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2010年9月

2010年9月30日 (木)

ザ・ノース・フェイス原宿店が都会の中の山小屋に

表参道を歩いていると、3Mのショップ発見。あんまり街に来ないから知らなかった。冬までの期間限定だという。

ネクスケア系の商品も一通り揃っていた。

テープは使いやすいし、質が高いし、それにステリストリップ(皮膚接合用テープ)もあったので、山ヤさんは重宝する店なんじゃないかと思う。

(写真左)

その後、ザ・ノース・フェイス原宿店のリニューアル・オープン・プレビュー(お披露目)へ。

入り口に森部長がいらっしゃって、少々色々なお話。

入ってみると、謳い文句通り、本当にウッディな空間に生まれ変わっていた。

なんたって、招待状からして木製の板だったのだから。

最近のノースのイベントはすべて大賑わいで、この日もたくさんの人で店の中はあふれかえっていた。今度ぜひ、通常営業(10/1~)になってから再訪し、この都会の中の山小屋的空間を味わいたいと思う。

(写真右)

冬モノもキュートな品からハードギアまで一通りチェック。

いいジャケットとパンツ発見。

夕刻、あずさに乗って松本へ移動。

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2010年9月29日 (水)

今日も雲の上と電話

原稿の仕事は、雑誌1ページ分のゲラを読むだけ。

それ以外に、この秋から春にかけての研修や講習の計画を立て、テスト勉強をし、必要教材を買い込む。

計画とは、時間的なことだけでなく、資金繰りも。ある程度の目途を立ててあったのだけれど、これはかなりのお金がかかる。はあ、とため息。

夜、またどんぴしゃ時刻をねらって、北穂高小屋に電話。アダチさんとおしゃべり。

その後、ヘリの日で下にいる主人の義秀さんの携帯へ電話。

今年になってヘリの日(ヘリが飛んで荷揚げする日)が激増した。客数が増えたということよりも、ヘリが出動する日自体が増えたのだ。

だから北穂の場合だと、以前は9月アタマにあったヘリの日に56便飛ばしていたのが、もっと頻繁に飛ぶようになり、その代りに1日あたり23便で済むようになった。

そのほうが新鮮な食材を入手できるし、小屋にとってもありがたいことではあるのだけれど、ヘリの日は誰かしら上高地のヘリポートに下りていなければならないく、時間的に見て日帰りは厳しいし、なかなか人員配置が大変そう。

義秀さんとゆっくり話すのは、納棺式以来。

話していると、まだまだ言葉に詰まり、涙がとまらず。二人とも明るく振る舞って笑ってみては、泣いたり。

そんななかヒマラヤからも辛い報せが届き(ヒマラヤからの事故の報せは、今シーズンいくつか続いているのだけれど)、なんというか、それでもみんな山に登るのだ、としかいえない。

2010年9月28日 (火)

雲の上へ電話

雑誌14ページ分の初校ゲラを見る。

地図の校正をする。

別の雑誌1ページ分の原稿を書き、写真と一緒に編集者に送る。

夜、北穂高小屋に電話。

いったい何時何分に電話をすれば、もっとも先方に負担がなく、かつ食卓にスタッフ全員がそろっている時刻なのか、通っていたころは考えずともわかっていたけれど、ちょっと心配で、2年半通ったころの取材ノートを見て確認。

そういった電話に最適の時刻が、1日に3回程度あるのだ。

アダチさんが電話に出たこと、そしてその口調からして、どんぴしゃの時刻だったとわかってホッとした。

ひとしきり話をして、ヘリの日(荷揚げの日)も聞いて、スタッフたちの休暇のローテーションも聞いて、電話を切る。

季節の変わり目、みんなが風邪もひかず、疲れも出ず元気にやっているか心配で、天気模様について尋ねてみる。

氷雨は降ったけれど、雨が雪に変わったということはなかったよう。

とここまで聞いたけれど、紅葉のさまは聞き忘れた。

2010年9月27日 (月)

両想いと片思いでも-編集者からの便り

雨のためクライミングを中止して、仕事。

夕方から近所の映画館へ。

アリエッティってクライミングが上手だったんだ。アンカーの構築もお手のもの。

しかし、脚本には満足せず。

最近、続けて2人の編集者から便りをもらった。ふたりとも現在進行の仕事があるわけではないのだけれど、お礼だったり近況だったりが書かれてあった。

読者たちがどう感じるのかはわからないが、著者(筆者)というのは、ひとりでは何もできないものだと思う。編集者がいて、編集者のコーディネートのもと、著者やデザイナーや写真家やイラストレーターやその他いろんな人たちが集まり、形になる。

