空気。
友人からのメールには、「夏→冬、バルトロみたい」って書いてあった。
数日前に書いた天気図では、モンゴル上空に1050ミリへストパスカルの高気圧があった。
これがいずれ、今シーズン初の西高東低の気圧配置を作りだすんだなと、おこたつに潜りながら話したもんだ。

 

記憶を強く想起させるのは、匂いだったり空気の肌触りだったりする。
匂いも空気も不可視なものであるが、視床の奥の奥の脳みそにピンとあたり、記憶が蘇ってくる。
今朝は空気だった。空気の冷たさと乾き具合で、思い出したのはネパールの山と旅。

 

facebookの思い出機能によると、ボーディングパスは出たものの油断できず、ルクラフライトがキャンセルになった日だった。
ポカラ、ジョムソン、ビラトゥナガールへのフライトキャンセルは何度も経験したが、最難関のルクラはそれまで10割打者だった。
長年ネパールに通いつづけるとなかなかないことだったけれど、7年前のこの日にて打ち止め。
空港では、お猿と一緒になり、待合室での昼寝と読書で1日が過ぎ、夕方にラジンパットの宿に戻った。
翌朝のフライトをブッキングしてもらったが、空高く発達した入道雲が気がかりだった。
よかったことは、そのおかげで登山の大先輩と夕ご飯を共にできたこと。

 

翌朝は無事フライトした。
この年のバックキャラバンは、二人と別れひとりになり、フライトは夕暮れの有視界飛行ギリギリ、ラストひとりの席に潜り込み「ラッキーガール」と見送られながらKTMに戻ることができた。ルクラフライトのキャンセルの憂き目にはあっていない。
だから友よ、明日の旅立ちは大丈夫だ💪

 

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2021年6月16日 (水)

田部井淳子さん@BE-PAL

小さい記事です。
発売中の『BE-PAL』の「LEGEND OF LEGEND'S CAMP」にて、田部井淳子さんについて短文を書きました。
エベレストBCのメステンの写真とともに、いかに彼女が「食べさせたがり屋」だったか。

あるとき、カシオ展示会にプロトレックアンバサダー達が集まることがあり、富山の山から駆け付けた私は、行動食に重宝していた泊・木村豆菓子店の「ぜいたく豆」を用意し、アンバサダーの友人達に「これ、美味しいの」って手渡していたら。
そのひとりの竹内洋岳さんが、「柏さんさあ、まるで田部井さんみたいだよねー」と。
私にとっては最高の賛辞でした。

色んな方のいろんなキャンプが載っている一冊です。

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2020年3月24日 (火)

わたしの旅の相棒@ランドネ5月号

先日発売になった、ランドネ5月号。
「わたしの旅の相棒」に4人がエッセイを寄稿しています。
旅に心強い、自分のお気に入りの持ち物について、旅のエピソードと絡めながら紹介するもの。

 

私は、カンチェンジュンガの眺めが素晴らしいダージリンに通った日々のこと、ふたつの川の流れがティスタ川というひとつの流れになるのを見下ろす高台、そしてベンガル平原へとぐいぐいと標高を下げていく、そんな旅の途次にストールと出会ったことを書きました。
それはまさに、ヒマラヤの氷雪嶺に端をはっした川の流れが、大地をかけ流れ、ベンガル平原を肥沃な土地へとしていくのを眺めたどる、ダイナミックな道のりです。行きはこの道をのぼり、帰りはくだる、そんなダージリンやシッキム通いが続いた時代たありました。
だから、遠くから眺めたことしかないカンチェンジュンガが好きなのかもしれません。

 

ランドネでは、エッセイや少し落ち着いたインタビューを書かせてもらう機会が多いです。
以前、携えたい本を3冊紹介するエッセイを書いた時も同様でしたが、ランドネの主たる読者層だけでなく、そこから外れた10代の女性や50代の男性にも読んでいただけたら嬉しい、そんな気持ちになります、いつも。
それは、10代の女性はいずれ、ランドネ読者のボリュームゾーンの年齢になるだろうし、また50代まで歳を重ねた男性にも、20代、30代の女性のことを、理解してもらいたいと思うからかもしれません。

 

ちょっと離れたページに釣り師+写真家である仕事仲間の杉本航さんが、登山道整備について書いていています。
「理想の登山道」について。こちらも、ぜひどうぞ。

 

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2019年11月21日 (木)

竹内洋岳さん、アンカーとスポンサー契約記者会見

昨日は、プロ登山家竹内洋岳さんが、アンカージャパンの記者会見に登壇。スポンサー契約を締結。
今後、ヒマラヤという過酷な条件下でのアンカー製品使用のフィードバック、新製品開発へのアドバイスを担うなどの話がありました。
そして、「プロ登山家」として今後も歩んでいく所存を、私たちに示してくれた機会でもありました。

 

写真の最後の1枚は、同日夜、御徒町で行われた花谷泰広さん企画の会に竹内さんが登壇したもの。20年近く毎年途切れることなくインタビューし続けた先にある、慣れ親しんだ声。何度聞いても、彼の話は心にすっと入ってきて、そして心地よいのです。
そんな竹内さんの魅力については、近いうちに幾つか書かせてもらう予定です。

 

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2019年11月 9日 (土)

パンダリ・ネパール大統領来日歓迎パーティ

先月下旬のこと。
ネパールのパンダリ大統領来日歓迎パーティへ。
パンダリ大統領は、亡夫の遺志を継いで就任したネパール初の女性の大統領。
歓迎のスピーチは、プラティバ・ラナ在日ネパール大使ら。

