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2011年11月

2011年11月30日 (水)

オープンカレッジ最終日

獨協大学オープンカレッジ秋期の講座は、今日が最終日だった。
登山中のリスクマネジメントに関して。なんとも総花的なテーマ。すべてに関わってくるテーマだ。
登山では、どういうものがリスクと考えられるか、それはどのように認識していったらよいか、ということを話したあと、突然死と低体温症について説明。
最後にシナリオトレーニングをした。

この授業でシナリオトレーニングをするのは2度目であるけれど、前回よりも和気藹々としながらも活発にできたと思う。
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回一緒に机を並べて勉強したメンバー達が、一緒に山に行く機会が持てなかったことは、ちょっぴり残念だった。

大学の講座は、来年も開講を予定している。
またリピートしてくれそうなことをおっしゃっていた方もいらっしゃったし、授業後もいろんなおしゃべりができて、嬉しかった。
毎回毎回、受講生たちに助けてもらいながら、なんとか終えた。

2011年11月29日 (火)

TNFウィメンズ・マウンテンアカデミー 机上講習会

夜は、TNFのウィメンズ・マウンテンアカデミー机上講習会。
ウィメンズ・マウンテンアカデミーは年に4回程度(?)行われているけれど、その都度、登山前にノースフェイスのプレスルームもしくは、原宿にある女性向けのストア「マーチ」で、机上講習会を行なっている。
これについては、出欠をとっていないので、毎回毎回スタッフ達は、「みんな来てくれるのかなあ?」と心細く会場で待っているのだけれど、いつも必ず大勢の方々が参加くださっている。

今回は、12/10-11に登る雲取山のコースについてとってもとっても簡単に説明したあと、この季節の登山で気を付けるべき点をいくつか。
その後、低体温症について学習した。基礎知識は以前にもやったことがあるけれど、ここで復習。たんに寒がっているのと、低体温症の見分けはどこでつけるのか、軽度から重度に進行したときに、症状はどう変化するのか、重要なポイントをあらいだした。

そして最後にシナリオトレーニング。
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グループに分かれて行ったけれど、どのグループも合格の素晴らしい結果だった。欲を言えば、次回に向けて演技トレーニングをしておいてください!
傷病者の迫真迫る演技は、救助者にとってとてもよいトレー
ニングとなるので。

そしてもうひとつ、受講の皆さんへ。
今日お話した「週間寒気予報」はコチラです。
普段から皆さんがチェックしている天気予報、天気図と合わせて、ここもご覧ください。
当日までに、雲取山にいつ、どれぐらいの寒気が下りてくるのか、要確認です!

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2011年11月28日 (月)

早見紀章さん→銀座のバー

銀座のキャノンギャラリーで開催されている早見紀章さんの写真展「Brilliant Voyage 光彩紀行」へ行ってきた。
早見さんが大学時代に所属していた山岳部の先輩だという、私にとっては仕事の先輩の方から教えてもらった写真展だった。
早見さんは若手ながら、来年のキャノンカレンダーに採用されていた。
ちなみに、今年は、山岳写真家の渡辺幸雄さんだったので、2年連続、山や自然に関連した人となる。

タイトル通り、光に着眼した、ちょっと不思議な個性的な作品だった。
林明輝さんに師事していたとプロフィールにあり、納得もしたし、またしかし、林さんからは独立して確立された早見さん自身の個性も感じた。

その後は、1ヶ月以上前からの約束へ。
ヒトミさんとは「山」を通じて知り合ったけれど、実は彼女の旦那さまは、古くからのシリアスなクライマーであるし、同じ業界で働いている人であるし、なんとなく親近感を持っていたのだ。
そしたところ、この春、共通の友人の偲ぶ会で初顔合わせとなったのだった。

待ち合わせはもちろん、銀座のバー「ルパン」。
最初からバーで待ち合わせなのかしら?と思ったけれど、最近もルパンで飲んでいるというヒトミさんの判断なので間違いないはず。
私自身はなんと、大学を卒業してすぐの頃、このルパンでしばしば飲んでいた。
職場が有楽町だったこともあったけれど、同期のソンちゃんやタケオ、マリちゃんと一緒にガード下の焼き鳥屋で飲んだ後に、ふらふらと立ち寄っていたのだった。
たしか、ソンちゃんがこの店を知っていたのがきっかけだったけれど、それにしても生意気な若者だったと思う。
こういう店は、ちゃんと稼げるようになってから来るべきところだ。

果たして、ちゃんとルパンに辿り着けるだろうか。心配でネットで検索したほどだった。
ガード下からくねくねと道を曲がりながら辿り着いていたここは、実はとてもシンプルに行ける場所だった。
隠れ家のように分かり難い場所にあるのかと思いきや、そんなことはまったくなかった。

当時、すでに店に出てはいなかった、高﨑雪子氏は、私がルパンに行かなくなった間に亡くなり、バーテンダーをしていた弟の武氏も他界していたことを知った。
けれど、太宰治の写真をはじめ、店の雰囲気は昔のままだった。

ここで私たちは4杯位飲んでから、つぎの店へ。
ヒトミさんが通うというバーは、「山の神」という意味の外国語が店名だった。
そして、よくよくわかった。彼女はバーとお酒が大好きな人だったのだと。
バーテンダーによって、ジントニックの味がいかに変わるか、こんなシンプルな飲み物の味がこうも変わるのか、ということも教えてもらった。
偶然にもDさんも合流して、酒好きが3人そろい、夜遅くまでおしゃべりが続いたのだった。


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2011年11月27日 (日)

国際山岳認定医講習会Day2

講習2日目。
色々考えさせられた。

尾崎さんの事例は、ほかのもうひとつのエベレストでの事例(HACEHAPEで生還)と比較しながらディスカッション。
この様な場に、不幸にも死亡者が出た事例を取り上げることを快諾してくださったご家族や関係者の方々には本当に感謝してもしきれない。

その後、平出和也さんも来て、自らのシブリンでの凍傷について報告があり、またこれをテーマにディスカッションした。
これは、私にとってとても興味深かった。

ひとつには、平出さんの発言のいくつか。
受講していた若い男性医師が、ご自身のブログにも書いていたが、平出さんは当時の自分を「中級者」と表現していたのだ。
初級を通り過ぎ、上級者にいたる前の中級者こそがおかしやすいミスについて、彼は述べていた。
自らを、中級者と認識できる点がすぐれているのだと思う。
また、当時私は、帰国後の二人をインタビューしているが、その時と比べて、当事者二人がこの件に関して一層、考察を重ねていたことにも驚いた。
なぜ凍傷になったのか、なぜ二人の間に差があったのか(ひとりは軽度で回復、平出さんは重度で切断)、今後間違いを犯さないためにはどうしたらよいのか。

二人が下山後いつも、「反省会」を開いているのはよく知っているけれど、おそらく反省会は繰り返し繰り返し開かれたのではないだろうか。
シブリンはとてもいい登山だったと思うけれど、その後も登った二人が、自分たちの登山を振り返ることによって、さらにさらに成長していたことを知った。

