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2010年3月

2010年3月31日 (水)

北国からの便り

 郡山市のエージェントさんから待望の『奥会津山旅』という奥会津7町村のこだわりのガイドブック(無料配布)が届いた。

 これは只見川電源流域振興協議会 が作っているもの。

 昨年初秋に、郡山のエージェント勤務であり学生時代はWV部で山を歩いた八島さんと、同じく郡山の編集プロダクション勤務で山好きの籏野さん、さらには同じく郡山在住のカメラマンで花火好き、アウトドア好きの荒井さんの3人(この方々は20年来一緒に仕事をしているそうです)に仲間入りさせてもらって、奥会津の山旅をしたとき(写真はその道中、投宿したところの田んぼ)のことが記事になっている。

 また、そのほかにも奥会津の名山コースガイドが多数。これが無料なんて! 充実した登山ガイドブックです。

 一般配布は、来月中旬の記者会見以降ですが、奥会津7町村の色々な施設(レストラン、温泉、旅館、その他公共施設など)で配布したり、また只見側電源流域振興協議会のwebサイトでも取り寄せられます。

 この取材について山ヤらしさを出しながら何から何まで準備してくださった八島さんによると、ここ数日の郡山は冷え込んでいると。また、今日は取材で訪れた湯の花の役所職員の方からもお便りが。なんと、檜枝岐地区はこの期に及んで除雪車が出るほどの降雪があったそうだ。

 寒さが戻ってきていて、奥会津が春爛漫になるのは、もう少し先のよう。

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2010年3月30日 (火)

腕が上がり始めた

前回の施術の翌日、突然腕が上がるようになったのだ。なんとなく上がるんじゃないかな、と何のきっかけもなかったのだけれど思えるようになって、それでやってみたら上がった。

腕を横から上げるということだ。

スポーツは何でもいいイメージをもって取り組まないとうまくいかない。

 とても慎重な人なのだと思うけれど、「転倒したときのことをいつも考えて歩いている」という登山者に会った。これではいい動きができない。

 同じように、腕が上がったのもメンタル的なことも大きかったのではないかと思う。

 あ、でもそれはその時に急に上がった理由。

 前回の施術も今日の施術も、かなり念入りに肩周りを動かしてもらっている。マッサージも痛かろうが、とても念入りにやってもらっている。

 それがやっぱり大きな理由だろう。ドクター・オブ・カイロプテクティックという専門職は、すごい。

 上がらなかった腕を上げられるようにしてしまうのだから。

 もちろん私も努力している。リハビリは言われた通りにちゃんとやっている(けれど、アイシングを時々さぼる)。けれど、こんなにも早く回復してくるとは思ってもいなかった。

 まだまだ痛いし、腕の方向によっては上がらないこともあるけれど、地道にがんばろう。

2010年3月29日 (月)

『初代竹内洋岳に聞く』

 夜、登山家・竹内洋岳さんの本『初代竹内洋岳に聞く』 の出版記念パーティへ。

 竹内さん曰く「キャメロット#0.75の開ききったサイズとほぼ同じ」という重厚な本が、塩野米松さんの筆で書かれたのだ。

 集まったのは、ガッシャブルムⅡの雪崩事故の時に“命のリレー”をしたドクターの方々や、スポンサーの方々、古くからの山の仲間、竹内さんの職場の方々、気象予報士として竹内さんの登山を支えている山仲間、出版社の方々など大勢。

 この手のパーティが苦手な私だけれど、明るい雰囲気でいろんな方々とおしゃべりしているうちにあっという間に時間が過ぎた。

 最後、発行元の社長さんが「この本は、大学山岳部の人にも読んでもらいたい、いいや山だけでなくていいのだ、若い人たちに、チャレンジする心について読んでもらいたい」というようなことを話されていた。

 ちょうど、富山の古巣に戻り、登山研修所の所長に就任するというW先生と教育や山岳部や登山の話をしたり、また帰って来てからであるが、都内のある大学山岳部OBの方に、彼の部が廃部に至った経緯を聞かせてもらったり、していた。

 ところで『初代竹内洋岳に聞く』は、なかなかもっておもしろい本。

 私はこれまで、聞き書きの醍醐味を味わっていなかったのかもしれない。楽しく読んでいる。

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2010年3月27日 (土)

前川國男邸→フランス古典音楽コンサート

 DIVA仲間のがっちゃんと久しぶりのデート。

 コンサートの前に小金井公園へ行った。桜はまだつぼみだったけれど、がっちゃんはこんなタイミングの桜も好きだという。私も同じ。つぼみの状態でも、遠くから見るとほんわかと木全体がピンク色に染まったように見えて、その淡い姿が、大好き。

