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2009年10月

2009年10月31日 (土)

今日も原稿書き

ひたすら原稿書き。明朝、飛行機に乗るまでに終わらせなければならない。

 そう、あまりにバタバタの毎日ですっかり報告し忘れておりましたが、MSNビューティスタイルのページに特集された心に効く体に効くみんなの山歩き の記事を、監修しました。ご興味のある方、ご覧下さい。

 読後のアンケート欄もあるので、よろしくお願いいたします。

2009年10月30日 (金)

原稿書き+『Powder Guide』

 終日原稿書き。

 下記は、編集長の伊藤文博さんから届いた今年の『Powder Guide』。何もお手伝いしていないのに、ちゃっかり編集後記だけ書いています。昨シーズンのいちばんの出来事、クロスカントリースキーについて。「出会った人たちすべてに、雪に、山に、スキーに感謝」の メッセージです。同封いただいたDVDは、原稿書きに追われて、まだ見ることができず。

  今年の号は、コースガイドがほとんど。

  私が毎号楽しみにしているのがギアページ。スキー(山岳用)のギアについては、いろんな雑誌がページを割くけれど、『Powder Guide』がいちばんでしょう。他誌は出そろっていませんが、断言しちゃいます。

 今年もまた、ヤノジュンさんの解説。テレマークスキー(と山岳スキーとクライミング)のプロショップである目白のカラファテ勤務。カラファテでスキーを選んでもらうのだったら、看板スタッフのヤノジュンさんに相談すべき(もちろんいうまでもなく社長さんでもとてもありがたいのですが)。

 そしてもうひとつ硬派な記事は、同業先輩のハネヤンこと羽根田治さん が書いた日本雪崩ネットワークの講習会に参加したときの記事。

 私もSC(ベイシック・セーフティ・キャンプ)ASC(アドバンス・セーフティ・キャンプ)に参加したのはもう3年ぐらい前? 今年はブラッシュアップが必要か。

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2009年10月29日 (木)

同業異種飲み会

 やっと家に落ち着いて原稿書きができる日がやってきた。今月末締め切りがあと3本も残っているので、大変。その上、9月中旬から旅続きだったこともあり、家のなかがグチャグチャ。

  夜、同業異種のMさんとNくんと3人で飲み会。新橋のサラリーマンの友・居酒屋へ。

 Mさん、さすがこの業界に長く、また真摯にディープに仕事をしてきただけあって、プロフェッショナル。Nくんは20代とは思えない落ち着きぶり。

 ためになる話をたくさん聞かせていただきました。

 写真は28日に玄岳で撮ったもの。ラッキョウの仲間だろうか? おいしい匂いがした。

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2009年10月28日 (水)

撮影の日

 朝から写真家のNさんのスタジオで撮影。昨日から山道具+ウエアの商品撮影をしているのだ。今日は編集者のIさんとライターの私が集合。偶然、「大学山岳部トリオ」となった。

 Nさんと仕事をご一緒するのは初めてだけれど、ヤマケイなどに印象的な写真が載っているし、先日私が竹内洋岳さんをインタビューして掲載した『GORE-TEX Pro Shell Book』の表紙を含む前半の写真も担当していて、その美しさにため息をついていたのだ。

 どうやったらモノが美しく撮れるのか。ライティングや向き、置き方、それらの本当に本当に細かいところに気を使いながらセッティングして撮影を進めていくと、モノが独特の表情を見せるのだと気づき、びっくり。

 撮影後、駅前のモンベルクラブ恵比寿店に寄る。

 ストームクルーザーを上下で買うと、いまならば10%オフだと聞いたから。けれど色の決心がつかず、先送り。

 山の道具、ウエアのメーカーは多数あり、全身を同じメーカーにすることは私はまずないけれど、雨具に関しては、断然モンベル派。ストクルが、生地の質も細部のこだわりも、コストパフォーマンスもキングでしょう。

 最近使っていてお気に入りのゴートゥーブ(写真)を購入。旅の必需品。シャンプーやリンス、ボディソープを入れている。ちょっと高いのだけれど、洗浄しやすいのと、吸引盤がついている点が気に入っている。コインシャワーのときに壁や鏡にしっかりつけてれば、短時間全身洗いで忙しいときにも使いやすいし、長旅のときなんて、洗面所につけておくと、Myスペースにカスタマイズできた気分になってなんだか楽しい。

 夜は、日本山岳会の海外委員会に出席。

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2009年10月27日 (火)

玄岳へ

 F山岳会の先輩とふたりで伊豆半島の玄岳へ。来月の月例山行の下見だ。

 熱海からタクシーで登山口へ行き、竹林などをのんびり歩くと、やがて広場に出る。初島も大島も利島も、三浦半島も房総半島もくっきりと見えた。まったく穏やかな日だ。

 そのすぐ先が山頂。新島、神津島も重なって見えてきた。

 反対側は駿河湾。穏やかな湾の際に、はっきりとした山脈が。沼津アルプスだ。いつか歩いてみたな。

 山頂ではゆっくり1時間休んで、お弁当タイム。といっても私が持ってきているのは、今朝握ったおにぎりがふたつと駅で買ったカツサンド、それにチョコレートバーだけ。

 Kさんは、いつもの通りいろんなおいしいものを出してくれた。予告通り崎陽軒のシュウマイも買ってきてくださったし、梅とみそのドレッシングでいただくゆでキャベツ、なめこ煮など。

 その後予定していたルートを下山したが、地元の人のアドバイスもあり、もう一度山頂に登り返し、もうひとつのルートも降りてみた。まったくKさんはタフである。70歳とは思えない。何のためらいもなく、「じゃあ、カシワさん、もう一度登り返してみようよ」と言ったのだから。もちろんそれが正解である。人の話はあてにならない時もあるから。今回も実際に2コース降りてみて、どっちが自分たちのパーティに適しているかよくわかった。

 その後、氷ノ池へ。背丈ほどある笹藪をくぐって、斜面を下りていくとぽっかりと広がった野原があり、池があるのだ。昔、氷を作っていたのだろうか。

 さらに歩いて歩いて、函南町にある丹那断層を見学。タクシーで函南駅へ行き、帰路につく。

 帰りの列車は爆睡してしまった。

 夜、夫と近所の焼鳥屋へ。同世代のお兄さんが焼いてくれる、おいしい焼鳥屋は地元ファンが多い。前回、なんと520円足りなくてツケをし、翌日持っていったという経緯があるので、今回はちゃんと2人とも財布を握り締めた。

 おいしい日本酒と焼き鳥を食べて、帰宅。もう寝ることにする。ここでしっかり疲れを取り、リセットして、明日から再出発。

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2009年10月26日 (月)

打ち合わせと原稿書き

 昼前から、打ち合わせ。台割の大枠が決まり、タイアップしてもらえる広告が出そろい始めたところ。ひとつひとつの細かい点はこのあと詰めていくとしても、とりあえず来月に控えている取材については、詳細を決めなければならない。

 2時ぐらいまで話し合い、昼食。

 その後、せっかく渋谷に来たのだからと、モンベルクラブ渋谷店とODBOXへ。いくつか購入。実際に店頭を見るのも、装備を手にとってひとつひとつチェックするのも、仕事にはとても役立つ。Webの画面やカタログだけでは何もわからないから。

 帰宅後、原稿書き。深夜脱稿。

2009年10月25日 (日)

