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2017年10月25日 (水)

神楽坂の夜のあとに

インドの登山から帰ってきた友人と会った。
登山の話以外にも、ダラムサラでの、まさに「仕合せ」のような出来事なども聞いた。
メンツィンカンで買い求めてくれたというプジャ用のお香を手渡された。
帰り際、「今度、お母さんのお見舞いに行くよ」と言ってくれたことには、ちょっとびっくりした。びっくりしたというと好意に対して失礼であるのだが、なかなか言えることではないと思ったのだ。
 
最近思い出すことがふたつある。
 
ひとつは父の死に際。15年以上前のこと。
その日、母と私は口喧嘩していた。そうひどいものではないが、母がちょっとクダラナイことを言ったので、そんなことはいまはどうでもよい、と私が反論したのだ。さすがに父の枕元でそんな会話をするのは忍びなく、ベッドの足元の方で。
その間、夫は父の口に水を含ませたり、看病してくれていた。
そして、言い合いをしている私たちに向かって、「呼吸が止まった」と言った。
枕元に歩み寄ると、まったく息をしていなかった。念のために首に3本の指をあてて、総頚動脈のあたりを探ったが、なにも触れなかった。
漫画のような出来事であるが、振り返るに、これはけっこうしあわせなことだったのではないかと思う。もともと少ない家族が、全員そろっていたのだから。
 
もうひとつは、物書きの師匠が、母親の病床に通っていたときのことを書いた文章。いまはもう手元にない文章であるが、忘れられない。
死に際にあってもなお、親はその姿をもって、生き様とか人生というものを教えてくれるというようなことが書いてあったと記憶している。
 
先日、知人である装丁家の方が紹介していたある文章を読んでみた。
老人ホームで死期を迎えた男性が残した手紙だ。
この文章にあるように、老いというは残酷であり、ときに外側だけを見ると、人間の尊厳さえ失わせてしまうようなこともある。
けれど、物書きの師匠が書いていたように、まさに親というのはそんな残酷な姿をみせながらも、人の一生とか、人生がどんなものであるのかということを、教えてくれるのだなあと、やっと親の尊厳がわかり、感謝できるようになった。
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