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2016年8月

2016年8月24日 (水)

テープの聞き返し

ほとんどのインタビューを録音してあり、ほとんどのインタビューをテープ起こししてあるが。
次にインタビューする方の、これまでのインタビュー録音を聞き返している。
テープ起こしの文章を読むよりも、その人の話ぶりや口調のようなものを、繰り返し聞いておこうと考えて。
大概、掃除や洗濯、料理などをしながら、「ながら聞き」しているが、ときに手が止まる。
にしても、インタビューとは、不思議な行為だ。それまでさして深く話したことがなかった人が相手でも、突然本題、本音の部分に入っていける。
聞き手の私の態度もまた、普段の会話と違う。

良質なインタビューというのは(この場合、インタビュアーである私がよくやったというよりも、インタビュイーが本物であったということ)、聞き返せば返すほど、味わい深い。とくに時間を経過し、その人物についてまたほかの面から知ったり、インタビューとは違う時間を共にしたことがあれば、なおさら、インタビューを聞き返すことによって、その人をより深く知ったり、「ああ、こういうことを言いたかったんだ」と理解が及んだりする。

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2016年8月23日 (火)

インタビューのはざまに

限られた貴重な時間をいただいてインタビューするので、本題に直接には関係しないお喋りは、なかなかできない。
けれど今回はちょっと違った。何よりも、私が彼女ご本人に惹かれたからかもしれない。

私自身は、中国はごく限られた地域にしか行ったことがなく、回数にしても10回にも満たない。
それでも、なんとなく全体像は理解しているつもりだった。けれど、貴州省というのは、ほとんど抜け落ちていた。

彼女の住む貴州省について持ち合わせていた知識は、大まかな位置とトン族などの少数民族が暮らすこと、それと石灰岩の岩場があるということぐらいだった。
西蔵鉄道ができるまで、青海省が中国で最も貧困な省だとされていたが、鉄道のおかげで多少のお金が落ちるようになり、いまは貴州省だという。青海省には2度ほど行ったが、それほどにも感じなかった。果たして貴州省は、どんな暮らしぶりなのだろう。
州都貴陽市の産業、街並み、暮らしぶりなども教えてもらった。市内に住む日本人は10人に満たないようだ。
料理はとても辛く、四川料理のように花山椒は使わず、ただただ辛いと。想像するにブータンの料理に近いだろうか。とても日常には食べれない、口に合わないという。中国の生活が長い彼女がそう言うのだから、それはほんとうだろう、ましてや日常。
欧米の駐在者も、ほとんど1~2年で根をあげて帰国していくような住環境、食環境のようだ。

トン族の話も印象的だった。いつも笑って、歌って、農作業などをしているというのは、(文字を持ち合わせないから、歌に載せていろんなことを伝達、伝承していくという意味もあるが)、なんだかチベット人と同じだなあと思う。

彼女は、仕事に生きがいをもち、貴州省に暮らして6年になる。中国と関係を持ち始めて40年、中国に暮らして30年以上だろうか。
「姉の畑で採れたの」と、ミョウガと小さなかぼちゃをもってきてくださった。
朗らかでたくましい方だった。たくましいというのは、そこに知性と優しさがあるのだと、彼女に教えてもらったような気分になった。
帰国中の極限られた時間にお会いできてよかった。

2016年8月21日 (日)

もうひとつの歴史

中村計さんの『歓声から遠く離れて:悲運のアスリートたち』を初めて読んだのは、何年も前に登山家・栗秋正寿さんに原稿依頼をしたときだった。本著のなかに、栗秋さんについて書かれた章があったからだ。

今日お会いしたのも、そんな”歓声から遠く離れた”登山家についてだった。と言ったら、失礼だろうか。
オリンピックでいうところのゴールドメダルを逃してしまった物語。登山は競争ではないけれど、自分の力ではどうしようもない理由で、あと数日で一着を逃してしまった人について、話を聞いた。
では、二番手に物語はないのか、というとまったくそうではない。何番手だろうが、それぞれの生きざまがある。
話を聞きながら、幾度となく目じりに涙がにじんだのは、一着も二着も関係なく、互いの生き方に共感しながら、遠く離れた地に住むふたりが友情をはぐくんできたからだけではない。そこには、双方とも、ものすごい孤独があると感じたからだった。世界一になっても、世界二になっても、人生って残酷だ、ときにとても哀しいとすら思った。ふたりとも、一所懸命に人生を生き抜いたのだと。
 
