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2009年11月

2009年11月30日 (月)

机仕事→ヨガ→結婚祝い

机仕事の一日。

先日デザイナーさんに渡した編集仕事のこぼれものを処理したり、ムック本の仕事をしたり。

昨日の取材の後片付けをしたり。

昨日の取材のおもしろかった点は、いろんな人とのコラボだったこと。

デザイナーさんは、ご自身も一眼レフをもってきて撮影をしていた。表紙候補写真やほかこんなシチュエーションで撮るとデザインしやすいとか、あるいは彼のもつイメージを具現化するにはこういう写真が必要とか、現場で具体的な意見を出す。

こんなに取材現場にコミットするデザイナーさんも珍しいのではないかと思い、とても興味深かった。

本は誰かひとりの力が突出していてもダメなことが多い。今回でいえば、監修者、筆者(←私)、カメラマン、デザイナー、イラストレーター、取材先のいろんな方々などがいて、それらを編集者が取りまとめる。

顔ぶれは仕事ごとに変わるので、それぞれがどんなふうに作用しあうのかも変わる。そのときどきに対応して、相手のおもしろいところを取り入れながら、自分も動いていく、この感覚がおもしろい。

夜、SHOKOさんのヨガへ。少人数の贅沢な会。

おもしろかったのは、大腿四頭筋が張るって話。SHOKOさんは、今日のメンバーを見て、すぐに○○さんと柏さんと私は、足の前の筋肉が張っていて、骨盤が開く傾向にあって、陽の体質で、あまりため込まずに明るく発散し、そして食べたものはすべて身となるタイプ。昔だったら、食糧難にあっても少ない食べ物で長く生きながらえたけれど、いまの時代、食べ過ぎるとまずい、というようなことを言っていた。

図星なのが、大腿四頭筋が張っていること(食べたものがすべて身となるもか)。

歩く登山ばかりしていると、かなり意識をしない限り、大腿四頭筋ばかりが発達して、ハムストリングが強化されない。ハムストリングを意識しながら登れば別だけれど、そんな知識もない高校時代からたくさん登ってきた私の足は、どう見ても前ばっかり発達……。

右膝は靱帯損傷など大きなケガを3回やっていて、その後遺症改善のためにもカイロプラクティックに通っているのだけれど、そこでもカイロのドクターさんに、大腿四頭筋の緊張が取れない、これを改善しないと(筋力を緩められるようにしないと)、膝痛も改善されない、というようなことをいつも言われている。事実、大腿四頭筋のマッサージはとても痛くて耐えられないほどで(内側の筋肉も同様)、バランスポールを使って日々セルフマッサージもしている。

それが食べ過ぎても大腿四頭筋が張ることがあるというのだから、気をつけなければ!と思った。

ヨガをやっていてピンと来たことは、事実をそのまま受け入れるということ。周りで起きていることに、自分の感情をはさまず、その事実を事実としてとらえ、受け止めること。

これは日常生活を穏やかにする。

その後、モギくんとほりうっちゃんと夫と4人で、近所の串揚げ屋さんへ。

モギくんとほりうっちゃんの結婚祝い。ほりうっちゃんがウチの近くに住んでいたころ、モギくんとふたりを我が家に招待して一緒に夕ご飯を食べたのが、ふたりが付き合い始めるきっかけになった(なってしまった)のだ。

ふたりは夫の同僚。20代で結婚してまだ数カ月のふたりの話を聞いていると、昔私たちも小岩の小さな部屋で暮らしていたことを思い出した(いまの部屋も広くはないけれど)。

2009年11月29日 (日)

大塚山→御岳→ロックガーデン→日の出山 取材

 今日の取材山行はいつも以上ににぎやか。

 いつものメンバー(田部井淳子さん、政伸さん、編集者2名、カメラマン、筆者(←私))以外に、広告担当者さん、広告代理店の方、デザイナーさん2名も同行。

そして今回のモデルは、ミス日本のファイナリストであるオケさんに、並みの体力ではない真剣スノーボーダー+山岳ガイドであるさっちゃん、急な依頼にも対応してくれた社員旅行が登山だったというスペイン帰りのマダムトモミちゃん。皆さん、強くて美しい方がた。

立川で乗り換えると、MJリンク参加者のナちゃんにばったり。なんと行き先も一緒。MJリンクのことや彼女の最近の山登りのことなどおしゃべりしながら、古里へ。

古里で田部井さんと合流して、登山開始。先日のロケハン通り、大塚山を経由して御岳へ。そしてロックガーデンでは別働隊が美味しいランチ(編集者さんが考えたメニュー)が用意されていた。ロックガーデンでいくつか撮影をして、日の出山を経由してつるつる温泉へ下山。

ロケハンから約3週間。あのときは紅葉の始まりだったけれど、いまはもう終わり時。冬枯れで山が明るくなっていた。杉林の林床には、鮮やかな黄色い葉をつけたヤマアジサイが広がっていて、暗い杉林のなかで、まるで蛍光色のように明るい存在だった。

下山後の飲み会では、山よりも海の話ばかり。五島列島で育った方は学校帰りのスクール船(スクールバスではない)で釣り(トロール漁?)をした話や、先日相模湾で釣った1メートル位のヒラメの話、ダイビングやシュノーケリングなど。皆さん、海もお好きな様子。「焼酎はロックでお願いします」と言いだす山オンナが数名いたため、キョーレツな印象を残してしまったようだ。

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2009年11月28日 (土)

今日もサーフィン

 朝の波に期待して、7時過ぎには海へ。

 コナツちゃんは昨晩、不慣れな我が家で眠れたのかどうかわからないけれど、私たちが海に行っている間はお留守番。

 土曜なので人の出が早い。これで混んでいるとかいうと、湘南の人たちに殴られるよと言われてはいるけれど、ワタシ的にはこれぐらいの混みでもう精一杯。

 相変わらず、テイクオフのタイミングを合わせられず、ほとんど波に乗れない。パドルも前よりマシになったけれど、上体が安定していないようで、バシャバシャしちゃう。

 マキちゃんはショートでひたすら練習だと言っていたけれど、ちょいとみると、いつもいつもテイクオフしているか、波に乗り終わった後のようで沖に向かってパドルしている。私なんて、波待ち時間が膨大にあるのに、彼女はひたすらチャージしまくり。筋金入りのタフさです。

 10時、タイムリミットになり海から上がる。 

 マキちゃんは風が出てきたから北上すると。別のポイントでウィンドをするようだ。本当にタフです。山に登らせちゃったら、きっとスゴイことになるでしょう。

 まさみんと行ったカフェの昼の様子を確認しておきたく、立ち寄ってランチ。

 その後実家へ。

 写真は昨日拾った貝殻。2月か3月に、海のないところで暮らし、海に憧れている友人が日本に来れるかもしれないので、その時までにきれいな貝殻を見つけておく約束をしたのだけれど、御宿はいまひとつ。Bajaの貝殻を出すしかないか。

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2009年11月27日 (金)

