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2018年5月27日 (日)

よん連荘の記憶

23日
同じ業界で働く数少ない同性の仲間と。
かれこれ、仕事をご一緒するようになって7.8年経つけれど、ふたりだけで会うのは初めて。テーマは「刻(とき)」。美大時代の課題がいかに面白くなかったか、その理由を聞いて、大学生の年齢でそんなことを考えているとは、なんて早熟なんだろうと、感服。

ワインバーのカウンターで、ロゼスパークリングとソーヴェニオンブラン。
サラダに、豚肩ロース、山椒と雑魚のリゾット。


24日
山に登り、ちょうど渓谷が望めるいい位置にあるベンチに座り、おにぎり食べていたら、LINE。「今日、何しているの?」、と友人から。
下山後、かいじに乗って帰京したアシで、かいじに乗って自宅に帰る前の友人と落ち合う。
オイスターバー、立ち食い寿司屋、珈琲屋のハシゴ。
生ガキは、あっさりしすぎず、濃厚過ぎない石川産がいちばん美味しかったという結論。
ヒマラヤの話を聞き、昨今のあれこれの意見を聞く。

振り返ると、40代はものすごくたくさん仕事をした。今では考えられないようなスケジュールをこなした。そのペースをずっと続けようとは思わたなかったけれど、あの猛スピードで駆け抜けた40代があってこそ、50代が始まるのかも、と年若い友人をみて思う。


25日
前職の女友だち4人と。
キーワードは「turn the page」。
かつてのこの職場は、ゼロから自分で作り上げていかなかなければならない場面が多く、ワイルドだった。同世代も多く、賑やかであり、熱い職場だった。
あるとき誰かが、「この職場は、クラスイチ勝気な女子と、学年にひとりいるすっげえ変わった男子の集まりだね」と言ったことを、ミョーによく覚えている。

ひとりが、あるリゾートへ行こうと誘う。そこはオールクルージングで、なにも考えなくてよい、脳みそをコインロッカーに預けて3.4日を過ごそうと。毎日が判断の連続で、それにものすごく疲れ果てた私たちにはちょうど良いはずだ、というのが彼女のアイディア。
その彼女は、50代になって、ものすごく楽になった。
いまがいちばん楽しい、とも。

職場のあった恵比寿の和食屋にて、ワインと煮物や焼き魚。


26日
すーちゃんと、幼馴染のハマチョの寿司屋へ。
3歳で幼稚園に入ったとき、園庭ですーちゃんは私に、「同じスミコだから、仲良くしよう」と言った。一番古い友達。
浜寿司のカウンタークィーンは私だったはずだけれど、あっという間に地元に住むすーちゃんに持っていかれた。

夏仕様の暖簾をくぐって、「はい、1日遅れ~」って誕生日ケーキを手渡そうとしたその直前に、ハマチョの誕生日を1ヶ月勘違いしてたことに気づいたw 
「俺たち、誕生日が一ヵ月違いだろ。来月だよ。いいよフライングでもらっておくから」と言われ……時期外れのケーキを手渡す。
寿司屋の大将にケーキはどうかと思ったが、酒は飲まないし、甘いものが好きなので。
「終電は気にするな、送っていくから」と言われながら……、いちばん古い友人と話をすると、自分の源のようなものを認識する。
また、来月行かねば、ホントの誕生日に。

さすがに、よん連荘となると、このあとは大人しくしようと思う。
月末の真打までは。
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2018年5月16日 (水)

【味噌汁日記143】

独活、蕪の茎、蕪の葉っぱ。鰹出汁に尾白味噌。

贅沢なはなしだけれど、春の山菜、だんだん持て余してきた。
とくに独活。きんぴらも天婦羅ももういいや。
最後は、水にさらしてあく抜きしたあとに、味噌汁に入れた。
アタマの部分は小麦粉をはたいて、お魚と一緒にソテー。付け合わせに。

「永遠なんて、ないほうがいい」と言い放ったのは、親しい友人。
春の山菜にも、サヨナラ。次の季節にいこう。

そんなことを考えていた日、20代の頃からの別の友人が、facebookに息子とのやりとりについて書いていた。

幼稚園生の息子が、「ちきゅうもしんじゃうの?」と、友人である父に尋ねたそうだ。
友人は、約50億年後には、太陽が膨張して地球は呑み込まれて死滅するという学説があることを説明したと。
幼稚園生を相手に、すごいわと思い、読み進めると。
息子が好きな風船のなかにあるヘリウムにも触れながら、太陽の核融合の機序から解き始め、なぜ死滅するかという説明をしたそうだ。

