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2011年10月

2011年10月31日 (月)

机仕事の1日

終日、家で仕事の日。

夕方、菅ちゃんから電話アリ。MJリンクを一緒にやっている仲間で、登山ガイドが職業だ。
今年の冬の過ごし方(プライベート)について、あれこれ話し合った。
その後、MJリンクの来年の計画とシステムのこと、それといま抱えている頭の痛い問題について話し合った。

MJ
リンクの魅力のひとつは、いろんな女性たちがサポーターとして参加していることかもしれない。登山ガイドを本業にしているのは3人、会社員やほかの仕事をしながら登山ガイドをしているのが2人、ほかは会社員だったり主婦だったりする。
たとえ登山ガイドの仕事を本業としている人であっても、これだけほかのガイドと交わりながら共同作業ができる場はあまりなく、多くの場合、ガイドは一匹狼的に行動する。
だから、MJリンクはちょっと珍しいかもしれない。

今日の仕事は、あらゆる雑仕事。
請求書作成、支払、手紙書きなど。1日かけてやったけれど、まだ雑仕事は終わらない。
明日から11月。いいペースで年末を迎えるためにも、コツコツ仕事を進めなければ。

☆7/31~8/7までの日記アップ。ところどころ、写真がアップできないところあり(おそらく、システムの問題)

2011年10月30日 (日)

秋深まる小川山クライミング

翌日は林道沿いにある岩場へ。
岩の名前もルート名も知らないのだけれど、ケミカルが打たれていて、終了点(ペツル)もよく整備されている。
彼らはほとんど初めての岩登りなので、これぐらいのところで、トップロープしたり、右側の簡単なリッジを使って、リード&フォロー、そして懸垂下降…という一連の流れをみにつけるにはぴったりだった。

先々週、栃木の岩場で、岩登りのごくごく基礎と、ロープワークのごくごく基礎と、懸垂下降をほんのちょっとやっただけだけれど、若いということは素晴らしく、みんなほとんど苦労なく、いろんなことができるようになった。
けれど、ロープワークはまだまだで(当然であるけれど)、懸垂下降もぎこちない。
これからどんどんやりこんで、どんどん登れるようになっていくのだと思う。

昼近くに雨が降ってきて、退散。
テントを片付けたあと、リーダーが小屋に幕営料を払いに行ったところ、事情を聞かれたようだ。
廻り目平はクルマで来る人が圧倒的に多いから、昨日金峰山から下りてきた、夜遅い時間だったので、支払いが今日になったことを説明したところ、「ではどうやって帰るのか?」と聞かれたよう。
川端下まで歩いていき、そこからバスに乗って信濃川上駅へ行くと言ったところ(私もそんな経験は初めてになるのだが)、なんと送って行ってくれると言ったそうだ。
ウチの真面目な学生達は、「今回は合宿であり、全部トレーニングだから、クルマで送ってもらうことがよいかどうか、同行してもらっている監督・コーチに聞かなければわからない」と答えたそう。
いい子たちだ。

川端下のバス停は雨をしのげるところがないからと、秋山まで送ってくださった。
そして、信濃川上から小海線に乗り、小淵沢から東京に戻った。

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2011年10月29日 (土)

黄葉の金峰山

学生4人と韮崎駅で待ち合わせ。
週末は、25歳年下男子たち(ウチの山岳部員)と一緒に山登りなのだ。
ホントはこんな登山、学生だけで行ってほしいし、十分行ける内容なのだけれど、昨年は部員がゼロで休部だったコトや大学側の管理も厳しくなり、なかなか学生同士での登山の許可が下りない。学生だけで山に登らないなんて、山岳部の意味はないよ、と言いたい。

今回は、雪山合宿に向けて、ボッカとテント生活(彼らはまだスタートしたばっかりでテント生活を1週間もやっていない)。
初日は瑞牆山荘から大日小屋まで、明日金峰山に登って廻り目平に降りて、ちょっとクライミングする予定にしていた。
しかし、今日は天気がよいこと、OBが私を含めて2人もいること、明日は天気が下り坂になることを考え、ヘッドランプ覚悟で、一気に廻り目平まで行くことにした。
朝東京を出発しているので、瑞牆山荘発が10時半ごろであり、リーダーの能代谷くんは、「午後3時前にテン場に着かなくていいんですか?」とか、教科書通りのことを言ってきた。
そんなこと、自分が大丈夫だと判断できるのだったら、守らなくてもよいのだ。

途中、読図についてや、登山道でのリスク回避のいろんなコトなどを教えながら進んだ。
教えるというのは、なかなかおこがましい言い方だけれど、ともかくかなっぷも私も、彼らに早く自立してほしい、自分たちを抜いて、どんどん山に登ってほしいと思っている。

金峰山で夕方になり、山小屋を通過するころには、八ケ岳方面の夕陽がきれいに見えだした。樹林帯に入って間もなく、ヘッドランプになった。廻り目平に着いたのは、19時半ごろ。


けれど、アクシデントがあったわけでもないし、天気がいいこともわかっているし、リスクも少ない登山道なので、悲壮感はない。
それでも、ヘッドランプで闇夜を始めて歩く学生たちにとっては、「下りが長く感じられた」そうだ。

