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2012年3月

2012年3月31日 (土)

本田直之さんの本数冊

久し振りに本田直之氏の著作を。
『ノマドライフ 好きな場所に住んで自由に働くために、やっておくべきこと』 読了。
単に、複数国を行き来するとか、複数の住まいをもつとか、いろんなところを移動しながら仕事をするとか、そういう表面的なことではなく、精神的なこと、根幹にある考え方が読み取れた本。

先日の『AERA』で四角大輔さんが、本田さんの本を読み、ニュージーランドと東京を行き来する生活をリアルに設計することができた、というようなことを語っていたが、それ以前のロールモデルは大橋巨泉さんだというから、驚きだ。たしかにそうかもしれない。
時代は大きく変わった。
ネット環境や交通の発達(あるいは価格面などからの手軽さ)と、日本の経済・社会の仕組みなどだ。

昨日のカイロプラクティックは久しぶりに新浦安のクリニックにおじゃましたので、帰りに本屋に立ち寄った。
本田氏の著作が6~7冊あったが、その中から『レバレッジ英語勉強法』『レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則 (幻冬舎新書)』 を。
前者は、英語教育の専門家が、「とても(英語教育の)素人が書いたとは思えない、秀作」とほめていた記憶がある。
ただいま、読書中。

2012年3月30日 (金)

ドライバーの池田さん

Mixiを通じて、同じ幼稚園を卒園したという10歳ほど年下の方から連絡があった。
ドライバーの池田さんが退職されるので、月末に幼稚園近くのカフェでお礼とお祝いの会があるのだと。
「ドライバーの池田さん」と聞いて、ものすごく驚いた。
私たちの幼稚園は郊外にあり、だいたい3方面へ幼稚園バスを走らせていた。それぞれ一便さん、二便さん、三便さんというのだ。

メールには、池田さんは勤続41年で、今年71歳になると書いてある。
そうか、やっぱり私が入園した頃に、同じように新人にバトンタッチしたバス運転手の池田さんで間違いないのだ。

あれからずっと、池田さんは毎日幼稚園バスを運転していた。
3
方面あるから、園児たちを乗せて毎日6往復だ。

こんな素晴らしいことがあるのだろうか。
残念ながらお礼の会には伺えなかったけれど、きっといい会になったことだろうと思う。

2012年3月29日 (木)

MLB選へ

早朝起床。仕事。原稿書きや写真やイラストの手配、台割の再検討など。
遊ぶ日こそ、早朝から仕事をしないと、帳尻があわなくなってくる。

昼前に仕事を中断して、行楽(後楽)弁当作り。といっても、赤紫蘇で巻いたおにぎりと、煮卵、ポテトサラダ、鶏のから揚げ、プチトマトだけ。
内容は家にあった食材で決めた。手抜きでごめん、みんな。

その後、渋谷へ。
Hitsuji Project
の次なる企画の会場候補にあがっている、ある素敵なカフェへ。
ここは、山とサイクリング(ロードレースなのかな?)がお好きな編集者さんが教えてくれたところであるが、とっても素敵な空間だった。
床材も調度品もテーブルに飾ってあった大ぶりの桜も、みんなヒツジ好みだと思う(まさみんはおらず、単身の下見であるから、私の独断だけれど)。
コーヒー好きのまさみんのお眼鏡にもかなうお味だったし、カレーも美味しかった。

そのあとは、モンベル渋谷店へ。
Adventure Race Week
というのが開催されていて、久保田亜矢さんの写真や、昨年秋タスマニアで開催されたXPDでチーム・リアルディスカバリーが使用したテント、ウエア、MTBなどが展示されていた。

夕方、東京ドームへ。
かなっぷとオノタツくんとMLB観戦。
エキサイティングシートというのは、グラウンドと同じレベルにあり、試合が始まるとネットも外されるという。そのため、ヘルメットとグローブが各人に渡される。
この席を二人はねらっていたらしいが、いいよ、そんなリスキーなシートでなくて。今回取れた席はエキサイティングシートのすぐ後ろで、十分だった。イチローは遠かったけれど、マリナーズ側だったし、ウォーミングアップのときは、イチローも間近で見ることができた。
かっこよかったな。けれど1本も打ってくれなかった。試合は、あっさりと終わってしまった。
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2012年3月28日 (水)

アウスリーベのエンガディーナ

藤沢の片瀬山にアウスリーベ(aus LIEBE)というドイツ菓子の注文販売店がある。
LIEBE
(リーベ)とは、ドイツ語で「愛」という意味。
アウスリーベの曽根愛さんと知り合ったのは、山の友人のテルさんつながりで、愛さんのお姉さんと知りあったことがきっかけだったと思う。
愛さんのお姉さんもまた、山登りをする人であるのだ。

最初にアウスリーベのお菓子を購入しようと思ったのは、テルさん達がそれはそれは美味しそうに食べていたことに加えて、愛さんの略歴をしったことにある。
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サイトに掲載されている自己紹介によると、「小学校の作文に「夢・マイスターになること」」と書いたそうな。
これを読んで、山ヤだったらピンとくるでしょう。誰もが同じことを思い出すでしょう。え?違う?私だけの思い込み?

