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2011年12月

2011年12月28日 (水)

アイゼンワーク

Kさんのガイディングに混ぜていただいて、赤岳鉱泉へ。
この日のクライアントさんは男性おふたり。偶然にも私と同世代の方々だった。
目的は、アイゼンワークの教え方や、いったいどうやってショートロープを使ってガイディングしているのか、どのようなリスクマネジメントをしているのか拝見し、学ばせてもらうため。
昨シーズンから、「いつでもおいで」とおっしゃっていただいており、感謝してもしきれない。

アイゼンワークについては、見学以上。
アイスキャンディのふもとで、一緒にやらせていただいた。
長年しみついた癖というのは、なかなか治らない。
いろいろ勉強になった。

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2011年12月27日 (火)

スカイプミーティング

PさんやHさんとスカイプミーティング。
来年の企画について。

まったくアイディアが湯水のごとくあふれ出て、クリエイティブで楽しくて、明るくて。
こんな彼らと仕事ができるのは楽しい。

来年はガイディングの仕事が増えそうで、ちょっと大変だけれどとても楽しみだ。
しかし一方で、本業である「書くこと」を一層大切にしていきたいと思っている。

2011年12月26日 (月)

吉祥寺SEASONへ

午前中、個人的用事で急きょ予定が変更になる。
夕方、なんとか時間が作れたので、吉祥寺のSEASONSへ。
私が大学生だったころ(つまり、20数年前)、銀座には好日山荘という名店があった(あ、言うまでもなく、登山道具店)。
そこには、阿部さんやいまのカラファテの社長でありいぶし銀テレマークスキーヤーである北田さんらがいた。
私は、あの店で買ったものについては、結構覚えている。

阿部さんはその後、いくつかの登山関連メーカーに勤務したのち、今年ご自分のお店を始めたのだ。
スマートウールを扱う店だと勝手に解釈していたが、天然素材、メリノウールを扱う店にしていきたいとのことのようだった。

吉祥寺の図書館の近くにあり、スマートウールの靴下、アンダーウエア、下着類、それからキャミなどいろんなものがある。

そして見ものは入口近くに飾ってある古い道具だちだ。
来店してからのお楽しみにしたほうがよいと思うので、写真はひとつだけにしておく(しかもカメラを忘れたし)。
イヴォン・シュイナードが作ったアックスだ(写真)。
たしか、どこかでイヴォンは、自分が作ったギアの最高傑作(あるいは一番好きなものということだったか)は、アックスだと言っていたはずだ。
イヴォンはこれで、スコットランドのアイスルートを登っていたそうだ。

阿部さんとはお話したいことは山ほどある。
教えていただきたいことも山ほどある。
私は、いつもこうやって長くこの業界で働いていらっしゃる阿部さんを尋ねては、本当にいろんなことを教えてもらってきた。
道具の歴史や、業界のあれやこれやや、世界の登山界の動向などなど、本にもどこにも書いていないことばかりだった。
けれど、今日は時間が限られているので、またの機会再訪しようと思う。
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2011年12月25日 (日)

大掃除

珍しく日曜日が休みの夫とふたりで自宅の大掃除。
今回の大掃除で発見したものは以下のふたつ。

20年近く前にカナダBC州のサーモンアームにあった小さな文房具屋で買ったノート(写真)。
1993
年、私は25歳で、ほかのみんなは大学生だった。
シアトルにフライトして、そこで3グループに分かれて、それぞれの土地で約3週間環境に関連するボランティア活動をしたのだ。
シアトル市内で活動したグループ、タコマに行ったグループ。トムとタクヤ、とよよん、ユカちゃんと私は、サーモンアームへ。
私たちは、毎日川沿いに植林をして、それからネイティブの生活習慣や現在抱えている色んな問題について教わったり、話し合ったりした。
サーモンアームの川のほとりで暮らすネイティブのおばあさんからは、本当に心安らぐ話を聞かせてもらった。
寮のようなところで生活していたけれど、夜になると決まって抜け出して、みんなで毎日焚火をしていた。

このノートに、日本から参加したみんながメッセージを書いてくれているのだ。
私もたしか、みんなそれぞれのノートに手紙を書いた。
その後、なにか大切な会に参加したときや、大切な仲間と知り合ったときに、メッセージを交換するノートにしようと思っていたのだけれど、以来使っていない。

メッセージを読み返してみると、思わず笑ってしまい、私は一体みんなにどんなメッセージを書いたのか気になってくる。
異国で3週間暮らし、色んな国の同世代たちとの共同生活を終えたばかりで、みんな色んな意味で興奮しているのだ。
「これからのことをなど一緒に考えていこう」って、はたから聞くとプロポーズだよって台詞など、わんさかだ。
面白い。

