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2012年12月

2012年12月31日 (月)

Day4いよいよルートバーンへ!

クィーンズタウンのクライミングショップで教えてもらったクラッグの位置を、バスの窓から確認しようと思っていたのだけれど、よく見えずわからなかった。ワナカ周辺のクラッグについては、友人達からも聞いていたけれど、クィーンズタウン周辺にもいくつかあるようだ。

今回のテントむしの旅には、クライマーさんもおひとりいらっしゃるので、こんなことであればクライミングシューズとロープの1本でも持って来ればよかったかもしれない。

バスに揺られて、ルートバーンのトレイルヘッドへ。
その間に立ち寄ったドライブインにも、天気図が貼り出されていたけれど、新たな情報はなく、ましてや回復に向かうだのという私たちに都合のよい情報もなかった。

今日は川沿いの平たんな道を往く。
とにもかくにも、林床のシダやコケがきれいなことにびっくり。
主な樹木は、南極ブナと呼ばれるものだそう。
これは帰国後に、ブナを専門とした森林学者である友人、系ちゃんに教えてもらったのだけれど。

Nothofagus(南極ブナ)といって35種類ほどあり、NZのほか、オーストラリア、南米などに分布するそう。樹肌を見ると、ブナなかと思うのだけれど、我々が日本で目にしているブナとはちょっと違う。ルートバーンには3種類あると、看板に説明があった。
35種類の南極ブナのなかで、落葉するのは1種類だけで、それがミルフォードにあるとか? 
後日ミルフォードへ行ったのだけれど、トレイルを歩いておらず、道端のわきの樹林もブナでしたが、種類までは区別できなかった。


途中から雨具完全防備となった私たちであるが、テント場についても回復する兆しはなく。
これまで天気に恵まれ続けてきたテントむしの旅、NZまで来て、一気に雨雨状態であった。

参加者の中には、雨の中でテントを設営することや、雨のテント生活が初めての人もいた。けれど、それも経験!なんとか乗り切ってくれたよう。

夜は、東屋で年越しそばを食べて、今年最後の日を終えた。

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2012年12月30日 (日)

Day3 全員集合

朝、同室のマリさんと近所の公園を散歩。
クィーンズタウンは、ワカィプ湖畔にある風光明媚な街で、その湖畔に大きな公園もある。池があったり、トレイルがあったり。

クィーンズタウンは、とっても気持ちがよい街だ。
日本と反対の季節であり、いまは夏なのだけれど、南緯が高く、それほど暑くはならない。
朝夕は涼しいぐらいだ。
出発直前に、NZへの出張といったら数えられないぐらい飛んだであろう山仲間のモリさんが、「意外と涼しいよ」と一言メールをくれたことで、カーディガンをもってきてよかった。
空気はカラっとしているのだけれど、西海岸のような乾燥はなく、ほんとうに気持ちがよい。

ほかの参加者のみんなが到着し始めたのは、午後になってから。
最初に到着したシオヤさんの顔を見るなり、「エアニュージーのワインって美味しかったですよね?」と聞いてしまったけれど、彼はお酒を飲まない人だった……シッパイ。
その後、別のエアラインで4人が到着し、参加者6人、スタッフ3人、全員が揃った。

さっそくまた、クィーンズタウンの街へ繰り出す。
みんな、明日からのトランピングに必要な、地形図、サンドフライよけのスプレー、行動食などを買いだす。
そして、DOCに貼られていた天気図を見ておののいた。
これは、ひどい。救いようがない。

あとで専門家の方が教えてくれたところによると、前線の書き方などは国によって違う場合もあるという。おそらくNZの天気図の前線については、日本の基準と異なるだろう。
けれど、低気圧が停滞していること、気圧の谷間があることは、容易に読み取れるのだった。

夕食は、みんなでピザとパスタの美味しい店へ!
事前に、友人であるNZ在住のユリさんがいろんなお店情報をくれたので助かった。
クィーンズタウンは、ニューイヤーバカンスを楽しむ国内の人、オーストラリアの人などで大混雑している。
私が到着した日よりも、明らかに人が増えた。
今宵のレストランも予約できずに、みんなワインを飲みながら並んで待ち、やっとテーブルにありつけた。

夜9時を過ぎても明るいので油断しがちであるが、明日から山なので、早々にお開きをして、モーテルへ。その後、パッキング大大会が始まった。


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2012年12月29日 (土)