MJリンク 谷川岳

少し早めに出発。スキーヤーズプレイスのある大穴あたりの雲は厚かったけれど、谷川岳に近づくにつれて雲が切れて晴れ間が見え始めた。今日は終日曇りの予報だけれど、少しは期待できるかもしれない。

私以外のサポーター3人は新幹線で来てもらっているので、彼女らに携帯メールをして雲行きを伝えた。

今回は、MJリンクの呼びかけ人である田部井淳子さんは不在で参加できず。サポーターとして、いつものたまりんとまさみん、それに今回デビューしてくれるのがシヅちゃん。たった1ヵ月半前に初めて会ったのだけれど、私の方が惚れ込んで、お願いをした。

まさみんとシヅちゃんのヨガでスタート。やっぱりヨガはいつどこでやっても気持ちがよい。気分もほぐれて、参加者の顔も明るくなった。

先行した私とシヅちゃんのB班はザンゲ岩あたりまで順調だったけれど、その上で風が強まり、雨にも降られたので、肩の小屋に入る。ゆっくり休んでいるとA班到着。彼女らのほうが、雨風の影響を強く受けてしまった。

まさみんと簡単な相談をして、すぐに山頂をあきらめて下ることに決めた。

こんなに簡潔な相談で的確な判断を下せるとは、私は仲間に恵まれている。山小屋に入ってきたときの彼女の二言三言の簡潔ながら的を得た報告を聞き、A班の様子と現在の外の様子がよくわかったのだ。山の実力者というのは、こういう人をいうのだと思う。

しっかり食べて飲んだあと、下山。しばらく雨風の影響を受けるけれど、すぐにそれも収まる。皆さん元気にロープウェイ駅まで降りることができた。

そしてまた、ふたりのヨガにて締めくくる。

今回、那須の回のリピーターの方が数人いた。その後、自分の山岳会の山行でリーダーまで経験するようになったとか、あれこれ登山の装備を買いそろえたとか、みんなこの4カ月の間にいろんな変化があったようだ。

 MJリンクの「リンク」というのは、人々のつながり、自然と自分のつながりなど広い意味のことを指している。参加者同士のつながり、参加者とサポーターのつながり、いろんなつながりができればいいと思うし、参加者の皆さんがステップアップしていくように、サポーターの私たちも互いに刺激しあいながら成長していければいいなあと思う。

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2009年10月24日 (土)

ひとりっきりのスキーヤーズプレイス

  5日間のハードな講習の最終夜、3時半まで飲んだのはつらかった。

昨晩ご厚意で置かせてもらった車を回収に行かなければならないので、心苦しいながらも寝入っているヒロスケを起こして、7時半に出発。

宿に戻って、朝ご飯を食べて、ユキエさんとピロートーク。ベッドがふたつある私たちの寝室からは、稲刈りが終わった田んぼとその向こうに日に日に色が深まっていく紅葉の山肌が見える。窓を開けるとひんやりとした空気が入ってきた。

ふたりでベッドの布団にくるまりながら、録音機も回す。こんなインタビュー初めて。けれど、インタビューは、かしこまって椅子に座り、テーブルでメモを取りながらするものとは限らない。

昼前にふたりで部屋を出たときには、すっかりみんな帰った後だった。残りのみんなでおいしい釜めしとほうとうを食べて、解散。

私一人がスキーヤーズプレイスに戻る。この5日間、いろんな人が出入りしてにぎやかだったのに、いまはひっそりと静まり返っている。

あまりの疲労でとてもこのままでは仕事ができないので、2時間昼寝。

起きてから、原稿書きを始めるが、はかどらない。意を決して、温泉へ。ぐったりしたけれど、ずいぶんと疲れがとれたし、気分転換にもなった。

その後、明日のMJリンクの準備。装備のチェック。参加メンバーの顔触れと名前をアタマにたたき込む。MJリンクのメールチェック。天気予報チェック、天気図や雨雲などのレーダーチェック。それと緊急連絡先(留守本部、地元警察、地元医療機関、ロープウェイやバス、タクシーなどの交通機関など)を携帯電話に登録して、ひとつのグループにし、いつでも簡単に発信できるようにセット。トランシーバーのチェック。そして、今回教わったことを踏まえて、医療品の再チェックとパッキングのし直し。何人かの参加者からの問い合わせへの返答。最後にもう一度ルートを思い描き(今年だけで3回登ったけれど)、シュミレーションなど。

直前の準備は結構な質量があるので、時間も要るし、集中力も使う。

ぐったりくたびれて、夕ご飯もそこそこ就寝。

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2009年10月23日 (金)

WFA Day5

    講習最終日。朝から山のなかでシナリオ。

 ガイド業をしているHちゃんらと組む。傷病者以外の役割を、ガイドとアシスタントガイド、ガイドと(何もできない)クライアントなど、いろいろな設定にする。

 Hちゃんの沈着冷静な言動、丁寧な処置をみて、感動。今回の参加者の2/3は山岳ガイド、スキーパトロール、ラフトガイドだけれど、普段いろんなクライアントと接している彼らは、現場での経験が豊富で、ホスピタリティあふれる言葉づかいや態度など、すばらしい。

ある参加者が、「若い人たちでこんなにがんばって勉強をしているガイドがいることを知れてよかった」と言っていたが、本当に(年齢は関係なく)、一生懸命勉強し、自己をプッシュしている山岳ガイドは多い。

すべてのシナリオをやり終え、車を運転して机上講習会場に戻るときは、なんだかすべてを終えた気になり、この後テストがあるなんて信じられなかった。

 1時間ほどの最後の机上講習をしてからテスト。

 無事合格後、参加者のひとりが提供してくれた、彼のオフィスでみんなで打ち上げ。私はお言葉に甘えて、酒を飲み、帰宅は運転してもらい、車は一晩おかせてもらった。

宿に帰ってからも、いろんな受講生たちが集まり、講師のユキエさんとイアンもやってきて、3時半まで宴会。

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2009年10月22日 (木)

WFA Day4

 ふたたび机上講習に戻る。

  夕方から会場近くの河原で実践講習。

 今日はお風呂セットを忘れてきたので温泉には立ち寄れず、帰宅。同宿のHさんは湯檜曽温泉へ。Sさんは谷川温泉へ出かけて行った。

 しばらくすると2人が帰ってきた。

 我が宿の顔触れは、山の先輩のTさん、昔からのクライマーでありそして山岳スキーヤーでもあるHさん(彼はなんと、アフリカとフランスでのクライミングから帰国後、成田からこの講習に直行したのだ。タフ!)、それとオリエンテーリングをするSさんに私の4人。

 

 今日からは主催者の省二くんとヒロスケ、それから今日からオブザーバーで参加しているKさんも同宿に。Kさんは、以前、スティーブ・ハウスが来日した時にインタビューした際に、通訳をしてくださった方だった。なんとWFA150時間コースをアメリカで受講した経験があるそうだ。ものすごい……。

実はものすごくコアなクライマーでありスノーボーダーでもあるのだけれど、私には勉強という課題があり余裕がなく、Kさんの話は聞けずじまい。

彼ら3人は私たちに気を使って、自分たちの部屋で静かに飲んでいた。

私たちは明日の講習後に行われるテストに向けて最後の勉強。私は、最後はHさんと問題を出し合って確認、けれどものすごく重要な事項の理解があやふやなことに気づき、愕然。

