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2010年4月

2010年4月30日 (金)

連休前の仕事

 連休前の今日、どうしても直接話しておきたい何人かの編集者たちと電話やメールで連絡。

 再来月発売号の取材も早々に始めなければならず、いつもお世話になりっぱなしのKさんに相談。いくつか取材依頼をするが、これが順調に進むかどうかはわからない。

 夜まで仕事。

 やり残している、MJリンクの事務も済ませる。

2010年4月29日 (木)

午前中スカイプはよし!

 カナダのヌナブト準州なんて、ものすごく寒そうなところにいるユキエさんとスカイプするために、朝からちゃんと顔洗って、髪とかして、部屋(カメラのバック)片づけて、スタンバイ。

 久しぶりに、目玉おやじも取り出した。

 

 目玉おやじというのは、私が付けたあだ名で、スカイプなどで使うあの球形のカメラだ。

 昨日の原稿についてやりとり。

 スカイプのようなきっかけが朝イチの仕事にあると、在宅フリーランサーにとってはいいけじめになる。

 その後、新しい携帯が我が家にやってきた。前の子は水没して蘇らなかったのだ。

 使い慣れた機種を変えたくなく、色々苦心して手配。お金も使ってしまった。

 ない間、本人は不便をしなかったけれど、周囲にはたいそう迷惑をかけていたようだ。

 皆さん、申し訳ありませんでした。

2010年4月28日 (水)

映画・プレシャス

 午前中は仕事。今回の記事にふたり監修者がいるのだけれど、お二方とも現在海外。

 ひとりはLAにいるのか、もうシカゴの方に移動したのかわからないけれど、メールでのやり取りで事足りた。 

 

 もうひとりは、カナダ北部にいるユキエさん。

 ちょっとこれは直接話さなければ!という内容になってきたので、スカイプにて久しぶりのご対面。

 いつも不思議の思うのだけれど、海外のほとんどの人と私はスカイプでやりとりするけれど、中国に限ってはMSNメッセンジャー。これはなぜ? 私の周りだけだろうか。

 午後、映画『プレシャス』へ。

 どうしようもなく、救いようもなく、誰に訴えたらよいのかもわからない、とても簡単には解決できない社会のなか、不幸を背負ったプレシャスとその母と、他の人たち。

 しかしこの映画を観て、彼女がその名前の通り人にプレシャスを与えてくれるとしたら、それは彼女の心の底から芽生えた生きる力によるもの。

 夜、仕事に戻る。

2010年4月27日 (火)

京急にて会いに行く

 京急にゆられて外出。

 O先生に会いに行くときは、いつも京急だった。最後に会いに行く今日も、京急。

 1年半前、ひょいっと会いに来てくださったことがあった。「どうして、今日ここに?」と聞くと、「柏さんに会いに来たんだよ」と。

 ある会に誘っていただいたこともあった。あんまりいろんな会に入る気になれない私は、先生からのお誘いをずっとほったらかしてしまっていた。「いいんだよ、その気になったときで。いつでも待っているから」と。

 ある記事を監修していただいたときには、止血法のことでO先生と考えが割れた。割れたなんて、私は素人で彼は整形外科医なのだから生意気な話だ。O先生の考えを、当時私は古いのではないかと思ったのだ。しかしそれは、彼のある辛い臨床経験によるものだと知った。東西線のホームでいつまでも先生と電話で話しているときだった。

 一緒に本を書かせてもらった機会もあった。

 会いに行きたいと思いつつ約束までした矢先だった。

2010年4月26日 (月)

締め切り続く

 この業界はいまちょうど「GW進行」になっているため、あらゆる締め切りが4月28日とか4月30日とかに押し寄せてくる。

 ときどき「GW明けでもいいですよ」という編集者もいるが、決まって、「6日にあれば」と。「週末明けや連休明けにください」と、断りもなく言う編集者はよくいるが、これってフリーランサーは不眠不休で働けということなのだろうか? 不思議でならない。

 けれど私自身は、皆さんが働いているときにがっつり休んだりするし、反対に世の中が休みのときに、静かな東京、電話もFAXもメールも来ない静かな環境で働くのが好きなので、実質的には、休み明け締め切りに届けられることもしばしば。

 ということで、今週は締め切りオンパレード。

2010年4月25日 (日)

第5回MJリンク桜の里・三春散策

 第5回MJリンク は、三春の里と滝桜を巡る散策。

 丁度去年の今頃、まだMJリンクが誕生する前に、この企画を行なった。

 普段、MJリンクの企画は、登山、山歩きであるけれど、このように呼びかけ人の田部井淳子さんの生まれ故郷を一緒に歩いて、豊かな里の春を楽しむのもいい機会だと思っている。

 今年は昨年と少しコースを変えて、最初に雪村庵に行った。

 「室町時代に、雪村はこんなところにこもっていたんだね」とは、参加者の言葉。さぞ、隔絶された世界だっただろう。

 次に、お城山や福聚寺など三春を楽しんだ。このコースは、かなりコアなもので、人があんまり訪れない本当の三春の桜を満喫。まさに、里の春! 