しかし、若いということはいいことだ。25キロ近く背負って、9時間以上歩いても、ちっともくたびれた様子はない。
うらやましい。

テントを張って、たき火をして、夕ご飯を食べて、就寝。

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2011年10月28日 (金)

埼玉の里山

今日は、F山岳会の来月月例山行の下見。
会のM先輩とふたりで埼玉の里山へ。彼女が、登山道具店に勤めてガイディングもしていたころに、お客さまと何度か歩いたことがあるという官ノ倉山と石尊山。そしてその前に、当日雨だった時のために、金勝山も登ってきた。

山麓も、山のなかも、山の途中の果樹園も、すべてほのぼのとした本当にのどかないい雰囲気の土地だった。
このあたりにはあんまり来たことがなかったけれど、とてもよいところだと思った。

下山後、ふたつの酒蔵を巡ったあと、偶然見つけたブロワリーへ。
マイクロブロワリーという店名のここは、本当に素晴らしいお店だった。さすが呑兵衛コンビ、決して見逃さない。
松の実の味付けをした黒ビールも、エールもどれもおいしかったし、地元野菜も野生酵母という名の酵母を使って焼いているというパンも、すべて美味しかった。

M
先輩が最近3週間ぐらいネパールへ行ってきた話を聞いたり、私のアメリカハイキング話をしたり。
彼女は、エベレスト街道をずっと歩いてきたというが、バッティの食事が格段によくなっていて、初めての人や苦手な食べ物がある人でもほとんど困らず、快適に行けることを聞いて、あああ、バッティの食事が食べたいなあと、うらやましくなった。

ところで、リカさんが言うには、このブロワリーに立ち寄れば、数日間お腹の調子がいいそうだ。
彼女は山を走ったあとは、いつもここに寄るそうな。

写真の稲穂は、古代米。よく見ると穂先が赤くなっていた。

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2011年10月27日 (木)

真砂美+志津のトークショー@ロックランズ

机仕事のいちにち。
夜、クライミングジム・ロックランズへ。
ボルダーを1時間やっただけで、程よい疲労感がやってきた。
初めてあった女性が、私ができないところを教えてくれた。彼女は足を入れ替えていたと。
こんどやってみよう!

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30~はまさみんと志津ちゃんのトークショーが始まった。
志津ちゃんは、登山ガイドの仕事を通じて得た経験を中心に、日本の山登りについて紹介したりしていた。
秋の紅葉がきれいな尾瀬の写真やミューレンのヴィア・フェラータなども。
志津ちゃんの登山には、いつもヨガが取り入れられていて、いいなあと思う。

そして彼女が先日習ってきたアユールヴェータでは、朝起きたときに白湯を飲むと効果があるという話をしてくれた。
明朝から実行してみよう。

まさみんは、これまで15ヶ国で登山、クライミング、自転車の旅、犬ぞりの旅をしてきた話をした。
彼女との付き合いは長くほとんどのことを知って、理解しているつもりだったけれど、改めて、会社員であるまさみんが、毎年なんとか休みをとって続けてきた登山と旅が、こうやっていま振り返ると、一本の線でつながっていて、それが自分の人生の軸となり糧となっていることを知ることができて、とても嬉しく、素晴らしいと思った。
そのことを、確か彼女は、「人生の中で印象に残る経験をするとよいと思う、それが線でつながっていく」というような表現をしていたと思う。

一年に一度でも、強く深く印象に残る経験を自分で創り出すことができたら、それはほんとうにその人の肥やしになり、財産になり、宝ものになっていくだろうし、それを積み重ねていけば、本当のチカラがついてきて、確かなものとなっていくはず。

トークショーのあとも、参加の方々からいろんな質問が出ていた。
そのうちの一人の方の話がとても印象的だった。
この夏、マッターホルンを登りに行ったけれど、登れなかったと。ルートファインディングが難しかったけれど、どうしたらよいのか、と。
ガイド登山ではなく、自分たちで登りに行ったのだと話していた。
まさみんは、ルートファインディングは国内でも難しいことが多く、経験を積み重ねるしかないのではと言っていた。
さらには、海外は情報を得ることも重要だけれど、情報が少ない場合もあり(マッターホルンは違うとしても)、その場合、その場で自分たちで見極めるしかなく、行くか戻るか、自分は行けるののか戻ることはできるのか、自分の力量とルートの状況を照らし合わせて判断していく必要性について、応えていたと思う。

私もまったくその通りだと思うが、それにしても、マッターホルンにトライしたというその若者の顔つきはなんだかまぶしいほどだった。
たとえば、とても簡単で短時間で登れる初級の山と言われているメンヒであろうと、アラリンホルンであろうと、コンディションが悪ければ難しい。
ガイドはルートをよく知っているから、ロープを出すべきところではさっと出して、あとはショートロープで引っ張っていってくれる。
(私は、先輩の国際山岳ガイドさんのロープに混ぜてもらって、そうやって登ったことがあった。とても楽で、あっという間に登れた)
それに比して、自分たちで判断し、ロープを出したりしまったりしながら、登って行くのは、それはそれは全く違う経験だ。
それこそ、肥しとなる貴重な経験なのではないかと思う。

