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2010年7月15日 (木)

チクセントミハイを語り、ウィングで登っていた25歳

午前中は在宅仕事。

夕方、ヤマケイへ。さっそく暗礁に乗り上げている連載について、ライターメンバーと編集長とミーティング。この連載「山での「ケガ」「病気」、その実際」は、ページ数には関係なく取材がとても大変。登山中の事故を扱う取材がどれほど大変かは、誰でも想像できると思うが、本当に大変。取材者を探し出すことも、取材を依頼することも、私の場合、ほかの取材よりはるかに大きなエネルギーを使う。

死亡事故の場合は、遺族に会いに行くのでなおさらだ。無事生還できた例であっても、当人は心にも体にも傷を負ったわけだから、その心中を想像するに、相応の覚悟をもって会いにいかなければならない。しかし、これは当然のこと。

本来、どんな取材でも同じことだと思う。

ほか、今回の連載はで、事故後の治療やリハビリにも焦点を当てているため、主治医や関連病院への取材もあり、これも短時間でさっさと行えるものではない。

ということで、ライター3人で回している連載であっても、なかなか大変。秋以降に連載を開始するための、作戦会議を行ったのだ。

そのあと、もう1件打ち合わせ。

夜、ジンパ(ジンギスカン・パーティ)に合流。

某アウトドアメーカーの店長ふたりに、新入社員の若き女性と私というでこぼこメンバー。

25歳の彼女、なんと、大学院でチクセントミハイのフロー理論とクライミングの関連性を勉強していたのだという。なんとまあ。

クライマーでフロー理論に興味を持つ人は多いのではないかと思う。

さらには、かのwingを知っていて、岩と雪を読破していて、クライミング・ジャーナルも読んでいて、さらには戦前の岩登りの教則本の話まで出てくるので、いったい全体、どんな子なんだろう?と興味深々。

あまり計算が得意ではない私は、「ええ? ウィング? 生まれていたの?」と言ってしまったほど。

近く転勤になるということなので、我が家の近くに引っ越してくるよう、勧誘中。

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