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2017年9月

2017年9月29日 (金)

インタビュー「青木達哉の肖像」

「ずっと20代だと思っていたら、もう33歳になっていました」と。これは、青木達哉さん本人の言葉。
たしかに20代の頃と変わらない印象ではある。
しかし、インタビューした日の深夜、カメラ担当の杉木よしみさんが撮ったポートレートが送られてくると、そこにはハッするほど大人な表情をした青木さんがいた。
 
駆け出しの頃、若い頃のビッグタイトルがふたつ、最も親しかったクライミングパートナーの死。それでも、15年のクライミング人生のなかで、淡々と登り続ける姿は変わらず。クライマーであり続ける人。
 
書き手としてもうひとつ感じるのは、何年ものあいだひとつの人生を見続け感じさせてもらうこと、繰り返しインタビューさせてもらえることが、どんなに貴重か。心から感謝。
 
マムートのハイエンド「アイガーエクストリームコレクション」がリニューアルされて今シーズン
発売。青木さんには、アイガーエクストリームコレクションとの思い出(2月の明神Ⅴ峰)も語ってもらった。
 
 
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2017年9月28日 (木)

厳冬期北アルプス27日間縦走という静かなる偉業 舟生大悟@『WILDERNESS』

本日発売『WILDERNESS』(枻出版)に、舟生大悟さんが昨年12月24日から27日間かけて親不知海岸から穂高連峰まで単独縦走した話を書きました。
『山と溪谷』4月号に続き、二度目です。
今回は、大悟さんの日記を引用しており、ページ数も増えています。
使用したギアの撮影は、札幌在住の写真家、佐藤雅彦さん。山岳スキーやカヤック、古墳からの出土品の撮影を専門とされている方です。
 
登山中の写真は、大悟さん提供。
自撮りが2枚ありますが、親不知を出発するときの表情と西穂山頂のものを見比べていただきたいです。充溢した登山を終えた者は、こんな穏やかな笑みを見せてくれるのか、親不知とは全く違う貌をしています。
 
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2017年9月27日 (水)

山の仲間

9月中旬を過ぎて、ガイドや山の取材が一段落し、ようやく自分の山に時間をつぎ込めるかなってなったとき。
パートナーがいる休日は、ことごとく天気に恵まれず、敗退、転戦、中止など。ざんねんだけれど、天気ばかりはどうしようもない。

先日、パートナーはいないけれど仕事を休めそうで、そして天気がよい2日間がやってきた。
ロープを使わず、ひとりで歩けるところへ行こうと、早月尾根へ。
今年は、黒戸尾根に3度登る機会があり、4度目の前に早月に登ってみようと思い立ったのだ。
 
ちょっと、いやかなり前のGWに下降したことしかなく、無雪期のルート状況はわからない。
最近は、ルートガイドブックだけでなく、動画とか事細かな情報がwebに載っているのだという。別山尾根のカニの横ばいはどちらの脚からおろした方がよいか、とか。
もちろん、そんなものはほしくないので、地形図と過去の記憶を頼りに、歩き始めてみた。あとは、現場で判断すればよいのだ。別段とくべつなことではなく。

山小屋に泊まった翌朝は、ヘッドランプをつけて出発。どんなルートが待っているのだろうとドキドキなワクワク感。
やがて別山尾根と合わさり、傾斜を落としながら山頂が近づいてくると、なんだか嬉しかった。久しぶりの剱岳だから。
登山を続けていれば、きっと剱で過ごした時間、経験、思いは、それぞれが持っていて、それはなにものにも代えがたいような貴重なものだったりするはず―そういう人は大勢いるだろう。
私も僅かかもしれないけれど、そんな経験や記憶がよみがえってくる山だ。
 
無風快晴、360度の展望。
けれど、やっぱり剱岳は仲間と登る山だと思った。ひとりというのは、なにかが欠けている。
ちょうど前日、山小屋で山岳雑誌のバックナンバーを読み、友人が山の仲間やパートナーについて書いていた文章が、いたく心に残っていたからか。
剱岳にまた登れるよう、山を登り続けたいと思うし、いい仲間を大切にできるよう、登り続けたいと思った日。
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2017年9月23日 (土)

長く着続けること

ある登山家の死がきっかけになって知り合った神楽坂のイタリアンシェフの店で、ダウンジャケットを脱いだとき、裏生地の部分にバッテンに貼ったダクトテープに友達が笑った。彼女も山ヤなんだけれど、たしかに神楽坂のレストランには似合わなかった。
 