あまり寝不足だとテストと講習に集中できないので、2時前に勉強は終える。

毎晩、お世話になっているのはHさんが南フランスで買ってきたというお酒パスティス(マルセーユ産)。これをロックで飲んで、火照ったアタマを冷やして、ベッドへ。

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2009年10月21日 (水)

WFA Day3

 今日は山のなかで実習。

 まずは幾種類もの搬送を行う。担架を作って、6人がかりで持ち、ひとりが先導する方法で搬送しているとき、途中で結構腕が疲れてきた。とても短い時間だけれど、倒木を越えたり、足がとられる砂地を歩いたり、石が転がるゴロゴロとした不整地を歩いたり、川を渡渉したりすれば、それなりに疲れることがよくわかった。私だけが疲れているのかと思いきや、金のピッケルの彼などシリアスクライマーたちも「パンプしますね」と言っていたので、やはり搬送は大変な作業なのである。

 その後、シナリオ。傷病者役と救助者役に分かれて、謎を解きながら、相手の傷病の状態を判断し、手当をしていくというもの。

 私はまったくダメ。

 夜、山岳資料館のYさんとTさんに声をかけていただき、夕食をいただきに行く。おいしいモツ鍋と、野菜がたくさん。お風呂にも入れてもらった。

 大病をしたTさんはすっかり元気になっていて、今日は厳剛新道から谷川岳に登り、田尻尾根を下りてきたと言っていた。若手のY2さんと一緒だ。顔が真っ赤に焼けて、嬉しそう。

 大変申し訳ないが、お酒にお付き合いもできず、食べるものだけ食べ(皿洗いはY2さんに任せてしまい)、風呂からあがったら速攻帰宅……。

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2009年10月20日 (火)

WFA Day2

   5時半に起きて、簡単な朝ご飯(ご飯+インスタントみそ汁+生野菜+目玉焼き)と昼用のサンドイッチ(家で焼いてきたパン+シーチキン+生野菜)を作る。あんまり時間に余裕がないから、この先毎日、こんな食事だろう。

 みんなが起きてくる前に、ひと仕事。朝ご飯のあとは今日の予習。

 車で講習会場へ。10分程度。こんな近くに安く泊まれる素泊まりの宿を紹介してもらええ、本当にラッキーだった。ここに泊まっている受講生は4人。ほかのメンバーは、車中泊、公園泊、某駐車場建物内泊などそれぞれ。いくらみんなコアなクライマー、スキーヤー、スノーボーダーで過酷な条件に慣れているといえども、毎日ハードな講習を受けて予習復習とテスト勉強も決しておろそかにできないから、疲れもたまるだろう。

 けれど、さすがのタフガイズ+タフガールズたちは、元気にやっていた。

 今日の講習は机上のほか、会場内で実習。実習はメモをとってもなかなか覚えられないのでカメラ撮影と並行して記録。ビデオを録っている人もいた。

 帰宅後、簡単夕食を作って食べて、シャワーを浴びて、勉強して就寝。

*写真は腹部をけがして腸が出ちゃった……とき。

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2009年10月19日 (月)

WFA Day1

 早朝、ひとりで車を運転して水上へ。

 谷川岳ロープウェイの土合駅近くにある谷川岳山岳資料館に寄り、Yさんとすっかり元気になったT1さんにご挨拶。そして、TRさんと一緒に、WFA(ウィルダネス・ファースト・エイド)の講習会へ。

 フジヤマガイズの省二くんとヒロスケが、カナダのSlipstream のユキエさんと一致団結して、この講習実現の運びとなった。

 省二くんやヒロスケは、カナダまで行って英語で受験していたのだから、その努力には本当に頭が下がる。

 初日は終日机上講習。

 夜7時に講習が終わり、近くのスーパーマーケットで食材を買いだして、これから1週間お世話になるお宿スキーヤーズプレイスへ。

 簡単な夕ご飯(焼いたナスをのせたミートソース味のパスタ。むろんレトルト使用)を作って食べ、復習と予習。1時前に就寝。

*写真は、2日目にやったもの。2人組で互いの腕で実習。

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2009年10月18日 (日)

子どもたちの石垣登り

 会津駒ヶ岳に登る人たち、尾瀬へ行く人たち、それぞれ。

 別れる前に、みんなで写真を撮ったとき、子どもたちは脇の石垣を登り始めた。その登りっぷりは、はっきり言って、ちょっと前に登って降りれないなどと言っていた某大先輩よりもはるかに身軽

なかでも、幹郎さんの息子、コウジは、かなりのもの。つねにスタンスを気にするあたりが大人だし、さらには、ある安定したスタンスで、両手をそっと離したのだ。まるで一人前のクライマーがレストするようなしぐさ。それが面白かったのか、いろんなところで両手を離してした。将来がおそろしー。さすが幹郎さんの息子。

私は、新井家のニイナとアンナと一緒に、川べりでおままごと。砂に葉っぱや小石を混ぜて、アンナがお料理を作っている。もっと青い葉を入れるように言われたので、ガンガン投入していたら、入れすぎだと言われた。私は、薬味も具もたくさん入れてしまう方だけれど、アンナはさすが上品なバランス感覚。

半年ぶりぐらいに会ったニイナはちょっと大人っぽいことを言うようになったし、服やバッグにも気にするようになっていた。あと何年、一緒に旅行に行ってくれるのだろう。

しばらく遊んで別れた。

奥塩原の元湯えびすやさんのお湯は、かなっぷのいちばんのお気に入りなので、そこに寄ってから、東北道へ。途中、助手席で気絶するように倒れて寝入ってしまった。

夜は、仕事と明日から参加するウィルダネス・ファーストエイドの講習会の準備。

Fujiyama Guidesのヒロスケと省二くんが、カナダのプロバイダを招いて行なうもの。ヒロスケ+省二くん、偉大です。

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2009年10月17日 (土)

湯の花→桧枝岐

 母校大学山岳部の創部45周年(若い部何です)記念で、桧枝岐へ。

 先日の奥会津取材でゆっくりできなかった、田代山登山口近くの栃の木と、水引集落、それから湯の花温泉にある石の湯へ行くことにした。

 水引から田代山登山口へ向かう林道沿いに、大きな大きな栃の木があるのだけれど、往路ではそれを見つけることができず、さらには工事による車両通行止めにあい、30分以上ロスしてかなっぷは不機嫌だったけれど、栃の木を見たら、機嫌がなおった。

 本当に素敵な木。看板などはないので、自分で見つけて、小さな道を歩いて登っていくしかない。登るのはほんの数分。

 夕方、桧枝岐の民宿へ行くと、もう新井ファミリーと孝弘さん親子、それに突然来れることになったクリが来ていた。

 その後どんどん集まって来て宴会。

 尚之さんと幹郎さん解説によるブラマーのビデオは印象的だった。ずっと昔、尚之さんがブラマーのBCは天国のようなところだったと言っていたけれど、ホントその通り。とてもとても美しい場所だった。

 来週からのハードスケジュールに備えて、バハで買ってきたテキーラを先輩方に手渡して、私は先に寝床へ。いつも一番最後まで起きて、飲んだくれているくせに。

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2009年10月16日 (金)

机仕事

 今月の貴重な机仕事の日。

 原稿書き。

2009年10月15日 (木)

