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2015年10月 4日 (日)

プロフィール

いつから、著者や筆者(あるいは写真家もかもしれない)のプロフィールを、本人に書かせるようになったのだろう。これは、編集者の怠慢だと思うし、悪しき習慣だとも思う。

書籍に載せる著者のプロフィールは編集者が、雑誌記事に載せる筆者のプロフィールも編集者が、インタビュー記事の場合、インタビュイーのプロフィールはインタビュアーが書くのが、常識ではないだろうか。
というか、それぐらい書かないでどうする。他人(ましてや本人)の手に渡していいのか? とすら思う。

プロフィールは、編集者やインタビュアーから著者や筆者、インタビュイーへの手紙のようなものだ。履歴を並び連ねる場合であっても、そこには取捨選択があるし、言葉遣いもある。だからときには、熱烈ラブレターにもなる。

書くときは、大概、既出のプロフィールを一通り読むだろう。けれど、既出の切り貼りはもってのほか。

随分前になるが、小さな新聞に載せたインタビュー記事のプロフィールについて、悩んだことがあった。「○○の活動に関わる、携わる、○○の活動をリードする」などの表記はすでにあったが、そうではない、と思っていたのだ。そのインタビュイーは、その活動に携わるというようなレベルではなかったのだ。
考えに考えて、「挺身」という言葉を思いついた。「○○の活動に挺身する」だ。

挺身は、類語辞典で引くと、「身を投げ出して一所懸命努力すること」。例文は「社会活動に挺身する」とあった。まさに身を挺して、活動に関わり続けていた彼には合致する言葉だと思った。

こんな風にプロフィールを考える、作文するというのは、作り手の特権、醍醐味のはず。こんな作業をやすやす本人に渡してはならない。

だから、自分の執筆記事に対して「プロフィール、書いてくださいね」と言われると、けっこうがっかりくるし、インタビュイーの方から「プロフィール、書きましょうか」なんて言われてしまうと、それは親切心だろうけれど、ちょっぴり悲しくなったりする。
もちろん、インタビュイーに言われた場合は、丁重にお断りし、自分の手に戻すのだが。

プロフィールを書く時間は、相手に思いを馳せる。これも、大切な時間なのではないかと思う。

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