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2017年8月

2017年8月31日 (木)

山小屋で音楽談議

先月、取材で山小屋に泊まったその夜、音楽談議になった。
 
音楽好き、日ごろから音楽を身近に感じている人たちが集まったからだろうか。
なかでもひとりは、いま本業としている医学の道に進むか、音楽の道に進むか、かつて考えたほどクラッシック音楽に専念していたそうだ。
こんな時にはあんな音楽を聴くとか、あんなときにこんな曲を聴いたとか、そんなたわいもない話だったけれど、そこに世代感や世相、嗜好が混ざってきて、楽しかった。
 
取材の彼らが帰って、小屋番とバイトの大学生と私の三人になった夜もまた、音楽談議が続いた。
 
小屋番の彼は、ときどきギターを弾き、歌いライブをやっている。
色んな話をしていくうちに、「柏さんはやっぱり、クラシックが基本にあるんだね」と言ってから、クラシックは、形式があり、そこにおさめるべき音楽でしょう、というようなことを言っていた。つまり、そこには上手い下手があり、クラシックの場合、上手いことが重要なのではないか、と。
 
確かに、コードだけ決めてセッションしていくのとは違い、常に譜面がある。
解釈はそれぞれで、テンポや多少の音程などに揺れが出ることもあるし、とくに協奏曲のカデンツァのような部分では、解釈の幅も広がる。
けれど、譜面がある以上、やっぱり形式美なのかもしれない。
その形式のなかに、最大限の個性と表現を加えていくのだとも思うが。
 
「好きなピアノ演奏は?」と聞かれてそのとき思いついたのが、アルフレッド・ブレンデルのモーツアルトのソナタ集だった。あの粒がそろった真珠がコロコロと弾むようなピアノの音色が素晴らしいと思うのだ。それってやっぱり技巧的なこと? よくわからない。
 
「下手でも上手い音楽がある」「下手でも味がある」というような話のとき、必ず、泉谷しげるを例に出す人がいた。
上手い下手ではなく、聞き惚れる音楽があるように、上手かろうと魅力を感じない演奏もあるかもしれない。
 
先日、一ヵ月ぶりに山小屋を再訪したその滞在の、最後の朝。
小屋番の女性が、「朝、これを聴くことがあるんです」と、iPhoneを取り出した。
先だって、音楽談議をした小屋番の彼が歌う、「上を向いて歩こう」だった。
どちらかというと、夜に似合う曲のように思うが、そんな涙がこぼれないように歩く歌を、朝に聴くというのが、なんとなく心に引っかかったが、一緒に聴いてみた。
「柏さん、これを聴くと、泣いちゃうよ、きっと。柏さんってすぐ泣くって、聞いているもん」と言いながら、彼女は聞かせてくれた。
 
いい歌声だった。
山小屋を始めたばかりで心細いであろう小屋番の彼女が、お客様の朝食を出し終わり、皿洗いも終わり、やっと自分の朝ごはんになった頃、その次には掃除やらなにやらさらなる仕事が待っている、その谷間に、ふと聴きたくなり、繰り返し聴いている歌声(だと、私は思っている)。
そんな歌と奏でるギターの音色が、私の心にも深く感じ入った。
歌が人の心に沁みいる。歌う彼もすごいし、音楽そのものもすごい。 
 
彼女が「声の枯れ方が、清志郎みたい」って言っていたから、下山してから探してみた。
忌野清志郎と甲本ヒロトが歌う「上を向いて歩こう」がYouTubeにあったけれど、いまの私には小屋番の彼の歌声の方が、ずっと響く。
 今晩、歌の主に言ってみた。「私も、あの音源、ほしいな」。
すると、「この間のコンサートの最後に歌おうと思って、ノリやキーやテンポを共演者に伝えようと即興で歌ったものだよ。恥ずかしいわ。けれど、もってけドロボー」と言いながら、送ってくれた。
完成されたものではない、という意味だったのだろう。

さっそく聴いてみた。心に入り込んでくるその歌が、終わると、しーんと静けさがやってきて、歌声と曲の存在感を、ぐっと感じるような、そんな歌だった。

心に響く音楽って、どこにあるのか、わからない。
同じように、心に響く文章というのは、どこにあるのだろうと、考える。
響かせるために書くわけではなく、心に響いたことを書くのであるが。
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2017年8月30日 (水)