このとき私が思い起こしたのは、山野井泰史さんが小学校の卒業アルバムに「エベレストを無酸素で登る」と書いたこと。
泰史さんの夢や、小さい時からの迷いない稀有なほど一途な思いに、愛さんの思いも通ずるものがあるでしょう。

こんな小さなころに、「自分はこれをやりたい」と思うことができて、そしてそれを貫くことができるなんて、なんて幸せで素晴らしい人生なのだろうと感動する。
愛さんは、その思いをずっと持ち続け、高校卒業とともに単身ドイツに渡り、修行して、マイスターになったのだという。

私がアウスリーベのお菓子でとくに好きなのは、テーゲベック(クッキーの詰め合わせ)とテークーヘン(紅茶味のケーキ)だけれど、今回は、「ヒマラヤに持って行けるケーキ、60日間ぐらい日持ちがするものはありませんか?」と聞いてみた。

なんとも自分勝手な都合よいことを言う客ではあるのだけれど、そんなことも受け入れてくれるのが、愛さんの度量の深さであり、私の勝手な言い分によると彼女の創造性やお菓子に対する愛でもある。

愛さんは、お客さまのいろんなリクエストに応えたり、カタログにないかわいらしいケーキを作ってくれたりするのだ。
その様子は、いつも彼女の工房ブログで拝見しているのだけれど、夢があったり、愛らしかったり、思いやりがあったりして、その創造性にいつもいつも、うーんと感動してしまうのだ。
そして、アウスリーベの大ファンの私は、自分が食べるだけでなく、あっちの人やこっちの人と、せっせことこの幸せを分かち合ってきたのだ。
(アウスリーベ大ファンは、大勢いると思います。Mixiにもファンコミュニティあり)

今回のケーキは「エンガディーナ ヌストルテ Engadiner Nusstorte」。スイス南東部の山岳地域の焼き菓子だそう。
日持ちするし、高カロリーだし山のお菓子にはいいのではないかと。
そしてパッキングしやすいようにホールではなく長方形に焼いてくれて、ゴミを最小限に抑えるために小分けしないままパッキングしてくれた様子。
「エンガディーナはどうでしょう?」「わっ!いいアイディアですね」「ちょっと焼いています」「焼きあがりましたー」とメールが来たのだ。
出来上がりの様子はココ
写真は、愛さんが送ってくださいました。

のちのち調べたところ、エンガディーナ地方は、なんと私の老後の夢であるワールドロペットの大会が行われる地でもあることを知った。
ワールドロペットとは、世界の名だたるクロスカントリースキーの大会のシリーズ。札幌国際スキーマラソンはアジアで唯一ワールドロペットの大会として認定されており、また数あるワールドロペットのなかでも、屈指の難コースなのだそう。
そこを遅いタイムながら完走したことにいい気になって、いつかワールドロペットを巡る旅をしたいなあと思っている。
エンガディーナの大会に出ることがあったら、ぜったいに愛さんのエンガディーナ ヌトルテをもっていこう。

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2012年3月27日 (火)

竹内洋岳さんTV番組『サミットプッシュ』

日中は外出する仕事が相次いだけれど、夜、やっと時間が取れて、竹内洋岳さんのテレビ番組『サミットプッシュ』を拝見。
オンエアのときに留守にしていたため、録画しておいたのだ。
こんなにいい番組に仕上がっていたのは、プロデューサーさんら作り手の方々のお力なのだと、改めて認識。

友人であるSlany京子さんは、メスナーの著作の翻訳もこころみている方だけれど、この番組に出演するガリンダの姿をぜひ見たいと言っていた。
ガリンダは言わずと知れた、世界的クライマー。女性としては初めて無酸素による8000m14 座をコンプリートした人であり、ラルフともども、竹内さんのよき仲間。
京子さんは、ガリンダの話すオーストリアのアクセントがきいたドイツ語が好きなんだって話していたが、テレビで見て、実際にそんなアクセントの話しぶりに、私もなんだか心があったかくなった。
京子さんもそして、竹内さんも言うことだけれど、ガリンダは自分を飾らない人であり、そしてとても心根の温かい人なんだ。
お会いしたことはないけれど、メールでインタビューしたことがあり、私もそう感じていた。
いつか、会ってみたい登山家だ。
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2012年3月26日 (月)

高尾山ハイキング取材

モバイルサイト「ココロネ」の取材で、ライターさんとモデルさん2人と一緒に高尾山へ。
待ち合わせへ向かう電車の窓からは、雪がべったりとついた冬富士がクリアに見えた。
これであれば、山頂からも眺められるのではないかと期待(だったが、アタマは雲の中だった)。

できればもっとゆっくり歩きたかったけれど、取材でもあるのでなかなかそうはいかない。
体力任せに早足にならず、ゆっくり歩いて山を隅々まで味わえば、楽しさ倍増。
高尾山は、そんなことが許される山(所要時間が短いコースもあるし、エスケープしやすいから)であり、それに応えてくれる山(それだけ多様な自然があり、薬王院などの見どころもある山)なので、ぜひぜひ、ゆっくり幅広く味わっていただきたいです。

山頂では、モデルさんのおひとりが作ってきてくださったお菓子をいただいた。
桜の花の塩漬けやチェリーが入った春らしい洋菓子。しっとりとした味わいで食べやすく、カロリーもあるので、山のお菓子には最適。
ご馳走さまでした。

そして下山途中、ちょうど森の図書館から3号路に入ったあたりで、いきなり雪にあった。
なんとなく空模様が怪しくて、雪雲が見え始めていたけれど、まさかなあと思っていたら、風がざわざわと吹き始め、横殴りの雪。
今年の高尾山は雪解けが遅く、気温もあまり上がらず、花の開花が遅れていると聞いていたけれど、今日もこんな天気になるとは。
しかし、モデルさん達は、アタマのてっぺんから足まで、全部モンベルさんにお世話になってウエアやブーツをそろえてきたというので、天候の急変にもなんら心配はなかった。

帰り、初めて高尾山の天狗焼きを食べた。
黒豆餡の天狗焼きがこんなに美味しいとは!いままで食べずにいて、大損した気分。

今回の取材に際しては、いつもお世話になっている高尾ビジターセンターのベテランスタッフ紅さんが、いろいろコースの状況について事前に教えてくださいました。
昨年9月の台風以来、いまもって整備中の登山道があったり、山頂直下のトイレの大改築により通行止めの個所があったり、またまた雪解けも遅かったので、リアルタイムな情報をいただけて本当に助かりました。ありがとうございます。
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2012年3月25日 (日)