またもうひとつは、凍傷の原因にストレスが挙げられるということも、とても興味深かった。
シブリンでの凍傷について、ふたりの重症度に差が出た理由はどこにあるのか。
いくつか項目がピックアップされた。
私はインタビューしていた当時から、それぞれに降りかかったストレスにも差があると感じていたので、それが気になっていた。
精神的ストレスが、凍傷の原因となりうることを医学的に教えてもらうことができ、この講習は得るものがあった。

また渡航医学については、専門性が高い内容も多く、医師ではない私には難しい話題も多かったが、それでもとても興味深かった。
来年の学会で発表したいと準備しているテーマにも関連する話題もあり、勉強になった。

全体を通じて、意外にも傷病者を前にして考えること、評価する内容は、医師であっても、私達がウィルダネス・ファーストエイドで習ったことと同じなんだということがわかった。
私は、カナダのスリップストリームと、アメリカのウィルダネス・メディカルアソシエートが行なう、ウィルダネス・ファーストエイドの講習を受けたけれど、そこで習ったことがそのまま、今回の講義でも行われていた。
無論、医師免許があり、その経験と技能と知識がある人間と、医療に従事していない一般の者ができること(評価も処置も)、その内容と質には大きな差がある、というかまったく違うものがある。
けれど、評価するプロセスは同じなんだ、ということがわかった。

ファーストレスポンダーになる可能性は誰にでもあるのだから、やっぱり登山者がウィルダネス・ファーストエイドを身につけることは重要だと再認識。
私達が講習会で当たり前のように習った評価を下さずに、手当てや救助が行なわれてしまう場合もあること(例えば、高エネルギー外傷の恐れがあってもスパインの評価も何もないまま負傷者を動かすとか)を、今回改めて知り、これは急ぐべき問題のようにも思った。
スパインの評価をしてシロだったからといって、動かすことにはそれまた、いろんな問題があるのだけれど、けれど、知らないことはおそろしい。
経験上、ある程度のことは無意識にやっているのかもしれないが(例えば周囲の安全確認、自分の身の安全確保)、それはプロトコルとすべきことのように思う。

と、、、話は講習会からそれてしまったが。
国際山岳認定医の制度が日本でスタートしたのは去年の講習から。今年初めて認定医が誕生した。
今回は若いクライマー夫妻が参加していて、とても意識が高く、夢や希望をもってやっていることに感激した。
(実は、私はかねてからお二人のブログとHPの愛読者だったので、お会いできるのが楽しみだった)
彼らのような人たちが、ちゃんと育っていける環境が、日本にも早くできるといいなあと思う。

2011年11月26日 (土)

国際山岳認定医講習会Day1

日本登山医学会が行なっている国際山岳認定医になるための講習会に参加。
講習会や検定は年間を通じて行われているが、今回のものはそのうちのひとつであり、テーマは「高所・寒冷」。
医師でもない私がなぜオブザーバーとして参加しているかというと、2日目に尾崎隆さんの事例について発表する役割になっているから。

初日は国内の気象遭難事例2つとヒマラヤでの雪崩事故によって高エネルギー外傷を負った事例を取り上げながら、ディスカッションを行った。
いずれも私が取材していた事例だったり、詳しく読んだことのある事例だったので、よく理解することができた。
ほか、低体温症のシナリオをいくつか挙げながら、処置やトリアージについてディスカッション。

最後の夜のセッションは、山岳気象予報士の猪熊さんによるラニーニャ現象とアコンカグアの気象、国内の山岳気象遭難事例について。

9時過ぎから夜の8時までの講義。
途中ランチタイムが1時間と、夜のセッションの前には軽くサンドイッチはつまんだものの、ほかは短いブレイクタイムをはさみながら、講義はどんどん続いた。
受講生の方々はタフだなあ。

明日も同じように講義が続くので、体力温存と睡眠不足解消のため、飲み会には顔を出さずに帰宅。

2011年11月23日 (水)

MJリンク天覧山・多峯主山

今日はMJリンクで飯能にある天覧山と多峯主山へ。ハイキングというよりも、ピックニックのような雰囲気。
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リンク企画では、いつも担当サポーターのうち最低2名が、コースを下見しているが、今回は、田部井さんのご友人である堀越喜代子さんがご案内くださるということで、私たちは下見はしてなかった。

ちょっと早めに集合場所に着くと、すでにKさんがいて、「柏さん」と声をかけてくれた。
福島県田村市からやってきたKさんだ。1年以上会っていなかった。震災後間もなくしてから、MJリンクの福島組がポツポツを再び参加してくれるようになって、それをとても嬉しく思っていたが、Kさんとはご無沙汰していたのだ。思わず、ハグです。こんな嬉しい再会はありません!
しばしKさんと、最近の仕事の様子や田村市のこと、ご自身の日常などを立ち話。

参加者30人が集合後、名栗川にある飯能河原と呼ばれているところで、ヨガからスタート。
いまどき、ヨガをやったことのある女性というのはたくさんいると思うけれど、「屋外でやったのは初めてです」「スタジオと違って気持ちい」という方もいた。
そう、山でやるヨガというのは、とても気持ちがいいのだ。私はスタジオでやった経験は少ないけれど、もうかれこれ10年位前にその清々しさに目覚めた。
なにがきっかけだったか思い出せないが、ある年の春、まさみんと鹿島槍の雪稜を登っていた時に、テントの前にシュラフマットを敷いてヨガのアーサナを教えてもらったことは、よく覚えている。あのころが始まりだったのではないかと思う。以来、静かな山や旅先の街で、ヨガをやるようになった。

水天宮の脇を通り、能仁寺へ。寺というのは、建つべきところに建つのだと思うが、能仁寺は、ちょうど後ろに天覧山を配するようになっている。
桃山時代のお庭も拝見したかったが、今日は天覧山へとそのまま向かった。
山頂直下の十六羅漢像。綱吉の生母が奉納したものだそう。お釈迦様のお弟子さんである16人のお顔を、すべて認識することは、この短時間の通過ではとてもできなかったのが残念。
大きなグループだと、どうしても立ち止まったりする場が限られてしまう。次回、ゆっくり拝見することにしよう。

天覧山の山頂で待っていてくれたのは、政伸さん。
堀越さんの差し入れだという出来立てほやほやの草餅をなんと40個も持ってきてくださったのだ。
その後、多峯主山へ向かい、山頂でお昼ご飯。
天覧山とともに、この頂きからの眺めも素晴らしかった。

御嶽八幡神社、雨乞い池を通り、下山。
ハンノウザサは、どれだろうと朝から笹に会うたびに写真を撮ってはいたのだけれど、降りてきた田んぼのところに群生していた。大半が枯れていたのは、なにか理由があるのかな。花をつけたあとだったのだろうか。
戻ってきた能仁寺は、傾いた西日を浴びて、行きとは違う輝きを見せていた。