トランジット

東京の自宅にはわずかしかおらず、帰ってきては、次の旅や仕事へと出ていく友人が数人。そんな彼ら、彼女らに、「次の東京トランジットはいつ?」と尋ねることは、多かった。
けれど、周囲から見ると、私もさして変わりはないようで、「東京トランジット」どころか、これは「東京ピットイン」だなと思うような、帰宅も、この夏はあった。
 
昨日明け方、山からクルマを走らせて。首都高に入った頃に、大きな朝日が昇ってきた。
ビルとビルの谷間に顔を出し、何本もの電線が重なり。
人工物の近くに見えるから、太陽が一層大きく目に映る。
トロンと溶けそうなオレンジ色で、そこにはエネルギーも感じるけれど、山の上で空全体を大きく染めながら浮かび上がってくる朝陽とは、違う。もっとドロドロした感じ。
 
やがて日の出の頃が終わり、周囲はすっかり明るくなり、レインボーブリッジを渡った。
高層ビル群や墨田川が流れ込む東京湾の人工的な入り江のような海が、無機質に感じられ、いまの自分とは遠く離れた存在のように見えた。
朝日にはエネルギーがあっても、日が昇ってしまえば、その街はすっかり気力をなくしたような、そんな雰囲気。
 
「東京トランジット」とか「東京ピットイン」とか、半分冗談のように言っていたけれど、どんどん遠くなっていく、東京暮らし。
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2017年8月22日 (火)

距離感と突き放し

ぽっかり空いた1日に、原稿書きをガツンと進めなければならずどうしようか考えていた。お盆で馴染みの使いやすい宿は取れず、次の土地に早めに駒を進めるのもためらうわけがあった。
結局、遠慮なくモノも言える友人のオフィスを借りた。

ひとしきり原稿書きが進み、外が台風による雨風がますます強まってきたことに気づき、クルマにヘッドランプを取りに行った。こんな森のなかで停電でも起きたら大変だからだ。すると向いの家に灯りが。「あれ、今晩はいるんだ」と。

向いの家もクライマー夫妻が暮らしている。電話してみると、「柏さんのクルマだったんですね。誰が来ているのかと思ったー」と。私の原稿書きが終わらないから、夕飯を共にすることは諦め、明朝のご飯を一緒に食べることにした。
「好きな時間に来てくださいね。お腹空いちゃったら、先に食べていますから、気にせずに」と。
 

翌日も早起きをして仕事をし、区切りのいいところで向いの家に行った。
ふたりが作りだした清々しい部屋の雰囲気にひたりながら、久しぶりにいろんな話をした。彼女が5月に訪れたUKのクライミングのこと、この夏の仕事のことなど。

話が弾みあっという間に時間が流れ、ふと彼女が言った。
「柏さん、もう帰ってください。帰って、仕事してください」。
20近く年上の者にぱーんと言い放つそのさっぱり感。
そう言われれば帰らざるを得ない。
しっかり者の思いやりに感謝し、また原稿書きに戻った。

この地域は、クライマーやガイドが大勢暮らしているので、仕事でもプライベートでも来ることが多い。互いがつかず離れず距離感をもって生活しているのが、心地よく感じる。ベタベタ近づかないけれど、遠くにうっすらと見えるような思いやりもった距離感。そしてなにかあれば助け合おう、楽しい時間は共有しようっていう優しさをもって。
彼女のこんな突き放しも、この地域のみんながもつ距離感に通ずるような。

写真は、数日前にやってきた別の友人宅。
夏休みを過ごすために、その前に原稿書きを、どこかのカフェで終わらせてくるつもりが、電源も確保できず、到着してすぐに、机に。
夏休みのスタートは夕刻に。

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2017年8月15日 (火)

『山と溪谷』9月号「ハードスキルと両輪で動かすソフトスキルの追求へ」

『山と溪谷』9月号に、「ハードスキルと両輪で動かすソフトスキルの追求へ」という記事を書きました。
5月にフランス国立スキー登山学校技術指導委員会所属の山岳ガイド、アレキシス・マーロンが来日し、日本山岳ガイド協会の講師を務めた話ですが、アレキシスの人柄と、彼こそがガイドだと思わせるような資質と信念にふれ、感動しました。
私自身は、いわゆるハイキングガイドであり、日本でいうところの国際山岳ガイドであるアレキシスとは、違う世界をご案内していますが、ガイドの資質と考え方、信念には通底するものがあると感じ、以来度々、アレキシスの言葉を思い出します。
読者の方々にとっては、「山岳ガイド」とはこういう職業なんだ、信念なんだということや、また山岳ガイド先進国であるフランスの事情について読んでいただければと思います。
取材にご協力いただいた、JMGAの皆さん、ありがとうございました。

