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2018年5月

2018年5月27日 (日)

下調べ

次のインタビューの下調べ中。
エベレストの探検時代やアルプスにアルピニズムが芽生えた頃の写真や映像をあらう。
そのなかで出会った、一葉の写真。ずっと前に手伝った書籍の表紙に使ったものだった。
奥付をみると、ちょうど20年前であることに、驚き。
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よん連荘の記憶

23日
同じ業界で働く数少ない同性の仲間と。
かれこれ、仕事をご一緒するようになって7.8年経つけれど、ふたりだけで会うのは初めて。テーマは「刻(とき)」。美大時代の課題がいかに面白くなかったか、その理由を聞いて、大学生の年齢でそんなことを考えているとは、なんて早熟なんだろうと、感服。

ワインバーのカウンターで、ロゼスパークリングとソーヴェニオンブラン。
サラダに、豚肩ロース、山椒と雑魚のリゾット。


24日
山に登り、ちょうど渓谷が望めるいい位置にあるベンチに座り、おにぎり食べていたら、LINE。「今日、何しているの?」、と友人から。
下山後、かいじに乗って帰京したアシで、かいじに乗って自宅に帰る前の友人と落ち合う。
オイスターバー、立ち食い寿司屋、珈琲屋のハシゴ。
生ガキは、あっさりしすぎず、濃厚過ぎない石川産がいちばん美味しかったという結論。
ヒマラヤの話を聞き、昨今のあれこれの意見を聞く。

振り返ると、40代はものすごくたくさん仕事をした。今では考えられないようなスケジュールをこなした。そのペースをずっと続けようとは思わたなかったけれど、あの猛スピードで駆け抜けた40代があってこそ、50代が始まるのかも、と年若い友人をみて思う。


25日
前職の女友だち4人と。
キーワードは「turn the page」。
かつてのこの職場は、ゼロから自分で作り上げていかなかなければならない場面が多く、ワイルドだった。同世代も多く、賑やかであり、熱い職場だった。
あるとき誰かが、「この職場は、クラスイチ勝気な女子と、学年にひとりいるすっげえ変わった男子の集まりだね」と言ったことを、ミョーによく覚えている。

ひとりが、あるリゾートへ行こうと誘う。そこはオールクルージングで、なにも考えなくてよい、脳みそをコインロッカーに預けて3.4日を過ごそうと。毎日が判断の連続で、それにものすごく疲れ果てた私たちにはちょうど良いはずだ、というのが彼女のアイディア。
その彼女は、50代になって、ものすごく楽になった。
いまがいちばん楽しい、とも。

職場のあった恵比寿の和食屋にて、ワインと煮物や焼き魚。


26日
すーちゃんと、幼馴染のハマチョの寿司屋へ。
3歳で幼稚園に入ったとき、園庭ですーちゃんは私に、「同じスミコだから、仲良くしよう」と言った。一番古い友達。
浜寿司のカウンタークィーンは私だったはずだけれど、あっという間に地元に住むすーちゃんに持っていかれた。

夏仕様の暖簾をくぐって、「はい、1日遅れ~」って誕生日ケーキを手渡そうとしたその直前に、ハマチョの誕生日を1ヶ月勘違いしてたことに気づいたw 
「俺たち、誕生日が一ヵ月違いだろ。来月だよ。いいよフライングでもらっておくから」と言われ……時期外れのケーキを手渡す。
寿司屋の大将にケーキはどうかと思ったが、酒は飲まないし、甘いものが好きなので。
「終電は気にするな、送っていくから」と言われながら……、いちばん古い友人と話をすると、自分の源のようなものを認識する。
また、来月行かねば、ホントの誕生日に。

さすがに、よん連荘となると、このあとは大人しくしようと思う。
月末の真打までは。
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2018年5月26日 (土)

ビギナーズラック

所用を済ませ、そのまま帰宅する予定だったけれど、どうせ家に帰ってもざわざわと落ち着かいないとわかっていたこの日、最寄り駅近くの喫茶店に初めて入った。

こういう昔ながらの喫茶店でたのむものといったら、ソーダフロート。

締め切りまであと数日の書評の構成をまとめようと、もういちど本に目を通す。
原稿依頼のとき、編集者から送られてきた記事見本は、同じコーナーに友人が書いた書評だった。数号前のものを選んだだけで、執筆者が友人だったことに、とくに意味はないだろうけれど、思わず読んだ。そうしたら、ちょっと驚くようないい原稿だった。