サーフィン友だちやってくる

 朝8時前から海へ。

 東京の西に住むBaja仲間でありサーフィン仲間のマキちゃんは、遠くからクルマを走らせて御宿にやって来てくれるのだ。

 なんだか、私にとっては初めてできた同性のサーフィン友だちという感じ。うれしー。といいましても、クライミングに例えると、13クライマーと5.8がやっとってところのヨチヨチ歩きなのですが。

 波はまあまあよくて、そこそこ遊んで、巻かれたり、波に乗り遅れたりしていたら、マキちゃんがコナツちゃんという飼い犬と一緒にやってきた。

 その後、彼女はショートボードで海へ(本職はウィンドサーファー)。

 昨晩得た情報通り、御宿や太東、それからほかのいろんなところからすっごく上手なサーファー、プロサーファーたちが浜に集まって来てセッションしていた。

 見学に行こうと、パドルで海をトラバース。

 あんまり近づくと、フィルマーの方やトミーさん(彼女もスチール撮影中だった)のじゃまになるので、波乗りをしながら遠くから見学。

 もっと近くで見たくなったので、海から上がって、トミーさんのところで見学+私のサーフィンへのアドバイスをもらう。

 それからさらに漁港の堤防に座って見学。

 その後もう1セッション入って、お腹がすいたので、マキちゃんとかなっぷと3人であまからやへ。

 今日は午前中だけで4時間以上海に入っていた。

  夕方、トミーさんが岩和田でスクールをすると声がけいただいたので、私もそのお隣でサーフィン。ダンパー気味だったし、風も出てきて海面がグチャグチャだったし、スープの浅いところでしか割れなくて、何度か乗れたけれど、巻かれたときに板をアタマにゴツンゴツンと2連発。

 トミーさんからパドリングのアドバイスをもらって(漕ぎすぎて危ういところでテイクオフしてばかりいた様子)、その後は怖い思いをしなくなった。

 アパートに帰ると、かなっぷがひとりで読書していて、マキちゃんも留守。

 彼女も暗くなるまで中央でウィンドしていたそうだ。

 夜は、Baja Fogとマキちゃんのお土産の木戸泉を飲んで、イシカワさんが作ってくれたDVDを見ながら、心はBajaへ。かなっぷも来年は行くしかないでしょう。091127hama

2009年11月26日 (木)

海へ

 夕方までめいっぱい仕事をして、御宿へ移動。今日から3日間で立山初滑りも考えたが、積雪状況に魅力を感じることができず、見送り。無理をすることは止めて、海へ向かった。

 10日ほど前まさみんと探検してたどり着いた虹の谷のSeedCafe、そのまたとなりの谷にあるカレー屋さんプリムローズ へ立ち寄った。インドかネパールのカフェのような門構えで、内装はヨーロッパにあるような洒落た雰囲気。味を確かめておきたかったのだ。

 このあたり一帯を、中滝Art Villageというらしい。

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2009年11月24日 (火)

公園の日

 インターネットのスタート画面左端にある星座占い。とくに信じているわけじゃないけれど、やっぱり見てしまう。今日はメチャクチャだったけれど、なんとなくいい日になる気がした。

 朝メールボックスを開けると、いいメールがいくつか来ていたから。

 そのなかのひとつは、アリゾナのバートからのもの。2回一緒にチベット奥地の川のラフトの旅をした。短い期間でも、本当に心を交わせた相手とは、深いつながりができると思う。

 「膝が痛いのが問題」とメールに書いてあった。真のリバーマンで彼ほどタフな人はそういないんじゃないかって思うけれど、もう60歳を超えたものね。「一生、こぎ続けるさ」と言っていたけれど、誰だって、体が思うように動かなくなることがある。

 短いメールにも彼の温かさがにじみ出ていて、今日は朝から幸せだった。

 昼前、近所の公園のカフェへ。

 初めて仕事をご一緒するM編集部の編集者さんと打ち合わせ。

 編集者がわざわざこちらまで出向いてくれることは、本当に少ない。出版社とフリーランサーは対等だというけれど、やっぱりこちらが時間とお金をかけて出向くことがほとんどだ。

 ある同世代の編集者は「僕は必ず、どこで打ち合わせましょうか? ご都合のよい場所は?」と聞くよと言っていたけれど。

 今日はありがたかった。きっと彼が自宅からは長い時間電車に乗ってやってきただろう。

 その後、ランチを食べて、公園ヨガへ。

 こんなに家の近くでヨガをやっているとは知らなかった(不定期らしいが)。

 最初はあんまりピンとこなかったのだけれど、途中からからだに響いてきた。いままでアジャストしてもらってもいまひとつしゃんとしなかったポーズも、今日はインストラクションのおかげか、いろんなステップを踏んだおかげか、すんなり入っていけて、気持ちよかった。

 おかげでたった1時間のヨガだったけれど、帰宅したら筋肉痛……!

 おまけに、ご近所にヤマ友もできた。そりゃ、近所に山登りをする人が住んでいてもおかしくはないけれど、この周辺は大御所中の大御所のYさんしか知らなかったので。

 この2週間で3回も山に行ったとか、昨日も朝5時からザックを背負って駅に向かって自転車をこいでいたとか、かなりののめり込み具合。

 ジョギングコースも似ているし、またお会いできるかも!

 ほかにもインストラクターののぞみさんや、サーファーの方など、いろんな方とご縁ができた。

 私は人づきあいがよい方ではなく、本心を言えば、仲間というのはあとから付いてくるものだと思っている。やりたいことがあり、それに向かったとき、いつか自然と仲間ができるのであって、最初から仲間や友人を作ろうと意識したことが実はない。

 巡り合った縁を大切にする気持ちはあるが、縁を作ろうとみずから動く積極性がないのだ。

 けれど、一人っ子で育ち、ゆくゆく血のつながった者はこの世に私ひとりになることを知っていることもあるのか、友達というのはとても貴重なものだと思っている。もし今後私に子どもができたら、「友子」と名付けようと思っているぐらい(マウイの友子さんにはずっと前了解を取ってある!)。

  先日友人が、いまの時代は人と人がつながることの貴重さが見直されていて、それをおろそかにしてきた自分を振り返り(彼女はそんなことはないけれど)、人とつながることを考えてみようと思っている、というようなことを言っていた。

 そういう機会が私の周りにも増えてきたのかもしれない。

2009年11月23日 (月)

最近サボり気味だったから

 2月から通い始めたカイロプラクティックのおかげで、私にはあり得ないぐらい良好だった右ひざ。実は11月に入ってから調子が悪い。これからスキーシーズンだというのに、クライミングや登山にも復帰しようともくろんでいたのに、肝心な時がやってきたら不調になった。

 けれど、これは、私が忙しさにかまけて、ドクターさんの言いつけを守らなかったからに違いない。いくつかの筋トレ、ストレッチ、毎日のアイシング、バランスボールでのマッサージなど。ホント10月ぐらいからかなりおろそかにしていたことを、ここに白状しよう。

 これでは、せっかくの施術が100%の効果を発揮しない。

 体調はごまかせない。コツコツとやることが大切なのだ。

 せっかくクライミング・登山に復帰できそうなところまできたのだから、がんばろう。

 今日の施術はかなり膝周りをいじったので、ちゃんとアイシングするように言われた。夜やればよいかと思ったら、「帰ったらすぐにやるように」ということなので、昼ご飯を食べながら、アイシング。確かに楽になった。