打ち合わせいくつか

 午後、市ヶ谷にあるオフィスへ。いつもこまごまとした仕事のすべてを引き受けてくださっているヨシダさんにお会いして、お土産を渡しておしゃべり。

 その後、ヤマケイへ。ふたりの編集者に会い、打ち合わせ。

その後、別の編集長とも偶然顔を合わせ、いくつか仕事について話した。ありがたい話をいくつかいただく。「いつでもページを空けるから、書いてよ」と言ってもらえるのは、本当に感謝すべきこと。本腰を入れてがんばろう。

夜、帰宅。

 ゴアテックス社の『GORE-TEX Pro Shell Book』に、登山家の竹内洋岳さんのインタビューを載せました。写真は野川かさねさん 。新鮮な色遣いです。

  竹内さんも実物と同じぐらいクールに写っています。撮影の様子はココ

  インタビューのタイトルは「登山家のONとOFF」。ONもOFFもクールな竹内さん、インタビューするたびに、会うたびに、いつもいろんなインスピレーションを与えてくれる人です。

 『Pro Shell Book』は、ゴアテックス商品取扱店などで無料配布されているそうです。

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2009年10月14日 (水)

紅葉の安達太良山

  沼尻から安達太良山へ。

  編集者ふたりと、アラカズ・カメラマン、それにモデルをお願いしている愛ちゃん+ハセガワさんコンビと私、そして田部井淳子さんと政伸さんの8人。

  頂上はたくさんの人だった。

 愛ちゃんとハセガワさんは、昨日私が不在ながらも、同じテレマークスキーヤー同士、いろんな話をして仲良く雄国山に登ってくれたようだ。ありがたい。

 下山後、田部井さんので温泉に入れていただく。ここのお湯は私が大好きなお湯のひとつ。

 夜、レンタカーを返却し、猪苗代から郡山へ。仙台在住のハセガワさんと別れて、他のみんなは東京へ戻る。

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2009年10月13日 (火)

沼尻温泉へ

 定刻通り成田着。

 リムジンバス+タクシーを駆使して自宅へ。

 昨日夜返信する約束だったところへ、いくつかメール返信。

 シャワーを浴びて、パッキングをして、東京駅へ。新幹線に乗って郡山で磐越西線に乗り換える。真っ暗で人影のない猪苗代駅に、編集者がふたりレンタカーで迎えに来てくれた。

 沼尻温泉の旅館に着くと、今回の撮影のモデルをしてくれるDIVA仲間の愛ちゃんと、モンベルつながりのハセガワさんが缶チューハイを飲みながらおしゃべりしていた。申し訳ない……。こちらから頼んでおきながら、私不在の撮影になってしまったのだ。

 お言葉に甘えて、先に温泉に行かせてもらい、ゆったりとつかる。

 その後隣の部屋へ行き、カメラマンのアラカズさんに挨拶して、みんなで乾杯。

 下記は留守中に届いていた『PEAKS3』

 7月にインタビュー したクリス・ボニントン の記事が掲載されている。雑誌発売は9月上旬だったので、もうあまり書店にはないかもしれません。クリスについて、PEAKS読者向けに書きました。私が会いたかった登山家のひとりだったので、幸せなインタビューだったし、本当に山が好きな人と登る山は、どんなに小さなハイキングでも、とっても楽しかった。

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2009年10月12日 (月)

Day11 成田へ

今日こそ帰れる。スタバのコーヒーを飲んで空港へ。

 カズ+メイちゃん、バイバイ(あとで知ったのだけれど2人の家は私のホテルから15分ほどだったのだけれど。でも久しぶりに便りができて、よかった)。

 ともかく帰国後の激務に耐えうるべく、ワインを飲んで寝ることにした。

 けれど、後半は珍しく眠れず。

 

 写真は、「Go to Green」というタイトルのアイディア投書箱。

 ソロスポーツのあるサンカルロスは過酷な大自然の中にあるので、そこでソロスポーツが営業を続けていくために、より環境へのインパクトを抑えていくにはどうしたらよいか、今回の旅で参加者たちがアイディアを出し合ったのだ。

 そしてケビンが「これぞ!」と思ったアイディアには、友子さんが取り寄せてくれたパタゴニアやダカインなどが提供してくれた賞品が贈られた。

 1位のヒロさんと、2位のオンナ・サクちゃん、3位のオトコ・サクちゃん、どれも楽しそうなプランだった。

 何度か、私はケビンにいろんな質問をした。太陽発電、風力発電でどの程度カバーできているのか、水がないという大問題については今後どのような展望をもっているのか(水がないことが、あらゆる問題とつながってくる)、バイオトイレにしてあるが、完全テイクイン・テイクアウトにする計画はないのか、乾燥・低温により微生物の働きは悪くならないのか、など。

 私の想像以上に、バイオトイレはうまく機能しているようだった。

 そして、ケビンがここを拓くのにどれだけの努力をしたか、以前はサーファーたちのゴミがどれほどひどかったのかなど、少しだけ話を聞くことができた。

 今回の旅に誘ってくれた友子さんに大感謝。「Go to Green」なんていう素敵なアイディアを発案してくれただけでなくて、今回の滞在中、彼女は本当にみんなに細かい気配りをしてくれていて、そのおかげもあって、和やかな雰囲気だった。

友子さんにはこれまで多分2度ぐらいしか会ったことがなく、長く話をしたこともなかった。けれど、なんとなく何度もメールでやりとりが続いていた。彼女もとても興味を持っているチベットの話も少しだけできたし、仕事のことや、旅の話もした。

 彼女にとって旅が人生のように、私にとっても旅は不可欠なもの。とても大切なもの。

 今回の旅の収穫は、いろんな人に会えたことと、そしてサーフィンが楽しいと思えたこと。いままでは、正直、あんまり楽しいと思っていなかった。なのになぜやろうとしていたのかはよくわからないけれど。パドリングが楽しくて、海にいることは楽しかったけれど、サーフィンにも喜びを感じられたのは、今回が初めて!

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2009年10月11日 (日)

Day10 From USA

Today I got SFO, but missed the fligth to NRT. Because my fligth from SAN to SFO was delayed...

So Tonight I stay at SFO, and will go back home on 13th.

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6時出発の大阪3人娘を見送った。これからレンタカーを運転して、サーフィンをしながら、パタゴニア本社のあるベンチュラまで北上していくだという。きっと楽しい旅に違いない。パタゴニア勤務の人たちは、みんなそれぞれが一生懸命になれるフィールドをもっていて、素敵な人たちばかりだけれど、3人も同様だった。

その後ゆっくりシャワーを浴びて、コーヒーを飲んで、私も出発。

私に強引に同じシャトルにさせられちゃったホさんは、隣のホテルから歩いてやって来てくれた。逗子組の皆さんも同じシャトルで空港へ。

そして、お別れ。

サンフランシスコに飛ぶのは私一人で、ゲートにあまりにも早く着いてしまい、またまたコーヒーを飲んで読書をしていた。遅延の案内が入ったけれど、それはよくあること、旅につきものと気にしていなかったのだけれど、いよいよ本格的に遅れてきた。これじゃあ、成田行きに乗れないよ、と思い、カウンターへ。出発の目途、遅延の理由、成田行きフライトの予定などを聞いたけれど、もちろん解決にはならない。

