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2020年9月20日 (日)

連載「平成を登った女性たち-山ガール」@ヤマケイ

9/15発売の『山と溪谷』10月号、隔月連載「平成を登った女性たち」は、山ガールです。
かなり苦手分野です。
山ガールブームがなんだったのか、どこにあったのか。
山ガールブームがどこからやってきて、登山の社会にどんなことをもたらしたのか。
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今回は、山ガールブームのアイコンと呼ばれる方々ではなく、裏方で活躍されていた方々ー編集者の小林百合子さん、佐藤泰那さん、LaLaさかいや店長を務めた山岸裕子さん、それから100名山ブームと山ガールブームをテレビから展開した佐藤耕至さんらに登場いただきました。
佐藤さんは、いぶし銀のヤマオトコ。田部井政伸・淳子夫妻を迎えて、安達太良山のロケをご一緒したとき、地下足袋でいらっしゃったことを憶えています。山ガールブームに関わりながら、そのギャップが鮮やかな編集者です。

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2020年5月16日 (土)

平成を登った女性たち/田部井淳子さん@山と溪谷6月号

現在発売中の『山と溪谷』6月号「平成を登った女性たち」(隔月連載)は、田部井淳子さんについて書きました。
(なお、この記事はアマゾンプライムでも読むことができます)平成元年、田部井さんは50歳です。
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田部井さんを喪ったあとの吉田三菜子さん(秘書役)の一言が、天晴れです。
私自身はまだそんな気持ちになれてないどうしようもなく中途半端な人間なんだなと思いました。
だから、いまでも田部井さんの取材をしたりインタビューをされると、涙が止まらなくなるときがある。
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ただ最近思うのは、田部井さんが育ててくださった世界中に散らばっている私たちが、めぐり逢い、有機的な結びつきを作っていることです。それを天から眺めて、喜んでくれたり、笑い転げたりしていることと、思います。

田部井さんのリーダーシップを語りたく、昭和女子大理事長・総長の坂東眞理子さんと山田淳さんにインタビューしました。
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もっとも大切な女性をひとり、インタビューできないまま記事を書きました。書籍にするときに、お願いすることになっています。
後半に、夫・政伸さんの言葉を長く紹介しました。

 

今日は、田部井淳子さんがエベレストに登頂した日です。

 

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2019年11月10日 (日)

「東北の高校生の富士登山」報告書

夏に、MJリンクで応援参加した「東北の高校生の富士登山」の報告と高校生の感想文集を、応援ツアー参加者宛てにいただいた。
登る前と登り終わってすぐの一言、感想文、俳句や川柳、参加OB/OGのいまの様子も収められていて、読み応えがあった。

 

今年はMJリンクで応援ツアーを作り、8回目にしてやっと、「現場」で応援、参加でき、たいへんたいへん遅まきながら、やってよかったと思っている。感想文や報告書の中味は、とても簡単には紹介できないけれど、こちらが背中を押されるような内容があり、それは現場でも感じていたこと。

 

応援ツアーに参加してくれた美樹さんがfacebookに、「迷っている高校生もったいないぞ、ノボロ―」って書いていたけれど、ホントその通りだ。
東北の高校生、来夏も富士山で会いましょう。
私たちも応援ツアーやります。ぜひ、こちらにもご参加ください!

 

今後に向けて、募金もお願いしています。
・田部井淳子基金 http://junko-tabei.jp/
・東北の高校生の富士登山 http://junko-tabei.jp/fuji

 

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2019年8月 5日 (月)

「東北の高校生の富士登山」MJリンク応援ツアー

田部井淳子さんが遺したもののひとつ、「東北の高校生の富士登山」、8年目にしてやっと、”現場”での参加が実現できました。MJリンクの応援富士登山ツアーです。

高校生たちが明るく可愛らしく、8年間色んなプロフェッショナル達が関わり続けてきたことを見ることができました。
このプロジェクトを引き継いだ長男の進也さんが、1班の高校生達と一緒にノリノリで山頂の鳥居をくぐってきたかと思いきや、下っていき、最後の9班と一緒にまたまたノリノリで上がってきました。Qちゃんさながら。

ひとことでいえば、参加して、とってもよかったです。
そして、田部井さんは、とんでもなく大きなものを遺してくださったのだと思いました。
来年もぜひ続けたいと思います。
MJリンクがスタートして、今年で10年になります。
10年目のなにかを考えたいですね。
昨日今日とMJリンクサポーターの方々(菅野由起子さん、大久保由美子さん)と一緒に行動し、7人の参加者の皆さんと山に登り、手前味噌ながら、MJリンクは、やっぱりいいな!と思いました。贅沢な時間でした。

 

*なお、MJリンクでは、今秋、二度目の台湾ツアーを企画しています。詳細はココ。ぜひご参加を!

 

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2018年12月 8日 (土)

田部井淳子と歩いた道@朝日新聞

今朝の朝日新聞「be」の「みちのものがたり」は、「田部井淳子と歩いた道」。担当記者の浜田奈美さんのfacebookによると、「世界的登山家が残した大きくて重い荷物を、かつてやんちゃ少年だった息子さんが必死に担いで歩く姿に、心打たれて企画した」と。
私は、そういったストーリーを新聞記者らしい観察眼、洞察力をもって取材する姿が、勉強になりました。

田部井さんのことは、この先も色んなかたが色んな側面を書いていくのだろうなあ、と思いながら。

ご一読を。

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2018年11月 3日 (土)

「トレイルランレース救護最前線」@『RUN+TRAIL』

『RUN+TRAIL』Vol.33の信越五岳トレイルランニングレースの特集のなかに、「トレイルランレース救護最前線」という記事があり、信越五岳の救護体制のトップを務める、北里大学救急救命・災害医療センター勤務の救急救命医である稲垣泰斗さんのインタビューが載っている。