翻訳家であり、臨床心理士の彼が、そんな宇宙の話を、理路整然としかもおそらく平易な言葉を使って、子どもに説明できるなんて、すごい。私には到底できそうにないけれど、子をもつ親は、そういうことにも必要迫られ、できるようになるのだろうか。

けれど、そういう説明をしたところ、息子は、死んでしまう地球に思いをはせ、涙を流して泣いたそうだ。
「これ、どないしましょ」というのが、友人のfacebookのメッセージ。

いかなる生命にも、いかなるものごとにも限りがあるということを、幼い心で理解するときがくるのだろうか、と思いながらコメントすると、幼子には、万能感のあるベタな夢も大切で素敵だと思うので、折り合いが難しい、と友人。
友人がいうところの「ベタな夢」というのはキラキラしていて、それを描けるのは、人生のなかでもきわめて限られた時間だろうし、だからこそ、親としては子どもにそういう夢も抱いてほしいと思うのだろうな、とそんなことも考えた。

「永遠なんて、ないほうがいい」、そう思えるのは大人であり、大人であっても思えなかったり。
毎日の味噌汁を作って記録するたわいもない行為のなかで、実にグダグダうだうだと、色んなことを考える。
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2018年5月 8日 (火)

読む、待つ。

ここ数日は、一冊分の本を、ゲラの段階で何度も読み繰り返す仕事だ。
自分の原稿を書きながら、ほかの人が書いた文章を読み込む。

以前、泊りがけで自著を校了したことがあった。
校了紙を、編集者と一緒に読み込んでいく。
ひとつのテーブルに向かい合って座り、同時にそれぞれが読み進めていく。
気づいたことがあれば、声を掛け合うのだが、読むスピードも、読み込む質も、ベテラン編集者の彼と、私ではまったく違った。
編集者がもつべき資質のひとつ、読む力に圧倒された。
 
私の場合、初稿を読んでいるときは、あれこれ彼方此方に考えが飛ぶ。
それはそれで、よいのではないかと思っている。
最初は、目を大きく見開いて、アタマも空っぽにし、相手の文章を受け入れる。
その次からは、違う作業をする段階に入っていけばよいのだから。
 
「この人は、こんな文章も書くのか」と、ちょっとした驚きとともに嬉しさがこみあげ、同世代であり、仕事仲間でもある写真家の文章を読み入った。そして、その彼の著作を、思わず本棚から取り出す。いやいや、そんなことをしていては先に進まない、とゲラに戻る。
 
今日は、連絡待ちの日。なかなか時間が流れなかったから、こんな風に、文章を読み込む仕事の日で、よかったのかもしれない。
いい知らせが続いているので、このあとも、持ち分に戻ろう。じっと読み続け、そっと嬉しさを抱え込み。
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2018年5月 6日 (日)

「山への情熱 音楽への愛」

「山への情熱 音楽への愛」は、花岡ユリ子さんが毎日のように綴っているブログのタイトル。
まさに文字通り、山への情熱を持ち続け、音楽を愛し続けているこの方と、お会いする機会があった。
花岡さんとは、ずっと前に、ある山岳ガイドさんのパーティでご挨拶した程度で、話をしたことがなかった。
 
しかし、とっても大切な接点があることも、なんとなくわかっていた。
山の仲間に音楽好きはいる。ジャンル問わず、いろんな音楽好きの友人がいる。
 音楽の仲間に、山が好きな人も、少しはいる。昔のオケの仲間が、私のキナバルツアーに参加してくれたこともあった。スキー好きもいるし、オケの夏合宿ではいつも、遠い山並みを眺めては、山の話をしたりもした。
 
けれど、花岡さんほど、山と音楽の趣味が合致する方は、そうそういらっしゃらない。
北穂高小屋のよっちゃん以来の出会いだ。
 
登山は、若い頃に始めたのを、50歳を機に再開。山岳ガイドの方々についていらっしゃるが、その出会いがまた素晴らしく、そして山岳ガイドとの付き合い方、ガイドと登る楽しみや醍醐味のようなものを教えていただいた。
 
音楽については、私がむかし在籍したアマオケは、花岡さんとも深いご縁があったのだ。
ある習志野の中学校オケがムジークフェラインザールで演奏する機会を得たときのことを、私は話でしか知らない。当時のウィーンフィルのフルート主席奏者は、トリップさんだった。トリップさんがバス停で、私たちのオケのフルート奏者の先輩の三つ編みを、ちょこんと引っ張ったことは、忘れられないストーリーとして、語り継がれていた。
 