トークショーのあと、かなっぷと私までおよばれして、一緒に夕食会。
すっかりご無沙汰していた東さんにも、羽鎌田さんにもお会いできた。
話は前後するが、会場では、校正の仕事をしていらっしゃるというFさんやエーグルのデザイナーさんにもお会いすることができた。

今日のブログの写真はナシ。
ロックランズの前に、ふたりのトークショーを知らせるものすごくかわいいサインが立っていたのだけれど、終了後には終われており、写真はとり損ねました。

2011年10月26日 (水)

大学授業3日目、旧友と夕ご飯

個人的理由で、故意的にストップさせていたブログ。
仕事のことを考えると、再開したかったし、また何より、このブログは私にとっても、日常の中にひとつの小さなリズムを作り出す大切なものだった。
ブログは、登山に関連するライターが毎日、どんな仕事をして、どんな日々を送っているのか紹介する目的があり、そして、自分自身にとっては、原稿を書く前の準備体操でもあったのだ。
だから、読んでくださっている方々には申し訳ないけれど、殴り書きと言ってもよい。構成など考えずに、思うがままに書きだす。推敲もなにもしないから、文脈がガタガタだったり、誤字脱字もある。しかし、それもヨシとする。ともかく毎日書く、というのがねらいだった。

大切な日常をつまらない理由で崩したくないので、今日から再開。
これまでたまっている内容については、追々アップすることにしたい。
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月は半分以上山に入っていたし、9月は来年のツアーの下見として、ヨセミテハイキングをしてきたので、ぜひがんばってアップしていこうと思う。

このようにブログ再開を思いたったきっかけは、今日の授業で、受講生さんに「“旅の空”はお休みですか?」と聞かれたから。
こんなところにも読者がいたのかと、びっくりしたし、ブログのタイトルを覚えていてくださったことに感謝した。
彼にまったく関係ないつまらない理由で、ブログを止めておく必要もナシ、と思ったのだった。


今日は、獨協大学のオープンカレッジ秋期授業の3日目だった。
登山がどんな運動であるのか、どの程度の心肺機能を要する、どの程度の負荷のかかっている有酸素運動なのか、そして全身のどこの筋肉を使うのか、という話をした。
それから、歩き方の基本となるカナメのことと、歩き周りの装備―登山靴、インソール、トレッキングポール の話だ。
夏に、Adventure Divasでノルディック・ウォーキングを学んだので、その話もした。

そんなわけで、ノルディック・ポールも持っていったため、今日は通勤ノルディック。
Adventure DivasCakoさんは、ノルディック・ポールをもって歩いて買い物に行くことを、「お買い物ノルディック」と名付けていて、ジョギングしたくない体調の日にお買い物ノルディックをして体を動かしているのだそう。そこから派生して、TSUTAYAノルディックとか、いろいろアリ)
通勤ノルディックは、意外に効く。駅のホームや大学構内でやるのは目立つけれど、今日は背中に10キロ程度背負っていたこともあり、ちゃんといい運動になった。

そのまま、飲み会ノルディックに突入するのは危険なので(大切なポールを闇夜に紛失してはならない)、一度帰宅後、渋谷へ向かった。
今日は夫と外食する約束だったのだけれど、「ヒロスケが営業所に来ているよ」と電話が入ったからだ。
山岳ガイドであり写真家であり、スノーボーダーであり、古くからの友人、ヒロスケが富士吉田から東京にやってきているというのだ。
彼をサポートしているモンベルの広報、榎本くんと設楽くん(←名スキーヤー)と、かなっぷとヒロスケと私の5人で、渋谷で会った。
榎本くんの奥さまが探し出したというそのビアパブホールは、昭和っぽかった。昭和といっても、彼ら若者が知りえない、70年代の雰囲気。

帰り際、ヒロスケと山岳ガイドの話や花谷くんのインタビュー記事の話をして、それからいかに自分の進む道について考え続けるか、すごい人というのはそれだけ、そればっかり、ずっと考え続けているのだ、という話になった。まったくその通りだと思っている。
夫もいつも、会社の中でいちばん会社のことを考えているのは会長であり(彼の勤務する会社の場合)、若手社員が自分の考えが採用されないとふてくされるとしたら、それはまだまだ考えることが足りないからだと言っている。どこも同じだろう。

むろん、ヒロスケも、そんなふうに自分の道を考え続けている一人。
私は、まだまだ考えることが足りないのだ。


帰宅後、ウィメンズ・マウンテンアカデミーに来てくださっているHさんから、2通目のメールが入っていた。
私が学びたい法律に関する条文や解説文を送ってくださった。
彼女の日頃の仕事ぶりやプロフェッショナルな面を、ちょっとだけ垣間見た気分。
こういうのが、刺激的というか。
感謝し、そして私自身を励ましてくれるてん。


*夏休みの間に、大学最寄駅近くに奄美料理屋ができていた。今日はココで、ラフテー丼ランチ。パパイヤの漬物が美味しかった。
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