Day2 クィーンズタウン

昨晩遅くまで語り合った上に、時差もきいていて、今朝は寝坊。
9時にハリーさんが起こしてくれなかったら、私はもっと寝ていただろう。

遅い朝食を、空港近くのモールのなかにあるレストランで食べてから、食糧の買い出し。

午後便で、参加者のひとり、マリさんがやってきた。にぎやかになった。

さっそく、4人でクィーンズタウンのダウンタウンへ繰り出した。
消費税も高いし、概してNZでの買い物は安くないのだけれど、本場NZモノのメリノウールはやっぱり欲しくなる。
とくに私たちは、角にある登山道具店のアイスブレーカーコーナーが気にって、3人でかわるがわる試着をして、喜んでいた。
こういうとき、オンナ友達というのは助かる。
危うく私が、黒いスカートを買いそうになっていたところにくぎを刺してくれたのはマリさん。「スミコさん、紺のほうが絶対にいいよ」。
はっきり言ってもらわなければならない。

昨日確認済みのDOC(別の登山道具店の2回にある Department of COnservation)も再訪。ここには、トランピングの情報(ルート情報、気象予報)やブッキング窓口があり、地形図(50000分の1~)や関連書籍(山、鳥、花、樹木のガイドブックなど)が売っているのだ。

クィーンズタウンは、地図も要らないようなこじんまりとした街。
店や施設の位置、通りは一通り歩けば覚えることができる。
私達はもうすっかり、何日も暮らしているぐらい覚えてしまった。

夜は、隣町のアロータウンへ行くことにした。
ガイドブックで見つけたレストランへ。
とってもとっても美味しい店で、私たちはたらふく食べ、モーテルへと戻った。

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2012年12月28日 (金)

NZクィーンズタウンへ

成田からオークランドにフライトし、そこから国内便でクィーンズタウンまでやってきました。

ピンボケの写真で申し訳ないのですが、これはオークランドの空港で撮ったもの。
入国審査のあと、新品ではないトレッキングシューズやテントを持っているかどうか聞かれます。
もっていると答えた私は、トレッキングシューズをザックから出すように言われ、靴底を見せました。ちゃんと洗ってきたのでOKです。
テントは、別室にもっていかれ、そこでチェックを受けました。
私のカラダだけが先にゲートの外に出て、この扉の前で待ちぼうけ。

10分ぐらいすると、テントが出てきました。この扉は上に開くのですが、まるで中華屋の2階で食事をしていて、1階の厨房から注文した炒飯が届いたような、そんな感じです。

テントは大雑多にしかたたまれていないので、ひとりオークランドの空港で床に膝まづきながら、たたみました。

クィーンズタウン到着後、ターンテーブルで荷物が出てくるのを待っていると、おやおや!ハリーさんが!そして次に現れたのが、ポーリン。
ふたりは私を迎えに来てくれたのです。ありがとう!

テントむし@ニュージーランドが始まるのは2日後。
今日はスタッフだけなので、午後はクィーンズタウンを歩き回り、どんな食材が売っているかチェック。参加者の皆さんがやってきたときの夕食会はどこがいいかも、チェックなどなど。

夕ご飯、ムール貝や牡蠣を食べました。
-4時間の時差というのが、実にビミョーでして、ついつい遅くまで語り合ってしまいました。

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2012年12月27日 (木)

国内営業、本日にて終了

「NZへのフライトは夕方だから、その日も仕事ができちゃうんだよね」と言ったのは、NZと日本のデュアルライフをしている友人のユリさん。確かに……。私も朝起きてパッキングをし、その後仕事場へ行き、昼過ぎまで机仕事をした。
しかし、もうこれ以上はできない。本日にて、国内営業は終了だ。

書き残した原稿は、実は山のようにあり、また終わっていない事務作業もあるのだけれど。

夫が成田まで送ってくれ、オークランド行きのニュージーランド航空に乗った。
ほんとうは、成田に行く前に、母の病院に寄りたかったのだけれど、夫婦そろって風邪をひいているため、パス。電話だけ入れた。

ニュージーランド航空の何がいいかって、エコノミークラスでもワインが5種類もあること。
スパークリングが1本、赤が2本、白が2本。結果、往復で全種類いただいたけれど、どれもとっても美味しかった。

そして、お茶がマグカップでたっぷりと出てくることもサイコーだ。

さらには(時系列的には逆戻りするけれど)、危急時の際の酸素マスクや非常口のことを伝えるビデオが、ロード・オブ・ザ・リング仕立てになっていること。合計4回搭乗したけれど、全部最初から最後まで見入ってしまった!

