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2010年2月

2010年2月27日 (土)

ヨガへ

ショウコさんとアイさんとまさみんのヨガサークルへ。

前回のショウコさんのヨガレッスンのときよりはずっとからだが動いた。

まだ膝は痛いけれど、なんとか本調子になってきたのかもしれない。

スノーシュー取材のあとも思ったよりも痛まなかった。

ヨガのあと、まさみんとお茶しながらMJリンクの打ち合わせ。

それとさ来週末に約束した山登りの相談。ちょっと私にはキビシーことになるかもしれないけれど、久しぶりなのでとっても嬉しい。帰ったら早速、ギアのチェックをしなければ(我が家にちゃんとギアがそろっているか不安)。

その後、夫と銀座で待ち合わせて夕食。八丈島の料理に舌鼓。

2010年2月26日 (金)

ヤマケイパーティ

夜は、ヤマケイのパーティ「川崎深雪さんと『山と溪谷』『ヤマケイJOY』編集部を励ます会」に出席。出版業界のご多分にもれず、山岳雑誌も低迷しまくり。そんななか山と溪谷社が創業70周年を迎えるので、若くして(私と同い年だそうです!と今晩判明)副社長である川崎深雪さんを囲み、ヤマケイを励まそうと企画されたもの。

物書きにとっても苦しい時代であり、フリーランサーにとっても苦しい時代であり、こっちこそ励まして欲しいという声は会場のあちこちで聞こえたけれど、まあ、ともかく、久しぶりに同業のいろんな方々にお会いした。

といっても、大先輩達ばかりで、私と同世代は数えるほど。おそらく私より若い方は写真家のNくんおひとり。って彼とは10歳以上離れていますが。

会場は200人以上の来客がごったがえしていて、遠方からいらっしゃってご無沙汰している方々の何人かは見つけ出すことができず、ご挨拶すらできなかった。

写真は、一昨日ヒロちゃんが案内してくれた、熊の爪後の残った樹木。お話仕立てでわかりやすく熊の生態を話してくれた。

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2010年2月25日 (木)

スノーシュー取材 Day2

ウワサの朝ご飯、美味しい美味しいおかゆをいただいて出発。

昨日取り残した、こまごまとした撮影を行なうために、某所へ。

思い出の場所ですね。ここで苦労してトレーニングしました。と、大きなキッカーが。

撮影は昼前に無事終了。

帰京後、撮影メンバーで打ち上げ。

その後は、展示会帰りのメーカー勤務の面々達から連絡が入り、彼らの飲み会に吸収されていった。飲み会のハシゴ。

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2010年2月24日 (水)

スノーシュー取材 Day1

4月に出版になるムック本の撮影で、水上へ。

メンバーは、編集部のおふたりとカメラマンさん、さらにモデル役としてコアクライマーであるナムちゃんとスイス帰りのシヅちゃん。そして、田部井政伸さんと田部井淳子さん夫妻。

水上で出迎えてくれたのは、冒険小屋のヒロちゃんとミッチーさんだ。

ヒロちゃんと初めて会ったのはグルンドの駅で、そこから一緒に登山列車に乗ってメンヒに登った。下山後すぐにツェルマットに帰るというヒロちゃん夫妻とはあんまり話はできず、私はグルンドのアパートにひとり帰ったのだった。

この秋、ウィルダネス・ファーストエイドの講習で一緒になり、その落ち着いた言動にすっかり魅せられ、今回、ムック本への登場をお願いした次第。

ヒロちゃん+ミッチーに案内いただいたのは、大幽洞窟。洞窟のなかに、氷筍というのがにょきにょきと生えているのだ。洞窟の天井から滴り落ちる水分が氷の柱を作り上げているもので、つららの上下逆さ版というか。

至仏山と谷川連峰が見渡せるところで、スノーテーブルを作って、チーズフォンデュ。

真っ白な谷川連峰だけれど、思いのほか一ノ倉が黒いと言ったのは、ほかならぬ往年のクライマーマサノブさん。さすが見る目が違う。

白き山なみを見ながら、編集者のTさんと話したのは、渋谷の編集部で留守番しているS編集長のこと。今回は仕事の都合で参加できなかったのだけれど、このムック本の立ち上げから、いやいやもう10年以上前に同出版社で出版していた一連の登山の本すべての関わってきた方。

帰りはシリセードも交えてグイグイ下った。編集部のHさんとTさんは山にはほとんどなじみがないのだけれど、お二人とも日ごろから体を動かしているので、どんな時でも順応力があり、ルンルンで山を楽しんでいる。

夜は、かねてからヒロちゃんに勧められていた宿へ。以前ランチで食べたほうとうや釜めしも美味しかったけれど、スイス料理をベースにした夕食も美味しかった。

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2010年2月23日 (火)

夜ヨガでやっと体が整い始め……

 夕方、知人のサカイさんと待ち合わせ。

 もう10年も前のコトになるらしいが、ライティングのスクールに通った時に一緒になった人だ。彼は当時印刷会社の営業をしていたが、いまはある大手の週刊誌編集部の仕事をしている。