今和次郎展へ

朝イチで代官山の細川職人を訪ねたあと、今日が最終日だという今和次郎展へ。
今和次郎もまた、津軽の生まれだ。

「生活学」「考現学」を切り拓いた人。執拗なまでに、あらゆるものを細かく観察し、記録する姿勢には、津軽の気質がうかがえるようにも思う。
いったいこれには意味があるのだろうか?と思えるようなコト(例えば、学食の食器がどのように欠けているかとか)であっても、忠実に記録する。
そして、そこからなにかを見出す。
見出すために、記録する。記録し、思考し、現す。その一連の流れが展示されていた。
記録や思考表現がまた面白い。
イラストと文章で表すことはもちろんだが、ときにマインドマップのような絵があったり。
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2012年3月24日 (土)

自宅へ

あっという間の青森滞在だった。
前半はまさみんと遊び、後半はかなっぷと一緒だった。
トレンタくんなどの手段もあっただろうに、かなっぷが一人で青森まで運転してくるという正気の沙汰とは思えない選択をしたが、帰路は二人で交代で運転していくので、まあ大丈夫だろう。

朝宿を出て、黒石を通過。
途中、造り酒屋に寄った。
その後、青森店に行く時間は申し訳ないけれどないため、モンベル弘前店に寄った。
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年ぶりぐらいの弘前店だ。数日前一緒に滑るはずだったスキーの名手であり店長のタローちゃんがいた。

あとはひたすら東北道を南下。
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時間ぐらいかかって帰宅。


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2012年3月23日 (金)

酸ケ湯の裏山へ

ロープウェイ山頂駅の風速は14m。私が来てからのなかで、一番風が弱いじゃん。
これで手放しに喜んでよいとはとても思えないけれど、とりあえず、クルマでロープウェイへ行くことにした。
クルマで行くっていうことは、山には出ないってコト。山に出るとなると下山地点が違うから、バスで行った方がいいしね。

フォレストコースおよびその周辺を1本滑って、かなっぷは一言。「帰ろう」。つまらなかったらしい。そうだよね、この雪では。
数日前まさみんと滑ったときは、コースのほんの脇にしか入らなかったけれど、雪はそれなりによかった。
しかし、その後日射の影響を受けて、さらにはウィンドパックされて、とんでもないことになっていた。

酸ケ湯に戻ってから、シールをつけて硫黄岳を目指す。山頂まで行く時間はないけれど、行けるところまで登って、そこから滑ろうという魂胆。
ずっと昔、ココを登って滑ったことがあった。
ロープウェイ付近のコースと比べると、同程度の標高であっても、雪がずっとよい。
風の影響の差もあるだろうけれど、酸ヶ湯と八甲田ロープウェイの地点では明らかに積雪深が違うし、ここ数日観察していても日射の影響も違う。酸ケ湯はともかくよく降るし、日が照る時間もとても短い。そんな影響もあるのだろうか。

酸ケ湯はアメダスを設置しているなかでもっとも降雪量があるところだと聞いているが、あらためて本当に驚いた。
どうして?というぐらいよく降るし、周辺近くのほかの地点とは明らかに降りが違うのだ。

ロープウェイを使わないほうが、はるかに面白い。
山からは南八甲田がよく見えた。ステップソールを使って、登ってみたい山。


夕方、温泉ライターになりたいとわけのわからないことを言うかなっぷの希望で青荷温泉へ。
ランプの宿と言われていて、客間や食堂、廊下、風呂など、宿泊客が使うスペースはすべてランプになっていた。
お湯は単純泉。
長いこと、酸ヶ湯の刺激的なお湯につかってきたので、このあたりで一度休んでもよいのかもしれない。
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2012年3月22日 (木)

太宰治の金木町へ

6時前に起きて、朝風呂に入るのが日課。

今日合流して、一緒に遊んでもらうのはモンベルクラブ弘前店のタローちゃんと同青森店のハセガワくんに、カヅエさん。山頂駅の風速は25メートルの予報であり「暴風警報」が出ているのだが、それでも来るというのだから、さすが地元っ子は違うよな、今日はしごかれるのを覚悟せねばならないと思っていた。風速17メートルのとき、まさみんと私は、「これで十分」と1本滑って止めたのだった。スキー板を装着するときに板が飛んでいっちゃいそうなほどだったけれど、津軽の言葉をしゃべる地元の人とおぼしきグループはずっと滑っている様子だった。

十三湖のシジミみそ汁と、納豆、筋子で朝ごはんを食べているとき、タローちゃんから電話。とうとうロープウェイが止まったらしい。

地元の彼らはコンディションのいいときに滑ればよいのであり、遠くから来た私たちを気遣っている様子だったが、私たちも天候が悪ければすぐに止める派なので、今日のスキーはナシとなった。彼らと滑れなかったことはとても残念だけれど。

昼になれば風が弱まる予報ではあるが、思い切って観光と決め込み、金木町へ行くことにした。太宰治が生まれた土地。

斜陽館を見学したあと、津軽鉄道の芦野公園駅の駅舎を使った喫茶店で昼ごはん。そして太宰が疎開したときに滞在したという家を見学した。

斜陽館に展示してあった署名原稿『走ラヌ名馬』の原稿用紙冒頭欄外には、「校正ハ 念イリ ニ タノミマス カナラズ カタカナ ノママニ、タノミマス」とあった。

斜陽館は、太宰の父が建てたもので一階が和式で二階は様式が中心となる大豪邸だった。

疎開時の家で彼が書斎として使っていた部屋は、六畳で陽も当たらないところだったけれど(この家は移築しているので、当時の方角はわからないけれど)、太宰が好んで執筆にも使っていたという小さなサンルームには、暖かい陽が差し込んでいた。組み木の床が洒落ていて、木枠の窓の向こうに目をやると、赤い屋根から雪解けの水がポタポタと滴り落ちてきて、こんな北にも春がやってきたのだと思った。

夕方、酸ケ湯に戻り、千人風呂へ。大体一日に3回は入るようにしている。

夕食は、昨晩の残りのじょっぱ汁と、青森産のカモロック。カモロックはキャベツとジャガイモとニンジン、玉ねぎと一緒に塩味をつけて、ストウブで焼いた。

しばらくしたら、再び風呂につかってから、床に入ろう。

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2012年3月21日 (水)