 田園生活館では、MJリンクの福島組の5人が出迎えてくれた。昨年の三春からずっと参加しているメンバー達。美味しい差し入れをたくさんもってきてくれた。

 さらには、Fさんは、中国のお茶のセレモニーを披露してくれ、私たち参加者は全員、台湾の美味しい烏龍茶をいただいたのだ。

 四川で私が何度かやってもらったスタイルとは違って、興味深かった。

 丁寧に淹れてくれたお茶は、本当に心がこもっていて美味しい。

 その後、さくら湖を経て、西日に傾いたなか、滝桜へ。

 参加者全員とゆっくり話せなかったのが心残りだけれど、初めて参加してくれた人たちともいろんな話をしたし、リピーターのみんなの元気ぶりには、かなり嬉しくなった。

 なんだか、数か月前に一緒に山に登ったときよりもずっと元気になっている人も多くて、よくよく話を聞くと、皆さんかなり自分たちで山に行くようになっていた。

 参加者同士で連絡をとるようになり、一緒に山に行っている人たちもいた。

 参加者の話を聞くのは、MJリンクならではの楽しみ。

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2010年4月24日 (土)

護国寺→沼尻高原

 久しぶりの護国寺ヨガ。今日の先生は、seasちゃんまさみんと、aiさん。

 大好きなチャイルドポーズが、肩が痛くて思いっきりできないどころか、全くできなかったことがちょっとショック。

 他にも痛いポーズあり。自分のいまの状況を知れてよかった。

 その後、東北新幹線に乗り、郡山駅で磐越西線に乗り換える。外は真っ暗になっていたけれど、線路わきの桜の木にピンク色の花がついていて、闇夜に浮かんでいた。

 沼尻高原へ。

 明日のMJリンクに備えてミーティングし、心底気持ちよいお湯につかる。

 久しぶりにお会いした、プロ級腕前スキーヤーのひろみさん。テレマークを始めて数年。先日初めてテレマークスキーをもって山に行ったそうだ。ポジションの入れ替えのタイミングとか、ポジションそのものについてまだ悩んでいるのだとか。

 思わず聞かれたことを、素人レベルの私がコメントしてしまったけれど、あれはかなり余計なことだったわ……。

 いつも仕事の合間などにお会いするだけで、ゆっくりおしゃべりしたこともないのだけれど、来シーズンこそ、一緒に雪山を滑りたい。

2010年4月23日 (金)

締めきり複数

 締めきり複数の日は、ともかく黙々と、慌てず、ひとつずつ書いていけばよい。

 夜、終わって、明日からのMJリンクの準備。

 ヤマケイ・オンライン が、『奥会津山旅』を紹介してくださいました。ありがとうございます。

2010年4月22日 (木)

山ガール打ち上げ

 昼からカイロ施術と、インタビュー。アメリカのトップアスリートが骨折した際に、たった1週間で現場復帰した話を聞いた。通常の人が3カ月かかるのと同程度のことを、彼は1週間で回復させたのだという。

 肩のケガをして1カ月ちょっと。施術を受けながら思うのは、日ごろどれだけ鍛えているかが回復のスピードに関係あるのはもちろんのこと、施術を受ける側のセンスというのもあるように思う。ドクターに言われたことをどれだけ忠実に再現できるかは、本人の身体能力とか体を動かすセンス次第だし、痛みについてドクターに尋ねられたことに事実と違わずに報告できるかも、どれだけ自分の体を読めるかのセンスと能力次第。

 ちょいと私は劣等生気味の患者のように思うが、ドクター曰く、「いいえ、そんなことない」と。

 最近では、肩の施術にも慣れてきて、痛みの中にもくつろげるように意識をもっていけるようになった。

 その後カンヅメ原稿書き。

 夜は、『田部井淳子のはじめる!山ガール』 の打ち上げパーティ。田部井淳子さんを始め、ロケに同行しモデル役を務めてくれた方々、座談会でお話くださった方々、本を作るためのお金を産んでくれた広告代理店の方々、制作スタッフ(編集者、デザイナー、カメラマン、執筆の私)など30人以上集まった。

 1次会のあいさつでも述べたけれど、モデル役を務めてくれたみんなや、座談会でママさんクライマーぶりを発揮してくれたえっちゃんとちがやさん、彼女ら大切な山の仲間たちに協力してもらわなければ、絶対に出来上がらなかった本。快く誌面に登場してくれた、彼女たちみんなに感謝。

 2次会へも20人近くが流れ込んだ。

 締めのあいさつを頼まれ話をしたけれど、昨年夏からNHK出版サイドの3人のメンバーやデザイン事務所の方々とチームのようになって続けてこれたことが、この本を作った財産だった。しかし、こういう場であいさつをするのは実は、お気楽な役回りをした人間なのだ。本当に本を作るために力尽くした人達がいるのです。

 趣味悠々時代からお世話になっている佐藤編集長からは、難題宿題を大別してふたついただいた。ふたつとも別のテーマながら、これだけ劇的に変動している日本の登山社会について考えるツールともなるようなもの。難題です。

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2010年4月21日 (水)

御宿サーフィン、富士講の碑

 海の朝は早起き。けれど、窓から見ると波はグチャグチャにしか見えなかった。5時の時点で目視できたサーファーはひとり。

 どうも肩を傷めたリハビリには不適切にしか思えない。しばらく原稿書きをしてから窓に目をやると、サーファーの数は数十倍に膨れ上がっていた。

 外気温が高く気持ちよさそうなので、3ミリで出動。

 パドリングを始めたけれど、やっぱり肩は痛い。痛いけれど、痛くても続けてよいというお達しなので、パドリングしまくり。風が強くてどんどん流されるので、たいして波には乗っていないけれど、パドリングだけはやっていた。

 いいリハビリになったかも。

 昼は久しぶりに勝浦のあまからやへ。

 その後、どうしても信じられなかったけれど守谷にも波が入るっていうので見に行った。今日はダメだな。鵜原は風光明媚で、今日のコンディションだったら波もきれいだった。御宿がグチャグチャのときは、次回から鵜原にしようかな。

 御宿に戻る途中、部原のポイント近くにある神社に寄ってみた。富士講の碑が建っているのだ。列車がない時代にこの地から見たこともなかったであろう富士山に60数回も通った記録がある。いったいどうやって富士山までたどり着いたのか、もう少し詳しく知りたい。