でも、彼らと今でも友人関係が続き、それぞれの夫や妻など新しい家族とも知り合うことができているのだから、あのときはやっぱり、なにかの始まりだったのかもしれない。


2002年にチベットに山登りに行った時の夫からの手紙
ベースキャンプまでトレッキングに来た日本人グループが家族からの手紙を持ってきてくれたのだった。
いまだったらメールなのに、ホント、ほんの少し前までメイルランナーやこういった手紙が行き交いしていたのだ。
友人が彼女の夫からもらった手紙は、内容を伝え聞いただけで私が涙してしまうほど愛にあふれ感動的だったけれど、私に来たものには、
「日本の近況を伝える。まず芸能ネタ:宇多田、電撃結婚!(新聞切り抜き入り)」から始まり、政治ネタ:小泉首相北朝鮮訪問、東電、事故隠ぺい」などと続いていくのだ。
新聞記事はみんなで回し読みしたし、ほかのみんなは新鮮ネタに喜んだけれど、私は、(紙1枚軽量化したいいま)この手紙は山頂に持っていく必要はないな、と思ったものだった。
しかし、いま読み返してみて、2002年というのはそういう年だったのかと、なんだか歴史の巡りあわせのようなものを感じた。
今年2011年は、東日本大震災で原子力発電所の事故が起き、放射能被害が日本だけでなく地球へと広がりつつあり、そして暮れには、北朝鮮の金正日総書記が死亡したからだ。
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2011年12月24日 (土)

クロカン合宿Day2

合宿2日目。
アミノバイタル飲んだし、ストレッチングしたし、筋肉痛ゼロ。
レッスン内容もわかりやすいし、余裕もってついていけるし、お気楽な気持ちでコースへ行ったのだが……今日は私は上級クラスだという。
決して上級なわけではないが、2クラスに分けた場合、今日は上のクラスに入るように、ということなのだろう。
人生での滑走日数は20日にも満たないし、クイックとラピットがごちゃまぜになるし、ちっとも動けないし、どうしよう。

しかも、上級クラスに行ったとたん、なにがなんらやわからないコトだらけになった。

けれど、丁寧に個人レッスンもしてもらって、なんとか皆さんと一緒に。
ランチ前に上がる時、何度も何度も(まるでスクワットを繰り返すかのように)走り込みながらゴールへ向かっていく。
とくに予選を控えている人は、何セットも繰り返しながら。私は「大人のクロスカントリースキーヤー」として認められ、1セットずつ繰り返していった。
それでも、時々辛かった。

ランチは2時間位ある。それだけゆっくり休まないと、みんな体が続かないということなのだろう。
私はランチを食べたあと、ストレッチングをして、昼寝。

午後はクラシカルをやる人がほとんどだけれど、私はまたスケーティングにしてもらった。
クラシカルはやったことないし、道具も持っていない。
なによりも、まずはスケーティングでできるようにならないと、ヒジョーにマズイのだ。

しかし先生の話によると「テレマークスキーをやっているのであれば、クラシカルの方がなじむかもね」と。
同室の久美子さんも「両方やると、互いにいい影響がある」という。
ただでさえ高価な道具を2セットもそろえられないけれど、いつか機会があれば、やってみよう。

一ノ瀬は標高があるため、心肺機能にもいい刺激になる。
気温は低いけれど、夕方いちばん冷え込むときで-12℃位だった。
上は、薄手のウールアンダーウエア(スマートウール)とソフトシェル(モンベル)で問題ナシ。
下は、薄手の化繊アンダーウエア(モンベル)+ソフトシェルパンツ(ザ・ノース・フェイス)。つまり全部山のウエア。

午後の最後のクラスまで出ていると、私のスピードでは帰宅バスに間に合わなくなりそうだったので、途中からひとりでコースを走って宿に帰った。
大急ぎで着替えて、お風呂に入り、からだを温めて、バス停へ。

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日間の短い合宿だったけれど、いい経験になった。
身元知らず、全くどんな実力かもわからない超初心者の新参者を、合宿に混ぜてくださったことに感謝。

ミブラさんの合宿はこんな感じで、年明けまで続くそうだ。
それぞれが都合のよい時に参加しているとのこと。
この中の何人かの方とは、札幌国際でお会いできるのだろうか(私は出走できるのだろうか)。

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2011年12月23日 (金)

クロカン合宿Day1

ひとりでクロカンの板をもって上越新幹線へ。
今日からミブラさんというところで開かれているクロカン合宿に混ぜてもらうのだ。

クロカンは札幌で緑さん+八重樫さんコンビニ教わることがほとんどで、本州でクラスに入ったことはない。
今シーズンは12月中に1回でよいから滑っておきたいと思っていたし、去年は骨折してまったくクロカンをしていないどころか、スキーも10日位しか乗っていないというありさまであるため、本州のクラスを探していたのだ。
あるSNSのクロカン関連コミュニティで尋ねたところ、「本州であればミブラさんでしょう」との回答をいただき、申し込んだ。

今日の午後1コマ、明日の午前と午後合計3コマの練習に参加する。

長野駅からバスで一ノ瀬に上がっていき、宿へ。
宿の奥の道路が閉鎖され、クロカンコースとして整備されているということらしい。
コース整備や地元や宿が協力してやっているようだ。クラシカルのレーンも引かれている。

午後の練習は2クラスに分かれていて、上級のクラスは国体予選を控えている人やワールドロペットを回っている方々などでクラシカルをやるのだという。私の参加する初級クラスは全員でスケーティング。
まずまずのことができたかな、、、と思った点もあったけれど、クイックもラピットもよくわからなくなっていてリズムがつかめなかった。
「足腰が強いですね」と言ってもらえたことを、褒め言葉として受け取ってよいのかはわからないが。

夕食後のミーティングで録画された自分の滑りを見て、とても残念だった。ちっとも前に進んでいないというか、全体的に止まっている……。

同室でお友達になった彼女は、デブリンピックの日本代表だそうで、登山にも興味があるとか。
会話が弾んだ。彼女の持っているツールは素晴らしかった。iPadの筆談ソフト。とても美しいデザインで、シンプルで使いやすかった。