今日の締めくくりは、堀越さんお勧めの東飯能にある駿河屋さんというフレンチレストラン。
堀越さんのご手配により、贅沢にも貸し切りにさせていただいた。

このような親睦を主目的とした企画を、年に1度位はやっていきたいと改めて思った。
先のKさんしかり、ほかにも懐かしい顔ぶれがたくさんいたからだ。
お母様を生まれ故郷から呼び寄せ介護を続け看取ったというMさん。彼女の参加は2年4ヶ月ぶりだった。
少しは落ち着かれたのだろうか。彼女と話をするなかで、私が日々母の面倒をみるなかで感じている苦々しい思いや、悔しさのようなものは、ひょっとしたら自分に対するものだったのではないかと思ったりもした。そんなことに気づかせてくれたり、いろんな勇気をくれる人がいるのも、MJリンクの財産だと思う。
泊りは無理だけれども、という人も日帰り企画になると顔を出してくれる。

初参加の方々もしかり。
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リンクには珍しい20代組だったOさんとNさん。力強い先輩達がいる会なので、ぜひまた参加してください。
初対面でも、すぐに和気藹々となっていくのは、さすがだなあと皆を見て思う。

日々、それぞれの場で活動したり、それぞれの登山をしている人たちが、ちょっと思い立った時に戻ってきてくれるような場を今後も作っていきたいと思った。


解散後、サポーターのまさみんとふたりで、カフェにて事後の事務仕事。その他来年のミーティングについては、列車の中で。

以上、MJリンク企画の個人的日記。
オフィシャルは、MJリンクブログにまさみんがアップしてくれています。

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2011年11月22日 (火)

原稿書き

年末進行。これが意味するところは、つまりカオス。
雑誌の仕事のスケジュールは前倒しであり、かつ11月号~2月号ぐらいまでの約4号が混乱した表情を見せながら、怒涛のごとく流れていくのだ。
最近の私の場合、雑誌の仕事が少ないのであるけれど、なぜだかこの年末進行中に偏って発注があり、こちらも小さなカオスを見せ始めた。

新年号向けのインタビュー原稿を書く。締め切りは24日だけれど、今日中に編集者に渡すのが、双方のためである、おそらく、きっと。
タイトルに悩み、そして結びに悩んだ。編集者からは、「先方の言葉だけでなく、柏さんのビジョンのようなものを打ち出してくれていいんですよ」と言われていたので、地の文で、自分の言葉でなにかを書くつもりだった。しかし、まったくそのようなものは思い浮かんでこない。
理由はわかっている。理由がわかるだけに、この先も思い浮かばないことも、よくわかっている。

編集者へ送ったあとは、明日のMJリンクの準備。
事務作業的準備は、1日のハイキングであっても、実はあれこれある。
あるソフトがうまく働かず、そのうちのひとつが絶望的状態になり、まさみんに電話。
電話口で、ソフトの使い方についてふたりであれこれ言い合うが、どうにもできない。
急遽、私の担当分だったそれを、彼女にやってもらうことになった。

写真は、サンフランシスコの隣町、バークレーで見つけたオーガニックな石けんなどを売っている店BodyTime
創始者の息子さんがクライマーだそうで、カタログには彼の写真も載っていた。
こんなふうに、ヒツジの毛100%のパフも売っていた。
そうです、来年に向けて、Hitsuji Projectの仕事も進めなければなりません。

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2011年11月21日 (月)

インタビュー→勉強会

午前中は竹内洋岳さんにお会いし、インタビュー。
かれこれ今まで何度竹内さんにインタビューしてきたのだろうか。
数えたことはないが、私が最も多くインタビューしている登山家のひとりであることは間違いない。

素晴らしいことは、これだけ数多く会い、プライベートでもお会いして話を聞きながらも、いつでもその話が新鮮であること。
内容がオモシロい、楽しい、興味深いというだけでなく、私自身がいろんなことを考えさせられるのだ。
そして、インスピレーションを与えてくれ、私自身の考えの幅も広がっていく。

プロの仕事というのは、その対象をどこまで深くたくさん考えつめていくことができるか、ということにも関わると思うが、これだけの相手であると、インタビュー前はもちろん、インタビュー後もずっと、書き手の私も彼のことをずっと考えている。今日聞いた話をずっと考えているのだ。
別れたあと道を歩きながらも、帰宅後、台所に立ちながらも、ずっと考えているのだ。

午後は、日本ゴア社にて、アウトドア系ライター達向けの勉強会のようなもの(正式名称は、ちょっと違ったが)に出席。

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人ほどのライター達が集まったが、この会は複数回行われるようなので、合計するとかなり大勢のライターや編集者たちが集まるのではないだろうか。
雑誌でお名前をお見かけしながら初対面の方がふたりいらっしゃった。
お名刺を交換。
ほか、なかなか会えなかった方々の顔も、久し振りに見ることができた。
当然のように飲み会へと流れたが、絶対に風邪を治さなければならない私はパス。

MJ
リンクの準備で佳苗ちゃんに会わなければならなかったのだけれど、それもパスさせてもらって帰宅。
今日は料理をする力もわかないので、帰路に買った駅弁と味噌汁。
仕事が休みで終日家でぼーっとして風邪を治した夫とふたりで、食べて、就寝。

写真は、先日の三頭山で系ちゃんに、ブナの未生の「歳」の数え方について教わったときのもの。早く復習しないと、忘れそう。

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2011年11月20日 (日)

寝込み週末最終日

F山岳会とも縁が深く、乳がん財団でも活動している山岳ガイドのキャッシーAさんが、今年もまた、ブータンガイドの帰りに日本に寄ってくれることになった。
今日は、キャッシーと1年ぶりに会って一緒にハイキングに行く日だというのに、私はやっぱり立ち直ることができず、キャンセル。
夫もとうとう欠勤。
ふたり同時に回復することが重要。どちらかだけが回復しても、再び風邪がうつって共倒れになる可能性大。
共倒れは、家のなかが荒れてくるのでこれ以上は勘弁。

それほど重症ではないのだけれど、熱が下がるまでは家にいたほうが無難と寝たり、静かに机で仕事をしたり。
明日のインタビューのために、下調べをしたり中島さんが撮っていたサミットプッシュの動画を見て準備をする。
原稿はほんの少しだけ書いた。

北アルプスを囲む岐阜、富山、長野の3県合同山岳遭難防止対策連絡会議は17日、飛騨署神岡警部交番で会合を開き、登山者の遭難防止に生かすため、「北アルプス登山マップ」を来年作る方針で一致した」というニュースを、Rさんのツィッターで知った。
この夏の遭難事故のうち、地図(および地形図)を携帯していない人が目立ったからだという。
ナビゲーションのプロフェッショナルでもあるRさんは、持っているだけで使い方、読み方を知らなければ解決にならず、という至極当然ことをシンプルに述べていた。
ネットに報道されたものによると、「北アルプス登山マップ」には危険個所も書き込んで示すと書いてあるが、危険個所というのは本来、地形図から読み取って、その時のさまざまな状況を鑑みて、それが自分にとって危険かどうか判断するものであり、一概に決めつけられるものでもなければ、他者から与えられる基準でもないように思うのだが。
「地図を持とう」「地形図を読めるようになろう」という初期的啓蒙には役立つかもしれないが、これが遭難事故を減らせるとはあまり思えないし、どこかずれがあるような。
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2011年11月19日 (土)

