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2017年11月

2017年11月17日 (金)

「山に登る者の森林限界」@『森林レクリエーション』

『森林レクリエーション』11月号一社/全国森林レクリエーション協会)の「窓」に寄稿。購読先は、森林管理局や都道府県の林務担当部署、国有林をレクリエーションの場として活用する団体といった、森林の専門家たちです。そこに素人が巻頭言を書くというのは、どんなものなのか。
今年から、全国森林レクリエーション協会の仕事が続いており、ご縁あって執筆のご依頼をいただきました。
 
タイトルは、「山に登る者の森林限界」。登山者にとっての森林限界についてです。
いつもプロフィール写真のご提供をいただきます。ありがとうございます。
 
表紙は、鳥取県・大山(伯耆富士)山麓の里の風景。タイトル「行く秋」は晩秋の季語、松尾芭蕉の歌を添えた解説がありました。
特集は、長野県伊那市のカラマツ林にて、森林療法を取り入れている例についてです。
なかなか一般の方々が目にする機会の少ない冊子ですが、興味深い内容でした。
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2017年11月16日 (木)

歩く速度で自然を楽しむ/トレイル@明和地所

歩く速度で、自然を楽しむ。
明和地所様のホームページに、トレイルを歩く楽しみについて、書いています。
最後に3つのトレイルを紹介しました。少しの準備を整えれば、広く多くの方々が楽しめるコースです。
 
ブナとカエデの美しい三頭山(東京)は、いままさに、オータムカラーから冬枯れへと向かう最高の季節。新緑や真夏の青々とした時期も素敵ですが、ちょうどいま訪れていただきたいところです。
 
道東の旭岳(北海道)は、いまはしっかり根雪になり、スキーシーズンに向けてこのあとロープウェイが整備点検に入ります。冬の間はスキーコースを楽しむ以外は、雪山経験がある方の世界になります。そんなわけで、来シーズンまでお預けですが、夏と秋がぎゅっと詰まった美しい山です。
 
街と博多湾を見下ろす三日月山は、福岡に住む登山家・栗秋正寿さんにご案内いただいたことがあります。彼が高校生の頃から親しんでいた山だそうです。クスノキや照葉樹林が印象的でした。そしてお隣には立花城址跡が残る立花山があります。
 
ところで、この記事のトップに掲げた写真(下記)は、10月の会津駒ケ岳です。
リズム感のあるうねりをみせた木道ですが、これが朽ちてきてしまい、修繕が必要。
そのため、地元桧枝岐村では募金を始めたそうです。
詳細は、コチラ
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2017年11月15日 (水)

森嶋一也写真展 "moroccan FOLKLORE"

友人に誘われて、森嶋一也さんの写真展「moroccan FOLKLORE」に行ってきた。
編集者である友人がかつて、国内外の取材旅行を共にした仕事仲間だそう。
「クライマーのような、硬派な人物を、彼に撮らせらた面白いよ、きっと」と。
 
南青山にある花屋さんの二階。会ったこともない撮りて手が、この部屋のどこかに、姿はないけれど確かに存在するような、そんな錯覚におちいって作品を眺めていた。
写真を見入っているときは、その姿は出てこないけれど、写真を離れ部屋の中を歩いているときに、壁際にいるような。
そこに作品が存在すれば、その撮り手の存在が、押し付けではないけれど、確かに存在する。写真家ってすごいなって思った。
私の書いたものの脇に、私の存在がほのかにあるだろうか……というと、ないように思う。
 
言葉を尽くしても伝えられないこと、表現できないことはあるし、言葉を尽くせば尽くすほど、それは薄っぺらく感じてしまうこともある。これは自分が書く文章について。
けれど、写真はありのままを写す。ありのままだけれど、そこに撮り手のセンスが加わる。
 
森嶋さんが写す人物は、なんだかちょっとトボケた表情をしたり、明後日の方向を向いていたり、ぽろっと見せちゃった顔をしていたり、正面切っていない。正面ではない、その人のなにかを写している。
 
そんなことを考えながら、花屋さんを出て、街を歩いていると、向こうからそのご本人が歩いてきた。これはこれはと、ふたたび花屋さんに戻る。
なんともふにゃふにゃっとしたような方で、写真展の部屋でみていた幻とは違う。
でも、同じかもしれない。
 