 最近連絡を取り、色々仕事の話などをしたのだ。

 印刷会社での経験が今の仕事に大いに役立っていると言っていた。たった一言だったけれど、それは重い一言。私はそのあたりへの知識と経験がなさすぎる。

 夜はショウコさんのヨガ。

 ヨガは本当に久しぶり。2月上旬に膝を痛めてから、体の動きが悪いというか、どうしてもかばった動きをしているので、それがヨガにもてきめんに現れた。全然うまくいかない。

 なんとか1時間のヨガタイムのあいだに体が整った気分。

 すっきり。

2010年2月22日 (月)

在宅の日

朝イチでMJリンクの後片付け。

装備の後片付けは昨日のうちに済ませたけれど、事務仕事が残っている。

記録をつけたり、リストなど色々整理するのはすぐにやらないと、記憶があやふやになってしまうのだ。

 朝食後から仕事開始。

 写真は、20日の朝に管ちゃんと一緒に乗った箱根登山鉄道のプレート。「ベルニナ号」なのだそうだ。

 スイスのレーティッシュ鉄道と姉妹提携していて、かの地には「Hakone号」が走っているそうだ。強羅の駅には、箱根登山鉄道のいろんなグッズが売っていて、父と同じく鉄道オタクに育っている友人の息子が喜びそうなものがたくさんあった。

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2010年2月21日 (日)

MJリンク箱根浅間山 2日目

箱根浅間山2日目。

今日はリピーターよりも初めて参加の方が多かった。

昨日よりも気温が下がったので、雪面はほんの少しだけ硬い。

サポーターは引き続きまさみん、管ちゃんに加えて、これも初登場のジッキー。そして、田部井淳子さん。

ジッキーと初めて会ったのはいつだったか忘れてしまったけれど、共通の友人の結婚式だったと思う。「山が好きな女の子がいるんだよ」と聞いていた。会社勤めをしながら、登山ガイドの資格を取得した、がんばり屋さんである。

これ、並大抵の努力じゃありません。

今回も、色んな予習や準備をしてきてくれていることが、わかった。

管ちゃんも同様であるが、今回、登山ガイドの資格をもち、それを仕事としている女性と一緒に山を歩き、私もとても勉強になった。もっているコマ数が多いし、場の雰囲気作りも上手。

もちろん技術や有事の際の対応についても安心して一緒にできるので、本当に心強い。

MJリンクは参加者達の輪が広がっていき、山が好きな人、自然に親しむ人が増えていけばいいなあという思いで「リンク」と名付けたのだけれど、私は、サポーター達のリンクも広がっていき、サポーター同士で成長していけたら、それもすばらしいなあと思っている。

初めて参加の人たちとたくさん話をするのは難しいけれど、会話のいろんなところから、その人らしさや山との関わり合いを垣間見ることができ、嬉しい。

リピーターの方とは何度も会った末に、やっとこんなプライベートな話をできるようになったか、と思うような会話もあったり、色んな人たちがいて楽しい。

できれば、もっともっと自分たちの可能性を信じて、元気に山を続けていってもらえればと思う。そのなかで、MJリンクのことを笑って思い出す時があれば、それでいいなあと思ったりもしている。

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2010年2月20日 (土)

MJリンク箱根浅間山 1日目

大きな声では言いにくいけれど、MJリンク初の晴れ日。

サポーターはいつものまさみん、それから今回はたまりんも都合がつき、さらには初めて参加してくれるという管ちゃん。私は管ちゃんの前職時代から色々お世話になっていたけれど、数年前出版社を辞めて、山岳ガイドとして独立してからはこうやって企画を一緒にやるのは初めて。

けれど昨年、私が話をする会に来てくれたりして、なんとなくつながりが続いていた。

管ちゃんのように穏やかで安定した人だったら、本当に何もかも任せられる。強力なサポーターを得たのだった。

浅間山は例年よりも雪が残っていた。けれど、雪が多少あった方がパンチが効いてしたかもしれない? サポーター達が充実しているし、今回は田部井淳子さんも参加できたし、こちらの体制は万全なので、心配なく臨んだ。

久しぶりに会うリピーターの参加者の方々は、回を重ねるごとに、山での歩きっぷりが安定してくることに驚かされる。いつの間にか仕入れたのか、専門用語も飛び出していて、会話の内容もどんどん山チックになっている。

さらには、今後の目標なんていうのも掲げてあったり、意欲的。

初めてお会いした方々。なかなか日帰りではゆっくり話ができないのが残念。もっとたくさん話をする時間を作るのが、私の目標。

下山後、明日も継続する田部井さん、まさみん、管ちゃんの4人で強羅の温泉宿へ。まさみんがネットで見つけてくれたこの宿は、お手頃価格ながら、ゆったりとした空間があり、お湯もよくて贅沢だった。