サンフランシスコ空港の豪雨により2時間半遅れて、飛び立った。ちょうど私の乗った機体がランディングしたときに、多分、成田行きは飛び立っただろう。

機内で成田行きの情報を求めたけれど、わからないと言われていたので(答えるのが面倒なのかもしれない)、降りてすぐに、ゲートナンバーと行き方を聞き、猛ダッシュをかけた。同じように走っているアメリカ人ボーイズ2人と合流し、一緒に競うように走ったが、結果はダメだった。

案内の人には、「今日はもう、日本行きはありません」と。

外に出て、ユナイテッドのカウンターで諸々交渉し、明日の便をとって、ホテルへ。 

早速サンフランシスコのRIEに電話してカズと話をしようとしたのだけれど、行き違いがあって本人と話せず。数年前彼がオレンジカウンティの住んでいたときは泊めてもらったのだけれど、サンフランシスコの家は知らない。

会えないのは残念だけれど、仕事をしろということかもしれない。ダウンタウンまでも片道1時間ぐらいかかるので、行くのもやめておこう。

明日からの激務に備えて準備をする必要があるので、日本と連絡をとった。本当は帰国翌日から雄国山へ行き取材する予定だったからだ。結局、13日午後に帰宅できるので、すぐに沼尻温泉の取材チームが泊まっているホテルに向かう約束になった。

自宅に滞在できる時間は2時間足らずなので、もう一度手持ちの荷物を吟味して、沼尻にそのまま持っていくものを特定のダッフルバッグに入れたり、必要なTシャツなどの洗濯をした(庶民的に手洗い)。

お土産の貝も水できれいに洗った。

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2009年10月10日 (土)

Day9 サインディエゴへ戻る

 出発前に1本乗ろうと昨日は早めに寝たのだれど……毎朝一緒に波乗りをしていた隣チームの女性とおしゃべりをしたり、きれいな朝やけを眺めているうちに、なんだか乗らなくてもいいかな、という気分になってきた。

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  バンで帰る私たちは8時には出発するのだ。往路一緒だった旅人サーファー(だと思う)のヒロさんは、帰路はセスナ組に移籍。陸路は楽しいのに、ちょっと残念。

 私は断然陸路派だけれど(しかもほとんどノーストレスの道なので)、波に焦がれてしまえば、やっぱり少しでも長く海にいたいのかもしれない。そんなウインド組の人たちとも今日でお別れ。

 きっちりダートを2時間走って、国道に出た。

 行きと同じタコス屋でランチ。デイブさんがご馳走してくれた。

 

 途中、ひょんなことから、しーちゃんがけがをしてしまった。結構な出血があり、痛さはかなりのはず。キャビンから私のバッグを出してもらい、ファーストエイドキットをとりだしたが、消毒液などがない。

そういえばさっき、車窓から店の看板を眺めて「ファーマシーはスペイン語ではファーマシアか」なんて心の中で思っていたことを思い出し、走って行った。すぐにホさんも来てくれた。あれだこれだと店の人に英語で話しかけ、スペイン語で答えられ、なんとか消毒液と脱脂綿を見つけたけれど、ガーゼがなかった。おまけに脱脂綿の袋はほこりをかぶっていて、おばちゃんが「ふーっ」とほこりをとばしていた……。

 バンに戻ると、しーちゃんは自分で止血をしていた。消毒したあと、絆創膏では収まりきらないので仕方なく脱脂綿を当ててテーピングで圧迫。

 かなり痛いはずなのに、明るくふるまっていて、ホント偉い……。しっかり者なのだ。

 こういう我慢強さは、さすがサーフィン上級者だけあるなあと思う。しーちゃんやサクちゃんは、本当にきれいに波に乗って、そして自由自在にパドリングして海のなかを動いていて、あんなになれたら、本当に楽しいだろうし、すごいなあといつも陸から見て思っていたのだ。

 アメリカ入国はちょっと時間がかかる。ゲート前が渋滞していて、こういうところにはありがちな風景だけれど、物売りの人たちがたくさんいた。27歳のしーちゃんが、「これじゃあ、いい大人にならないよなあ」と言ったのが印象的。その通りだよな……。

 ここの渋滞は毎日あるから、このように物売りがいるのはわかるのだけれど、もっと不思議な物売りたちもいる。

 ネパールのビラトゥナガールからインドへ通じる道を私は、何度も往復したけれど、ここでは必ず交通事故に出くわし、大渋滞して、にっちもさっちもいかなくなり、夜が更けてしまうという名所だ。そうなると危険も出てくるのだけれど、私はいつもシェルパのアヌーに助けてもらっていた。

 そして、いつどこで起きるかわからないこの交通事故に伴う渋滞だというのに、必ず物売りたちが出現するのだ。彼らはどこからやってくるのだろう?といつも思っていた。

 そして歓迎できないことに、スリも一緒にやってくるのだ。

 さて、ちょうどサンディエゴのデイズインに着いたときに、セスナ組のうちの逗子チームが到着した。荷物のデポジットなどの整理をして、解散。

 私は大阪3人娘と一緒にリトルイタリーへ。土曜日で激混みのため、前回と同じレストランへ。

 楽しく夕飯食べて、ビール飲んで、ベッドに直行。

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2009年10月 9日 (金)

Day8 好きなこと、揺らぐ気持ち

 いつも一番に起きてくる人は決まっている。スタッフの一人は、ホント暗くて寒いうちに一度起きて、コンロに湯をかけてまた自分のテントに戻っていく。そしてお湯が沸いたころに起きてきて、夕食に食べる豆の下ごしらえをしたり、朝のコーヒーを作ったりしてくれるのだ。

 メンバーで早く起きてくるのは逗子チームのマさん。いつも海を見ている。

波はどんどんサイズダウンしていて、下手をすると波が来なくなってしまうのではないかと心配になり、早くに出ることにした。ひとりで海に入るのも気持ちがよい。

しばらくすると逗子チームの面々がやってくる。彼らの本業はウインドなのだけれど、朝は朝でサーフィンやスタンドアップを楽しんでいる。

不慣れな私にいつも声をかけてくれる。心配せずに乗っていよいよとか、いまがパドルのタイミングだとか。

今日はアザラシがとっても近くにやってくる。数日前にミユちゃんが仲良くしておいてくれたから、きっと私たちにも興味を示しているのだろう。

じっと見ると向こうもじっと見るし、こちらがパドリングして波に上手に乗れると喜んでくれるみたいで、岸からまた戻ってくると待っていて近寄ってくる。

その後、みんなたくさん海に出てきた。「今日は澄子さんのところへ行くよ」と言ってくれていた友子さんもカメラをもってきた。私が横に乗っているところの証拠動画も撮ってくれたそうだ。ありがたい、これで御宿のトミーさん(サーフィンの恩人)とグランベリーのカワグチくん(修行仲間)に報告できる。

波はまったくなくなってきたけれど、沖の沖で乗っている人たちを見たくて、パドルしてお散歩。

その後、名残惜しかったけれど、海から上がって朝ご飯。

夕方は風が強かったけれど、海に出て、サーフボードからカイトやウインドのみんなを撮影してみた。けれど自分の指が入ったり、レンズに水しぶきがついたり、まったくうまくいかない。おまけにちょっと油断するとすぐに流されていて大変。パドルし続けないと同じ場所にはいられないのだ。