森嶋さんのwebサイトに載っているプロフィールが面白い。
「1964年2月8日、京都市伏見区に生まれる」、そうか水瓶座かあ。
「12歳初めて女の子からチョコレートを貰う」、12歳なんだあ。
その後、写真家になる道のりが続くなか、途中で一文。
「いったいどれぐらいの数の、人や風景を撮らせてもらったのだろうか。」、この一文だけトーンがちがう。
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2017年11月13日 (月)

山岳医療パトロール納会/久しぶりの再会

最近、仕事の合間の早歩きハイキングやサクッとクライミングが続いていたので、朝からのんびり山を歩けたのは、嬉しかった。
 
そんな久しぶりの里山歩きのあとに向かったのは、今夏黒戸尾根で実施された日本登山医学会山岳医療パトロールの反省会と慰労会。
パトローラーの医師、看護師、学会内の関係者、パトロールのベースとなった七丈小屋管理人。とここまではこの事業の当事者・関係者たちだから当然のメンバーとして、ほかにパトロールの見学同行をしたWMAJのインストラクター2名と、取材同行した私まで、声をかけてもらい参加。
 
議論された内容は、ここでは触れないとしても、そういった外部の者たちも招き入れる、オープンな風向きは素晴らしいなと思った。ちょっと、いやかなり新鮮。そしてこの爽やかな風、最近あちこちで吹いていると、感じる。
アプローチや方法、行動展開、細部の目標は異なっても、大局的に目指すところが同じであり、それを理解できれば、組織や立ち位置を越えて、人は交流できる。
そういうことを、軽やかに実践できる人たちがいる。それは年齢や世代とは関係ないように思う。
 
初めてお会いした方々から私の仕事についてご意見いただいたり、久しぶりにお会いした先輩たちと話をできたこともとてもありがたく。また、この夏を共にした方々とのお喋りも楽しく、発展性のある話題に広がり、河岸をかえて夜更けまで続いた。
 
個人的に、とても嬉しかったことは、ご無沙汰していた先輩方にお会いできたこと。
そしてそのうちのおひとりの方とは、じっくり話もできた。
最近の私の仕事について、ご意見をいただいたり、以前ご一緒した仕事を振り返ったり、そんな話をするなかで、突然彼が言い出した。
「柏さんに、そんな文章は発表する意味がない、と釘を刺されたことがあったでしょう。あれは嬉しかったよ」と。
えええ?そんな生意気なことを、私は先輩に言ったのだろうか。
内容を聞くうちに、うっすらと当時のことを思い出し、自分が考えていたことも思い出した。
それは、彼がなりわいである医業から離れ、個人的な登山について書いたものだった。
随分と酷い物言いだ。少々表現は違ったようだけれど、それにしても目上の方に言うことだろうか。
 
「何度も、僕のところを訪ねてきてくれたでしょう」とも。そういえば、当時の仕事を進めるなかでは、何度も食らいついていった。遠かろうが、遠慮もなく訪ねていっては、自宅に泊めていただくこともあった。
そういう時間があったからこそ、いまでもこうやってお付き合いいただけるのかもしれない

2017年11月11日 (土)

70年目の『現代用語の基礎知識』

今年で70年を迎える『現代用語基礎知識』。2014年版(13年発売)に、初めて【登山】という項目が登場しました。今回で5年目。
14~16年版は、冒頭コラムを田部井淳子さん、用語解説を私が執筆しました。
昨年は、コラムも解説も私が執筆し、田部井さんにも原稿をお目通しいただきました。これが彼女と最後にご一緒した仕事でした。
 
今年の冒頭コラムは、竹内洋岳さんにインタビューして作りました。
人選は、編集部と私の意見が一致したところで、竹内さんのインタビューは個性豊かで刺激的でした。もっと言えば20年近く仕事をご一緒してきたけれど、いつも新鮮な風を吹き込んでくれるところが彼らしさです。
 
掲載用語の選択は大きな課題です。
今年は「田部井淳子」も取り上げました。彼女の人生を350字余りにまとめるのは難しかったですが、最後の3行がそのすべてだと思って書きました。
ほか新たに取り上げたのは「山岳医」と「冬山/春山」。後者は編集部の提案ですが、那須の雪崩事故の際に登山の季節についてニュースで語られることが多かったからと。
「フリークライミング」は以前からある項目ですが、ここには「ボルダリング」「スポーツクライミング」「エイドクライミング」(対となる言葉として)なども含めて解説しています。
眼に優しい大きめ文字の版と携帯しやすい版がありますので、ぜひご覧ください。
 