夜、テーブルを借りてワクシング。

2011年12月22日 (木)

ビューティー強化チームに参加

MJリンク参加者さん達からいつももらうアドバイスはビューティ関係のことばかり。
スキンケア、洋服の色選び、メイク方法、眉の整え方などなど。
「眉を整えますよ」と本職の参加者の方に言われて、山小屋の寝床でやってもらったのは、なにを隠そう私たちだ。
メイクやスキンケアの道具をいただいたり、あれやこれや世話になりっぱなしなのだ。
それもこれも、私がふがいないからである。

先日、参加者のYちゃんが「Oさんのクラスに通ったらいいのに!私たち行ってますよ。ビューティー強化月間ですから」と言っていた。
“ビューティー強化月間”、聞いただけで身の程が知れ、ため息が出た。
Y
ちゃんとCちゃんらがOさんのクラスに通っているだという。
早速「私から連絡しておくから」と言ってくれて、、、今日の日を迎えたのだ。

といっても、今日はメイク教室ではなく、スキンケアマッサージの日。
O
さんがマッサージをしてくれるのだ。
それがとっても驚いた。
フェイスマッサージというのは、お顔の肌のためにやるものだと思っていたけれど、それ以上の効果があるというか。
アタマがすっきりして、アタマの中の疲れが全部排出されたような、そんな感覚になるほど、ものすごいトロリ感と効き目があったのだ。
プロの仕事というのは、本当にすごい。

来月からのメイク教室、果たして、私はどうなることやら。

帰宅後は明日に向けてパッキングとワクシング。
明日と明後日はワックス命の合宿なのだ。
我が家のワクシングルーム(冬の間だけ和室にビニールシートが敷かれワックステーブルが置かれる)も本格的に始動。

写真は、先日訪問した八島ヶ原湿原の一角にある諏訪大社の奥社。
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2011年12月21日 (水)

学生とビーコン

昼ごろ、仕事を抜け出し自転車に乗って、最寄駅へ。
山岳部の主将である能代谷くんと待ち合わせ。
あのデカいからだとデカい胃袋を満足させるために、まずはとんかつ屋でランチ。
ここは言わずと知れた、私どもの地域の名店なのだ。

その後、年末の登山についてミーティング。
本来、合宿は学生だけで行なうモノなのだけれど、うちの部は十年近く学年が揃ったことがなく、またとうとう昨年は休部になってしまったため、色んな面で部が機能していない。
そのため一時的処置として(でありたい)、今年はなるべくコーチ会が同行することにしているのだ。
けれど、働き盛りの我々が、学生と一緒に1週間も2週間も山に入れるわけはなく、今回も1泊2日になってしまった。
というよりも、なぜか今どきの学生達も忙しいようで、彼らの都合もあった。
でも12日で雪山に行っても、力なんてつかんよ。若いうちこそ、伸びしろが大きいのだから、もっと登ってくれ。

ミーティング後、近所の公園で、アバランチビーコンの基本操作の練習。
これを元に、能代谷くんが部員達に教えるのだ。
彼らが手に入れたのはマムートのエレメント。
売り切れの店もあるようだけれど、部員全員分4つ入手したそうだ。

その後、珈琲館に入って、再びミーティング。
夕方解散。私は仕事に戻る。

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2011年12月20日 (火)

実家→TNFミーティング→Hitujiミーティング

午前中から実家へ。いろいろな用事あり。

柚子の実の数が例年より少ないように思うが、夏みかんは多くて多くて困っている。採りきれないのではなく、とても採れない位置に大量になっている。
本当に不思議なもので、夏みかんは父が死んだその冬から突然実をつけはじめた。そして柚子は、その前から引き続き毎年裏切ることなく食べきれないほど実ってくれる。

昼に、幼馴染が握るお寿司屋さんに電話をして出前を頼むと、珍しく本人が出た。
「久しぶりだね、相変わらず山に登ってるの?」「たまには呑みに来てよ」「うん、そうだね。すっかり呑みに行っていないね」(閉店まで居座った後に、幼馴染と呑み始めるという不良客のため、あんまりデカいことは言えない)というと、「○○さん(←私の幼稚園からの親友)は、週に1回は来るよ、だからおいでよ」と。
いいなあ、地元で、幼馴染がカウンターにいる寿司屋で気兼ねなく呑めるっていうのは。

それに比べて、私は実家に帰った時に出前ばかりだ。もう2年近く行っていない。来年は必ず行こう。

午後からザ・ノース・フェイスのプレスルームへ。
ゆっこちゃんと来年の打ち合わせ。
打ち合わせが終わる頃には日も暮れていた。
表参道のネオンがいつもよりきれいなのはクリスマスのためらしい。
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本の木についているネオンの数は例年より多いけれど、全体的なトーンは落としているということ、らしい。

夜は、まさみん邸へ伺い、Hitsuji Projectの秘密会議。
まさみんが作ってくれた夕食を食べたあと、あれやこれやと互いに勝手なことを言ったり、相変わらずの妄想をぶちまきながら深夜まで。
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枚目の写真は会議の様子。

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2011年12月18日 (日)

鷲ヶ峰ヨガリトリートDay2

朝のヨガのあとは、地元のガイドさんと一緒に八島ヶ原湿原を一周。
数年前にF山岳会でこのあたりを歩いたことがあったが、その時とは季節も違い、雰囲気もまったく違った。

