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2005年4月16日 (土)

北俣本谷

久しぶりに夜行列車に乗る。
 かつて学生時代に数え切れないほど乗った急行アルプスも、急行能登も急行津軽もいまは姿を消してしまった。
 今回乗ったのは急行アルプスの後継版とも言えるようなムーンライト信州号。すっごくすいていた。これじゃあ、廃線も免れない。
 
 早朝、信濃大町駅下車。伊那からやってきたクリにひろってもらう。
 大谷原までクルマで入り、西俣出合い付近で幕営。
 ちょっとした目的があって、北俣本谷を偵察に入った。
 西俣を分けて、いくつかの堰堤を越えていくと、だんだんと北俣本谷が見えてくる。ものすごい量のデブリだ。これらは冬の時期の雪崩のあとだろうけれど、谷のほとんどをデブリが埋め尽くしていて、歩きにくい。ものすごい大規模雪崩が、冬の間に頻繁に発生していたのだろう。今はリスクが低いといえども、気持ちのよいものでもない。

 デブリの量と規模もスゴイが、もうひとつスゴイのは、雪崩で雪渓が大きくえぐられた跡。深さ3メートル幅は30メートルぐらいにえぐれた大きな溝がうねりながら谷の中を走っている。こんなものを日本の山で見たのは初めてだ。

 だんだん気温が上昇し、雪が緩んできた。昼近くなると、枝沢でブロックが崩壊したり、落石がおき始めている。上部では中規模程度の雪崩も発生しているので、早々に退散した。これ以上偵察の意味もなかったし。

 クリとは大学山岳部のときからの付き合いで、おそらく山岳部内でいちばん多く一緒に山に登った相手のようにも思う。けれどふたりで山に行くのは本当に久しぶりだった。
 彼はしばらく山を離れていたが、この数年はまた登り始めているから、楽しみだ。部内イチ足が早くて、センスもよかったから、私はいつもおいていかれていたが、今日はなんだか私のほうが軽快だ。クリが山を休んでいる間に細々だけれど続けていたから、やっと追いつけたのかと思っていたところ、クリは歩きながらぼそりと、「ああ、運動不足だ。どうも調子が上がらない」と言った。なんだ、空喜びだったか。

 テントに戻ってお茶を飲むと、クリは早々に昼寝。私はアロマオイルタイムとヨーガもどきと水作りに励む。暇で仕方がない。一度テント近くででかい雪崩があり、サスガのクリも飛び起きたが、すぐさま昼寝に戻った。

 星が降る夜。早々にシュラフに入り込んだ。

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