寝込みの週末

よもや“寝込みウィークエンド”になるとは思ってもいなかった。
数日前から夫が風邪を患い、微熱がありながら仕事へ行ったり、早退して帰ってきたりを繰り返しており、絶対にうつってはならぬと心に誓っていたのだが。
縦からも横からも風雨が吹き付け、傘の骨が折れそうになり、登山用の雨具を着てくればよかったと後悔しながら、近所の町医者へ行くと、「こんなに待っているんですよ」と名簿を見せられた。「電話しますから、一度お帰りください」と。
かくして自宅の電話が鳴ったのは、2時間半後だった。

クライミング計画は無論中止。楽しみにしていたJACルームで行なわれている氷壁の会へも欠席。
薬を飲んでベッドへ直行。
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2011年11月18日 (金)

インタビュー→編集部MTG→モンベル→レイクルイーズMTG

朝、市ヶ谷の改札口で、再びPさんと会う。昨晩別れたばかりだけれど、用件以外にもあれこれおしゃべり。
ホント、彼女は「元気印」だ。こんなに元気で笑顔にあふれている人は、本当に周囲を幸せにしてくれる。

その後、タベイ企画さんを訪問。編集者のOさんと、カメラマンのTさんと一緒。今日は女性トリオだ。
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さんと仕事をご一緒するのは、なんと初めてだ。
しかし、共通の親しい友人が数人いて、以前あるとんでもなく難しい雑誌企画が立ち上がり始めようとしたときに、悩ましく思い、ふたりで会って話し合ったことがあった。
それに、私は彼女が撮るポートレートがとても好きなので、一緒に仕事ができるのは、とても楽しみだった。
彼女の撮るポートレートに写る人たちは、大概、幸せそうな笑顔をしていたり、静かにものを考えていたり、確かな目線で先を見つめていたりするのだ。

インタビューのあとは、Y編集部へ。
3人の編集者たちと、次々に3件打ち合わせ。
年末までの仕事がほぼ埋まった状態。年末進行に向けて、苦しくなりそうだ。

来月予定している、MJリンクネパール参加者たちの忘年会のレストランで遅めのランチ。
私が選んでおきながら、行ったこともないので、ちょっと心配になったから。どれも美味しかったし、人数が増えたことによって貸し切りにしてもらえることになったし、下見しておいてよかった。

次に、モンベルクラブ恵比寿店へ。
広報のクロミホさんと落ち合う。
今年、モンベルがとくに力を入れているソフトシェルと化繊綿のジャケットなどを数点、ご提供いただく。
イベントや個人の登山で着てみて、しっかりフィードバックしたい。
どれも使ってみたいと思う商品だったので、とても楽しみだ。
さらには、自分でも数点買い物。今まで愛用してきた商品2点と新規で使ってみようと思った商品1点。
前者は、いま使用しているものがあまりにボロボロになっていたことに気付いたから。
しかし、帰宅後、もうひとつ興味深い商品を見つけてしまったのが、悩ましい。私の財布の予算には限りがある。


夜、恵比寿のなな樹で、Mドクターと待ち合わせ。
私たちが、春に集めた、レイクルイーズ評価に基づいたアンケートについて、今後、学会や学会誌でどうやって発表していけるか、話し合った。
話し合うというとちょっと違うかな、Mドクターの専門性をもって、私がいろいろ教えてもらったという方が正しい。
久し振りに彼女に会い、改めて、彼女の専門性の高さや、学ぶ意欲や、そしてフラットなものの見方に触れ、あんまりにも自分が未熟だと思った。
けれど、こんなに素晴らしい先輩が身近にいることは、とてもありがたいことだった。
ちょっとしか年齢は離れていないけれど、私も彼女の年齢になったときに、こんな風になれるのだろうか。


写真は、この冬使用予定のモンベル商品の一部。
順番に、「U.L.ダウンラウンドネックジャケット Women's」「ノマドジャケットWomen's」「U.L.サーマラップジャケット Women's 」「U.L.ダウンガイドパーカ Women's 」

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2011年11月17日 (木)

本気MTG3件は、体力使います!

午後、来年仕事をご一緒できそうなPさんと、LaLaさかいやで待ち合わせ。
遅ればせながら、リニュアルオープンしてから初めて伺った。
私は、かねてから試してみたいと思っていたウールのパンツを2種類購入。
ひとつは、IceBreaker、もうひとつはシルクも入っているというHOUDINIのもの。
本当は、SmartWoolのものもほしかったのだけれど、ちょうど店頭には気に入った形の在庫がなかったのだ。

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さんは、姪っ子さんへのプレゼントを選んでいた。

その後、近くのカフェに入って、ミーティング。
あれこれと話が進んだり、飛んだり、広がったり。
私がまったく欠けている性質を彼女が持っていたりするので、とても面白い。
そして何よりも、自分たちが登山で得た深い感動、激しいまで心に残っていること、そういった経験を今後、いろんな人たちと共有したいという思いが一緒であることが、心強い。
どんなことに感動してきたか、具体的にはそれぞれであるが、けれど何に感動したかそのセンスは通ずるものがあると思っている。

実は、今日は19時から来年のMJリンクに関する重要ミーティングがあり、それに先駆け、カフェイン+糖分を注入する約束を、まさみんとしていた。
何時からときっちりした約束があったわけではないけれど、およそ1時間前ぐらいには、どこかのカフェで落ち合おうと互いに思っていたはずだ。
だというのに、私はまったくもってダメだった。時計を見間違えており、ときは既に18時半。慌てて携帯を見ると、着信があり、そしてメールが入っていた。
「どうしている? とりあえずさぼーるに入るよ」と。
なんたることだ、Pさんと私がいるのもさぼーるだ。ふと店内を見回すと、植木鉢のグリーンの向こうにまさみんがいた。
最初は彼女も気づかなかったというが、途中から気づいてもそっとしておいてくれた……優しさだった。彼女のことを、優しい、人の気持ちを本当によく考える人だ、という人は多いと思うが、本当にその通りである。
ごめんね。それにしても、同じカフェを選ぶとは、まったくスゴイ偶然だ。

その後、MJリンクの来年の企画について、田部井さんと吉田さんらも交えてミーティング。
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時過ぎに終わり、そのあとに、私たちふたりはふたたびさぼーるに戻り、今晩のミーティングを踏まえて、今後の作業分担をしたり、新たな問題点を洗い出したりした。

帰宅は夜遅く。

2011年11月16日 (水)

八雲→大学→猪熊さんパーティー→雪崩飲み会

八雲の朝。
一度帰宅してから出勤するというまさみんは、まだ薄暗いうちに発っていった。
かよちゃんと私は、いつもよりほんのちょっと寝坊。
昭和のハイカラ素敵お風呂でシャワーを浴びさせてもらってから、近くにある東屋さんに朝ごはんへ出かけた。
かよちゃんは名物のおかゆを、私はついつい炊き立ての白いお米が食べたくなってしまい、ご飯でいただいた。
ご飯のあとにいただいた秋のお菓子とお薄も美味しかった。

すべて美味しかったけれど、なによりも素晴らしかったのは、この空間。
静謐としており、その中に温かい心遣いがある空間で、庭には本当にいい風が吹いていた。
いい風が吹くというのは、チベット仏教から考えてもとても重要なことである(話は飛躍するが)。

