昨晩、友人たちと食事をし、終電の2本手前の電車で帰ってきた。
乗り換え駅から乗り込むと、数駅先に住んでいる知り合いと出くわした。
最近、この広い都会で、電車や駅で友人・知人と偶然会うことが続いているので、さして驚かなかった。
私は途中から乗り、1駅だけだったけれど、我々の会話は、最近のちょっとしたことを終えてすぐに、足元に転がるようにいる女性に移った。
酔っ払いである。
若い女の子がスカートをはいて、電車の床に座り込み、ゴロンゴロンと右に左に前に後ろに揺れながら寝ているのは、それは好ましいコトではない。
すぐ脇の座席に座る男性は、ちょっと迷惑そうな顔もしていた。
助けてあげた方がよいかなとも思ったが、命に別状があるわけではないし、またそう大きな迷惑をかけているわけでもない。ちょっとぐらいこの子も、今日は痛い目にあうのかもしれない、社会勉強かな、とそんな風に私は思っていた。
そうしたところ、私達と同じように近くで立ってつり革につかまっていた男性が、脇に転げ落ちていたバッグを、女性に抱えさせるように持たせてあげたのだ。なるほど、これは親切というものだ、と私は思っていると、その男性が私ににっこり微笑んだ。
もうしばらくガタゴトと電車が揺れ、彼女も相変わらずゴロンゴロンとしていると、先の男性が、座席の男性に向かって、「お知り合いですか?」「スミマセンが、席を空けてあげてくれませんか」「ここに座らせちゃえばよいかと思って」と。
座席の男性は、「知り合いじゃないんです」と迷惑そうに言ってから、続いた言葉に一瞬戸惑っていた。迷惑を受けている自分は、車内で同情される立場だと思われていると思っていたかもしれないし、仕事で疲れてやっと座った座席を、おいそれと譲るのは辛い。これは、都内通勤者だったら、誰でもわかることだろう。
戸惑っている間に、、隣の座席の男性が立って、席を譲った。つられて、言われた男性も立ち上がり、二人分の席が空いた。つり革の男性が彼女を抱きかかえ、席に座らせようとした。
その時、定期券が落ちたので、その行先をちらりと確認しながら、私は定期券についていたゴムを、彼女の腕に取れないように巻き付けた。ついでに、周囲の人たちにわかるように、彼女の行先の駅をつぶやいてみた。あと30分ぐらいかかるだろうけれど、終点だ。
それにつり革の男性がうなずいた。次の瞬間ふうっと、彼女が立ち上がって目を開けた。私は思わず、「立ち上がった~」と言ってしまった。その隙をついて、つり革の男性が「どこまで行くの?」と尋ねた。か細く澄んだ声で、駅の名前を言った。およそ、酔っ払いとは似つかない声色だと、私は彼女の可愛らしい顔を見入った。
それまで見物客だったのか、あるいは見ていたかどうかもわからなかった乗客たちが、「じゃあ大丈夫だ、終点だね」「車掌さんが、おろしてくれるだろう」「あとは、自分で帰れ」など次々に言って、どっと笑いが起きた。
当の本人は、座席ですやすや寝ている。
私は駅に着いたので、知人に挨拶をして、電車を降りた。
けっして褒められた酔っ払いではないけれど、ギスギスしがちな都会の電車のなかが、今晩はなんだか、なごやかだった。
コメント