執筆を職業としているわけではない。文章を書ける人であることはよく知っているが、いつもはいうなれば、優等生のような文章だ。
それが今回は違った。力強い文章だった。

びっくりして、思わずカトマンズに住む共通の友人に記事見本のpdfファイルを送った。ちょうど彼とのあいだに、メールが行き交っていたタイミングだということもあるが、カトマンズの友人は無類の本好きで、いつも日本語の本に飢えているからだ。
それが巡り巡って書評を書いた本人の耳に入った。当の本人は「オレ、なに書いたっけ?」だった。
どんなによかったか話しながら、だんだん褒めすぎな気もしてきた。
すると、「初めて書いた書評だからかなあ」と。なるほど、ビギナーズラックか。

コチラの原稿はいくら絞ってみても、ビギナーズラックである友人の原稿を越えることが出来そうになく、うなだれた。

いわば私も若い頃に初めて書いた本を越えることができない点は、いくつもあることに、先日また、気づかされたばかりだった。

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2018年5月25日 (金)

佐々木大輔×平出和也対談、デナリ+シスパーレ ブルーレイ本日発売

デナリ(完全版)とシスパーレ(ディレクターズカット版、未公開映像あり)のブルーレイが、平出くんの誕生日でもある本日、同時発売になった。

これを記念し、佐々木大輔×平出和也ふたりの対談を、NHKのwebサイトに書きました。

大学山岳部からひたすら山を登り続けてきた平出和也さん。

近年は山岳カメラマンとして、エベレストなどのヒマラヤやヨーロッパアルプス、国内の山々を舞台に、登る人たち、その人の横顔や人生を撮影しています。

「なまら癖-X」という名前で仲間たちとワイワイあちこちに出かけ、山を登っては滑ってきた佐々木大輔さん。

20代の頃はエキストリームスキーヤーとして世界を転戦。30代になり、山岳ガイドに軸足を移し、今日にいたる。

山岳スキーヤー、ビッグマウンテンスキーヤー、エキストリームスキーヤーなどと呼ばれてきたけれど、彼の根っこにあるのは「山登り」、だと私は思っています。

そんなふたりの対談は、デナリでの撮影のあれこれ、そして平出くんにとってはそれがシスパーレへとつながっていった話、その姿にエールを送る大輔さんに、触れています。


撮影のとき、「ちょっと離れていない? 距離感がヘン。もっと近づいたら」と言ったら、以来、「この距離感はどお?」とシャッターの度に気にしていたふたりです。
その様子、手元のiPhoneで写してみました。


同じ山に対峙しながらも、バックグラウンドがまったく違い、被写体と撮影者という立ち位置でもあったふたりの「距離感」、対談記事から伝わるでしょうか。ぜひ、ご一読ください。

大輔さんと平出さんからのプレゼントキャンペーンも実施中です。


対談 
ブルーレイ購入 

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2018年5月23日 (水)

リアル世代の楽しみ方@大人の山登り入門

5/21発売『大人の山登り入門』(枻出版)、もうひとつのご紹介は「リアル世代の楽しみ方を知りたい!」と「私の山の楽しみ方」。
大人になってから登山を始めた方々に登場いただきました。


ご夫婦で登る新妻和重さんビクセンという天体望遠鏡など総合光学機器メーカー社長ですが、ご自身が御嶽山・五ノ池小屋で撮影した星空の写真が2点掲載されています。

私自身は新妻さんと一緒に、初秋の八瀬森山荘で星空を仰ぎ、秋真っただ中の入笠山で月を眺め続けた夜が、思い出深いです。


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ウィメンズ マウンテン アカデミーで仲間を得て「ヤマデミー」というグループを作った芝生かおりさんは、ヤマデミーのみんなと登場。私は講師・ガイド役5年程務めましたが、芝生さん達が初回の参加者。
記事を読んで、彼女たちの豊かな感性や知性にあらためて触れ、こちらがいただいたものの方がはるかに大きいと(これは新妻さん達含めすべて)、感謝しかありません。


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「楽しみ方」には、アドベンチャーガイズ勤務の宮川由佳さん。50歳を機にマッターホルンに登った話など。
いわば彼女は職種こそ違え、同業で働く同志のような存在ですが、つくづく惚れ惚れする登りっぷりです。