「丸投げ」という仕事も多く、編集者との会話は極めて少ないなか書かなければならない時もあったり、相談してくてもできない状況だったりすることもある。

けれど、少なくとも私は、ひとりではあまりに無力だ。

ひとりではなにもできない。著者なんて、所詮そんなもの。

だから、深く関わりをもって一緒に仕事ができた編集者の存在というのは、私にとっては宝物のよう。

多くの編集者とかかわってきたけれど、その中には、連帯感が生まれ、ともに戦ってきたという同志のような人もいるし、本当にお世話になりっぱなしで育ててもらった相手もいる。同世代の刺激的な人もいたりする。

まあ、それが両想いなのか片思いなのかは置いておくとしても。

兎にも角にも、彼らなくしては私の仕事なんてあり得ないのだ。

2010年9月26日 (日)

秋の浅間山へ

F山岳会の下見山行で、会の先輩おふたりと箱根・浅間山へ。

千条の滝から登り、鷹巣山をピストンして、浅間山でおひるごはんを食べて、箱根湯本へ下山。

このコースは、MJリンクで最近3度もたどったコースだけれど、季節が違って顔ぶれが違うと、これはまた新鮮なもの。

普段の会山行は大勢だけれど、こうやって下見のときに先輩たちと数人で山に行くと、いろんなお話を聞かせてもらえて、とても楽しかったり、心に残ったりする。

今日もからだのことや、お二人が夏に行ったスイスやアメリカの山のこと、先日2000年の富士登山から数えて10周年の会があったことなど聞かせてもらった。

浅間山は写真にあるようなアジサイやタムラソウのほか、玉アジサイもあったし、秋の七草のうち、女郎花、藤袴、萩、尾花の4つを見ることができた。

まだ青々としたもみじもきれいだった。

下山後はお決まりのように、蕎麦屋「はつ花」へ。

ビールやレモンジュースと自然薯そば。ちょうど川側の席は、戸が外されていて、川からの気持ちいい風が、白萩の花を揺らしながら私たちのテーブルに入ってきて、いい気分だった。

F山岳会との出会いは、私の山登りにいろんな広がりや楽しみをもたらしてくれた貴重なものだと、じわじわと思っている。山についてや山に登ることだけでなくて、本当にいろんなことを先輩たちに教わっている。

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2010年9月25日 (土)

野菜の下準備

昨日友人からもらってきた自作の野菜のかずかず。

秋みょうがは玉ねぎと一緒に醤油+酢+みりん漬けに。そのままサラダのトッピングとするため。

ゴーヤは、教えてもらった通り佃煮に。

ピーマンはおひたしに。

かぼちゃは煮物に。

あとは順番に使っていけば、新鮮なうちにおいしく食べられるだろう。

ほか、原稿書き、初校戻しの準備など。

2010年9月24日 (金)

倉戸山ハイキング

朝ごはんのあと、せっかくなので事故現場へ行くことにした。

実は行ったことはなかった。

その後、3人で倉戸山ハイキング。

登山道ではなく、うっすら踏みあとのあるちょっと不明瞭な尾根から登ってみた。

やがて登山道に合流し、広々とした山頂。

そして、登山道を下山。

昼ごはんを作って食べて、地図を広げながら、いくつか山の話。

あるいっとき、自分の家にいるよりも彼らの家にいる方が長いんじゃないか、というほど世話になっていた。一緒に登って、たくさんのことを教えてもらって、遊んでいた。

そんな時期があったせいか、いいや彼らの人柄ゆえのことなのだけれど、一緒にいてストレスがなく、自然に楽しくふるまえる貴重な相手。

今回は天気がよければ大菩薩方面の沢登りに行こうという話もあったが、あいにくの天気だったので、近場のお散歩とした。

帰り際、急きょ、あるところへ連れて行ってもらうことになり、そこでインタビュー。

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2010年9月23日 (木)

インタビューを受けてクリアに語ること

奥多摩に住む友人夫妻の家へ。

最寄駅まで迎えに来てもらう。

家に着くと、カガワさんご一行がいらっしゃっていた。久しぶりの再会。

夕方、本来の用事であるインタビュー。約2時間か。

このように事故当時のことを明瞭に話せる人は本当に少ないと思う。

自分が覚えていること、覚えていないことをちゃんと区分けしながら、覚えていることについてはわかりやすく、話せる、また自分自身のことだけでなく、周辺のことまできっちり話せる人も少ない。

というよりも、話が不明瞭だったり、何を覚えていて、何を覚えていないか、自分の記憶の中にあるかけらは、本当の記憶なのか、上書きされたものなのか把握できないほうが自然というか、そういうのが普通だとも思う。

彼が明瞭に話せるのは、一言でくくっちゃうと、登山に関連するいろんな能力が高いからだと思う。

夕ご飯を食べて、3人でおしゃべり。

話題は、エベレスト、ヒマラヤ、四川省、クライミング、トラッドクライミング、クライミングの限界、フリーソロ、新田次郎、谷甲州、加藤文太郎、松濤明、女性クライマーのペア、性別による能力や性質の差、プロジェクトを成し遂げること、物事を構築すること、パワーバー、行動食、あんこ……などなど。

2010年9月22日 (水)

原稿書きと取材の準備

山からの雪便りはいつになるのか。

昨晩のお天気講座では、「低気圧の気持ち」について勉強した。

低気圧にとって居心地がよい状態ってどんなときなのかとか。本当におもしろい……!