 満開の桜もよいけれど、咲き始めや散りぎわの方が、心揺さぶられる。

 園内には江戸東京たてもの園というのがあった。建築家前川國男の自邸(写真)が展示されている。前川國男の作品を意識してみるようになったのは、がっちゃんに北軽井沢の大学村にある、あるカフェに連れて行ってもらってから。そのカフェの一部が、この自邸を模しているのだという。

 端正で、潔くて、それでいて愛らしくて、人間味ある建物だと思う。

 その後、がっちゃんが親しくしているというオルガニスト松居直美さんのチャペルコンサートへ出かけた。小金井の小さなチャペルで、それはそれは美しいフランス古典期の音楽を聞いた。オルガンのほか、ソプラノ歌手の方がふたり、そしてヴィオラ・ダ・ガンバが1台。

 イースター直前の週にあたる「受難週」はミサが続く特別な時期で、このときにこれらの音楽が生まれたのだそうだ。

 フランス古典期の音楽にいままで関心をもったことがなかったけれど(あんまりフランスの音楽自体聞いてこなかったけれど)、本当に美しかった。

 東京に戻ってから、恵比寿で夕ご飯。

 仕事の話、スキーの話、プライベートの話など。同世代の仕事人との話は刺激的だし、いつも気持ちが引き締まる思い。

 私達には珍しく、ちゃんと電車のあるうちに解散。

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2010年3月26日 (金)

松川は雪だった

 今週はなんと、2冊同時に校了しなければならないというハードスケジュール。1冊目はなんとか24日に校了したけれど、まだまだガタガタの1冊が残っている。

 来週からは原稿締め切りの嵐で、さ来週からは取材の嵐―春の嵐は続く。

 朝、まさみんから「あずさに乗った」とメールが来た。仕事が休めたそうだ。よかった。

 一方私は、お別れもお礼も述べに行くことができず、ひたすら校了作業をする1日となった。

 夜、クリから電話。350人以上集まったという今日の様子を聞かせてもらった。長話をしている父ちゃんの横に、長女のスズがやってきて、受話器の向こうで何か話をしている。電話を代わった。

「ランドセル買った?」「うん」「今どこにあるの?」「壁にかかっている」「何色?」「あか」。

「小学校はいつから?」「春からだよ」。

スズの住む大町には、春はまだ来ていないようだ。「今日、松川(大町市松川地区)はひどい雪だったよ」と葬儀に参列したクリが言っていたけれど、スズにも今日が悲しい日だってわかったのかもしれない。

こんなに多くの登山者に影響を与え、勇気や力を与えてくれた人は、稀だと思う。私達は、ちゃんと自立して、いつまでも甘えていないで、自分の足で立たなければいけないのかもしれない。

写真は、5年前の4月にクリと登ったときのもの。

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2010年3月25日 (木)

3度目のカイロ

 肩負傷後、3度目のカイロ。正直、憂鬱。治るのは嬉しいけれど、辛いのだ。

 前に腕を上げることは正常の90%位できるようになった。ゆっくり挙げればちゃんと上まで上がる。しかし、横からあげるのは正常の20-30%位。肩の位置まですら上がらない。肩甲骨が上手に動かせないのだそうだ。それで、カイロドクターさんに肩甲骨を動かしてもらいながら、腕や肩を動かしていく。ほかにもいろんな動きをやるのだけれど、これが痛い。しかし痛かろうが続ける。マッサージも痛い。しかし痛かろうがマッサージし続けてもらう。

 施術中に考えていることは、「この施術の中に、安らぎは来るのだろうか?」ということ。最後まで、安らぎはなかった……。

 その後、代官山の職人さんのところへ。 

 そして、夜はMJリンクミーティング。

 ミーティング後、大阪出張帰りのサラリーマン2人と合流。2人そろって本社会議でぐったり疲れていて、その表情はこちらが驚くほど。働き盛りで、下と上に挟まれた辛い世代。

2010年3月24日 (水)

MTG→Cafe→MTG

 モンベルへ行き、広報のH課長とKさんと打ち合わせ。

 その後、ジッキーに会っておしゃべりし、久しぶりにクロミホちゃんと、桜ランチ。気配りの彼女は、なんと、窓越しに桜の木が眺められるレストランに連れて行ってくれたのだ。

 子育てしながら働く話を聞き、そのあっぱれぶりに、さすが彼女らしいなあと思った。クロミホちゃんは、3人の子どもを産み、その度に産休を取っては職場復帰を繰り返している。

 恵比寿店へ行き、新商品を見て、ダーハラとグログロくんとおしゃべりしてからカフェへ。

 夜のミーティングまで時間があるので、カフェでひたすら原稿書きをするのだ。

 夜は、日本山岳会の海外委員会のミーティング。

2010年3月23日 (火)

