2019年6月 9日 (日)

甲斐駒ヶ岳@毎日新聞

本日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、甲斐駒ヶ岳です。
よかったら、ご覧ください。

6/5-6と、梅雨入り前の最後の晴れの日に、黒戸尾根を登ってきました。久しぶりに山頂まで。
3週間前と比すると、ツツジやオウレンが終わりかけ、ミネザクラやコイワカガミが綺麗でした。
9合目近くに差しかかると、なんとなく夏山の匂いがしてきて、つぎの季節が始まる予感がしました。
色んな心持ちのときがありますが、黒戸尾根は、いつ登っても、心が鎮まります。

この連載、自分とその山の関わりあいも含めたエッセイを書いていますが、甲斐駒ヶ岳については、黒戸尾根の清々しさを書きたいと思いました。

今日も先ほど、笹子トンネルを抜けました。松本行きのあずさ。もちろんD席です。
梅雨空、ざんねんながら、甲斐駒ヶ岳の姿はありません。

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2019年6月 4日 (火)

旅に連れて行きたい本3冊@『ランドネ』

現在発売中の『ランドネ』(枻出版)に、一人旅に携えたい本を3冊紹介しました。

 

『風の瞑想ヒマラヤ』(根深誠)
書くことを生業にする意味と覚悟、書くという行為について、最初に教えてもらった根深誠さんの著作。
旅先で友人を見送るのは難しい……そんなとき、いつもこの本のあるシーンを思い出します。
雑誌には、入手しやすく旅に携帯しやすい中公文庫の書影を載せましたが、立風書房の単行本(↓)を見つけることができたら、ぜひ手に取ってみてください。故・田村義也氏の装丁が味わい深いです。

 

『日の名残り』(カズオ・イシグロ)
私にとってカズオ・イシグロの一冊目、15年以上前にチョ・オユーABCで読みました。
ラサを出るとき、親しくなった中国人の友人が、「記念になにか欲しい」と言い出し、汗まみれになった毛糸の帽子を指すので、それだけでは忍びないと思い、日本語は読まないだろうに、この本を差し出しました。
良質な小説が、旅には必要だと思います。
私がなぜ、カズオ・イシグロを好きか、書いてみました。

 

『ゴリラの森に暮らす』(山際寿一)
山際寿一・京都大学学長が40代で書いた本です。
山際さんの生き方や研究者としての姿勢に大いに感化され、それは旅へのインスピレーションにもなりました。
ご本人に失礼承知で、率直なこと、書かせてもらいました。
最近は電子書籍で持ち歩く人も増え、それは便利だけれど、最大の弱みは旅先で友人と本の交換ができないこと、旅先に本を置いてくることができないこと。ちょっと、楽しみが減ります。

 

ランドネの読者の平均年齢は34歳、男女比は4:6程度だそうですが、今回の文章、それ以外の方々にも読んでもらいたいです。
50代男性とか、10代女性とか、どなたにでも。

 

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2019年5月22日 (水)

『大人の山登り入門』-50代夫妻を山へ・澤田実ガイドと共に

去年の今日のfacebookより。
去年の今ごろ、『大人の山登り入門』というムック本を出版したときの話です。
旧知の澤田さんですが、ガイドになってから山をご一緒したのは、この時が初めて。
登った時間が、豊かなものとなり、そこには、そのガイドの人柄や生き様が表れている、触れることができる。ああこの人と登って、ほんとうによかったな、幸せだなあと思わせてくれる、そんなガイドさんってほんとうに素晴らしいなと、澤田さんと登って思いました。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

*****
全体の監修とライティングを担当しました。
ライターは複数参加していますが、主だったページは、50歳トリオ(山本晃市、森山憲一、柏澄子)が執筆。
アラフィフが山登りを始めるという内容なので、年齢的にはぴったりな。仕事の進め方も内容も三者三様なのは、言うまでもなく。
内容は多岐にわたりますが、2つのコーナーを紹介したいと思います。
ひとつ目は、「夫婦ふたりの初めてハイキングに密着!」
50代半ばのご夫婦に登場いただき、丹沢の端っこにある高取山・仏果山を縦走しました。
サーフィンと海釣りが大好きで年間100日は海に通う黒沢英喜さんと、読書に手芸とインドア派であり、山は小学校の富士山以来という黒沢英里さん。
おふたりが、山を味わっていく様子が、とても瑞々しく。
歳を重ねた方が新たなことを経験するとき、こんな風に智恵があって、だからこそ純粋なれるんだなあと、とても素敵な大人の趣味を見せてもらいました。
黒沢夫妻のコメントも載せています。
そんなお二人をガイドしてくれたのは、澤田実さん。
取材に向かうクルマのなかで、英喜さんの海の話を聞き、「ヨット、やってみたいんですよね。だって地球の70%が海でしょう」と。
帰路のクルマのなかでは、大学時代からの趣味である洞窟の話をずっとしていました。
山のなかでは、専門の鉱物や火山の話も。
澤田さんはいつも楽しそうに山に登っていて、穏やかで豊かで、今回のガイド役を澤田さんにお願いして、ほんとうによかったです。
ちなみに、20年以上前のコトでしょうか。ギター背負って小川山レイバック初登の顛末も、根掘り葉掘り聞いちゃいました。
ルートの途中で(あの比較的しっかりしたスタンスかな)歌ったのは、尾崎豊だったはず、と。
大人になってから、山登りを始めたいという方がお近くにいたら、勧めてみてください。
*facebookの写真は、私が取材中に撮ったもの。本誌は、加戸正太郎さんの写真でご紹介します。
https://www.ei-publishing.co.jp/magazin…/detail/mook-464491/

 

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2019年5月17日 (金)

会津駒ケ岳@5/13毎日新聞

5月13日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、会津駒ケ岳でした。
webでもご覧いただけます(有料)。
https://mainichi.jp/articles/20190513/ddm/014/070/019000c

 

繰り返し登りたいと思う山に出会えるというのは、「仕合せ」です。何度も通って、少しずつ見えてくるものがあり、それがしあわせです。

 

新聞は、多くの方々が読んでいるので、思いがけないところから、「読んでます」と声をかけてもらいます。
親戚や13年前に亡くなった山仲間の義父母さま、ありがたいことだな、と思います。

 

ところで、来月の会津駒ケ岳ガイドツアー、山小屋の事情などあり急きょ日程を変更しました。そのため、満員御礼から残席多に。
6/29-30 滝野登山口→会津駒ケ岳(駒の小屋素泊まり)→縦走してキリンテへ下山。残雪と新緑が山に躍動感をもたらせてくれる、美しい季節です。
ご興味のある方、ご一報を!