アレキシス、来日のときの様子はココ

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テントむし山旅@白馬岳周辺 8/11-13

お天気に恵まれず、2日目はあと少しでしたが、白馬岳に届かず。
その時の判断基準や段階などについては、テントむし参加メンバーのfacebook「DIVAS テントむし」に書こうと思います。
私は引き返す判断をしましたが、最初から「登らない」という判断もあったと思います。

参加の皆さん、なんて言うかなと思ったけれど、「無理する必要なし」「次がある」「リベンジが楽しみ」と言ってくれて、よかったです。
山は逃げますが、でも元気に下山すれば、また次があるので。

何度も登った白馬岳ですが、それでも私もまた登りたくなりました。
ことし私が担当するテントむし山旅は、これが最後。5回シリーズでした。
初回からずっと参加してくれた方、「今年はテント泊の経験を積むんだ」と継続してくれた方、久しぶりに顔を見せてくれた方、毎夏ご一緒できる方、最終回に初めてお会いした方、皆さんに感謝。
今年初めてテント泊を経験された方も着実に力をつけ、体力や歩行力を心配していた方も確実に強くなりました。これからの登山が、ますます楽しみです。
テントむしではこれまで、2泊以上の企画を何度かやってきました。
2016/9 白峰三山
2015/8 双六岳~笠ヶ岳 
2014/9 乳頭温泉~八幡平 
2014/7 常念岳~蝶ヶ岳
日数が多い分、たいへんなコトもありますが、またテントむしの皆さんと3日、4日と縦走する山旅に出たくなりました!
いつかお会いできる日までに、私自身、もっと成長していたいと思います。
あいにくの雨と曇り空でしたが、それでも時折山が姿を見せてくれたり、雨露に濡れた花が綺麗だったり、雷鳥に出会えたり、大いに満喫できました。
ありがとうございました。
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テントむし山旅@常念岳 7/22-23

なかなか天候が安定しない週末でしたが、常念岳に登ってきました。

土曜日は降られずに常念小屋のテントサイトへ。ほんの少しの時間ですが槍ケ岳が顔を出してくれました。

ラッキーなことに夕食時は雨も上がり、外で調理+ご飯タイム。
「世界の山のある街お菓子シリーズ」はとん挫気味で、インドのお茶。トゥルシーティーのスパイスバージョン。暑いときは熱いお茶で!
夜ごはんもスパイスの効いたカレイ鍋にしましたが、次回はもう少しオーソドックスなメニューに立ち返ろうと思います。
日曜日は、予定通り4時発。4時半からは雨がこぼれ始め、稜線は風も出てきましたが、みんなで登頂。天気が大崩れする前に、前日登ってきた一の沢を下山しました。
高山植物の盛りを過ぎていたことがちょっと残念でしたが、朴ノ木もカエデもミネザクラもダケカンバもナナカマドも眩しい緑の葉っぱをつけていました。
今年の初回からずっと参加してくれている方や、テントむし1期生(6年前)の方、1年ぶりに夏山で会う方々などなど新旧賑やかな顔ぶれで楽しんできました!
集合写真などは、Adventure Divasやテントむしのfacebookをご覧ください!
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2017年8月11日 (金)

空気の入れ替わり

山梨で台風による大雨をやり過ごし、だというにまた台風の名残りの荒天に突っ込むように、白馬にやってきた。
2日連続、地元の友人達とお酒を飲み、夜更かしをし、そして早起きして原稿を書き。
起きると、天頂に青空が広がり、「あ、やっと夏がきた」と思ったが、それは立秋を過ぎたあと。湿り気を帯びた空気を一掃するかのように、秋の予感がするような少し乾いた風がやってきた。

ふたたび夜。前夜と同じような顔ぶれで2日目の酒の席。
夜夜中、星を綺麗に見上げることができた。
雲が流れて、ときどき見えなくなった星がまた現れたり、いったい星は帰ろうとしているのか、そうでないのか。
そんな時間を経て、雪が残る白馬の稜線が、闇にふっと浮かび上がっていることに気づいた。「ああ、綺麗だね」と。
ずっと眺めていたい、寝ちゃったら消えちゃうかなと思いながらも、床についた。