『現代用語の基礎知識』は、現在のニュースを読み解くヒントとなる解説をしたり、世相を表す言葉を取り上げたり、この本を読むだけでその分野の現在がわかるような内容にしたりと、お役目は多岐にわたります。
難しい仕事ですが、今後も続けていきたいと、私自身は思っています。
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2017年11月10日 (金)

セーラー服と機関銃

以来、ときどき聴くのが『セーラー服と機関銃』。
原稿を書くときは、音楽はなにも聴かないけれど、事務作業をしているときや運転のとき。
 
YouTubeを使っていると、色んな年代のものが聴けて、薬師丸ひろ子の歌声の透明感はずっと変わらない。けれどやっぱり少女の時の無垢と、歳を重ねた色味帯びた声や表現には、ちがいがある。
 
「下世話な言い方だけれど、セーラー服と機関銃みたいな人生だった」というのは、随分と説明を端折った言い方だったから、ちっとも理解してもらえなかっただろう。それは、映画のことではなく、来生えつこが書いた歌詞のこと。
ドキっとするような歌詞もあるけれど、そうではなくて、もっとピュアな意味で。
 
そんな歌詞を原稿の片隅にそっと散らしても、それはあんまりわからないかなあ。
そんな言葉遊びのような軽々しい行為を、してはいけないのかなあ。
など考えながら、推敲中。

2017年11月 9日 (木)

医療従事者が学ぶ野外救急法-WALS

Dr's Meetingの翌日から5日間、清里でWilderness Advanced Life Support(WALS) (主催:WMAJ)が開催された。
医師や看護師、救急救命士など医療従事者が学ぶ野外救急法のクラスだ。
 
去年は、取材を兼ねたオブザーバーとして5日間みっちり参加させてもらった。
医師たちと同じレベルでスピード感もって、野外医療や野外救急法についてトレーニングしていくのは、予習に予習を重ねてもたいへんなことで、本人としては食らいついていった感じ。
けれど一緒に受講した医師たちが口々に、「ちっとも違和感ないよ、一緒にトレーニングしているじゃん」と言ったのには、少し救われたし、そこに野外救急法、野外医療のカギがあるとも思っている。
 
今年は最後の2日間、参加させてもらった。
 
登山者が野外救急法を学ぶのは、登山に必要な技術のひとつと理解するが、医師が学ぶ意味や意義はさらに深く広がりをもつ。
日本の野外救急法が次のステージにのぼりはじめていると感じるひとつは、医師、看護師、救急救命士といった医療従事者達のコミットメントが濃密になってきたこと。日々命を繋ぐ仕事、生命に接する仕事をしている彼らが、それぞれのモチベーションをもって野外救急法を学ぶ姿は、ホント頼もしい。
 
さらに今回は3名が医療アドバイザーが加わり、とても心強く充実した講習だったと感じた。
それぞれ、救命救急、精神科救急、災害現場、山岳事故現場などでの経験が豊富であり、そして野外医療、野外救急法に熱心な方々。こういった方々がこれから、野外救急法のクラスに深くかかわってくれるのは、心強く、この先が楽しみだ。
 
また、大規模シミュレーションのために16人の傷病者役ボランティアが集まってきたのも素晴らしいなあと思う。医師、看護師、歴史的に最悪な現場を経験した救急救命士、山岳ガイドをはじめとしたこれまた多彩な顔ぶれ。
 
WALSは、講師のDJ医師とWMAJスタッフ達、医療アドバイザーの3人、そして受講生たちが互いに意見を交わし合いながら体当たりで野外救急法について考え、学ぶ5日間。
救急法のお作法を学ぶのではなく(それはどのクラスも同じ)、野外で傷病者が発生した場合に、どのように状況を把握し、観察し、評価し、対処していくのか。
その際にリスクとベネフィットを天秤にかけ、どこに行動を落とし込んでいくのか。それを考える場。それは、登山の行動そのものに通じる考え方でもあったりする。
 
貴重な機会をいただき、心から感謝。これからも、頑張ります。
 
主催のWAMJについて 
WALSについて 
昨年の様子 
「医療アドバイザー」の3人 
WAMJからの報告 →① →②
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2017年11月 7日 (火)

