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2018年12月

2018年12月17日 (月)

平成の登山「女性の活躍」@『山と溪谷』1月号

『山と溪谷』1月号「テーマで見る平成日本登山史」に、「女性の活躍」について書きました。
たった2ページで、ほとんどのことを割愛したし、少々片寄っている点もいなめません。雑誌に名が出なくとも、面白い記録を残している女性もいますし、フリークライミングを取り上げられなかったのは、片手落ち。室井由美子さん、大岩あきこさんらが先達となり、いまでは世界的クライマーもいます。
信頼する編集者が担当だったので、粘って書かせてもらえたけれど、女性のクライマーについても山ガールブームについても、とても書ききれないので、別の機会を作りたいと考えています。

「女性の活躍」というタイトルが、男性目線だという意見をいただきました。編集部からもらったお題「女性の進出」から、私が変更したものです。言葉の使い方は難しいですが、いちばん大切なのは、書き手の視点、意識だと思います。

「女性初」「日本人女性初」というくくりに意味がないという方もいました。私も、その感覚はとてもよくわかります。
一方で、田部井さんのエベレスト女性初登頂のように、社会的意味を持つ場合もあると思います。
以前、日本山岳会の「山」の編集人になったとき、「女性初だ」と言われました。1905年から続く会の会報です。しかし、それを問題にすること自体、私自身は疑問もありました。けれど、ある女性の理事が「役職を頼まれたら、なるべく断らない。そうやって女性が出ていかないとならない」とおっしゃっていて、そうかそういう先達あっての私たちだったのだと、思いました。
つまるところ、そのようなくくりがないなかで、ものを見ることができたらよいな、と思います。だいいち、本人たちは、性差はあるけれど、女性だからって思って登っているのではないので。

今回の執筆を機に、平成を振り返る書物を数冊読みましたが、なかなか激動の時代だったのだなあと思いました。

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2018年12月 8日 (土)

田部井淳子と歩いた道@朝日新聞

今朝の朝日新聞「be」の「みちのものがたり」は、「田部井淳子と歩いた道」。担当記者の浜田奈美さんのfacebookによると、「世界的登山家が残した大きくて重い荷物を、かつてやんちゃ少年だった息子さんが必死に担いで歩く姿に、心打たれて企画した」と。
私は、そういったストーリーを新聞記者らしい観察眼、洞察力をもって取材する姿が、勉強になりました。

田部井さんのことは、この先も色んなかたが色んな側面を書いていくのだろうなあ、と思いながら。

ご一読を。

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2018年12月 7日 (金)

9月の鳳凰三山@テントむし

3ヶ月も前の、9月の3日間で縦走した鳳凰三山@テントむしについて。
今年で、7年間続けたテントむしに区切りをつけることにしたので、図らずも最後の回となった鳳凰三山も、簡単にでも、ブログに残しておこうと思う。
7年というのは、私にとってはまったく短くない。

鳳凰三山縦走は、雨の1日から始まった。
天気予報通りであり、この日は終日降られることがわかっていた。
けれど、樹林帯も多く、風雨の影響は最小限に収められるだろうし、翌日からは回復傾向だったので、出発。

なるべく濡れないように対処し、そしてテント内でなるべく乾かして、つぎの日に備えてもらおうという算段。
けれど、濡れないようにすること、濡れたものを順を追って乾かすことは、そう簡単ではない……ということを、私も参加の皆さんを見ながら、改めておもいしった。いや、それほど難しくもないと思うのだが、コツや根気がいるのか。あるいは、「乾かす」ということが、どれだけ重要か、認識することが、第一歩なのか。
いずれにしても、テント生活の技術というのは、時間をかけた積み重ねなのだと思う。
すべての衣類を取り換える人もいたが、たった2泊なのでそれもナントカなる。
けれどゆくゆく、濡れたものをテントのなかで乾かしていく技術も、身についていったらよいなと思った。

2日目は予想よりもよい天気になり、朝から晴れ。行程もゆっくりだったので、気持ちもゆったり。太陽が出るだけで、みんなが元気になった。
鳳凰小屋のテント場は激混みで、80年代の涸沢団地を彷彿させるようだった。

そして、最終日は青木鉱泉へ下山。この道が、意外にたいへん。
焦ってもらいたくなかったので、時間をかけてくだるよう、早朝発。
予定通り、10時過ぎには下山できた。

7年前の初回から参加してくれている方。最近は年に1、2度の参加だけれど、付き合いは長くなる。そんな彼も参加してくれた回であり、ゆっくり話もできた。
今年になって、ずっと来てくれている方。2度高山病で辛い思いをしたので、鳳凰三山は心配だった。けれど、ミウラベースに行き、トレーニングやアドバイスを受け、さらに自分自身も徹底した体調管理をして臨んでくれた。今回は絶好調。これには、私も驚き、ホッとしたが、何よりも本人の努力だったのだなあと思った。

今回は、主催側から定員オーバーになったという報告を受けたので、テールガイドをつけてもうよう依頼した。
所属する日本山岳ガイド協会が提示するガイドレシオは、それが適正というよりも、マックスと解釈した方がよい。
条件が悪かったり、チームの状態やガイド自身の実力を考えて、レシオ以下の配置にすることは、よくある。
それはルールを守るということ以上に、安全確保のために必要なこと。

テールに来てくれたのは若い女性だった。
フラップのついた雨具を着てきたので、気温も下がりつつある頃合いだったし、それなりの降雨量だったので選んだのかと思い尋ねると、「いえいえ、たまたまです」と、私の質問の意図を理解しながらも笑っていた。
危険個所での、ガイド同士の動き方とか、注意するポイントも、簡単な言葉の行き交いで互いの状況を理解し、動くことができる。
いつもはガイドが自分一人なので、ある程度同じベースをもち、話ができ、行動できる相手がいることは、心強い。

それともうひとつ、このときは、あるふたつのガイドツアーと一緒になった。いずれも友人がガイドを務めていたので、行動中に見えた雲の様子と天気図のことなど話ながら、情報や意見の交換もできた。
こうやって、ほかのガイドの方々と、フィールドで交流できることは、とてもありがたく勉強になる。

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