取材・ライティングは相馬由子さん。
うまく彼ら、彼女らの魅力を紹介できないので、ぜひ本誌をご覧ください。


ウィメンズ~の初回は、編集者の若菜晃子さんも講師でした。若菜さんには、「山を楽しむための書籍案内」に書いていただきました。
コチラのコーナーでは、星野秀樹さん(写真家)、渡辺佐智さん(登山ガイド)、黒田誠さん(国際山岳ガイド)、高桑信一さん(文筆家)、三好まき子さん(元古書店「みよし堂」店主)の文章も読めます。
若菜さんと三好さんにお願いしたのは私ですが、ほかの方々は、本誌編集担当の佐藤泰那さんの人選。


森山憲一さんのコラム「進化する山道具」の始まりは、「30年前と比してテント泊装備の重量は半分」。ゲラで読んだときから、同い年として思わず笑いました。

ハウツーは初級者向けですが、読み物コーナーは、多くの方々に楽しんでいただけると思います。
ぜひ、どうぞ。

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2018年5月22日 (火)

夫婦二人の初めてハイキング@『大人の山登り入門』

『大人の山登り入門』(枻出版)、昨日発売。
全体の監修とライティングを担当しました。
ライターは複数参加していますが、主だったページは、50歳トリオ(山本晃市森山憲一、柏澄子)が執筆。
アラフィフが山登りを始めるという内容なので、年齢的にはぴったりな。仕事の進め方も内容も三者三様なのは、言うまでもなく。

内容は多岐にわたりますが、2つのコーナーを紹介したいと思います。


ひとつ目は、「夫婦二人の初めてハイキングに密着!」

50代半ばのご夫婦に登場いただき、丹沢の端っこにある高取山・仏果山を縦走しました。
サーフィンと海釣りが大好きで年間100日は海に通う黒沢英喜さんと、読書に手芸とインドア派であり、山は小学校の富士山以来という黒沢英里さん。
おふたりが、山を味わっていく様子が、とても瑞々しく。
歳を重ねた方が新たなことを経験するとき、こんな風に智恵があって、だからこそ純粋なれるんだなあと、とても素敵な大人の趣味を見せてもらいました。
黒沢夫妻のコメントも載せています。


そんなお二人をガイドしてくれたのは、澤田実さん

取材に向かうクルマのなかで、英喜さんの海の話を聞き、「海、やってみたいんですよね。だって地球の70%が海でしょう」と。
帰路のクルマのなかでは、大学時代からの趣味である洞窟の話をずっとしていました。
山のなかでは、専門の鉱物や火山の話も。
澤田さんはいつも楽しそうに山に登っていて、穏やかで豊かで、今回のガイド役を澤田さんにお願いして、ほんとうによかったです。


ちなみに、20年以上前のコトでしょうか。ギター背負って小川山レイバック初登の顛末も、根掘り葉掘り聞いちゃいました。

ルートの途中で(あの比較的しっかりしたスタンスかな)歌ったのは、尾崎豊だったはず、と。


大人になってから、山登りを始めたいという方がお近くにいたら、ぜひ、お勧めください。

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2018年5月16日 (水)

短い時間のおしゃべり

シャモニーを発つとき、クルマで中央駅まで送ってくれた方がいた。
宿から中央駅に行くには、バス停まで歩き、バスに乗り、そしてまたバス停から歩かなければならない。大した距離ではないが、荷物が重くて大変だろうからと。
この先、何度も乗り換えを繰り返して、グリンデルまで行くのだし、大丈夫だと重ねたのだが、「大丈夫、大丈夫」と、あちらが大丈夫、と。
実際のところ、これにはほんとうに助けられた。

車中、短い時間だったけれど、いろんな話をした。
それぞれの近況とか。家族のこととか。
頻繁に会う間柄なわけではなく、一昨年夏に初めてお会いして以来、2度目だけれど、この間の夏も、今回も、ちょっとした時に、プライベートなことを話すようになった。
こういうのは、会った回数とか、一緒に過ごした時間の長さにだけ比例するのではない。相性とかタイミングとかだろうか。
また、プライベートなことを話さないからといって、近しく思っていないわけでもない。

互いに似たような年齢で、「若く見られるのがイヤだ」というのも、同じだった。
たんに顔の作りが幼いだけかもしれない。私の母がそうだった。
それにヨーロッパでは、ことアジア人は幼く見える。