もうすぐ便りも届くかもしれない。

ということで、スキー雑誌の原稿書き。

その次に、明日のインタビュー準備。

明日は友人宅へ行き、インタビュー。そういえばこの話題は、断片的にしか聞いたことはなく、腰を据えて聞くのは初めて。インタビューするのも初めて。

当時は、ほとんどインタビューを受けていなかったし、受けたくない気持ちもよくわかったし、私から聞く必要もなかったので、取材申し込みはしなかった。私もある週刊誌から、「アプローチしてインタビューしてほしい」と言われた時も、残念ながら不誠実な動機に思えて、断った。

今回快諾してくれたことに、感謝。

(私が依頼したから引き受けてくれたのではなく、記事の趣旨によるもの)

2010年9月21日 (火)

今日は二人とも生徒さん

朝から実家へ。

1日早い亡父の墓参りと、近所のタナカさん宅におはぎを届けるため。

お子さんのいなかったタナカさん夫妻は、私をわが子のようにかわいがってくれて、父よりもずっと優しいおじちゃんのことは、私は大好きだった。

小さいとき、両親に怒られて家出をし、徒歩3分(もかからないか)のタナカさんの家の前まで来たけれど、やっぱり入れず、トボトボと自宅に戻ったこともあった。

だから、私がシッキムから帰ってきたときに、おじちゃんが死んじゃったと聞いて、本当に驚いたし、すべてが手遅れだった。

夕方、タベイ企画のオフィスにより打ち合わせ。

美味しいお赤飯をいただく(私の手作りおはぎをもってこなくてよかったと心底思った)。

短い時間だったけれど、4つぐらいの話題を、それぞれがものすごい早口で話し合ったり確認しあったような。

夜は、アルパインツアーサービスのオフィスへ行き、気象予報士の猪熊隆之さんの講習を受ける。私が受講するのは、今回で4回目になるが、毎回本当に充実しているし、また猪熊さんの講義の流儀や方法についても、とても勉強になる。

うれしい驚きがあったのは、なんとMJリンク参加リピーターの方が講習を受けに来ていたこと。確かに私は、夏の八ヶ岳で、猪熊さんの講習は本当におもしろいし勉強になると力説した。ちょっと難しい点もあるけれど、でもがんばって受講すれば、必ずためになる。

講座後ふたりで簡単な話をしたけれど、やっぱり彼女も面白かったし、ためになったと言っていた。

猪熊さんの説明方法は、とてもわかりやすいのだ。専門用語をかみ砕いて、丁寧に話してくれるし、誰もがピンとくるような表現を使っていて、それでいて精密なのだ。

私はこれまで、山と医療・医学に関する本や記事をいくつか書いてきた。

いつも悩むのは、誰にでもわかりやすくかみ砕くと、重要な点があいまいになることがあるからだ。

それだというのに、猪熊さんの説明は明瞭であり的確であり、わかりやすく平易なのだ。

これは、彼が気象を学んできたこれまでの途上での努力と、それと「他者に伝える」ための努力のふたつのたまものだと思う。

講座後、アルパインのオフィスに寄りたかったので、参加者さんとはすぐに別れてしまったのが残念だった。

今後も私は仕事の時間の都合さえつけられれば、受講するので、もしまた一緒になる機会があったら、講座後、一杯やりましょうね!

2010年9月20日 (月)

自宅仕事最終日

3連休最終日、私の連続自宅仕事も最終日。

地図原稿を書いたり、来月号の取材の準備や下調べをしたり、細かな雑務に徹する。

夕方から、明日の朝食用のパンを焼いたり、おはぎを作ったり。

台所が、全粒粉の匂いと小豆の匂いが入り混じってヘンな感じ。

おはぎの中味は玄米と黒米と上新粉にしてみた。

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2010年9月19日 (日)

今日も自宅で仕事

午前中は月刊誌の仕事をし、午後からたまりにたまりまくった雑仕事をひとつずつ片づけていく。

明日もそんな日になるかな。

来月号の準備にも取りかからねばならない。

仕事の3連休だけれど、連休は、東京の空気がきれいになり静かになるから、こんなときに仕事をするのは結構好き。

2010年9月18日 (土)

静かな東京で仕事

今朝、何とか最後の原稿をデザイナーさんに渡す。

夜には、全14ページにデザインが上がってきた。デザイン内容と大まかなこと(見出しとか、キャプションとか、写真の位置や内容など)をチェック。

明日午前中に戻す予定。

2010年9月17日 (金)