 午後は部屋で仕事。温泉に入ってから、自宅に車を走らせる。

 20年近くサーファーたちに愛されているレストランというのは、相応の理由があるのだろうけれどこれまで一度も寄るチャンスがなかったSea Songへ。

 納得の味とボリュームとお値段。食べすぎには要注意の店。サラダとピザとハンバーガーは、食が細いかなっぷとダイエットを気にした方がよい私のコンビには多すぎたけれど、とてもおいしかった。

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2010年4月20日 (火)

I love Okuaizu

 テントもって山に登り滑ろうと思っていたけれど、明日の天気が×なので仕事に変更。午前中机仕事。昼過ぎから御宿に移動。

 途中、SHOOTSへ寄る。店長のトミーさん達は太東へ行ってしまったそうで、シェイパーのRyujiさんが店番をしていた。本人いわくRyujiさんが店に立つなんて、1年間で2時間位だそうなので、そんなときに巡り合ったのが2度目という私はかなりラッキーなのではないかと思う。

 かなっぷがSHOOTSの新作ロゴ入りTシャツを買い、ついでに全く商売っ気がなく、ちゃんとお客さんからお金を取るだろうかとRyujiさんが心配でならない私も、Tシャツ購入。今回は、ちゃんとお金を取ってくれたのでホッと一息。

 

 しかし、案の定というか予想できないことはなかった事態なのだけれど、レジが開かずに一苦労。

 何とも楽しい時間をSHOOTSで過ごした。こんな夫婦を、私は山の世界でも一組だけ知っていて親しくしているけれど、清々しい気持ちになるのだ。

 今日はアパート1階にある共同浴場が定休日なので、初めて元湯へ行ってみた。もちろん共同浴場と同じ泉質。御宿の温泉は本当に体が温まる。

 網代湾をこんな角度から見たことはなかった。窓の外を眺めながら、白い糸のように里山に降る雨をぼんやり見つめて、温泉につかる。

 仕事についてあれこれ考え、もうこういう形の仕事はこれで終わりにしようと、ひとつ決意。

 ところで、写真は『写す旅 巡る旅 奥会津』の表紙。只見川電源流域振興協議会事務局 が作った観光用パンフレット。私が取材+寄稿した『奥会津山旅』の前作にあたる『ゆき湯』と『奥会津食・土産』に執筆している、山崎まゆみさん(温泉エッセイスト)と石井宏子さん(温泉ビューティ研究家)、柳生九兵衛さん(プロの食いしん坊)と一緒に、「I love Okuaizu」というテーマで、奥会津への思いのたけについて短い文章を書きました。

 タイトルは「心地よい風を感じながら、奥会津の旅は続く」。内容は、奥会津の山で拾った栃の実のこと。

 昔、あるもの書きの先輩が「旅の伴侶は、不可視な風」と書いていたけれど、チベット仏教でも重要な役割をする風は、私にとっても旅の伴侶。旅の最中は風に吹かれ、旅を終えて旅を思い出すときは、風に思いをはせる。

 パンフレットは、奥会津の観光施設などにあると思いますので、訪れた方、ぜひご覧ください。

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2010年4月19日 (月)

『田部井淳子のはじめる!山ガール』発売

 『田部井淳子のはじめる!山ガール』 (NHK出版・1143円+税)、本日発売。

 これから山登りを始めようという女性、初めてはみたけれど色々わからないことがあるっていう女性を対象にしたムック本。 

 内容は、東京の御岳、福島の雄国沼+安達太良山、谷川岳、冬の大幽洞窟(水上)の登山の様子や、装備カタログ、ハウツー、座談会など。

 御岳、福島、大幽洞窟の取材では、山仲間の友人達がモデル役を務めてくれました。トモミちゃん、Sachiちゃんちゃん 、愛ちゃん、ハセガワさん、志津ちゃん、カタヤマさん、ありがとうございました。

 大幽洞窟の案内役をしてくれたのは、水上で旦那さんとふたりで冒険小屋をやっているガイドの高月弘子さん。ヒロちゃんと山を登るのは、数年前のメンヒ以来だった。

 谷川岳は、8月のMJリンクの回を収録してもらった。

 座談会で田部井さんと一緒に、結婚や出産、妊娠、子育てと山登りについて語ってくれたのは、平山越子さんと間瀬ちがやさん。3人とも初対面だったけれど、えっちゃんとちがやさんは絶対に合うと勝手に思っていたので、対面してくれてありがたかった。それに、えっちゃんには、岳人で女性の人生や体と登山の特集をしたころから、このテーマにお付き合いいただいているのだ。というよりも、彼女のいろんなアイディアや思いが誌面になっているのだ。

 それと、コンディショニングのページで、ストレッチや筋トレについて解説してくれたのは、私がいつもお世話になっているイサ・スポーツ・カイロプラクティック の伊佐和敏さん。 高校卒業渡米し、ドクター・オブ・カイロプラクティック、NATA(全米アスレチックトレーナーズ協会)公認アスレチックトレーナー、スポーツカイロプラクティックの3つの資格を取得し、USのスポーツ医療の現場で働いていた方。いまは日本で開業。

 編集サイドには、山登りにはほとんど縁がなかったという編集者(けれど、スポーツ好きなので体はよく動きます)高井美穂さんと、原川さん、佐藤さんというベテランが勢ぞろい。

 私は、ビューティーページと花の登山のページ以外のところの、取材と文を担当。

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2010年4月18日 (日)

モンベル・フレンドフェアにて

 大阪に引き続き、モンベルのフレンドフェアへ。

 会場にいらっしゃれなかった方から、「どんな話をしたのか、ブログで報告してほしい」というお便りをもらった。全部ブログに書くことはできませんが、30分で「セイフティー登山でいこう」というタイトルで話した。