「だからもう、諦めた」、と笑っていた。私も最近になってようやく、「お若いですね」と言われると、「ありがとうございます」とすぐに言えるようになった。若く見られることが苦痛でならなかたのは、この10年ぐらいだろうか。

大人になるには、たくさんのことを飲み込まないといけないという。幼稚に開き直るのでもなければ、成長できないと諦め、放棄するのでもないなにかで、相手の言葉を素直に受け取り、お礼を言えるようになる。

車中のお喋りも、それぞれが飲み込んできた、色んなことに触れるような、そんな心に残る時間だった。


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【味噌汁日記143】

独活、蕪の茎、蕪の葉っぱ。鰹出汁に尾白味噌。

贅沢なはなしだけれど、春の山菜、だんだん持て余してきた。
とくに独活。きんぴらも天婦羅ももういいや。
最後は、水にさらしてあく抜きしたあとに、味噌汁に入れた。
アタマの部分は小麦粉をはたいて、お魚と一緒にソテー。付け合わせに。

「永遠なんて、ないほうがいい」と言い放ったのは、親しい友人。
春の山菜にも、サヨナラ。次の季節にいこう。

そんなことを考えていた日、20代の頃からの別の友人が、facebookに息子とのやりとりについて書いていた。

幼稚園生の息子が、「ちきゅうもしんじゃうの?」と、友人である父に尋ねたそうだ。
友人は、約50億年後には、太陽が膨張して地球は呑み込まれて死滅するという学説があることを説明したと。
幼稚園生を相手に、すごいわと思い、読み進めると。
息子が好きな風船のなかにあるヘリウムにも触れながら、太陽の核融合の機序から解き始め、なぜ死滅するかという説明をしたそうだ。

翻訳家であり、臨床心理士の彼が、そんな宇宙の話を、理路整然としかもおそらく平易な言葉を使って、子どもに説明できるなんて、すごい。私には到底できそうにないけれど、子をもつ親は、そういうことにも必要迫られ、できるようになるのだろうか。

けれど、そういう説明をしたところ、息子は、死んでしまう地球に思いをはせ、涙を流して泣いたそうだ。
「これ、どないしましょ」というのが、友人のfacebookのメッセージ。

いかなる生命にも、いかなるものごとにも限りがあるということを、幼い心で理解するときがくるのだろうか、と思いながらコメントすると、幼子には、万能感のあるベタな夢も大切で素敵だと思うので、折り合いが難しい、と友人。
友人がいうところの「ベタな夢」というのはキラキラしていて、それを描けるのは、人生のなかでもきわめて限られた時間だろうし、だからこそ、親としては子どもにそういう夢も抱いてほしいと思うのだろうな、とそんなことも考えた。

「永遠なんて、ないほうがいい」、そう思えるのは大人であり、大人であっても思えなかったり。
毎日の味噌汁を作って記録するたわいもない行為のなかで、実にグダグダうだうだと、色んなことを考える。
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2018年5月10日 (木)

下調べ

インタビューに備えて、メインテーマではなく、その周りにあるものを読んでみようと、本棚をあさった。アラスカに関してもっている書籍は、これだけだった。植村直己さんが1冊もない。読んだことはあるけれど、所持していない。ちょっと偏っていただろうか。

クライミングのガイドブックは、いただいたもの。
訪れたことのない土地の概念やスケールをつかむには、こういったトポの前半にある山域概要を読むのもよい。今回の舞台になるあたりの、概念図も書いてみた。
手書きの概念図、いまでもときどきやる。数年前に初めてシャモニー谷を訪れたとき、この春いこうとしていたオートルートなど。訪れたことのないエリアの登山についてインタビューするときも、書いてみては「机上登山」をする。
アタマが悪いのか、本に載っている概念図を見ただけでなく、自分の手で書いてみて、初めて気づくことがある。

インタビュー前の下調べ。
インタビュイーに関する色んなものを読む。「色んなもの」だ。他者のブログやSNSに書かれたこと以外の、色んなもの。

けれどときどき、ふと思う。知り過ぎるのもどうなのかなあ……と。
まったく別のことになるが、ある友人が、好きで好きでたまらない人(料理家だったり写真家だったり)のことは、その人やその人の作品に会う機会がやってくるまで、なにも読まないようにしている、と話していた。どこかでその人のことを知ったのだろうから、まったく読まなかったということではないだろうが、好きになった瞬間から、読まない、ということか。
初めて直に会うときを、大切にとっておきたいというフレッシュな心情か。