 

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2019年5月 4日 (土)

春菜夫妻との出会い

4年前の今日、2015年5月4日のfacebookより。
旭岳山麓に住む春菜夫妻のこと。あと1ヶ月で、春菜さんが亡くなってからちょうど1年になります。

 

*****
最初の出会いというのは、とても大切だ。
私の場合、それがヌタプカウシペの春菜夫妻だった。

 

初めて東川町を訪れ、冬の大雪山に登ったのは10年以上前のことだ。なぜ、ヌタプを訪ねたのかは忘れてしまった。モンベルの昔のカタログ表紙にあったロッジの写真が印象的だったのか、あるいは偶然だったのか。
けれどじつは、数年間は春菜夫妻とは大した話もせずに、ただ泊まらせてもらっていた。毎朝、春菜さんがクロカンコースの整備に出るけれど、それがどういうことかもわかっていなかった。

 

だんだんと話をするようになり、どうやって彼らがこの土地にやってきたか、どんな暮らしぶりであるのか、ちょこっとだけ知った。何年も経ってクロカンをやるようになって、春菜さんってすっごい人だったのだと、やっとわかった。それは、クロカンに関わる者としてもだけれど、登山や自然に関わる者としても生活者としても。
初めての出会いが春菜夫妻だったことは、私が途切れることなく旭岳に通っている大きな要因だと思う。
褪せることのない旭岳や東川町の自然の魅力を感じられるのは、知らず知らずのうちに、夫妻の目を通した旭岳を、私も見せてもらっていたからだと思う。

 

今回の東川町訪問は、『大雪山 神々が遊ぶ庭を読む』出版の集いに出席するためだった。
本著は、2/28に出版されたもので、編者は”写真文化首都「写真の町」東川町”となっている。つまるところ、東川町で作った本だ。町が一冊の本を出版しちゃうなんて、そうない話だ。
近年、いくつかの地方自治体の山岳観光や地域活性化に関わる仕事をいただき、各地を回っているが、東川町はたぐいまれなる町だと思う。
ある方が「ファンキー」と表現したけれど、言いえて妙。町政も町民も、面白いほどファンキーかもしれない。活気ある土地というのは、そこにある自然や文化の本当の価値を自覚していて、本来的長期的視野が保たれている。

 

式の席順が春菜さんの隣だったことは、嬉しかった。沢山話さなくても、訪れるたびに心に残る小さな会話を積み重ねていける。春菜さんの席を訪ねてきたある男性が「”神々の遊ぶ庭”という言葉は、彼が最初に言ったんだよ」と教えてくれた。アイヌ語のカムイミンタラは直訳すると”神の庭”。それを神々が遊ぶと表現した春菜さんは、やっぱりロマンチストだ。ちょっと離れたところから旭岳連峰を望むと、ほんとうに空からこっそりと神々が降りてきて愉しそうに遊んでいるように見えることがあるから、不思議だ。

 

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2019年4月14日 (日)

箱根・浅間山@毎日新聞「わくわく山歩き」

本日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、箱根の浅間山です。
よかったら、キオスクやコンビニへどうぞ!

 

桜のことを書きましたが、新緑も紅葉も冬枯れの季節も美しいです。鷹巣山への道すがらに、朴の木があり、つづら折りの登山道が樹木の上に差し掛かるころ、花からなんとも甘い香りが漂ってきたこともありました。山では、背の高い樹木でも上から眺めおろすタイミングがあるので、面白いですね。

 

「ザ・花見」の習慣はありませんが、自宅裏手の公園の桜は見事で、夕ご飯をタッパーに詰めて桜の木の下のテーブルで過ごすことはありました。山仲間は、会社終業後の帰宅ランで、都内の桜の名所を回ったと言っていましたが、そんなのも面白いなって思います。
今年は、友人と近所の鮨屋に行く道すがら、夜桜を仰いだのが花見でした。それで最後かなって思っていたけれど、昨晩は別の友人と、明治通りの桜並木を歩いて帰ってきました。そろそろ葉桜。こんな風に、色んなタイミングで眺めた桜は、心に残ります。
桜並木が迎えてくれる、浅間山も。

 

ところで。先日、担当者が打ち合わせにお越しくださったときに、毎日新聞のレイアウト「腹切り」について尋ねてみました。新聞記事の性質上、完全な腹切りは難しく、今では用いられていないそうです。1990年代初めに、毎日が題字を変えるとともに、腹切りのレイアウトにしたのは斬新でした。その時のなごりが、いまもあるように感じるし、各紙レイアウトに特徴があるなあと思います。

 

今月は、校閲さんとのやり取りも、興味深かったです。
「毎日新聞・校閲グループ」のfacebookは以前から読んでいるので、なんとなく顔がほころびます。

 

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2019年3月30日 (土)

『みんなの山道具』

現在発売中の『みんなの山道具』(枻出版)。
自分自身の道具部屋の紹介と、夏のテント泊縦走で使う装備紹介などについて、書きました。
装備は、「山業界の達人たちがソロ装備を」という設定ですが、単独で山を登る機会はそう多くはないので、昨夏の仙塩尾根縦走ガイドのときのものを基準にしてあります。
装備を前面に打ち出した本に対して、失礼承知で言えば、装備ばかりを強調する風潮は好みません。記事に書きましたが、「〇〇のシュラフでは寒くて眠れなかったから、◇◇にしてみようと思う」と言われると、ときどき違和感があります。装備だけで解決できることではないので。


ほかのページに掲載されている方々の道具部屋をみてびっくり。とてもキレイでオシャレでした。
私の部屋は、まったくお恥ずかしい散らかり具合ですが、20年以上前に知り合った友人の小竹将通くんが作ってくれた部屋です。
マサとどんな会話をして作ったかなども、書きました。ありがとう。

 

写真は、道具部屋の入口に飾ってある水谷章人さんの作品です。
取材では、水谷さんの脚モチをしていたというカメラマンさんが撮ってくださいました。
https://www.ei-publishing.co.jp/magazines/detail/peaks-b-482478/

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2019年3月27日 (水)