4人部屋に入った私たちは、早速、コンロやら鍋やら、さらには軽アイゼンやマットやらすべての装備を洗って、乾かす作業に。

広い部屋だけれど、玄関先や風呂場はマットで一杯になり、洗面所には鍋やらコンロやら軽アイゼンがズラリ……。

写真は登山前のまさみんのヨガ。

もう3-4年位前だろうけれど、某編集部に「山とヨガの記事を作りたい。登山に役立つヨガ、ウォーミングアップやクールダウンとしてのヨガ、さらには山頂ヨガで気持ちよくなるコトなど」と企画書を出したら笑い飛ばされた。

私の表現力が乏しかったのだろう。

それよりももっと前から、ヨガやストレッチを登山に取り入れているまさみんのヨガは効きますね。

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2010年2月19日 (金)

テルモスも準備

 明日からのMJリンクに備えて準備。

 名簿や資料作成、タイムテーブルやリスクマネジメントに関する資料(サポーター向け)はすでに作り終え、各サポーターに配布してある。

 今日は装備の準備。

 山頂でホットドリンクタイムがあるというので、我が家のテルモスが総動員。

 さっちゃん の真似をして、ご紹介します。

 左(スキーヤーズレフト)から、

1)夫がドライブなどにもっていく1000ml。の大型。買ってきた時はバカにしていたけれど、役立つ日が来るとは。

2)先日入手した「山専ボトル」。手袋をしていても開けやすいようふたやグリップが工夫されているそうです。500ml

3)ヘビーローテーション、というか山といえばこればかり持っていっていた500ml。余計な装備がなく軽量シンプルな点が最高。

4)このたび、秀岳荘で入手した500ml。今後これを使うことが多くなるかな。「片手でポン」と開閉できる点が雪山にぴったり。

5)これもなかなかのヘビーローテーション。ドライブには必携。200ml

 テルモスや水筒は同じものをもっている仲間が多いので、みんな大概ステッカーを貼って自分のものである目印としますね。

 山に必ず持っていくものだから、テルモスや水筒こそ思い入れあるステッカーを貼りたいと思うもの。

新人でりお気に入りの4)には、入手先である秀岳荘のミニステッカーのほか、後ろ側にはlaboratorismのステッカーを貼りました。

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2010年2月18日 (木)

『山と溪谷』3月号

 終日自宅で机仕事。

 今月15日に発売になった『山と渓谷』 2010年 03月号 に、「黒部五郎岳遭難事故報告」を書きました。

 年末年始に、黒部五郎岳を目指して入山していた山岳ガイドパーティの動向(連日の吹雪に阻まれ自力下山できず、ヘリコプターでピックアップ)について、当の山岳ガイドさんにインタビューし、聞き書き。またそれについて、別の山岳ガイドさんと山岳地域を専門とした気象予報士の方にコメントをもらった記事。

 なお、記事中に1点記述に誤りがあります。

 P165上段7行目「平均風速が毎時20メートル」は、正しくは「平均風速が毎秒20メートル」です。お詫びして訂正します。

 また、記事を読んだ方が誤解する可能性があるというので、念のためにお伝えします。

 この記事はすべて、関係者に私がインタビューし書いたもの(聞き書きしたもの)です。執筆は柏澄子になります。

 ご覧ください。

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2010年2月17日 (水)

スタジオ撮影

 現在作っている女性登山者向けのムック本、最後のスタジオ撮影。

 今日はモデルさんが来て、登山用のウエアを着て、ザックを背負い、登山靴を履いて、撮影した。トビラページなどに使う。

 その後編集部へ行き、打ち合わせ。

 夜、帰宅。

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2010年2月16日 (火)

カイロプラクティックへ

 午前中、いつものカイロドクターさんのところへSOS

 膝の動きはかなり悪くなっているようで、症状は軽い捻挫だそうだ。

 仕事で体を動かすので(山に登るので)、腫れが引けば(今日はほとんど腫れていない)、運動を始めてよいという。そして腫れたらまたアイシング。その繰り返しでよいのだと。

 ちょっとスパルタなような気もしたけれど、彼が言うのだから確かなことだろう。

 というか、安静にしていれば治るのは当たり前で、スポーツ選手や体を動かすのが仕事の人は、いかに動かしながら治すかが、鍵なのだと思う。

 けれど私はどうも不器用だし、週末の山も来週の山も重要なので(私ひとりの都合ではどうにも変えられないので)、ちょっと安静にすることにした。

2010年2月15日 (月)

Day13 イトレとお別れ

 必死のアイシングにより、膝はかなり回復してきた。

 とにもかくにも、土曜日のうちにジョックンに手伝ってもらって荷物を宅急便しておいてよかった。これであれば自力で帰れる。

 そう、今日でもう、お友達2人が住むイトレともお別れなのだ。

 食べなれたジョックンの朝ご飯を食べて、私の唯一の仕事である皿洗いをしていると、ジョックンが大切にしているコーヒーポットの柄を割ってしまった。割ったというよりも洗いながらもいでしまったというか……。ごめんなさい。