 すっかり告知し忘れてしまったけれど、先週水曜日11/18から、NHK教育テレビの趣味悠々で「山で元気に!田部井淳子の登山入門」 を再放送している。

 10回ある放送では、高尾山からスタートして、富士山まで登れるようになろうというもの。いまはすでに雪の中になってしまった山々が多いけれど、反対にいえば、いまからコツコツ準備して、低山歩きから始めれば、来夏は楽々と富士山を登れるはずだ。

 併せて、テキストも販売中。7月末に発売して以来、大型書店の山岳書コーナーやICI石井スポーツ神田登山本店(知る人ぞ知る、山岳書の売り上げがとてもとても!の店舗)などで、ずっと独走売上1位だった。なんと4刷り(だったと思う……すでに私の手を離れているので記憶があやふやなのだけれど)までして、総発行部数は、各山岳雑誌のなかでぶち抜けの1位だ。

 私は取材と執筆を担当した。まだお読みでない方、ぜひご購読ください。

2009年11月22日 (日)

冬の友だち

 滑り系の友人の中には、夏場にはまったく連絡を取らない人もいる。

キーノさんと最後に会ったのは、6月の富士山。高山病の症状が強く出てしまった彼女には辛い登山だったけれど、私にとっては天気と雪に恵まれ、すばらしい板納めだった。富士山を滑ったのは久しぶりだったけれど、こんなにも楽に楽しく滑れるようになったのかと、テレマークスキーを始めたその年の板納めに富士山を滑ったことを思い出したものだ。あれも体力的にきつかったわけではないけれど、いまの方がずっと楽しい。

 そのキーノさんからこの1週間ぐらい、かなっぷ宛に頻繁に連絡が来るようになった。来月に職場の同僚たちを中心にして、1泊2日でテレマークスキー合宿をするからだ。

彼女らの職場ではテレマークスキーはできた方が明らかによいだろう。そのため、初級者、これから始めようとする人たちにレッスンをするのだという。2日目になれば、経験者たちはそれから解放されて自由に滑ってよいらしい。私は雑用係りをするらしい。

 人数集め、宿の手配(「スミマセン、柏さんの名前を出してすでに予約しました」とか)、スケジュール作りなどの企画、テキパキやってしまうのは、スゴイ。とても20代半ばとは思えない(と初めて会ったときから思っていた)。浮ついたところがなく、芯の通った女性なのだ。

 おまけに細板を買ったという連絡まであり、なかなかうれしかった。これで革ブーツを履くときも、自分の板に乗れるわね。おまけにレーシング系の板だし、ゲタを履かせるというし、どうなるのでしょう。

 冬になると連絡が来る友人たちはなかなかオモシロイ。

 そして、DIVA仲間(SNOWDIVATELEMARKの仲間)たちからも、ポロポロと便りが。

 雪の季節ですね。 

 あと少しで、滑ったあと、こんなにたくさん山の本が読める(写真)場所へ行けるのね。準備、ありがとう。走り込んでおくよ。

 今日は終日、編集の仕事、雑仕事、連絡業務など。

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2009年11月21日 (土)

Bajaな夜

 仕事の合間に、やっとオバマ大統領の中国での演説を読む時間が作れた。

 きっかけはいくつかあった。

 私がチベット問題に触れた点について、ある夜、夫に話したら、彼は「オバマ、チベットのことは言っていないよ」と言ったのだ。え? あんなにはっきり発言していたじゃないと思ったけれど、その原因は、彼はこの時点ではある日本の新聞1紙しか読んでいなかったことにあった。

その後気づいたことであるが、日本の新聞の多くは、オバマ大統領がチベット問題について発言した部分を報道しておらず、その同じ一文の前半だけ(We did note that while we recognize that Tibet is part of the People's Republic of China,)だけ訳している。

これってなに? 新聞社の怠慢? 不注意? 

しかも彼は「中国の一部」ではなく、「中華人民共和国の一部」と発言しているのに。

オバマ大統領は、この言葉のあとに、アメリカは中国政府とダライ・ラマ14世の代表とが、早期に対話再開することを支持する、と発言している。

  作家であり翻訳家である友人が、彼の演説を訳すのに苦労していたようだ。彼は中国語になったオバマ大統領の言葉を日本語に訳す仕事をしていたからだ。

 オバマ大統領の演説が、中国国内で完全に正確に訳されて、報道されるわけがない。中国語に訳されたものは、実際と違うわけだから、友人が読んで疑問をもち、訳すのに困るわけだ。

 夜、Bajaの仲間が集まった。参加者のひとり、テリーさんが勤務する横浜のレストラン。

Bajaには、友子さんの声がけでいろんな人が集まった。

坂の下でウィンドサーフィンのプロショップを経営するイシカワさんを中心とする坂の下ボーイズグループと、ウィンドサーフィンのガールズキャンプであるSakura Camp出身のガールズグループ、以上がウィンド組だ。

ほかに大阪のパタゴニアガールズや単独参加者のサーファーたちが数名。さらには、偶然だったのだけれど、逗子チーム達も現地で一緒になった。

今日の会は、坂の下ボーイズグループとSakura Campガールズグループによる、DVD上映会。ウィンドの上級者である(クライミングでいえば13クライマー? →最初、12クライマーと書いたら、夫から「5.12はある意味ざらにいるだろう、もっと上級でしょ?13クライマーじゃないの」と指摘が入った)彼らのウィンドはみているだけでため息。私はBajaで毎日、これを眺めていられたのだから、贅沢だ。

波の面をずれることなく、エッジを利かせてボトムまで滑るさま、ボトムターンでぐいーんと踏んでリップまで直線的に上がっていくさま、そしてまた滑り下りる美しきライン、スピードを殺さず滑っていくこと、本当にスキーに通ずるものだと思う。

海のことも波のこともサーフィンのことも、ほとんどわからなくても、見ていて、とてもおもしろいのだ。

私は久しぶりにみんなに再会したのだけれど、ウィンド組は海の上で頻繁に顔を合わせているようだ。今日も御前崎で乗ってから来た人たち、坂の下でスタンドアップしながら釣りをしてきた人たちなど、海からやってきた人たちがほとんど。

Bajaはつくづく天国のようなところだったのだと思う。あんなきれいな波には、1年かけてもめぐり合えないかもしれない。それが毎日、朝起きると、目の前にあるのだから。もっともっと乗っておけばよかった。上級者の彼らもそう言うのだから、まちがいない。

写真はマキちゃんがまとめたSakura Campwebサイトからいただいたもの。きれいなBajaの写真がたくさんアップしてある参加者のブログへのリンクもあり!