掃除

朝、大町在住のクリから電話。博物館の用事で連休は鹿島槍に上がるからと、スキー合宿に来られなかったのだ。そのわびかと思いきや、早すぎた訃報だった。

あと1日泊まって、今日は大町の病院にお見舞いに行こうか悩みながらも、後ろ髪引かれる思いで帰宅したばかりだった。

終日、家の掃除。大男が2人も我が家に泊まりに来るという。私のワクシングルームを引き渡さなければならない。

2010年3月22日 (月)

山のいとこ会Day2

 タカヒロさんは、今日はショーキと滑るという。アライ一家もゲレンデだ。

 残りのメンバーで位ヶ原方面へ。リフトに乗ったのが10時だから、山頂まで行けるわけはないのだけれど、適当なところまでと。

 グラ兄と某体育大学山岳部出身のナカさんと、かなっぷと私がテレマークスキー。イトウさんはショートスキー、ナオユキさんは20年位同じのを使っているであろう山スキー板とプラブーツ。イナガキさんは、「塔婆スキー」などと呼ばれているけれど(その形状から)、カンダハーが着いた板に、崩壊寸前のプラブーツ。

 

 位ヶ原の手前あたりまで各々好きなところまで登った。私は右方向へのトラバースになると、傷めた左側の腕を山側につかなければならず、辛い。さらには急斜面での方向転換も辛い。

 その後、ビデオ撮影などしながら滑降。

 私はカンダハーのイナガキ先輩と一緒にゆっくり下ることにしたけれど、途中からついつい調子に乗ってしまい、森の中へ行ったり、スピード出しちゃったり、遊んでしまった。

 意外と肩が使えることがわかったし、雪もよかったので、冴えない今シーズンのなかでは最高に気持ちがよかった。

 ゲレンデに降りてくると、タカヒロ親子やアライ一家がいた。アライ家の長女ニイナは一人で滑れるようになったし、次女のアンナは今日、急成長を遂げたとかで、緩斜面直滑降をモノとしていた。斜度が出てくれば、お父さんと合体して滑ればよいのだ。ニイナはママのキヨノちゃんが近くにいてくれれば大丈夫。

 これには感激だ。アライ一家の4人が雪上で団体行動をとれるようになったのだ。親はスキースクールに入れれば、自分が滑れるし、子どもも上達するだろうと、スキースクールに入れようとするが、数年前までのニイナは、スクールに行くその瞬間にスキーがいやになってスクールに入らなったり(たとえばスキーブーツのバックルがうまくはまらないとか)、アンナはそりしかできなかったり、だった。

 ショーキも本当に上手になった。

 ことしの山のいとこ会(大学山岳部OB同世代でのスキー合宿)は、子どもたちの成長を見ることができて、終わった。

 中央道の渋滞にはまりたくないので、かなっぷとふたりで白骨温泉へ行き、夕ご飯も食べてからICへ。けれどそれでも激混みだった。久しぶりの週末渋滞に巻き込まれ、疲れ果てて帰宅。

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2010年3月21日 (日)

山のいとこ会 Day1

 アラフィフ3人組は前泊するといって、昨晩東京を出た。私とかなっぷは朝5時出発のつもりが遅刻。黄砂に吹かれながら、クルマがすっごく汚くなって中央道を走り、長野道を走り、松本ICを降りようとしたころにナオユキさんから電話。「着いたから、先に滑っているよ」。年1回スキーの彼は意気込みが違う。タカヒロさんが3時に起きて、息子を寝たままクルマに積み込んで(おそらく)、ナオユキさんを迎えに行き、さらにはイナガキさんまで迎えに行ったというのだから、スゴイ。

 10時過ぎに到着した我々もすぐにスキー場へ向かったが、雪とは思えない粒雪が降り、風が吹き、斜面はカリカリ。

 私は肩があまり使えず、先行動作ができないうえに、こんなコンディションではくらーくなってしまう。カイロドクターさんは、運動はどんどんやった方がよいし、スキーもやってみたらよいと言っていたけれど、最後に「スキーをして転倒してまた肩を打つというのは別の話ですから」と。それはそうだ。

 ということで、ハンバーガーを食べたあと、ひとりで宿へ行くことにした。

 アイシング後、温泉に入り、昼寝をしていたら、ニイナとアンナの襲撃にあった。

 アライ一家がやってきたのだ。

 やがてみんながスキーから帰ってきた。タカヒロさんの息子のショーキは今日、2コマもスキー学校に入ったのだ。これはスゴイ。1コマ終わったあと、パパが迎えに行って一緒に昼ご飯を食べたけれど、そのあとまたすぐに2コマ目を受けに行ったのだ。

 パパとしては、スキー学校は大好きになってもらわないと困るのだけれど、それにしてもショーキはがんばった。周りは彼よりも大きな子ばかりだったというし。私だったら、2コマもレッスン受けたら、知恵熱が出てしまう。