 私はいつものバス停へ行き、駅に向かい、2人は職場へ行く。

 今年も素敵な冬をありがとう。

 本当は、色んなコトを思い出しながら50キロ走るのをとても楽しみにしていたのだけれど、残念でちょっぴり悲しい。

 楽しみにしていた飛行機からの眺めも、今日は天気が悪くて臨めなかった。

 羽田で夫にピックアップしてもらい、自宅へ。

 夕方から、夫はスキーへ行き、私は通常営業。

*イトレとは、ノルウェー語でYtre。郊外、外れというような意味で、イトレ○○(←ここに地名が入る)というと、○○の外れ、というような意味で使われている。

以前、Kちゃんやジョックン、ナオコ、かなっぷと一緒に滞在したのは、イトレ・スタンダール。ここから私たちは毎日、雪の山に通い、フィヨルドめがけて滑っていたのだ。

2010年2月14日 (日)

Day12 札幌国際スキーマラソンの日

 今日は札幌国際スキーマラソンの日。昨年の25キロがあっという間でもっともっと走っていたという気持ちになったので、少々無謀かと思いながらも50キロにエントリーした。

 

 八重樫さんと緑さんのレッスンも受けて、万全だったのだけれど、先週末のパウダーで膝を捻挫したようで、体調は不完全となってしまった。じっとしていれば痛くないのだけれど、動かせば確実に痛くなってくる。

 無理せずにできるところまで走ろう、自分の体調(膝の様子)をよく観察しながら無理があれば途中リタイアしようと思ってスタート地点へ。

 チョイ前にKちゃんがいて、もう少し前にジョックンがいて、さらに前に三ちゃんがスタートラインに立って、50キロの旅に出発。

 札幌国際のコースはアップダウンが激しく、コースが狭かったり、カーブが多かったり、難しいと言われているそうだ。スタートからしばらくは延々と登りが続く。これは昨年も経験している登りなのだけれど、なかなか大変……。

 私は八重樫さんと緑さんに教えてもらったことだけを考えて、スケーティングしていくのだけれど、なかなか登っていってくれない。膝だけでなく、いまひとつスキーの調子もよくないのかも。

 やがて登りきって、それから下って、Kちゃんやジョックン達の職場の前を通って、また登ったり下ったりが始まる。

 少し行くと、30分後にスタートしたという25キロの男子トップ選手たちに追い抜かれた。Kちゃんにウワサは聞いていたけれど、本当にすごい。つづら折りの登りで抜かれたのだけれど、本当にいいものを見せてもらったというか、私とは全く違うスポーツをしているようにすら見える。素晴らしい走りだった。

 せっかくもってきたキャメルバックのハイドレーションは5キロ位で飲み口が凍ってしまった。少しずつ解かしながら飲んだけれど、やがてそれも飲めず……。今日はメダリストを2倍の濃さで入れてきたのだけれど。仕方がないので、エイドステーションでホットのスポーツドリンクを23杯位ずつ飲むようにした。

 膝は痛んだり、痛みが消えたりだったけれど、20キロを過ぎる辺りからはかなり痛みも増してきた。

 残念だけれど、31キロ関門でリタイアすることにした。スタッフに事情説明をして、バスが待っているというリタイアラインに入れてもらった。

 本当は、31キロ地点にある「竜宮城」と呼ばれているエイドステーション(マッサージ師さんがいるそうだ)に行きたかったけれど、そんなことはどうでもよいのだ。

 噂のポカポカバス(リタイア者や足切りの人たちをゴール地点まで運ぶバス)は、それほど暖かくはなく、汗びっしょりのウエアだったので、少々寒かった。すでに2人乗りこんでいた男性達に拍手で迎えられてしまう。

 ゴール地点に着くと、なんとちょうど、ジョックンとKちゃんがゴールしたときで2人が歩いていた。Kちゃんは自己最高記録だっ!

 一緒にシャワー室へ行く。三ちゃんもすでにゴールしてトン汁を食べているというし、10キロに出たトモコさんは不完全燃焼で(10キロは彼女にとってはあっという間なので)、元気にしているという。

 5人でイトレに帰り、三ちゃんとトモコさんは蘭越の自宅へとドライブしていった。

 私たちはジョックンが昨晩のうちに作っておいてくれたおでんを食べ、Kちゃんとジョックンの完走の祝杯をあげ、あとはダラーっとしてオリンピックを見た。2人は50キロ走ったので疲労困憊なのだ。私は31キロなので疲労については軽症で済んだが、膝はともかく痛く腫れているのでアイシング。

 イトレの階段に手すりがあってつくづくよかったと思ったのは、全員。私も膝が不自由で、まともに階段の上り下りができない。

 残念だったけれど、自分が悪いので仕方がない。50キロコースは、31キロ関門からが勝負で後半の辛い登りをいかに走っていけるかがカギ。だからもっともっと走りたかったけれど、あれ以上走っていたら、帰京後まともに歩けなくなり、仕事もできなくなってしまう。

 来年こそ、50キロ走りたいな。

 写真は一緒に走ったキャメルバックのスノーエンジェルとKちゃんが編んだミニミトン。帽子 はクロカンには厚いので、行き帰りに使ったのだ。お守りはあったのだけれど、ワールドロペットへの旅は結局スタートすらしなかった。

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2010年2月13日 (土)

