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2019年3月

2019年3月30日 (土)

『みんなの山道具』

現在発売中の『みんなの山道具』(枻出版)。
自分自身の道具部屋の紹介と、夏のテント泊縦走で使う装備紹介などについて、書きました。
装備は、「山業界の達人たちがソロ装備を」という設定ですが、単独で山を登る機会はそう多くはないので、昨夏の仙塩尾根縦走ガイドのときのものを基準にしてあります。
装備を前面に打ち出した本に対して、失礼承知で言えば、装備ばかりを強調する風潮は好みません。記事に書きましたが、「〇〇のシュラフでは寒くて眠れなかったから、◇◇にしてみようと思う」と言われると、ときどき違和感があります。装備だけで解決できることではないので。


ほかのページに掲載されている方々の道具部屋をみてびっくり。とてもキレイでオシャレでした。
私の部屋は、まったくお恥ずかしい散らかり具合ですが、20年以上前に知り合った友人の小竹将通くんが作ってくれた部屋です。
マサとどんな会話をして作ったかなども、書きました。ありがとう。

 

写真は、道具部屋の入口に飾ってある水谷章人さんの作品です。
取材では、水谷さんの脚モチをしていたというカメラマンさんが撮ってくださいました。
https://www.ei-publishing.co.jp/magazines/detail/peaks-b-482478/

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2019年3月27日 (水)

山を楽しむ女性ヒストリー@『ランドネ』

『ランドネ』は、今年で10周年を迎えるそうです。
3/23発売の5月号には、中綴じの特別企画があり、田部井淳子さんと四角友里さんについてと、雑誌編集者の座談会を書きました。
田部井さんのことは何度も書いてきたし、この先も書き続けたいと思っています。今回の短い記事の中にも、読者の皆さんが新鮮に思ってくれることがあるかもしれません。夫婦のこと、家庭のこと、山のこと、命の閉じ方までも。


座談会は、佐藤泰那さん(ランドネ編集長)と小林百合子さん木村和也さんです。
小林さんは2010年から『Hütte』(山と溪谷社)に携わったほか、カルチャー誌に女性の登山について執筆したり、女性に向けた書籍も多数作っている編集者です。
木村さんは、当時『ヤマケイJOY』編集部に在籍し、涸沢フェスティバル(2008年~)を発案し開催にこぎつけた方。現在は『山歩みち』の編集長です。
『ランドネ』の前身となった、「オンナの子のためのアウトドア・スタイル」@『フィールドライフ』を作った福瀧智子さんが、日程の都合でどうしても参加できなかったことが残念ですが、前述の3人が山ガールブームの起こりといままでのことを語ってくれています。
私自身も多少なりとも、このブームのなかで仕事をした者ではありますが、彼らがいかに深く広く色んなことを考えていたか知り、自分の無力さを思い知りました。
短い記事で、書ききれなかったことだらけですが、こんな顔ぶれがメディア上で一堂に会することはめったにないので、ぜひ読んでください!


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2019年3月18日 (月)

安達太良山@毎日新聞「わくわく山歩き」

本日の毎日新聞「わくわく山歩き」は、福島県の安達太良山です。
私が、初めて登った雪山。高校2年の1月末のことでした。
安達太良山には、幾つかの思い出があります。

 


初めて登った35年前の冬は、千葉県内の高校山岳部が集まった講習会でした。

 

このとき、たくさんの新鮮な経験をしましたが、一緒に参加した真里は、一生の大切な友人であり、安達太良山で出会った、隣の高校山岳部だった面々は、同い年ながら、何歩も先を行っていました。彼らが雪洞を掘ることに驚いたし、その後、藪漕ぎや沢登りって何ぞやとか、白神山地(いまの白神山地ではありません、35年前の原始的環境です)を教わったのも、彼らからでした。

 

大学山岳部に入ってきた、女子部員たちと登った冬もありました。

 

冬以外に初めて登ったのは数年前の秋、田部井政伸・淳子夫妻とでした。
その後、こんどは春先に登りました。2日目、雪面がフィルムクラストになったことを、とてもよく覚えています。
フィルムクラストについて思うたびに思い起こすのは、こちらの文章。紙面では詳細まで触れることができなかったので、ここにリンクを。


映像作家の関口雅樹さんの文章には、スキーを走らせると白波が押し寄せるようであったり、桜吹雪が舞うようであると書いてあり、三浦敬三さんの『黒いシュプール』についても触れています。
私が、フィルムクラストの雪を思い出すたびに、それがモノクロームの絵であることは、この文章の影響かなと思っています。

 

 

 

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2019年3月16日 (土)

フィッツロイ報告会へ

今井晋さん舟生大悟さんが、札幌で「Patagonia遠征報告」をやるというので、マイルもあったし、弾丸行ってきた。

昨年12月のFitz Roy Supercanaletaほか3本のクライミングについて、写真を交えたトーク。
脂がのっていてイケイケの33歳・大悟くんと、酸いも甘いも嚙み分けたベテラン47歳・晋さん。