面白いエアラインだ。

さて、機内では映画を見る以外に、1年を振り返ってみた。
これは大切な作業なのだけれど、出発の今日までバタバタしていて、機内でしか時間が作れなかった。

書く仕事のなかで心に残ったのは、ヤマケイ11月号から山岳ガイドのインタビューを始めたことだ。これは後日長編を日本ゴア社のサイトにアップしている。
黒田誠さん、廣田勇介さん、佐々木大輔さん、以上3人について年内に雑誌掲載された。
彼らにインタビューしたのは夏前。3人とも、いままで以上に集中して、インタビューに臨んでくれた。

ガイドの仕事では、テントむしという新しいシリーズにかかわれたことがとても仕合せだったと思っている。
これについては、12月に参加者たちによって開かれたテントむし忘年会の日記に書こうと思っている。

もっとも反省していることは、自分の山登りをほとんどしなかったことだ。
自分のために計画し、自分をプッシュする山登りだ。
とくに、ここ数年毎夏、恩田くんとかなっぷと3人でやってきた剱合宿が開けなかったことについては、猛省している。

やっぱり自分の山登りがあってこそ、私の仕事がある。
また、仕事の量が多すぎて、精神的にもまいった。
この調子をあと数年は続けることはできても、それ以上の未来はない。
50代の人生がさらに豊かなものになり、充実した仕事ができるようになるためには、もっと自分の時間を作ること、家族との時間を大切にすること、自分の山登り、旅をすることが、私にとっては重要だ。

来年の身の振り方については、重々考えなければいけない。

そんなことを考え、手帳に日記を書き、ニュージーランドワインを飲んで、寝入った。

2012年12月15日 (土)

山岳ガイド・佐々木大輔さんインタビュー@『山と溪谷』13年1月号

『山と溪谷』1月号(12/15発売)の連載「山岳ガイドという生き方」③は、佐々木大輔さんです!
いつも、このエントリー、ご本人たちに断らず、かってに書かせていただいています。
(スミマセン、みなさん。お許しを)

大輔さんに初めて会ったのは、ヤマケイがまだ芝大門にあった頃。当時スキー雑誌にいた松井茂さんが、紹介してくれました。

 

北米だったかどこかのビッグマウンテンスキーの大会に出場したあと、成田から編集部に直行したと。
初対面の印象は、首が太い人だなあ。きっとこういうスキーをするには首は太くなければならないんだな、とか、のちにマウイの友子さんも言っていたけれど「ガキ大将」みたいなやんちゃな人だなあ……というところ。

その時初めて、ビックマウンテンスキーの大会について知り、採点方法とかコースのことなどを聞いて、ぶったまげたものです。

数週間後に、ヌタプカウシペのいまはなきキトピロ・ラーメンをすすっているところに遭遇したので、「今日山で見かけたら写真撮っていいですか?」と聞くと、「撮れるんだったらね」と。
ロープウェイ下りてすぐだったら撮れるかと思っていたけれど、そんなの甘かったです。
あっという間に姿が見えなくなり。

大輔さんは、数年前から、プロスキーヤーから山岳ガイドに軸足を移していると思います。
そして、彼の能力、人柄、そして努力がともなって、いまは日本の山岳ガイドの中でもリーダー的存在になってきているのではないでしょうか。

本誌の限られた紙幅のなかでは、昨夏のシャモニトレーニング、大輔さんが考える山岳ガイドの役目などについて書きました。

ポートレート写真は、いつもの通り山本智さん。
山本さんの写真は、本当に不思議です。

山本さんは毎回インタビューに同行して、私のつたない仕切りのなか話をずっと聞いてくれています。
おそらく彼にとっては初対面の相手ばかりだろうに、その人の内面を本当によく見抜いて切り取ってくれるのです。

滑降シーンの写真は、小橋城さん
小橋さんの写真を使わせていただくのは初めてだけれど、見せていただいた作品はどれも素晴らしくため息でした。
小さいサイズでしか掲載できなかったことが残念。