翌早朝、窓の向こうに山の気配がして、嬉しくなって飛び起きると、白馬三山から不帰への稜線がぜんぶくっきりと見渡せた。
まだ、ちゃんと姿を見せてくれていたんだ。

夏がやってきたというあの大好きな瞬間も得られず、夏の夏らしさも感じないまま、涼風。
そんな季節の流れに寂しさもあったけれど、こうやって秋の訪れを白馬で感じる瞬間がもてたから、まあ、いいかな。

夏はまた、来年もやってくる。

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2017年8月 3日 (木)

小屋番の夏ひる飯

かつて、北穂高小屋に通ったことがあった。取材である。
編集部から依頼されたのではなく、自分で始めた取材であり、1シーズン通い終えた頃に、連載の目途がたち、2シーズン、4月21日の小屋開け入山から11月4日の小屋締めまで、毎月通った。「小屋開けに女性を入れたコトはないんですよね」と、主人から言われたことから取材は始まり……ときは流れた。
 
取材中は、努めて距離を保っていた。あくまで取材対象と取材者だと思っていたし。
でも、振り返ると、心を通わせたことは多々あった。「これが小屋番の岩登り」は、そんなひとつ。
 
大好きだったくせに、取材を終えると、通う理由、言い訳、言い分、建前をなくし、途方にくれたりもした。それでも、ときどき顔を見せていたが、あるとき、小屋の主人であるよっちゃんから「理由がなくても、来るのが山でしょ」と言われ、長年番頭を務めてきた足立さんから、「どんなに少なくとも、年に1回は来るように」と言われ、泣きそうになった。
 
職業柄、いろんな山小屋に泊まるし、山小屋の主人やスタッフ達と知り合う機会も少なくない。けれど、身内のように過ごせるのは、北穂高小屋だけだし、それでよいと思っている。
 
今年、友人が山小屋の管理人を始めた。
北穂高小屋のように近しい小屋が、ほかにできるとは思っていなかったけれど、先月、初めて遊びに行った。手伝うという名目があったけれど、実際に行ってみると、私がいなくたって何とかなる客数だった。
今月、二度目の訪問をした。取材のあと、2日間ほど居残ったのだ。あいにくの天気で、荷揚げのヘリも飛ばず、私がいなくても、なんともないような仕事量だった。
 
小屋番をしている、ヅメさんが、二度目の昼食に作ってくれたのは、そうめんだった。
「今日の昼は、そうめんにするわ」と彼が言ったとき、北穂の稲庭うどんを思い出した。
夏になると、5回ぐらいは、稲庭うどんの釜あげを昼ご飯にする日がある。
長ネギや紫蘇、茗荷などの薬味を千切りにし、頃合いよく茹で上がった稲庭うどんを、スタッフみんなで食べる。
なぜだかその日は、いつも以上にみんな興奮し、寸胴鍋に茹で上がった稲庭うどんをすくいあげるために、椅子から立ったまま、食卓を囲んだりもした。
そんな北穂高小屋での時間を思い出していると、ヅメさんのそうめんができあがった。
 
「麺類は、茹で具合に気を配り、緊張するよね」と、彼が言う。
長年、小屋番をつとめ、まかないも客飯も作りなれている、料理上手の彼が言うのだから、心にしみる。
食べる相手がいてこその料理、という話をヅメさんとしたばかりだけれど、茹で上がりについて、そこまで気を配るのもまた、相手への思いやりだ。

はたして出来上がったのは、錦糸卵、かにかま、キュウリ、油揚げ、ネギ、茗荷が千切りされて山盛りのっかった、ぶっかけそうめんだった。豪華、豪華。
バイトに来ている、食べ盛りのシオが、「すげえ」と言って、バクバク食べ始めた。
北穂の稲庭うどんに、七丈のそうめん。
夏のメニューとはいえ、半袖ではうすら寒く、長袖がちょうどよい山の上。だというのに、なんでこんなにテンションが上がるんだ?
ちょっと考えて、思い至った。涼し気な山の上にいても、やっぱりそこは夏。夏を感じたいから、小屋番たちも、夏の昼ごはんを食べるんだな。夏の山小屋、風物詩。
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  • ✾登山ガイドについて✾
    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

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