一応、景色に目安をつけておいて、ここまで流されたらパドリングをして戻ろうと決めていたのだけれど、岸から見ていた人たちはハラハラだったようだ。

こんなこと、日本の海でするのは許されないかもしれないけれど、今回はウインドの何人かに聞いてみたら、「いいじゃん、行ってみなよ」とか「絶対に海の上から見た方が迫力あっておもしろいよ」と言ってくれた。

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夜、ひょんなことからクライミングの話になった。

うれしかったのは、ウインドサーフィンをする人のなかにも、リアルなクライミング、開拓精神があって、創造的でチャレンジングなことをしているクライマーのことを、知っていてくれたこと。そう、その彼が無事に山から帰ってきたというメールを昨日やっと本人から受け取ることができて、私は本当にホッとしていたのだよ。

数日前、私が山に登りモノを書く仕事をしていると知った人が、「エベレストに登ったか?」と聞いてきた。次に出た山名がキリマンジャロとマッキンリーだった。どれもすばらしい山だけれど、残念ながら興味がもていない面もある。けれどそのことを説明するのは難しいし、それにそんなことには興味がなさそうだったので、何も話さなかった。

その人がどうのこうのというのではなく、社会の理解はそういうものであり、それは私たち書き手にも責任があることだと思うのだ。

けれど、長年ウインドをやりこんでいたという石さんは、クライミングのハートフルな部分、ソウルの部分について、映像や本から感じ取っていたようで、なんだか本当にうれしかった。

また、けれどやっぱり理解できない点もあるようなことも言っていた。その気持ちもわかった。

 私が、無事の報せが来たその友人クライマーのBCにレアード・ハミルトンの記事が載っている雑誌を差し入れたと話したら、石さんはとっても喜んでくれた。石さんは「レアードこそに、山野井泰史さんの話をしたかったんだよ」と言っていた。

 クライミングもサーフィンも通じるものがあるのだと思う。自然を相手にするということ、自然のコンディションに自分を合わせていくということ、ラインを描くということ。共通するものはたくさんある。

そして今度、『垂直の記憶』を読んでくれるという。

以前、岳人掲載のために、プロウインドサーファーの佐藤素子さんにインタビューしたことがあった。そのころから、ウインドサーフィンがいかにマイナースポーツであるのか、わかっていたけれど、今回、そのウインドでアマチュアのトップクラスで居続けている人たちの話を聞いて、彼女らが日々感じていることとか、迷ったり悩んだりしていることを垣間見て、なんとなく気持ちがわかるような気がした。クライミングもウインド同様、マイナースポーツだからであり、いろんなクライマーを見てきたからかもしれない。

強そうに見えても、好きなことに打ち込んでいるように見えても、いろんな気持ちの揺らぎは誰にだってあるものだと思う。でも、彼女の目はとってもきれいだった。

最後の晩、いい夜だった。

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2009年10月 8日 (木)

Day7 横にも乗れた

 昨日から今朝にかけて、何人かの人に「まっすぐにしか乗れないの?」とか「今度は横に行ってみたら?」とか言われる。横? そりゃ、サーフィンはまっすぐに乗っていくものではなく、横に乗って波の面を滑りながらターンをしたり、ロングボードの人は板の上を歩いたりして楽しむものだというのは、私も知っている。けれど、それはまだ私には無理な話で、当分「まっすぐ修行」を続けるのだと思っていた。

 何しろバハでの目標は「気持ちよく板の上に立てること」なのだから。けれど、思いのほかすぐに気持ちよく立てたので、横にいってみようか、という気になった。

 声を掛けてくれた人たちに、「どうやったら横へ行けるの?」「横に行ったらどうなるの?」と質問してみたところ、テイクオフのときから板を横にしたり、あるいはまっすぐに乗ったあと目線を動かすだけでも、最初はよいだろうなど教えてもらった。

 また横に乗った方がスピードも上がるとも。それはちょいと聞いただけではよくわからなかった。

 それで今朝の1本目。うまくテイクオフできたのだけれど、波の乗った瞬間「あっそうだ、横に行くんだった」と思いだし、体と目線を右へ向けてみたところ、板が動いた。右側には波の面も見える。あれ、横に行けるじゃん。

 あとで、声をかけてくれた人たちに、「横に行けたよ」と報告。声をかけてくれなかったら、滞在中ずっとまっすぐにしか乗っていなかったかもしれない。感謝。

 昼からずっと風が強くて、夕方は海に出なかった。でもその分、読書をたくさんしたり、昼寝をしたり、時々おしゃべりもした。

 カイトやウインドで海に出ている人たちを眺めているだけでもおもしろい。

 きれいな波の面を滑って、ターンをしたり、あてこんだりするさまは、スキーと同じ。雪山の斜面にはいろんな雪質が現れて、それに対応しながら滑っていくように、波にもいろんな波があり、いろんな面があって、それに順応させて、乗っていく。すっごいスポーツだなあ。

 山の話をした人もいる。

 目の前で知人が滑落死した経験があるという方には、返す言葉もなかった。事故のときの様子を簡単に聞いたが、私も何度も登ったルートだし、およその原因は推測できた。けれど原因は原因であり、登山におけるリスクのなかから死を完全排除することはできない。 そうなんだ、そういう世界なんだとしか言いようがない。

 1年に1回、テーマを決めて山に登っているという人。そのテーマや登山の内容を聞いて、結構なマニアックぶりにびっくり。そんな人、あんまりいませんよ。

 競技スポーツと自然のなかで行うスポーツのいろんな違いについてなど、おもしろい話もあった。

 スタッフたちや外国人のサーファーたちの話もそれぞれ。

 人生に複雑さは求めないけれど、決して一本縄ではいかないことが多いんだよな、とそれぞれの人生の事情になんにも言えないけれど、けれど思いやりたくなるような話もあったり。

 シャワーを浴びて帰ってくると、ウインド組が盛り上がっていた。なんでもものすごくよいコンディションで最高に楽しいライディングができたのだという。ビールを飲んでいるテさんの横に座り、詳しく聞いてみると、大概こういう話は、その後何倍にも膨れ上がっていくと笑っていた。パウダーをあてたときと同じ、どこも同じだな。

 ところで今日は若手スタッフのジョーイの最後の晩。彼は次のお客さんのために、明日ひとりでオレンジカウンティまでロングドライブして帰っていくのだ。

 21歳だというけれど、とってもしっかりしていて、優しくて、気配りができて、思いやりがあって、聡明で、とってもかわいらしい。ジョーイが私の年齢に驚いていたけれど、自分の未熟さを省みると、とても「あなたの倍生きている」とは言いにくかった。きっとこの先も成長して、素敵な大人の男性になるでしょう!