青森の街、見学。かなっぷ東京からやってくる

天気が悪いことと、今日はかなっぷが東京からやってくるということで、青森市街に降りることにした。

酸ケ湯の朝イチのバスは、湯治を終え帰路に着く人や、私のように街に買出しや用事があって降りる人などが乗っている。隣の席になった奈良から来た男性は、冬になると毎年東北のどこかで1週間ほど湯治をするのだそう。同じところに1週間もいるなんて退屈すると、付き合ってくれる人はいないと言っていた。私には山のことをあれこれ質問し、それに受け答えしたことを、彼は彼の趣味であるゴルフになぞらえていた。

どうやら、今日の観光は私とほぼ同じルートのよう。

青森駅に着いてすぐに、まさみんと訪れた場所を再訪した。旧い過去の産物となった建造物を背景に、新しい建築物があるところ。じっくり訪れると、また新たな発見もある。ここで感じたことを、ヒツジプロジェクトが夏から新スタートするシリーズに織り込むのだ。

その後、ワラッセへ。ねぶたの博物館。

次にバスに乗って、念願の棟方志功記念館へ。志功の「一点一点の作品をじっくり見て欲しい」という考えから、決して広くない展示室には『釈迦十大弟子』などの常設の作品以外に、選びぬかれた企画展の作品が並んでいる。企画展は年に4回入れ替わるというので、青森に来るたびに再訪の楽しみがある。

いまは、『詩歌を詠う』。棟方志功が親交のあった文人たちの詩歌を描いた板画を集めたものだ。澄愁の柵というのが印象にのこった。

ほか、葛西善蔵の歌を板画にした『哀父頌』など。私小説の神様とも言われた葛西善蔵を、志功は「尊敬する人」と言っていたのだそう。

河井寛次郎が志功に宛てた手紙に「遺憾なことに、真当(ほんとう)のものは大抵、いたましい中から生まれるものだ。君もそういう籤を引いた一人なのだ」としたためたのだが、葛西善蔵もまた、そんな籤を引いた一人なのではないだろうか。

またまたバスに乗って、青森県立美術館へ。実はそれほど興味はなかったのだけれど、評判の建物も、奈良美智の「青森犬」も、一度は見ておこうと思っていたのだ。

企画展で、津軽の夭折した写真家小島一郎の作品が見れたのは、本当によかった。津軽の豊かさも悲哀も表現しているのはモノクロの写真なのだが、ときにミレーの『落ち穂拾い』など、ヨーロッパの絵画をほうふつさせるような作品。

バスの待ち時間に美術館のカフェでシードルを飲み、再び青森駅へ。

かなっぷは朝6時半過ぎに東京の家を出たというが、ちっともやってこない。

まあ考えるに、ひとりで青森まで運転してくるという方が、ちょっと正気の沙汰ではないような。

古川市場で買出しチェックをするが、貝類など好きなものを買った方がよいだろうと、かなっぷの到着を待つ。その間、酒と筋子と鱈のアラと十三湖のしじみを買っておいた。

4時半過ぎてやっとやってきた。5時で閉場になる市場は、すでに片付けが始まっていた。刺身類がなくなっていたので、一通り見たあとは、スーパーに移動。

そしてやっと酸ケ湯に到着。東京を出て半日近くがたっていたらしい。

夕食は、アラと野菜で作ったじょっぱ汁と、ヒジキとごぼうのきんぴら、それに刺身。

今日も美味しいものをいただき、贅沢な温泉に入り、就寝。

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2012年3月19日 (月)

ヒツジ達の旅も終り

今日も天気がおもわしくなく、山に出ることは諦め。

ロープウェイを使って、3本滑る。昨日より幾分風は弱いが、それでも上部はかなりの強風。視界が少しあるのが救い。

宿に戻ったあとは、いろんな楽しいことを。

夜、ヒツジの相方まさみんが、バスに乗って青森空港へと。

これにてヒツジ会議は閉会。今宵は私ひとりとなる。

ひとりぼっちの夕食はあっという間に終わり、八畳の部屋もなんだかやけに広く感じるようになった。

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酸ケ湯へ・祝ヒツジが1歳になる!

いよいよ酸ケ湯に移動してきた。

というのに昨日とは打って変わって、山は吹雪。

部屋に荷物を置いたあと、ロープウェイで上にあがってみるが、掲示板には「風速17m」と書いてある。駅を出るといきなり本気モード。慣れたコースならまだしも、二人ともほとんど初見。コース誘導の役割をしているオレンジポールすら、見失うような視界。おまけにカリカリバーン。

しばらく二人離れないように必死に下りていくと、幾分風も収まった。

一本でお腹いっぱいになり、宿に戻る。

夜はヒツジ会議。

なんと、去年の今日、ヒツジプロジェクトが誕生したのだ。ヒツジMことまさみんの誕生日でもある3月19日。

この1年を振り返って、本業の傍らやったわりには、いろいろ実現できた。私たち自身も勉強になったし、色んな人と出会えたことには、とても感謝している。

千人風呂にじっくりつかったためか、あるいは今朝青森駅近くで立ち寄ったある建物から得たインスピレーションのおかげか、ヒツジ2匹はさえまくり(?)、次のプロジェクトについて骨子を完成させた。

さて、次の1年はどうなることやら。

深夜まで続いた会議のあと、もう一度千人風呂につかって、就寝。

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2012年3月18日 (日)