日常の眺め

白く雪のついた北アルプスの絶景。
山梨県の仕事仲間の家を出るときには、槍穂高連峰を望むことができ、どんどんドライブしていくと、常念岳が現れ、やがて後立山連峰が始まる。
こんな眺めのいい日は、山の上にいるのがいちばんだけれど、中央道から長野道など山の眺めのよいドライブもまた、気持ちがいい。

山麓の村で、友人が登ったヒマラヤの小さな仲間内の報告会。
モモ200個を作るミッションなど厨房のお手伝いに行ってきた。
ずっと厨房にいたので、報告は聞けずに残念だったけれど、それはまた今度本人から。
頻繁に訪れる村だけれど、この村のガイドや登山愛好者たちはこんなコミュニティを形作っているのかと、初めて接する色合いも。
村に住むガイドや登山が好きな人たちが大勢集まり、日付が変わるころまで。

会場を出ると、立待月に星空。
雪のついた白馬連山が闇夜にくっきりと浮かび上がいた。
朝昼晩、春夏秋冬眺めた山並みであるが、夜に浮かび上がる姿がいちばん好き。
今日、観光客に「毎日こんな展望が眺められるなんて、いいですね」と友人は言われ、「毎日ではないんだけれどなあ」って心のなかで思ったそう。
ちょうど私も同じようなことを考えていた。今年、ラッキーなことに闇夜に浮かぶこの山並みを私は何度か眺めることができたけれど、ここに住んでいたって、それはそう数多くないこと。
天気の悪い日は、まったく眺めもないものだ。

今朝は紅色に焼け、私ももう少しこの眺めを味わうつもり。

2017年11月 3日 (金)

今日はいい日だった

今日はいい日だった。
 
朝起きてメールボックスを開けると、大好きな人からメールが届いていた。
先だっての会で、顔を合わさず声も聞けなかったので、どうしているかなあと気になっていたが、元気そうな便りをもらえて嬉しかった。
 
友人が、久しぶりに大好きな人から電話がきたと喜んでいた。
しばらく音沙汰がないことを、ずっと気にしていた。お元気であることや、書き続けていることを知って、ほんとうによかったと言っていた。
 
便りがこないこないと嘆くよりも、日々起こる出来事に目を向けた方が、心は穏やかだ。
えてして、待ち人はなかなか来ないもの。その時間は長く感じられる。
 
2011年の暮れに書いた手帳が出てきた。
いまになって振り返ると、どん底だった年だというのに、この1年であった「よかったこと」を、私は30も書き連ねていた。
「母の老化が進んだけれど、とりあえず大病しなかった」、これが30個目だ。
色んなコトがあっても、その中に小さな喜びや幸せを見つけている自分を、エライって思った。
 
次のページをめくると、2012年にやりたいことを100個も挙げている。内容からして、とても1年で出来るものではないこともたくさん。
「旅先でヨガをする」「スキー板を走らせる」「国東半島へ行く」「春の明るい雪稜を登る」「ちゃんと手紙を書く」「西チベットを旅する」「庭の筍を有効利用する」「雛人形の救出」「スキーで国境を越える」「スキーの源をたどる旅をする」「クラックをもっと登る」「オケにのる」「渡辺斉さんみたいな文章を書く」あんまりに多岐にわたっていて、笑える。
最後は「品格を失わない」であるが、そのひとつ前に書いてあるのが「ネコと仲良くなる」。果たして、私は当時、ネコとなにかあったのだろうか。忘れてしまった。
 
夜になってようやく、「スマホ、水没させた。代替えで何とか復旧」って連絡が来て、ひとしきり電話で話も出来た。夕方からずっと音信不通になり、どうしたものかと思っていたが、これでこちらもまずは安心。
 
今日はいい日だったし、最後までいい日であってほしい。
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WMAJ Dr's Meeting

先日、WMAJ(ウィルダネス メディカル アソシエーツ ジャパン)主催のドクターズ・ミーティングがあった。WMAJのコースを受講した経験のある医師たちが集まり、来日中のディビット・ジョンソン医師(DJ)と共に、情報交換、意見交換をする場。
今年初めての試みであるが、平日の昼間にも関わらず全国から16人が集まった。
もちろん、参加したくても仕事などの都合上できなかった方々も大勢いる。
 
