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2019年11月26日 (火)

亡父

毎月末の毎日新聞に、連載をしている。
ひとつの山を取り上げ、その山にまつわる自身の経験や思いも加えながら書く読み物であり、極私的な内容になることも。
昨日掲載の、大菩薩嶺。父のことを書かざるを得ない山。

 

親不孝者であった娘は、父が亡くなってから、自営だった彼の仕事の残務処理を慣れないなか半年かけて必死にやるなかで、父の足取りをたどり、彼の仕事ぶりを知った。
社会というものを、少しだけ知った機会でもあり、親はそうやって生き様を子に見せるのか、とも考えた。
取り返しのつかない時間に対して、それが自分の中にあるものであればあるほど、自分でも驚くほどドライに捉えられるときもある。

 

最近取材する父と娘たちを微笑ましく思い出したり、友人と話すなかで、たとえ親は目の前からいなくなっても、それが死別だろうが生木を割くような別れであっても、親は親なんだなと思う、昨日と今日。

 

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2019年11月10日 (日)

ボランティアという名の見学

10月の日曜日、予定していた登山がリスケになり、ひょんと空いた時間。
大学山岳部の1年後輩のアライが、山岳部の学生たちを連れて、ボランティアへ行くという。
それじゃあ私も、と4人で飯山へ向かった。
mont-bellがやっているアウトドア義援隊の活動に参加。
ほかの参加者たちと幾つかの地域に分かれて、作業へ向かった。
長野市赤沼地区の担当は我々4人と、全体を取り仕切ってくれるmont-bell社員の方。
途中、辰野会長も作業にやってきた。

4人が一緒に活動するのかと思いきや、二手に分かれるようにと。
我々おじさんとおばさんが、自分の子どもぐらいの年齢の学生それぞれと組むのがよいのではないかと、アライも私も内心思っていたが、昔からよく知るmont-bell社員のイマイさんが、「じゃ、スミコさんとアライさん、こっちね」と。
その後、作業をしながらふたり、「学生たち、大丈夫かね?」とひそひそ話をしたが、なるようになったらしい。

私たちの役目は、軽トラで災害ゴミを仮置き場へ運び、分別するという作業。
千曲川が決壊して床上浸水した地域であるため、どの災害ゴミも水を含み重いし、汚れている。使い物にならないから、ゴミとなっていくのだ。軽トラに積むのも、仮置き場で下ろすのも、運ぶのもぜんぶ力仕事。だから、女性は男性と組んで、ムリせず息を合わせてやっていくのがよさそうだ。

被災したお宅から仮置き場までの道も、水害にあっているため、泥だらけ。道は混んでいてスタックしたり、そのたびにGoogleマップで新しい道を探す。公園はどんどんとゴミで埋まっていく。アライの運転が絶妙で、泥の丘をぐいぐい上がっていった。ときにはごみの中にあった戸板などを敷いて、クルマを上げていく。
現場を取り仕切る人がいるわけではないし、ルールも状況もどんどん変わっていくなか、隣の人とうまくやりながら、ことを納めていく。

あとでアライから聞くに、けっこう緊張していたそうだ。だから、私が行くと手を挙げてくれてホッとしたと。
彼のfacebookに「まあ、長い付き合い。一言では語れないぐらい心強い仲間」と書いてくれたのは、うれしかった。私の方が1学年上だけれど、頼りない姉さんとその世話を焼く弟のような関係、なのにそんな風に思ってくれるのか、と。
それに、物理的にも心理的にも混沌としていたゴミ置き場で、一緒だったことが心強かったとも。
そうか……たしかに、ほんとうに物理的なゴミもそこに集まる人たちの心理も、混沌としていた。そこで、私がめげることなくいられたのはアライのおかげなのかもしらない。

アライの同期も、私の同期も、災害と同時に、仕事で被災地へ入った。
それはそれはたいへんそうで、アライの同期のクリと電話で話したところ、「布団で寝かせてもらえるだけで、ありがたいや」と言っていた。
私たちは、たった1日ボランティアという名の見学のようなことをさせてもらっただけだった。
これからまた、機会を作っていこうと思う。

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2019年10月24日 (木)

ヅメさんの歌-テーブル登山

友人と、ヅメさんの歌を聴きに、山籟@裏高尾へ。
松籟のなか高校生活を送った身としては、「山籟」という店名に親しみあり。

「水割りと地図」をライブで聴くのは初めて。
「テーブル登山」という歌詞が気になったので、ライブ後、本人に尋ねてみた。
「机上登山」という言葉は、昔からある。机の上に地形図を広げ、登山を計画したり、夢描いたり、妄想したり。
故・西丸震哉さんは、明野にある緑に囲まれた家に住んでいた。著書『机上登山』を基にインタビューに伺ったことがある。
本著のなかに南会津の「黒谷川源流、丸山岳」があり、地形図を見るに、この源流に広がる土地は、秘境の別天地であり、昔の上高地のようなのではないか、というストーリー。
これを読んで、敷島さんと文ちゃんと、黒谷川を遡行した。リトル上高地のようなところに出て、そこで一晩を越した。別天地だった。