今日お会いした方は、「ともかく、話を聞いてもらいたかったんです。それだけで嬉しいんです」とおっしゃっていたが、私は取り返しのつかないことをしてしまっている。
物語の主人公である登山家がご存命のうちに、取材を始めるべきだった。
しかしいまは、せめて関係する方々の話が聞けるうちに、インタビューを続けるしかない。
これまで何年も続けて取材をし、幾度となく書いてきた数々の物語を縦糸と横糸にして下地を編み、書いてみよう。

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2016年8月15日 (月)

~明日からの心理

少しずつクライミングを再開しようかなあと考えていたが、そんな悠長なコトは言ってられないコトを、深く実感した。
10日ほど前のひどい出来栄えを再履するために、わざわざ混んでいるの承知で小川山へ向かった週末。結局は、暑くて、木陰ルートばかり選んだ。
以前はすいすいリードしていたところが、怖くてならないし、ロープワークも何もかも手際悪いし、ひどい。
これでは、「一緒に登ってください」とは、誰にも言えない。声かけてくれた人に図々しく着いていくか、どーにも遠慮せずに頼み込める相手を巻き込むしかない日々。

学生時代からの仲間のアライが、週に5~6回だかクライミングジムに通い続けて2年程。すっかり登れるようになったようだから、彼ほど身体能力が高くはなく、のみ込みも極めて遅いながらも、続けるか……と考えた次第。
やるべきコト、道筋は、これまでの経験やこれまで私にたくさんの人たちが教えてくれたコトから、だいたいのコトはわかる。けれど、それを仕事などとバランスとりながら限られた時間でやること、歳も歳なのだから身体いたわりながらやることは難しい。体力も習得能力も、あらゆる身体能力が年々落ちてきているのだし。

「もう少しマシになってから、誰かに声かけようなんて余計なコト考えない方がいいよ。それがいつやってくるかわからないし、それって、自分に猶予を与えているようなもんだ」と、週末を共にした友人より。
たしかに。「ダイエットは明日から」と同じ心理だな。
残された時間は多くないわけだし、できることとできないコトはある程度決まっているのかもしれない。それよりも、登ることが好きなのだから、もっとやればいい、好きなように。

友人もまた、ひっし再開中の模様だが、キツイ言葉残しながら、写真を撮ってくれたので、ブログのプロフィール写真を模様替えしてみました。
これまでのものは、旅の友、Shaohongが撮ってくれた四川の奥地を旅したときのものでした。遊牧民のテントが張られた草原に、菜の花が一面に咲いた壮大な風景でした。ありがとう、Shaohong!

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2016年8月13日 (土)

親友宅へ

山から山へと渡り歩いているなか、学生時代の大親友に会うために10数時間だけ、東京に戻った。
猫を飼い始めて1ヶ月足らず。どちらかというと犬派であり、猫を飼うことなどまったく想像したことすらなかったというが、ひょんなきっかけがあったのだ。生後7ケ月の可愛い仔猫。

知り合って四半世紀以上たつが、私のことを名前だけで呼び、「ちゃん」付けなど1度もしたことがなかった彼女が、「ほおら、お友達のスミちゃんが来たよ」と仔猫に紹介してくれた。自分でもよくわかっているが、親ばかなのだと言い続けていたが、たしかにそうかもしれない。

遠くの土地からやってきた彼女(仔猫)が、窓からベランダの向こうを眺める横顔を見せると、いったい遠くを眺めて何を考えているのだろうと思う。が、猫は視力が弱いから、そう遠くは見えていないはずだと、友人が買ったばかりの本で仕入れた内容を教えてくれた。

玄関の扉は、外界への期待を抱かせてしまうから要注意だと考えるなかで、ハインラインの『夏への扉』を思い出したという。ポール・ギャリコも読んだ方がいいよ、まずは『猫語の教科書』と『ジェニー』だと、私が言う。

2016年8月12日 (金)

豊かな夏

毎年夏になると、涼しい高原で、あるひとつの母国を離れて日本に暮らすファミリーたちが参加するキャンプがある。主宰の方は旧知の先輩であり、徹底したフィールド学者。4日間のキャンプのなかに、トレッキングの日が1日あり、これのお手伝いをするというのが、参加のきっかけだった。