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2009年11月20日 (金)

打ち合わせなど

 帰国便を逃したことから始まって遅刻続きのN出版の仕事。今日はメチャクチャ早く家を出た。おかげで渋谷で時間をもてあましそうになり、アートスポーツ渋谷とモンベルクラブ渋谷をチェック。稼ぎ時の3連休を前にし(冷え込んだので冬モノも売れるでしょう)、各店舗、気合を入れて店づくりをしているはず、と期待したのだが。

 店づくりは雑誌づくりの共通する点がいくつもある。季節性を出すこと、客のニーズにこたえること、しかしながらこちらの考えも主張すること、わかりやすく見せること、売りたいモノを買ってもらえるように見せることなど。

 なので、店舗巡りは、(新商品のチェックだけでなく)勉強になる。

 N出版の打ち合わせは1時から始まり予定の4時を過ぎても終わらず、5時までかかった。けれどこれで、本1冊の台割がおよそ固まったし、各章の方向性と具体的な内容が見えてきたので、仕事に取りかかれる。GW前発売なので、できれば今月中から入稿していきたい。年内に半分入稿できれば、しめたものだ。

打ち合わせ終了後、慌てて代官山のホソカワ職人のところへ。

「最近、映画は何を観ましたか?」と聞かれた。そういえば、昨晩DVDで、『スラムドッグ$ミリオネア』 を見た。原作はインド人外交官のヴィカス・スワラップの筆による小説だけれど、それと映画のストーリーは大きく違うらしい。

イギリス映画クサイなあと思いながら見て、先のストーリーも読めてきちゃうような前半だったけれど、終わってみると、いい映画だった。

 人間の品格というのはどうやって育まれるのだろうか、といつも思う。

 教育は人間を育てるひとつのツールであるし、環境が人間に与える影響もある。他者から受け取る愛情もあるだろう。

 けれど、スラムで育ち、教育の機会を得られず、母を喪ってからは親からの愛情もなかった主人公のジャマールは品性のある人物だ。

 

 ところで、先日岳人編集部に行ったとき、編集部員の服部文祥さんから新著『狩猟サバイバル』 をいただいた。「撃って、食って、登る」というメッセージと共に。

 『サバイバル登山家』 のとき同様、こちらにギロっとしたまなざしを向けている表紙写真のため、書棚に収めても気になる。感想は読後に。

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2009年11月19日 (木)

今宵はBaja Fogにて

 オフと決めていた今日。何をするか定まらないまま、昨晩は寝てしまったけれど、今朝、波伝説をチェックしたら、御宿がシロサンカクじゃない! 午前中に簡単な仕事を済ませてから早速移動。お昼から海へ。

 雨は冷たいし、外気温は6度だし、ボードをもって海岸沿いの道路を歩いていると、冷たーい水たまりの中を歩く羽目になるし、ちょいとめげそうだったけれど、海を見れば、とてもきれいな波。沖から湯気が立ちあがっているところを見ると、海水温は冷たくないはず、と期待を込めて海に入った。ぬるま湯のように温かかった。

 かなっぷは「御宿で今年いちばんいい波(自分にとって)」とかいいながら、たくさん乗っていたけれど、私は相変わらずタイミングが合わせられない。波によってタイミングを合わせるのは違うわけだけれど、その日の波に合わせられないのだ。

 今日は、かなっぷがサーフィンを始めた当初に使っていたtureの板を使ってみた。SHOOTSのトミーさんのお下がりで譲ってもらった板を、私は愛していて、とくに御宿の海に出るときはこれを使い続けたいのだけれど、もう少しテイクオフしやすい板で練習した方がよいのではないか、というかなっぷのアドバイス(横やり)。

 Tureの板は、鮮やかな黄色い色は気に入っていたけれど、大きくて重たそうで、取り回ししずらそうに思っていた。

 けれど実際はそんなことはなかった。Bajaではこれぐらいの板を使っていたのかもしれない。

 確かに安定していて、テイクオフがしやすい。

 最後に乗った波は、私のなかではいちばんでっかくて、まるでソンドレ・ノルハイムが、モルゲダールの山小屋の屋根から滑り下りたような気分(?)。かと思いきや、これはかなり大げさなであり、「サイズは胸」と断言されました……。

 きわどいときに乗ったので、面滑りはあまり楽しめなかったけれど、ロングライドできたので、うれしくて、これにて終了。風が出てきて、寒くてたまらなかったから。もう3ミリの季節は終わりなのね。

 ボジョレーヌーボーでも飲もうと、帰路、久しぶりにチーズ工房IKAGAWAによって、ムチュリ(五十川ジャージー牧場では「里山チーズ」と呼んでいるもの。スイスのヴァリス州などで作っているアルペンケーゼ)を購入し、帰宅。

 若い味はあっという間に空いてしまう。

 その後、今日のサーフィンを記念して、Baja Fog。コロナビールの栓を開け、瓶のトップまでテキーラ(写真の青い瓶。サン・カルロスにて購入)を並々ついで、ライムを絞って飲むもの。飲んだあとに、グルグル回って霧中にいるような状態になるのか(1本じゃ酔いませんが)、それともテキーラとビールが混ざり合った部分が美しくにごって、霧のようなのか、なぜBaja Fogというのかわからない。とにもかくにも、これがBaja Style

  同じく写真に写っている右奥の瓶は、フランスのお酒、Pastis。ウィルダネス・ファーストエイドの講習のとき、同宿のクライマー、ヒラサワさんがお土産に持ってきてくれたもの。毎晩夜中まで予習・復習・テスト勉強をしていたので、ギンギンに冴えたアタマを寝付かせるためにと、毎晩いただいていた。そして、最終日、瓶ごといただいてきちゃったもの。

 PstisBaja Fogも、今年10月の、思い出のお酒。

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2009年11月18日 (水)

打ち合わせ1件。

 夕方、G編集部へ。編集長と3月号の打ち合わせ。

 G編集部のあとは、だいたい近くの本屋に寄ったあと、東京駅まで歩くことにしている。途中、本屋で購入した雑誌を、カフェでじっくり読む。

 夜から原稿書き。

2009年11月17日 (火)

MJリンク反省会

 夕方、山岳ガイドのカンちゃんと待ち合わせ。彼女が編集者だった時代からのお付き合い。私の相談事を色々話したあと、情報交換など。

 夜、MJリンク10月に行った谷川岳 の反省会。サポーターのたまりん、まさみん、シヅちゃんと私の4人が集まった。

 当日、A班を率いていたまさみんと、B班の私の間ではトランシーバーで定時交信をしていたほか、肩の小屋で会ったときなどには簡単な報告、会話もしている。けれど、短時間で必要事項を話さなければならないし、周囲に人がいれば話せないこともある。それはほかのサポーターとも同じこと。短い会話のなかから色々読みとってコミュニケーションして、決断していくのだけれど、こうやって後日改めて話をすると、当時それぞれが何を考えていたか、わかって勉強になる。

近々、MJリンクのブログをもう少し充実させよう、という話や次回の計画、その他先々のことも話す。

2009年11月16日 (月)

コーチ会

ここ数年はほとんど部員が定着しない母校大学山岳部。長年かかわっていると、こちらも少しは大人になり、「入部希望」って位じゃちっとも騒ぎません、喜びません。すぐに熱が冷めちゃうことも多いのだから。

 久しぶりのコーチ会に現れたのは、2年生の新入部員。1年以上前、わが大学で岳人のハットリさんが講演をしたとき、質問攻めをした学生がいたことは聞いていた。だから彼は、「山岳部もあるし、どうやら部員はほとんどいないようだから部費は使い放題だ」と勧めておいてくれたらしい。

 その種がようやく芽を出した。これまでひとりで夏山を歩いていたそうだ。

 持ってきた計画は、年明けすぐの穂高岳。あなたたち、雪山登ったことないよね? アイゼン、ピッケルも買わなきゃね。時期尚早なので、別の計画に変更して、一件落着。

 何はともあれ、若いということはそれだけで貴重なことなのだから(なんてことは、若いときにはこれっぽっちもわかっていなかったけれど)、とにもかくにも登ってほしい。登れば登っただけ強くなるし、世界が広がる。

 しかし、ためらったり迷ったりする必要はないんだ、やりたいことに集中してみろって思えるのは、歳を重ねたからであって、若い人には難しいことなのか?