蔦温泉の裏山へ

いまひとつぱっとしない天気。

昨晩借りたレンタカーを使って、大町桂月ゆかりの蔦温泉へ。
蔦温泉の裏にある小さな山を登るため。

水をたくさん含んだ重たい雪は、奥日光の裏山を登って以来。

ラッセルは、深いというよりも重たい。ストックの輪っかにひっかかる雪も重たい。

ブナとミズナラ、トチノキの明るい森を歩いていくと、だんだんと青空が見えてきた。

ときどき、樹木にものすごく太い蔦がからまっている。それが温泉の名の由来になったのだろうか。

途中の月沼には葉を落としたブナの木の姿が、湖面に映し出されていた。

この付近にはいくつもの沼があるけれど、月沼だけが沢から水が注がれることなく、泉なのだという。湖面に映る月があまりにも美しいことから名づけられたそうな。

そんな月の夜に来てみたら、きっと素敵だろうなあ。

その後もなだらかな地形を登っていくが、クマを思わせる比較的フレッシュな足跡に出会う。

それまでも、多分いるだろうな、そろそろ起きるころなのかなあ、など思いながら話し声を絶やさずに歩いていたのだけれど、急に怖くなってしまうのだから、人間というのは目の前の情報に左右されやすい生き物だと思う。すでに存在していたリスクに対して、恐怖心は中くらいの大きさだったのに、一気に大きくなるのだ。

まさみんは、立ち止まって何度もその足跡を見つめては、なんだか色いろ言っている。私は四方八方あちこち遠くまで、なにものかの姿がないのか見つめ通す。

そして、時間も時間なので引き返すことにした。

雪がとてもとても重たい上に、ウロコが似合うような地形なので、なかなか板が滑らないというか、ターンする機会もない。

それでも、人っこひとりいない明るい春のブナ林を滑っていくのは、気持ちがよい。

行きの新幹線で地形図を広げて思い立った小さな山だったけれど、新緑や紅葉の季節にまた訪れたい、とても美しい山だった。

下山後、蔦温泉へ。

天井高く、梁がわたっている湯室。

井上靖が「泉響颯颯」とこのあたりの雰囲気を詠んだというが(その直筆色紙が飾られていた)、まさに泉の響きが、吹きわたる風に乗ってやってくるような空間。

湯船の床の下から温泉がわき出てきていて、ちょっとしょっぱい単純泉。

あとで知ったことだけれど、ここは、吉田拓郎の『旅の宿』のモチーフとなった宿なのだそう。尾花の簪を飾った浴衣の女性が熱燗の入った徳利の首をもって、酒をついでいそうな。

そうなれば、やっぱり月沼を訪ねるのは、上弦の月の夜かもしれない。

青森市内の宿に戻って、汗でぬれたウエアを乾かし、スキー板とスキーブーツを乾かしてから、外へ。

昨日の呑み屋は満席だというので、近所の喫茶店で待つことにした。まさみんが昨日のうちに見つけて気になっていたところだというが、想像以上の素晴らしい喫茶店だった。

たとえ、呑み屋に入る前に珈琲とケーキでお腹いっぱいになっても、なんら後悔しない、手作りの美味しいケーキ。スパイスのきいたシフォンケーキをいただく。

呑み屋さんでは上級の純米酒をサービスしてもらって、またまた地の食べ物を味わう。

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2012年3月17日 (土)

春の津軽へ

始発はやてに乗って新青森へ。そのまま大きい荷物を抱えて弘前へ。

まさみんとの待ち合わせは夕方なので、今日は金木町へ行こうと新幹線の中で考えたのだけれど、とても時間が足りないことがわかった。

そこで、隣の弘前へ進路変更。

駅で荷物を預けて、バスに乗って土手町へ。

本屋さんで地元の本を何冊かパラパラとめくり、結局『一輪咲いても花は花葛西善蔵とおせい』を購入。ほかにも数冊買って、ただでさえ重たい荷物がますます重量増加した。

旅先で本屋に入り、その土地に由来する本を眺めるのは至福の時間のひとつだけれど、このあたりにはいろんな書き手がいて、悩ましい。

葛西善蔵、太宰治、長部日出雄、大町桂月、丹羽洋岳、寺山修司、鎌田慧、ちょっと外れるけれど菅原真澄……。

そして弘前は、珈琲の街でもある。

ぷらぷら歩いていると、弘前を代表する有名老舗店「名曲喫茶ひまわり」にあたった。
そうか、こんなところにあったのかと思い、入ってみることに。
昼時だったので、手作りホワイトソースを使っているというカレードリアを注文。飲み物は珈琲にした。普段はお茶党なのだけれど。

喫茶店らしい喫茶店に入ったのは本当に久しぶりだ。東京にはスタバやカフェと呼ばれるようなものはたくさんあっても、喫茶店は減っているように思う。

そういえば、ナオミちゃんと新宿の「らんぶる」に入って以来かもしれない。

つくづく思ったのは、喫茶店は飲食だけの場ではないということ。音楽を聴いたり、読書に耽ったり、おしゃべりをする場であること。そして独断で言えば、その時にすするのは、珈琲でなければソーダー水なのではないかと思っている。

ひまわりをあとにして、田中屋さんへ行き、こぎん刺しを見たり、ブナコの店に寄ったり。
その後、追手門から親しみある亀甲門へ向かって散歩。
枝垂れ桜のつぼみが少しだけ膨らんでいた。お濠の水は凍っていたけれど、土手にはふきのとうが顔を出していた。

空気は生ぬるくて、路面の雪はとけ始めていた。

途中みつけた藍染屋さんに入る。こぎん刺しについていくつか教えてもらった。そして、古典的な作品ではないけれど、赤い布地に藍染の糸を使ったこぎん刺しの巾着袋を購入。

またバスで駅に戻り、青森へ。

今日と明日の宿は、まさみんが交通とパックになっていたと言って見つけたところ。かなーりコストパフォーマンスが高い。地元若手アーチストたちが絵筆をとって壁にペイントしてあったり、夕方になるとせんべい汁がふるまわれたり、一昔前の小学校で使っていたような机や椅子がロビーにあったり、面白い。

部屋はいたって普通なのだけれど。

夜は、宿で教えてもらった郷土料理居酒屋へ。お酒2杯分のクーポン券ももらった。

刺身も地酒も旨かった。

今年のヒツジプロジェクト新企画について、コンセプトを話し合っていたら、いつの間にか1時近くになっていた。

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2012年3月16日 (金)