 写真は引き潮のときに散歩に行ったペリカン島。

 けれど、途中太もも深さの強い流れがあったので、完全踏破は断念。

 空模様や空気の肌触りは日に日に変化し、秋が深まって来ているように思う。

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2009年10月 7日 (水)

Day6 サーフィン楽しい

 昨日よりさらに早起きをしてみた。海からあがるタイミングを考えると、もう少し早いうちから海に出ていたかったから。あんまり潮が満ちすぎると、昨日のようなことが起こりかねない。

 何度か立てるようになり、もうすでに私が板の上に立った記録はサンカルロスの海での回数が一番多いだろう状態になった。これまでの御宿の海での累積数よりも多いはず。 何 よりもひとりで海に出ていく経験も初めてで、それだけで新鮮だし、いろんなことを観察できるようになった。

  大きな波が来た場合は、板をもったままひっくり返って水中で波をかわすこともできるようになった。やってみれば簡単なのだけれど、怖くてできなかったのだ。どうなっちゃうかわからないから。

 けれど、目の前でしちゃんがやったので、そっかいまか、と思ってやってみたところできた。しちゃんに感謝。

 板に立ったときに板をぐいーんと踏んでみるとちょっとおもしろい。そんな余裕も出てきた。

 朝7時半ごろには海にやってきたミユちゃん。なんと昼を過ぎてもずっとスタンドアップパドルを続けている。ミユちゃんと長年の友人である友子さんは「絶対にアザラシ」と話をしていると言っていたけれど、私もそう思った。ミユちゃんはもうすっかり岸にいる私たちのことを忘れてしまったのかもしれない。

 結局ミユちゃんは、7時間以上たってからあがってきた。早速アザラシと話したか聞いてみたところ、子どもアザラシとはたくさん話したと言っていた。両親にも話しかけたけれど、いまひとつコミュニケーションが取れなかったとも話していた。

 ミユちゃんがもう帰ろうかなあと思ったら、子どもアザラシがリーシュを噛んで「いかないで」とも言ったとか。それで海に残ったら、いいセットが来たから、帰らなくてよかったと言っていた。

 なるほど、長く海にいると、動物とも話ができるんだなあ。

 ミユちゃんは、ウィンドもカイトも、スタンドアップも、それからシーカヤックもやるウォーターウーマン。私はクライミングでもオールラウンダーを尊敬しているので、ミユちゃんもすごいなあと思う。それに、とっても楽しそう。

 午後、近くのフィッシャーマンズキャンプに住む漁師さんが貝をもってきてくれた。一緒に洗ったら、手がものすごくくさーくなった!

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 今日の夕焼けはきれいだった。

 友子さんが、「でも澄子さんはきれいな夕焼けや朝日を山でたくさん見ているでしょう」と言った。確かに数えきれないぐらい、あきるほど見てきた。けれど、何度見てもいいなあと思う。

 それに標高が違うせいか、色合いや質感が違って見える。

 星空はやっぱり標高の高い山の方が格段にきれいかな……と思ったけれど、けれどやっぱり、どれもいつどこで見てもいいものだ。

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2009年10月 6日 (火)

Day5 サーフィンできた

 朝早めに起きてみた。昨日見ていた感じでは、早いほど波がよいように思ったからだ(素人感覚ですが)。

 けれど、ひとりで出ていくのも心細いというか、本当に出ていくタイミングなのかもよくわからず、結局、海に行くっていう人が出てきてから、一緒に出かけて行った。

 本当は、どんなに波がなくても、また乗りにくい波であっても、自分の実力の範囲内だったら、いつでも海に出て行ってもいいんじゃないかなあと思う。

 一昨日到着した、もうひとつの日本人グループのリーダーさんは、メンバーたちに「ともかく海に出ろ」というようなことを言っていた。

 「悪雪」という言葉があり、滑りにく雪について、あーだこーだ言うことがあるけれど、雪にしてみればとんだ迷惑だ。悪い雪もいい雪もなく、雪は雪。それに悪雪と呼ばれる雪をとことん滑って、苦労して大汗かいたときほど、思い出に残っていたり、自分の滑りが強くなったり、するもの。

 波もきっと同じはず。

 今日は板に立つことができた。 何本か立つことができたのは、奇跡としか思えない。

 けれど、海からあがるときに失敗して、ボードをもった手の指を強く岩にたたきつけて腫れてしまい、さらには足の親指をざっくりと切り、かなり痛い思いをした。

 傷口に入っている砂を全部出した方がよいのだけれど、斜めにえぐるような傷のため、傷を開くのが痛くて、しぶってしまう。

 夕方、オンナ・サちゃんと、シちゃん、それにジョーイとヒさんがチリボールのほうへ波乗りに行くというので、友子さんとミちゃんと一緒に見にいくことにした。

 波はとてもきれい。みんなきれいに長いライディングをしていて、とても気持ちがよさそう。

 グーフィーのジョーイは時々ポジションを変えて乗って遊んでいる。

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 フィルムカメラも使って何枚も写真を撮ったけれど、望遠レンズをもっていないために、点のようにしか写らないだろうことが残念。

 夕方、さんざん遊んだ4人がパドリングして岸に戻ってきた。楽しそう。

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2009年10月 5日 (月)

Day4 ちょっとサーフィンとムール貝

 今朝は海へ。けれど、私には波が強すぎるというか、なんだかいろんなことがうまくいかなくて、結局一度もほとんど立てなかった。ちょっと足の裏を板に付けただけというか、とても立ったうちには入らない。

  海を上がるときは、セットがきていないのを見極めて上がっていかなければならず、ちょっとだけ緊張。

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 昼寝(写真はシエスタスペース?)のあと、たいして海に入れない私などに気を配ってくれたのか、友子さんがムール貝採りに誘い出してくれた。

 ソロスポーツのキャンプ場の近くには、何台もキャンピングカーが泊まっていて、ここに寝泊まりしながらサーフィン(ウィンドやカイトなどが多い)をしている人たちがいる。友子さんが言うには、最盛期には海辺にずら―っとキャンピングカーが並んだのだそうだ。いまは、1015台ぐらいか。ほとんどがアメリカ人のよう。

 いまはサンフランシスコに引っ越しちゃった(以前はサインディエゴやオレンジカウンティに住んでいた)カズも、友人のハリーと一緒に何度かバハトリップへ出かけていた。どこに行ったのかサーフィンについてはちんぷんかんぷんの私は詳しい地名は聞かなかったけれど、バハは天国のようなところだと言っていたことだけは覚えている。彼らもこんな感じだったのかな(ただし、テントだろう)。

 キャンピングカー組は5ドルを払い、ソロスポーツのトイレを使うことができ、また日中はバースペースも使っている。

 もう5カ月もここにいるっていう人もいた。

 私たちが歩いていると、その中のひとりが「ムール貝だったらあのがけの先だ」と教えてくれた。浜辺に降り立つと、あるある、あるある。探す必要はない。

 ぎっしりと岩にくっついているムール貝のかたまりのなかから、大きなものを選んで採っていった。なかなか面白い。今度は、貝採りのために軍手とマイナスドライバーをもってこよう。

 ムール貝はそれなりの量になったので、蒸したり、バターソテーしたりして、夕ご飯の前菜となった。

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 裏の丘へも遊びに行った。あっという間に登れてしまう小さな丘だけれど、ガラガラ蛇がいるかもしれないというので、それなりにドキドキする。

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 てっぺんに十字架があって、海を見下ろすことができる。

2009年10月 4日 (日)

Day3 No surfの日

 私の実力には波のサイズが大きいようで、ケビンには「待て」と言われ続けた。他の人たちからも、「最初からこんな波を見せられちゃ、ビビっちゃうよね」と言われたけれど、正直、波が大きいのかそうでないのかすらわからない。高台からみているから実際に海に入ると違うだろうと思い、波打ち際まで降りてみた。確かに大きいサイズかもしれない。それよりも波にスピードがあるように感じる。