 これまでひとり部員だったユウサクの両親は44歳、私より2歳年上。今度入部したダイシの両親は47歳だというから、今度はご両親と飲みたいものだ。

 コーチ会が終わることを見計らって現れてくれたのは、グラ兄。私より7歳ぐらい年上のOBだ。先週の日光いろは坂はメチャクチャ寒かった(ロードレーサー)とか、昨シーズン15年モノの板からようやくワールドピステに乗り換えてくれ(テレマークスキー)、「乗りやすい」と連呼していたり。相変わらずの元気ぶり。

 「どうして部員が増えないんだ」「どうして辞めたんだ」など散々言われ続けた20年。

 グラ兄ように、ちょっと距離を置いて、けれどいつも気にかけてくれときどき顔を出してくれるOBは、涙出るほどありがたい。今日も、飲み屋でドーンと万札を置いていってくれた。ごちそうになりました。

2009年11月15日 (日)

御宿波、ぐちゃぐちゃ

 チャーリーからの気象情報は、「岩和田で」と言うことだったのだけれど、予報よりも風が収まらないのか、御宿の海はグチャグチャ。

 中央で入ってみたけれど、アウトに出られない。 

 岩和田に移動したら、トミーさんがスクールをやっていた。アウトに出たあと、波にもまれて流され、もまれて海面に顔をあげたら、目の前に娘のピロタンさんがいた。

 さすが、こんな波でも乗って、そして歩いています。

 ボードには何度か立てたものの、ほとんど波には乗れず、終わった。

 その後、まさみんと浜に打ち上げられた巨大クラゲのような生き物を観察したり、カイトやウィンドサーフィンの見学をした。

 風はどんどん強くなり、岩和田からラクダの像まで板をもって歩くのはつらい位。途中で何度も耐風姿勢を入れた。これは、相手がまさみんだから移動できたもので、非力な人だったら、ボードを飛ばしちゃうでしょう。まず無理です。危険。

 部屋で昼のパンを食べたあと、鴨川のrulezpeepsへ。まさみんが「こんな家に住んでみたい」と言ったところ。

 その後、2人が気になる場所が、御宿のすぐ近くなのではないか!ということになり、急きょ洗濯物も取り込んで、アパートをあとにする。

 クルマを出したときに、「あ、あまからやもあったわ」とまさみん。次回来た時には、あまからやに行きましょう。これはマストです。

 気になる場所は、いろんな人(田んぼの脇を散歩する中年夫婦、子ども2人がいる若夫婦、床屋さん、5ドアハチバックにサーフボードを2枚積んだ女性など)に聞きながら、夜道を走り、森の中に入っていくと、ありました!

 大きな森の中にある空間、ちょっと日本とは思えないような雰囲気。実はこんなところが、房総にはときどきあるんです。不思議。

 この週末は、互いの近況報告やらおしゃべり(山のこと、海のこと、仕事のこと、ヨガのことなど)の時間だった。

2009年11月14日 (土)

ヨガ→舟勝

 午前中仕事。

 午後から、ShokoさんSEASちゃん らが開催しているヨガに参加。9月に続いて2度目のこと。今回は、先月からこの場でインストラクターデビューしたというまさみんも参加なので、楽しみ。

 まさみん、アイさん、Shokoさんの3人がそれぞれのセクションを担当しながら(起承転結のように)、私たちを誘導してくれて、みんなでヨガをする。

 最後にやったシールシャ・アサーナは、ヨガのポーズ(アサーナ)の王様という別名があるそうだ。

 補助してもらってできただけだけれど、あの感覚はまた味わいたい。

 このサークルはいろんな意味で、興味があり、私自身の勉強になることもある。

 その後、御宿へ。居酒屋の王様、「舟勝」さんで、まさみんと夕ご飯+お酒。

 彼女が先月NZで参加したアイスクライミングの講習会の話やNZの山の話を聞いた。トポ集(というかものすごくシンプルなガイド本)を見せてもらって、これはスゴイ国だと思った。イギリスの影響だろうか。フィールドもすばらしい。

 舟勝の料理は、前と変わらず美味しかった。とくに驚いたのは、先付に出てきた、柿やナメコ、エビ、おろした山芋が入った小鉢、それにまたまた柿が入った白和え(写真)……美味しかった。柿って料理に使えるな。

 もちろん、私がまねしたからといって、すぐに美味しい小鉢ができるわけではないのだけれど、ちょっとやってみたい。

 今回はカウンターだったので、地元の人たち(船に乗っている猟師さん、海士さん、釣り竿を作る職人さんなど)と一緒だった。

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美しい野菜と山ナシの木

 朝、たーさんの畑へ。本当に彼女の畑はすばらしい。「食べきれないものからもらっていくよ」と言ったけれど、特大の大根を2本抜いてくれた。大根葉も大量。 

 それからからし菜などの葉っぱ類が数種類、明日葉、唐辛子、ミニトマトなど。ほかに収穫済みのカボチャ、サツマイモなど合わせると、私がもってきた30リットルのザックではおよそ足りなくなり、70リットルほどのザックを借りることになった。重量は20キロはないものの15キロはゆうに超えている。この辺りの里山には似合わない大きさなので、「奥多摩大縦走をしてきたみたいだね」ということになった。

 ミニトマトはこれでもか、と言うほど増えるけれど、もうこれほど寒くなってくると青いままで終わってしまう粒が多そうだ。そういえばこの夏はグリーントマトのピクルスを作っておいしかったので、この青いミニトマトもピクルスにすることにした。ということで大量にいただいた。

 畑の野菜は本当に美しい。とても美しい姿をしているので、つい見とれてしまう。

 その後、近くの山ナシの木まで散歩。「すごく大きな木があるの」と言っていたけれど、これほど大きな枝ぶりとは(写真)、驚いた。

3人でがけを下りたり登ったりして、山ナシを拾った。数日前にふたりが食べた時はまだ固かったようだけれど、今日は結構いける。渋みが強いけれど、そのままでも食べられる位だ。