『岳人』10月号

連日、市ヶ谷にてミーティング。

今晩は、JACルームにて、先日のTHE EXPEDITION DAY後の事務処理などについて。

報告し忘れていたけれど、今月15日に発売になった『岳人』10月号に竹内洋岳さん の自称”仮免パートナー”であるという、阿蘇吉洋さんのインタビュー記事を掲載した。

先月、阿蘇さんが上京するのでインタビューしたい人(というか、会いたい人という記述だったように記憶している)は、直接本人に連絡を、というメールが、山関連のライターや編集者などに一斉に流れた。

そのうちの何人がインタビューをしに行ったのか知らないが、私は当初掲載予定はなかったけれど、時間を作ってもらった。

登山家・竹内さんをずっと長年何度もインタビューさせてもらい、相応の思い入れがあるからだ。

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2010年9月16日 (木)

『OUTWORD』最終回

原稿書きをして、夜は、お世話になっている登山家さん、それからMJリンクの裏方事務を一手に引き受けてくれているYさん、そしてまさみんと4人で食事会。

ところで、今月10日発行の『OUTWORD』(モンベルクラブ会員誌)に「登山中のリスクに備えて」という記事を書いた。

記事の中に、ウィルダネス・ファーストエイドについて触れたけれど、現在、日本では主に3つの団体によって開催されている(された経緯がある)。

アメリカ赤十字、日本アウトワード・バウンド協会、フジヤマガイズ×スリップストリーム。

この秋も、いくつかの団体の講習があるようだ。

私もリフレッシュ(ライセンスは取得済みだけれど、復習)で参加予定。

山岳ガイドや登山団体のリーダー、引率する立場の人にはぜひ受けてほしい講習であるが、実は、登山者ひとりひとりが必要な内容だと思う。

さて、この「セーフティー登山でいこう」というタイトルの連載は、1年の約束だったので、今回で終わり。お読みくださった方々、ありがとうございました。

『OUTWORD』は、なんと25万部も発行している、日本最大のアウトドア関連の発行物。

この1年(4回)に渡って連載をさせていただいたのは、幸運なことだった。

担当編集者の山本さんは、私の心のクライミングパートナーである佐々木さんと同窓の大学山岳部出身ということもあり、なんだか最初から遠からぬ縁を感じた。

とても丁寧な仕事をされる方で、私はフォローばっかりしてもらった。

ありがとうございました。

仕事のご縁は一区切りついたけれど、今度は佐々木さんやほかの古い仲間達も誘い出して、山本さんと岩登りができたら楽しいだろうなあ。

2010年9月15日 (水)

原体験、よりどころ

デザイン渡しの日。

締切が延びたという(つかの間の)喜びを味わい、デザイン渡しも1日延びた。

けれど後半部分がそろわず、全体の構成と前半の原稿+画像データを渡すにとどまる。

お渡しするデザイナーのNさんとの仕事は久しぶり。

先週電話をした時に、覚えていてくださって、ありがたい。

今日は、ある編集の方と話をしていて、気づきが多かった。

登山者というのは(日本の登山者という意味だと思うが)、原体験、登山において育った環境(社会人山岳会とか大学山岳部とか、いろいろそれぞれ)を、本人が意識する以上に引きずっており、それはある意味アイデンティティとなっているという話。それは本人にとっては重要なよりどころであるが、ときとしてマイナスに働くと、その目線はフェアではなくなる……というような話。

私のような仕事は、常にその目にさらされているから大変でしょう、ということだった。編集者の方々も十分さらされていると思うが。

そういった排他性のようなものは、私が嫌うことのひとつだけれど、けれどそれでも気づかぬうちに、目線がフェアでなくなっているときがあるのかもしれない。

先日も、このようなことが関わった問題で結論を出さなければならず、かなり慎重になって長時間友人と話し合ったのだが。

2010年9月14日 (火)

テーマはローテーターカフ

午前中は、月例となっているカイロプラクティックへ。

テーマはローテーターカフ。これはいいトレーニングだ。今回もいろいろ教わり、鍛えてもらってきた。けれど、これは自宅に持ち帰って、自分で続けないことには、何ら効果は生まない。

カイロドクターさんのところへ通うようになって1年半位経つ。

彼の専門は、水泳、ゴルフであり、登山については専門外らしい。けれど、好奇心が旺盛というか、プロとして知りたいという気持ちが強いのだろうけれど、アジャストに行くたびにいろんな質問を受ける。

それに短い言葉で簡潔に、わかりやすく、しかも要点を外さないように答えるのはなかなか至難の業であり、私はそれをもって、勝手に自分自身のトレーニングにさせてもらっている。