 結局、今日は一度も海に入らなかった。

 はるかバハまで来て海を目の前にして、入れないなんて、と気の毒に思い心配してくれる人もいるけれど、それは無用。

 最初から、超初心者の私が海に入れないことはいくらだってあるだろうとわかって来ているから。

 この旅に誘ってくれた友子さんは、「キャンプの目の前の波はメローで練習にちょうどいいと思うよ。昼間に風が吹きだすとウィンドやカイトの時間になっちゃうけれどね。ビーチブレイクだし、私もここでロングを始めたんだよ」と何度も言ってくれた。

 ウィンドで世界のトップクラスにまでたどり着いた友子さんの海における実力と私では雲泥の差があるのはよくよくわかっていたけれど、何もできない日があっても、そこに何もなくても、自然さえあれば、それはちっとも苦にならない。そんななかでもいくらでもキャンプ生活を続けていくことができる自信だけはあるので(しかもここのキャンプは、ヒマラヤなどの山奥のキャンプと違ってシャワーも食事もバーもトイレもあるのだ)、私はたいして心配せずに、この旅に参加した。

 昼間の時間は、読書や物思いにふけったり、それから周囲の人たちを話をしたり。

 昼ごはんはおかゆのようなものだった。スープがとてもおいしい。

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 夕方干潮になってから、海辺をお散歩。

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2009年10月 3日 (土)

Day2 サンカルロス到着

 セスナでバハ入りするウィンドサーファーの8人組を飛行場で見送ったあと、バン組(スタッフのケビンとジョーイ、友子さん、大阪3人娘、ヒロさん、ホさんと私、それとウィスコンシンからやってきたというデイブの10人)は、2台のバンに乗り込んだ。私たちのバンは、大きなトレーラーを引いていて、ここに私たちの個人的な荷物(セスナ組分含む)とキャンプ道具が入っているのだ。

 メキシコ入りはあっけなく済む。けれど、たった1本の線を越えただけで、通貨も言葉も、そして街並みも変わるのだから、国境(こっきょう)って何だろう? と思う。その国ざかいに住む人たちはどんな思いなのだろう。

国道1号線をひたすら南下。今日は長い陸路の旅になるけれど、バンの座席は快適なので疲れ知らず。

大阪の元気印3人娘は、とめどなくボケと突っ込みが出てきて、それから替え唄や(彼女らの年齢からすると)懐メロをとどまるところを知らず歌い続けたり、本当にすごい。ひたすら感心してしまう。

友子さんはロングドライブでお疲れになるケビンの肩もみをずっとしていた。

車窓を流れる風景は、時々点々とする街に入る以外は、乾いた茶こけた色の丘が連なる土地が眺められる。急激に形作られたであろうリゾート地(その多くが工事途中だったり空家だったり)や、サボテンの畑もあった。

 サーファーのみんなは海岸線を眺めて、波が立っているかどうか大騒ぎしていたけれど、私は山を見て、登れる岩がないかチェックした(結果、砂岩ばかりでダメそうだった。ボルダーもなし)。

途中、タコスランチをはさみ、最後はダートを2時間走り、夜9時ごろにサンカルロスのキャンプ地に到着。

ウインド組は初日からたくさん乗っていたそうだ。波のサイズは頭をオーバーするほど。それは私には到底無理なので、明日は早速休養日かもしれない。

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2009年10月 2日 (金)

Day1 NRT→LAX→SAN

 午前中仕事をし、昼に実家へ。幼馴染のすし職人ハマチョのお寿司をいただいてから成田へ。

 ロサンジェルスで入国してから、サンディエゴへ飛んだ。小さな旅客機だった。

 まだ誰も旅のメンバーは到着していないというので、部屋に入り、シャワーを浴びる。歯磨きをしていたら外から日本語の声が。パタゴニアに勤める大阪3人娘たちに違いないと思い、ドアを開けると、いたいた。3人には初めてお会いするけれど、パタゴニアには普段から仕事でお世話になりっぱなしだし、共通の友人もいたりする。

 その後一緒に近くの通りを歩いてギャラリーを見学したり、ハーバーへ行ってビールを飲んだりした。

 夕ご飯どきになったころ、今回の旅に誘ってくれた友子さん が、仲間たちと一緒に到着。ロサンジェルスで待ち合わせた彼らは、レンタカーを2台借りて、ウインドサーフィンやカイトサーフィンの道具を満載してやってきたのだ。

 私は大阪3人娘たちとリトルイタリーでパスタを食べ、時差もあって眠くて眠くて仕方がないので、早めにベッドへ。同室の友子さんは明日からの旅のために、私たちのためにいろいろ準備してくれていた。

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2009年10月 1日 (木)

編集者は鼻が利く

 昼前にいつものカイロプラクティックへ。

 骨盤が結構安定してきて、両足の長さなどもそろってきたそうだ。うれしい。通い続けただけあった。肝心の膝がまだ少し安定しないので、もう少し通う必要があるようだが、通う間隔も広くなってきたし、いろんなことができるようになってきたし、ホント、今年のスキーシーズンが楽しみ!(けれど、やりたいことが色々あってスキーをするかどうかわからないけれど)

 カイロプラクティックに行くとよいことがたくさんあるのだけれど、ひとつだけ困ることはそのあとにとても眠くなること。今日は寝ている暇などないのだ。けれど眠くて眠くて仕方がなかった。 

 編集者というのは、鼻が利くのかもしれない。

 自宅の電話が鳴り、受話器を取ると、向こうの声はご無沙汰していた編集者。

 私の著作が重版になるかもしれない、という報せだ。決定ではないけれど、うれしい。これまで重版になったものは2冊しかない。そのうちの1冊は4刷りまでいったけれど、これは共に書いたJAC医療委員会の皆さんの力量だし。

 いくつか打ち合わせなければならないことがあるのだけれど、「こちらに来れますか」という問いには、「明日から当分いません。一度東京に帰ってくるけれど、すぐに東北と上越に出かけるので……」と。

 しかし今日のタイミングの電話でなければ、約束は取り付けられなかったのだから、やっぱりベテラン編集者は鼻が利く(以前も同じようなことがあった)。

 いくつかの原稿を書いて、来月受講するウィルダネス・ファーストエイドの講習会の予習資料をプリントアウトして、あっという間に夜。

 明日、サンディエゴで待ち合わせる方々からメールが届いたけれど、みんな、着々とパッキングしている様子。私はまだ何もしていない。30分で荷造りするのを目標にしよう!

 写真は奥会津・金山温泉付近の田んぼ。

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追記*

 昨日は930日。3年前の昨日、ナンパ・ラで国境を越えようとしていたチベット人亡命者たちに発砲があり(発砲はこの年に限ったことではなかったけれど)、とうとう死者が出た。

 来月、日本語訳が出版されるという『殺劫(シャーチェ)チベットの文化大革命』 を執筆したチベット人作家ウーセルさんのブログ にも、ナンパ・ラに関する記述があった(中国語はまったく読めないのだけれど)。

 そして今日は建国60周年の国慶節。天安門広場を通り抜けた軍事パレードをテレビで見たけれど、こんなめちゃくちゃな政権はそう先は長くないのではないかとも思えたし、あまりにもばかばかしくなった。これをみた、いま時のまっとうな若い中国人、いろんな教育や情報を得た若い中国人は、そろそろ胡散臭さを感じて気付き始めているのではないだろうか。そして彼らの存在こそが、当局が恐れているもの。

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