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2017年2月10日 (金)

偲ぶ話

亡くなった方を偲ぶ話をすることが、続く。
ごく限られた方とすることもあれば、集まりのなかでひとりひとり語ることもある。後者のケースが何度かあったが、どうにも、私にはうまく話ができなかった。
故人を偲ぶこと、故人と自分の関わりあいのなかから思い出話をすることが、なぜかできない。
ご家族はもちろん、私よりもはるかに深く長くお付き合いされてきた方々が大勢いて、そんな皆さんのことを考えると、とても言いにくいのだけれど、いまだうまく、死別というものを消化しきれないのかもしれない。
彼女と出会って、一緒に過ごし、そして別れたことを、まとめて話すことなんてできない。そこにあるのは一つのカラーではなく、色んな色が混ざっていて、思いも複雑だ。

頼まれた追悼原稿は、ちゃんとまともに書いたと思うし、インタビューもちゃんと答えた。けれどこうやって話すとなると、まったく大人げないと恥ずかしくなるほど、話せない。
少人数で会って話していても、それは同じだ。
でも時々、ほんとうに思いを共有できる相手もいる。
そんなひとりが、先月、ある店に誘ってくれた。かの国の大使公邸で板さんをしていたというから、私も彼の料理を食べさせてもらったことは何度かあったんだなあと思う。
誘ってくれた彼女が、「田部井さんが亡くなって、周囲を見渡すと、私よりも年上の女性が見当たらないよ」と、寂しそうな声で、この業界のことを言う。それほど皆が、田部井さんをどこかで頼ってきたのかもしれないし、実際に私も、思い起こせる同性の先輩となると、彼女ぐらいしか頼れる相手はいなくなった。
それから数週間経って。
同じ店に、今度は私が別の女性をお誘いした。
貴陽市から一時帰国している日本語教師の彼女だ。
お別れ会の時、一目お会いして、そして互いになにも言葉にはならず、別れたので、ぜひゆっくりお話したかった。
目に涙をためながら、やっぱり色んな話をした。

そんな本当に一緒に偲べる方々と何度か会ううちに、なぜ私がいまだ別れを消化できないのか、気づいた。
それは生前、ちっとも田部井さんの期待に応えられなかったし、宿題ばかり残っているし、まだまだ教えてほしいことはたくさんあったし、言うべきだったお礼を、ちゃんと言えなかったからだ。ご一緒した年月が、ひとつひとつを積み重ねた時間というよりも、整理がつかないまま、いまはまだ大きな塊のようでしかない。

抱え込んだ大きな塊はひとつではないけれど、これをひとつひとつ解きほぐしていくしかないのだなあと考えた。

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