ヅメさんは、「机上登山」という言葉を知っていたわけではないけれど、同じことを「テーブル登山」とあらわしたのだ。
もちろん、彼が作った言葉。うーん、なかなかのセンスです。

ライブ後の宴では、久しぶりの色んな方々とたくさん話もできた。
北海道のエゾシカを使ったというジビエ料理はとても美味しく、一升瓶に入った日本のワイン(赤も白)は、しぼちゃんがお酌してくれるがままに、どんどん飲んだ。日本のグラッパというのもあって、いずれもとっても美味しかった!

高尾駅北口から小仏に向かうバスに乗って、蛇滝口バス停下車。高尾山の帰りに立ち寄れる素敵なカフェ「山籟」。
Instagram @sanrai.uratakao

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遅い夏休み

遅い夏休みは、黒部源流を見下ろしながら、ぐるりと秋の山。
途中、風雨に打たれたけれど、水晶岳付近から眺めた、穂高連峰の飛騨側の山肌が、ものすごくきれいだった。
お月さまと夕焼けの笠ヶ岳もきれいだった。屏風のような薬師岳がかっこよかった。
ありがとう。

9/9  折立→太郎平→薬師峠キャンプ場
9/10  →黒部五郎岳→黒部五郎小舎キャンプ場
9/11   →三俣蓮華岳→鷲羽岳→水晶小屋
9/12  →水晶岳→赤牛岳→奥黒部ヒュッテキャンプ場
9/13  →平ノ渡し→黒部ダム


これは、9月に登山ガイドの仲間を中心とした友人達と過ごした夏休みのメモ。
それほど詰め込んだ行程ではなく、余裕もって歩けると言えども、下山翌日から3日間のガイド仕事が入っていたこともあり、参加しようかどうしようか迷ったりもした。天候不順で予定通り進めなくなったら、チームから離脱して一人下山も考えていた。
けれど、ほんとうにいってよかった。夏のあいだ、個人的に登った山はひとつもなかったからだ。

太郎平に着くと、偶然にも先輩ガイドの顔が見えた。みんなが慕っている岩雄さん。
歓びいさんで、全員が「いわおさーん」と駆け寄っていくと、「ずいぶん、元気やなあ。なんだ今日は、仕事じゃないんか」と笑い顔。
それから5日間の縦走は、心底山登りを楽しめる時間だった。

以前、山岳ガイドのインタビュー連載をしたことがある。
多くのガイドが、山岳ガイドの仕事、自身をプッシュする登山、日常(家族と向き合う時間を含めた日々の暮らし)をどう両立させるか、そのバランスのとり方に苦心していたと思う。
自身をプッシュする登山を続けているガイドは、それだけ魅力がある。

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一糸乱れぬ

この町の盆踊りを知って4年目、3回目の晩夏。
櫓の上の男性が朗々と歌うのに合わせて、踊る。
この踊りが、はてしなく難しい。町民たちも「難しいよね」「3年かけてやっと覚えた」と言うのだから。

昨夏、ザンザ隊のカシラであるSさんの娘たち-町一番の美人さんの双子ちゃんに、「ピョンピョン跳ねていて、可愛かったです」と言われたのは、ビミョーだった。
跳ねちゃいかんのだよ、跳ねるといってもピョンピョンは違う。
けれど、今年は少し違った。始まりと終わりがわかったし、掛け声を入れることもできた。回る方向を間違えるのも少なくなった。ときどきは歌うこともできる。
諏訪神社の日はひどかったかもしれないが、2週目のなないろKANでかなり挽回したつもり。

ちょっと言葉では説明し難い。
いよいよっていうときに2段階ギアで、アップテンポし、ステップがさらに激しくなっていき、クライマックスを迎えるのだから。
百聞は一見にしかず、どころか、百見は一踊にしかず。

男性の踊り手の憧れは、Sさん。双子ちゃんのお父さんは、色っぽい。
女性は、T鮮魚店の女将さん。日舞もやっていらっしゃるそうで、最後まで一糸乱れぬ。
私の浴衣は汗だくになり、下駄や裾は泥だらけになるというのに。
どうしたら、あのようにはらりはらりと艶っぽく踊れるようになるのか。

ひとつは、ザンザの前にはビールを飲まないことだ。女将さんはおそらく、素面でいらっしゃっている。
合間には、かき氷しか食していない。私も真似て、桃のかき氷で水分補給してみたが、それ以前に、友人3人で散々飲んでから、神社にやってきている。
浴衣の下には、しっかりとした襦袢を着ていて、足元は足袋も。これも違う。私は、半襦袢に素足だ。村の子どもみたい。