専門外ゆえに素朴な質問があったり、なかなか鋭い点をついてきたり、勉強になるのだ。

鮮明に覚えている質問は、「登山中でコワイこと(気象のこと)はなんですか?雨?雪?」という問い。いいえ違います。もっともコワイのは……。

今日の質問は、

1)氷河の山や8000m峰などの高所にそのままになっている遺体はどのように変容していくのか。

2)登山歩行中の体重移動について 

3)台風のあとは登山道は荒れているのか 

4)木などで作られた階段は崩壊することがあるのか 

5)プロクライマーの筋トレ内容

については一般的傾向を答えたが、梅里雪山やジョージ・マロリーの遺体発見の経緯なども紹介してもよかっただろう。

なんて、求められてもいないのに、自分でプチ反省会をしたりする。

2010年9月13日 (月)

写真は真実を語る

なんだか日が短くなるのが早いように感じる。そう感じるのは、気温が下がらず、まだまだ夏だと思い込んでいるからか。もう本当は暦は先に進んでいるのに。

毎朝だいたい5時には起きるようにしているけれど、薄暗くなってきている。

一昨日のTHE EXPEDITION DAYに来てくださった、名ガイドであり名クライマーであり名写真家である方が、舞台の写真を送ってくれた。

写真は真実を語る。ここから見えてくる反省点も多々。

ああ、私はちっとも舞台づくりができない人間なんだ。

これはもっと努力して改善していかなければならない。次の人前に立つ仕事までには、少しでも成長しないと。

そして、私の心の叫びが届いたのか、同日にもう一つ行われていた登山関連の重要なミーティングの写真も送ってくれた。ああ、刺激的、やっぱり参加して、勉強したかった。

原稿書きの一日。

2010年9月12日 (日)

箱根の山は暑い

F山岳会の月例山行。今年はあんまり回数行けていないのだけれど、今回はリーダーの当番。

箱根の神山。いやはや、いくらなんでももう少し涼しくなってくれると思っていたのに、これじゃあ暑くてかなわない。

暑いけれど、雨後だったせいか、キノコがたくさん出ていた。

下見のときは防ヶ沢から登ったけれど(この道、楽しかった)、今回はロープウェイにて駒ケ岳へ。その後、神山へ縦走し、大涌谷へ下山。

そういえば、ロープウェイへ行くまでにバスを走らせているとき、F山岳会の山行全体をサポートするリーダーさんと話していて思い出した。

5年位前、チベット山に一緒に登ったチベット人女性の友人たちが来日したとき、F山岳会の皆さんがサポートしてくれたのだ。私はまだ入会していなかったけれど。

そのときも、こんな道をバスで通って、いろんな所へ行ったりした。

ここ数年会っていないけれど、どうしているかな。北京での慣れない学生生活に苦労しているんじゃないかな。ラサに帰りたいって思っているんじゃないかな。

また北京か成都に行ったときは電話してみよう。

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2010年9月11日 (土)

THE EXPEDITION DAY

THE EXPEDITION DAYは、ちょうど今年に入ったころに引き受けてくれないかという話があった。何かしら役目をおわなければならないし、何とかなるだろうと引き受けてしまったが、結構大変だった。

THE EXPEDITION DAYというタイトルだけが決まっていて、あと与えられたキーワードは、「若い人」「山のいろんな分野で活躍している人たち」だったと思う、確か。

それから、JACJMAの当番委員になってくれた人たちと、何度か集まり、骨子を練っていった。

細かな点は、各委員の方々にまかせっきりだったし、徹くんの話をちゃんと整理して、聞き役になってくれた澤田さんがいなければ、なにもできなかったと思う。

この会に向けて、出演者6人に私は一人ずつ会いに行った。エネルギーも時間もお金もかかったけれど、頼みっぱなしというのはイヤだったし、会って話をしなければ頼めないと思っていた。

6人の方たちもとても協力的で時間を作ってくれ、何とか話を進めることができた。

「柏さんのイベントだから参加したいと思ったんだよ」など言ってくれた人たちもいて感謝してもしきれなかった(私のイベントではないのだけれど)。

不勉強ながら、佐藤佳幸さんにお会いしたのは、今回が初めてであった。けれど、夏の暑い日に三軒茶屋の冷房の効いたカフェで打ち合わせをしたとき、私は彼のことがいっぺんで好きになった。こんなナイスな人を、みんな今まで隠していたでしょーと思ったぐらいだ。

平出和也さんや谷口けいさん、佐々木大輔さん、間瀬ちがやさんにはこれまで何度も会ったことがあるし、インタビューしたり、一緒に遊んだことがあったりする相手もいたりする。

中嶋徹さんについては、むろん親子兄弟ともども名前は知っていたけれど、お会いしたのは、今回が初めて。昨年のロクスノの記事やUKのいろんな記事を読み、私が惚れに惚れ込んで、出演をお願いした。ロクスノに彼が書いた記事は、読んでいて涙が出るほどだったのだ。

まぎれもなく、世界レベルで本当の意味で活躍している、活動している人たちが集まってくれたと思う。「実」のある人たちだ。

(むろんほかにもそのような人たちは多々いる)