そういえば私だって、映画を観る前に、前評判やプログラムや映画解説は、ほとんど読まない。
なにかをきっかけに観たいと思い、それだけの気持ちで映画館へ向かう。
そういうまっすっぐさがあった方がいいのかな。

今回の方は、これまでもインタビューを繰り返してきたので、「初めて」ということはないが、それでも、その人のなにかを、違うところから見聞きするのではなく、その人からもらえたら、「初めて」はその本人から受けるのが、それがいちばんなのかもしれない。

「相当楽しみです」と、届いたメール。こういう言葉は、嬉しく、そして軽くプレッシャーかかってくる。
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2018年5月 8日 (火)

読む、待つ。

ここ数日は、一冊分の本を、ゲラの段階で何度も読み繰り返す仕事だ。
自分の原稿を書きながら、ほかの人が書いた文章を読み込む。

以前、泊りがけで自著を校了したことがあった。
校了紙を、編集者と一緒に読み込んでいく。
ひとつのテーブルに向かい合って座り、同時にそれぞれが読み進めていく。
気づいたことがあれば、声を掛け合うのだが、読むスピードも、読み込む質も、ベテラン編集者の彼と、私ではまったく違った。
編集者がもつべき資質のひとつ、読む力に圧倒された。
 
私の場合、初稿を読んでいるときは、あれこれ彼方此方に考えが飛ぶ。
それはそれで、よいのではないかと思っている。
最初は、目を大きく見開いて、アタマも空っぽにし、相手の文章を受け入れる。
その次からは、違う作業をする段階に入っていけばよいのだから。
 
「この人は、こんな文章も書くのか」と、ちょっとした驚きとともに嬉しさがこみあげ、同世代であり、仕事仲間でもある写真家の文章を読み入った。そして、その彼の著作を、思わず本棚から取り出す。いやいや、そんなことをしていては先に進まない、とゲラに戻る。
 
今日は、連絡待ちの日。なかなか時間が流れなかったから、こんな風に、文章を読み込む仕事の日で、よかったのかもしれない。
いい知らせが続いているので、このあとも、持ち分に戻ろう。じっと読み続け、そっと嬉しさを抱え込み。
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2018年5月 6日 (日)

「山への情熱 音楽への愛」

「山への情熱 音楽への愛」は、花岡ユリ子さんが毎日のように綴っているブログのタイトル。
まさに文字通り、山への情熱を持ち続け、音楽を愛し続けているこの方と、お会いする機会があった。
花岡さんとは、ずっと前に、ある山岳ガイドさんのパーティでご挨拶した程度で、話をしたことがなかった。
 
しかし、とっても大切な接点があることも、なんとなくわかっていた。
山の仲間に音楽好きはいる。ジャンル問わず、いろんな音楽好きの友人がいる。
 音楽の仲間に、山が好きな人も、少しはいる。昔のオケの仲間が、私のキナバルツアーに参加してくれたこともあった。スキー好きもいるし、オケの夏合宿ではいつも、遠い山並みを眺めては、山の話をしたりもした。
 
けれど、花岡さんほど、山と音楽の趣味が合致する方は、そうそういらっしゃらない。
北穂高小屋のよっちゃん以来の出会いだ。
 
登山は、若い頃に始めたのを、50歳を機に再開。山岳ガイドの方々についていらっしゃるが、その出会いがまた素晴らしく、そして山岳ガイドとの付き合い方、ガイドと登る楽しみや醍醐味のようなものを教えていただいた。
 
音楽については、私がむかし在籍したアマオケは、花岡さんとも深いご縁があったのだ。
ある習志野の中学校オケがムジークフェラインザールで演奏する機会を得たときのことを、私は話でしか知らない。当時のウィーンフィルのフルート主席奏者は、トリップさんだった。トリップさんがバス停で、私たちのオケのフルート奏者の先輩の三つ編みを、ちょこんと引っ張ったことは、忘れられないストーリーとして、語り継がれていた。
 
そのとき、花岡さんはお腹に赤ちゃんがいて、ウィーン遠征には行けなかったのだという。
数年前、初めてウィーンへ行き、音楽の名所を各地観光したことや、なによりもムジークフェラインザールでウィーンフィルの演奏を聴いたこと、お仲間の方々が演奏した話は、興奮するような内容だった。
若い頃、行くことができなくても、何年もの歳月を経て、チャンスは巡ってくるのだなあと思った。
 