 30分間で、登山の安全やリスクマネジメントについて話ができるわけはないので、主に、登山中のリスクにはどんなタイプのものがあるのかについて。

 北米のアウトドア教育の教科書によく載っているものであるけれど、リスクは以下の4つに分けて考えられる、というもの。

HIGH  L × LOW C

LOW L × LOW C

HIGH L × HIGH C

LOW L × HIGH C

L=Likelihood   C=Consequence

どういう意味かというと……。

①は、起こる可能性が高いけれど、起きてもさほど深刻な結果にはならない……(②以降省略)というような意味。

これらのリスクを

Avoid 回避する

Mitigate 緩和させる

Retain 続行する

Transfer 委譲するという4つの方法でマネジメント(あるいはリスクテイク)していく、といような話。

 意外な方から、「登山中のリスクについて専門にやっているの?」と聞かれ、ひっくり返りそうになった。いいえ、全く違います。今回たまたま、モンベルさんからいただいたテーマであって、専門ではありません。話したことは、自分で勉強した範囲で、ごくありふれた内容。

 登山のリスクについて話をしてくれる人を探している方は、専門家にご依頼願います。

 山野井泰史さんが人前で話すのを聞くのは、実は約10年ぶり。ギャチュンカンの事故のあとは聞いたことがなかった。インタビューも、中国の山岳雑誌に依頼された1件だけしかしたことがなかった。旅やクライミングで、時間は共有したけれど、こうやって今日話を聞いて、改めて思ったことは、こんなに清々しく話をする人は、めったにいないのではないか、ということ。彼の文章も同様である。いい訳も、いつわりも、誇張もなんにもない、堂々とした晴れ晴れとした話しぶり。

 予測通り大勢のファンに囲まれていたし、多くの人が感動したと話していたけれど、何にそんなに感動するのか、正直私には戸惑う点もある。けれど彼が人に感動を与えるとするならば、清々しい人柄によるものなのではないかと思う。

 会場では、何人かの仕事関係者に挨拶とお話。

 奥会津の取材仕事で名前だけ聞いていて会いたくて会えずにいた、アキフミさんには、ブースの前を通った時に、声をかけてもらった。初対面だったのに、よくわかったなあ。

 社員さんたちともおしゃべり。オンダくんと、山の約束。年寄りくさいことを言うけれど、若い人から山に誘われるのは、嬉しいもの。がんばっちゃおうと思う。

 ミホちゃんがかわいくてオモシロイ新入社員を紹介してくれるということだったけれど、忙しそうで会えずじまい。でも、近いうちに会える気がする。

 モンベル後は、ウチのOBであるグラ兄とI隊長と、それと他大学の山岳部OBの方なのだけれど、もはやなぜかウチのOB会に多く顔を出しているNさんと中華街へ。

 中華料理、やっぱり四川料理よりも広東や上海料理に軍配が上がるのでは……と思った次第。ごめんね、四川。けれどうまかった。

2010年4月17日 (土)

千代田区の三春滝桜は緑

 午前中はインタビュー。

 その後、MJリンクの打ち合わせ。

 夕方から机仕事。

 写真は、千代田区の東郷元帥記念公園にある、三春滝桜の子孫の桜。こちらはすっかり葉桜だけれど、三春の滝桜は昨日からの降雪で、白くなっているのだとか……。老木なので心配。

 MJリンクの三春の会は、今月25日。ちょうど満開になるかな?

 ところで、三春滝桜は大人気のようで、「takizakura」というアカウントでつぃったーがあった。思わず、リツイート。

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2010年4月16日 (金)

パラレル数上昇

 終日、机仕事。

 パラレル数は(どれだけの仕事を並行しているかは)、数えたくない。

 登山の書籍・雑誌にも季節柄があり、夏山前に発売になるものが多いので、この時期はどうしてもパラレル数上昇。

 今日の写真も、4/15の花見山。

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2010年4月15日 (木)

女性メンバーMTG→古巣の飲み会

 午前中、山の業界で働く女性4人でミーティング。メーカーのプレスの仕事をしているYちゃん、編集者であるWさん、旅行会社勤務のHさんと私。

 それぞれがそれぞれのプロフェッショナルの分野から意見交換して、イベントの打ち合わせ。皆さん、ビジョンがあるし、実行力があるので勉強になる。

 Wさんと仕事をするのは初めてだけれど、私は、いまの女性登山者ブームを作ったのは、彼女だと思っている。それももう5年位前にしっかりと種をまき、発芽させていたのだ。

 その後、夕刻のミーティングまでスタバで原稿書き。思いのほかはかどってしまった。

 

 ミーティングのあとは、古巣のボスたちと飲み。

 私のボスだったNさんは私より前に退職したけれど、いまはまた古巣に戻っている。私が古巣に最初にアルバイトで入ったときの担当者だったSさん、彼も一度古巣を離れフィリピンで仕事をしていたけれど、復職した。いまやSさんナシでは識字プロジェクトは運営できないのだろう、きっと。

 職場に出戻れるというのは、偉大な人達だとつくづく思う。能力があるのはもちろん、人格的にも信頼されている証拠。

 ほか、同じくボスであり、そしていまは同業大先輩のKさん。私が就職したのと入れ替わりで退職されたNさん。以上5人。

 Kさんの娘さんが、美大学生になっていたのは知っていたけれど、やはり祖父の血を引いたのか油絵を専攻しているのだという。また、父の影響があるのかどうか、関野吉晴さんの研究室に出入りしているのだという。父は自著に、関野さんのことを書いていた。

 Nさんは昔から、美味しい飲み屋を見つけることに長けている。しかし、酔っぱらった時に行ったという美味しいアップルパイ+酒という粋な組み合わせの店にはなかなか見つけられず、2軒目はフレンチ風飲み屋へ。しかし、それでもあきらめきれず、もう少しがんばって探して、見つけたっ! 彼女の記憶には何ら間違いはなかったのだ。サスガ。

 久しぶりに皆さんの変わらない姿に会えて、嬉しかった夜。

 写真は昨日訪れた花見山。

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2010年4月14日 (水)

『奥会津山旅』ガイドブック、完成!