昨冬、ジミー・チンが来日したパーティに着ていったら、クライマーの友人もが「澄子さん、ダクトテープだね」って。それは表地に貼ったものだった。山やクライミングをやるものだったらよくやるコトだけれど。笑われちゃった。
恥ずかしくなって、色んな形をしたリペアテープを買って、たしかバイソンの形のそれを上から重ねてみた。

それを見た東北の山ヤの友人は、「何が貼ってあるのかなあって思ったよ」と。

みっともないと思いながらも、そのままにしていたけれど、カズーさん(古瀬和哉さん)のストーリーを読んで、これはリペアに出そうと決めた。というかこの文章は、リペア云々でなく、彼の心意気、彼が辿てきた道のりのカッコよさが、表れたものだった。

いつもお世話になっているパタゴニアの方に相談すると、「ダクトテープ付きとは!ダートバッグでカッコいいですね。とはいえ、機能的なことや今後の製品寿命のことを考えますと、お直ししたほうが良いかもしれません」と。もっともだ。
さっそくリペアに出すと、表面は、どこを修理したのかしら?と思うような出来栄えで返ってきた。裏面は、バッテンに貼ったダクトテープのあとが薄っすら残り、反対にこれはどうやって修理したんだろう?って考えてしまう(黒丸印は、カトマンズのホテルでクリーニングに出したときついてきたモノ)。どちらも、完璧。
 
パタゴニアに限ったことではない。ノースもモンベルもリペア部門はものすごく優秀。そういえばヨセミテでリスに噛まれたザックをモンベルのリペアに出したら、クールなザックになって返ってきた。
某「もじゃお直し屋さん」に依頼したこともあった。ここは名クライマーや名ガイドたちもお得意さん。
自分で直せる人はそれもよい。
いずれにしても、ちゃんと修理してこそ、長く使えるもの。
 
もうすぐ山はダウンの季節。今シーズンもガシガシ使えそう。
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2017年9月21日 (木)

Women's Skimo Project ティーザー完成

昨シーズン2月末に取材させてもらった、Women's skimo projectのティーザーです。
 
シャモニーからTanya Navilleたちがやってきて、日本の女性スキーヤーたちと交流し、映像におさめたもの。
白馬編は、福島のり子さん、西田由香里さん
東川町・旭川編は、菊池泰子さん、阿部夕香さん、青木倫子さんら
私は、後者を取材しました。
北の大地で通年ガイド業をし、スキーを愛し、山を登って滑っている彼女たち、カッコよかったです。女性としても、スキーヤーとしても、ガイドとしても、人間としても。
もちろん!のり子さん+由香里さんの白馬編も楽しみです。
 
コチラ、当時の記事

2017年9月20日 (水)

夏の終わりの嬉しい報せ

夏が終わり、秋になった頃、嬉しい報せが二通届いた。
ともに、ガイドツアーに参加してくださっていた方々から。
 
ひとつは、今年の「テントむし山旅」の講習会シリーズに、ほぼ欠かさずに参加してくださった3人が、涸沢へ行ったという話。どこを登ったのか詳細は聞かなかったけれど、とても楽しそうだった。
 
このシリーズは、これからテント登山を始めたい方を対象に、ステップアップのプログラムを組んだもの。涸沢へ行った3人も、この春に初めて、テント登山なるものに触れた方々だった。
講習、ガイド登山という場をぬけだして、自分たちで行くのは、どんな行先であれ、最初は緊張するだろうし、ひょっとしたら失敗もあるかもしれない。
けれどやっぱり、仲間同士で行く登山というのは、ほかには代えがたいものであり、またそれが同時期に登山を始めた者、同じぐらいの経験値の者同士だと、いっそう楽しかったりする。

もうひとつの便りは、9月中旬にやっと届いた。やっとというのは、一年越しの便りだったから。
 
一昨年、Hitsuji Projectで実施した「本気合宿」の最終回は、栂海新道だった。けれど、荒天にあい、白馬で停滞、予備日は持たない方針だったので、朝日岳から五輪尾根を降りた。
この尾根は、天国のようなところで、かなり愉しい思いを味わった。
 
けれど、日本海への心を残したことに変わりはなかった。
それで、昨年、参加者だけでリトライ。またもや荒天にあい、途中計画を変更し、白馬鑓温泉から下山。
そしてやっとことし、日本海へ抜けたというメールだった。
時間を経ながらも、行きたかったルートをしっかりと歩き通すのって、どんな満足感があったのかなあと、ホントは彼女たちともゆっくり話がしたいと思いながら、先送りになっている。
 