トレイルランニングのレースの表舞台だけではなく、こういった運営にかかわる部分についても、丁寧な記事があるのは、とてもいいことだなあと思った。

救護体制の現状や今後の課題について触れるなかで、実際にどのような体制を作っているのか、具体的に紹介されている。
これは、他の大会を運営する方々にも参考になるだろうし、選手たちも知っていてよいことだ。

余談になるが、ちょっと前、トレイルランニングに関する短い原稿を書いた。
門外漢である上に、レースにも出たことがないため、的外れなことを書いていないか、心配になり、前出の泰斗さんに相談してみた。
仕事柄、トレイルランニングに関係する人たちはほかにも大勢知っている。選手もイベント主催者も。けれど、泰斗さんのことが最初に浮かんだ。
彼に相談したことは、その回答が帰ってきたときに、間違っていなかったと思った。
トレイルランニングについて、多角的にフラットに理解が深く、また深い愛情を持っているのだなあと感じたし、それゆえに、的確なアドバイスをくれた。

それがなければ、このような活動を健全に継続的に行なうことはできないだろうし、それがあるからこそ、いい救護体制が作れるのだと、思う。
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2018年3月22日 (木)

MJサロン~田部井政伸さんを迎えて

3月11日、第11回MJサロン~田部井政伸さんをお迎えしました。

 

谷川岳やヨーロッパでの登攀、50ccバイクでロス→NY、バハ1000の話など。人生の極意について、最後にさらっとお話されていました。

 

事前に古い岩雪と岳人を探したけれど、政伸さん達の記録が見つけられなかったところ、「俺、ほとんど記録書かなかったから」と。
けれどもちろん、幽ノ沢中央壁左方ルンゼ初登攀については、登山体系に載っていました。これを読んで、さぞ気持ちよかったのだろうなあって想像したところ、この初登攀について、ある登山家とまったく同じことを、政伸さんは語っていました。

 

私がいつもワクワクしながら聞く政伸さんの話を、皆さんにお伝えできたのか、とても心配だけれど、参加の方々から昨日の感想をいただき、その心配はおこがましかったって思いました。皆さんそれぞれが、政伸さんの生き方の色んなところを感じ取ってくださった様子。ありがとうございました。

 

後日、MJリンクブログに参加者からのレポートを掲載します。
写真は、レショ氷河からグランドジョラス北壁へ。撮影が政伸さん、後姿はパートナーの方。

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2018年2月 1日 (木)

MJリンク新春ハイク+初詣

先月の21日、MJリンクの企画で新春ハイク+初詣へと、奥多摩の御岳へ出かけた。
ルートは、古里駅から歩き大塚山経由で御岳へ。
私にとっては、2010年にMJ呼びかけ人の田部井さんと故新井和也カメと取材で登った思い出のコースだった。
 
この時のことを『田部井淳子のはじめる!山ガール』に掲載した。
ある新聞記者の調査によると、「山ガール」という言葉が書籍タイトルに初めて使われたのがこの本のようで、それ以前は新聞や雑誌本文のみという。
なんで彼がそんなことをと調べたかというと、その年、「流行語大賞」にノミネートされたからだ。
結局、「山ガール」という言葉はノミネートに終わり、大賞を受賞することはなかったけれど、もし受賞していたら、表彰台に立ったのは、そのブームを牽引した人のように周囲が見ていてた田部井さんだったのか、それともこのタイトルに決めたNHK出版の編集長だったのか。
 
その年配の編集長とは、前述の山ガールの本を含め2冊を一緒に作ったが、昔気質の山ヤさんだった。そんな彼と、取材の山々をご一緒するのが、私はとっても楽しかった。そして彼が女性の登山ブームに関心を持つようになるまであちこちご一緒できたことが、いま振り返っても嬉しい。
「山ガール」というブームのトピックを取り上げながら、落ち着いた本に仕上げることができたのは、彼のような「錨」となってくれる方がいたからだと、とても感謝している。

さて、MJリンクのハイキング後は御岳神社本殿にて安全登山の祈祷をしていただいた。田部井さん不在に少し慣れてきたつもりだけれど、とても清々しい空気のなか、お榊をお供えするときは緊張した。
MJリンクの登山は、今回のハイキングで51回目。0回や4回の海外や番外編や10回のサロンなどあって、かれこれ70回近く開催してきたんだなあと振り返りました。今年は、去年以上に機会を増やしたい。
 
詳しい様子は、以下に。
・サポーターの直原郁子さんがMJリンクブログにUP
・サポーターの大久保由美子さんのfacebook
・ゲスト参加の田部井進也さんのfacebook

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2015年11月26日 (木)

『山と溪谷』12月号 田部井淳子さんエベレスト登頂40周年

11月15日発売の『山と溪谷』12月号に、田部井淳子さんがエベレスト登頂40年目にカトマンズで開いた感謝の会の模様と、それに合わせてとったインタビューを載せました。

 

 

 

田部井さんと一緒に本を作ったり、MJリンクをやったりとくによく仕事でご一緒するようになって10年近くになります。何度もインタビューしてきたけれど、失礼承知で今回は投げかけてみました。「その後の生き方が、難しかったのではないか」と。

 

 

 

自分の信念を貫き、好奇心のおもむくままに大胆に生きているように見える彼女も、周囲の声が気になったり、臆病になったりすることが多々あったと。「吹っ切れるときが来るのよ」という言葉には、たくさんの気持ちが含まれているのだと感じました。

 

 

 


写真は、エベレスト登頂をデザインしたお祝いのケーキ。この日は、田部井さんの誕生日でもあり、サプライズのお祝いがありました!

 

 

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