 昨年9月に旅した奥会津の山々のこと が収録されている『奥会津山旅』というガイドブックの完成お披露目記者発表が、福島県庁であり、出席してきた。

 この冊子は、「奥会津7町村こだわりGUIDE BOOK」の3冊目だ。これまでに、「ゆき湯」(奥会津の温泉)「B級グルメ」が発行されてきた。

 3冊目の『奥会津山旅』には、私が旅した

1)檜枝岐村~帝釈山・田代山~舘岩・伊南

2)金山町~蒲生岳~只見町・南郷

3)柳津町~博士山~三島町・昭和村3本のレポートが掲載されているほか、奥会津7町村にある名山28座のコースガイドがある。

 さらには、奥会津にある279全山のリストも(←このあたり、制作サイドにかなりのこだわりがあります)。そして、7町村の紹介や、温泉のリストも。

 この冊子が、なんと無料で配布されるのですから、山好きにはたまりません。奥会津の山々が一挙に収められている。

 ご希望の方は、只見川電源流域振興協議会webサイトをご参照ください。

 「〒番号・住所・氏名」を書いた返信用封筒(A4サイズ以上)に290円分の切手を貼り、只見川電源流域振興協議会 事務局(住所は以下)まで、お送りください。

 ほか、奥会津7町村の観光施設などでも配布しています。

只見川電源流域振興協議会事務局

969-7511 福島県大沼郡三島町大字宮下字宮下350

三島町町民センター 奥会津振興センター内 担当:山口

 また、プレスの方々で、この冊子について広報いただけるのであれば、プレスリリースもぜひご覧ください。

 慣れない記者発表に出席後、県庁やほか関係機関の担当者の方々のあいさつ回りを終え、私たちは花見山へ向かった。

 この奥会津の山旅を共にした、制作スタッフの籏野さんと八島さんと一緒に。お二人ともとても山が好き。籏野さんは週末ごとにみちのくの山々を巡っているし、八島さんは大学WV部時代からの筋金入り山ヤなのだ。

 こんな顔触れなので(+身体能力抜群の荒井カメラマンの一緒に旅したのだけれど)、お別れの前に花見山はぴったりだった。

 濃淡のあるピンクや紅色や黄色の花々が本当に山一面に咲いていた。そして遥か向こうに、吾妻の山々がほんのり見えることを、八島さんは教えてくれた。今日は強い寒気が入り込んでいて、吾妻連峰は雪雲の中だった。

 楽しい時間はあっという間に終わってしまう。仕事が大変な時期にお二人とも私を花見山に案内してくれた。福島駅で別れたあと、新幹線の中から車窓をぼんやり眺めていると、郡山あたりまでは、まさに里の春のような景色が流れていた。そのあと、残雪の山々が見え始めた。残雪の山は遠望でも躍動感があって明るい。もう春だ。

 今日の記者会見で、「奥会津はひとつの独特の世界を形成しているように感じた」というようなことを述べたところ、記者さんから、「それはどういう意味ですか?」というような質問をされた。それについて、帰りの列車の中で考えた。

 うまく言葉にできないし、何が奥会津ワールドを形成しているのか、私にはまだわからない。

 けれど、本当に奥会津に入ると、そこには独特の風が吹いていて、景色が広がっていて、ひとつの世界があるのだ。こういうのを風土というのだと思う。

 奥会津の山旅の前に、八島さんは大きな地図を準備してくれ、この周辺の水系について説明してくれた。

 奥会津の山々を流れる川には、主に只見側、野尻川、伊南川、舘岩川、檜枝岐川などがある。只見側は遠く尾瀬を源流としていて、他の川も尾瀬周辺の山々から水を集めている。これらの川の流れはいずれも、日本海に注ぎ込んでいく。

 地図を広げればわかるけれど、“水系”という目で奥会津を眺めると、ひとつの世界が広がってくるように思う。

 川沿いには、人々が暮らし、街道もある。

 そしてさらに感じることは、この地域が豪雪地帯であるということ。川の水は天から降ってきた雪や雨である。あのしーんとした雪に閉ざされた冬があってこそ、奥会津が息づくのだと思う。

 私は雪の奥会津の山にばかり通っていて、今回の取材がきっかけでほとんど初めて、無雪期の奥会津の山を歩いた。しかし、青々としたブナの森を歩きながら思いをはせるのは、豪雪の冬のことなのだ。

 奥会津の魅力、まだまだ知りたく、今年も通いたい。

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2010年4月13日 (火)

悳秀彦さん著『登山者のためのファーストエイドブック』

 東京新聞出版局より、悳秀彦さんの著作『登山者のためのファーストエイド・ブック』 が発売になった。

 悳さんは、私の大学山岳部の先輩。学生時代の2年間ほど、監督を務めてもらった方。

 本の帯に「山岳遭難で仲間を救助するためのバイブル」と書かれている。悳さんも、学生時代に岳沢で仲間を喪ったり、また私も大好きだった先輩であるが、10数年前に私たちは、富士山で丁度今ごろ、大切な仲間を喪った。悳さんがこの世界に入ったきっかけがなんであるのか、わからないけれど(本人もひとつには絞れないようなことを本書に書いている)、こういった辛い経験も影響しているに違いないと思う。