乗鞍岳Day3

晴れた朝、穂高の眺めが素晴らしかった。

雪上歩行やピッケルストップなどのトレーニングをして、下山。

夜帰宅後、猛ダッシュで洗濯とパッキング。

明日から、青森。

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2012年3月15日 (木)

乗鞍岳Day2

昨日からの雪が積もって、ラッセル。

まだまだ雪山そのものに不慣れな彼らは、ラッセルの足取りも安定しないし、スピードも出ない。

ある斜面で、ピットを掘り積雪層の観察とコンプレッションテスト。

SPがふたつ出た。

天候、雪の状態、足並みなどの理由により途中で引き返し。

テントに戻ってからは、雪上トレーニング、ビーコンサーチ+プロ―ビーングの練習。

夜になると昨晩より冷え込んできたが、それでもシュラフの中に入れば、やがて温まり、朝まで熟睡。

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2012年3月14日 (水)

乗鞍岳Day1

学生3人と乗鞍岳へ。

朝東京を出て、昼過ぎから登り始めて、ほどないところに幕営。

彼らにとっては2度目、3日目の雪上テント生活。

思いがけず、携帯電話がよく通じるところだった。

谷川岳で雪崩があり、Tくんが死亡したというメールが何通か入っていた。
あんまりにむごいことに、驚きと落胆と悲しみの夜。
彼とはずいぶん前、一緒にスイスの小さな4000メートル峰の山に登ったことがあった。

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2012年3月13日 (火)

『ROCK&SNOW』春号 平出和也さんインタビュー

ROCK&SNOW』春号(山と渓谷社)に、登山家である平出和也さんのインタビューを執筆。

ゴアテックスのwebサイト「アスリートボイス」に掲載した「一畳の地図から始まった冒険」と合わせて読んでいただけると、嬉しいです。彼が、その後、いくつもの登山を重ね、次なる旅、冒険へ出かけようという話。

何年にもわたって知ったる仲になると、こちらは一方的に相手の変化や成長(成長というとおこがましいのだけれど)に敏感になるもの。
平出くんと初めて会ったのがいつだか覚えていないけれど、彼はいつも「カメットに行くといて、そんなに反応してくれたライターはほかにいないですよ」と言っていた。でも、カメットよりも前から彼には会っていたし、インタビュー記事も書いていた。

パートナーの谷口けいさんと一緒のことが多いけれど、平出くんを単独でインタビューし、記事を書いたのは二度目。

その彼もいまはヨーロッパ。
帰国後にまた、次のインタビューができるのではないかと楽しみにしている。

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2012年3月12日 (月)

『ワンダーフォーゲル』4月号

310日発売の『ワンダーフォーゲル』(山と渓谷社)に、記事を書きました。

ヒマラヤ高所登山のガイディングにおいて日本の草分け的存在でありかつ現役であり、そして日本で一番多くの顧客をエベレスト山頂に導いている国際山岳ガイドの近藤謙司さんお勧めの、海外トレッキングコースと海外登山(はじめの一歩的登山)について。

行き先は、もちろんネパールとヨーロッパアルプスを中心に。どちらも謙司さんゆかりの地。

これまで数え切れないほど、彼をインタビューしてきたけれど、いつもハードなテーマばかりであり、今回はなんだか穏やかだった。

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2012年3月11日 (日)

MJリンク雪の北八ヶ岳Day2

MJリンク2日目。
今日も同じメンバーで歩き始める。青空が広がっていて、真っ白な森が美しい。

団体ツアーが到着する前に、白駒池に着くことができたので、まっさらな雪に覆われた池を眺めることができた。

その後私たちの班は、白駒池を横断して白駒山荘前を通過して、十字路に戻ることにした。

高見石への登りでは、アイゼン歩行の練習も。今回の条件では、アイゼンを装着する必要がある個所はなかったのだけれど、アイゼンの基礎の基礎を知る機会とした。

途中の樹林帯では、ツェルトで寒さや風から身を守るすべを経験し、高見石の山頂へ。やっと展望に出会えた。

最後、雪崩のリスクについて考えるにわかりやすい地形が出てきて、昨日のおさらい。そして、渋の湯へ。

MJリンクでは、サポーター側も新たな試みをやってみたり、予め決めておくのは大枠だけにして、その場で参加者の反応をみながらいろいろな方向へ展開していく方法をとったりしている。これは、サポーター同士に強い信頼関係がなければできないことで、そして少人数でないとなかなかやりにくい。

こんなことができるのは、本当に私たちサポーターにとっても勉強になり、刺激的であり、贅沢だ。こんな機会を与えてくださるすべての人たち(呼びかけ人の田部井さん、サポーターみんな、参加してくださるみんな)に感謝。

帰路のあずさ車中では、お茶とお菓子で反省会。

山登りはそもそも創造的な行為であるのだから、次によいものを創るために。

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2012年3月10日 (土)

MJリンク雪の北八ヶ岳Day1

MJリンクの場合、交流会のような性質のときは大勢で集まるが、それ以外の登山は大体、サポーター1人に対して参加者5人以内としている。ときどき、さらに贅沢な状況になることがあり、昨年夏の平日に行なった八ヶ岳のときのレシオは34人だった。そして、今回も贅沢なことに、サポーター2人に対して、参加者6人!
「贅沢」というのは、参加者にとってと言うよりも、私たちサポーターにとって、である。

参加の皆さんも、「少人数でなんて贅沢な会だったのでしょう」と言ってくださるが、いえいえ、贅沢をしているのは私たちです。

ピラタスロープウェイで山に上がり、縞枯山、茶臼山と越えて、麦草峠へ。

麦草ヒュッテの小屋番の方々が、「どうしちゃったかと思いましたよ」というぐらい、時間をかけての到着。そんなことも、少人数であり安定した天候だから許される贅沢。

私たちの班は、雪山初めて、2回目、数回目という方々だったので、雪の上を歩くことに慣れてもらったり、雪について知ってもらったり、簡単な読図をしてもらったり、雪山で自分を守ることについて考える機会をもってもらったりした(つもり)。