山を楽しむ女性ヒストリー@『ランドネ』

『ランドネ』は、今年で10周年を迎えるそうです。
3/23発売の5月号には、中綴じの特別企画があり、田部井淳子さんと四角友里さんについてと、雑誌編集者の座談会を書きました。
田部井さんのことは何度も書いてきたし、この先も書き続けたいと思っています。今回の短い記事の中にも、読者の皆さんが新鮮に思ってくれることがあるかもしれません。夫婦のこと、家庭のこと、山のこと、命の閉じ方までも。


座談会は、佐藤泰那さん(ランドネ編集長)と小林百合子さん木村和也さんです。
小林さんは2010年から『Hütte』(山と溪谷社)に携わったほか、カルチャー誌に女性の登山について執筆したり、女性に向けた書籍も多数作っている編集者です。
木村さんは、当時『ヤマケイJOY』編集部に在籍し、涸沢フェスティバル(2008年~)を発案し開催にこぎつけた方。現在は『山歩みち』の編集長です。
『ランドネ』の前身となった、「オンナの子のためのアウトドア・スタイル」@『フィールドライフ』を作った福瀧智子さんが、日程の都合でどうしても参加できなかったことが残念ですが、前述の3人が山ガールブームの起こりといままでのことを語ってくれています。
私自身も多少なりとも、このブームのなかで仕事をした者ではありますが、彼らがいかに深く広く色んなことを考えていたか知り、自分の無力さを思い知りました。
短い記事で、書ききれなかったことだらけですが、こんな顔ぶれがメディア上で一堂に会することはめったにないので、ぜひ読んでください!


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2019年3月18日 (月)

安達太良山@毎日新聞「わくわく山歩き」

本日の毎日新聞「わくわく山歩き」は、福島県の安達太良山です。
私が、初めて登った雪山。高校2年の1月末のことでした。
安達太良山には、幾つかの思い出があります。

 


初めて登った35年前の冬は、千葉県内の高校山岳部が集まった講習会でした。

 

このとき、たくさんの新鮮な経験をしましたが、一緒に参加した真里は、一生の大切な友人であり、安達太良山で出会った、隣の高校山岳部だった面々は、同い年ながら、何歩も先を行っていました。彼らが雪洞を掘ることに驚いたし、その後、藪漕ぎや沢登りって何ぞやとか、白神山地(いまの白神山地ではありません、35年前の原始的環境です)を教わったのも、彼らからでした。

 

大学山岳部に入ってきた、女子部員たちと登った冬もありました。

 

冬以外に初めて登ったのは数年前の秋、田部井政伸・淳子夫妻とでした。
その後、こんどは春先に登りました。2日目、雪面がフィルムクラストになったことを、とてもよく覚えています。
フィルムクラストについて思うたびに思い起こすのは、こちらの文章。紙面では詳細まで触れることができなかったので、ここにリンクを。


映像作家の関口雅樹さんの文章には、スキーを走らせると白波が押し寄せるようであったり、桜吹雪が舞うようであると書いてあり、三浦敬三さんの『黒いシュプール』についても触れています。
私が、フィルムクラストの雪を思い出すたびに、それがモノクロームの絵であることは、この文章の影響かなと思っています。

 

 

 

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2019年3月16日 (土)

フィッツロイ報告会へ

今井晋さん舟生大悟さんが、札幌で「Patagonia遠征報告」をやるというので、マイルもあったし、弾丸行ってきた。

昨年12月のFitz Roy Supercanaletaほか3本のクライミングについて、写真を交えたトーク。
脂がのっていてイケイケの33歳・大悟くんと、酸いも甘いも嚙み分けたベテラン47歳・晋さん。

 

この遠征がどうやって始まったか、それぞれから聞いていた話と、この日のふたりの話が符合し、とてもよかった。大の大人たちがこうやって自分をプッシュするから、カッコいいんだなあって思う。
ふたりのホームでの開催でもあり、会場は和気藹々としていて温かい雰囲気だった。

 

ほんとうに、 行ってよかった。

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2019年3月14日 (木)

4年前の今日-登山中の突然死について、そして登山に関するマスメディア報道について

昨日に続き、今日は4年前のfacebookより。


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2015/3/14

労山の多摩西部地区の総会にお呼ばれし、話をしました。
3年目にして果たせた約束。

テーマは、山の突然死。書籍にしたのは2008年とちょいと昔。それ以前から、同テーマで雑誌には書いていたし、その後もデータ収集はしています。
突然死は、登山中であるとどんな点でリスクが大きくなるのかということと、いくつかの事例を話しました。事例のほとんどは、書籍やバックナンバーで読んでいただけますが、取材のなかで感じたこと、考えたことなども話しました。1件の事例を取」材するには最低でも1ヶ月以上かかるので、それぞれのストーリーがあります。
古い事例ですと10年近く前の取材になりますが、その多くを私は鮮明にそして印象強く覚えてます。つまり、どこでご遺族や死亡した方の山仲間とお会いし、どんな話をしたか、その時の彼らの表情まで。

取材裏の苦労話を、読者の皆さんに知っていただく必要はありませんが、どんな取材をしたか、どういった手順を踏んだか、取材の事細かなこと、文字にできなかった取材がどれほどあり、それはどういう理由か、それらについてごくわずかでも話すことで、突然死とういのが、また山岳遭難というのがどれほど悲惨で、遺されたものにとってつらいものなのか感じてもらえたかもしれません。


先だってのヤマケイの記事(雪崩遭難の捜索救助化とビーコン)も同様ですが、一般社会に生きる我々が、登山者として、あるいは私の場合は書き手としてやるべきことは多々あります。
そういった観点から、登山に関する報道について思うこと、またそれについて私が立ち向かいたいと思っていることについても、蛇足ながら話しました。


また今日の仕事は、個人的な思いではありますが、山と仕事の先輩のことを思いながらやりました。敷島悦朗さんは、私にたくさんのことを教えてくれただけでなく、当時私が主としていた出版社が傾いたときに、私と私の仕事を守ってくれたかけがえのない先輩です。登山を文化としてスポーツとして根付かせたいと思っている私にとっては、彼を喪ったことはほんとうに血肉を削られる思いであるし(むろん個人的にも)、またもっとこれから自分が頑張らなければならないとも思っています。