お宿に戻ったあとは、憧れの鷲ヶ峰ひゅってのカレーを食べて、それから、来年やりたいことのリストを仕上げた。
昨日から私たちが取りかかっているのは、「今年よかったこと」を30個と、「来年やりたいこと」を30個をリストアップすることだった。
本当は幾つ書いてもよいらしく、私は結局やりたいことを100個書いた。まさみんが「100個ぐらい書いてもいいんです」ってみんなに言っていたから。
なかには、来年にはできなくても、将来的にやりたいことも含まれているのだが。

来年本当にやりたいことを別の白い紙に書きだす、という作業を最後に行なった。
この紙は誰に見せるわけでもなく、おのおのが大切にとっておけばよい。
まさみんが、参加者みんなにプレゼントしてくれた美しい箱に入れた。

自分自身のリストを眺めて興味深かったことがいくつかあった。
「今年よかったこと」に、私はいくつか命に関わる悲しい出来事を書きだしていた。
たとえば、「自宅に戻ったてっちゃんにいちばん最初に会えたこと」。
会えたって言っても、もう死んでしまったてっちゃんにだった。
そういう悲しいことだったけれど、大勢の友達が集まる前に、ひっそりと静かにお別れができたことは、よかったと思えたのだった。
あるいは(命の直接関わることではないが)、「Nさんの腕が治ったこと」と。
N
さんが夏の山でケガをしたのは彼女にとっても辛いことだったけれど、冬には治って、12月の登山には参加したことを、最後には「よかった」と締めくくることができたのだ。

こんな風に悲しい出来事や残念だったことも、その後ことが好転したり、あるいはその中でも最善を尽くすことができたり、あるいはちょっと違うとらえ方をして、「よかったこと」と思える自分が、ちょっと不思議だった。
と……まさみんに話すと、「それは命について、どうとらえているかの現れでしょう」と言っていた。

来年やりたいことの紙を、のちのちかよちゃんに見せたら、ぷっと吹きだしていた。
*ターンの質を高める
*雪について理解を深める
*旅をする
*医学の勉強をする
*たまっている布でカーテンを作る
*剱夏合宿を続ける
*春の明るい雪稜を登る
など大枠のことから小さな具体的なことまであれこれ書いているなかで、最後に
*品格を失わない
と書いたからだ。
「なにこれ?どーしてそいう発想になるの?なにをもってそう思い、ここに書いたの?」と吹きだしていた。

うーんそれは難しいのだけれど、最近とみに心底、そう思うからだ。

年末の慌ただしい時期に、こうやって自分自身を見つめる時間が持てたのは、とても贅沢なことだった。
まさみん、貴重な機会をありがとう。

来年やりたいことを書きだして、自分自身が何に向かっていきたいのか、少しだけわかった気がしたし、それについて早くも一歩を踏み出すことができそうだった。

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2011年12月17日 (土)

鷲ヶ峰ヨガリトリートDay1

まさみん主宰の「鷲ヶ峰ヨガリトリート」に遊びに行ってきた。
かよちゃんも一緒。
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リンク参加者さん達や、Hitsuji Projectに参加くださった方も集まった。
ちょっとした懐かしい再会もあった。

夕方、鷲ヶ峰と八島ヶ原湿原が望めるところで、ヨガ。
真冬のお外ヨガもいいものだ。

いったいいつ頃からヨガというものに興味をもったのか、思い起こせない。
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年近く前から、旅先でヨガクラスに通っていた。
数日間以上滞在する街では、ヨガクラスを探して通ってみるのだった。
中国四川省の成都とか、グリンデルバルドやインターラーケンなど。
しかし、その前から外でやるヨガというのがなんだか気持ちがいいと思っていて、いくつかの山岳雑誌編集部に「山でやるヨガ」とか「登山に効くヨガ」という企画を持ち込んだことがあった。当時は「なにそれ?」と言われ、一笑されたけれど。
ひとつ覚えているのは、たしか2003年ごろのGWにまさみんとふたりで後立山連峰の雪稜を登りに行ったとき、テントを張ったその前で、まさみんにヨガを教わったことだ。
雪上にシュラフマットを敷いて、ヨガのアーサナを教えてもらった。

少なくともその頃から、まさみんも私も、自然のなかでやるヨガについて興味があったのではないだろうか。
そして、雑誌にこそ採りあげられる機会はなく、いわゆる流行にはなっていなくても、そんなことを考えている人は、きっと大勢いたはずだ。

話はそれたが、夕食のあとには、呼吸法と瞑想をやり、それから今年を振り返り、来年について考える時間となった。
最後、寝る前に、布団の上で静かなヨガをやって、そのまま私は爆睡したのだった……。

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2011年12月16日 (金)

猪谷六合雄を思え

シーズン2日目は、テレマークスキー仲間のキーノさんとシタラくんも一緒。
偶然にもクロスカントリースキーヤーでもあるソウくんも来て、5人で滑った。
キーノさんは、いつも通りの美しい滑り。
シタラくんと滑る機会は少ないのだけれど、さすが元スキー雑誌出版社にいたから、というよりも大学時代に基礎スキーをとことんやった方だから、とてもうまい。
かなっぷの出る幕はなくなり、今日はシタラくんのカービングレッスンとなった。
けれど、まあ、よくできなかった、ワタシは。