Day11 大会前日はにぎやかに

 午前中は机仕事。今日はオフのKちゃんが、チャイを入れてくれた。

 けれど、彼女に言わせると、「仕事をしていると思って、チャイをもって2階に上がっていったのに、カシちゃんは茫然と立ち尽くしていて、仕事なんてしていなかった」と。

 そう、明日の持ち物のことが気になって仕方がないのだ。

 昼ご飯を食べていたら、三ちゃん+トモコさん夫妻がやってきた。彼らも明日のレースに出走するので、今晩はイトレに泊まるのだ。私の部屋から彼らの布団を出したりして、巣作りも終わっている。

 三ちゃん+トモコさんが全員分のゼッケンをもらいに行ってくれるというので、私はニッセンに行くことにした。ジョックンは食材買い出し。パンダKはお留守番。

 ニッセンに着くと、尾崎さんが「78をたっぷり塗っておいたよ」と言っていた。スウィックスのスーパーセーラーFC78のことだ。これまではFC7FC8しかなかったので、これを混ぜて塗っていたそうだけれど、FC78が入るようになってから、78の中間の雪温を想定している78を使っているそうだ。

 夕方イトレに帰って、今日はにぎやかに5人で夕ご飯。

 ついつい美味しくて、豆乳鍋を食べすぎたら、私は思いっきり腹下しの刑にあった。

 三ちゃん+トモコさん夫妻に、イトレになじみすぎるほどなじんでいる点を指摘されたので、念のためにジョックンに、「ここに泊まった人の最長記録って誰?」と聞くと、「カシちゃんみたいに2週間も泊まる人なんていないよ」と言われた。愚問だったようだ。けれど今年は1213日である。昨年は1516日だけれど。

 私も連泊記録はイトレが最長であるけれど、ほかにも中国某市のフォンフォン邸や、奥多摩の某夫妻邸など、色んな家に居候しなれていて、こんな自分もどうかと思ったりする。

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2010年2月12日 (金)

Day10机仕事→秀岳荘

 終日机仕事をしたあと、夕方から秀岳荘へ。昨日残してきた課題があったのと、ファイントラックのアンダーウエアのパンツもやはり欲しくなったからだ。

 クロカンをするときのアンダーウエアには、いわゆるコンディショニングタイツなどと呼ばれているモノを上下とも着ている。加圧されていて、筋力のブレを防ぐためにパフォーマンスがあがるというのと、血流などがよくなり疲労物質をためにくくなるというのが利点だと言われている。

 けれど、こういったアンダーウエアには当然のことだけれどポリウレタンが含まれているので、それほど乾きがよくない。登山ウエアの各メーカーはポリエステルを使い、さらに網目などいろんなことに工夫と工夫を重ね、苦労して企画し、吸汗速乾性の高いアンダーウエアを出している。

 私はこれまで化繊のアンダーウエアはモンベルのジオラインを愛用してきたけれど、これはもうダントツに乾きがよく、冷えないと思う。快適。

 クロカンは大汗をかくので、コンディショニング用のアンダーを着ていると体が冷えてしまう。走っているうちはよいとしても、エイドステーションで立ち止まったときや、日陰や風のあるところに出たときに寒くなる。とくに私のレースなんて(下手ゆえに)長時間なのだから、これはちょっとリスクが高すぎる。

  ということで、コンディショニング用アンダーの下に、ファイントラックのアンダー上下を着ることにしたのだ。本来コンディショニング用は素肌に着た方が効果が高いのだけれど、仕方がない。

 ファイントラックを選らんだ理由は、前から興味があったことと、ここまで薄手のアンダーはほかのメーカーでは見当たらないから。

 ファイントラックというのは、登山者であれば知っている人も多いだろうけれど、関西にある小さなウエアのメーカー。繊維のプロフェッショナルである方が若手スタッフと一緒に創業した。

 今回私が購入したのは、フラッドラッシュ®スキンメッシュロングスリーブ ウィメンズ フラッドラッシュ®スキンメッシュタイツ ウィメンズ

2010年2月11日 (木)

Day9 ニッセン、秀岳荘巡り

 本番のコースが踏まれているので最初の登りだけ走ってみてもよいのだけれど、膝は思わしくないし、早くニッセンにも行きたいし、今日から思い切ってオフにすることにした。

 この膝の状態では完走できるか(完走してもよいものか)はなはだ疑問だし、まあなるようにしかならない。

 休むことの方が大切。

 開店と同時に、ニッセンへ。

 昨年とてもとてもお世話になった尾崎さんに挨拶。

 レース用のワクシングをお願いし、いくつかお話もした。

 その後、雪まつりをちらりと見て(写真)、大通りから地下鉄に。

 「雪まつりを見た?」「雪まつりに行った方がよいよ」「雪まつりを見に来たの?」と多くの人から言われるけれど、実はあまり関心がない。

 それよりも秀岳荘へ。途中、山岳部の後輩のタケサコから電話。膝が痛いから街歩きも辛いし、早く帰って休もうと思うと言うと、「いいや、秀岳荘まで迎えに行きますから」と。どうやらクルマで迎えに来てくれて、タケサコ邸まで運んでくれるようだ。