話を戻します。
今日会場で、「去年は来てくれると思って、書籍読んで待っていたよ」と言って下さった方もいました。講演中にも述べましたが、こと近年の登山に関するマスメディアの報道を苦々しく思っています。だからこそ、マスではない位置にいる私たちが、もっと頑張らねばならない時です。

辛抱強く私のことを待ってくださっていた皆さん、今日はほんとうにありがとうございました。

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4年前のアバランチビーコンの記事

f acebookにある「思い出」という機能は、ときどきお節介でもあるけれど、ときどき、なにかを思い出させてくれる。

4年前、ヤマケイの4月号に、こんな記事を書いていたんだな、と。

いままで色んな記事を書いてきたけれど、自分自身でも記憶に残るもののひとつ。

雪山に入るときに携帯するアバランチビーコンという装備について、一般社会との関係性からも 、その役割を考えたもの。
つまり具体的にいうと、雪崩事故が起きたとき、公的救助隊が出動することになり得るが、それは社会のリソースを使うということであり、ビーコンを携帯する意味を一般社会との関係性という文脈において、改めて考えたいと問うたもの。

日本雪崩ネットワークに、データを提供していただき、書いた記事。時間が流れても色あせる内容ではないので、よかったら、どこかでご覧ください。

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『山と溪谷』4月号、1色のページに「雪崩事故の捜索長期化とビーコンに関して」を書きました。
今回は、アバランチビーコンという装備について、一般社会との関係性からもその役割を考える点に主軸があります。

私がいちばん強く心に残ったことはふたつ。
ひとつは、ある山岳ガイドがプローブ捜索について肉体的疲労だけでなく、どうしようもできない徒労感があると語ったこと。
もうひとつは、山岳ガイドを職業としたアルパインクライマーに聞いた話。どれだけビーコンの重要性と携帯について考え、雪崩のリスクを考え、操作の練習をしているかということ(私は最初から、今回は彼の話を書く予定はありませんでしたが、それでも貴重な時間を使って真摯に話してくれました)。

そのクライマーの彼が、「積雪安定性について判断するよりもずっと短時間で、ビーコン操作は身に着く」と言いました。自戒を込めていえば、まさにその通りです。
登り続けるためには、学び続ける、考え続ける、トレーニングし続ける、経験を積み続ける。

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2019年2月20日 (水)

毎日新聞「わくわく山歩き」-房総・烏場山

2月18日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」は、房総の烏場山について書きました。照葉樹林が広がる山で、とくにマテバシイの純林が美しいです。
以前、日経新聞に連載したときも、房総の山をひとつ入れました。里見八犬伝が残る富山。生まれ育った県の身近な山です。

同県に生まれ育った同世代に、世界的に名を残したクライマーがいます。
彼のことも数行書きました。
親しくなるのは30半ばからですが、千葉市のど真ん中にある石垣や橋脚の跡を泰史さんも登っていた話は聞いていました。私たち千葉女子高山岳部も、その隣の親しい友人達がいた千葉高山岳部も登っていましたね。
けれど、石垣をトラバースするのが私たちだったら、泰史さんはどんどん傾斜を増しながら上へ上へと登っていたというから、まったく……。
こんなのは彼の高校時代の逸話のほんのひとつだけれど。

私が烏場山に通ったのは、15年以上前のこと。明け方の御宿で波乗りをして、2ラウンド目に入らない日は、和田浦まで南下して烏場山を走っていました。トレイルランニングという言葉はいまほど馴染みはなかったかもしれないけれど。
トレイルランニング、ファストパッキング、色んな言葉が使われるけれど、安直な言葉先行はおもしろくないですね。同じようなこと、日本でも昔からやっていました。カモシカ山行とか。
海外の文化も興味深いですが、それが日本に入ってきたときに、日本の自然や風土、歴史、精神性と相まって、より豊かなものになっていけばいいな、と思います。

ところで。
このところ1週間余り、白馬・小谷・富山で過ごしていました。毎日登って滑って。早朝、朝ご飯をほおばりながら、日本海を眺めて車を走らせ、山やスキー場へ。雪の遊びを終えると、ふたたび日本海。朝の色、夜の色、春っぽい柔らかい色、冬のどんよりした色。海を眺める日々がいとおしいです。
生まれ育った房総は、親潮という寒流と暖流の黒潮が合わさるところで、海の幸が豊富です。こと外房は外洋の力強さと、広がりがある、大好きな海です。
そんな育ちをしたけれど、こうやって日本海に接する時間を多くもてるようになった、最近も、大好きです。

島国ゆえ、海が望める山は、あちこちに。そんな山を、これからも歩いたり、攀じ登ったり、滑ったり、したいですね。

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2019年1月29日 (火)

嘉門次小屋・上條久枝さんインタビュー@『ランドネ』

ただいま発売中の『ランドネ』3月号に、上高地・明神にある嘉門次小屋女将・上條久枝さんのインタビュー記事を書きました。松本市・あがたの森で、久枝さんのポートレートを撮ってくれたのは、写真家の杉村航さん です。

山に登る年数が長くなれば、通うことも度あ重なる。少なく見積もっても50往復以上はしただろう、上高地から横尾へ至る道。緊張で心が重たいときや楽しさワクワクの往路と、充溢感や悔しさ情けなさ、色んな感情の復路。いずれも早足であることが多かったけれど、10年近く前のある取材から、右岸も歩くようになった、遅まきながら。

嘉門次小屋でお見かけする、背筋がしゃんと伸び、凛とした表情のこの方が女将さんなんだろうとは思っていたが、この度初めてお話し、俳人であることも知った。自著『ウォルター・ウェストンと上條嘉門次』も、拝読。
そして、インタビュー中には、かねてから気がかりだったことも尋ねてみた。「嘉門次は、なぜ神様の目の前に猟師小屋を建てたのですか?」

下記の写真、一枚目は、夏の葉が眩しい嘉門次小屋。
二枚目は、札幌のモンベル赤レンガテラス店に並べてあったもの
を撮らせてもらった。ちょうど、層雲峡から札幌に移動してきた翌日、登ったり滑ったりが続くので、1日オフと決め、秀岳荘をはじめとした札幌市内の登山道具店を巡り、ご挨拶していたときのもの。