道具はロシニョールのパウダーバードとT1レディ。
板は去年新調したものだけれど、去年は骨折などがあって滑走日数が極端に少なく、パウダーバードもホントわずかしか乗っていない。
さらには、いつものネガティブ心が入り、ちっとも上手に扱えずにいた。

パウダーバードは、ニセコでケイちゃんに借りたことがある(彼女の板でマル3日ほどトッチの深雪講習会に出た)。
そのとき、「いい感じできれいな弧が描けているよ」と言われていたのだけれど、本州に帰ってきてからちっとも滑れなくなって、暗くなっていたのだ。
けれど今日は、ストレスもなく、ネガティブにもならず、暗くもならず滑れてよかった。

課題は、ここ数年変わらず、ターンの前半の質をいかに高めるか、、、という私にとっては無理難題なコトである……。
行くべき道は険しく、これ以上とてもうまくなれるとは思えなかった。
昼ご飯を食べながら、「この先上達できるとは、ちっとも思えない」とぼやくと、かなっぷに「猪谷六合雄を思え」と言われた。
彼はいま、私の本棚から猪谷六合雄の本を取り出しては夢中になっているのだ。
さらには、「三浦敬三さんも、死ぬまで上達したいと思い続けた人だった」とも畳み掛けるように言った。

道は果てしないけれど、猪谷六合雄も三浦敬三も、私の尊敬する人物なのだから、元気を出して滑るか。

丸沼での初滑りはいつも暑い思いをするけれど、今日は冷え込んで冷え込んで……本当に寒かった。
寒くて寒くて、たまらなかった。

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2011年12月15日 (木)

テレマークスキー シーズンイン

初滑りは細板(と呼んではいけないか……)+革靴で。
このスタイルでのシーズンインを、最近はとっても気に入っている。
足首をよく使えるようになり、いい感じで感覚をつかむことができると思っているからだ。

丸沼高原スキー場にて。
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本目は、この世の終わりかと思うほど、なにもできなかった。
いったい私はこの先、どうなってしまうのかと嘆かわしく思った。
しかし、2本目からはいい感じで滑れるようになった。
私にしては、なめらか感もある。
革靴を履いていることを忘れちゃう(心配なくなっちゃう)のは、上手だからというよりも、物忘れがひどい、ゲンキンである、鈍感などが理由だろう。
つまりプラブーツでの滑りを忘れちゃっているのだ。

夕方暗くなるまで滑ってから、宮崎さんのお宿へ。
いつもの美味しい夕ご飯をご馳走になり、ワインを飲んで、そのあとは暖炉の前でとことん読書。
PEAKS』の「山男の本棚」にちょびっと書いたけれど、私はこの宿の本棚が大好きで大好きでならないのだ。
山書が多く並んでいる宿というのは、決して少なくはないけれど、おそらく宮崎さんのラインナップが、私は好きなのだと思う。
報告書のたぐいも沢山あり、いつ行っても必ず手に取ってしまうのは、山学同志会のジャヌーやカンチェンジュンガ、それと戸田直樹さんらのチャンガバン。

そして今日は、第二次RCC編集の技術書を見入って、それから田部重治の著作を読んだ。田部重治を選んだ理由は、先日雲取山に登ったから。
その際に、参加者たちに田部重治ほか、奥秩父にゆかりのある作家の文章を勧めておいたから。


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2011年12月14日 (水)

G編集部へ

仲の良い編集者ふたりと落ち合って、ランチ。
久し振りに会うふたりとは、積もる話だらけで、とてもとてもランチ時間だけでは足らず。
こうやって、仕事も用事もなくても、遠慮せずに誘うことができる編集者は、実は私にはとっても貴重な存在。
おふたりの話を聞きながら、実は救われているのは私の方だったりする。

その後、編集部へおじゃまし、N編集者と打ち合わせ。

2011年12月13日 (火)

原稿書きが続きます

朝から編集者が手を入れてくれた原稿に更に手を入れる。
どんな仕事もコミュニケーション次第。
編集者の意図がこっちに伝わっていなければ私の文章は企画に不似合いなものになる。
私の書きたかったことを理解してもらえなければ、手の入った原稿は不本意な内容になる。
一体どうやって擦りあわせるのか。
(ツィッターより)


2011年12月12日 (月)

MJリンクネパールの会

MJリンクネパールメンバーの忘年会+報告書発表会。
これで、GWのネパールツアーにも一区切りをつけたい。

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ちゃんとCちゃんがビューティー強化月間として、MJリンクメンバーであるOさんのところへ通っていることを聞き、早速いろいろ教えてもらった。
遠くから泊りがけで参加したTさんが、雪山を始めるということで、ガイドさんのところへ通いトレーニングしていること、この冬には赤岳や西穂を目指すことを聞いた。
このように、ガイドさんのところに通いながら基礎を丁寧に身につけ、ステップアップしていっている人たちが、MJリンクには何人もいる。
時間もお金もかかることだけれど、辛抱強く、コツコツとやっていく姿勢には、本当に脱帽。そう簡単にできることではないと思う。
雪も降り冷え込んでいるという土地からやってきて「東京は暑いですね」と言ったSさん。来年こそ、一緒に会津の山を登ろうと約束した。この約束は延び延びになっている。
ほか、いつも会ったり、連絡取っている人たちとは、この先も簡単に連絡が取れるのであまり話さず。
しかしご無沙汰していたのに、テーブル席が離れていて、なかなか話せなかった人もいたのは残念。