のちの、webサイトでもぜひ掲載させてもらおうと思っています。

写真は、いまは幻となったキトピロラーメン。大輔さんも美味しそうに食べていました。
ちなみに、人物は、今回のインタビューとは関係ありません。

*佐々木大輔さんのインタビューは、『山と溪谷』掲載記事に加筆した長編を、下記に載せてあります。
多くの人と、楽しみを共有したい。日本のガイド社会を成長させていきたい。 ~ 佐々木 大輔 

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2012年12月 1日 (土)

山岳ガイド・廣田勇介さん@ヤマケイ12月号

連載「山岳ガイドという生き方」2回目は、廣田勇介さんです。

ココでは普段通り「ヒロスケ」と呼ばせていただきます。
知り合って10年以上。当時はヒロスケも20代前半。若くて勢いあって、けれど今と変わらずとても礼儀正しくて、そしてまっとうな人間だった。10年の歳月。たゆまず歩み続けたヒロスケは、本当に立派な山岳ガイドになっています。

六根清浄と登山について語った話が興味深かったです。

MJ
リンクに参加してくれたある女性と、ヒロスケのトークライブでばったり再会したことがありました。意外な場面で会えてびっくりし話を聞くと、ヒロスケのガイドに参加し、そして彼の生き方がとてもかっこいいと思った様子でした。
そんな風に人を惹きつける面もあるんですね。
彼を知っている人も、知らない方も、ぜひ読んでみてください。

インタビュアーとして個人的なコトを語ると、反省点がふたつ。
ひとつは、勇気をだし、ある話題を初めて口にしてみた。一言質問して、そしてそれに彼は一言答えた。
これ以上この話題を続けると、私もそしておそらくヒロスケも泣き出すに違いないと思いこみ、すぐに話題を変えてしまいました。語り続けることが怖かったのと、わかった気になってしまったから。
帰宅してすぐに、その部分だけテープを聞き直すと、私はちっとも理解してないことに気づきました。もっと突っ込んで話をすればよかった。
もうひとつも上記に関連したことであるけれど、あの年の311日が終わり、少したってヒロスケからメールをもらいました。そこには覚悟について激しい言葉で書かれていました。
メールにもらったぐらい激しい言葉を、インタビューでも引き出したかった。

インタビュアーとしての欲を言えば、このふたつが自分の力及ばなかった点。

『山と溪谷』12月号、ぜひご覧ください。
GORE-TEX®サイトへの長編インタビュー
アップも、後日予定しています。


*写真は、2011年3月末のウラヒヨ。後ろ姿は、ヒロスケではありません。
*長編インタビューは、下記でお読みいただけます。
山を学び登り続ける、その志にある大きな勇気 ~ 廣田 勇介

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山岳ガイド・黒田誠さん@ヤマケイ11月号+ゴアwebサイト

『山と溪谷』11月号(10/15発売)からインタビュー連載「山岳ガイドという生き方」がスタートしました。

初回にご登場いただいたのは、黒田誠さん
このインタビューについて、フェイスブックに載せたメッセージをここに引用します。

なお、黒田さんのインタビューの長編版が、GORE-TEX®のサイトにアップされました!
「徹底した職人の根底にあるのは山への憧憬 ~ 黒田 誠」
雑誌に引き続き、どうぞこちらもご覧ください。

***************

本日発売の『山と溪谷』から、連載「山岳ガイドという生き方」がスタートします!

初回は黒田誠さん。
沢山の珠玉の言葉をいただきました。
なかでも私の心にグサッときたのが「山は危なくて怖いところ。それがとことん身に染みるまで登り続けることが、大事」という言葉。
...

山に対する姿勢は厳しく、決して揺らぐことはありません。
しかし、その厳しさの裏には、山や登山、そして人間への深い愛情があるんだなあと、改めて思いました。
そんな愛情が、優しい笑顔となって写真に現れていますので、そちらもご覧ください。

この連載では、山岳ガイドという職業を選び、そして真摯に誠実にたゆまずにその仕事を続けている方々に話を聞いてきます。彼らの姿から、山岳ガイドという仕事について、もっと皆さんに知ってもらいたいと思っています。
私にとっても、とても楽しみな仕事です。

*ちょっとピンぼけのこの写真をアップしたのは、この山がきっかけで、初めて黒田さんとお話したからです。さて、どこの山でしょう~?

081106juchu

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