日本で野外救急法のコースが開催されるようになって10年程。
いまではプロバイダの数が増えたり、またそれぞれのプロバイダ間や、登山医学会などの団体との人的交流も始まってきた。
WMAJのコースには、いくつかの医学会所属の医師や消防士、県警所属の山岳救助隊、アウトドア各種のガイドたちなども訪れる。
なかでも医師たちの活動も盛んである。
 
今回は、WMAの歴史や世界各国の野外救急法事情、国内における法的解釈、DJからの新しいトピックやエビデンスなどについて、時間オーバーしながら3時間近く、みっちりと意見交換をした。
夕食後の交流会でも、所属の垣根を越えて、盛んに意見交換がされ、日本の野外救急法のシーンも次のステージにのぼりはじめているのではないかなと感じた。
 
交流会のとき、ちょっと遅れてきたDJが隣の席に座ってくれたおかげで沢山話ができたことも、嬉しかった。
彼の学生の頃の話、他国の事情、これまでのDJの仕事ぶりなど。
他国の事情は、アイスランドの特異な例について詳細を聞いたり、また個人的に関心をもったチベットでの取り組み。中国領については、香港、マカオとラサの3カ所でしかWMAJの活動はされていないのだ。北京ではなく、ラサ。その事情などを聞いて、納得した。
 
去年からインタビューを続けているDJについては、学ぶことばかりだ。
それは野外救急法の知識や技術だけでなく、ものの考え方、人との接し方、人生の歩み方。
野外救急法というフレームを通して、世界各地を歩き見てきた方の言葉は、重い。
そして、医師が野外救急法を学ぶ意義や意味は広く深く、また野外救急法における医師の存在がどれだけ重要であるか痛感した。
よりしっかりと医師や医療従事者たちと手を組んで(これまでも手を組んできたし、医療従事者がリードインストラクターであるけれど)、野外救急法の問題を進めていかなければならないと感じる。
 
それにしてもこの日の八ヶ岳山麓は、抜けるような青空。黄金色のカラマツの葉が吹雪のように舞う美しい日だった。
先に東京に戻り別の仕事をしている私は、ドクターズ・ミーティング後に始まったWALS(医療従事者向けの野外救急法コース)の様子が気になって仕方がない。そんな話を現場の友達にしたら、「禁断症状だね」「早く戻っておいで」などと、笑われた。
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2017年11月 2日 (木)

Fred Beckeyの死

アメリカのクライマー、Fred Beckeyが亡くなった。
クライミングメディア一斉に配信し、著名なクライマー達がfacebookに追悼の意を書いた。
けれどほかの仕事に没頭していて、私はそれにはまったく気づかなかった。
 
31日の深夜、成都の友人からの連絡で知った。
彼は、Fredの写真や動画を、いま整理しているところだと言っていた。
写真の多くは、私も見せてもらっていたから、新しいものはなかったけれど、送ってくれた動画は初めて見るものがほとんどだった。
フレッド・ベッキーのことを知ったのは、成都の親しい友人兄弟から教えてもらったのが最初。
高齢になっても、毎年のように四川の山に登りにきており、そのたびに、友人兄弟の旅行会社を使っていたので、色んなエピソードも聞かせてもらった。
四川の山に傾倒しているクライマーかと思いきや、帰国後調べてみたら、まさにアメリカの登攀史の生き字引、彼こそが歴史そのものというような経歴の人だった。
 
いつかフレッドに会ってみたい。それは、彼の生きてきた道のりを聞くだけでなく、生涯登り続けるその姿を見てみたかったのもある。
成都ではいつも入れ違いで会えなかった。
でも、会うのは成都でなくてもよいのかもしれない、と思い始めた。
彼の真骨頂はやはり、北米大陸にあるのだし。
シアトルなど彼の自宅近くでインタビューすることはできないのだろうかと色いろ考えていた矢先、ある知りあいのクライマーが、「じゃ、僕が通訳しますよ」とかって出てくれた。
 
けれど、いつでも会えると思うのは大きな間違いであり、会いたい人にはそう思ったときに会いに行くべきなのだと、あらためて思った。
 
生き字引という言葉は、なんかしっくりこない。
歴史そのもの、彼を知るということは、アメリカの登山史を知ることなのではないかと思う。
 
生涯クライマーであり続けたフレッドを偲んで、読むのはやっぱり『100 Favorite Norht Ameriacn Climbs』。
このなかから、私もいつか目指せるルートが出てくるかな。
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「彼女の文章が好きなんだよ」