私が、当時のメンバーからの室内楽の誘いに、なかなか重い腰が上がらない話をすると、笑っていた。
アマチュアなんだから、もっと気を楽にして楽しめばよいのだけれど。
アマオケにいた当時は、ものすごい練習量だった。私は必死についていった記憶があった。演奏レベルを維持するには、人の何倍も練習しなければならなかった。
仲間のなかには、その後プロになった者も多い。そういった彼らと演奏するのに、気軽には向かえないのだ。
けれど、よくよく考えたら、必死に練習していたのは、私だけではないのかもしれない。自分だけが下手くそで、必死だったように思い込んでいるのかもしれない、と、花岡さんの笑顔を見て、思った。
 
「私も、ヨーロッパツアーは、聴く係よ。みんなは演奏しに行くんだけれどね」とも言って、また笑っていた。
私も、仲間の演奏を聴くのは、ものすごく好きなので、花岡さんのお気持ちもわかる。
 
ポジティブで明るくて、オープンマインド。
そんな方は、息長く、山も音楽も楽しめるのだなあ。
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旅のレッスン2

数年前の夏、パリとシャモニーで旅のレッスンをしてくれた山岳部の先輩、玄さん。
シャモニーの街の登山道具店を一通り案内してくれたのち、その隣にあるナイフ屋さんが目に入り、お店へ。
日本でもアウトドアナイフが人気のメーカーの、カトラリーが並んでいたので、「こういうの、いつか揃えられたらいいな」と言うと、玄さんは小声で、「コレもいいけれどね、スミちゃん、コッチだよ」と言って、もうひとつのメーカーのカトラリーを指した。
そして、そのメーカーがある小さな村や、創業のことなどを話してくれた。
 
玄さんは、美術館などをガイドするフランスの国家資格を有しており、その年、美術館や教会や街角や本屋さん、レストランと、あちこちに連れて行ってくれた。そして、私はほんとうにたくさんのことを教えてもらった。その話はいずれも、ヨーロッパの歴史や思想、風土に由来するものだった。
それはまるで、この先、私がヨーロッパの山を登り、街を歩き、旅をする道筋をつけてくれたようだった。
 
玄さんが教えてくれたカトラリーは、私が最初に目をつけたものよりも、お値段お高めだった。
「この価格のナイフ、6本も買えないなあ」と言うと、「1本ずつ売ってくれるんだよ。2本でもいいじゃん。あるいは、少しずつ揃えれば」と。さらには、「研いで、大切に使えば、一生ものだよ」とも教えてくれた。
 
料理に使う包丁は、よく切れた方がよい。
簡易的な研ぎ石だけれど、研いで使う。
けれど、カトラリーにそこまで気を配ったことは、なかったな。
食事を食べるのに、そのとき使うナイフもまた、よく切れた方が、切り口がよい方が美味しいに決まっている。
 
友人達に、「5月4日は、ソーヴィニオンブランの日だって」と伝えると、私と同じようにNZのワインが好きな関西の友人が、「ソーヴィニオンブランは、NZがいちばんだね」と話し始めた。富山の友人もまた、話に加わってきた。
住んでいるところがバラバラだから、集まって一緒に飲むことはできない。「自習しよう」と私は言ってみた。
 
ウチには、近所の友人が、初夏の気候にあったソーヴィニオンブランをもって遊びに来てくれた。この時期の晴れた東京は、空気がカラって乾いて気持ちい。そこで、チキンを買ってきて焼いてみた。
友人が来るときに、カトラリーナイフを使うような料理を作ることは、めったにないけれど、「そうだそうだ、玄さんが教えてくれたナイフを使ってみよう」と思い出した。
 
旅先で教えてもらう色んなことが、友人達が教えてくれる色んなことが、日常を彩ってくれた。
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2018年5月 4日 (金)

泣き虫ぶり健在、萩原智子さんゲスト山カフェ明日まで

先月28日にNHKラジオ第一で放送された「石丸謙二郎の山カフェ」は、元競泳選手であり、現在は解説などで活躍している萩原智子さんがゲストだった。
今日やっと、らじる☆らじるの「聞き逃し配信」で聴くことができた。
明朝8時までの配信のよう。
 