そのとき、花岡さんはお腹に赤ちゃんがいて、ウィーン遠征には行けなかったのだという。
数年前、初めてウィーンへ行き、音楽の名所を各地観光したことや、なによりもムジークフェラインザールでウィーンフィルの演奏を聴いたこと、お仲間の方々が演奏した話は、興奮するような内容だった。
若い頃、行くことができなくても、何年もの歳月を経て、チャンスは巡ってくるのだなあと思った。
 
私が、当時のメンバーからの室内楽の誘いに、なかなか重い腰が上がらない話をすると、笑っていた。
アマチュアなんだから、もっと気を楽にして楽しめばよいのだけれど。
アマオケにいた当時は、ものすごい練習量だった。私は必死についていった記憶があった。演奏レベルを維持するには、人の何倍も練習しなければならなかった。
仲間のなかには、その後プロになった者も多い。そういった彼らと演奏するのに、気軽には向かえないのだ。
けれど、よくよく考えたら、必死に練習していたのは、私だけではないのかもしれない。自分だけが下手くそで、必死だったように思い込んでいるのかもしれない、と、花岡さんの笑顔を見て、思った。
 
「私も、ヨーロッパツアーは、聴く係よ。みんなは演奏しに行くんだけれどね」とも言って、また笑っていた。
私も、仲間の演奏を聴くのは、ものすごく好きなので、花岡さんのお気持ちもわかる。
 
ポジティブで明るくて、オープンマインド。
そんな方は、息長く、山も音楽も楽しめるのだなあ。
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旅のレッスン2

数年前の夏、パリとシャモニーで旅のレッスンをしてくれた山岳部の先輩、玄さん。
シャモニーの街の登山道具店を一通り案内してくれたのち、その隣にあるナイフ屋さんが目に入り、お店へ。
日本でもアウトドアナイフが人気のメーカーの、カトラリーが並んでいたので、「こういうの、いつか揃えられたらいいな」と言うと、玄さんは小声で、「コレもいいけれどね、スミちゃん、コッチだよ」と言って、もうひとつのメーカーのカトラリーを指した。
そして、そのメーカーがある小さな村や、創業のことなどを話してくれた。
 
玄さんは、美術館などをガイドするフランスの国家資格を有しており、その年、美術館や教会や街角や本屋さん、レストランと、あちこちに連れて行ってくれた。そして、私はほんとうにたくさんのことを教えてもらった。その話はいずれも、ヨーロッパの歴史や思想、風土に由来するものだった。
それはまるで、この先、私がヨーロッパの山を登り、街を歩き、旅をする道筋をつけてくれたようだった。
 
玄さんが教えてくれたカトラリーは、私が最初に目をつけたものよりも、お値段お高めだった。
「この価格のナイフ、6本も買えないなあ」と言うと、「1本ずつ売ってくれるんだよ。2本でもいいじゃん。あるいは、少しずつ揃えれば」と。さらには、「研いで、大切に使えば、一生ものだよ」とも教えてくれた。
 
料理に使う包丁は、よく切れた方がよい。
簡易的な研ぎ石だけれど、研いで使う。
けれど、カトラリーにそこまで気を配ったことは、なかったな。
食事を食べるのに、そのとき使うナイフもまた、よく切れた方が、切り口がよい方が美味しいに決まっている。
 
友人達に、「5月4日は、ソーヴィニオンブランの日だって」と伝えると、私と同じようにNZのワインが好きな関西の友人が、「ソーヴィニオンブランは、NZがいちばんだね」と話し始めた。富山の友人もまた、話に加わってきた。
住んでいるところがバラバラだから、集まって一緒に飲むことはできない。「自習しよう」と私は言ってみた。
 
ウチには、近所の友人が、初夏の気候にあったソーヴィニオンブランをもって遊びに来てくれた。この時期の晴れた東京は、空気がカラって乾いて気持ちい。そこで、チキンを買ってきて焼いてみた。
友人が来るときに、カトラリーナイフを使うような料理を作ることは、めったにないけれど、「そうだそうだ、玄さんが教えてくれたナイフを使ってみよう」と思い出した。
 
旅先で教えてもらう色んなことが、友人達が教えてくれる色んなことが、日常を彩ってくれた。
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2018年5月 3日 (木)

カウンター

迷うことなく、カウンターに座る店が、3軒ある。
 
ひとつは、幼馴染が握る寿司屋。カウンターは5席ぐらいか。
そこがいっぱいになるようなタイミングでは行かないので、まちがなく座れる。
寿司を食べに行くというよりも、幼馴染が握る寿司を食べに行くのであって、だからカウンターに座らないと、話にならない。そして、もちろん美味しい。
 