 秀岳荘では先週末ニセコでお世話になったトッチさんなどに挨拶やお話。

 本州ではどこへ行っても売り切れと言われているブラックダイヤモンドのグルーが大量に残っていたので、自分用とグラ兄用を購入。

 それから、ファイントラックのアンダーウエアや、片手でポンのテルモスも購入。雪山で手袋をしたまま片手で開けて飲めるテルモスが欲しかったのだ。さっちゃんと色違い。

 Kちゃんが買ったロシニョールの板も拝見。

 最後にタケサコに無事収容されて、タケサコ邸へ。

 ヒロコちゃんに迎えられ、お手製昼ご飯をたらふくいただき、おしゃべり。

 夜、イトレに帰巣。

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2010年2月10日 (水)

Day8 ベルリンからやってきたブランデンブルグ協奏曲

 滝野通い。10キロ+6キロ。

 グリコのアミノ酸+エネルギー補給系スポーツドリンクを投入。滝野は-4℃だったせいか、それともドリンクが濃かったせいか、凍らなかった。

 6キロの時は、同じくモンベルさんから送っていただいたクロスランナーポーチMサイズ を使ってみた。

 ドリンクはエイドステーションだけにして、ほか天候によっては超薄手ウインドブレーカー、あるいはエナジー系ジェルを入れていくという作戦。

 クロスランナーポーチ自体はとてもよいフィット感。つけていることを忘れてしまう位。問題は、私のような技術でクロスカントリースキーを走らせている時に、ポーチの開閉ができるかどうか。まあ、どうせ遅いのだから、立ち止まってもよい。それに下りは休憩時間なので(ホント低レベルですが)、下っている時にやるのでよいと思っている。

 しかし6キロ走ってみてはやり、ハイドレーションをもったほうがよいかと思った。50キロは私にとっては長旅(距離というよりも時間という意味で)なので。

 緑さんも、ドリンクは自分のペースで飲んで、食べ物をエイドステーションで補給していくようにすればよいと言っていた。自分のペースで飲めれば疲労も軽減できるはず。

 走ったあとのワクシング。滝野でアイロンを借りたあと、東口のワクシングルームへ。

 バイスをもってきていないので、常設されているホルメンコーレンのX脚のテーブル(名前わからず)を使ってなんとかワックスをはごうとするのだが、これが無理あることは重々承知。

 見かねたオーストラリア人の男性が、バイスを貸してくれた。

 今年はワックスとブラシセット、スクレーパーしか持ってきていないが、来年からアイロンとバイスももってこよう。これさえあれば、大丈夫だ(エプロンも必要か)。

 オーストラリアの彼は、ワールドロペットを回っているのだという。

 ススキノのホテルに泊まっているけれど、もちろんホテルの部屋ではワクシングなんてできないから、こうやって滝野にあるテーブル(ワクシング専用テーブルではなく、会議室にある机のようなもの)を使っているのだそうだ。

 夜は、JくんとKちゃんと3人でKitaraへ。

 ベルリン古楽アカデミー・オーケストラがブランデンブルク協奏曲を全曲やるというのだ。

 Kちゃんはオルガンビルダーになる勉強をしていたぐらい、鍵盤楽器好き(いまはフォレスターですが)。とくに古い楽器が好きで、自宅にも2台、秘密の楽器があるのだ。

 Jくんはどうやら音楽が好きな様子。

 私もオーケストラ時代にお世話になった秀美先生が、18世紀オーケストラに在籍されていたなどの影響を受けて、随分前から古楽器の演奏が好きだった。

 膝痛でアルコール厳禁のワタシですが、今日の休憩には飲まざるを得ないでしょう。嬉しくて、リースリンクを1杯(けれど、これによりものすごい痛みを感じた……)。

 ベルリン古楽アカデミー・オーケストラは、私が今まで聞いた古楽の演奏集団よりもより、土着的というかいい意味で地味な音をしていて、素朴だった。

 そしてこの日からしばらくJくんのブランデンブルク協奏曲の鼻歌が続くのであった。

 やっぱりライブの音楽を聴くというのは幸せなことなのだ。

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2010年2月 9日 (火)

Day7 偶然の出会い

 アイシング+安静が効き、かなり膝の調子を回復できたので、午前中は滝野へ。バスに乗って滝野に行く習慣は、去年冬にやっていたことで、このルーティンに入るとなんとなく落ち着く。

 外国人選手も増えてきた。

 10キロ、いやできれば20キロ走りたいところだけれど膝の調子がまだまだコワイので6キロコースに出る。滝野の10キロと6キロは距離だけでなくアップダウンが大きく違う。10キロは最初の登りがキツイのだ。それに比べて6キロは楽なので、タイムも上がった。

