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2020年5月13日 (水)

山小屋の厨房、朝の「上を向いて歩こう」

facebookの思い出機能に、友人のライブに行った話と、彼が歌う「上を向いて歩こう」のことが出てきた。

一緒にライブをする友人に音合わせに送った「上を向いて歩こう」の音源ファイル。
それを、同じ山小屋で働くもうひとりの友人が、朝の山小屋の仕事を終え、ほっと一息ついた朝の、時間と時間の隙間に聞いるのだと。
山小屋の朝は早起きだ。登山者が出発する前に起きて、朝食の準備を始め、登山者を送り出してから自分たちの朝食をとり、厨房で皿洗いをする。
つぎの仕事はたいがい、山小屋の掃除だけれど、その前にちょっとした静かな時間が訪れる。「〇時から仕事を始めようか」という呼びかけがあったり、誰がどこを掃除するかあみだくじが引かれたり。
つぎの仕事までの時間は、ふっとおとずれた時間と時間の隙間にある、ときが止まった瞬間のような、ほかの時間とは隔絶された静けさがある。

「柏さんも聴いて。絶対泣いちゃうよ」と、そんな朝の隙間時間に聞かせてくれた。
聴いてみると、泣けてくる声だったけれど、朝から泣いているという彼女のことの方が気になった。
「清志郎の声みたい」ともいうので、山小屋の手伝いを終えて下山してから、YouTubeで清志郎の歌う「上を向いて歩こう」がないか探してみたら、清志郎と甲本ヒロトが歌うそれがあった。清志郎も甲本も好きだけれど、こればっかりは友人の歌う「上を向いて歩こう」がいいな、って思った。

そんな話を、彼らと今日も朝早くから。
ちょうど今日は、山小屋に会いに行く約束の日だった。
会いに行けないことは、こんなにも淋しいんだなあと、朝からまたみんなでしんみり。

山は、清々しい場所であってほしい。

2020年4月 1日 (水)

中央道の電話

諸々の仕事に区切りをつけて、昨日夕方、中央道を走って帰ってきた。
帰る前、村を出る時に、偶然にも友人がデッキに出て洗濯を干しているのを見かけた。
会いたかったけれど、会わずに帰ろうと思っていた矢先。
距離があったけれど、思わず名前を叫んで、手を振ったら、気づいてくれた。

中央道を走りながら、沿道に住む友人たちのことを思い出し、SAにクルマを停めて電話をした。
LINEでは話していたけれど、声を聞きたいと思って、電話をした。
互いの近況を話し、東京に帰ることを報告し、電話を切り、運転を続ける、を繰り返す。

自分自身の行動に軽率な点もあったと省みるけれど、いまからでも正せると思い、一晩かけて考え、帰宅してやるべきことを整理し、戻ることにした。
2週間余り前に読んだ、American Alpine clubのInstagramがどうしてもアタマから離れなかったから。
コチラ
そして今日は、そのことを所属団体で意見してみた。

リスキーでストレスフルな土地に帰るな、ここに泊まれ、留まれという友人たちばかりだったし、最後には「コメを持っていけ」ともたせようとした人がいたりして、泣けてきた。

けれど、そんないきさつを経て、相手の声を聞くっていいな、と思い、今日の自宅での仕事は、何軒か電話をかけた。
来週訪問予定だったところへの断り電話をした先は、留守電になっていたので、メッセージを入れてみた。
いつもだったら、黙って切って、メールを入れておくところだけれど。
それに、声を聞きたいのはこちらであって、相手が私の声を聞きたいかどうかなんて、わからないけれど。

暖冬、少雪といわれたこの冬だったけれど、自宅裏の桜は、去年の今ごろと同じように満開。

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2020年2月29日 (土)

校了、責了

下旬に4本締め切りが重なり、2月はずっと苦しかった。

1本は週末に下版。久しぶりに記事を読んでくれた者が、「いいんじゃない」といつもの返事。

もう1本は、昨日校了。

2年に1度ぐらい褒めてくれる編集者が、原稿を読むなり「もっと書きましょう」と言い出した。

ありがたい。次の単行本のその先を考えよう。

長年親しくしてきた友人であるクライマーの物語。親しいけれど、人間誰だって色んな顔があるわけで、私の知らない素顔もたくさんあるはず。

唯一無二のクライミングのパートナーに読んでもらい、少しは、書けたのかなあと自惚れた。次はもっと書こう。

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次の1本は、日中のガイディングを終えた身で、ついさきほど夜遅くまで最後の仕上げに付き合ってもらい、なんとか責了に持ち込めそう。チャーミングで器がどデカいクライマーの胸を借りて書かせてもらった。