 だから、最後にパパが迎えに行った時に、「手が冷たい」と言って泣いたのだ。よくがんばった。

 民宿の食事は、朴葉味噌で焼いた牛肉、ものすごい分厚い馬刺し、鴨肉鍋など豪勢。これで7500円とは驚き。

 食後は、アラフィフ先輩方の部屋で宴会。

 パリ在住のゲンさんの差し入れだという美味しいボルドーの赤を飲み、日本酒を飲んだ。

 私もケガを忘れ、少しだけ美味しい酒をもらっちゃった。

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2010年3月20日 (土)

『東京近郊ゆる登山』 西野淑子著

 同業仕事仲間である西野淑子さん の新著『東京近郊ゆる登山』(実業之日本社刊 1,200円)。

 素敵な表紙でしょう。山にいざなう、山に行きたい気持ちにふっとさせてくれる、ちょんと背中を押してくれるような、そんないい雰囲気の本でした。

 MJリンクの谷川岳天神尾根(昨年10月25日)にも取材いただき、載せてもらいました。

 西野さんは、旅雑誌などの仕事もしている方。 

 知り合った時に、彼女が作ったという札幌小樽のリアルな情報が満載の雑誌をもらったことがある。レストランや名所などが紹介されているものだけれど、それについて彼女は、ちゃんと自分の目で確かめて歩いて作ったもの、自信もって勧めるスポットを載せてあるのだと言っていた。

 もちろん今回の本も同様。20も載っている山のコース(東京近郊のハイキングコース)。すべて西野さんのお気に入りのコースだそうです。ひとつひとつ歩きなおし、取材し直して本にしています。

 谷川岳にもいらっしゃったカメラマンの和氣淳さんの写真も素敵なんです。

 「女子が嬉しい登山ガイドブックです。」「そこの女子!山に行きますよ!!」と表紙に書いてあるけれど、本当に女性が手に取りたい、いい雰囲気の本で、内容も丁寧にしっかりと書かれているありがたい本なんですよね。

 著者曰く「女子以外でも購入可能です(笑)」だそうです。もちろんです。

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2010年3月19日 (金)

二度目のカイロ

今日は肩負傷後、二度目のカイロ。

ドクターさんが想像していたよりも回復していたそうだ。できないことができるようになってきたのはとても嬉しい。けれど、全くできないこともいまだたくさんあるのだ。それは、経験してみてわかるが、本当に悲しい。

地道にケアしてもらいながら、地道にリハビリ。辛い……辛すぎる。つい、私が痛いことを、彼(ドクターさん)は知っているのだろうか?と思い、「あの、痛くていいんですよね?」と尋ねてしまう。知ってもらいたいと言うよりも、痛いけれどこの運動、続けていていいんですよね? 心配なんですけれど、という意味。

痛くてもいいらしい。痛いこともわかっているらしい。だったらまあ、いいか。

リハビリは自宅でも自分でもやっているのだけれど、まだまだ私は自分に甘いようで、ドクターに引っ張り上げてもらってやっとできることもある。意識も集中できる。自分一人でもこれぐらいできれば、もっとよいのだけれど。

腕が上がらなくなってしまったのは、肩を傷めたからだけではないそうだ。肩の筋肉の使い方を忘れちゃったのだそうだ。回路が切れちゃったのだ。これにはショックを受けた。

ドクターさんが言うには、回路はいずれつながるというのだけれど、酒と低酸素で散々脳細胞を死なせてきた私としては、これ以上回路が切れてどうするんだっ!と思うのだった。

帰宅後は速攻アイシング。

アイシングは日に3回以上。

2010年3月16日 (火)

ウチの部員たち

母校山岳部の最後の部員ふたりが退部することになった。

学生の指導責任者になっている私としては、指導者というか先輩としてのふがいなさを感じるし、部が存続しなくなるのは寂しいことではある。

けれど、それほど登山にエネルギーを注げない部員が部員である必要はないといつも思っているので、彼らの退部に関しては、何とも思わなかったというか、それは辞めた方が私もいいと思うよ、とすら言った。

なんてことをあとでほかのOBの先輩方に報告したら何を言われるかわからない。

なにかに所属するというはメリットがある一方で、それに対して時間もお金もエネルギーも使う。Aを選べば、Bをやる時間はなくなるかもしれない。けれどそういうものでしょう、なにかを選ぶというのは。

あれもこれもやってみよう、こっちもあっちもなんとなくぶらさがっていよう、約10年間、学生たちにそんな気質を感じていたが、それで何がおもしろいのだろうか、何か充実するのだろうか、と思っていた。

また登山について言えば、ある程度の時間とお金とエネルギーをかけなければ身についていかない。せっかく大学生という金はないだろうが途方もない時間がある身にあるのだから、だったら、週末は山に行けばよいし、長い長い夏休みも冬休みも春休みも全部山に登れば、それはそれはいい時間が過ごせるだろう。

年に数回では話にならないのだ。それは他のところでやればよい。

しかし、どうやら彼らは選びたくないようだ。だから本当は退部もしたくないのである。

どうしてだろう、私からすると不思議なことだ。 

けれど、こういった若者と、実は私はほかの場所でも付き合っている。

なぜ、なんとなくぶら下がっていたいのだろう? 