枠を作らず、気負わず、身の丈のままそのままあちらこちらへと飛んでいき(地理的なことだけでなく)、活動している6人。

全体の構成や細かな点では、反省多々あるけれど、いろんな人が「よかったよ」と言ってくれたことはうれしかったし、誰よりも、私自身が6人の話に聞き入ってしまった。

そして、出演してくれた人たちがみな、「参加してよかった」と言ってくれたことで、救われた。

受付に飾らせてもらった花は、札幌の友人けいちゃんが贈ってくれたもの。ありがとう。

ドイツ語で「大いなる成功を!」という意味。

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2010年9月10日 (金)

在宅の日

今日も在宅仕事の日。

原稿を書かなければならないのだけれど、あまり進まない。いろんなことが、自分が思っていた以上に心にダメージを与えているみたいで、もう本当に力が枯れてしまったのではないかと思ってしまう。

けれど、私よりもっとつらくて悲しんでいる人たちがいるのだからと、何とか力を湧き立たせて、仕事。

明日の準備も。

2010年9月 9日 (木)

会場下見とケイさんインタビュー

午前中は、土曜日のTHE EXPEDITIN DAYのために、会場下見。

私は、機会のことなどさっぱりわからないので、今日は、その道の達人古野さん(貫田・古野両氏には一生足を向けて眠れないほどのお世話をいただいている…)と、BBCのお仕事などをされている笹生さん、それから川瀬さん、そして毎日新聞社の方々も集まってくださった。

当日の音響と動画映写のチェック、ビデオ撮影、および音響を拾う方法のチェック、それと舞台の配置など。

笹生さんに車で送ってもらい、渋谷で落としてもらってから、代官山へ移動。

細川職人のところへ。

夜は、表参道で、ケイさんをインタビュー。そういえば、いつも平出くん+ケイさんと二人組でインタビューしていたので、単独インタビューを申し出たのは今回が初めてかも。

そのせいか、いつもより濃い話が色々できて、楽しかった。

原宿まで歩いて、お別れ。

2010年9月 8日 (水)

台風の日は家に

昨日はインタビューのあと、MJリンクのミーティングなどをして、帰りが遅かった。

最近落ち着いて家にいられる日も少なく、なんだかバタバタとしていたが、今日は自宅仕事の日。

何とか、このような日を使って、仕事を前へ前へと進めなければ、あとで痛い目にあう。けれど、どうも疲れが出てきたのか、進まない……。

こんな大雨の日なのだから、原稿書きにはもってこいだというのに。

まずは、明後日締め切りの800字の原稿を何とかアップ。これは、ちょっと緊張する原稿。

2010年9月 7日 (火)

インタビューの日

 午後イチに、渋谷でチカさんと待ち合わせ。

 彼女に初めて会ったのは何年前だろうか。日本雪崩ネットワークの会員研修のような会で、水上に行ったときだった。女性参加者は、チカさんとさっちゃんと私の3人だけだったから、湯檜曽のあのいいお湯に、3人でずっとつかりながらおしゃべりをしていた。

 ガツンと筋の通った、かっこいいい女性。

 今日はチカさんが山を始めたときから今までのことを聞いた。

 NZのメスベンでスキーパトローラーをしていたときのことや、シャルマンやコルチナで働いていたときのことも。

 いつもガッツがあって、その時々の経験を、必ず次のステップに繋げていこうと努力している姿勢には敬服。

 今年、カナダでウィルダネス・ファーストエイドの80時間コースを受け見事パスしてきた。英語でパスすることも素晴らしいが、短期間の準備でここまでレベルを上げられるのは、やはりスキーパトローラーの経験が大きいのではないだろうか。

 チカさん本人も話していたが、スキーパトローラーは、山岳ガイドと違って、ケガ人や事故現場のファーストレスポンダーになることが多い(山岳ガイドでそんなに頻繁に事故現場に遭遇していたら、それはヤバい)。

 その時の経験は、ウィルダネス・ファーストエイドにも大いに役立つし、今後彼女がガイドをする上でも強みになる。

 この夏の富士山ガイドの話も聞かせてもらった。紙幅の都合で詳細は雑誌には書けないけれど、彼女に出会った登山者は幸せである。

 常に先を読み、判断していくその能力も素晴らしい。

 また、須走りのくだりで、一人一人の歩き方をいち早くチェックし、矯正する話も聞かせてもらった。膝の使い方などは、私も初級者の方たちを見ていて、どうやってアドバイスしてよいのか迷うことがある。

 チカさんは、さすがのスキーヤーなので、そのあたりのアドバイスも的確。特に富士山のくだりは長いので、早い段階で改善できれば、疲れも半減するはず。

 なかなか楽しくて刺激的な話がたくさんあった。

 早く、MJリンクサポーターと合同のトレーニングもしたいな。

 チカさんのインタビューは、岳人11月号に。

 彼女の所属は、FeW3人の女性ガイドグループ。

2010年9月 6日 (月)