冬のあいだ、北海道に2週間近く滞在するのは、ときどきあること。クロカン一辺倒の年もあるけれど、今年は、アイスクライミング、クロスカントリースキー、テレマークスキーと3種類の道具を持ってきたので、天候や自然条件に
合わせて、行き先や道具を変え、山を楽しみ味わいたいと、考えている。そんな日々が、ほんの少しずつでも自分を強くしてくれることも、めざして。
久枝さんが、若かりし頃、熊本から夜行列車で上高地に通ったように。

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2019年1月27日 (日)

月イチ連載「わくわく山歩き」@毎日新聞

少し前のことになりますが、毎日新聞の月イチ連載「わくわく山歩き」が始まりました。
初回は東京奥多摩の御岳山です。

御岳山に初めて登ったのは15年ぐらい前の初冬。カモシカの笹原さんと同窓隣の部(WV)のエリさんという山の大先輩ふたりに誘われ、馬頭刈尾根から繋ぎました。地形図を広げるとよくわかるのですが、御岳山は四方八方に稜線が延びており、あちこちから縦走することもできるのです。


途中でおでん食べたりノンビリ歩いていたら、御岳山、日の出山と越えて、つるつる温泉に下山する頃には夕方に。
下の写真は、朝陽を浴びた武蔵御嶽神社の境内から東京を望んだものです。宿坊に1泊して、翌朝参拝するのは、好きなスタイル。御嶽神社の面(つら)が、朝陽に輝くさまは、なんとも言えません。

この記事が掲載された1月21日朝、ちょうど羽田空港から旭川空港へフライトしました。
それから3日間、層雲峡でアイスクライミングをするために。
去年の同じころも、層雲峡でアイスクライミングをしていましたが、そのときよりは温かく、それでも風が強い日は、マルチピッチで登っていると、滝の上部へ向かうほど、風があたり、寒さが厳しかったです。時折青空が広がるけれど、ほとんどがどんよりした空模様。
前日は、景信山で恒例の餅つきをしてたので、太平洋側に広がる冬晴れとは対照的。
日本は広いなあ、自然は豊かで多様性に富んでいるなあと思います。

そんな日本の山歩きの世界を、少しずつ紹介していきたいと思います。

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2019年1月19日 (土)

昔の絵葉書、家でじっくり

2年前の正月は、少しの事情もあって、じっくりと自宅にいる時間が長かった。

仕事柄もあり、また山登りや旅が好きなこともあり、アチコチ出かける機会が多いが、たとえ短い時間でも、自宅にいるときに、静かにじっくりと過ごしたいと思うものだ。
facebookの「思い出」機能によると、2年前の今日、部屋で手紙の整理をしていたようだ。

昔から、それこそ小学生の頃から、「晴」という文字が名前に着く人には、深い縁ができることが多い。

黒川晴介さんは、お兄ちゃんのような存在の大好きな山の仲間だった。
その、晴ちゃんのことを、ブログに書き、そしてfacebookにも書いていた。

こんな風に、静かに自宅で過ごす時間をもちたいなあ、と半分憧れのように思う。

***2年の前のfacebookより***

天国にいっちゃった晴ちゃんからのエアメールが出てきたのは先日のこと。

今日は、とんでもない絵葉書の大きな束が出てきた。みんな、ここぞとばかりにお喋りと近況報告と情報を詰め込んでくるから、文字が小さい。よくこんな小さな字を書けたね。老後に読み返して楽しもうと思っていたけれど、現時点ですでにツライ。


いちばん小さな文字は、まぎれもなくアライだよ。世界一周旅行に行くんだとか言いだして、あちこち周っていたときの便りを覚えているか。
「○○子の住所が手元にないからこの葉書を投函しておいてくれ」「来週は◇◇の誕生日だから、俺からだって言って電話しておいてくれ」「帰国日を決めたいから、ついては都合を教えてくれ。成田への迎えを頼む、一泊は泊めてくれ」など依頼事項も多い。


今年は、久しぶりに旅の空から葉書を書こうかと思った、これだけみんなからの便りを読むと。そして、大きめの文字で書くことにします。

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2019年1月10日 (木)

お供え

長年続けたツアーの仕事を辞めたためか、最近、これまでに参加してくださった方々が、代わる代わる、遊びに来てくれる。
昨晩、単身でやってきた彼女は、普段は料理をしないという。
私の仕事が長引いたこともあり、彼女が来宅してから夕ご飯を作り始めるというしまつ。さらに、急な電話が続き、台所から離れることに。
「人参、どうやって切ったらよいか、教えてください」というので、少量だけ切って見せると、電話が終わった頃には、とてもきれいな千切りが出来上がっていた。ほんとうに、普段料理をしないのだろうか? というような出来栄え。
ある先輩ガイドが、ガイドの言うことを忠実に聞けて、その通りに実行できる人はポテンシャルが高いという話をしていた。彼女のことである。
たしかに、と思い当たる節は、私にもある。こちらが言ったことを、なんの迷いもなく忠実に行動に移せる人というのは、すごい。登山中のそれに比べたら、人参の千切りなんて、簡単なのかもしれない。やったことがなくても。

急な電話が続いたのは、山岳部の後輩の訃報だった。
あれは社会人2年目のGWだったか。赤石岳から滑落したという連絡が入って、北アルプスに向けていたパッキングをやり直し、南アルプス山麓へと向かった。タイミングよくヘリが飛んでくれて、彼とは病院で面会することになる。登山口近くのヘリポートからヘリが飛び立った時のことを、よく覚えている。

ちょうどこの夏、赤石岳周辺を歩く予定を作っていたのは、偶然だったのか、なんであったのか。当時の滑落現場に行って、お参りしてこよう、と考えた。
彼女が千切りにしてくれた人参は、竹輪と一緒にきんぴらに。ふたりで沢山食べたあとになるけれど、お供え。
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2019年1月 6日 (日)

中島健郎さん@ドイター・REAL VOICE

昨年のことになりますが、ドイターアンバサダー・中島健郎さん(クライマーであり山岳カメラマン)をインタビューしました。
REAL VOICEシリーズ、タイトルは「父と登った山が原点」。

インタビュー当日、いつものように自転車に乗って、さっそうとやってきました。「健郎、どうしたの?そのアタマ。寝ぐせ?」と言ったら、そそくさと洗面所にかけこみなおしていました。失敗した……そのまま撮影に入ればよかった。
そんないつも気取らないところ、誰といつどこにいても変わらないところが、彼らしいです。