お二人のスピーチにもあったけれど、2015年に制定された新憲法には、国会議員議席の一定数を女性にするよう定められている。
大臣にも複数の女性が就任していることも紹介された。
日本よりも、ずっと政治への女性登用が進んだ国。
日本とネパールの関わりあいについて歴史的に紐解き、ルンビニに始まる仏教のこと、河口慧海のエピソードがあったり、田部井淳子さんを誇りに思っているという話もあり、お二人のスピーチは聞きごたえがあった。

先日、カトマンズで働き始めて3年経つ前職のボスに会ったとき、ネパールの法律や教育問題のいまについて、教えてもらた。
そのとき初めて、図書館法がないことも知った。出版は盛んな国なのに。
重ねて通った国だけれど、新しい発見ばかり。

2019年6月26日 (水)

旅に連れて行きたい本3冊@『ランドネ』

現在発売中の『ランドネ』(枻出版)に、一人旅に携えたい本を3冊紹介しました。

 

『風の瞑想ヒマラヤ』(根深誠)
書くことを生業にする意味と覚悟、書くという行為について、最初に教えてもらった根深誠さんの著作。
旅先で友人を見送るのは難しい……そんなとき、いつもこの本のあるシーンを思い出します。
雑誌には、入手しやすく旅に携帯しやすい中公文庫の書影を載せましたが、立風書房の単行本(↓)を見つけることができたら、ぜひ手に取ってみてください。故・田村義也氏の装丁が味わい深いです。

*「旅立ちの見送り」

 

『日の名残り』(カズオ・イシグロ)
私にとってカズオ・イシグロの一冊目、15年以上前にチョ・オユーABCで読みました。
ラサを出るとき、親しくなった中国人の友人が、「記念になにか欲しい」と言い出し、汗まみれになった毛糸の帽子を指すので、それだけでは忍びないと思い、日本語は読まないだろうに、この本を差し出しました。
良質な小説が、旅には必要だと思います。
私がなぜ、カズオ・イシグロを好きか、書いてみました。

 

『ゴリラの森に暮らす』(山極寿一)
山極寿一・京都大学学長が40代で書いた本です。
山極さんの生き方や研究者としての姿勢に大いに感化され、それは旅へのインスピレーションにもなりました。
ご本人に失礼承知で、率直なこと、書かせてもらいました。
最近は電子書籍で持ち歩く人も増え、それは便利だけれど、最大の弱みは旅先で友人と本の交換ができないこと、旅先に本を置いてくることができないこと。ちょっと、楽しみが減ります。

 

ランドネの読者の平均年齢は34歳、男女比は4:6程度だそうですが、今回の文章、それ以外の方々にも読んでもらいたいです。
50代男性とか、10代女性とか、どなたにでも。

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2018年11月28日 (水)

1985年2月号の『山と溪谷』

仕事場の本棚から、『山と溪谷』の84年85年の号を一冊ずつ手に取りページをめくった。
84年は6号、85年は11号ある。きっかけは、沖縄在住の登山家、雨宮節さんがfacebookにコメントをくれたことにある。

84年に雨宮さんは風間深志さんらと、トライアル・バイクでエベレスト街道をいき、その様子をヤマケイや本田技研の広報誌に載せたと。掲載号がわからないからということだったので、84年から手に取ってみた。85年2月号に載っていた。
トライアル・バイクの記事も興味深かったのだが、ほかの記事も読みごたえがある。
長谷川恒男さんのナンガパルバット、岡田昇さんの厳冬の穂高のグラビアなど。
第一特集は山スキーで、三浦敬三さんの誌上指導から始まる。
編集後記のページを開くと、編集長は伊藤文博さんだった。なるほど……!
特集だけでなく、1色ページにも読み応えのある記事が並んでいるのは、この時代が豊かだったからなのか。
地域研究は丹沢。筆は、渡辺千昭さんと寺田政晴さんだ。まちがいないふたり。
つぎの週末、丹沢へ行く予定があるので、読んでみた。

いまどき入手しやすい書籍や雑誌、ネットの情報では得られないものが書かれていて、この時代の雑誌は、こんなにも丁寧な作り方をしていたのかと思う。
その丁寧な仕事が、ライターを育て、カメラマンを育て、編集者を育て、ひいては登山者を育てていたのではないかと。
日曜日に丹沢を歩くときには、ここに書かれていたことを気にしてみようと思う。

2018年1月22日 (月)

Missing the special sounds

「トレッキングのガイドブックある?」「いや、中野融さんの本は貸しちゃったから、いまはないなあ。地図ならあるよ」と、地図を広げ、国境付近の山並みを指さしながら。
「用事も仕事も入れちゃったから、行けないなあ」と。
 
そんな会話のあと、友人を送り出し、ネパールレストランへ。
ひとりだけ早く到着し、みんなを待つあいだ、レストランのアマとお喋り。
キッチンのなかからネパール人同士のお喋りも聞こえてきて。
大して話せるわけではないけれど、ちょっと聞き始めれば、どんどん単語が記憶の壺のなかから蘇ってくる。
ああ、こいしいなあ。
 
理由はなく、そんな風にこいしくなる土地が、地球上に幾つかある。
ネパール語を聞いて、そんなにこいしくなるのは、そこでの経験やネパールに関係したり、ネパールがきっかけになったりした大切なものが目にうつる形のあるもの、ないもの、沢山あるからなのか。いやちょっと考えてみたら、形のないものばかりだな。
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