あんまりいい風が吹いていたせいか、東屋さんに来て思い浮かんだのは、東京にあるほかの有名な料亭でもなければ、ヨーロッパの三ツ星レストランでもなく(入ったことないけれど)、カトマンズの中心からちょっと外れたところにある宿、サンセット・ビューだった。
サンセットは、主人の紘子・トラチャンさんに大変お世話になっていて、カトマンズの定宿とさせてもらっているところである。
サンセットには、その姿勢が美しいと感じる清潔感や、決して贅沢ではなくても、細かなところに心配りがある。その温かさに、旅の途次弱った自分の心は、涙がでそうになるほどだったりする。
ホント小さなことなのだけれど、それを泊り客に提供するには、実はものすごい努力をされていたりするのだ。
それは、ちょっと想像してみればわかることだ。

東屋さんに吹く風や朝の陽ざしや、垣根に引っかかっている落ち葉を見て、サンセットを思い出した。

午後からは大学へ。今日は6日目の講義。
日本の自然、山岳地域を、標高や植生、自然条件などからいくつかに区分し、それぞれの自然や気象、地形、植生、棲む動物の特徴を伝え、そしてそれぞれのエリアで遊ぶ際に注意したいこと、あるいは魅力を伝える回とした。
ちょっと総花的話題であり、これまでの講義のなかでいちばん難しかった。
もっと写真を多用し、それを効果的に使えたようにも思う。
このテーマでの講義は、まだまだ不完全であり、また挑戦したいな。

その後、一度帰宅し、机仕事を仕上げてから、四谷へ。
山岳気象予報士の猪熊隆之さんが、独立し、新しく会社を興したというお祝いの会だ。
各方面、登山の業界で働くいろんな方々が集まっていた。
早朝に別れたばかりのまさみんもいた。
とても全員とはお話ができなかったが、いくつか心に残る出会いがあった。

ひとつは、シリアスクライマーである日本登攀クラブのUさんが「柏さんですよね」と声をかけてくださったこと。
彼とは、共通の親しい友人夫妻がいて、いつも友人夫妻からUさんの名前を聞く。
いわく、Uさんとどこそこへ行った、登りに行った、彼はいまこんなことしているらしいなど。
だから、とても近しく感じていたのだ。
サーファーでもあると聞いているので、もっとサーフィンの話も聞きたかった。
気さくな優しい方だった。

もうひとつは、もう10数年前にもなる私の記事を覚えてくださっていた、都岳連の方だ。
西丸震也さんの『机上登山』をたどりながら、会津旭岳の沢を歩いたことを、『山と溪谷』に書いた記事だった。
西丸さんは、著作の中で、この沢にまるで上高地のようなところがあると書き、その景観や雰囲気を想像していた。
私たちは、その幻の上高地を探しながら歩いたのだった。
無論、上高地のような規模のところはないが、おそらくここがそんなところだろう、というような開けた土地に出会ったし、またなんだか興味をそそるような名前のついた枝沢に出会ったりした。
彼は、会津駒ヶ岳側から、会津旭岳側の沢に降り立ち、釣り歩くことがあるようだった。

お開きのあと、あちこちで宴会が持たれたようだけれど、私は出川さんと義景くんと3人で飲みに出かけた。
まったく、ねぎを背負ったカモだった。二人に相談したいことがあったのだけれど、そんな私の下心はあっという間に砕けられ、数年前からいただいている宿題について、私がまったく手を付けてないコトが明らかになるだけだった。
いったい、どうやってみんな、そんなにいい仕事を沢山して、ご自身の山登りもしっかり続け、そしてやるべき新たなことに着手しているのだろう。
私は自分のことで精いっぱいで、この先も宿題にどうやって手をつけるか、悩ましい限りだ。
名ばかりで実が伴わないのでは、意味がない。やるべきことが沢山あって、本当に悩ましい。

とはいっても、久し振りに二人に会って、一緒に酒を飲めて、とてもよかった。

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2011年11月15日 (火)

八雲MTG

待ちに待った八雲MTGの日。
ともかく仕事を早く終わらせ、買い出しは間に合わないから、3人が集合してからということになった。
まったく多忙極めるこの顔ぶれが、こうやって一夜を共にできるなんて奇跡的ともいえよう。
私のモットーは、本当に会いたい人には11月中に会うということだ。
12月になると、年末進行がいよいよ佳境だし、忘年会の数も多くなるし、なにしろ慌ただしい。
思いおこせば、今年の忘年会は今月2日夜にケイコさんと会ったことから始まったな。

八雲MTGの顔ぶれは、もちろんかよちゃんとまさみん。
私の親しい二人の友人が、数ヶ月前に互いに知り合い、親しくなってくれたことは、この上なく嬉しい。
こういうことってとっても嬉しい気がする。
八雲MTGのテーマは、もちろん命式。これ以上深く触れないが、ともかく命式。
八雲MTGの会場は、もちろん新かよ邸。この夏に引っ越した、かよちゃんの新しいオフィス兼自宅だ。

八雲のお宅に到着すると、スタッフのYさんがいらっしゃった。
彼女はいつも本当に落ち着いていて、しっかりしていて、そして温かみのある本当に素晴らしいスタッフだなあ、と外部の私も感じている。
今日は、私たちに温かいカモミールティーを入れてくれた。

かよちゃんの新邸は、本当に素晴らしかった。
昭和の家宅というのは、こういうのがいい。
ちょっとしたゆとりを感じるのだ。
私の実家は千葉にあるが、私が小学2年生のころ建て増しをした。それまで平屋だったものが、1階の面積も広げ、2階建てになった。
ゆくゆく、私が高校生になったときから約7年間、私たち家族はちょっと離れた別のところに引っ越したため、その家は借家として出していた。
7年後に戻るとき、家があまりに荒れてしまっていたようで、我が家はいまどきの、住宅販売会社の家にとって代わってしまったのだ。

しかし、私はやっぱり、あの小学校の頃から育った家が懐かしい。
豪邸だったわけでなく、けれど玄関にゆとりがあったり、階段にちょっとした飾りがあったり、床の材木がしっかりしていたり。
こうやって、当時は、地元の工務店さんが一軒一軒建ててくれていたはずだ。

なんと、かよちゃん邸にある階段の意匠とか、飾り棚とか、括り付けの収納スペースのひとつひとつが、私の育った家と同じだったりした。
だから余計、とても懐かしかった。
まさみんも子どもの頃育った国の家を思い出したという。それは、意匠が同じだったというわけではないが、「古いものを長く、大切に使い続ける、住み続ける」ことが同じだったからだという。まったくこういう豊かな家は、本当に少なくなってしまったと思う。

我々のミーティングは、深夜まで続いた。

2011年11月14日 (月)

家の中で仕事

今週は連日連夜、ビッグイベントが続くので、なにもない今日のうちに机仕事、原稿書き、年末に向けての家の中のいろんな仕事をできるだけ進めておく。
進めたつもりではあるが、ちっとも進まなかったともいえよう。
なんで、クライミングジムは月曜定休が多いのだろう。いや、理由はわかっているのだが、私個人は月曜だと行きやすい週が多く。
ここ数週間続いた、週1~2回のクライミングジム通いが、ここにきて崩れそうだ。