 実際私も、最近、ウィルダネスファーストエイドを学ぶようになり、大好きだった先輩の富士山事故について、改めて色々考えるようになった。それは辛い作業であるけれど、必要なことだと思う。

 本書はハンディタイプの本で、写真やイラストを大きく使いながら登山中に起こりうるケガについて、どのように対処したらよいか述べてある。

 私も、本の完成に少々お手伝いした。

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2010年4月12日 (月)

ありがとう、バス。

 アライから届いたメールには、さらりと書いてあった。

 バスが今朝がた天国に旅だったと。アライが20年近く買っていたシェットランドシープドックだ。

 いつどうやってアライのところにバスがやってきたのか、よく覚えていない。けれどいつの間にか、アライとクライミングや登山に行く時は、バスも一緒に来るようになった。20代後半から30代前半にかけて、よくアライと山に出かけていたから、私もバスとたくさんの時間を過ごしたように思う。

 ある日の日曜夜、いつものように山から下りてきた。確か早春の谷川岳にスキーを担いで登り、滑ったあとのこと。群馬に住むアライの家に立ち寄ったら、お母さんに、「カシワさん、どうにかしてくださいよ。ウチの息子に、いい結婚相手はいないかしら?」とか言われたように記憶している。

 アライの結婚についてなんて、全く興味がなく、考えたこともなかった私は、大変なことを言われてしまったと思い、口ごもりながら「バスがいるじゃないです」などとわけのわからない返答をしてしまった。あの時のお母さんの反応はもっと大変だったのだけれど、私の本心は、いつもバスの毛を丁寧に櫛でとかすアライを思い、寂しそうになんてしていませんよ、という気持ちだった。

 そんなアライは、キヨノちゃんと出会い結婚した。ものすごくいい相手に巡り合い、アライは本当の幸せ者だと我が家ではいつも話しているし、アライにもことあるごとに言っているのだけれど、本人はわかっているだろうか? わかっているな。

ニイナとアンナが産まれて(ってもう小学生ですが)、4人+1匹家族になって、バスの生活もにぎやかになったに違いない。みんなにかわいがってもらっていた。

 先月一緒にスキーに行ったのが最後だった。写真を見ると、ニイナがバスをだっこしているけれど、バスは横を向いている。 

 写真はまるで三谷幸喜あたりが書いてくれそうな、平穏なありふれたファミリーの集合写真のようだ。山のイトコ会こと、大学山岳部OB達で集まってスキーへ行ったときのもの。

 バスはすっかりおばあさんになったから、体調は心配だったけれど、もう会えないなんて寂しいな。バス、いままでありがとうね。

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2010年4月11日 (日)

『山歩きはなぜ体にいいのか』

私の著作には珍しく『山歩きはなぜ体にいいのか―大切な仲間に教えたくなる山の効用 』 (山と溪谷社・1000円)が重版となりました。

おそらくもう書店に並んでいると思います。よろしくお願いいたします。

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2010年4月10日 (土)

南京の風

 朝、実家を出発し、夫を職場に落として帰宅。私も仕事に戻る。

 午後、カイロプラクティックへ。かなり良くなってきているけれど、ここから先は横ばい時期もあるだろうし、本当の根気が試されるのではないかと思う。

 ドクターさんは「サーフィンもやってみたら?」と。それはちょっと怖いかもしれないけれど、テントを背負って山に行ってみようと思う。

 夜、ジャン兄弟が買い損ねている土産についてジユエとSMSをしていると、ちょっと様子が変。あれ?なぜ?と思っていたら、フォンフォンから電話。

 とても心配な報せ。今晩すぐにはわからないだろうから、明日また2人に連絡してみようと思う。

 南京にも気持ちよい風が吹きますように。

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2010年4月 9日 (金)

70th Birthday-古希の小さなお祝い

 午前中仕事。

 夕方、私の好きな場所のひとつ、富士吉田のナノリウムへ。

 約1年前、Fujiyama-Guidesのヒロスケが連れてきてくれたところだ。お店の方も覚えていてくださった。ちょっと長居をしてから、夫の実家富士宮へ。

 明日70歳になるお父さんのお誕生日会。古希の本当のお祝いは後日、全兄弟家族が集まってやるとして、今日は小さくお祝い。

 弟夫婦も一緒に近所の和食屋さんへ。

 両親の近況はもちろん、義弟夫婦の最近の仕事やプライベートの様子も話に聞けて、楽しかった。

 帰宅後、みんなでケーキを食べて、今宵はこのメンバーには珍しく早めに大人しく解散。明日、またみんなそれぞれの仕事があるのだ。

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2010年4月 8日 (木)

仕事は難題続き

 最近ずっと仕事がガタガタとしていて落ち着かない状態が続いている。

 さみだれ式入稿時期のムック本がふたつあり、それは波に乗ってやっていくしかないのだけれど、同時にゲラ読みも始まった。性質が違う仕事が重なるのは、気分転換になるという点では効率もアップし、よいけれど、頭を切り替えるのが難しい時もある。

 そしてもう一つ抱えている問題は、取材先のアポが取れないということ。ご当人の問題ではない点がますます難しい。何とも歯切れが悪いというか、すっきりしない日々。

 しかもこのままでは月刊誌が6ページも白くなってしまうので、編集長などと相談中。

 いろいろ私にも反省点があったり、また現実的なことも考えたり。

2010年4月 7日 (水)

180cmオーバーMan、再び

 朝、2人を乗せて成田空港へ。

 帰宅後、仕事。

 夜やってきたのは、次なる180センチオーバーの友人マサ。昨日まで泊まっていた2人の身長も185センチ弱。マサも180センチオーバー。

 人数が一人減ったので、狭い我が家での圧迫感も軽減されたか?