最近の若者は頭がよくなったなあと思う。そつがなく要領がいい。

だからなんとなくぶら下がっているだけでも、それなりのことはササッとやってしまう。

頭が悪いことを大声で自慢はできないが、とても私にはできない。

そういう優秀さは感じる。しかし、ちっとも面白くないんだよな。

友人がブログに書いていた。

長年高校教諭をやってきた知人から聞いた話だという。

ここ数年、教育の場では自主性が重視されてきたそうだ。また、ゆとり教育の効果もあり、自ら考え行動する姿勢は備わってきているともいう。一方で欠けてきたのは、リスクを取る姿勢だそうだ。要領がよく、結果を先読みするために自らリスクを取りたがらない人が多いそうだ。

そういえば驚くような型破りの人は減っているのかもしれない。

だからい今は、思い切ったことをやらせるには、外からの“強制力”が必要だと、その先輩は考えているそうだ。

その強制力というのに、山岳部はなり得る、その価値があると思うのだけれど。

友人もこの話になるほどと思ったようだが、私も思い当たる節がたくさんあった。

山岳部の後輩もほかの新卒世代の若い人たちも、みんな頭がいい。要領もいい。能力が高いなあと思う。驚くほど大人に慣れているというか、物おじしないし、スラスラと話をする。けれど、それだけななんだよな。がっつりと突っ込んではいかない。「リスクは取りません」とはっきり言った人もいた。それはリスクを認識していないことでもあるのだけれど。

 でもね、登山という行為はリスクテイクし、リスクマネジメントしてやるものなんだよ。いいや、登山に限らず人生すべて。

友人も大学時代は山岳部で過ごした。その彼女が、昔は、どうしようもなくダメな後輩が数年後立派に成長していく姿を多く見たし、そういうのが喜びだったよなあ、と語っているが、ううん、愛情ある言葉だなあと思う。

ウチの元部員達とはまだ電話でしか話していないが、やりたいことがあるのだったら、ぜひともそれに集中してほしい、若いんだから頭ばっかり使わないで、頭も体も使ってほしい、リスクテイクしてみろ、やってみろ、と言った。

集中できるなにかがあることが、どれだけ幸せな人生であるのか、いつか彼らも気がつくと思うのだけれど。

十分、骨抜きでふがいない先輩が自戒をこめて、そう思った。

2010年3月15日 (月)

ウィルダネス・ファーストエイド 林由希恵さんインタビュー

 昨年10月にウィルダネス・ファーストエイド50時間コース受講したがきっかけとなり、その時の講師であるSlipstream林由希恵さんにインタビュー。

 『岳人』 2010年 04月号 に記事を掲載しました。

 写真はクールでグレートなWinter photographer(!)廣田勇介くん

   カナダの野外教育事情のコラムを作るのに協力してくれたのは、Baja仲間 のサトちゃん。ものすごくつよーいウィンドサーファーさんです。

 このウィルダネス・ファーストエイド50時間の講習は、由希恵さんと勇介、さらには同じくFuji-yama Guides松本省二くん の3人が集結して実現したもの。

 輝ける1977年生まれトリオです。

 5日間に及ぶ50時間コースは充実そのもの。

 救急車がすぐに来ないアウトドアの世界で、仲間を自分をどう救うか。

 プライマリー→セカンダリーと傷病者をみていく手順は救急救命士のそれと同じだけれど(先日、私の自宅前で見知らぬ高齢の男性が転倒頭部出血で救急車を呼んだときに、大いに役立ち、そして救急車が来たときのスタッフ達の対応を見ながら、そうそれそれ、と納得)、医療機関にすぐには運べない環境で、ひょっとしたらオーバーナイトしなければならない場所で、何をすべきか、何を優先すべきか、いかにショック症状を抑えていくかが重要かを実感。

 シナリオトレーニングを重ねたけれど、まだまだ場数を踏まなければならない。優秀なガイドというのは、視点、俯瞰しているものが違うんだろうなあと思う。

  インタビューは、本日発売の下記をご覧ください。

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2010年3月14日 (日)