 先週八重樫さんと緑さんに教えてもらったことを、ただただ忠実にやる。彼らの声を思い出しながら、タイミングも合わせるようにしてスケーティングしていく。

 魔法が効いたのか、先週よりもずっとスケーティングが楽になった。

 今日は先週に比べて温かかったためか、ハイドレーションのスポーツドリンクも凍らなかった。メダリストを1.5倍濃くしてみた。

 メダリストは凍らないけれど、アミノ酸系の透明スポーツドリンクは凍りやすいというウワサも流れているが、真相のほどはわからない(厳密比較していないので)。

 昼過ぎにイトレに戻る。研究所行きは止めにして、イトレで机仕事をすることにした。

 その前に、ランチをと、近所にある自然食のお店に入った。 

 するとなんと、その店のオーナーさんである女性は、札幌国際スキーマラソン2位の実績をもつクロスカントリースキーの選手だったそうだ。

 富士山マラソンでも2位になったというから、かなりの実力の持ち主でいらっしゃる。

 1週間のうちに、札幌国際の1位と2位の方に会えてしまうのだから、やっぱり札幌という街はスゴイ。

 隣にあるカイロプラクティックの治療院のドクターである義理の弟さんが昼の賄いメシを食べにやってきた。その彼も、週末には25キロに出るそうだ。仕事が終わってから夜の白幡山や農業試験場付近のコースで練習しているのだという。

 彼も私同様去年初めて25キロに出て、スキーを走らせていくことがなんてなんて楽しいのだろうと思ったそうだ。25キロが終わってしまうことが本当にもったいなくて、残念な位だったという気持ちも、私と同じだった。

 夜は、Jくんの同僚の方が釣ってきたタチウオの塩焼き。

 タチウオは四川省でもよく食べられる。漬物と一緒に煮込んだタチウオの四川料理は、私の大好物で、中国の私の母であるフォンフォンのお母さんに作り方を教わった。

 けれど、日本ではやっぱり塩焼きか刺身が最高だな。

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2010年2月 8日 (月)

Day6 レスト

 もともとレストの予定だったけれど、これだけ膝が痛ければ、運動は厳禁だろう。アイシングしながら終日机仕事。

 途中、一度、近所の六花亭(写真)までお散歩。

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2010年2月 7日 (日)

Day5 ニセコからイトレへ戻る

 昨日からの降雪により、雪崩のリスクもあり、今日はモイワで滑ることになった。

10数年前、テレマークスキーを始めたばかりの厳冬に、細板革靴の頼りない道具で、トッチさんのクリニックでアンヌプリ北壁を滑った。あのとき、奥さまのみっちゃんの滑りを見て、なんてきれいなんだろうと思った。当時はまだ、身近に女性テレマークスキーヤーの仲間もいなかったのだ。みっちゃんの滑りは柔らかくて、ステキだった。

 今回も行けるかなと思っていたけれど、自然条件はどうにもならないから、仕方のないことなのだ。

 私の滑りは昨日の方がまだマシだったようだ。Kちゃんから借りたロシニョールのパウダーバードは名品らしく、まあるい弧を描いていたという。けれど、今日はダメダメだ。

 ダメダメだけれど、ロシニョールの板がほしくなった。廃版になったダーティーバードかパウダーバードを本気で探した方がよいかもしれない。

 夕方まで滑って、ビーコンのトレーニングもしてお開き。

 その後、Jくんと合流して、温泉で体を温めてから、イトレに帰る。

 イトレに着いた頃には、膝が痛くて痛くて曲げられなくなっていた。氷嚢を借りてアイシング。

2010年2月 6日 (土)

Day4 ニセコへ

 週末ちょっと息抜きをしようと、ニセコへ。TAJのパウダークリニックをやっているというので、急きょ参加させてもらうことにした。

 ずっとクロカン一色で過ごすつもりだったのだけれど、Kちゃんもトッチもみんな行くというし(講師)、なんとなくフラフラと。

 みんなパウダー大好きのメンバーだった。そりゃ、そうか。仕事もお金も何もかも工面してニセコまでやってくるのだから。実は、私はそこまでパウダー好きではないようだ、申し訳ないけれど。

 こんな青空(写真)の瞬間も合ったけれど、ほとんどが吹雪いていて、とても寒い1日だった。

 あとで知ったけれど、こんなに過酷な条件のなかで、山岳ガイドの人たちがバックカントリースキーのガイディングのためのトレーニングをしていたと、ニセコからイトレに戻ったらメールが入っていた。まったくみなさん鉄人です。

 夜、宿に三ちゃん+トモコさん夫妻がやってきた。お会いするのはなんと10年ぶりぐらいか。蘭越に引っ越したことは聞いていたけれど、まさか会えるとは! 懐かしくていろんな話をした。今度私の部屋(って、イトレの居候先ですが)に泊まりに来てくれるらしい。

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2010年2月 5日 (金)

Day3 魔法のレッスン

 今日もKちゃんの車に乗せてもらって滝野へ。

 Kちゃんは私がレッスンを受けている間に、自主練習。

 私は午前中に1コマ、八重樫さんのレッスン。昨年からお世話になりっぱなしの八重樫さんは、本当に心の優しい方で、それゆえに、私のあまりのできなさぶりにアタマを抱え込んでしまった様子。