  夕ご飯を食べながら、トレイルのこと、白馬の暮らし、五竜のパトのこと、北穂のアダチさんのこと、テレマークスキーのポジションのこと、道具のこと、いまNZですくすくと育ちすっかり亡セイスケ兄の顔にそっくりになってきたダイキチのこと、いろんなことをおしゃべり。

 いつもはすぐに寝てしまうかなっぷも親友マサの登場に興奮気味で映画談議。

 反対に、いつもは粘り強い私は、なんだか疲れきって、先に沈没。

 

 写真は昨日訪れた日本そば屋にあった鉄線。「これ、何の花?」と花好きのフォンフォンが私に聞いたけれど、「中国にもあるでしょう、クレマチスだよ」と。

 丁度季節なので、泊まった旅館にも、昼を食べた蕎麦屋にも鉄線の鉢があり、お客さんを迎えていた。

 我が家の玄関でも、鉄線で、友人達をお出迎えしたのだった。

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2010年4月 6日 (火)

そよぐ風

 Jのジョークは笑って言うだけであるが、ある意味辛辣かもしれない。「彼はBusy Manだから」と、弟に向かってたった一言。

 Business Manではなく、Busy Manだというのだ。

 真のビジネスマンは、決して「忙しい」なんて口にしないと私は思うし、「忙しい」「忙しい」と言うのは、ものすごくカッコ悪いこと。第一、「心を失う」と書く「忙しい」なんて言葉、私は好きにはなれない。

 でもこれはひょっとしたら彼個人の問題ではないかもしれない。

 中国が急激に成長していくなかで、経済の成長、あるいはモノが豊かになったり、ビルがたくさん建ったりするという成長と同じスピードで人材も成長しているかというと、それは難しい。

 中国には「蟻族」という言葉がある。2000年以降に急増しているという蟻族は、大卒でありながら給料のよい職に就けず、月収は日本円にして15000-25000円程度。けれど、「いつか都会で人はな咲かせよう」と故郷には帰らず、大都市の郊外などで暮らしているのだ。

 彼らの会社のスタッフは非常に恵まれた環境で仕事をしていて決して蟻族ではない。

 けれど、会社を作るとか、社員を育てるとかいうのは、ものすごく大変なことで、労力や能力だけでなく相応の時間も必要なはず。

 めまぐるしいスピードで国の経済が回転している時代ではあるが、親友としては立派なビジネスマンになってもらいたいなあと思うのだけれど。

 そよぐ風に任せて、朝ものんびりと。ビジネスマンの兄は、日経新聞を読む(彼は日本語は使わないのだけれど、眺めている)。朝ご飯食べて、温泉につかって、海を眺めて、昼近くまで森の中でくつろぐ。

 その後、桜エビのかきあげがついたざるそばを食べて、帰京。

 夜は会食のあと、近所の焼鳥屋へ。

 最後にゆっくりくつろぎたいという2人の希望と、来日3度目の弟が、初来日の兄を「ぜひ焼鳥屋に連れていきたい」とずっと思っていたから。

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2010年4月 5日 (月)

森と海

 ほったらかしておいたら、昼近くまで起きてこなかった。

 昨日、東京駅で待ち合わせたときは異常なほど不機嫌だったふたり。疲れているのはわかるけれど、いつも腕時計を見て、「次は何時に何をしなければいけないのか?」としかめっ面で言われても、こっちも不機嫌になるだけ。

「もう時間は気にしなくていいんだよ、今日明日は好きなように過ごそう」と。

 昨晩、かなっぷと話をして、彼の職場であるモンベルに寄ることを約束したのだそうだ。

  まあ通り道だし寄ってみようと、グランベリーモール南町田店へ。

  数十分寄るつもりが、なんだか2人とも長居。2時間以上遊んでいた。

 その後、森と海と温泉があるところへ。

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2010年4月 4日 (日)

20年ぶりの再会

  成都に住む友人のジユエ・フォンフォン兄弟からの連絡に、「I社のクラタさん」という名前が出てきていた。彼はわずかな期間だけれど成都に赴任していたそうで、そのクラタ夫妻と一緒に夕ご飯を食べることが、来日中の2人の楽しみだというのだ。

 「スミコも一緒に行こう。絶対に仲良くなれる」というのは彼らの弁だけれど、お邪魔してよいのかどうか迷っていた。それと同時に、I社のクラタさん……まさか、あの20年前のクラタさんではないよね、、、と思いながらも。

 大学を卒業した当初、私はあるデンマークの会社に就職した。I社はその取引先であり、私は新卒1年目の後半半年間を、研修としてI社で過ごした。その後営業部に配属になり、I社は私の担当となったのだ。大学卒業して1年足らずの小娘にI社のような大企業が務まるわけはないのだけれど、そこは両社の先輩方がフォローしてくださっていたのだと思う。

 研修先の部署にある強豪大学山岳部出身のワタナベさんがいた。彼と話をするうちに、なんとI社の山岳部に誘ってもらい、雪の八ヶ岳清里側の尾根やなんだかんだと一緒に登った。

 当時のクラタさんは、日本百名山を登り終えたと手ぬぐいを作り、クラタさんの家にみんなで集まりパーティをし、私は寝袋持参(つまり泊まりがけ)でお邪魔した。

 今宵は、そのクラタご夫妻と再会。20年来全くご無沙汰してしまっていたけれど、お会いしてすぐに声も顔も思い出した。I社の山岳部の方々も私を覚えてくださっているという。取引先の小娘が突然やってきたのだからさぞかし驚かれていたのだろうと思いながらも、嬉しかった。