講習会やガイド登山の、その先にある歓びを知ってもらえるのは、ガイドという仕事をしている者としても、とっても嬉しい。
なにが嬉しいって、同じ山に登る者として、嬉しい。
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2017年9月15日 (金)

山岳医の新たな試み~山岳医療パトロール・黒戸尾根@『山と溪谷』10月号

甲斐駒ケ岳黒戸尾根周辺で、日本登山医学会の山岳医、山岳看護師らが「山岳医療パトロール」を始めました。
医療従事者が山を歩き、登山者たちと話をし、夜は七丈小屋でミニレクチャーを開催。これを7月から10月3連休まで毎週末やっています。
医療従事者がより多くの登山者と触れ合い、傷病者の現場にはいち早く介入する。これの意味するところがなんであるのか、『山と溪谷』10月号に書きました。
 
また、日本登山医学会、七丈小屋が手を組んでこのような活動を始めたことにも、意味があると思います。
先のポストで書いた、WMAJの見学受け入れもまた、そのひとつ。
ひとつの団体だけではできない。登山に関係する色んな団体が連携し、ものごとを前に進めていく。現場には活気があり、可能性も大きいです。
この活動は現状にとどまらず、さらなる発展のために関係者たちは今日も尽力されています。
登山の現場の各地で、色んなことが動き出している、ある意味ダイナミックな時期だと感じています。
 
地味な企画に、「1色見開きでは、見落とされます。4ページ書いてください」とページを割いてくれた、いつもお世話になりっぱなしの編集者、神谷浩之さんにも感謝。
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2017年9月14日 (木)

針の木谷の古道と船窪小屋@『山と溪谷』10月号

『山と溪谷』10月号(9/15)紅葉特集号に、針の木谷につく、針の木古道と船窪小屋のことを書きました。
 
学生の夏、剱の定着合宿のあとぐるっと回って、針の木谷を登った思い出があります。
針の木峠にあがり、そこから日本海へ縦走。
その思い出深い谷の古道が、船窪小屋などの尽力により補修され10年余りたつときき、久しぶりに登ってきました。針の木古道の思い出や修繕の様子を、船窪小屋の「お父さん」松澤宗洋さんに語ってもらいました。
 
同行はカメラマンの杉村航さん。
扉は、黄葉に埋め尽くされた谷の写真です。
この迫力のある写真、私もとっても好きです。ぜひ本誌をご覧ください。
下の航さんがカメラを構えているのは、その時の写真を撮っているものだと思います(たぶん)。
 
この時の取材は2泊3日。釣りが大好きな航さんは、1泊目の平の小屋から大興奮。ちょっとかなりの釣り師であるご主人の佐伯覚憲さんと話し込んでいました。
翌日は、禁漁期間だというのに、ずっと針の木谷で魚影を眺め、先に進みません(笑)。その分、尾根にあがってからは早かったわ~。と、楽しい取材でした。コレ重要。
 
船窪小屋の「お父さん」と「お母さん」は今年7月に引退。
十数年前に書いた新聞記事を、いつまでも覚えて下さっていて(その後数多くのメディア取材を受けただろうに)、ヤマケイの取材でお伺いしたのも2度目。最後におふたりに山の上で会えて、仕合せでした。
今夏からは、息子さんが引き継いでいることなど、本号のニュース欄にも短い記
事を書きました。
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2017年9月11日 (月)

ポケットの中味

とんでもないモノを、洗濯機の中に一緒に入れて、洗濯してしまったことがある。
 
この夏は、旅の終わりにダイアン達からもらった、銅製の飾り。
知り合いのデザイナーに頼んで、私達の友情の印をデザインしてもらったんだ、というほんとうに大切なもの。
壊してはいけないと、旅の服に何重にも包んで持って帰った。
旅の服は、すべて着用済み、帰国後にすぐに洗濯したいものだったので、ポイっと洗濯機に入れられるような状態にして、スタッフバッグにまとめてあった。
その真ん中にダイアン達の飾り物を入れたのだ。
 
夕方に帰宅後、すぐに友人達との待ち合わせに向かう予定だった。
洗濯ものの入ったスタッフバッグの中味をそのままポイっと洗濯機に投げ入れて、洗剤を投入して、ボタンを押して、家を出た。
これで、翌日からの仕事や山も順調に進められるわと思ったが、甘かった。
 