最後の1本、初めて、カンチェンジュンガのことを書いた。編集者に預けた、あとはどーにでも料理してください。

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こう考えると、全部周囲の人たちに書かせてもらっている。

3月も書き続けます。

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2020年2月24日 (月)

旭岳@わくわく山歩き/毎日新聞

今朝の「わくわく山歩き」@毎日新聞は北海道の旭岳です。
webでも読むことができますが、「世界のどこかで乾杯」など他の記事もおもしろいので、ぜひキオスクかコンビニへどうぞ!

 

山のコースガイドや紹介ではなく、個人的な思い入れも交えながら綴るエッセイ連載です。
厳冬の旭岳は近づくことすら難しいこともあるし、新聞という媒体の性質を考えると、夏に書くのがよいかなと思っていました。
ロープウェイがあり遊歩道もあり、広く多くの方々に楽しんでもらえる季節になるから。
けれど改めて考えたら、私は雪の旭岳しか知りませんでした。

 

雪のない季節は、義父母を連れて、文中にもある春菜夫妻の宿「ヌタプカウシペ」に1泊したのが最初。
初夏の躍動的な旭岳を目の前にしたのは、皮肉にも2年前の6月のことです。
白馬に向けてクルマを走らせている最中、電話が入りとんぼ返り。羽田から旭川空港にとび、春菜さんのお別れに行ったときでした。
この2回だけ、山麓から旭岳を仰ぎました。

 

旭岳との最初の出会いからずっと私の中にいる春菜夫妻のことは、これまでも少しだけ書いたことがありましたが、新聞に書くのは初めてです。
今回の文章は、故・春菜秀則さんに捧げます。
そして、東川町の皆さん、ありがとうございます。

 

web(有料)→ コチラ

 

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2020年2月16日 (日)

レッカー車のお兄さん、最後の雪、パプリカのぬか漬け

先日、運転中のクルマにトラブルがあった。

リコール対象だったトランスミッションの検査を終えたばかりだったけれど、夜9時の北陸道トンネル内で突然止まった。
ホントに止まって、1mmも動かなくなった。
不幸中の幸いだったのは、カーブではなく直線だったことと左車線を走っていたこと、だと思う。
ハザードを出しながら、こんなとき、どうしたらいいんだろう、保険会社へ電話か?と思いながらも、高速のトンネル内にかなりのキケンを感じて……電話した先は、もう泣きつける先はここしかないってところ。「110番でしょ」ってあっさり言われて、110番。
クルマから降りたけれど、歩道域が細いので、壁側に四角くくり抜いたスペースがあり、そこによじ登って身を寄せた。

パトカーに乗った警察官ふたりと道路公団の方ふたりがやってきたのは20分後ぐらいだったか。
発煙筒やパイロンで後部を保護しながら、交通整理を始めてくれたけれど、それでも危ないので600m先の避難帯にクルマを動かしたいと。
エンジンはかかったので、ニュートラルポジションにし、警察官たちにクルマを押してもらい、ハンドルを握った。
けれどそれも、100mぐらいで終わった。完全に前輪がロックしまったく動かなくなった。
みなが、息を切らしながらクルマを押してくれていたことがわかり、なんだか申し訳なかった。
パイロンも発煙筒も、彼らの人件費も全部税金なのかと思うと、ありがたかった。

仕方なくそのままクルマを放置し、再び四角いスペースによじ登り。
今後のことを考え、クルマのなかに散らばっている荷物をパッキングをしたく、四角いスペースに荷物を運びパッキングもした。
待ち合わせていた友人に電話したら、「ピックアップにいくよ」と言ってくれたけれど、レッカー車の目途が立ってないので、先に共通の友人宅に向かって、寝て待っててもらうことにした。

結局レッカー車が来たのは4時間後。降雪でどのレッカー会社も出払っていて、黒部から来てくれた。
仕事といえども、申し訳ないし、ありがたい。
レッカー車のお兄さんと話しながら移動し、この先のことをあれこれ教えてもらった。
親不知のカーブなど、対向のトラックは容赦ないし、さぞ緊張したことと思う。
しばらく沈黙が続いたあと、お兄さんが「もうこの雪が、今年は最後だろう」ってぽつりと言った。
慣れ親しんだ富山弁と見慣れた日本海の夜の黒い海原のおかげで、心細くなることはなかったけれど、そうだな、この後雪が降ることがあっても、積雪が増えることはないだろうなあ……と、寂しく思った。