ところで、ずっとニフティに問い合わせていた、画像がアップできない問題というのが、やっと解決した。
あるいは、非常に常識的な技術だったのかもしれないが、私はまったく知らなかったEXIF情報に関するものだった。新しいソフトをダウンロードし、EXIF情報を削除することで、画像アップが通常通りできるようになった。そうだったのか。
ということで、過去日記もさかのぼって写真をアップしています。

これは10月末に登った金峰山の五丈岩
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2011年11月13日 (日)

F山岳会 官ノ倉山+石尊山

F山岳会の月例山行。
先月、先輩のMさんと下見に行った官ノ倉山と石尊山だ。
今日も、里は美しい秋の風景が広がっていた。本当に雰囲気がいいところで、私はすっかりこの周辺の土地のファンになってしまった。

そして、偶然にも今日は同じ山を、中村先生も登っている。
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の勉強会で再会したときにお聞きはしていたのだが。
中村先生とは、昨年のウィルダネス・ファーストエイドのトレーニングをご一緒させてもらった仲であり、5日間ともに学び、トレーニングし、一緒に試験を受け、なんとか(←これは私についてのみ)合格したのだ

中村先生は、大学の生徒さん達を連れていた。
峠で彼が見せてくれた写真は、磯貝さんと一緒に槍沢を滑った時のものだという。おふたりが20代のころのものというから、30年ほど前のことか。
先日、FaceBookに私が、故磯貝猛さんの写真展について書きこんだとき、いち早くコメントを入れてくれたのが中村先生だった。
何度か、磯貝さんらのツアーで山を滑ったという。まったく知らなかったし、中村先生は、磯貝さんが亡くなっていたことを知らなかったという。
写真展は、穂高の田淵行男記念館で行われているのだが、さっそく家族会議を開き、クルマを走らせ、写真展を見てきたそうだ。
もってきてくださった写真を覗くと、若いころの磯貝さんがどこに写っているか、すぐにわかった。その立ち姿はいまとちっとも変らないからだ。
「今日は会えると思って、持ってきました」と中村先生。そのお心づかいに感謝。

下山後は、小川町の里を歩いて駅の方面へ向かう。
里には、金柑、柚子、無花果、桑の実などがなっていた。柿の木はほとんどの家にあり、どこの実も熟していた。
とぼとぼ歩きながら、いろんな話をするなかで、私が直面している親の介護についても話題に。
なかなか話づらい面もある話題だが、なぜかF山岳会の先輩達には、素直に全部話せてしまう。
それは、彼女たちが、すでに親に介護について様々な問題に直面し、それを乗り越えてきたからかもしれないし、彼女たちが人生のなかでの痛みを本当によくわかっていつも思いやりをくださるからだと思う。
介護の専門家の方々もいて、本当に力強い言葉をくださった。

下山後は、F山岳会のメンバー数人とブロワリーへ。
店の扉を開けると、数週間前にMさんと寄った時にいた地元のおばさまが、また同じ席に座っていた!

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2011年11月12日 (土)

F山岳会ミーティング

午前中はF山岳会のミーティング。
山行リーダーたちが集まるこのミーティングは、2ケ月に1回行われるのだ。
今年前半は、月例山行にもまたミーティングにもほとんど参加できなかったけれど、後半は何とか参加中。

ミーティング後、いつものようにYさんとHさんとご一緒してランチへ。
それぞれの近況をお聞きしたり、私も率直に最近の悩み事を話したり。
こんな風に、率直に言えるのは、やっぱり彼女たちが、人生の大先輩であるから。

2011年11月11日 (金)

Hitsuji Project 低体温症クラス

今日は、Hitsuji Project初のご依頼いただいてのお仕事。
横浜市泉区社会福祉協議会様からのご依頼。
4月と5月に行なったサバイバルナイトについて、テレビなどの報道を見てくださったようで、震災などの有事の際にどうやって自分の身を守ったらよいか、それを講義してほしいというご依頼だった。
自分の身を守る方法や、その際に気を配る点、考えるべき点は多方向に渡っているけれど、そのなかでも最重要事項のひとつ、“寒さから身を守ること”について、私たちは講習を行なった。

前半は私が、低体温症の基礎知識を紹介。低体温症のメカニズムや症状、予防法、対処法など。
冒頭で、3.11の震災の時の新聞記事を皆で読んだ。そこに書かれていた文章には、低体温症の原因・症状・対処法を表す言葉が具体的に並んでいた。
たとえば、原因でいえば「ずぶ濡れになった」「翌朝は放射冷却で冷え込み」、症状は「ガタガタ震え」、対処法は「(電気も火もなかったから、ありったけのモノを使い)部屋のカーテンで患者を保温し」など。
震災の際、低体温症で死亡した例は、阪神淡路大震災、パキスタン北部大地震など、過去にも多数ある。

後半は、Hitsuji-Mこと恩田真砂美さんが、シナリオトレーニングを行なった。
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グループに分かれて、ひとりが低体温症患者役、ほかの2~3人が救助役となる。
患者役の人たちは部屋に残り、恩田さんからそれぞれの症状が告げられる。それは軽症であったり重症であったりで、患者役はそれにのっとって演技をするのだ。
救助役の人たちは、私と一緒に一度部屋を出る。恩田さんからの指令が聞こえちゃうから。
そして、私の方では、みなに、手当て・救助するに当たってのポイントをもう一度伝え、皆から質問を受けたりした。

結果、3グループともとても機敏にそして適切な手当てをしていたように思う。
シナリオトレーニングは1回しかできなかったけれど、患者役をした人にとっても得るものはあったと思っている。
それは、私がSlipStreamsWMAのウィルダネス・ファーストエイドのトレーニングを受けた中で数えきれないほど行ったシナリオトレーニングのとき、身をもって感じていることがあるからだ。
患者役は患者役で、とても勉強になるのだ。
相手がどんな手順で手当てをしていくか、ちょっと距離をもって見ることができる。だから、「あ、いい順番で進んでいるな」と思ったり「ちょっと手間取っているな」と感じたり。
また、救助役の人たちが自分を扱うさま(体を動かすとか、触れるとか)を体験でき、患者役はどんな風に感じるのか身をもってわかるのだ。
時には、顔元を歩き回って、砂埃が顔にかかるときもあるし、ちょっと乱暴に扱われるときもあるし、ああ患者役はこんな風に感じるんだろうなあと想像できるようになる。

最後、参加者の皆さんから一言ずついただいた。
これは、講義をする側の私たちにとっては宝物になるようなもの。
印象的だったのは、昔登山をしていた方の言葉。かつての登山のなかで起きたあんなこと、こんなことが、ひょっとしたら低体温症の初期だったのではないかとか、あるいはあの時の判断がどうだったのか振り返るようなチャンスになった、というようなことをおっしゃっていた。
これは、とても嬉しかった。