夕ご飯のあとは、まさみんと私で1コマずつ担当して、お勉強+お話会。

まさみんの担当は、雪山でステップアップしていくこと、雪山での防御というようなことが根底に敷かれた内容。

私は、これから皆さんに雪崩について勉強、トレーニングを積んでもらいたく、その紹介的なもの。これがなかなか難しいお題である。なにから話をすればよいのか、試行錯誤する。ノートパソコンを持参し、最近の雪崩や雪崩のいくつかのタイプ、それから例えばシューティングクラックのようなものに関する動画を見せることができたのは、よかったかもしれない。初めての人にとっては、「雪崩の勉強」といっても、つかみどころがないのだから。

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2012年3月 9日 (金)

茅野へ

元富士通会長であり、現職は顧問でいらっしゃった山本卓眞氏。
前職のときにとてもお世話になった。私のいた事務局の会長(日本ユネスコ協会連盟の会長)をしてくださっていたし、また当時ニューズレターの担当だった私は、山本会長と高野孝子さんの対談を、新年号の巻頭記事にしたりしていた。

品格があり、凛然とされており、そしていつも柔和な微笑みをたやさなかった。
こういう方が、本当に立派な方なのだと、つくづく思ったものだ。

ときたまお会いすると、必ず「山登りは続けていますか?」と声をかけてくださり、そしてお好きな釣りの話をしてくださった。
とくに、鮎釣りや鮎宿の話が、印象的だった。

今日は、山本氏のお別れの葬儀が、都内ホテルであった。


夜、最終のあずさに乗って、茅野へ。
車中では、まさみんとミーティング。
今週末は、MJリンク雪の北八ヶ岳。

2012年3月 8日 (木)

Aroma Night by Nitsuji Project

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お集まりいただいたのは18人の女性たち。
今回は、偶然女性ばかりになった。

最初に、Hitsuji Projectのプロフィールと、Aroma Nightにいたったいきさつをお話させてもらった。
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匹は、どちらもアロマオイルを山に持っていくことが多い。それも10年以上前から。
とくに長い登山や長い旅には必ず持っていく。そしてテントのなかで一人アロママッサージをして、自分の時間とするのだ。
ふたりで山に行く時も、それぞれがそれぞれのオイルを持ってきて、マッサージしていたりする。

そんな中で感覚的に知り得たアロマセラピーの効果を、皆さんにも届けたく、さらには、「私たちにもオリジナルオイルが作れるんじゃない?」という妄想も加わって、Aroma Nightとなったのだ。
今宵の講師であり、そしてオリジナルオイルの開発に多大なるご指導、ご尽力をくださったのは、田村美穂子さん。
田村さんは、アロマセラピーと薬膳の専門家さん。
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リンクに参加してくださったことが何度かあり、初めてお会いしたときは、私が担当した班だった。
終始ニコニコしていらっしゃって、山岳部にはいったという娘さんの道具を借りてきたと話していた。
ドクダミを探していると、キョロキョロしながら歩いているのも印象的だった。
草木がお好きで、自然が好きで、こういった環境にいられるだけで幸せなんだと話していた。

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月に田村さん宅にお伺いして、アロマセラピー初級の講習を受けた。
そこで基本的なことを勉強させてもらい、あとはヒツジたちがそれぞれ調べ物などをしながら準備した。

オリジナルオイル開発には、いろいろ苦労もあり、ふたりで集まってあれこれ試してみてもうまくいかなかった。
名前と産地に惹かれて目をつけたエッセンシャルオイルもあったけれど、扱いが難しく、香りも強く使えないものだったりした。
最後は、私たちの秘密会議に、とうとう田村さんがお越しくださって、なんとかレシピを仕上げた。

今日の田村さんの講習はとても楽しく、そして得るものがたくさんあった。
山に登る人が、どんな風にアロマセラピーを使えるか、具体的かつ実践的かつ実際的に教えてくださったのだ。

その後、まさみんによる呼吸法をやって、最後に皆さんにオリジナルオイルをお土産にもって帰ってもらった。
お土産のオリジナルオイルは、Sun SheepMoon Sheep

Sun Sheepは、一日の始まりに使ってもらいたいもの。爽やかな香りに仕上げて、気分もアゲアゲになるようにした。
Moon
 Sheepは、一日の心身の疲れが取れるように工夫した配合。これを使って手足をマッサージしながら、その日の登山、クライミング、スキー、カヤックなどアウトドアでのワンシーンを思い浮かべてくれたら、とっても嬉しい。

帰宅後、フェイスブックを見ると、たくさんの参加者さんたちが、オリジナルオイルの写真入りで、今日のことを書いてくださっていた。
少しでも、幸せを届けることができて、嬉しい夜になった。

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2012年3月 7日 (水)

ヒツジ秘密会議

仕事を終え、夜はまさみん宅へ。
明日はfull moonであり、私たちHitsuji ProjectAroma Nightなのだ。
そこにフレッシュなマッサージ用のオイルを届けるために、今宵は、フレグランスオイルづくり。

さっさと夕ご飯を食べて、それから私たちの師匠田村美穂子さんにご指導いただいた通り、機材を準備し、そして考えに考え抜いた(というよりも、田村さんの多大なお力をいただいて作り上げた)レシピどおりに、調合していく。

不器用な私にしては、なんとかできあがってきた。
朝、1日のスタートに使って欲しいSun Moonの瓶にはオレンジ系のヒツジの毛糸を、夜に使って欲しいMoon Sheepの瓶にはパープル系の毛糸を首に結んで、説明書をいれて、そしてラッピング。

ちゃんと家に帰れる時間に出来上がったけれど、ほかにももろもろ打ち合わせがあり、今宵はお泊り。
まさみんは、連休の交通手段を考えるべく、夜なべ。私は一足早く、お眠り。

写真は、昨日撮った男体山と月。この月が満ちた夜がAroma Nightです!