タクシーに乗り継ぎ、友人宅に着いたのは3時半。炬燵の脇に敷いておいてくれた布団に潜り込んだ。
翌日は事後処理があったので、山は諦めて、留守番することにした。

山を取りやめたことや、連絡をくれている最中だった友人など、必要最小限の人達に事情説明の連絡をしたら、みんな、ケガや事故にならなかったことが、本当によかったと言ってくれた。キケンな状態だったことは自覚していたので、心配かけたなって思った。
けれどその数日後、親しい友人に話したら、最終的には他人事だって言われて、はっとした。ものすごく悲しくなって涙があふれたけれど、自分のことは自分でやるしかないのだから、その通り。電話だったので、涙も気づかれずに済んだ。

自宅に戻ったあと、ラリーをやっていたクルマに詳しい友人に相談した。
何度も私のクルマも運転してくれているし、様子もわかっている。
トランスミッションの構造や最近の評判、今後の見通しなど、幾つか説明してくれた。
自分の乗っているクルマのことを、なんにもわかっていなかったんだな、とも思った。

出発前にぬか床に入れておいたパプリカ、今日まで忘れていた。
パプリカのぬか漬け、思いつきだったけれど、美味しかった。

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2020年2月15日 (土)

記録、登攀記録

同業者がfacebookに、記録について書いていた。
村の会合にて。議事録を細かく残す必要があるのか誰かが問うたそうだ。面倒だし、こんなの誰が読むんだと。
同業の彼が思ったのは、記録は本人たちではなく他者が読むもの、その本質を忘れがちだということ。
これには、目からうろこだった。
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「写真の記録性」という難しい原稿を書いたことがあった。
樹木希林が「PHOTO IS......」というテレビCMで語ったように、明日のことはわからない、だからいまを撮る。
その写真の記録性の意味について書いた。
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ひるがえって、いま執筆中のクライマー。ほとんど記録を残していない。ネットにはもちろんない。当人、あまり覚えていない。
周囲に尋ねるしかない。なぜ記録しないのか、記憶にとどめないのか、その本質が興味深い。
自分の手で記録を残そうとしなかったクライマーの記録を、私が残すことになる。大きな山です。

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2020年2月 7日 (金)

水平の取れていない写真

水平がまったく取れてないダメダメ写真。
北海道の雷電海岸で撮影とインタビューをしていた。
インタビュイーたちがドライのルートを登り始め、その撮影に入った中盤。
落石が多くなってきた。フォロアーがふたり同時に登っていてクライマーたちの位置も違うため、フォールラインも一定ではない。あちこちに降ってくる。
これは危ないなと思い、唯一よけられるだろうくぼんだところに身を寄せた。
岩壁を見上げることは諦め、しばし心がからっぽになり、海を眺めていた。
海がある風景、海がある土地が好き。海には広がりがあって、清々しい気持ちになる。

 

翌日東京に帰ったら、会う約束をしている友人がいた。
焼肉が食べたいと言い出し、雪に覆われた高峰で撮影の仕事をしているとき、テントのなかで、焼肉屋をリサーチしまくったという。
ぜったいに美味しい店を見つけたから、そこにしようと。
しんどい話をしなければならず、気が重たかったけれど、お腹がすくのは心がすさむので、焼肉屋に行くことにした。
けれど、海を眺めていたら、なにもかも、どーでもよくなった。
相手が自分の見えていない側で何を考え、作為していようと、それはどうでもよい。
いまはいまでしかない。目の前の人を信じる、目の前の出来事や自分を信じる。
けれど、いましか見ていないわけじゃない。ずっと先もみつめているんだから、だから目の前のこと以外はどーでもよくなった。

 

その視座は、人と人との関係だけでなく、仕事も同じ。
自分だけでなく社会全体のその先を見据えて進めるけれど、それはいまの積み重ねでもあるから、いまを大切にする。
案外、長い髪をかき上げながら荒川の河川敷で歌っていた人の歌と、同じかもしれない。

 

そんなに強く心を持ち続けられるかわからないけれど、海に救われることは多い。

 