 私にとってはおそらく、大学卒業後、初めてできた山岳部以外の山の仲間。山岳部の友人とは休みも合わず一緒に登れない時期があったけれど、I社のメンバーが一緒に登ってくれた。

 また彼らと一緒に山に登れる日が来たら、こんな嬉しいことはない。

 素敵な再会をプレゼントしてくれたジャン兄弟に感謝。

2010年4月 3日 (土)

モンベル・フレンドフェア in 大阪

 大阪で開催されたモンベルのフレンドフェア へ。

 私の出番は14時だけれど、会場到着は11時頃。まずは会場をぐるりとお散歩。それから、各ブースにご挨拶。

 まずは、営業の笹目達也さんがいる岳人 ブースへ。バックナンバーや書籍を販売している。写真は会場にある岳人のノベルティグッズ。岳人や別冊岳人を年間購読申し込みした方がゲットできるのだそうだ。普段の年間購読では手ぬぐい(?)だけだけれど、フレンドフェアの会場で予約すればさらなるノベルティグッズがもらえるとか。

 写真の下に引いてあるのが手ぬぐい、右下から時計周りに折りたたみ式箸+ケース(別冊岳人用)、キャメルバックの0.5リットル用水筒、モンベル製防水スタッフバッグ2リットル。

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 ほか、フレンドビレッジのブースや、(財)日本アウトワード・バウンド協会 やの八ヶ岳赤岳天望荘ような関係団体のブースもある。

 社会福祉法人青葉仁会のカレーは私も大好物なので、早速セット買い。店頭で迷っている女性がいたので、「美味しですよ」と言うと、「あれ、カシワさんね、じゃあ買ってみましょう」と彼女もセット買い。本日の自分の本の売り上げ部数は過去ダントツ最低のオソロシー数字で、とてもヤマケイさんに報告できないけれど、青仁会のカレーは売ったっ!

 ナカニシヤ出版のブースにはかなりの長居。本を読みこんでいると、モンベルの古くからの大先輩社員(取締役や部長クラスの方々)が次々やってきて、「いいやろ、ナカニシヤ出版」と。関西の山ヤにとってなくてはならない出版社なのだ。

 私が購入したのは、京都大学学士山岳会メンバーであり森林学者の四手井綱英さん著の『森林はモリやハヤシではない―私の森林論』 と、地図の芸術家五百澤智也さんの『山と氷河の図譜―五百澤智也山岳図集』 。  さらには五百澤智也さんが手で書いたという美しい日本地図をふたつ。ひとつは明日再会するジャン兄弟への土産。

 14時からの私に与えられたテーマは「セイフティー登山で行こう」。『OUTWORD』の連載と同じタイトルだけれど、ちょっと趣向を変えたもの。前列の方々がとても熱心に聞いてくださったことに驚きと感謝。

 そして私のいちばんの心の支えのタスクも父のケンちゃんと母のミヤと一緒に来てくれた。タスクは将来DJになりたいんだって。それならば、次はタスクが私の代わりに話をしてね。

 当初、明日交代で会場にやってくる友人達と待ち合わせて、関西に居残り、クライミングをしようという計画があったけれど、私の肩の負傷やその他所用により、それもお流れ。

 今日は日帰りで、早々に帰京することになった。

2010年4月 2日 (金)

夜は会食

 終日、机に向かって仕事。

張兄弟が、あと数日仕事を残しているものの、今晩は束の間休めるということで、横断山脈研究会の東京メンバーの方々が集まり、そこに私も顔を出させてもらった。

 普段はあんまりこの兄弟、似ていないと思っているけれど、異国に来て力を合わせて過ごしているせいか? あれ、やっぱり兄弟じゃん、似ているなって思った次第。

2010年4月 1日 (木)

抜き打ちシュウゲキのつもりが

 成都で登山やトレッキング、ラフティングを取り扱う旅行会社を経営している友人の張兄弟が、アルパインツアーサービス㈱ の招へいで来日。

 先月25日に福岡入りし、その後福岡、大阪、名古屋のアルパインツアーサービス社で特設の旅行説明会を行ない、今日がその最終、東京本社での説明会だった。

 日本に来た翌日の26日夜に早速電話がかかってきて、すでに仕事に疲れ気味で、日に日に疲労度が急増していったので、いったいこの先どーなるんだ、と心配していたが、なんとか乗り切っていたようだ。

  ということで、今日は抜き打ち覆面現場シュウゲキをかけようと、昨日電話予約を入れた。

 しかしやはりそのようなことは無理であり、早速会社からコールバックがあり、私も仕事の日となった。

 ふたりの説明会はともかくとして、明日成都にフライトし、その後ヒマラヤを越えるフライトをしてネパール入りするというにすーさんこと鈴木央司さん お会いしたことの方がびっくりっ!(と、すーさんも書いている)

 すーさんは、岩手県在住のテレマークスキーヤーであり、テレマークスキーインストラクターであり、海外トレッキングなどのツアーリーダーであり、そして名作「ゆきむし」の作り手さんである。

 早速、気になっていたガルモントのブーツについて質問しまくり。いまはゲレンデではT1レディを履いているが、山に履いていく気にはなれず、革靴以外のときは昔のT2を履いている。けれどこのブーツも限界が近いだろうし、かといって山に履いていきたいプラブーツが全くといっていいほど見当たらないのだ。山は革靴オンリーでもいいのかと思いながらも、やっぱりプラも欲しい。

 私の足型を見て……唸っていたけれど(幅広甲高ゆえ)、機会を見てチェックしてみようと思う。

 ほかお勧めの板についても教えてもらった。私がノーマークだったものなので、嬉しい情報。

 夜、ヤマケイで打ち合わせ後、帰宅。仕事。

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