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リンク初めての海外ツアーだったネパール。
サポーター間で話し合った反省点は多々あり、今後の課題となったけれど、全員が無事に帰ってこられたことはなによりだった。
私自身も、今日で一区切りがつき、このツアーがやっと終わったという感もあり、肩の荷が下りた。

帰宅後は、原稿書き。

2011年12月11日 (日)

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミー@雲取山Day2

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミー2日目は、山頂を越えて鴨沢へ下山。
今日も長丁場。

昨晩、班ごとに今日の計画を立ててもらったり、注意事項や危機管理について話し合ってもらった。
その際アイゼン着用の有無について何度か話題に挙がっていた。
山に入ってから周囲の人たちに、「山頂まではアイゼンを着用したほうがよい」という情報をもらったというのだ。
周囲から情報をもらうのは重要なことであるけれど、それは判断材料のひとつと考えたほうがよい。

結局、私たちは山頂までアイゼンを着用せずに登った。
アイゼンなしで十分に歩ける状況だったし、アイゼンをつけるデメリットもあるからだ。

しかし、せっかく持ってきたアイゼン、一度も使ったこともない人、今回使うために用意した人もいるということで、山頂で着用してみた。
下りでもアイゼンは不要だったけれど、練習とお試しで一部使ってみた。

今回、殆どの人が6本爪アイゼンを持ってきていた。
私は6本爪というのを使ったことがないので、いったいどんな使い心地なのかわからず、またみんなの歩きを見ていて、あまりに安定性がないコトに気づき、気になってしまった。
スタッフの橋本さんのアイゼンを借りて、つけて履いてみた。
なるほど、こういうことか。これでは安定するわけはないし、フラットに踏みにくいし、とくに初級者にとってはあまりいいことはないように思う。
参加者のSさんが、「6本爪アイゼンを履くと、足裏がくたびれる。靴の中で足の指が丸まったようになる」と言っていた理由もわかった。
ちょっと前に『PEAKS』に黒田誠さん(山岳ガイドであり写真家)が、アイゼンについて書いている記事があり、そこにあった何気ない一文がとても気になっていたけれど、彼の言いたかったことも分かったように思う。

モンベルが6本爪アイゼンをアイゼンとは呼ばず、スノースパイクという商品名を付けているのも、一理あるな。
ついでに、アイゼンがどのような歴史を辿ったか、ピッケルとアイゼンの関係性まで思い起こしながら、考えてしまった。

なにゆえに、これほど6本爪アイゼンをもっている人が多いのか、またアイゼンが不要なコンディションでも猫も杓子も的にアイゼンを着用しているのか、なんとなく背景がみえてきた。

さて。
ウィメンズ・マウンテンアカデミーは、今回も安定した天気に助けられ、無事下山。
なんだかずいぶん前から続けているように思ったけれど、実はこの会が始まってまだ2年足らずだということを思い起こしだ。
参加者メンバー達のやる気や思いやり、それとスタッフ達に助けられ、いい雰囲気で続いていることには、感謝。
新しい参加者たちも、増えていることにも感謝。

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2011年12月10日 (土)

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミー@雲取山Day1

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミーで雲取山へ。
初日は天平尾根から三条の湯へ。
この時期に登るにしては長いルートなのだけれど、天候などの条件さえ整えば、アカデミーのメンバーで十分に歩けるだろうと判断。
皆さん、めきめきとチカラをつけてきているのです。

天平尾根をえらんだ理由は、私とゆっこちゃんが登りたかったから。
そのまた理由は、名前に惹かれたから。
途中にも興味深い地名がいくつかある。
日が短い、雪が着き始めるという条件のなかで登っておけば、新緑や紅葉のベストシーズンに、きっと参加者のみんなは友人達と登ることができるだろう。

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日前に下見でゆっこちゃんと歩いた時は、枯葉が敷き詰められた晩秋のひっそりとした雰囲気だったのだけれど、今日は雪が載っていて、白い世界。
こんな天平尾根もいい。

気になっていた橋げたは、それほど悪くないコンディションで雪が載っていたので、かえって前回より恐怖感がなかったような。
全員無事通過です。

三条の湯では、ウィメンズ・マウンテンアカデミーに初回から参加してくれていて、ヤマデミーのメンバーでもあるJさんのお誕生日会も。
参加者さん達が用意したスポンジケーキにホイップクリームとイチゴとクッキーをトッピング。
ほのぼの楽しい会でした。

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2011年12月 9日 (金)

ボリューミーなパウンドケーキ

夜になってから、明日のパッキング。
今年最後のTNFウィメンズ・マウンテンアカデミーで雲取山へ行くのだ。
有事の際に使用する(転滑落などの救助など)ロープやギア類と、予備の防寒着、ファーストエイドパック、大き目のテルモスや水筒を入れると20キロぐらいになってしまう。
もう少し軽量化できないだろうか。

参加者のひとりが、「柏さんの料理も食べてみたいですね」と言ってくれていたので、パウンドケーキを焼くことにした。
とくに料理が得意なわけではなく、単に好きなだけで、しかも気まぐれなので大した腕前ではないのだけれど。
レシピは、週末のF山岳会の登山に来てくれたT医大山岳部の女性部員に教わったもの。
彼女はパンやケーキを焼くのが大得意で、いつも美味しいものを持ってきてくれる。
オーソドックスなパウンドケーキに、カボチャとサツマイモと干しブドウを入れた。