意味ある痛み

 ゲラチェックも兼ねて、カイロドクターさんのところへ。負傷後すぐにでも行きたかったのだけれど、水泳の大きな大会(日本選手権?)が間近だそうで、選手たちの最終調整の合宿に同行されていたのだ。合宿から帰った翌日をシュウゲキ。

 夫からは、「水泳の専門家なのだから、肩のケガは最も得意とするところじゃない?早くパドリングできるようにしてもらってこい」と言われたけれど、パドリングなんて、とても考えらない状況。クライミングは遥か彼方。

 安静にすれば治るのは当然。いかに動かしながら治すか。

 安静にするデメリットもある。関節の可動域はどんどん狭くなるし、肩の関節には骨のような膜ができてしまうこともあるそうだ。筋肉も硬くなる。

 だから、動かして治していくのだ。

 しかしそれにしても今日のカイロは本当に辛かった。約1年通っているけれど、こんな辛いのは初めてだった。痛みも強かったし、リハビリの運動もきつかった。しかし痛かろうが動かし続けなければいけない。そしてアイシングするのだ。

 これはこの1年のカイロ生活でドクターさんから教わってきたことだけれど、改めて実感。

「柏さんは痛みに強いですね、さぞ痛いだろうに」と言うけれど、私がその時アタマの中で考えているのは、「○○さんが凍傷で指切断したときはもっと痛かっただろうなあ、あれは確かに随分長いこと痛そうにしていたわ」とか「◇◇さんが熊に襲われたあと、あれも辛そうだった。治ってよかったよなあ」とかそんなことばかり(まあ、かなり狭く特殊な世界の話ですが)。

それに比べたらたいして痛くないのではないかと思う。

実際私の人生の中でも3番目の痛みだし(筋断裂、盲腸に次ぐ。靱帯損傷は今回より痛くない)。

そして、治すための意味ある痛みだと思えば耐えられるのだ。

今日は2時間も診てもらい、おかげでぐったりして途中で眠くなってしまった(←痛いのにリラックスもしているのんき者)。

地道にやっていこう。

2010年3月13日 (土)

モンベル『OUTWARD』

  モンベル『OUTWARD』に、連載している「セーフティ登山でいこう」。これは、登山を快適に安全にするための装備選び、装備に関して気を配るべきことなどについて書いているもの。

  今号は「足元からかためよう」。おしゃれは足元からだけれど、登山も同様。足元からかためていかないとなりません。登山靴は非常に重要な道具。

   ご覧ください。

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2010年3月12日 (金)

「能登」ありきの剱岳クライミング

 剱岳登山は、夜行列車「能登」ありきでしょう(首都圏の人間にとっては)。

 学生時代から何度乗ったのか。能登がなければ、貧乏学生は剱岳に行けなかったし、剱岳のない山岳部なんて考えられない。

 能登がなければ、私なんて今の夫と結婚していなかったかもしれない(であれば、違う人と結婚していただろうか!?

 今晩、能登と北陸が最後の運行だった。

 夜行列車はどんどん廃止になっていく。中学生の時に、長崎でのオーケストラの演奏会に出るために初めて乗ったブルートレイン「さくら」もないし、大学時代から白神山地に通うために何度も乗った「津軽」もない。

 みんななくなっちゃう。

 昨夏、初めて乗ったのは「北陸」。これも能登と一緒にお別れだった。

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2010年3月11日 (木)

御宿の春

 ちょっとご無沙汰している間に、房総もすっかり春。

 御宿までの道すがら、美しい日本の原風景のような農村は、梅や桃や寒桜が咲いていて、華やかだった。

 こんな肩ではハンドルは握れても、ハンドルを切ることはできないので、夫に運転してきてもらった。

 到着後、SHOOTSへ寄ってからアパートへ。

 早速湯治。寝る前にも温泉へどぼん。

 夫はサーフィンへ。私はゲラ読みの仕事。

 御宿だと仕事がはかどる理由は、部屋の荷物が少なくてすっきりしているからか(サーフィンに関係するもの以外は置かないようにしている)、自宅のように電話が鳴らないからか、窓から海を眺められるからか、わからない。全部あてはまるな。

 ちょっと前、友人が仕事場環境について思いを巡らせていたが、重要だな。

 とくにフリーランサーなのだから、もっと意欲的に選択していってもよいのかも。

2010年3月10日 (水)

モンベル・フレンドフェア

 終日机仕事。

 原稿書きとゲラ読み。 

 以下、お知らせ・お誘いです。

 モンベルクラブ会員を対象としたフレンドフェア(会員同伴の家族、友人も入場できます)で、「安全登山」について話をします。

 モンベルクラブ会員とは、こんな特典がある会員のこと。私も今年は会報誌の『OUTWORD』に「セーフティ登山でいこう」という連載をしています。

 フレンドフェアとは、アウトレット品・サンプル品の大放出バーゲン、ワークショップやスピーチ、クライミングやカヌーの体験会、フレンドビレッジからの出店、スパイスマジックのカレーレストランなどがあるお祭り。