講義後は、まさみんとふたりで反省会。
それと来年のHitsuji Projectの計画を練る。
ふたつのプロジェクトは既に進行しているけれど、今後いよいよ大詰めになるので、打ち合わせるべき事柄は沢山ある。
また、さらにふたつのイベントについて考えてみた。
キーワードは「月」。
来年のHitsuji Projectのイベントには、扉を開けるとそこに夜空に浮かんだお月様があります!
お楽しみに。

なお、Hitsuji Projectでは、この様な「出前講習」を随時承っております。ご関心のある方は是非ご一報ください。
また、今回の講義については、横浜ケーブルビジョンの「地域みっちゃく!YVCで、11/14~1週間、数分ですが繰り返し放映されます。お持ちの方は、ぜひご覧ください。都内在住のHitsujiたちは、このチャンネルを見ることができず、どんな番組に仕上がっているかは、まだわからないのですが。

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2011年11月10日 (木)

Powder Guide

今日は、女子登山ガイドMTGで、みんなで一緒に山に登る日だったのだけれど、個人的事情により、行けなくなってしまった。とても残念。みんながいろいろ準備してくれたのに。
昨日に引き続き、もろもろの問題を片付ける。

気分転換に、ジョギングに出た。
午後から明日の準備。配布資料を作り、パワポを作り、講習内容を組み立てる。


ところで昨日、『PowderGuide』が届いていた。
編集長の文博さんが毎号送ってくださるけれど、なぜ2冊入っているのだろう?と思いながら、若干フキツな予感もしてページをめくると、あった……。
川﨑カメラマンは、雪山で会うと、必ず写真を撮ってくださる貴重な方。後日何枚も写真を送って下さるので、自分の欠点がイヤというほどわかり、とてもありがたい。
しかし、あの時の滑りがこんなにひどかったとは。
足首はちっとも緊張感がなく伸びきっており、おまけに内倒している。こんなはずじゃなかったのに。ひどい。
しかも、上に掲載されているかなっぷの方が上手い。わかっているけれど、悔しい。
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2011年11月 9日 (水)

大学の授業5日目

獨協大学のオープンカレッジ5日目。
山での食べることと飲むことについて。
登山がどれぐらいの運動量であり、どれぐらいカロリーを消費するのか。
どんな栄養を必要としているのか。
どのようなものを、どれぐらい、どんなタイミングで食べるとよいのか。
山の上で温かいモノを食べるにはどうしたらよいか、装備の説明。
山小屋の食事ってどんなものか。

いったい、どれぐらいの汗をかくのか。
水分補給を怠ると、どれほどパフォーマンスが落ちるのか、リスキーなのか。
どれぐらいの水分を、いつどうやって補給したらよいのか。
どんな水筒があるのか。
山の中にある水場ってどんなところなのか。

などなど。
受講生のなかには、山小屋に登山者各自が生米をもっていった時代の方や、いまもってマナスルを使っている方もいらっしゃった。

授業後、来年の講座について大学側とミーティング。
帰宅後、机仕事。

2011年11月 8日 (火)

再び実家へ

今日は午前中から夫とふたりで実家へ。
もろもろの仕事やいろんなことをかたっぱしから片付ける。
その後、一人暮らしの老いた母と話し合い。
あっという間に8時になっていた。

庭の柿のと柚子を採り忘れた。

帰宅後、仕事に戻る。

写真は、ベリー類のあと森岡さんから届いた黒無花果。
ねっとりとしてて、濃厚な味わい。
「今年は小粒になりそうで、満足いくものが創れるかわかりませんが」とおっしゃっていたが、届いたところを見ると、ちゃんと宝石を創り上げたよう。感謝。
土や自然と真剣に向き合ってきた人ほど、今回のことで悩み、痛手を受け、出口が見つからずにいる。

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2011年11月 7日 (月)

予定がくるって

原稿書き、その他。
そして、実家へ。
いろいろ身辺のことがあり、帰京が遅れてしまい、予約してあった鏑木毅さんのトークショー@TNF原宿店へ行けずじまい。

写真は、先日の三頭山荘の山菜料理。

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2011年11月 6日 (日)

みつをさんの展覧会へ

3人が朝風呂に出かけて行ったことは、まったく気づかなかった。
温泉宿での朝風呂はひじょーに重要なコトであり、その後二度寝するのがだいご味だというのに。
遅れて露天風呂へ行くと、3人は既にのぼせるほど入っている頃だった。

朝食を食べて、都心へ戻る。
新宿で解散後、かよちゃんとランチへ。
今年はほんとうに彼女に助けられた。
仕事も続けられないかと思うほど、大変だった時期も、彼女の優しさに救われて、なんとか過ごしてきた。

夕方、恵比寿で開かれていた中村みつをさんの展覧会へ。
テングくんをモチーフにしたエッチングを購入。
みつをさんの作品をいただくのは、2度目だ。
エッチングに描かれている天狗は、天狗になりきれないテングであり、、、私が買い求めたのは岩の上から飛び立とうとしてながらタイトルは「修行」。
身に覚えのあることばかりなのだ。

涸沢や剱岳をモチーフにした作品もあったし、奥秩父の笠取山や雪山をグリセードで下る「帰り道」という作品も印象的だった。
みつをさんの作品は、誰もがわかるようにホンワカとしていて優しい雰囲気だ。
しかし、その中に強烈なリアリズムや山に対する思いがあるのを知っているだろうか。
ここまで、自然のこと、登山の内面を描けるのは、彼自身がクライマーだったからだと思うし、また自然への目線が違うのだと思う。

そうそう、コマクサはこんないろんな色をした砂礫地に咲くんだよね、とか、そうそう、登山者の目には山はこういう風に映るんだよねと、淡い色使いのなかにリアルな自然や登山者の思いが描かれていたりするのだ。

みつをさんのような大先輩を前に、門前の小僧が偉そうなことを言ってしまうが、私はそういうみつをさんの作品が大好きだ。

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下記の絵は、ギャラリー「Hutte Malle」のサイトより。

2011年11月 5日 (土)

三頭山

パンダ山の会の登山。
ブナ学者で、いつも私の冬の居候先の系ちゃんと、親友のかよちゃん、それとTNFのイベントなど公私ともどもお付き合いのあるゆっこちゃんと4人で三頭山へ。
往路のバスで、ウィメンズ・マウンテンアカデミーの常連参加者さんであるYさんとお会いした。会社の友人とふたりで歩きに来たのだとか。
いつも激務激務で、山に行く時間を作り出すのが精いっぱいのように見受けられていたので、こうやって元気そうな姿を山で見ることができて、嬉しかった。

私たちは、植物の専門家である系ちゃんとかよちゃんの講義を聞きながら、山へ。
途中、同じくウィメンズ・マウンテンアカデミー参加者のEさんとも遭遇。奥多摩湖から登ってきたという。浮橋を使ったのかな?
山頂では、山の先輩のエクアドル土産であるカカオマスバターを使って、ホットチョコを作ってみたところ、薫りが高く、とても美味しかった。これが本当のココアの味なのかもしれない。

三頭山は、憧れの山だった。
一度も登ったことがないというと、驚く友人もいたけれど、実は私はあんまりいろんな山に登ったことがなく、とくに東京近郊の山や低山のことは数年前までまったく知らなかった。
少しずつ知るようになったのは、サバイバーの方々との登山を始めたことや、MJリンクなどを始めたことがきっかけだった。