インタビューには、健郎さんの大学山岳部後輩であり、イワタニプリムス勤務の山本大貴さん(写真右)も同席してくれました。
健郎さんは、先日、アンデスに向けて旅立っていきました。三浦雄一郎さんのアコンカグア登山+スキー滑降の撮影の仕事だそうです。今回のインタビューでは、ご自身の登山、撮影などの山の仕事について語ってもらいました。
なにかを強く主張することは少なく、自己顕示欲のない方ですが、ご自身の考えは揺るがずしっかりしており、インタビューでの回答も明快でした。

このブログの写真は私が撮ったものですが、web掲載のインタビュー写真は、かねだこうじさん。ほか、健郎さんの幼いころからの写真もあります。
ぜひ、ご覧ください。

http://www.iwatani-primus.co.jp/realvoice/3.html

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2018年12月17日 (月)

平成の登山「女性の活躍」@『山と溪谷』1月号

『山と溪谷』1月号「テーマで見る平成日本登山史」に、「女性の活躍」について書きました。
たった2ページで、ほとんどのことを割愛したし、少々片寄っている点もいなめません。雑誌に名が出なくとも、面白い記録を残している女性もいますし、フリークライミングを取り上げられなかったのは、片手落ち。室井由美子さん、大岩あきこさんらが先達となり、いまでは世界的クライマーもいます。
信頼する編集者が担当だったので、粘って書かせてもらえたけれど、女性のクライマーについても山ガールブームについても、とても書ききれないので、別の機会を作りたいと考えています。

「女性の活躍」というタイトルが、男性目線だという意見をいただきました。編集部からもらったお題「女性の進出」から、私が変更したものです。言葉の使い方は難しいですが、いちばん大切なのは、書き手の視点、意識だと思います。

「女性初」「日本人女性初」というくくりに意味がないという方もいました。私も、その感覚はとてもよくわかります。
一方で、田部井さんのエベレスト女性初登頂のように、社会的意味を持つ場合もあると思います。
以前、日本山岳会の「山」の編集人になったとき、「女性初だ」と言われました。1905年から続く会の会報です。しかし、それを問題にすること自体、私自身は疑問もありました。けれど、ある女性の理事が「役職を頼まれたら、なるべく断らない。そうやって女性が出ていかないとならない」とおっしゃっていて、そうかそういう先達あっての私たちだったのだと、思いました。
つまるところ、そのようなくくりがないなかで、ものを見ることができたらよいな、と思います。だいいち、本人たちは、性差はあるけれど、女性だからって思って登っているのではないので。

今回の執筆を機に、平成を振り返る書物を数冊読みましたが、なかなか激動の時代だったのだなあと思いました。

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2018年12月 8日 (土)

田部井淳子と歩いた道@朝日新聞

今朝の朝日新聞「be」の「みちのものがたり」は、「田部井淳子と歩いた道」。担当記者の浜田奈美さんのfacebookによると、「世界的登山家が残した大きくて重い荷物を、かつてやんちゃ少年だった息子さんが必死に担いで歩く姿に、心打たれて企画した」と。
私は、そういったストーリーを新聞記者らしい観察眼、洞察力をもって取材する姿が、勉強になりました。

田部井さんのことは、この先も色んなかたが色んな側面を書いていくのだろうなあ、と思いながら。

ご一読を。

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2018年12月 7日 (金)

9月の鳳凰三山@テントむし

3ヶ月も前の、9月の3日間で縦走した鳳凰三山@テントむしについて。
今年で、7年間続けたテントむしに区切りをつけることにしたので、図らずも最後の回となった鳳凰三山も、簡単にでも、ブログに残しておこうと思う。
7年というのは、私にとってはまったく短くない。

鳳凰三山縦走は、雨の1日から始まった。
天気予報通りであり、この日は終日降られることがわかっていた。
けれど、樹林帯も多く、風雨の影響は最小限に収められるだろうし、翌日からは回復傾向だったので、出発。

なるべく濡れないように対処し、そしてテント内でなるべく乾かして、つぎの日に備えてもらおうという算段。
けれど、濡れないようにすること、濡れたものを順を追って乾かすことは、そう簡単ではない……ということを、私も参加の皆さんを見ながら、改めておもいしった。いや、それほど難しくもないと思うのだが、コツや根気がいるのか。あるいは、「乾かす」ということが、どれだけ重要か、認識することが、第一歩なのか。
いずれにしても、テント生活の技術というのは、時間をかけた積み重ねなのだと思う。
すべての衣類を取り換える人もいたが、たった2泊なのでそれもナントカなる。
けれどゆくゆく、濡れたものをテントのなかで乾かしていく技術も、身についていったらよいなと思った。

2日目は予想よりもよい天気になり、朝から晴れ。行程もゆっくりだったので、気持ちもゆったり。太陽が出るだけで、みんなが元気になった。
鳳凰小屋のテント場は激混みで、80年代の涸沢団地を彷彿させるようだった。

そして、最終日は青木鉱泉へ下山。この道が、意外にたいへん。
焦ってもらいたくなかったので、時間をかけてくだるよう、早朝発。
予定通り、10時過ぎには下山できた。

7年前の初回から参加してくれている方。最近は年に1、2度の参加だけれど、付き合いは長くなる。そんな彼も参加してくれた回であり、ゆっくり話もできた。
今年になって、ずっと来てくれている方。2度高山病で辛い思いをしたので、鳳凰三山は心配だった。けれど、ミウラベースに行き、トレーニングやアドバイスを受け、さらに自分自身も徹底した体調管理をして臨んでくれた。今回は絶好調。これには、私も驚き、ホッとしたが、何よりも本人の努力だったのだなあと思った。

今回は、主催側から定員オーバーになったという報告を受けたので、テールガイドをつけてもうよう依頼した。
所属する日本山岳ガイド協会が提示するガイドレシオは、それが適正というよりも、マックスと解釈した方がよい。
条件が悪かったり、チームの状態やガイド自身の実力を考えて、レシオ以下の配置にすることは、よくある。
それはルールを守るということ以上に、安全確保のために必要なこと。

テールに来てくれたのは若い女性だった。
フラップのついた雨具を着てきたので、気温も下がりつつある頃合いだったし、それなりの降雨量だったので選んだのかと思い尋ねると、「いえいえ、たまたまです」と、私の質問の意図を理解しながらも笑っていた。
危険個所での、ガイド同士の動き方とか、注意するポイントも、簡単な言葉の行き交いで互いの状況を理解し、動くことができる。
いつもはガイドが自分一人なので、ある程度同じベースをもち、話ができ、行動できる相手がいることは、心強い。