2011年12月 8日 (木)

カイロプラクティックへ

久し振りのカイロプラクティックへ。
これまでも
の友人たちが何人も門をたたいた名医だけれど、最近もまたふたり通い始めた。
さらには、ガイディングに来てくださるお客さままで、彼のもとへ行き、腹式呼吸のトレーニングを受けながら、カイロの施術をしてもらっているのだという。

Dr.伊佐は、アメリカの大学で勉強し、カイロプラクティック・ドクターとアスレチックトレーナーになって、カリフォルニアで数年間仕事をしたのち、日本に戻ってきた。
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では、カイロプラクティック・ドクターという。つまり、彼らはドクターなのだ。
医師と同等の資格であり、医師と同レベルの勉強をしている。

私が偶然にも彼のクリニックを発見したのは、3年前の冬。
スキーのターンの左右差に悩み、クロスカントリースキーが上手になりたくて、通った。
さらには、誰にも触られたくないほど右ひざは何年もの間痛み続けていたのだった。2回の靭帯損傷が尾を引いていた。
むろんそんなにすぐによくはならないけれど、すぐにいちばん嫌な痛みが消えた。そして通い続けているうちに、驚くほど膝がよくなったのだった。

さらには、からだのこと、メンテナンス、トレーニング、マッサージなどいろんなことを教えてもらっている。
だからいまでも、私は、カイロプラクティックを施術してもらうだけでなく、なんだか習い事に行くような気分なのだ。

私の施術のためもあるのだろうけれど、登山がどんなスポーツなのかも、詳しく聞かれる。
どんな動きをするのかとか、それはどんな条件下(気候、登山道の状況、荷物の重さ、時間など)かなど。
これがなかなか面白い問答であり、相手に聞かれたことを、即座に簡潔にわかりやすく、しかも本質をついて答えるのは至難の業。
そんな返答をするための、トレーニングの場のように思うときもある。

はたまたおよそ、施術とは関係ないと思うが、世界各国の山岳地域の植生に共通点はあるのか?同じような花は咲いているのか?咲いているのであれば、それはなぜか?
など、とんでもない質問もしてくれる。登山ガイドであっても、ライターであっても、なかなか答えられないことが多い。

2011年12月 7日 (水)

TNF展示会→登山医学MTG

夕方から、ザ・ノース・フェイスの展示会へ。
今回は、「Performance Collection」で、ランニング、トレイルランニングのウエア、ギア類。
ゴアアクティブシェルのジャケットとパンツが印象的。
かなりそぎ落とされたもので、トレイルランニングに特化して作られている。
このようなものを作るときには、世界の代表的なトレラン大会のレギュレーションに準じるそうだ。

その後、ザ・ノース・フェイスの女性向けストアmarchへ。
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の新品調達。

夜は、登山医学に関してのミーティング。
そのあとふたりで、美味しいインド料理屋へ。

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2011年12月 6日 (火)

雪崩勉強会→ナイト

昼過ぎから、JAN(日本雪崩ネットワーク)の雪の掲示板勉強会。
昨年のある期間のある山域を例にとり、その間の雪の安定性について、ディスカッションした。
恥を忍んで正直に言えば、JANのアドバンス・セイフティ・キャンプ(5日間)を受講したのは、多分5年以上前。
すっかり錆びついており、あれ以来掘ったピットの数も本当にわずかだ。

春に大好きだった友人が雪崩で死亡したことがきっかけとなったわけではなく、この冬はもっと雪崩のトレーニングを積もうと考えていた。
本当はガイド資格を取っていた昨シーズンからスタートすべきだったのだけれど。

事前課題は上記の雪の安定性についてまとめてくるということだった。
表を作ってみたり、絵を描いてみたりしたのだけれど、途中で挫折。
考えがまとまらいまま(といか、全体把握ができずに、いくつかの注目すべき事柄を見落としたまま)、勉強会となった。

勉強会が終わって、よくやくすっきり見渡すことができた。
私にとっては難しかったけれど、参加してよかった。

その後、モンベル渋谷店へ。
コンパスを買いに行ったのだけれど、偶然、橋谷晃さんと女優の村井美樹さん、そしてNHK出版編集部の大矢さんにお会いした。
今晩、ここモンベル渋谷店で彼らのトークショーがあるのだ。
夏に放映されたNHK番組「あなたもこれから山ガール」以来、橋谷さんと村井さんは、あちこちでトークショーをして、その収益を東日本大震災復興への募金としているという。
私はこの時の番組テキストを執筆したため、村井さんともご縁ができた(橋谷さんと仕事をご一緒したのは、10数年ぶりだった)。

夜は、引き続きJANのアバランチ・ナイトへ。
アバランチ・ナイトに参加したのは、とてもとても久しぶりだった。
驚いたことは、参加者が激増したこと。
今年は東京だけで3回開かれ、どれも100人程度の申し込みがあるのだという。

後半はいつものように昨シーズンの雪崩事故の報告。
日向山の事故についても、報告があった

2011年12月 5日 (月)

ヤマナシのジャム

奥多摩の友人から届いたヤマナシのジャム。
先日雲取山に行った時に、家の近くを通りながらも寄れずに帰ってきたこと(そして来週の雲取山のときも寄って来られない)が気になっていたのだけれど。
ヤマナシの木は、彼女たちの家の近くの山にある。大きな大きな木で、たくさんのヤマナシが落ちているのを、私たちは山の斜面を登ったり下りたりしながら、たくさん拾って、ジャムにしたのだった。数年前のコト。