 けれど私は重量も考えて、ジャムにしてから持ち帰ることにした。

夕方、駅前にある図書館に、ある方々からの寄付で山の古い本がたくさん入ったとやっさんが教えてくれたので、立ち寄ることにした。

 書架に並んでいるもの以外にも、書庫にあるというので見せてもらった。大島亮吉や田部重治、小島烏水など日本人の本も多かった。

 電車が来たので、ふたりと別れて、幸せに重たいザックを背負って帰宅。

 夕ご飯の前に、すべての野菜をちゃんと下ごしらえしようと、がんばった。

 腐りにくいように保存したり、ミニトマトのピクルスを作ったり、それから大根葉はゆでたり炒めたり。こうしておけば青さを保ってくれるので、その後ふりかけにもできるし、チャーハンやパスタの具にもできる。

 大切に育てた野菜をありがとう。

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2009年11月12日 (木)

冷え込んだ奥多摩

 御岳取材が天候により延期。

 午前中は自宅で机仕事。

 午後から、奥多摩在住の友人夫婦の家へ。

 青梅線に揺られながら、車窓を眺めていると、奥多摩の山々が目に入ってくる。太陽の日差しはなく、どんよりした空模様だけれど、山肌の木々は所々紅葉し、いたるところの谷あいから、霧が立ち上ぼっていた。そのもやもやと上昇する白い霧を見ていると、とてつもなく懐かしい気持ちになり、ものすごく冷え込んだ寒い日なのに、気持ちが温かくなった。

駅では、友人たちのほかに、奥多摩交番勤務の金さん( 金副隊長の山岳救助隊日誌―山は本当に危険がいっぱい (角川学芸ブックス) )まで出迎えてくれた。
駅前の温泉で温まったあと、帰宅。

夕ご飯を食べながら、この顔触れには珍しく、ビールも飲んで、12時近くまでおしゃべり。

2009年11月11日 (水)

『錦繍』

前略

蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。 

  宮本輝は好きな作家のひとりで、その中でも名作と言われている『錦繍』は、とくにこの書き出しが好きだ。

 なぜか宮本輝の小説は、ほんの一言に泣かされてしまう。なんとか泣かずに読んでも、どの小説でも、ちょっとした一節や、登場人物が吐くほんの一言に、なぜか泣かされる。

 錦繍の舞台を観にいった。

 本を開き、文章を追って、得る感情や思いと、舞台に立つ役者が発する台詞を聞き、役者の演技を見て湧き上がる思いは、こうも違うのかと思った。どちらがよいというのではなく、質が違うように思う。

 夜、机仕事。

 写真は玄岳で撮ったまゆみの木。

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2009年11月10日 (火)

早くも切れたか……Baja Magic

昨晩のうちに御宿に移動。

朝、カワグチくんがやってきた。というか目覚めて駐車場を見たら、彼のクルマが停まっていた。クルマのなかで寝ていたようだ。

 かなっぷと3人で中央へ。

 Bajaに比べるとアウトが近いし、波のサイズが小さくて速さもないので、かなり心には余裕あり。

 けれど、ダンパー気味に崩れいくし、セットもきれいに入らないし、なかなか乗れない。

 早くも切れたか……Baja Magic。ちょっと残念だけれど、あまり悔しくもなく、こんなものかと思う。

 以前と違う点は、なぜ乗れないのか、よくわかること、それといろいろ余裕があり、観察ができること、か。

 Bajaであまりパドリングした覚えはないけれど、パドリング力はついてきた気がする。

 朝もやがかかっていた御宿の海は、とてもきれい。

 海に出ると、陸の緑も際だって見えてくる。なかなかいい景色だと思う。

 イルカだか小型のクジラだかわからない(でもヒレがなかった)が、すぐ近くをずっと泳いでいた。

 それにしてもおかしかったのはカワグチくん。いつから彼のウエットがツートンカラーになったのだろう?と思って呑気に見ていたけれど、お尻の部分が大々的に破けて、パンツが丸見えになっていることがわかった。かなりヤバイ状態だった。

 昼前に上がって、久しぶりの小池食堂でがっつり。岩和田と漁港と部原を見に行き、結局岩和田に決定。

 けれど、私はこの2カ月ほどの疲れが出ているのか熱っぽいので昼寝をすることに決め込んだ。

 カワグチくんはかなっぷのウエットに着替え、2人は海へ。

夕方、部屋の掃除をして、SHOOTSへ寄って、Bajaのお土産を渡して、カワグチくんのボードを預けて、帰路へ。

夜、駅前を通ると、新しい駅舎が出来上がり、きれいな看板がかかっていた。

 山からまったく離れる1日は、いい気分転換。

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2009年11月 9日 (月)

GRANITE GEAR

 久しぶりの自宅仕事。終日自宅で仕事をできる日は、9月中旬から本当にわずかしかないので、貴重。

 しかし、疲れが出てきているようで、ちょっとぐったり気味。

 先日、ヴァーテックスさんにお願いしてあった品々が届いた。

 グラナイトギアのパック類だ。は、これまでもエアスペースのXXSXSSと使ってきたけれど、さらに補充。

 先日受講したWFAの講習の際、主催者側のある人が、「やっぱりファーストエイドのパックはこれだよね」とエアスペースを指して言ったのだ。確かな防水性があるのはもちろんのこと、チャック式は開ければ一目でどこに何が入っているかわかる点が、ファーストエイド向きのように思う。巾着式とはその点が違うのだ。

 地図や手帳などの小物類、ほか緊急用の針金やペンチ、エマージェンシーシート、あるいは鏡やコンタクトレンズの予備、リップクリーム、歯ブラシ、日焼け止めクリームなどの類を、私はそれぞれジップロックに入れて収納している。ジップロックは安価な点がよいのだけれど、繰り返し使っていると消耗が早いし、それに素早く出し入れしたい場面では、きちんとジップロックされずにてこずるときもあったりする。

 そんなわけで、小物類にはエアポケットを使ってみようと思う。

 素早い出し入れが必要なときって、緊急時に限らずとても多い。

 それにしても、これらケース(写真:エアスペースやエアポケット購入の際に入ってくるプラスチックのケース)、何かに再利用できないものだろうか? 何がよいかな?

 ところで数日前、中国の兄のように親しい友人が、落馬した夢を見た。なんとなく気になっていたら、中国の弟のように親しい友人(その彼の弟)から短信メールが入った。「Jが大ケガした」と。

 心配していたところ、今晩弟のフォンフォンから電話があり、「肋骨が折れただけだったよ。軍の病院に入ったから大丈夫」と。山のなかでの出来事だから大丈夫かと思ったけれど、どうやら大事に至らなかったようだ。「で、どうしたの?」と聞いたら、「馬から落ちた」と。ひえー。

  友人の出来事とは別のことだけれど、最近の四川の山では遭難が多い。外国人登山者も中国人も。つい最近も大きな遭難があったことを、友人が話してくれた。雪も安定しないし、なかなかきわどい山が多いのかもしれない。

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2009年11月 8日 (日)

熱海の山、玄岳へ

先日下見 をした玄岳へ、F山岳会の月例山行。  

天気に恵まれ、おだやかで風もなく、富士山の展望もあった。

 今回はテレビ取材があり、クルーが同行したけれど、山行の雰囲気はいつもとなんら変わりなかった。

 久しぶりの伊豆半島登山だったので、地元会員の方が、魚の揚げ物やスイートポテトをたくさん作って来てくださった。ほかにもいつもの通り、いろんなおかずがあちこちから回って来て、とうとう私は自分の弁当をすべて食べきることができなかった。