それともうひとつ、このときは、あるふたつのガイドツアーと一緒になった。いずれも友人がガイドを務めていたので、行動中に見えた雲の様子と天気図のことなど話ながら、情報や意見の交換もできた。
こうやって、ほかのガイドの方々と、フィールドで交流できることは、とてもありがたく勉強になる。

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2018年11月29日 (木)

「写真の記録性」@Stuben

いままで墨色だった題字がシルバーに。それって、そういう意味?
4冊目の『
Stuben』は、Photo Issue。
被写体であるスキーヤーは山木匡浩、撮り手は立本明広黒田誠廣田勇介中田寛也
ここに、「写真の記録性」という文章を添えました。

ほか、雪の世界にまつわる写真、写真に関する文章が綴られた一冊。
お手にとって、ゆっくりご覧ください。

11/30東京(小谷明×山田博之×渡辺洋一)、12/14札幌(山木匡浩×渡辺洋一)にて、刊行トークイベント開催です。

→ 東京

→ 札幌

webサイトの「Dealer」をクリックすると、取り扱い店舗のリストがあります。 

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渡邊愛理さんインタビュー@ランドネ1月号/発売中

いい出会いをいただきました。
渡邊愛理さんのインタビューを『ランドネ』1月号に掲載。

いまも昔と変わりなく、登山者としてこんな純粋で真っ当な育ち方をした若者がいるんだ!って感慨深かったです。

宮城県生まれ、栃木県在住。所属は、本田技研の職域山岳会。部署こそ違えど、かつての大先輩には渡辺斉さん、田部井政伸さんらも。
今年の春は、ヒマラヤキャンプでパンカールヒマールに登頂。

女性も男性も、これまでランドネを手にとったことがない方も、ぜひご覧ください。


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The North Face SUMMIT SERIES~K2

The North FaceのハイエンドモデルSUMMIT SERIESの今期カタログは、K2がテーマです。

カタログの後半分を、執筆しました。

K2の歴史やプロフィール、重廣恒夫さんと小松由佳さんのインタビューなど。
巻頭には、森山伸也さんが執筆した石川直樹さんへのインタビューもあります。


カタログ制作をしているさなかのこと。

山野井泰史さんとの会話のなかで、「K2は、どのラインにもストーリーがあるよね」って何気ない一言があり、ズキンときました。

探検時代から始まり、南東稜からの初登頂。その後の幾つものアルパインスタイルのトライ。
プロフィーらの北西壁、泰史さんとクルティカが臨んだけれどほぼ手つかずの南東面、クルティカが繰り返しトライした西北西壁。ロシア隊の西壁ダイレクト。
第2登から北西稜ほか、日本隊にも縁の多い山。
そして今年のトピックは、アンジェイ・バルギエルが山頂からBCまでスキー滑降。さらには、厳冬期など課題がいまもある山。

たしかにそれぞれに、ストーリーがある。それもK2ゆえんのことか。

店頭で配布しています。ぜひどうぞ。


そして、シリーズ展開に合わせて、11月20日からSUMIIT SERIESのイベントも始まり、連夜、原宿へ通いました。
二晩目は、佐藤裕介さん×鳴海玄希さん×山本大貴さんによる、セロ・キシュトワールの報告スライドショー。
当人たちから生の声で話が聴けるのは、ほんとうに嬉しく思います。
自分たちのクライミングについて、正当に評価でき言語化できることもまた、素晴らしいと思いました。
けっして派手ではないありのままの短い映像と幾枚かの写真と共に聞いた話は、ずっしりとリアリティがありました。


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2018年11月28日 (水)

1985年2月号の『山と溪谷』

仕事場の本棚から、『山と溪谷』の84年85年の号を一冊ずつ手に取りページをめくった。
84年は6号、85年は11号ある。きっかけは、沖縄在住の登山家、雨宮節さんがfacebookにコメントをくれたことにある。

84年に雨宮さんは風間深志さんらと、トライアル・バイクでエベレスト街道をいき、その様子をヤマケイや本田技研の広報誌に載せたと。掲載号がわからないからということだったので、84年から手に取ってみた。85年2月号に載っていた。
トライアル・バイクの記事も興味深かったのだが、ほかの記事も読みごたえがある。
長谷川恒男さんのナンガパルバット、岡田昇さんの厳冬の穂高のグラビアなど。
第一特集は山スキーで、三浦敬三さんの誌上指導から始まる。
編集後記のページを開くと、編集長は伊藤文博さんだった。なるほど……!
特集だけでなく、1色ページにも読み応えのある記事が並んでいるのは、この時代が豊かだったからなのか。
地域研究は丹沢。筆は、渡辺千昭さんと寺田政晴さんだ。まちがいないふたり。
つぎの週末、丹沢へ行く予定があるので、読んでみた。

いまどき入手しやすい書籍や雑誌、ネットの情報では得られないものが書かれていて、この時代の雑誌は、こんなにも丁寧な作り方をしていたのかと思う。
その丁寧な仕事が、ライターを育て、カメラマンを育て、編集者を育て、ひいては登山者を育てていたのではないかと。
日曜日に丹沢を歩くときには、ここに書かれていたことを気にしてみようと思う。

2018年11月17日 (土)

インタビュイーになって

ふだんインタビューすることばかりだけれど、ごくたまに、インタビューされることがある。

新聞記者というのは、彼方此方たくさん歩き、たくさんの人の話を聞き、ほんとうに多くのことを見てきたのだと思う。
今回の取材に関して、これまで歩いてみてきた話を聞きながら、洞察力や観察力、分析力が素晴らしいなあと思った。色んなストーリーを掘り起こし、複数の人の話を聞き、そこからなにかをあぶり出す。

しかしそれにしてもよもや、インタビュー中に涙があふれるとは思わず、インタビュアーを驚かせてしまった。こんなにも気持ちの整理がついていない、ものごとを咀嚼できていないことに、どきどき気づかされる。
ときどき、「インタビューしてもらって、考えが整理されました」「気持ちの整理がつきました」と言われることがあるけれど、あれはおそらく本当なのだろう。
インタビューされて気づくことがある。

あの日、私がインタビュアーとなって、相手の足をさすりながらインタビューした日のことを思い出したが、私からのインタビューも取材もまだまだ続く。
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2018年11月16日 (金)