もうこうなったら、茶道を再開し、所作を改めるか。
来年まで公民館の踊り稽古に通って、ステップを確実に覚えるか。

など、先日ご一緒した方にワインを飲みながら話したところ、「それはポイント外しているね。ステップを覚えるんじゃない。盆踊りの本来の目的は……」と、彼女。
たしかにそうだ、それは中学生でもわかる。
それでもやっぱり、ラジオ体操ではないそぶりでザンザを踊れるようになりたい。

目標高く掲げるが、T鮮魚店の女将さんのように。

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2019年8月 3日 (土)

古巣の北穂へ

先月中旬のこと。古巣の北穂高小屋へ届け物と、みんなに会いに。
もちろん往復とも、横尾谷にあるナベさんの岩で定点撮影をして。

 

タイミングよく、入下山には降られなかったけれど、滞在中は雨、雨、雨、展望なし。
けれどその分、静かな時間をもて、小屋のみんなと積もる話をたくさんできた。

 

お客様の夕食にお出ししている豚の生姜焼きは、昭和50年頃からと聞く。40年以上変わらないことが、すごい。
来館の皆さんに心地よく過ごしてもらうために、目に触れないところで、従業員がどんなことをしているのか、それを言うのは野暮だけれど、掃除の仕方、食器の扱い、調理のときの心配り、配膳、どれもこれも、ずっと変わらない。いずれもまっとうな配慮。
こういった仕事のひとつひとつを手伝わせてもらうと、こちらの心も整う。

たとえば、春がやってくると桜が咲く。
桜には誰かを励まそうとか責めるとか、咲き誇ろうとかそんなことは全くなく、ただただ毎春花を咲かせ、散っていく。
同じように、北穂高岳も北穂高小屋も、時を超えて、変わらずそこにある。
それに、登山者は安らぎや勇気をもらったり、何かを期待したり、憧れたりするけれど、それを、泰然と受け止めているようにみえる。

最初の取材は編集部からの依頼だった。20年以上前のこと。その後、明文化するのは難しい動機付けで(ほぼ感覚的な理由で)、通い連載させてもらった。
20年経っても、また書きたいと思わせてくれ、20歳としを重ねてたいまだったら、もっと書けると思わせてくれる存在に感謝。
北穂高小屋のシンボルであるイワツメクサをはじめ、高山植物がたくさん咲いていました。

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2019年6月28日 (金)

音読とオーディオブック

去年あたりから、ときどき、オーディオブックを使っている。
いまのところ、内容と使うときを限ってはいるが、相応の量を聴いてきた。
端的にいうと、便利なシロモノだ。


原稿を書くと、ほとんどの場合、音読するようにしている。
文章がスムーズに流れるかどうか、計っている。

オーディオブックでは、聴きやすい文章とそうではない文章に分かれる。その差がどこにあるのか、突き詰めて考えたことはない。
けれど、音読がスムーズなのと、聴きやすい文章なのとは、また違う気がする。
それに、ときに、スムーズではない文章にも名文があるようにも、思う。
恩師は、短文だけがわかりやすいのではない、一文が長い文章を書けるかどうかは、書き手の実力だ、というようなことを言っていた。

今日入稿した原稿。
どうも、音読するとスムーズではない。もっと手を入れた方がよさそうだ。入稿したけれど……。
はたして、この原稿をオーディオブックにしたら、聴き手は、どう感じるのか、そんなコトを考える。
名文にオーディオブック向きのものは、確実にあるが、名文が必ずしもオーディオブックに向いているとも思えないし、書き手としては、そのあたりのことがモヤモヤするばかり。

 

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2019年5月 4日 (土)

春菜夫妻との出会い

4年前の今日、2015年5月4日のfacebookより。
旭岳山麓に住む春菜夫妻のこと。あと1ヶ月で、春菜さんが亡くなってからちょうど1年になります。

 

*****
最初の出会いというのは、とても大切だ。
私の場合、それがヌタプカウシペの春菜夫妻だった。

 

初めて東川町を訪れ、冬の大雪山に登ったのは10年以上前のことだ。なぜ、ヌタプを訪ねたのかは忘れてしまった。モンベルの昔のカタログ表紙にあったロッジの写真が印象的だったのか、あるいは偶然だったのか。
けれどじつは、数年間は春菜夫妻とは大した話もせずに、ただ泊まらせてもらっていた。毎朝、春菜さんがクロカンコースの整備に出るけれど、それがどういうことかもわかっていなかった。

 

