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2020年1月

2020年1月27日 (月)

摩耶山@わくわく山歩き/毎日新聞

本日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、神戸の摩耶山です。
webはこちら  (有料)

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摩耶山の市民登山、六甲山地へと視点を広げ、日本の近代登山発祥の地など奥深い顔をもつ山ですが、今回は、たった2回登ったその時のことと、山頂からの眺めについて書きました。
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初めては、神戸育ちの友人、花谷泰広くんと。2度目は、山がきっかけで知り合った新妻和重・美樹夫婦と。
阪神・淡路大震災についても、触れました。そのことを話すと、「勇気あるね」と言われました。大震災を経験したわけでもなく、たしかにそうかもしれません。
けれど、摩耶山のてっぺんから神戸の街を見渡したとき、最初に思ったのは阪神・淡路大震災のことでした。
それは、神戸の街を眺めたからだけでなく、摩耶山が神戸の方々にとって「おらが山」だからだと思います。
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書くことは、いつでも勇気のいることかもしれません。勇気という言葉があっているのか、わからないけれど。
書くだけでなく、人に自分の考えや心のうちを述べるには、いつだって相応の気持ちが伴っているのだと思います。
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最後の写真にある本棚は、山頂のカフェの奥にあるもの。
ワタシ的にドストライクだった『恋ソマ』の隣に『雪の下の炎』、後世に残したい名著中野融さんのネパールトレッキングガイドの隣に『やまはじ』、オーストリアのグラーツから六甲山麓を経て運ばれた『極限への挑戦者』。新聞では紹介できませんでしたが、古今東西、硬軟ふり幅でっかい本棚。

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2020年1月25日 (土)

鈴木ともこさんインタビュー@ランドネ3月号

『ランドネ』3月号(1/20発売)にて、マンガ家・エッセイストの鈴木ともこさんをインタビューしました。「街を歩き、人と出会うほど 好きが深まる」、2011年5月に、ともこさん一家が東京から松本へ移住したストーリーです。
写真は矢島慎一さん、編集は佐藤泰那編集長。取材は、昨年のクリスマスイブ。

記事の後半で、ともこさんの長い会話を引用しています。ぜひ、こちらをお読みください。松本で作った、隣の人たちとのつながり。

取材の最中、堂々たるモデルぶりを発揮したのは、飼い猫のミミー。猫との生活なんて夢にもみたことなかった鈴木家の、壁から出てきたミミー。2015年夏のことだった。ここにあげた2枚はその直後のミミー。
ミミー、こんなに小さかったんだね。

ともこさんの松本生活、書きたいことはたくさんあり、とてもおさまらなかったけれど、どんなきっかけで移住し、どうやって松本と出会っていくのか、そのひとかけらでも読んでいただければ嬉しいです。

今月号の特集は「暮らしたいまちを探す旅へ」。暮らしたいまちトップ10も載っています。私が移住したい候補のふたつのうちのひとつも、載っていました!

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2020年1月 6日 (月)

避難小屋で語る人間性

避難小屋にて。外のビュービュー吹き荒れるさまが、どんどんひどくなるなか。
言動や業績ではなく、その人となり、つまるところ人間性に惹かれるのだ、という話に。
私が、「じゃ、その人間性って、なんだろう?」とつぶやくと、先輩は、長い企業人経験を踏まえて、気を配りながら仕事をしている内容を幾つか聞かせてくれた。具体的な話も。まったく同意することだった。

それは、公明正大な姿勢、誠実さにも通づるもの。道徳心のある者であれば、当然のことかもしれないが、それを仕事に限らず日々のなかで保ち続けるのは、じつは難しい。
けれど、それを貫く先に、人から信頼される人間性が形成されるのだなあと、話を聞きながら思った。

先輩は、人間性というのは、後天的であり、技術的なことでもあるとも。それにも、同意する。
でも、私たち、どこでそんなことを習ったんだっけ?とも思った。
教育だけから学ぶものでもない。
識字率の低い国、教育水準の低い国にも、品格ある人間性をもつ人物はたくさんいる。
その人間性を支えるのは、知性や品性のように思う。では、それはどうやって培われるのか。
次の、吹雪の夜に、また先輩に尋ねてみようかな。

写真は、富士山頂を踏んだあとの下山の一風景。
先輩が好きな場所だってことで、ゆったり休憩した。
半月からふっくら膨らんだ月が出ていた。

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2020年1月 2日 (木)

年の瀬に

年末に予定していた山を、すさまじい強風におののいて、諦めて帰ってきた日。
仕事の仲間と、1日早い年越し蕎麦を食べた。年の湊の夜のこと。
互いの仕事、それぞれのフィールド、最近の作品。作っているものは違うけれど、同じ山や自然、それに取り組む人々をテーマにしているという広義においては、同業者。

 

帰り道、ひとりになってあらためて、昨年の仕事について振り返った。
一本でも、これぞと思う原稿が書けたら、ヨシとしているのだが、年末になって最後の最後で大きな間違いをしてしまい、反省の最中でもある。

 

毎日新聞の連載は、月1回だから、12座の山を書くのかと思いきや、振り返り数えてみたら13座だった。
一年目から真打を出しちゃって、来年はどうするつもりなんだと自分で自分を笑う。
しかし、20年近く付き合い続けてきた北穂高岳と北穂高小屋について、書けたことは、素直に嬉しい。

 