友人の珈琲とクラフトビールを出すという、店もそうだ。
「なんで、珈琲とクラフトビールなの?」と尋ねると、「両方も好きだからさ」と。
 
もうひとつは、観光地でもある山の麓の村で友人夫妻が営む、珈琲専門店。
ひとりで寄ることが多いが、静かにコーヒーを味わうにも、窓の向こうの山並みをぼっと眺めるにも、友人夫妻とお喋りするにも、心が鎮まる。
時には、偶然に友人に会えたり、私のクルマが停まっているのを見つけて「今から寄るよ」とメッセージ入れてくれる友人もいたりする。
 
こちらも、なるべく混んでいるときは行かないようにするが、行楽日和であっても、休日の谷間とか、休日最終日の夕方などは静まってくる。
朝、カウンターに座った。次の行先を知っている友人は、「時間、あるでしょ。ゆっくりしていってよ」と。
友人の思いやりに甘え、コーヒーを飲みながら、次のインタビューについてじっくり考えてみた。
ほかにもお客様が数組いたし、夫婦たちは時おり話しかけてくるし、けっして静かというわけでもない。けれど、落ち着く。インタビュー当日までに、すべきこと、読みたい資料、観ておきたい映像をリストアップし、インタビューの方向性を探った。
こんな風に思考を巡らせることができる落ち着いた空気は、やっぱり店主たちが作りだしているのだろう。
 
カウンターというのは、店主との距離感も面白いが、臨席の方との距離感も独特だ。
 
先月入った、立ち飲みのカウンターでもそうだった。
ときどき通る四つ角に、品ぞろえのよい酒屋があることは知っていた。その酒屋が経営する酒場が一階と二階にある。二階は、友人と入ったことがあるが、一階の立ち飲みはいまだなく。
 
仕事を終えて、帰宅する前に、一杯飲んで、夕ご飯も済ませちゃおうと思い立ち、ひとりで入った。
読みたい文庫本があり、それを片手に、ハッピーアワーのワインとぬか漬けからスタート。
隣にやってきた年かさが少し上の男性は、ハッピーアワーのワインにモズクから始まった。
なんとなく、並びの人たちが頼むものが耳に入り、彼らの会話も耳に入り、なんとなく距離が縮まる。というよりも、縮まった気になる。
けれど、私はとくに話しかけたり、話しかけられたりもせず、文庫本を読みながら、飲んで、食べて。
横に目をやったりもしない。
でも、隣の人たちの飲みっぷりあっての、空間。
そんな客同士の距離感も
、カウンターの面白さかもしれない。
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2018年4月30日 (月)

山を下りてから

春はとくに、山を下りてからが忙しい。
雪の山を滑っても、里山をハイキングしても、下山後帰宅してから、もうひと仕事ある。
スキーブーツを脱いで、春の陽光のもとでサンダルになって、ふわあと開放的になるけれど、台所での作業を考えると、あんまりゆっくりもできない、ときもある。

わらび、たけのこ、山椒、こごみ、うど、ふきのとう、ふき……大好きなこしあぶらの収穫が、全体のなかで少な目なのが、残念。それは行き先に理由があるのだけれど、豚肉に挟んでとんかつにしたとか、さっと湯がいた、ナムルにした、新じゃがに和えた、など私がやったことのないレシピを聞かされると、興味がわいてくる。こしあぶらは、てんぷらか炒めるか、炒飯の具にするかぐらいしか、レパートリーがなかった。試してみたいけれど、手元にない。

行者にんにくは、去年、優秀なクライマーから醤油漬けを大量にいただいたことがあった。
使い勝手がよく長持ちする。醤油も調味料として活用し甲斐がある。
やっぱり、これがいちばんだよな。
今年も醤油漬けに。

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2018年4月28日 (土)

手紙

旅の終わりに、グリンデルに立ち寄ったのは、13年前のひと夏下宿させてもらったネビカー夫妻と、その娘のマルガリータや孫にあたるサラ達に会うためだった。

ある日、グリンデルの目抜き通りにあるカフェで、マルガリータとサラとコーヒーを飲んでいるとき、サラが、「facebookは情報が多すぎて、やっていない。それよりも、手紙を書くようにしている。相手のことを考えながらカードを選んで、切手を選んで、ポストに投函するのも楽しい」と言った。
 
facebookのある種の鬱陶しさは、誰もが感じたことがあるのではないかと思う。
名前の通り、顔を突き合わせるような、友人にちょっと顔を見せるためのツールだったらよかったけれど、「友達」がだんだんと増えてくると、気を遣うことも増えてくる。
設定によっては、親しい限った友人にだけ向けてやれることもできるが、その「親しい友人」とやらいう設定から、誰であれ、いきなり外されたときは、やっぱり心が傷つく。
ようは、そういうところも、面倒だ。
 