 帰りの東海道線……まだまだ弁当や果物の交換が続く。

 いつも留守本部をつとめてくださっているカモシカのSさんに下山連絡すると、「ところでこの山の名前、何て読むの?」と聞かれた。ヒマラヤから里山までのオールラウンダーであるSさん(サルギ尾根に誘ってくれたのも彼だし)も、登ったことがないようだ。「クロダケです」と答えた。

 天気がよければ、相模湾、駿河湾、真鶴半島、三浦半島、房総半島、伊豆諸島といった海の展望、富士山、沼津アルプスなど山の展望に恵まれる。笹藪をこいだり、氷ガ池があったりと変化に富んでいてオモシロイ山だと思う。

 さすが、リーダーのKさん、ご推薦の山。

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2009年11月 7日 (土)

御岳ロケハン

 急きょ決まった、来週の撮影・取材のためのロケハン。

 編集者2名と、カメラマン1名と一緒に、奥多摩へ。大塚山から御岳、ロックガーデン、日の出山へとつなぐハイキングトレイルだ。

 この仕事……お祓いをした方がよいかもしれない。私が遅刻をするのは3度目。

 1度目は、サンディエゴ→サンフランシスコのフライトがディレイしたことが理由で成田帰国便を逃し、撮影取材に1日遅刻。2度目はどこだかの列車事故により、私が乗っていたりんかい線が止まって、打ち合わせに30分遅刻。そして今日は、中央線が各駅運転しかしていないことを知らなかった。また遅刻。

 時刻だけでなく、運転状況などもっとちゃんとチェックしておかなければならないのだと反省。

 どうしよう、来週の本番取材……遅刻しないように前夜入りしたいぐらいだ。

 大塚山から御岳への道のりは、予想よりもずっと楽しくてきれいだった。

 ミズナラの実(どんぐり)が、地面に根を出していた。

 天狗岩や御岳から日の出山あたりの道は、そういえば数年前、カモシカのSさんや愛里さんと一緒にサルギ尾根を登ったあとに歩いたなあ、と思いだした。あのときは楽しかった。

 諸般の事情により、日向和田に下りる予定が(ヘッドランプの世話にならないように速足で下りていく知人を日の出山山頂で見送って。ちなみにかれは越沢バットレスから継続)、つるつる温泉へ下山。

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2009年11月 6日 (金)

『END OF THE LINE』上映会

 夕方、編集者と待ち合わせて打ち合わせ。

 その後、『END OF THE LINE』の上映会へ。3年間かけて写真家でありフィルマーである"ヤーマン"こと山田博行さん がビッグマウンテンスキーヤーの佐々木大輔さんを追ったドキュメントフィルムだ。

 たくさんのインタビューが、大輔さんの美しくて芸術的でそして創造的で、冒険的で刺激的でとにもかくにもすばらしい滑りのなかに挟まれていくのだけれど……大輔さんを少ししか知らない私でも、そうそう、そうなのよ、彼はそういう人だと思っていた!というようなエピソード、そしてそれぞれの人から見た大輔像が語られていた。

 けれど、その最中、無性にさみしい気持ちになり大きな喪失感を感じたのもの事実。

 冒頭の舞台挨拶で、大輔さんが「集中力をもって見てください」と言っていたけれど、その集中力が遠くかなたにもっていかれそうになった。

 インタビューのなかに大切な誰かが欠けていたのでは、といなくなってしまった彼のことを思い出したのは私だけではないと思うのだけれど……森山直太朗の『さくら』の歌とともに。

 フィルムを見て改めて感じたこと、再確認したことは、佐々木大輔さんほど登山家でありスキーヤーであることを全うしている人はたぐいまれであるということだ。彼がとびぬけた才能をもっている山岳スキーヤーであることは、本当に多くの人が知っていると思うけれど、合わせて彼はすばらしい登山家でもあるのだ。

 作り手のヤーマンさん。ほとんど面識がないけれど、友子さんにいつも話を聞き、また彼の作品にはとても興味をもっていたので、今日は本当に楽しみだった。

 舞台あいさつで見たそのまなざしは、こわいほど、芸術家のそれだった。

  この先も、もっとたくさん、彼の作品を見たいと思った。

 今日のチケットは、満席満席完売完売、あっという間に売り切れてしまったそうだ。

 大輔さんにサインをしてもらったDVDを買ってきたけれど、やはり大画面で見た満足感は自宅テレビでは味わえないので、また上映会があればいいなあと思う。その際は、できれば16ミリのフィルムの実写で(今回はデジタル上映)、ヤーマン・ワールドをもっともっと満喫したい。

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2009年11月 5日 (木)

面会、打ち合わせ、その他

 昨日は2時まで話しこんだけれど、今日は午前中から別の面会へ。

 Eさんのキャスターのなかには我が家から持っていく山岳雑誌が15冊以上、登山医学などに関する書籍が数冊……キャスター付きといえども駅の階段もある。とっても重たいはず。

 御成門のオフィスへ行き、Nさんと面会。さすがNさんらしいほかの方にはない視点でアドバイスしてくださった。この4日間でいろんな人に会ってきたけれど、皆さん本当に親身になってくれて、とてもありがたい。これ以上ありがたいことはない。

 Eさんは面会を重ねるたびに「なんだかすっきりしてきたけれど、スミコさんは宿題ばかり増えるね」と。そう、その通り。今回の課題に関する宿題も増えるし、さらには、「カシワさん、こんなこと書かないの?書いてよ」という難題の宿題も多数……。

 Eさんとの別れは突然やってきた。一緒に駅まで行くつもりだったけれど、その後もこのオフィスで打ち合わせたいことが出てきたので、私だけ居残ることにした。この2週間、本当にありがとうございました。また近いうちに会いましょう。

 私はそのまま居残って、IさんやFさんに諸々の相談ごと。

 その後、渋谷のN出版に移動して打ち合わせ。 

 打ち合わせのあとは、編集者と一緒に神保町のICIへ。まずは新店(写真)を拝見し、その後登山本店へ。今度の撮影で貸し出しいただく商品のリストアップ。

 書籍担当の間瀬さんに、「サイン本、売れましたから、また書いていってください」と何度か言っていただいたけれど、今回はパスさせてもらった。持ち物に名前を書くようなあのサイン……誰もほしくないような気がして。

 けれど、せっかくのお声掛けなので、もう少しましなサイン(+メッセージ)をかけるようにして、再訪しようと思う。

 山歩きはなぜ体にいいのか―大切な仲間に教えたくなる山の効用 (ヤマケイ山学選書) は売れ切れましたが、ドキュメント山の突然死 はまだサイン本が残っているので、どうかご入り用の方は神田神保町のICI本店でお買い上げいただけますでしょうか。サインがあると返本もできないのです。

 帰宅後、原稿書き。

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2009年11月 4日 (水)

面会いくつか

 今度はEさんがこちらに来る番。羽田からS駅までのリムジンバスは1時間に1本しかないのに比べて、TDR行きは10分に1本だしなぜか安い。TDL正門で待ち合わせ。なかに入りたいという彼女をひっぱって(私はまったくキョーミがないのでよいのですが)、昼ご飯。