久しぶりの自宅

やっと腰を落ち着けられる日が来た。

ずっと気になっていたので、北穂高小屋やそのほかのいろんな山でたくさんの時間を一緒に過ごした写真家さんに電話。彼とはメールでしか話をしていなかった。

ちょうど南アルプスにいた。そうだよな……こんな天気がよくて、夏を引きずっているような気候だったらカメラマンが下界にいるはずがない。それに、彼は誰よりも現場主義だから。

ひとしきり、いろんな話をして、電話を切る。

写真は、数日前に八ヶ岳の稜線から眺めた穂高連峰など。

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2010年9月 5日 (日)

TNF ウィメンズ・マウンテン・アカデミーDay2

 昨日のお勉強を活かして、今日は硫黄岳登山。2チームに分かれて歩き始めた。

 私と一緒だったAチームは結構いいペースで登っていった。私が先頭を歩かせてもらうけれど、みんなにとってはいつもよりゆっくりペースらしく、余裕があるという。けれど、結果はコースタイム以下。中にはコースタイム通りには歩けない人もいるというから、いかにいつもみなさんがオーバーペースになり、途中からペースダウンしているのかが……わかる。

 展望もよく、気持ちのよい硫黄岳。この夏5回目の山頂だけれど、やはり回を重ねるごとに季節が移り変わっている。暑い暑いと言っているけれど、そこはかとない秋の気配もあったりする。

 下山後は、赤岳鉱泉自慢のおいしいカレーを食べて、再び勉強会。みなさん、登って学んで熱心だし、タフな方々。

 今回のメンバーも色々な方々がいた。友人と連れ立っての参加もあったけれど、ほとんどが一人参加。

 関西在住で、毎週末のようにアルパインツアーさんの新宿発ツアーに参加して山に登っている彼女は、今回は金曜夜に新幹線で東京入り前泊。日曜日は、夜行バスで帰りそのまま出勤するのだという。

 山登りが楽しくて仕方がない時期のよう。

 赤ちゃんを夫とお義母さんに預けて参加した女性もいた。女性にはいろんなライフステージがあり、生理的にも男性よりもダイナミックに変動する傾向にある。けれど、それぞれのステージで、それぞれが好きなことを細々だったり、時には途切れちゃったりしても、続けられたらいいなあといつも思う。

 彼女もやっと赤ちゃんを預けられるようになっての参加なのだろう。

 ほかの人たちも、それぞれの家庭や仕事や日常のいろんな時間をやりくりして、それからお金もやりくりして、参加してくれたわけだ。

 それはとてもありがたいことだし、貴重な時間だったと思う。

 最近いろいろな方々と登るようになっていつも思うのは、こちらが教える立場でありながらも、学ぶことのなんて多いこと。

 さらに今回は、参加者のみならず、スタッフの皆さんからも学ばせてもらった。

 ナオミさんは、今回は撮影で入ってくれたけれど、同業者(ライター)でもある。アウトドアのことを書く女性ライターは多くても、山のことまできっちり書く同性の仲間は少ないので、会えてうれしかった。

 そして、彼女の笑顔とタフさと飾らないさっぱりした雰囲気に、「また一緒に仕事したいな」「一緒に山を登りたいな」とすぐに思った。こんな出会いは貴重。

 登山全体をサポートしてくれたコマケンさんは、とてもピースフルな方。トレイルランニングのマスター。

 と、今回も色々な出会いがあり、山登りが終わった。

 私自身は、まだまだ反省すべき点多々だけれど、これをぜひ次の機会に活かしてステップアップしていきたい。

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2010年9月 4日 (土)

TNF ウィメンズ・マウンテン・アカデミーDay1

この夏最後の八ヶ岳は、ザ・ノース・フェイス企画の「Women’s Mountain Academy」にて。6月に続き第二弾。

今回は7月初めに募集を開始したが、すぐに満席になってしまったという。あらためて、女性登山ブーム実感。

この企画を発案したのは、ノースのプレスを担当しているゆっこちゃん。

参加者さんから「ラブリー、惚れちゃう」との声が上がった彼女が、女性たちに、自分の力で登ってもらえるようになるために、自立した登山者を目指してと考えて企画したもの。彼女のこの思いは、とても確かなもので、前回の反省会の後に打ち合わせたとき、どうしてこのようなことを考えるようになったのか、その経緯を聞かせてもらった。

ほか、前回同様、アルパインツアーサービスのカオリさんとノースのムライちゃん。

そして、今回は、「撮影」という仕事でナオミさん、登山全体のサポートとして山岳ガイドのコマケンさん(黒一点)も参加してくれた。

途中、ハプニングなどもあったけれど、全員で赤岳鉱泉に到着。

緑豊かな北沢を歩いていて、やがて大同心や横岳西壁などゴツゴツした稜線が見えてくると、みんな決まって歓声をあげる。

そうよね、何度見てもよい景色。これに真っ白な雪がつくともっと迫力が出るので、いつかぜひ雪山も登ってみてください。

サンルームでのお勉強会や、お風呂、霜降り牛ステーキの夕ご飯、その後の懇親会……そして、爆睡。

スタッフルームは、全員が仕事で寝不足の日々。それはそれはあっという間に、全員オチマシタ。

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2010年9月 3日 (金)