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故郷山梨から登った富士山の話、それから自分自身が競泳選手として転機であった迷い苦しんだだろう頃に登った山々の話、そこで巡り合った自然や人々について語っていた。
 
白馬三山の杓子岳での出会いを話すころには、涙目になったようで、そういえば、あのとき、現場でも泣いていた。
自身、かなり涙もろいと思っているけれど、自分よりも涙もろい人を初めて見たよ! と思ったものだ。
感激屋なだけではない。心がいつも開かれていて、そしてポジティブな人。それは、とっても綺麗な人なんだ。
 
智子さんがすすめている「水ケーション」が、かつて北穂高岳に登ったとき、北穂高小屋で話したことに由来していたとは! ひとつひとつの経験を大切にする聡明な方でもあると、あらためて敬愛した。
 
終始、智子さんの瑞々しさが伝わってくるような、とってもいい番組だった。
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三浦雄一郎×東秀訓@THE EARTH

昨年に続き、『THE EART』(ici石井スポーツカタログ)の巻頭記事を書かせてもらった。
今年からiciのアドバイザーに就いた三浦雄一郎さんと石井スポーツ登山学校の東秀訓さんの対談。
おふたりは以前、クラーク記念国際高等学校の校長と国語教諭だったそう。

私自身はインタビュー翌々日からシャモニーに出かけたこともあり、三浦さんの若い頃の活躍は、目の前の氷河の山を眺めながら思いをはせた。

父・敬三さんは101歳までバレブランシュを滑っていたという。実際にエギュードミディからバレブランシュ、メールドグラスを滑り終えたとき、101歳で滑ったことも、90歳のときは滑走後1日レストをいれ、翌々日にはブレバンを滑っていたというのも、ほんとうにすごいと実感した。
三浦さんの古い書籍から、チェルビニアでキロメータランセという、スキー滑降のスピードを競うレースに出た話を読み、こんな氷河でいったいどんな狂気かと思ったりもした。
自分なりに、三浦さんのとんでもない偉業を感じた。

 

数知れずインタビューを受け、沢山の関連記事のある三浦さんであるが、ひとつでも新しいことを、ひとつでも彼のこれまでの業績のなかから新鮮なことを書ければと努めた。
はたしてそんな記事になったかはわからないけれど、子供時分の冒険遊び、キロメータランセ出場前の綿密な準備、そして次世代に残したい思いなど綴りました。

 

写真は、札幌在住の写真家・佐藤雅彦さん。スキー、カヤック、古墳などの作品がある方。春浅い札幌の街で取材、撮影しました。
表紙はマッターホルン・ヘルンリ稜を正面からとらえた写真です。ici店頭にありますので、ぜひご覧ください。

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2018年5月 3日 (木)

カウンター

迷うことなく、カウンターに座る店が、3軒ある。
 
ひとつは、幼馴染が握る寿司屋。カウンターは5席ぐらいか。
そこがいっぱいになるようなタイミングでは行かないので、まちがなく座れる。
寿司を食べに行くというよりも、幼馴染が握る寿司を食べに行くのであって、だからカウンターに座らないと、話にならない。そして、もちろん美味しい。
 
友人の珈琲とクラフトビールを出すという、店もそうだ。
「なんで、珈琲とクラフトビールなの?」と尋ねると、「両方も好きだからさ」と。
 
もうひとつは、観光地でもある山の麓の村で友人夫妻が営む、珈琲専門店。
ひとりで寄ることが多いが、静かにコーヒーを味わうにも、窓の向こうの山並みをぼっと眺めるにも、友人夫妻とお喋りするにも、心が鎮まる。
時には、偶然に友人に会えたり、私のクルマが停まっているのを見つけて「今から寄るよ」とメッセージ入れてくれる友人もいたりする。
 
こちらも、なるべく混んでいるときは行かないようにするが、行楽日和であっても、休日の谷間とか、休日最終日の夕方などは静まってくる。
朝、カウンターに座った。次の行先を知っている友人は、「時間、あるでしょ。ゆっくりしていってよ」と。
友人の思いやりに甘え、コーヒーを飲みながら、次のインタビューについてじっくり考えてみた。
ほかにもお客様が数組いたし、夫婦たちは時おり話しかけてくるし、けっして静かというわけでもない。けれど、落ち着く。インタビュー当日までに、すべきこと、読みたい資料、観ておきたい映像をリストアップし、インタビューの方向性を探った。
こんな風に思考を巡らせることができる落ち着いた空気は、やっぱり店主たちが作りだしているのだろう。
 