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2020年1月27日 (月)

摩耶山@わくわく山歩き/毎日新聞

本日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、神戸の摩耶山です。
webはこちら  (有料)

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摩耶山の市民登山、六甲山地へと視点を広げ、日本の近代登山発祥の地など奥深い顔をもつ山ですが、今回は、たった2回登ったその時のことと、山頂からの眺めについて書きました。
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初めては、神戸育ちの友人、花谷泰広くんと。2度目は、山がきっかけで知り合った新妻和重・美樹夫婦と。
阪神・淡路大震災についても、触れました。そのことを話すと、「勇気あるね」と言われました。大震災を経験したわけでもなく、たしかにそうかもしれません。
けれど、摩耶山のてっぺんから神戸の街を見渡したとき、最初に思ったのは阪神・淡路大震災のことでした。
それは、神戸の街を眺めたからだけでなく、摩耶山が神戸の方々にとって「おらが山」だからだと思います。
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書くことは、いつでも勇気のいることかもしれません。勇気という言葉があっているのか、わからないけれど。
書くだけでなく、人に自分の考えや心のうちを述べるには、いつだって相応の気持ちが伴っているのだと思います。
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最後の写真にある本棚は、山頂のカフェの奥にあるもの。
ワタシ的にドストライクだった『恋ソマ』の隣に『雪の下の炎』、後世に残したい名著中野融さんのネパールトレッキングガイドの隣に『やまはじ』、オーストリアのグラーツから六甲山麓を経て運ばれた『極限への挑戦者』。新聞では紹介できませんでしたが、古今東西、硬軟ふり幅でっかい本棚。

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2020年1月25日 (土)

鈴木ともこさんインタビュー@ランドネ3月号

『ランドネ』3月号(1/20発売)にて、マンガ家・エッセイストの鈴木ともこさんをインタビューしました。「街を歩き、人と出会うほど 好きが深まる」、2011年5月に、ともこさん一家が東京から松本へ移住したストーリーです。
写真は矢島慎一さん、編集は佐藤泰那編集長。取材は、昨年のクリスマスイブ。

記事の後半で、ともこさんの長い会話を引用しています。ぜひ、こちらをお読みください。松本で作った、隣の人たちとのつながり。

取材の最中、堂々たるモデルぶりを発揮したのは、飼い猫のミミー。猫との生活なんて夢にもみたことなかった鈴木家の、壁から出てきたミミー。2015年夏のことだった。ここにあげた2枚はその直後のミミー。
ミミー、こんなに小さかったんだね。

ともこさんの松本生活、書きたいことはたくさんあり、とてもおさまらなかったけれど、どんなきっかけで移住し、どうやって松本と出会っていくのか、そのひとかけらでも読んでいただければ嬉しいです。

今月号の特集は「暮らしたいまちを探す旅へ」。暮らしたいまちトップ10も載っています。私が移住したい候補のふたつのうちのひとつも、載っていました!

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2020年1月 6日 (月)

避難小屋で語る人間性

避難小屋にて。外のビュービュー吹き荒れるさまが、どんどんひどくなるなか。
言動や業績ではなく、その人となり、つまるところ人間性に惹かれるのだ、という話に。
私が、「じゃ、その人間性って、なんだろう?」とつぶやくと、先輩は、長い企業人経験を踏まえて、気を配りながら仕事をしている内容を幾つか聞かせてくれた。具体的な話も。まったく同意することだった。

それは、公明正大な姿勢、誠実さにも通づるもの。道徳心のある者であれば、当然のことかもしれないが、それを仕事に限らず日々のなかで保ち続けるのは、じつは難しい。
けれど、それを貫く先に、人から信頼される人間性が形成されるのだなあと、話を聞きながら思った。

先輩は、人間性というのは、後天的であり、技術的なことでもあるとも。それにも、同意する。
でも、私たち、どこでそんなことを習ったんだっけ?とも思った。
教育だけから学ぶものでもない。
識字率の低い国、教育水準の低い国にも、品格ある人間性をもつ人物はたくさんいる。
その人間性を支えるのは、知性や品性のように思う。では、それはどうやって培われるのか。
次の、吹雪の夜に、また先輩に尋ねてみようかな。

写真は、富士山頂を踏んだあとの下山の一風景。
先輩が好きな場所だってことで、ゆったり休憩した。
半月からふっくら膨らんだ月が出ていた。

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