 山野井泰史さんや内田正洋さんもスピーチします。

 うううんん、、、泰史さんのスピーチの前に「安全登山」とは、かなり話しにくいですね……。

 登山って安全なんでしょうか? 安全という言葉は、ひょっとしたらふさわしくありませんね。リスクがありますもの。

 そのリスクとどうやって折り合いをつけていくか、そんな話を、皆さんに興味を持ってもらえるように話せればよいのですが。

 お時間のある方、ぜひいらっしゃってください。

 会員になるには、各地にあるモンベル直営店店頭もしくは当日のイベント会場にて申し込みを。

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2010年3月 9日 (火)

MJリンク・ミーティング

 夜はMJリンクのミーティング。田部井さんとまさみん、それからいつも裏方で事務を引き受けてくれているヨシダさんと4人が集まった。

 内容は、2月の浅間山のこと、4月の三春の計画について、6月の街で行なう会について、それからそれ以降の夏山の計画について。

 夜7時から話し始めて10時半近くまでノンストップ弾丸トーク。

 ある参加者の方が、とある機会に、MJリンクがいかに恵まれたサポート体制で行なわれているか発言していた。すべてお膳立てするつもりはないし、いつかは自立して羽ばたいていってほしいと思っているのだけれど、リスクマネジメントについては非常に真面目に取り組んでいます。なんてえばることではなく当然のこと。

 けれどこれは、例えば山頂でドリンクサービスするのとは違って、参加者の目には見えないもの。何事もなければコマも出さずに終わるもの。もちろん出さないのが当たり前ことだけれど、そういう見えない部分でどんな準備をしているのか、いつか少しずつ参加者の皆さんに話してもよいのかな、と思った。

 それは、みんなが自分たちの登山を始める時に、役に立つだろうから。

 ところで、MJリンクのブログで4月25日の三春の回の募集案内 をしていますが、ここに掲載している三春の春の写真は、参加してくれた友人のがっちゃんことKayokoさんが撮影したもの。

 ものすごくきれいです。ホンモノもきれいだったのだけれど、ガーデンデザイナーであり植物や自然ここよなく愛しているがっちゃんのセンスが出ていて、きれいなのです。

2010年3月 8日 (月)

整形外科

 昨日は整形外科もやっていないし、頼みの綱のカイロドクターさんは富山に水泳合宿へ行ってしまったし、痛みに耐え、大人しく過ごした。

 朝イチで整形外科へ。骨折はしていないけれど、関節からの出血や炎症があると。ドクターは「腕って関節をちょっと痛めただけで簡単に上がらなくなるんです。けれどそれが治っても、ちゃんとリハビリしないと、元に戻らなくなるんですよ」と。なんとなくいやな予感がしていたことが的中。腕が上がらないけれど、体中が凝り固まって、このまま四十肩に突入するのではないかと恐れているのだ。

 けれど、本当に不思議と全く腕が上がらない。

 ほとんどの家事ができないために、家中が荒れだした。

 幸い、机の上に腕を載せることはできるので(もう一方の手を添えて)、キーボードを打つことができ、原稿は滞らないはず……・。

 先月の膝捻挫に続けてケガが続くのには理由があるので、反省して治します。

 とても残念なのは、久しぶりに友人と約束した週末の山がお流れになったこと。そして貴重な休みを棒に振らせてしまったこと。

2010年3月 6日 (土)

てれまくり

 てれまくりへ。第1回にここ黒姫で開催されて以来の参加。取材パスもいただき、現地へ。

 懐かしい面々や、今年は参加しなかったのでご無沙汰してしまったSNOWDIVATELEMARKの仲間たちなどに会って、それから試乗へ。

 何本か乗ったけれど、私の実力ではこの雪ではどうにもわからないことだらけ。

 だけれども、平均して硬い板が多く、初中級者や山では使いにくいのではないかと思ったのが正直な感想。もっと正直にいえば、乗りたいと思う板はなかった。

 会場では、スキニーレースが盛り上がっていたり、滑っている人達だって決して(もちろんだけれど)上級者は少ないのだから、もっと易しい板が市場に出てもよいと思うのだけれど、北米主導のメーカーばかりなので、仕方がないのかもしれない。

 また、テレマークスキーの板を作らなくなったメーカーも多く寂しい限り。

 個人的結論は、速やかに型落ちモデルの欲しい板を探して、購入することだった。

 ブーツはお目当てのガルモントの新商品がなくて残念。クリスピーが巻き返しを図っているような感あり。バランスもよくいいブーツを見つけちゃった。現在私が使用しているスカルパT2(昔のモデルです)の後継によいかも。