日中はトレッキングやお散歩、子どもたちは母国の言葉を勉強したり、歌や踊りをみんなでやったり、楽しく遊ぶ。毎回の食事も母国のものを作り、みんなで食べる。大人たちは故郷を同じくする者同士で母語で思いっきり話をする。日本の暮らしにまつわる悩みを相談し合ったり、かつての遠い思い出や自分の生い立ちを語りあったり。

日本に生まれ日本に暮らす私は、自分の力が及ばないとても大きな力によって自分の人生が翻弄された経験がない。母国を追われた経験もない。そんな私が、彼らの運命を考えると、その人生を「幸せ」ということはできないけれど、しかし彼らはまちがいなく、豊かな人たちだ。
辛く苦い経験を、笑い飛ばしながら話すのを聞くと、なんて朗らかでたくましく、そして優しい人たちなんだろうと思し、彼らの思いやりや愛情をダイレクトに感じることが多い。ほんとうに、豊かだ。
こういう豊かな人たちと時間を共有すると、自分の心の底に押し込んである感情がまざまざと浮かび上がってきたり、人を愛するということについて教えられたりする。

「幸せと豊かさは違う。僕はそう考えている。一見近そうな言葉。幸せであることは豊かな世界で生きることのように思われるし、豊かであることは幸福であることのように思われる。しかし、この二つの言葉は、近しい言葉であるどころか、ある見方によってはまったく逆のことを意味する言葉であるかもしれない」と書いたのは下西風澄さんだ。
このことの意味を私は、なんとなく感覚で理解する。そして私自身も、自分が幸せであるか、また幸せになりたいとか考えたことが、ない。
「いま、幸せですか?」「その後、幸せにやっていますか?」なんて便りをもらった経験はあるにはあるけれど、そんなことを考えたことはない。他者にたいしては「幸せになってもらいたい」と思っても。
幸せであることは考えずとも、豊かな人生を求めているのかもしれない。

日本の山を歩き、それとは自然環境が大きく離れているであろう母国の山並みを思い出すと言い、決死の覚悟で山を越え亡命した日々を思い出すとも言う。
それほど、自然というのは人の心のなかに深く刻み込まれるものであり、また人の記憶や想像力は限りないものであるのかもしれない。

少なからずとも、自然にかかわる仕事ができること、自然にかかわって生活できる自分こそが、豊かな思いをさせてもらっているのかもしれない。

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2016年8月 9日 (火)

覚えていてくれたこと

長年お世話になった方が退職されるということで、ご挨拶をいただいた。
これからはフリーで働くというので、またすぐにフィールドで会えるだろうけれど、社のかなめのような方だったので、退職はやっぱり寂しい。

お便りのなかに、ずっと前に私が書いた原稿について、厳しくモノを言ったことを後悔していると、お詫びの一文があった。
正確には覚えていないが、10年以上前のことである。
月刊の山岳雑誌は、5冊以上あるだろうし、増刊号や季刊、それから一般の雑誌と併せると、彼の会社の商品が掲載される雑誌は、毎月10冊近くは発売されるのではないかと想像する。
ほかにもメディア取材は多々あるだろうし、第一、メディア対応だけが広報部の仕事ではなく、社の顔として多くの人に接する、多忙きわまる職にあったはずだ。

そんな彼が、10年以上前のことを覚えていてくれたその誠実さに、ただただ感謝。また、指摘いただいたのは、もっともな内容であり、こちらこがありがたく思う経験だった。

原稿を書くなかで、ときどきインタビュイーなど関係の方々との間に齟齬が生じることがある。そのほとんどは、記事を作る過程のなかで解決できる内容であるが、私には2度、掲載を見合わせた経験がある。
(その手前で、取材を中断したものは、もっとたくさんあるが、これはマジメに仕事をしていれば、誰でもそうだろう。取材したもの、書いたものが全部形になるわけがない)

未掲載のひとつは非常に苦い経験であり、もうひとつはとてもたいへんな思いをした。
いずれもひょっとしたら、掲載になった記事よりもよく覚えているかもしれない。

とまれ、今回の退職の際にいただいたお便りは、ほんとうに心温まるもので、感謝し、またこれからもお付き合いいただけることに、とても嬉しくなった。私も彼のように、誠実でありたい。