 けれど、クイック走法とラピッド走法の重要な点を教えてもらい、一緒に3キロコースを走ったのはとてもためになった。コースにあるアップダウンを繰り返しながら、声をかけてもらうと、板に載るタイミングというか、板の走らせ方のようなものが自然とわかってくるのだ。魔法みたい。

 午後からは、緑さんのレッスン。私は八重樫さん同様、緑さんのことも大好きなのだ。

 彼女は、去年、私がほとんどクロスカントリースキーをやったことがない状態で、札幌国際スキーマラソンの25キロに出ると言った時、ちっとも笑わなかったし、否定もしなかったどころか「できるよ」と言ってくれた。ポジティブな人なのだ。

 午前の八重樫さんの魔法を受け、さらに魔法をかけてもらう。

 時間も延長してもらって、コースにも一緒に出た。彼女に言われた重要なことさえ守れば、50キロは完走できるっ! そう思える。

 ほかの人のフォームや走法に気を取られる必要はなく、彼女たちに教わったことを信じて板に乗っていけば、やがて板が走りだすのだ。

 だから、クロスカントリースキーはおもしろい。

 夕方、また研究所にお邪魔させてもらう。

2010年2月 4日 (木)

Day2 滝野へ

 早速、朝から滝野へ。

 去年はバスをふたつ乗り継いで通っていたけれど、今日はKちゃんも走りに行くというので、車に乗せてもらった。

 Kちゃんは10キロ2周。私は控えめに10キロ1周。なんだかすべてがうまくいかない。このタイムじゃ全然ダメだ。

 S字カーブではすっ転ぶ。というか、曲がり切れずに、カーブ部分で路肩に突っ込む。

 これは、すべて明日のレッスン次第だな。

 私にとって50キロは長旅なので、ハイドレーションシステムのパックかもしくは何か別のものを背負っていこうと思っている。

 今日は、モンベルから送っていただいたスノーエンジェル (写真)を、背負うことにした。

 1グラムも体重を増やしたくない気持ちもあったけれど、背負ってみると違和感がなくて、運動中もブレがなくて、ストレスなし。

 しかし困ったことに、走り出して1キロぐらいから凍り始め、3キロごろには噛んで砕いても吸えなくなってしまった。

 ここ数日の北海道はとても冷え込んでいて、今日の滝野は-8℃だから、仕方がないのかもしれない。キャメルバックは、保温用のチューブカバーがあるので、チューブが凍る心配はないのだけれど、わずかにカバーから出ている吸い口が凍ってしまった。

 あとでKちゃんに聞くと、彼女は凍らなかったという。メダリストを規定量よりも濃くして溶かしていたそうだが、私はmusashiのリプレニッシュを規定量の1/2だけ入れて薄めていた。スポーツドリンクの濃い味が好きでないからだ。

 しかし、それが原因なのではないか、ということになった。

 今度から、凝固点を下げるために、規定量よりも濃くしておこう。

  夕方から研究室に行かせてもらった。苗床のある温室の前室のようなところで作業をさせてもらう。

  夜はJくんの誕生日会で、すすきのにある隠れ家風のイタリアンへ。メンバーは、JくんとKちゃんと、2人の同僚であるマツイちゃんと私。4人でワイン3本のみ、美味しいご飯を食べた。マツイちゃんは、私とはシープ仲間だということがわかり(同い年のひつじ年、けれど彼は私と違って優秀な学者さん)、またイトレに来た時には一緒に飲んで遊んでもらうことになった。

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2010年2月 3日 (水)

Hokkaido Day1 イトレ生活スタート

  1~2日で予定されていた山の取材が、悪天のために延期になった。出版社が営業している29日のうちに決定していたので、ある方は、南会津へスキーに出かけ、またある方は家でのんびり過ごすことに変更した、と言っていた。

 決断が早いというか、気持ちの切り替えがしっかりできる人はとてもいいなあと思う。

 私も、エアチケットを変更して、早くに札幌入りすればよかった、とあとになって気付いた。それよりも何よりも、原稿などたまった仕事をやり続ける2日間だった(でも、これって札幌でもできたことだ)。

 数日前にカイロプラクティックの先生と国内便のエクセスの話をしていて、「そんなもの払ったことありませんよ」などと強気なことを言っていたのがまずかった。12月から結構強化されていたことを知らなかった。

 総重量32キロだけれど、持ち込み分もがんばったので、預けは25キロの抑えたはずだった。2000円しっかり払うことになった。

 あれだけ世話になった土地なのだから、行けば思い出すだろうと思っていたけれど、甘かった。千歳空港から乗ったバスは間違えなかったけれど、知っている風景がどんどん自分より後ろに流れていき、知らないところでバスを降りた。 

 こうなったらもうダメ。Kちゃんに電話してナビしてもらう。その後も住宅地で迷って、バス停から1時間かかって、イトレ邸に到着した。いやはや、432キロを運ぶのは重たかった。

 やがてJくんが帰ってきて、食卓につくと、なんだか昨年のことが昨日のことのよう。こんなに他人の家に慣れ親しんでよいのかどうかよくわからないが、とにもかくにも、今年もお世話になる。

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