だんだんと話をするようになり、どうやって彼らがこの土地にやってきたか、どんな暮らしぶりであるのか、ちょこっとだけ知った。何年も経ってクロカンをやるようになって、春菜さんってすっごい人だったのだと、やっとわかった。それは、クロカンに関わる者としてもだけれど、登山や自然に関わる者としても生活者としても。
初めての出会いが春菜夫妻だったことは、私が途切れることなく旭岳に通っている大きな要因だと思う。
褪せることのない旭岳や東川町の自然の魅力を感じられるのは、知らず知らずのうちに、夫妻の目を通した旭岳を、私も見せてもらっていたからだと思う。

 

今回の東川町訪問は、『大雪山 神々が遊ぶ庭を読む』出版の集いに出席するためだった。
本著は、2/28に出版されたもので、編者は”写真文化首都「写真の町」東川町”となっている。つまるところ、東川町で作った本だ。町が一冊の本を出版しちゃうなんて、そうない話だ。
近年、いくつかの地方自治体の山岳観光や地域活性化に関わる仕事をいただき、各地を回っているが、東川町はたぐいまれなる町だと思う。
ある方が「ファンキー」と表現したけれど、言いえて妙。町政も町民も、面白いほどファンキーかもしれない。活気ある土地というのは、そこにある自然や文化の本当の価値を自覚していて、本来的長期的視野が保たれている。

 

式の席順が春菜さんの隣だったことは、嬉しかった。沢山話さなくても、訪れるたびに心に残る小さな会話を積み重ねていける。春菜さんの席を訪ねてきたある男性が「”神々の遊ぶ庭”という言葉は、彼が最初に言ったんだよ」と教えてくれた。アイヌ語のカムイミンタラは直訳すると”神の庭”。それを神々が遊ぶと表現した春菜さんは、やっぱりロマンチストだ。ちょっと離れたところから旭岳連峰を望むと、ほんとうに空からこっそりと神々が降りてきて愉しそうに遊んでいるように見えることがあるから、不思議だ。

 

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2019年1月19日 (土)

昔の絵葉書、家でじっくり

2年前の正月は、少しの事情もあって、じっくりと自宅にいる時間が長かった。

仕事柄もあり、また山登りや旅が好きなこともあり、アチコチ出かける機会が多いが、たとえ短い時間でも、自宅にいるときに、静かにじっくりと過ごしたいと思うものだ。
facebookの「思い出」機能によると、2年前の今日、部屋で手紙の整理をしていたようだ。

昔から、それこそ小学生の頃から、「晴」という文字が名前に着く人には、深い縁ができることが多い。

黒川晴介さんは、お兄ちゃんのような存在の大好きな山の仲間だった。
その、晴ちゃんのことを、ブログに書き、そしてfacebookにも書いていた。

こんな風に、静かに自宅で過ごす時間をもちたいなあ、と半分憧れのように思う。

***2年の前のfacebookより***

天国にいっちゃった晴ちゃんからのエアメールが出てきたのは先日のこと。

今日は、とんでもない絵葉書の大きな束が出てきた。みんな、ここぞとばかりにお喋りと近況報告と情報を詰め込んでくるから、文字が小さい。よくこんな小さな字を書けたね。老後に読み返して楽しもうと思っていたけれど、現時点ですでにツライ。


いちばん小さな文字は、まぎれもなくアライだよ。世界一周旅行に行くんだとか言いだして、あちこち周っていたときの便りを覚えているか。
「○○子の住所が手元にないからこの葉書を投函しておいてくれ」「来週は◇◇の誕生日だから、俺からだって言って電話しておいてくれ」「帰国日を決めたいから、ついては都合を教えてくれ。成田への迎えを頼む、一泊は泊めてくれ」など依頼事項も多い。


今年は、久しぶりに旅の空から葉書を書こうかと思った、これだけみんなからの便りを読むと。そして、大きめの文字で書くことにします。

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2018年11月 7日 (水)

水辺の夕陽

ふだん、山で沈む夕陽や日の出を見ることが多い。
刻が大きく動くその瞬間が、好きだ。

ブルーモーメントは、夕焼け後や日が出る直前のわずかな時間にやってくる。空が青い光で照らされる。雲がなく澄んだ空模様のときが、綺麗だ。
グリーンフラッシュは、もっと一瞬の出来事。陽が沈んだ直後、日が出る直前に、緑色の光で空が瞬く。
シルバーモーメントというのは、日本では言わないのだろうか。
ヒマラヤでは、よく使う言葉だ。日没後か日出前、漆黒の世界になる直前、あるいは漆黒の世界から抜け出た直後、ほんの少しだけ空に白み、山々が硬質な色で浮かび上がってくる。
この瞬間が、私はいちばん好きだ。

日の入りも日の出も、太陽のある空も美しいが、太陽が照らした山肌は、ことさら美しい。

久しぶりに、水辺の夕陽を見た。
水面がとろんとした色になり、とても美しかった。
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