家仕事

力が枯れてしまったような、脱力感のなか、昨日までの登山中のウエアの洗濯を終え、たまった雑務と、明日からの仕事の準備などを始める。

明日からの登山のパッキングも。

2010年9月 2日 (木)

硫黄岳まで縦走撮影

今日は、天狗岳から硫黄岳へ縦走し、赤岳鉱泉に下りて、美濃戸口へ。

撮影しながら進むが、撮影がないセクションがどんどん歩く。

途中、モデル役の愛ちゃんが、「スミコさん、「もっと早く歩いて」って言われたからって、私歩けないときもあるよ」と。

確かに。カメラマンとふたりの取材は、撮影がなければ、結構なスピードで歩く。歩くというか次の仕事場へと移動していく。

カメラマン次第では、かなり飛ばせて、快適なときもある。そんな彼らとの登山もいい思い出というか、楽しい時間だったりする(そのうちの何人かが死んでしまったのは悲しくてならないが)。

今日は時折姿を見せる北アルプスを眺めては、北穂高岳から目が離せなくなり、それでも眺めることを無理やりやめて、歩きに戻るというようなところ。

この夏4度目の硫黄岳山頂では、黒百合ヒュッテのおいしい弁当をいただく。

そう、黒百合ヒュッテは、北穂高小屋同様、ほとんど冷凍食品を使っていないおいしいご飯が出てくるのだ。これは実は珍しいこと。

そして、何よりも米が美味しい。とっても美味しい。

実家が米屋という愛ちゃんをもうならせたそれは、新潟産のコシヒカリだそうだ。

炊き加減も絶妙。

赤岳鉱泉まで下りて、小屋に挨拶。

「あれ? 来るのが早くない?」と言われ「はい、また明後日来ますから」と返答。

美濃戸口から茅野駅へ出て、「あずさ」に乗って帰京。

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2010年9月 1日 (水)

黒百合ヒュッテへ

昨晩遅く、「あずさ」で帰京し、今日も早朝から再び「あずさ」に乗車。こんなであれば、昨晩は、小屋の仲間たちの家@松本に泊めてもらう手もあっただろうが、新宿→茅野間の車中での打ち合わせも重要と考えて、一度帰宅。

何より、初対面のカメラマンさんとモデルさんを二人っきりにさせるのも気が引ける。

ご同行いただいたのは、カメラマンの石森孝一さん。

それとモデル役は、スキー仲間の渡辺愛子さん。

今日は黒百合ヒュッテまで。

と……渋の湯でバスを降りると、先日MJリンクに参加いただいたメンバーが「かしわさーん」と声をかけてくれた!

稲子湯からひとりで縦走してきたのだという。たくましいなあ。

黒百合ヒュッテまでの道は、冬に1回だけ歩いたことがある。

あっという間の短い道のり。

初めて泊まる(テントしか張ったことがない)黒百合ヒュッテへ。

大工である親友のマサが以前、たびたび泊まっていたことを思い出した。

小屋の規模や季節を考えると、従業員の数が多いことに驚くと、今日は「蒔きだし」の日なのだという。

伐採した木から薪を作り、それを森の中から小屋の前まで背負子で運んでいた。

男性従業員たちは、走ってやってきて、小屋の前で薪を下す。

薪はあっという間にたくさん、秩序を保ったきれいな状態で積み上げられていった。

ちなみに、巻出しの背負子には、最初にお神酒を口に含んでかけるというような儀式もあるのだそうだ(そのために、お酒を飲めないある女性従業員も、今日ばかりは日本酒を口にした)。

食事後、厨房に呼んでいただき、ご主人の米川さんや従業員の皆さんとおしゃべり。

山岳小説を書いている人や、今日入ったばかりの新人さんや、2週間後の休みには北アルプスを大縦走するという女性、その他いろんな方々がいた。

さらには、クムジュン出身のシェルパさんも。小学校の前で「クンビラ」というゲストハウスを開いているそうだ。

私は、隣村のクンデに滞在したことがあり、「クンデでは誰の家にいたの?」「ソナムだよ」「ソナムってあの、ソナム?」「そう、病院の隣の家」などという話で盛り上がった。

こじんまりしていて、居心地がよくて、雰囲気があって、なんとも温かい黒百合ヒュッテにいると、どうしても北穂高小屋を思い出してしまい、悲しくてたまらない。

 

北穂の義秀さんと同世代(つまり私とも同世代、ちょいと私のほうが年増ですが)の米川さんも、心を痛め、そしてみんなことをとても心配していた。

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