そして海の見える学長室へ。山に登るドクター、M先生に会いに行き、いろんな話をさせてもらう。いつも、M先生には甘えてばかり。

 その後、京葉線で移動中、富士山のシルエットが。目を凝らすと雪線が……ずいぶんとしたまで下りていた。

  夜は、このあいだのWFA講習で一緒だったKさんと神楽坂で一杯(=たくさん)。

  御前様で帰宅。

2009年11月 3日 (火)

原稿送信

 引き延ばしにさせてもらっていた原稿を、今朝送信。

 昨晩のうちになんとなく形にはなっていたのだけれど、どうも最後のひと踏ん張りができなかったのだ。

 お題をもらったのは9月のこと。簡単に殴り書きして、Bajaにもっていって考え込んだけれど、まとまらず。

 鹿児島に行く前に力を振り絞りたかったけれど、それもできず。今朝、ひょんなことから力が抜けて、なんとかなった。

 中国とチベットのこと。とても難しい問題です。

 けれど、チベットのことだけを声高にもっともらしく叫んでも仕方がないでしょう。

 中国と日本の関係、中国とチベットの関係、国際社会のなかでの日本の立ち位置、全部考えないと、日本に住む日本人の私たちが、どうやってチベット問題にかかわることができるのだろうか。

 難しすぎて、私にはとても答えがわからないのだけれど。

 ここに書かせてもらうのは、二度目。前回は、担当の方を本当に困らせて5回ぐらい書きなおした覚えがある。今回はどうなってしまうのだろうと恐る恐る送信したのだけれど。

 帰ってきた返事によると、なんとか合格のようだ。ホッとした。

 協力してくれた友人たち、本当にありがとう。

2009年11月 2日 (月)

ホントに効いた

 心のこもったお母さんのおいしい朝ご飯をいただいて、霧島へ。

 私のフライトまでのわずかな時間を、Kiさんがおもてなししてくれるというのだ。

 彼女の大のお気に入りのラムネの温泉も捨てがたかったのだけれど、今回はさくらさくら温泉へ行き、泥パックをすることにした。

 源泉で採取した泥が、露天風呂の脇の石のボックスのなかにたまっていて、それを顔はもちろんのこと、体中に塗りたくるのだ。

 岡山から来た2人組の方は、数日前から鹿児島に滞在していて、いろんな温泉に行ったけれど、ここがいちばんと、帰る直前にもう一度寄ったのだとか。おばさんが、「背中も塗ってやるよ。きれいになるためには、いくらだって協力するわ」と言って、私の背中に泥をたくさん塗ってくれた。彼女の話によると、なんでも、パック後は、肌がすべすべになって光り輝くのだという。そのときはホントか? と思ったけれど、その恩恵を私もあとで十分に感じることができたのだ。

 Kiさんとも泥の塗り合いっこ。写真の撮り合いっこ。

 そして、我慢に我慢を重ね、足や腕や背中やデコルテ、そして顔の泥を乾かし、湯船にざぶんとつかって落とした。

 最後にシャワーを使って完璧に洗い流して、それからもう一度露天風呂で温まって、上がる。

 

 脱衣所で鏡を見ると、驚くほど、顔色が明るくなっていた。大騒ぎする私の声を聞いたときは、Kiさんはまったく信じなかったようだけれど、私の顔を見て感激していた。それからというもの、私が鹿児島空港を飛び立つ直前まで、ため息をついては、「白くなったわ、きめが細かくなったわ」と言い続けていた。

 どれだけ私の顔はひどかったのだろうか……と思うが、とにもかくにも、明るい顔色になり、肌が柔らかくなり、張りも出て、大喜び。

 日焼けで肌が疲れている皆さん、ぜひ行った方がよいですよ。

 高千穂牧場から高千穂の山々を眺め、霧島神社をお参りして、空港へ。

 前職では、屋久島への出張が多かったので、鹿児島空港は頻繁に利用していた。市内の役所や新聞社に用事があることもあり、何度か鹿児島市にも滞在した。

 いつも思うことだけれど、鹿児島は、海も山も豊かで、食べ物もおいしくて、のんびりした雰囲気があって、本当にいいところ。暮らしやすいと思う。

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2009年11月 1日 (日)

末尾7年生まれの会

 残りの原稿を朝編集者に送信してから、鹿児島へ。

 出迎えてくれたのは、私と入れ違いで母国カナダに帰るIさんとKiさん。Iさんの日本語にますます磨きがかかっていた。「また来年会おう」と握手をして、Iさんを見送り。

 そして、Kiさんと一緒に一路、鹿屋体育大学へ。途中、鶏飯と鹿児島の黒豚冷しゃぶで腹ごしらえ。

 運動生理学の研究者であり、ご自身もかなりコアな登山を大学時代からずっと継続されていて、さらにご自身の体を実験台にまでしてしまう方は、そうなかなかいない。私もY先生の研究室にある低圧低酸素室にお世話になったことがあった。

 それと今回の3人の面談には、ひとつオモシロイことがあるのだ。Y先生の生年が1957年、私が67年、Kiさんが77年。10歳違いの3人が集まった。

 数日前に、ある山岳ガイドさんがブログに、「黄金の77年世代」と書いていて、思わず共感して、余談おしゃべりメールを送ってしまったのだが。 

 日本の登山の社会には、1977年生まれのグレートガイズ&グレートガールズがたくさんいる。10年も長く生きているくせにと、わが身を振り返って恥ずかしくなるばかりなのだ。

 明瞭な境などないのかもしれないけれど、アラウンド77年世代、偉大な人たちが多いです。

 3人は、いきなり本題で、あれやこれや、あっちの話やこっちの話をしていたらあっという間に外は暗くなった。5時も過ぎたので、そろそろおいとま。

 「いい岩も沢登りのルートもたくさんあるから、カシワさんが居残れるなら、一緒に登りたいのに」とY先生は何度もおっしゃっていた。ホント、名残惜しい。ブナ学者のケイちゃんも、鹿屋へ行くといったら、「ブナの南限じゃ」とすぐに携帯メールが来た。南限のブナの森も歩きたい。

 またなんとか言い訳を作って、鹿屋に遊びに来たい。

 その後、Kiさんお勧めの桜島のふるさと温泉へ。

 こんなにゆっくりした時間が持てたのは、1か月ぶりぐらいか。本当にほっとした。それに海を間近に眺めて、10月初めのバハのことも思い出した。あの10日間は毎日海辺でキャンプをして、海を眺めて、海に入っていたのに。

 体が温まったころに、「ボン」と大きな音が。するとYuさんが大はしゃぎ。「桜島の温泉に入っていて、桜島が噴火した! ボンって」。

 鹿児島で生まれ育った彼女は、桜島が噴火するなんて日常的な出来事だろうに、客人の私が桜島の温泉に入っているときに、噴火を味わえたことが面白くて仕方がない様子。

 フェリーで鹿児島にわたって、H邸におじゃまして、ぐっすり眠らせていただいた。

*写真は翌日訪ねた霧島神社の石段

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