三頭山のブナはほんとうにきれいだった。
ふたりには、イヌブナとブナの見分け方を教わった。樹肌や葉の形だけではどうにもわからないことが多いのだけれど、イヌブナの葉の感触は、ピーチスキンなのだとかよちゃん。
なるほどだ。

そして、憧れの笹尾根を少し歩くことができた。
とってもいい尾根だった。
富士山と三つ峠、道志山塊の山々が望めた。

下山後は、4人で三頭山荘に投宿。
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皿の山菜がついてくる夕食が、これまた憧れだったのだ。
日本酒がどんどん進んだ。

部屋に戻って、激務続きのかよちゃんは布団に直行。
私は、系ちゃんにノルディックポールのレッスンを受けた報告をする義務があったのだけれど、、、果たしてちゃんと伝わったか。

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2011年11月 4日 (金)

日常スポーツとサイクルモードへ

ノルディックとジョギングとクライミング。
みっつやったら、意外に疲れた。

夕方からサイクルモードへ。
登山関連メーカーでは、モンベル、ドイタ―、コロンビア、ガーミンが出展。
登山業界より規模が大きいのはいうまでもないことだけれど、どの程度大きいのか、肌で実感できた気がした。

帰りのクルマのなかは眠くて眠くてたまらなかった。

帰宅後、パッキング。

夜は日付が変わる頃まで、仕事仲間と電話ミーティング。
来年の企画について話し合う。

私がネットで英会話レッスンを受けようかと思っていると話すと、外国に生まれ育ったハーフの彼女は、「私と話せばいいんじゃないの?」と。確かにその通り。
「じゃ、次回からミーティングは英語ね」と。さあ、いよいよ話が進まなくなるぞよ。

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2011年11月 3日 (木)

野外救急法 野外で使える法律勉強会

タクヤさんとイサムさんと、そしてトヨの3人組が企画した「

野外救急法 野外で使える法律勉強会」に参加した。

タクヤさんとは会うのは初めてだけれど、これまでカナダやオーストラリアから電話をくれたり、メールで話をしてきた。
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のインストラクターであり、パラメディック、山岳ガイドの仕事をしながらカナダに暮らしている人だ。

イサムさんは、昨年12月のWMAの講習で知り合った。いまではインストラクターになっているが、当時は私たちのために米国人講師たちの通訳をしてくれていた。
彼の通訳は秀逸で、意訳すべきところは見事に意訳してくれ、直訳したほうが効果的なときは直訳すると、使い分けてくれるのだ。
ウィルダネス・ファーストエイドについても、救急救命についても、また登山についても深く精通している人でなければできないことだろうから、深く感動した。

トヨ、はそのWMAの講習を一緒に受けたクラスメイト。4日間×2回を一緒にすごし、講習を受け、ともに勉強し、ふたりとも試験をパスした。
しかし、彼のスゴイところは、12月には受講生だったのが、そのわずか4ヶ月後には、自分で講習会を主催していたことだ。
自分ひとりがウィルダネス・ファーストエイドを身につけても意味がない。周りの人たちみんなができるようにならなければ、と2日間のコースを開催した。
その行動力にはまったく、脱帽した。

その3人が開催してくれたのが、今回の勉強会。
北米から輸入されたウィルダネス・ファーストエイドは、実際に私たちがそれを行なうとき、どの時点からどのような法律に触れることになるのか。
私たちがファーストエイドを施した時に、国内法には守れていないことがほとんどなので、それは一体どういうことなのか。
山岳ガイドとして、顧客に施した場合、いったいどの法律に触れるリスクがあるのか。
そもそも、これらに関係しうる法律は、民法、刑法、医師法のなかのどれにあたるのか。
それらの条文が意味するものはなにか、いったいどういう法律なのか。
など3人からレクチャーがあり、そしてみんなで考えた。

最後に4班に分かれて行った作業は、法律からは離れたものだった。
私たちが活動する場それぞれが、いったいどれほどウィルダネスであり、アーバンであるのか。
またウィルダネス・ファーストエイドに定められているプロトコルは、いったいどれほど緊急性があるのか、どれほどのウィルダネスであれば、あなたはそれを行なうのか否か。
考える場だった。
(また、北米でプロトコルを行なう場合の条件についても説明があった)

結局わかったことは、あらゆることがグレーであり、そしてなんら法的後ろ盾がないとういことだ。
それはいままでもわかっていたことだけれど、改めて認識できたし、また具体的にどの法律にいつ、どう触れる可能性あるのか認識することができた。
そしてさらに、そのような現状を踏まえて、登山ガイドとして顧客に、あるいはいち登山者として仲間に、自分はいったいどのようなスタンスをとるのか、自分自身の考えを整理し、再認識することもできた。

非常に貴重な機会であり、3人はもちろん、今日一緒に勉強した参加者みんなに、心から感謝した。
ウィルダネス・ファーストエイドを学んだ人には、ぜひ参加してもらいたい内容だった。
そして私自身も、これからもこの様な勉強会には積極的に参加し続けていき、またウィルダネス・ファーストエイドのリフレッシュも行っていかねばと思った。

写真は、宝石のような小果実を創る森岡さん@秋田から贈っていただいた冷凍のベリー類。左から、カシス、レッドカラント、ラズベリー、ブルーベリー。毎朝、ヨーグルトにトッピングしていただきます。

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2011年11月 2日 (水)

夜の築地へ

家で仕事をしたあと、夜は、築地へ。
先日の昼間に友人と自転車デートで訪れたばかりだけれど、今日は素敵なバールへ。

山の仲間と待ち合わせ。
彼女はここ数年、山を始めた人だけれど(いや、その前にも経験があったのだろう)、その山の楽しみ方たるや、ステップアップのさまたるや、まったく脱帽なのだ。
これこそを「センス」というのだろう。

私たちはいつも一緒に飲むと、終電を逃す癖があるため、今日は彼女は12時には閉店になる店を選んでくれていた。
しかし、お店側がとても優しく、気づいたら12時はとうに回っていた……。

ところで、店のご亭主、サーファーさんだそう。たくましい腕をしていた。
尊敬するサーファーは、ジェリー・ロペスと。であれば、山もやらねばなりませんでしょう。

2011年11月 1日 (火)

ノルディックポールの日

11月は、人前で話をする仕事が5回(大学授業3回+ほか)あり、MJリンクでのガイディングが1回。
それらの下準備を少しずつであるが進めている。
さらには、今月予定されているインタビュー2件の下調べ。
来年の仕事の企画立案。

夜、ノルディックポールで歩いた。
もっと押した方がよいのかもしれない。フォームがわからなくなってきた。
しかし、それにしてもノルディックポールは楽しい。
ほかの人たちは、走る気になれない日(故障とか疲労とか)にノルディックポールをしているらしいが、私は楽しくて、走る気になれなくなってしまった。
これでは、幻覚ツアーに向けて、やばい。

☆本日アップの過去日記は、8/8~13 富士山、八ケ岳、ほかまさみんのアルパマヨお祝いなど。ちゃんと仕事もしていました。

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