『現代用語の基礎知識』「登山」

『現代用語の基礎知識』の「登山」を担当して6年目になります。

昨年に引き続き、巻頭では竹内洋岳さんにご登場いただきました。
ことし新たに掲載した用語は、「山のグレーディング」と「登山のSNS」。11/8発売ですが、Amazonでは予約を受け付けています。

巻末の約60ページを使い「ことばでたどる平成」という記事があります。1989年1月8日に幕を開けた「平成」は、消費税導入、ベルリンの壁崩壊、天安門事件など、激動の年でした。振り返ると、年号の意味するところに反して激動は続いたように思います。

そんなスピード感と激しい動きのある時代にあって、登山を言葉でどうやって追っていけるのか。竹内さんは今回も、しなやかに時代を読んでくれました。

ぜひお手にとってご覧ください。


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2018年11月11日 (日)

針の穴に糸を通す

朝の散歩で、田んぼのあぜ道で摘んだ野の花を挿したら、夜になると元気がなくなってきた。

数日前、編集者は、「ここまでくると、皆のスケジュールを合わせていくのが、針の穴に糸を通すようなんです」と、電話口で言っていた。
皆とは、編集者である彼女、クライアントの担当者、誌面デザイナー、イラストレーター、それとライターの私だ。

編集者の仕事は多様に幾つもあるが、そのなかでも重要なのが進行管理。
発売日・発行日が決まっているわけで、それから逆算して、納品日、印刷所で下版する日、校了日……とどんどんさかのぼって、ライターである私に関係するひとつ目の日である原稿の締め切り日を割り出す。
たとえ、締め切り日に原稿を入れても、その後のデザインや校正、多方面との調整をしていくと、その先が進行表通りに進むとは限らない。
あらかじめ余裕を持っているとしても、最後の最後にはやはりギリギリになってくる。

こういった流れのなかで、その都度、細かく多方面に気を配り、日程を調整しながら、それぞれの仕事が円滑に進むようマネジメントするのが、編集者だ。
ほんとうに、たいへん。
しかし、針の穴に糸を通した彼女の仕事ぶりは、鮮やかだった。
私には、入稿後も、「この日とこの日は、なるべく電話連絡が取れるようにしてもらえますか」など、指示がきめ細かい。
野の花を摘んできた日、ようやく校了。
幾つもの目で見ても、ミスというのは防げないときもあるわけで、まだまだドキドキだけれど。
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2018年11月 8日 (木)

第一印象

インタビューしようと思ったきっかけは、第一印象にあった。
大勢がいるなかで、各人がみなの前でマイクをもち、ほんの短い挨拶をしただけ。
その挨拶を聞いた以外、ほとんど話もしなかったけれど、インタビューするのだったら、彼女だって思った。

それら半年以上経った日、鮮やかな靴を履いて、やってきてくれた。

よくよく話を聞くと、数年前、私がテールガイドをした雪山登山に参加していたそうで、あの日の彼女は初対面だったわけではなかった。だから厳密にいうと、第一印象というのは、「あまり覚えていない」……ということになる。

そういう細かなことは置いておいたとして、第一印象通りの人だった。

おまけに、親近感がわく。
いまどき、山の世界でこんな風に育ってきた人って珍しいのではないかと思ったが、それがかえって近しく思う。
二回り近く若い方だから、時代が巡ってきたということだろうか。

ずっと彼女の顔を見ながらインタビューしていたが、心の揺れとか感情の表し方とか、なんだか自分を見ているかのように思えた節もあった。
同席した編集者もインタビュイーの彼女も、私と似ているのではないかと言い出した。

似ているというのは、おそれおおいことだが、第一印象とか直感というのは、信じてよいのかもしれない。

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2018年11月 7日 (水)

水辺の夕陽

ふだん、山で沈む夕陽や日の出を見ることが多い。
刻が大きく動くその瞬間が、好きだ。

ブルーモーメントは、夕焼け後や日が出る直前のわずかな時間にやってくる。空が青い光で照らされる。雲がなく澄んだ空模様のときが、綺麗だ。
グリーンフラッシュは、もっと一瞬の出来事。陽が沈んだ直後、日が出る直前に、緑色の光で空が瞬く。
シルバーモーメントというのは、日本では言わないのだろうか。
ヒマラヤでは、よく使う言葉だ。日没後か日出前、漆黒の世界になる直前、あるいは漆黒の世界から抜け出た直後、ほんの少しだけ空に白み、山々が硬質な色で浮かび上がってくる。
この瞬間が、私はいちばん好きだ。

日の入りも日の出も、太陽のある空も美しいが、太陽が照らした山肌は、ことさら美しい。

久しぶりに、水辺の夕陽を見た。
水面がとろんとした色になり、とても美しかった。
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2018年11月 3日 (土)

「トレイルランレース救護最前線」@『RUN+TRAIL』

『RUN+TRAIL』Vol.33の信越五岳トレイルランニングレースの特集のなかに、「トレイルランレース救護最前線」という記事があり、信越五岳の救護体制のトップを務める、北里大学救急救命・災害医療センター勤務の救急救命医である稲垣泰斗さんのインタビューが載っている。

トレイルランニングのレースの表舞台だけではなく、こういった運営にかかわる部分についても、丁寧な記事があるのは、とてもいいことだなあと思った。

救護体制の現状や今後の課題について触れるなかで、実際にどのような体制を作っているのか、具体的に紹介されている。
これは、他の大会を運営する方々にも参考になるだろうし、選手たちも知っていてよいことだ。

余談になるが、ちょっと前、トレイルランニングに関する短い原稿を書いた。
門外漢である上に、レースにも出たことがないため、的外れなことを書いていないか、心配になり、前出の泰斗さんに相談してみた。
仕事柄、トレイルランニングに関係する人たちはほかにも大勢知っている。選手もイベント主催者も。けれど、泰斗さんのことが最初に浮かんだ。
彼に相談したことは、その回答が帰ってきたときに、間違っていなかったと思った。
トレイルランニングについて、多角的にフラットに理解が深く、また深い愛情を持っているのだなあと感じたし、それゆえに、的確なアドバイスをくれた。

それがなければ、このような活動を健全に継続的に行なうことはできないだろうし、それがあるからこそ、いい救護体制が作れるのだと、思う。
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