サラも、弟のラファエロも、小さなときからよく手紙を書いていた。
あの夏、山から下りてきて、下宿先に帰ると、ベッドの枕元に、サラとラファエロからの手紙が置いてあった。当時はふたりともまだ、英語を話さない小さな子だったので、彼らとの会話はもっぱらドイツ語だった。短い手紙も、ドイツ語。「昨晩の美味しいご飯、ありがとう。また遊びに来るね」、そんな内容だったと思う。絵も描いてあって、ほんとうに嬉しかった。
 
週末、お世話になった友人家族がある。
彼らの新しい引っ越し先を訪ねたのだが、美味しいものをたくさん食べさせてもらい、最後には手土産もたくさんもたされて、帰ってきた。
帰宅後に、もう一度お礼の言葉を伝えようとしたとき、ハタと気づいた。
知っているのは、引っ越す前の電話番号だけ。メールアドレス、どこかにあるだろうけれど、どこだったか。facebook、知らない。住所ならば、わかる。
 
それならば、家にあるカードから、彼らに向けたいものを探し出し、切手を貼って、投函。
さて、次は、サラが夫と暮らしているという新しい家に、手紙を書こう。
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2018年4月21日 (土)

お礼参り

帰国早々、友人と向かったのは、長野と富山へお礼参り。
この冬にお世話になった、あちこちのご夫婦たちのところへ。
ホタルイカのタイミングは関係ないw、それよりも会いたい人たち、お礼言いたい人たちのところへ。


ある一点ではなく、それよりも線となって繋がっていき、お付き合いいただけることに、ただただ感謝。

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2018年3月21日 (水)

春雪のなか、春遊びの準備を

日めくりカレンダーめくったら、「春遊びの準備を」と。まさにそんな日。
仕事が重なり、テープ起こしや原稿書きが山積みであるけれど、今日は春遊びの準備を。
 
この冬、あちこちで色んな人たちと一緒に滑ったり、登ったりした。
この週末は、イワオさんに頼み込んで、もう一度ご一緒させてもらって、まさにそんな冬を締めくくるような日となり、冬のあいだにご一緒したみんなを思い出し、感謝した。
イワオさんとは、1シーズンに1回、ご一緒できることがあるかどうか……というところだったけれど、この冬は「トレーニング、お願いします」と、3日間もご一緒した。
 
「え? 柏さん、滑りに好みがあるの? ウケるわー。オレは好み?」って。
誰だって、滑りに好みがあるでしょう。スキーは、骨格や体格、その人のもつパワーだけでなく、性格、性質のようなものも出ると思っている。もちろん、技術次第なところもあるが。
とくに、テレマークスキーは自由度が大きいので、より個性が出る。
 
イワオさんのスキーはともかく上手い。メチャクチャ上手い。
ある映像作家さんに、「どんな滑り手を撮りたいの?」と尋ねたら、色いろあるだろうなかで「スキーが上手な人」と即答したことがあった。それと同じかもしれない。とにもかくにも上手くて、板が走っていて、気持ちよさそうで、格好いいん。メチャクチャ好みだわ。
 
山の終わりに、段々畑が出てきたときも、ぴゅんぴゅん飛んでいった。「小さい時は、こういうところを滑っていたんですね?」と聞くと、「そうだ。ゲレンデなんて行かないしね」と。
そんなやんちゃさも顔を出す。
 
山ではとてもついていけないけれど、ゲレンデでトレインさせてもらえると、ものすごく幸せな気分になる。
というか、勝手にトレインで追いかける。ついてきていることがわかると、色んなターンを盛り込んだり、荒れたところにも入っていく。うっかり調子に乗ると、飛ばされたり。
 
週末はそんなだったけれど、それ以外にも、冬のあいだは、雪の上で色んな人たちと色んなことがあった。
1月の引きこもりから、ナントカ外に出られるようにまで元気づけてくれた友人達もいた。
 
どんな春遊びになるかわからないけれど、じつはひょっとしたら、それはそれであって、それにいたるまでの、こんな冬のことが、とっても大切な宝物だったりする。
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    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

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