深夜帰宅後、洗濯機を開けると……洗濯もののなかに散ったピンクの包み紙を見て、ハッとし、掘り出した。
飾り物は、心なしか(都合よく考えれば)少しピカピカになり、無事だったことが、救いだった。どんなにピンクの包み紙を片付けるのがたいへんだったとしても。
 
ずっと前のこと。
あろうことか、アバランチ・ビーコンを洗ってしまった。
同様に洗濯ものを入れたスタッフバッグをそのまま、洗濯機に投げ入れたとき、一緒に入ってしまったようだ。なぜ、洗濯ものが入ったバッグにビーコンも入れていたのか、心当たりがない。この時も同じく、スイッチを入れて、外出。
 
留守中、さぞかしスゴイ音がしていただろう。よくぞこんなことを二度も繰り返し、洗濯機が壊れなかったものだ。
仕事から戻った夫に話したら、返す言葉もないという感じで、「俺も、(そろそろオルトボックスを止めて)パルスバリーボックスに買い替えるかな」と言った。
 
「ビーコンは自然乾燥させると、蘇るかな」とブログに書いたら、心ある某氏から、「電気系統のものは、そう簡単にはいきません。誤作動があってはならない道具だから、買い替えるように」と至極真っ当であり親切なメールがきた。
いつまでもオルトボックスの水色ビーコンを使うわけにもいかない時期でもあった。マムートのパルスバリーボックスに買い替えた。
 
今朝は、すべての洗濯ものを拾い上げると、洗濯機の底に葉っぱが。
大好きな山椒の葉、ティッシュを濡らして挟んで、ビニール袋に入れてあったのだけれど、一部まだポケットに残っていたんだった。
また、失敗してしまった。

空気が何度か入れ替わり、土曜の山は、陽射しがあってもそれも柔らかく、そして乾いた気持ちいい空気だった。昨日は午後になると、少し湿った空気が入り込んできた。
「流れる季節を追いかけて」と言ったのは彼だけれど、季節だけがどんどん前に進んでいって、いったい自分はどこにいるんだろうと思ったり、大好きな夏が終わってしまったことを寂しく思ったりもするけれど、それでも、新しい季節の到来はやっぱり嬉しく、秋の風を気持ちよく感じる。
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2017年9月 7日 (木)

「さん」付け

登山に関する仕事をしているが、登山はもともとの趣味でもあり、プライベートで知り合ってから仕事を一緒にするようになる相手も多い。
 
初対面が仕事の場であれば、年齢や性別に関係なく、「さん」付けで呼ぶ。どんなに歳が若い方であっても、「さん」付けで呼ぶ。それが礼儀だと思っているから。
しかし知り合ったきっかけが遊びの場、プライベートの場であった場合、「くん」や「ちゃん」、あるいはニックネームで呼ぶことも多い。
その呼び方を仕事の場に持ち込んでもいいとは思っていないので、周囲に仕事の人がいる場合や打ち合わせ、公の場では、「さん」付けで呼ぶのだが。
 
難しいのはインタビューの場面。これまで気さくに呼んでいた、その呼び名を変えて、いきなり「さん」付けで話し始めても、相手は面食らうだけだ。
それでつい、いつもの呼び方を引きずることも多い。
 
先だって、知り合って10年近くになるクライマーをインタビューした。
インタビューは2度目であり、それよりもプライベートの場や互いのトレーニングの場で会ってき
た。
今回は周囲に、編集者やカメラマンなど数人いたが、いつものように「くん」付けでインタビューを始めてみた。
 
帰路のクルマの中、周囲の人たちが、「若々しくて、フレッシュな方」と感想を述べていた。
なんどか、大きなタイトルをとってきたけれど、それで何かが変わることはなく、ピュアな気持ちで登り続けている人という印象を、私はもっている。昔からずっと変わらない人。
 
けれど、その夜遅く、カメラマンからアタリの写真が100枚以上届き、ひとつひとつに目を通したところ、ちょっとびっくりするような表情があった。
成熟した大人の顔をしていた。本人は「自分の年齢を忘れちゃうんですよね、いつまでも20代かと思っていたら、33でした」と言ったけれど、20代の頃の表情はなくなっていた。30を越えたのだから、当たり前のことであるのだが。
 
仕事の場では、「くん」付けはまったく似合わないなあ、失礼なことをしてしまったと、その日を振り返った。
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  • ✾登山ガイドについて✾
    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

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