カウンターというのは、店主との距離感も面白いが、臨席の方との距離感も独特だ。
 
先月入った、立ち飲みのカウンターでもそうだった。
ときどき通る四つ角に、品ぞろえのよい酒屋があることは知っていた。その酒屋が経営する酒場が一階と二階にある。二階は、友人と入ったことがあるが、一階の立ち飲みはいまだなく。
 
仕事を終えて、帰宅する前に、一杯飲んで、夕ご飯も済ませちゃおうと思い立ち、ひとりで入った。
読みたい文庫本があり、それを片手に、ハッピーアワーのワインとぬか漬けからスタート。
隣にやってきた年かさが少し上の男性は、ハッピーアワーのワインにモズクから始まった。
なんとなく、並びの人たちが頼むものが耳に入り、彼らの会話も耳に入り、なんとなく距離が縮まる。というよりも、縮まった気になる。
けれど、私はとくに話しかけたり、話しかけられたりもせず、文庫本を読みながら、飲んで、食べて。
横に目をやったりもしない。
でも、隣の人たちの飲みっぷりあっての、空間。
そんな客同士の距離感も
、カウンターの面白さかもしれない。
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2018年5月 1日 (火)

台割

書籍や雑誌を作るにあたって、「台割」というのがある。
「台割を決める」とか「台割を作る」というが、一冊の内容とその展開をすべて決めることであり、ここは重労働になる。
 
台割は、一冊分の全ページが表になっている。
横軸は、1ページにつき1行ずつのマス目がある。
たとえば、128ページある本であれば、128行ある(実際には表1、表2などがあるので+アルファ)。
それに対し、縦軸は左から、「折りの数」「ページ数」「タイトル(記事や章ごとの見出し)」の項目がある。
続いて、担当者の項目が幾つか。編集、執筆、デザインなど各担当者の名前がある。
その次に、スケジュールを書き込む欄がある。「レイアウト」「写真」「イラスト」」「地図」「原稿」「DTP」「色校」「校了」など、大まかなスケジュールを書き込んでいく欄だ。
エクセルなどで作られているが、はたして、エクセルがない時代、台割はどうやって作っていたんだっけ。
 
いずれにしても、一冊に関わる全員が、この台割を共有し、作業を進めていく。
編集者、ライター、デザイナー、印刷業者さんなどが、これを手元に置いて、作業をするのだ。
 
今回、主たるライターとして関わっているものが3人いる。偶然にも私たちは、同い年だった。
編集者から、ライターの顔ぶれが決まったと連絡をもらったそのあとの打ち合わせの時、彼女に、「3人、同い年なんですよ」と言うと、「ええ、ほかのおふたりも、そう言っていました」と。
しかも、3人そろって、老眼の話題を口にするのだとか。
 
まったく……なんだか、恥ずかしい。以前は、こんなこともあった。
 
あるメーカーのテスト品のフィードバックレポートを提出した際、今回のおふたりのうちのひとりと、私のレポートがほとんど同じ内容だったそうで(テスト品は複数あったのに)、「ふたり、相談でもした?」とメーカー広報担当者に言われた。相談なんて、するわけがない。
しかし、オールドスクールというのは、そういうことになるのか……と、ちょっとうなだれた。
 
台割の「原稿」の欄を、入稿した順に蛍光マーカーで塗りつぶしていく。
今日もいくつかのページを塗りつぶしたが、ちょっと先は長い。
 
山で筍が採れたから、筍御飯を作った。山椒もたくさんあったので筍御飯に載せたり、炊きあがった白米にパンパン叩いた山椒をまぶし、山椒御飯や山椒おむすびも作った。
それらがたくさん、冷凍庫にあるというのに、カレーが作りたくなった。
だいたい、仕事が立て込んでいるときこそ、こういうややこしいことを、やりたくなる。
 
友達が作った、杏子のソースとすりおろし林檎にブーケガルニを入れて煮込み、スパイスを入れてからはサッと仕上げたら、見た目よりずっと美味しく出来上がった。
 
しかし、問題は残った。筍御飯や山椒御飯を差し置いて、玄米ご飯をさらに炊いてしまったし、カレーが寸胴鍋いっぱいだ。
まるで合宿飯のよう。
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