 けれど、そんなことよりも猛省すべきことは、ケガをしてしまったこと。

 硬い板に乗って、「これ、全然踏めないよ」と言いながら、ならばとスピードを出していたところ、緩斜面で逆エッジを思いっきり食らった。本人もびっくりしたけれど、周りもびっくりの大転倒で肩捻挫。すっかり滑れなくなってしまった。

 メーカーが出している各ブースへ行き、色んな方々とおしゃべり。TNFでモリさんとユッコちゃんに会い、コーヒーをいただいたり、ファイントラックでウエアの説明をしてもらったり、マムートにはヨシカゲくんがいたので、ビーコンについて教えてもらった。

 彼から大きなヒントをもらい、次買うものが決まりそうだ。

 帰りの車は、肩が痛くて痛くてハンドルも握れず。一人でなくて助かった。

2010年3月 5日 (金)

クロカンの日

 金曜日の仕事が急きょキャンセルになったものの、天気が悪くて山に上がれないので、黒姫の童話館にあるクロカンコースへ。5キロは踏んでいないということで、3キロや1キロのコースをグルグル。

 嬉しかったのは、あんなにダメダメだった札幌国際の31キロであっても、走っただけのことはあり、スケーティングが少し上達していたこと。

 登り坂は緑さん達のアドバイスを思い出しながら、焦らず丁寧にスケーティングしていけば、やがて板は走りだす。下りは雪面が荒れていたけれど、それほど怖くなかった。

 東京のある大学医学部のクロカンチームが合宿に来ていた。

 春の雪は腐っていて、しまいには雨も降りだしてきたけれど、みんな一生懸命練習していた。こういう経験が、来シーズンの滑りの上達につながるんだな。

 夕方、妙高のいつもの宿へ。

 オーナーの小笠原さんに昨年のチョモランマの報告書を見せてもらった。

 巻末に日本人サミッターの名簿がある。1970年、日本人として初めて登頂した松浦輝夫さんと植村直己さんから始まり、昨シーズンまでのサミッターが並んでいる。1990年代後半からサミッターの数が劇的に増えて、2006年以降はけた違いの伸びだ。思いのほか、サミッターの中でエベレスト登山中に死亡した人が少ないことがわかった。

 日本人が初登頂してことしで40年であるが、やはり、秋季世界初(73年)や北壁世界初(80年)、冬季日本初(82年)、そして山学同志会とイエティの無酸素日本人初(83年)と続いた、13年余りがドラマチックだったのではないかと思う。

 名簿から見えてくることはたくさん、色々あり、勉強になる。

2010年3月 4日 (木)

原稿書き

今日は終日自宅で原稿書き。

4月下旬まで詰まっている原稿締め切りを乗り越えていくには、どんなペースで進めたらよいか、大体の目途は立ってきた。ぼんやりできる時期はない(普通ないか……)。

夕方、成都の友人フォンフォンと長電話。

地震からの経済的復興にはまだまだ時間がかかるようだ。心配症の彼は、あれも心配、これも心配と色々ぼやいていた。

夜、来週末に備えて、ギアをチェックすると、アックスは意外とマシなことがわかったけれど、アイゼンが絶望的だ。アイススクリューが4本しかないとはやっぱりこれまでアイスクライミングを避けてきたことが明白だ。

というよりも、今年、アイスはまだ登れるのか? 南沢大滝の画像を見たけれど、私が見たことないほど小さかった。元々あんまり発達していないのね。

2010年3月 3日 (水)

今日も打ち合わせふたつ

夕方、M出版で打ち合わせ。

その後、またまた日本山岳会のルームへ。海外委員会出席。

2010年3月 2日 (火)

ふきのとうの収穫

野暮用があって実家へ。

昨春に作って冷凍していたフキ味噌が最後の1瓶になったのだけれど、もう大丈夫。実家の庭のふきのとうをたくさん摘んできた。というよりも、ちょいと遅すぎた。けれど、最近私が作っているフキミソレシピ (田部井淳子さんに教えてもらったもの)であれば、これぐらい花開いちゃっていても大丈夫なのだ。

帰宅後、急いで下ごしらえ。写真はあく抜き中のもの。

炒めて瓶詰めにするのは明日。多分5瓶ぐらいは出来上がりそうだ。この先も、鋭意努力して山菜採りに励もう。

100302fukinoto

2010年3月 1日 (月)

打ち合わせふたつ

 夕方から久しぶりにJ出版へ。

5月発売の本の打ち合わせ。以前お世話になった編集者のTさんは、ただいま猛烈にお忙しいようだったけれど、お元気そうな顔を見せてくれた。

今回お世話になるKさんと打ち合わせ。

その後、日本山岳会へ。9月に予定している会の打ち合わせ。

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