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2016年8月 4日 (木)

黒猫の看板

白馬に行くと立ち寄る喫茶店がある。いいや、「喫茶店」とはちょっと違う感覚のお店。珈琲専門店だろうか。紅茶やジンジャーエール、石窯焼きのパンやケーキもあるけれど。

おそらく、4.5年前に初めて訪ねた。仕事の合間にひとり抜け出して、ホッと息をつく場所だったりもした。
オーナー夫妻がテレマークスキーヤーであり、山もお好きなことは知っていたけれど、とくに話をすることもないまま数年が過ぎた。

どんなきっかけだったか忘れてしまったが、ある時から話をするようになると、「以前からご来店いただいていることは、わかっていたのですが、息抜きにいらっしゃっているのかなあと思い、お声をかけないでいたんですよ」と。なんとまあ、思いやりある距離の取り方。

以来、いろんな話をするようになった。カウンター席が空いていれば、そちらに座っておしゃべりに興じることも多い。窓から見える白馬の山々が美しい。
個人的な相談をしたり、いろんなことを教えてもらったり、なんてことはないお喋りをしたり、美味しい珈琲とともに、心安らぐ時間だ。
白馬村に入らなくとも、あのあたりに行ったときには、むりくり帰宅ラインを捻じ曲げてでも、寄りたくなってしまう。

先週、この夏に初めて立ち寄った。クルマを停めて店に入ろうとして、ハタと気づいた。赤いポストの上に黒猫の看板が設置されているのだが、これがいつもと逆方向を向いているのだ。その前の週に、うっかり定休日に友人と待ち合わせてしまったときは、いつもの方向を向いていたのに。
はて、これはどういうことだろう?」と、一瞬のうちにアタマのなかでクルクルと考え事をした。向田邦子の『あ・うん』には、たしか、ある人が自分の宅を訪ねてきているときに、別の知人と鉢合わせになってはいけないと、玄関に白い旗を立てておくのではなかっただろうか。それを目印に、もう一人の人は、その時の訪問を控える。


今日の店内はどんなことになっているのかと、ちょっとドキドキしながら扉を開けると、まったくいつもの通りだった。当たり前か、ここは『あ・うん』の水田家ではなく、誰もが訪れ、心安らぎ美味しい珈琲を飲む店なのだから。
それでも尋ねずにいられなかった。さっそく、カウンター越しのミツさんに、「黒猫の向きが反対なのはどうして? 向田邦子ってコト?」と聞くと、反対向きだったことはまったく知らなかったと。慌てて、確認しにいき、「ほんとだ」と戻ってきた。そして、あの人のいたずらか、この人か、、、などミツさんは思いめぐらしているようだった。
けれど、焙煎スペースからカウンターに戻ってきた恵美さんが、「あ、それならば私がやったの」と一言。これで落着した。いくつか理由もあったようだ。


翌日も珈琲を飲みに行ったが、黒猫の向きはそのまま反対方向だった。
「1週間経つけれど、反対を向いているってクチにしたのは、澄子さんだけですよ」と。

みんなは、黒猫がいつもと逆の方向を向いていても、ドキドキしないのだろうか……?

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花谷泰広写真展「ヒマラヤキャンプ2015~後輩たちと喜怒哀楽を共にした日々」@甲府・エルク

花谷泰広さんの写真展「ヒマラヤキャンプ2015~後輩たちと喜怒哀楽を共にした日々」が、甲府の登山道具店「エルク」にて、8月1日~31日まで開催されています。

まもなく40歳の誕生日を迎える花谷さんはなんと、子どもの頃、「カメラ小僧」だったそうです。個人的には、もっともっと悪ふざけをしたような規格外的写真も撮ってもらいたいと思っていますが、やっぱりカメラ小僧は、きっちりとしたいい写真を撮るなあとも思います。ある大御所の山岳写真家さんの脚もちのアルバイトをしていた経験も活きているのでしょうか。

今回の写真展には、雑誌などに載せていない初公開のものもあります! また、ランシャール登頂の際に撮影したドラムバオ氷河奥地の写真は、とても貴重ではないでしょうか。こんな標高に長大な氷河が続くこの地を、いつか旅したいなあとも思ったりします。