存在が近すぎて、書けないのではないかと思っていたけれど、いざ書いてみると、ずいぶんと力のこもった文章を書いたのだなあと、他人のことのように思った。
今回は、「定点観測」と「山小屋を作った者」をキーワードにしてみた。
後者は、二代目主人の小山義秀さんが答えを述べた、その言葉を引用している。20年近く前に聞いた言葉だけれど、普遍だ。
それは、私が北穂で過ごした膨大な時間と、その後も彼方此方の山から北穂を眺めては思いを馳せていた時と共に、ずっと私の心のなかに変わらずにあったもの。
ぜひ、義秀さんの言葉を、多くの方々に読んでいただきたい。 コチラ→

 

いまは、長い年月をかけて思い続け、思いやりをいただきながら作った関係のその先にあるものに、ただただ感謝している。
自分の軸となるものがあり、おごりや迷いをなくし、初心に帰るきっかけをもらう場所。

 

今年は、もっといい仕事ができるよう、腰を据えて、あとはないものの覚悟でがんばろう。

 

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小屋番の定点観測

定点観測の面白さを教えてくれたのは、北穂だった。
北穂高小屋に2年間通い続けるなかで、常念山脈から日が出る位置が北から南へと動いていくこととか、ひと雨ひと雨ごとに紅葉が進むさまを実感した。
写真家の渡辺幸雄さんが入山時に、毎回ある位置から北穂高岳を同じ画角で撮影していたのを真似てみたりもした。
いっぺんにたくさんのことを知ろうとは思わない。その季節季節で出会うものがあり、回を重ねるごとに、少しずつ相手(自然と人間)を知るようになる。 それが、関係と作るということでもあった。

 

先月、七丈小屋に2回行く機会があった。
2年前から、ごくたまに手伝うだけだったけれど、これまでにどれぐらい滞在したのか、この機に数えてみた。その日数は一ヶ月をゆうに越えていた。大した日数ではないけれど、いつの間にか積もり積もっていた。
けれど、小屋にも山にも、私には「定点」が見いだせずにいた。それに出会ったのは、今夏。

 

あるクライマーが、黒戸尾根で一番好きだったという場所を教えてもらってから、そこが私の「定点」になった。
いろんなストーリーや見どころのある尾根だけれど、こんな穏やかな場所が一番好きだったのか……と、亡くなった彼とはもう話せないけれど、しっくりきた。

 

この2回の滞在で、小屋のスタッフの方々と一緒に過ごし、ゆっくり話をすることもできた。
彼らが「定点観測」している話が、アチコチにあった。
長い方でもたった3年といえばそれまでだけれど、それでも、心持ちひとつで、会うべく人に会い、出会うべく自然を見て、深く広い経験をしてきたのだなあと、心の底から敬服した。
と話すと、「それが、小屋番の醍醐味でしょ」と。
まったくだ。

 

「年越ししていきなよ。手伝ってよ」という言葉はありがたかったけれど、一刻も早く山を下りたかった。
もうこの先当分来ることはないだろうと、最後の黒戸尾根を味わいながらゆっくり下山。
クライマーの彼が好きだった「定点」には、変わらずに穏やかな日差しがあった。
ときに、モノゴトはぐちゃぐちゃになる。自分の予期せぬところで起きたことであっても、心は痛み、何よりも自分が情けなくなる。
けれど、穏やかな日差しをみて、山は変わらず素晴らしい、尾根は清々しいと、心が洗われた。

 

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カトラリーとマグカップ持参で山小屋へ泊りにいらっしゃった方々

年末に、友人たちが小屋番をする七丈小屋(甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根)を手伝っていたときのこと。
夕ご飯後に、お皿を下げにいくと、ニコニコしながら、未使用の紙コップと紙のカトラリーを返された。
旭立太ガイドご一行様のテーブルでのことだった。

 

冬になり沢から水が取れなくなると七丈小屋では、それまでに貯めた水と雪を解かしたものを使うようになる。
天水が取れない山小屋というと、北穂高小屋での長い経験のある私としては、それほど違和感はないのだけれど、山小屋側の苦労は並々ならぬものだ。貯めた水にも限りがあるし、雪を解かすにも燃料が要る。これも限られた量だ。
そのため、宿泊客の食事は紙の皿やカトラリーを使うようになる。

 

それを知って持ってきてくれたのかな?と思いながら、「あれー、お使いにならなかったんですか?」と尋ねると、「ホームページを読んできました~」と、ご自分たちのカップを持ちながら、またニコニコして応えてくれた。
ホームページには、水が限られるようになってからは、マイカップやマイ箸をご持参いただきたい旨が書いてあったのだ。
嬉しくなり、「ありがとうございます」とお礼を言ってから、小屋番さん達に報告した。

 

ごくたまに友人ということだけで手伝いに行っている山小屋であり、私が言うことでもないかもしれない。
しかし、カトラリーとコップを戻してくれる時の、皆さんのニコニコした笑顔がとっても素敵で、とっても嬉しくなった。
嬉しそうにご飯を食べてくださり、楽しそうに山に登り、ニコニコと私たちと会話してくれたのが、とっても心に残っている。

 

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わくわく山歩き@毎日新聞「玄岳」

年末に掲載したわくわく山歩き@毎日新聞は、伊豆半島の付け根にある玄岳(くろたけ)でした。
webでも読むことができます。コチラ→

 

ちょうど新聞掲載される日の前日までの三日間、玄岳の麓に住む方と、冬枯れから寒空のしぐれる山でご一緒しました。
たくさんの山を知っている彼も、「いい山ですよね」と。

 

相模灘と駿河湾を両手に。さらには、富士山から南アルプスなど。心が伸びやかになる展望の山。お正月にぴったりと思い、選びました。
そして、熱海や函南の方々にとっては、「おらが山」です。
よかったら、冬晴れのこの季節に、ぜひ登ってみてください。

 

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