 

この遠征がどうやって始まったか、それぞれから聞いていた話と、この日のふたりの話が符合し、とてもよかった。大の大人たちがこうやって自分をプッシュするから、カッコいいんだなあって思う。
ふたりのホームでの開催でもあり、会場は和気藹々としていて温かい雰囲気だった。

 

ほんとうに、 行ってよかった。

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2019年3月14日 (木)

4年前の今日-登山中の突然死について、そして登山に関するマスメディア報道について

昨日に続き、今日は4年前のfacebookより。


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2015/3/14

労山の多摩西部地区の総会にお呼ばれし、話をしました。
3年目にして果たせた約束。

テーマは、山の突然死。書籍にしたのは2008年とちょいと昔。それ以前から、同テーマで雑誌には書いていたし、その後もデータ収集はしています。
突然死は、登山中であるとどんな点でリスクが大きくなるのかということと、いくつかの事例を話しました。事例のほとんどは、書籍やバックナンバーで読んでいただけますが、取材のなかで感じたこと、考えたことなども話しました。1件の事例を取」材するには最低でも1ヶ月以上かかるので、それぞれのストーリーがあります。
古い事例ですと10年近く前の取材になりますが、その多くを私は鮮明にそして印象強く覚えてます。つまり、どこでご遺族や死亡した方の山仲間とお会いし、どんな話をしたか、その時の彼らの表情まで。

取材裏の苦労話を、読者の皆さんに知っていただく必要はありませんが、どんな取材をしたか、どういった手順を踏んだか、取材の事細かなこと、文字にできなかった取材がどれほどあり、それはどういう理由か、それらについてごくわずかでも話すことで、突然死とういのが、また山岳遭難というのがどれほど悲惨で、遺されたものにとってつらいものなのか感じてもらえたかもしれません。


先だってのヤマケイの記事(雪崩遭難の捜索救助化とビーコン)も同様ですが、一般社会に生きる我々が、登山者として、あるいは私の場合は書き手としてやるべきことは多々あります。
そういった観点から、登山に関する報道について思うこと、またそれについて私が立ち向かいたいと思っていることについても、蛇足ながら話しました。


また今日の仕事は、個人的な思いではありますが、山と仕事の先輩のことを思いながらやりました。敷島悦朗さんは、私にたくさんのことを教えてくれただけでなく、当時私が主としていた出版社が傾いたときに、私と私の仕事を守ってくれたかけがえのない先輩です。登山を文化としてスポーツとして根付かせたいと思っている私にとっては、彼を喪ったことはほんとうに血肉を削られる思いであるし(むろん個人的にも)、またもっとこれから自分が頑張らなければならないとも思っています。


話を戻します。
今日会場で、「去年は来てくれると思って、書籍読んで待っていたよ」と言って下さった方もいました。講演中にも述べましたが、こと近年の登山に関するマスメディアの報道を苦々しく思っています。だからこそ、マスではない位置にいる私たちが、もっと頑張らねばならない時です。

辛抱強く私のことを待ってくださっていた皆さん、今日はほんとうにありがとうございました。

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4年前のアバランチビーコンの記事

f acebookにある「思い出」という機能は、ときどきお節介でもあるけれど、ときどき、なにかを思い出させてくれる。

4年前、ヤマケイの4月号に、こんな記事を書いていたんだな、と。

いままで色んな記事を書いてきたけれど、自分自身でも記憶に残るもののひとつ。

雪山に入るときに携帯するアバランチビーコンという装備について、一般社会との関係性からも 、その役割を考えたもの。
つまり具体的にいうと、雪崩事故が起きたとき、公的救助隊が出動することになり得るが、それは社会のリソースを使うということであり、ビーコンを携帯する意味を一般社会との関係性という文脈において、改めて考えたいと問うたもの。

日本雪崩ネットワークに、データを提供していただき、書いた記事。時間が流れても色あせる内容ではないので、よかったら、どこかでご覧ください。

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2015/3/13のfacebookより

『山と溪谷』4月号、1色のページに「雪崩事故の捜索長期化とビーコンに関して」を書きました。
今回は、アバランチビーコンという装備について、一般社会との関係性からもその役割を考える点に主軸があります。

私がいちばん強く心に残ったことはふたつ。
ひとつは、ある山岳ガイドがプローブ捜索について肉体的疲労だけでなく、どうしようもできない徒労感があると語ったこと。
もうひとつは、山岳ガイドを職業としたアルパインクライマーに聞いた話。どれだけビーコンの重要性と携帯について考え、雪崩のリスクを考え、操作の練習をしているかということ(私は最初から、今回は彼の話を書く予定はありませんでしたが、それでも貴重な時間を使って真摯に話してくれました)。

そのクライマーの彼が、「積雪安定性について判断するよりもずっと短時間で、ビーコン操作は身に着く」と言いました。自戒を込めていえば、まさにその通りです。
登り続けるためには、学び続ける、考え続ける、トレーニングし続ける、経験を積み続ける。

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