彼女は以来、毎年この時期になるとヤマナシを拾ってきては、ジャムにしているのだという。
歯ごたえのある風味だ。
そして今年は、「もっと大きな木を見つけた」というではないか。

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2011年12月 4日 (日)

温泉岳

今日はプモリの宮崎さんにご案内いただき、温泉岳へ。
この山につき上げる温泉沢を、以前登ったことがあった。
簡単な沢を登っていくと、途中に間欠泉がわき出ているところがあり、スコップで掘って温泉に入ったのだった。
本当は、温泉岳まで抜けるつもりだったけれど、途中極々至近距離(1m足らず)で小グマに遭遇し、心臓バクバクになったので、あえなく敗退。
それ以上登るのも怖くて、手白沢温泉へとエスケープした。

今日、下部の樹林帯を歩いているうちから、上空は轟々と音を立てて風が吹いていた。見上げると背の高い針葉樹が大きく揺れている。
冬型が決まってきたのだな、ここまで寒気がばっちり入り込んでいるようだった。やっと冬らしくなってきた。
稜線に出ると、強く冷たい風が吹いていて、冬山らしかった。
今回のメンバーでこれ以上歩くのはしんどいものがあるので、山頂はあきらめて、戻ることになった。

冷え切ったからだでバスに戻り、温かくしてお昼ごはんを食べ、そして新宿に戻った。

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2011年12月 3日 (土)

F山岳会の集まり

F山岳会、ことし最後の月例山行。
豪雨の中、バスは上越道を。
水沢山登山は中止して、山麓にあるお寺や観音様を巡った。

今日のお宿は、F山岳会御用達であり、私もちょっと前の『PEAKS』に書いた、丸沼のプモリ。
今日もまた、プモリの本棚から本をあさっては読みふける。
今まで気づかなかったけれど、『HIGH ALASKA』があった。
カシンリッジやメスナークーロワー
ルなどデナリのいろんなルートについて読んだ。

夜は、ゆっくり美味しい夕食をいただきながら、ワインも何本もあけて、おしゃべり。
夏の合宿でケガされたNさんも復帰してお元気な声を聞かせてくれたし、医療チームのリーダーであるOさんが、F山岳会の歴史を語ってくださった。
いろんなおしゃべりをしながら、つくづく、私はこの集まりやここの仲間(というか、全員が先輩達)に救われているのだなあと思った。

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2011年12月 2日 (金)

雲取山

夜半から降りだした雪。
朝起きると、三条の湯付近も雪景色だった。
山頂までの登りは、思いのほか長い。
雪は止まず、気温も上がらないので、あまり休まずにゆっくり歩くことにした。
それでも、運動しているので、私の場合ウールのアンダーウエア1枚にレインジャケットだけで(ウールの帽子とネックウォーマー、手袋付き)、十分だった。
それでもやはり、真っ白で展望ゼロの山頂に着いた頃には体が冷え、避難小屋に入って薄手のフリースを1枚追加。
お弁当を食べて、小袖に向けて下山。

このルートにもまた、かつて人が住んでいた気配のあるところがいくつかあった。
こういうのはとても面白い。
ウィメンズ・マウンテンアカデミー参加の皆さん、本番を楽しみにしていてください!
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2011年12月 1日 (木)

天平尾根

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミーの下見。
ゆっこちゃんと天平尾根から三条の湯へ。
青梅で奥多摩行きに乗り換えたときに、同じ電車に乗っているはずのゆっこちゃんから携帯メール。
「雨ですね、雨でも行きますよね?」と。というか……もう来てしまっている。
程度にもよるが、まずは行ってみよう。

天平尾根は、想像していた通り、とても素敵なところだった。
昔は、かなり山の中まで人が住んでいたのだという痕跡がいくつかあり、人の気配すらあって、興味深かった。
紅葉には遅かったけれど、ちょうど冬枯れが始まっており、色とりどりの落ち葉に敷き詰められた登山道は、ものすごくきれいだった。
登り始めからサオラ峠まで、そして峠から三条の湯まで、決して短くはない道のりだけれど、とてもいいところだった。

サオラ峠を越えた頃から、雨はみぞれになり、からだが冷え切ったころに、三条の湯に到着。
さっそく、温泉で体を温め、乾いたアンダーウエアに着替えて、ようやく温まった。
全部の着替えを持つ必要はないけれど、こんな風に汗や雪や雨による濡れが冷えて深刻になる時期は、アンダーウエアだけでも予備があると心強い。

夕ご飯を食べて、薪ストーブの前でゆっこちゃんと来年のウィメンズ・マウンテンアカデミーの打ち合わせをして、就寝。

【今日私が着用したモノ】
*薄着派、暑がりであることも考慮願います。
上:メッシュの超薄手アンダーウエア+中厚のアンダーウエア風カットソー+レインジャケット

下:夏にも使うパンツ(それほど薄くはないけれど、厚くもなく)+レインパンツ

気温がそれほど下がらず、行動中は運動量もそれなりにあるので、薄着でOKでした。
休憩時は冷えるのでフリースを羽織ったり。
山小屋では、ダウンジャケットとパンツの下にアンダーウエア着用。

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