私は、それぞれの写真に長短いろいろ、文章を書かせてもらいました。
これまでにもいろんな方々の写真や映像に文章を添えさせていただいてきたけれど、いつもなかなか書き上げることができません。
写真や映像というのは、それだけで完結した、表現方法だと思いますので、そこに文章を添えても、余計なものでしかない……という悲しさを感じます。私にとっては、写真も映像も、美しく崇高な潔い、憧れの表現方法だからかもしれません。

今回については、どんな出来栄えだったか、自分ではよくわかりませんが、実はほとんど苦労せずに書いてしまいました。
写真を撮ったご本人からは、自分とは違う視点で書いてもらって、気に入っているという言葉をいただきました。撮った本人や写真を少し距離を置いて書くことができたのかもしれません。

ちなみに、写真展タイトルは、花谷さんご自身が考えたものです。

山梨県内の方はもちろん、県外の方も、山の行き帰りにぜひ、お立ち寄りください!

→花谷さんからのメッセージ
https://www.facebook.com/351841854864986/videos/1062835937098904/
→写真展を企画し、写真現像額装をしてくださったDr.さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/ya…/e/835cb559d725d37926f3a928d0936e51
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2016年8月 3日 (水)

土いじり、手作業

白馬に住む友人が作っている、藍の畑の刈り取りとこなしの手伝いをしたく、立ち寄った。
土いじりをしたり、植物や樹木をいじるのは大好きなので、作業量が多かろうと苦ではない。といっても、四季を通じて藍にかかわっている友人とは違って、私はこの2日間だけのことだけれど。

野良で作業をするときには、ふたつの時間の流れがあると思う。

ひとつは、集まってきた人たちとわいわい話をしながら、楽しくやる時間。
初日は、藍の持ち主の彼女たちカップルと3人で作業した。
彼らと過ごす時間は、いつも楽しい。彼の抜群にユーモアが効いた話は、ほんとうに愉快だし、カップルでいるときに見せる彼女の可愛らしい表情や仕草にほんわかする。
本人たちには何度も言ったが、こんな素敵なカップルは、そういないと私は思っている。
翌朝、いつも声をかけてくれながら、ちっとも立ち寄れずにいる近くの住人にメッセージを入れたところ、「仕事前にコーヒーをもっていく」と。炎天下の作業中に、熱い美味しいコーヒーをいただく贅沢さ。すっと身体が涼しくなった。
もうひとり、仕事前の1時間ほどの作業を手伝うとやってきた女性もいた。
こうやって、いろんな人たちが集まって、たわいない……いやそれだけではない、時々はピリリとするような会話をしながら、手を動かす。こんな場だからこそ、話題にのぼったり、話がしやすいのかもしれない。
それもまた、人が集まって手作業をする場を形成するひとつの要素のように思える。

一方で、黙々と作業をすることもある。
私はこんな単調な時間も好きだ。
白馬から少し離れた笹川にも、藍を育てている友人がいるなあ、彼女の畑もあとひと畝残っていると言っていたが、無事刈り取りは終わっただろうか。ひとり黙々とやっているだろうけれど、元気かな、と考えたり。
先日の仕事仲間との会話は、なんであんなにかみ合わなかったのだろうと思い起したり。年齢の差もあるのか、私が彼ぐらい若かったころはどうだったっけ? と思い出そうとして、思い出せなかったり。
そんな考え事もしなくなり、無心になるときもある。そんな瞬間も、一歩まえに歩を出し、生きていくには必要なのかもしれない。
またあるときは、前日にあった小さな嬉しい出来事を思い出して、ハッピーな気分になったりもした。それもまた、単純作業というシンプルな時間のなかにあるからこそ、ほんの短い時間の嬉しい出来事を、大切に思い出し味わえるのだろうと思うと、こういう時間がいとおしくなる。


ブログは、原稿書き前の準備体操だったり、仕事の合間の気分転換だったりする。
不定期気ままなこのページにも、多くの方々が訪問してくださる。
どんな方々が来てくださっているのか、わからないけれど、ブログに書くことに、嘘はない。
本心を書くことをためらったり、心の底のことまでは書けないこともあるけれど、それは仕方がないかな。本人に尋ねてくれれば、応えられるだろう。
タイミング悪く、へんな時間にアップすることもありますが、ご訪問、ありがとうございます。また、話を聞いてやってください。


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