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2012年3月 6日 (火)

ウロコで裏山へ

アイスクライミングの予定が、暑いほど気温上昇により、裏山お散歩に変わった。
ウロコ板(ステップソール)である10th mountainと革靴をもって、日光へ。
首都高に乗る前に、宇都宮に住む塚ちゃんにメールしてみたら、今日は休みだというので、日光駅で合流することにした。

塚ちゃんももう30歳になるのだという。
立派な社会人として働き、学生たちに装備やウエアを寄付したりしてくれるのだけれど、今日着てきたのは、彼が学生だった頃に私があげたおフルのフリースだ。

アストリアホテルから山王峠へ。
ウロコは、シールよりもはるかに抵抗がないので、疲れない。軽快で楽しい。

山王峠に上がると、男体山や女峰山がよく見えた。

下りはどうなってしまうだろうか・・・・・・と思うようなベチョベチョの雪だったけれど、柔らかい道具なので、素直に滑ってみたら、なめらかにターンできた。
正直、、、今シーズンは板を履いているときにあまりいい思い出がないというか、楽しいスキーを数少なかったけれど、今日は久しぶりにほんとうに楽しかった。
硬い道具に振り回されて、萎縮している時間も多かったけれど、こういう道具こそ、素直に動けば、ちゃんと反応してくれるのではないかと思った。

汗もかいたので、日光湯元へ。
その後、「宇都宮餃子を食べて帰ろうよ」というと、塚ちゃんが「え゛?」というような顔をしたので、「だって塚ちゃんは日常かもしれないけれど、私は観光客なんだもん」というと、付き合ってくれそうな顔になった。しかし、どこが美味しいかなど、全く知らないという。
しかしそれでも、お会計のとき、「社会人になってからも一度も払っていませんから」と、ごちそうしてくれた。
そりゃまあ、学生の頃からずっとごちそうしてきたと思うけれど、先輩ってそういうもんなんだけれどな。
ありがとう(涙)、大きくなったね。

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2012年3月 5日 (月)

テープ起こし

インタビューのテープ起こし。
今回はずいぶんとカメラマンのよっちゃんに助けられたと思う。
文字にするインタビューと、動画インタビューを同時におこなっていたため、質問は書き手の私と、カメラマンのよっちゃんと両方から投げかけられるのだ。

わかっていたことだけれど、彼が質問を投げかけるときと、私が投げかけるときでは、先方の答え方がちょっとちがったりする。
私の時の方が、ちょっとだけまだ硬いのだ。
インタビューの前後に、何度か山をご一緒できそうなチャンスがあったのに、それを逃したのが残念だった。

インタビューの相手との距離は近ければよいというわけではないけれど、相手の現場をこの目でみて、一緒に行動したことがあるのとないのでは、また違う。
誰でもいつでも、現場をみる必要があるかというと、そうではないかもしれないが、しかし違いはある。

原稿を書き終えて、送信。

2012年3月 4日 (日)

ヨガリトリートDay2

ヨガリトリート2日目は、朝ヨガからスタート。
これが夢だったんです、ネテモサメテモヨガの環境。
1時間たっぷりやったあと、朝ごはんを食べて、最乗寺までハイキング。

最乗寺では、座禅を体験させてもらった。
1時間というのはあっというまで、ちっとも煩悩から解放されなかったけれど、気持ちがよかった。
そしてまた、みんなで温泉へ。
今回のヨガリトリートで使用したのは、南足柄郡にあるおんり~ゆ~という温泉施設。
昼間から入る温泉ほど贅沢なものはない。

それぞれでランチを食べて、週末のヨガリトリート(詔子さんはヨガ合宿と呼んでいるんだけれど)は、終了。

詔子さんからの報告は、こちらのyogaサークルSHOKOにあります!

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2012年3月 3日 (土)

ヨガリトリートDay1

昨年3月1213日に企画しいてたヨガリトリート。
あれから1年、いろいろな変化が詔子さんにも私にもあった。
おそらく、参加を予定していてくださった皆さんにもあったはず。
詔子さんのお腹にいた赤ちゃんは、元気な女の子になってそこいらじゅうをはいはいで動き回っている。

そんななか、なんとか1年ぶりにヨガリトリートを開催した。
きっかけは、詔子さんもそんな企画をやってみたいと話していたことと、私もどっぷりとヨガに浸かる機会が欲しいと考えていたことにあった。
詔子さんは、私のヨガの先生であり友人であるが、私はヨガに関しては全くの素人。
けれど、旅先や山でヨガをすることが好きで、ずいぶん前からちょくちょくと旅先のいろんな国のヨガクラスに顔を出してみたり、山の上でやってみたりしていた。

初日は、2時間のヨガがあり、夜は温泉、地元の野菜をふんだんに使った夕ご飯、それとおはなし会があった。

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2012年3月 2日 (金)

竹内洋岳さんテレビ放映

竹内洋岳さんのテレビ番組について、ご自身のブログにアップされましたね!
『サミットプッシュ』 

BS朝日 3月21日(水) 夜10時00分~10時54分放送

『初代 竹内洋岳に聞く』の著者である塩野米松さん
竹内さんのベストパートナーであるラルフとガリンダ
G2の雪崩事故のあと治療にあたった柳下和慶医師
竹内さんのキャリアの中でも、重要な登山となったマカルー東稜の時の隊長、重廣恒夫さん
山田昇さんの兄、山田豊さんなど、そうそうたる顔ぶれがご登場です。

番組内容は、主役の竹内さんですらご存知ないというので、5秒出演の私は、全く知りません。

2012年3月 1日 (木)

打ち合わせと毛糸探し

ザ・ノース・フェイスのプレス担当ゆっこちゃんとランチミーティング。
今年の、ウィメンズ・マウンテンアカデミーについて、最終的に日程と内容をフィックス。

その後、渋谷へ出て、毛糸を探してさまよった。
街に1軒あるような毛糸屋さんでいいのだけれど、なかなか見つけられなかった。

そして、3軒はしごしたけれど、気に入った色を見つけられなかった。
ヒツジのくせに毛糸も見つけられない。

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