晴れ渡る八ヶ岳山麓、もう少し居残ろうかと思ったが、お世話になった山岳写真家である高橋良行さんの訃報を聞き、朝ごはん後、東京に向けてクルマを走らせた。
 
同じく山岳写真家の渡辺幸雄さんが、通夜に参列するために北穂高岳から下りてくるという。
そうであれば、私も通夜へ行こうと予定したのだが、どうにも疲れがたまってダウンしてしまった。せっかく間に合う時間に、東京に戻ったのに。
通夜後、ナベさんが連絡をくれ、良行さんと一緒に進めていた仕事の話や、彼が残した宿題について話してくれた。まったく気持ちの整理もつかない、別れもさんざん、ぐちゃぐちゃだったというようなことを言っていた。
ベッドから起き上がるのも辛かったけれど、そんなだったら体に鞭打ってでも通夜に参列すべきだったと悔いた。
かつて、磯貝さんが滑落死したとき、磯貝さんへのお別れだけでなく、周囲にいる足立さんやナベさんを支えたいと思って、通夜に駆け付けたことを思い出した。葬儀って、生き残った人たちのためでもある。
 
良行さんと仕事を一緒にしたことはなかった。けれど、山岳写真家集団の展覧会に行くと、いつも会場にいらっしゃったので、自然と話をするようになった。
ここ数年はお会いする機会を逸していたが、あるとき、「キミは柏さんの旦那さんなんでしょう。僕は彼女の文章が大好きなんだ」と、当時夫が話しかけられたと、帰宅し報告してくれた。そんな会話は、翌年もまたその翌年も続いた。
 
「君の文章が好きだ」。そういうことを面と向かって言ってもらえたら、それだけでライター冥利に尽きる。そんな経験は少ないが、でも数の多さではないかもしれない。たとえひとりであろうと、言ってもらえただけで、幸せであり、心の支えとなる。
 
小春日和、心の支えであったひとりの先輩とお別れ。

 
追記*
こんなことを書いた矢先、ある雑誌の文章を読んで、「柏さんの文章、好きです」というメッセージが先ほど届いた。私もこれから、本人に向かって、「あなたの写真が好きです」「あなたの文章が好きです」ってちゃんと言おうと思った。
  
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2017年11月 1日 (水)

渋谷の雑踏にて二題

打ち合わせに向かおうと、地下鉄の渋谷駅から地上にあがる階段を上がっていると、友人のクライマーの姿を見つけた。私は上って、彼は下っているところ。声をかけると、「あれー、すっごい偶然」と。今日彼が渋谷で仕事をすることは知っていたけれど、駅だけで幾つもあり、ものすごい人込み。まさか会うことなんて考えもしていなかった。
でも、大都市である東京で、こういう偶然ってときどきある。
「ちょうど連絡しようと思っていたんですよ」、と次の仕事の打ち合わせを、軽く立ち話。
 
数年前のことになるが、棺を前にして、「彼女、俺のコトなんて言っていた?」と聞かれ、「そうだねえ、ゴミ出しの日にゴミを出さないと言っていたよ」と、なんと身も蓋もないことが思い浮かんで、そう言ってしまった。ほんとうはもっとあったのに、まったく気がきかない自分が嫌になった。
 
 
そんなことを、彼に会う度に思い出す。
 
その後、今日の打ち合わせの相手であるもうひとりのクライマーと待ち合わせているカフェへ向かった。
ひとしきり、仕事の話が終わった頃、彼の妻が2月に生まれた娘を連れて現れた。
夫婦ともども友人。そうなると、話はもっとフランクになる。「柏さん、いったい元気だったの」とダイレクトに聞かれたり。
 
さすがカメラマン、私が彼らの娘を抱く姿を、たとえiPhoneであっても上手く撮ってくれる。
昨晩、写真をLINEで送ってくれ、たまげた。ホント、上手い。
さっそく友達に見せたが、どうみても、おばさんが甥や姪を抱くというよりも、もはや孫を抱く姿に、我ながら見えてきた。
そういえば、友人のカメラマンも、「スミコおばちゃんに抱っこしてもらいな~」と言っていたし、それを私もフツーに聞いていた。もうちょっと若ければ、「お姉さんでしょ」とツッコむかもしれないけれど。
そんな歳なんだと思ったり。でも、孫には早いな。孫と姪のあいだ。

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