2018年5月27日 (日)

下調べ

次のインタビューの下調べ中。
エベレストの探検時代やアルプスにアルピニズムが芽生えた頃の写真や映像をあらう。
そのなかで出会った、一葉の写真。ずっと前に手伝った書籍の表紙に使ったものだった。
奥付をみると、ちょうど20年前であることに、驚き。
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よん連荘の記憶

23日
同じ業界で働く数少ない同性の仲間と。
かれこれ、仕事をご一緒するようになって7.8年経つけれど、ふたりだけで会うのは初めて。テーマは「刻(とき)」。美大時代の課題がいかに面白くなかったか、その理由を聞いて、大学生の年齢でそんなことを考えているとは、なんて早熟なんだろうと、感服。

ワインバーのカウンターで、ロゼスパークリングとソーヴェニオンブラン。
サラダに、豚肩ロース、山椒と雑魚のリゾット。


24日
山に登り、ちょうど渓谷が望めるいい位置にあるベンチに座り、おにぎり食べていたら、LINE。「今日、何しているの?」、と友人から。
下山後、かいじに乗って帰京したアシで、かいじに乗って自宅に帰る前の友人と落ち合う。
オイスターバー、立ち食い寿司屋、珈琲屋のハシゴ。
生ガキは、あっさりしすぎず、濃厚過ぎない石川産がいちばん美味しかったという結論。
ヒマラヤの話を聞き、昨今のあれこれの意見を聞く。

振り返ると、40代はものすごくたくさん仕事をした。今では考えられないようなスケジュールをこなした。そのペースをずっと続けようとは思わたなかったけれど、あの猛スピードで駆け抜けた40代があってこそ、50代が始まるのかも、と年若い友人をみて思う。


25日
前職の女友だち4人と。
キーワードは「turn the page」。
かつてのこの職場は、ゼロから自分で作り上げていかなかなければならない場面が多く、ワイルドだった。同世代も多く、賑やかであり、熱い職場だった。
あるとき誰かが、「この職場は、クラスイチ勝気な女子と、学年にひとりいるすっげえ変わった男子の集まりだね」と言ったことを、ミョーによく覚えている。

ひとりが、あるリゾートへ行こうと誘う。そこはオールクルージングで、なにも考えなくてよい、脳みそをコインロッカーに預けて3.4日を過ごそうと。毎日が判断の連続で、それにものすごく疲れ果てた私たちにはちょうど良いはずだ、というのが彼女のアイディア。
その彼女は、50代になって、ものすごく楽になった。
いまがいちばん楽しい、とも。

職場のあった恵比寿の和食屋にて、ワインと煮物や焼き魚。


26日
すーちゃんと、幼馴染のハマチョの寿司屋へ。
3歳で幼稚園に入ったとき、園庭ですーちゃんは私に、「同じスミコだから、仲良くしよう」と言った。一番古い友達。
浜寿司のカウンタークィーンは私だったはずだけれど、あっという間に地元に住むすーちゃんに持っていかれた。

夏仕様の暖簾をくぐって、「はい、1日遅れ~」って誕生日ケーキを手渡そうとしたその直前に、ハマチョの誕生日を1ヶ月勘違いしてたことに気づいたw 
「俺たち、誕生日が一ヵ月違いだろ。来月だよ。いいよフライングでもらっておくから」と言われ……時期外れのケーキを手渡す。
寿司屋の大将にケーキはどうかと思ったが、酒は飲まないし、甘いものが好きなので。
「終電は気にするな、送っていくから」と言われながら……、いちばん古い友人と話をすると、自分の源のようなものを認識する。
また、来月行かねば、ホントの誕生日に。

さすがに、よん連荘となると、このあとは大人しくしようと思う。
月末の真打までは。
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2018年5月26日 (土)

ビギナーズラック

所用を済ませ、そのまま帰宅する予定だったけれど、どうせ家に帰ってもざわざわと落ち着かいないとわかっていたこの日、最寄り駅近くの喫茶店に初めて入った。

こういう昔ながらの喫茶店でたのむものといったら、ソーダフロート。

締め切りまであと数日の書評の構成をまとめようと、もういちど本に目を通す。
原稿依頼のとき、編集者から送られてきた記事見本は、同じコーナーに友人が書いた書評だった。数号前のものを選んだだけで、執筆者が友人だったことに、とくに意味はないだろうけれど、思わず読んだ。そうしたら、ちょっと驚くようないい原稿だった。

執筆を職業としているわけではない。文章を書ける人であることはよく知っているが、いつもはいうなれば、優等生のような文章だ。
それが今回は違った。力強い文章だった。

びっくりして、思わずカトマンズに住む共通の友人に記事見本のpdfファイルを送った。ちょうど彼とのあいだに、メールが行き交っていたタイミングだということもあるが、カトマンズの友人は無類の本好きで、いつも日本語の本に飢えているからだ。
それが巡り巡って書評を書いた本人の耳に入った。当の本人は「オレ、なに書いたっけ?」だった。
どんなによかったか話しながら、だんだん褒めすぎな気もしてきた。
すると、「初めて書いた書評だからかなあ」と。なるほど、ビギナーズラックか。

コチラの原稿はいくら絞ってみても、ビギナーズラックである友人の原稿を越えることが出来そうになく、うなだれた。

いわば私も若い頃に初めて書いた本を越えることができない点は、いくつもあることに、先日また、気づかされたばかりだった。

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2018年5月25日 (金)

佐々木大輔×平出和也対談、デナリ+シスパーレ ブルーレイ本日発売

デナリ(完全版)とシスパーレ(ディレクターズカット版、未公開映像あり)のブルーレイが、平出くんの誕生日でもある本日、同時発売になった。

これを記念し、佐々木大輔×平出和也ふたりの対談を、NHKのwebサイトに書きました。

大学山岳部からひたすら山を登り続けてきた平出和也さん。

近年は山岳カメラマンとして、エベレストなどのヒマラヤやヨーロッパアルプス、国内の山々を舞台に、登る人たち、その人の横顔や人生を撮影しています。

「なまら癖-X」という名前で仲間たちとワイワイあちこちに出かけ、山を登っては滑ってきた佐々木大輔さん。

20代の頃はエキストリームスキーヤーとして世界を転戦。30代になり、山岳ガイドに軸足を移し、今日にいたる。

山岳スキーヤー、ビッグマウンテンスキーヤー、エキストリームスキーヤーなどと呼ばれてきたけれど、彼の根っこにあるのは「山登り」、だと私は思っています。

そんなふたりの対談は、デナリでの撮影のあれこれ、そして平出くんにとってはそれがシスパーレへとつながっていった話、その姿にエールを送る大輔さんに、触れています。


撮影のとき、「ちょっと離れていない? 距離感がヘン。もっと近づいたら」と言ったら、以来、「この距離感はどお?」とシャッターの度に気にしていたふたりです。
その様子、手元のiPhoneで写してみました。


同じ山に対峙しながらも、バックグラウンドがまったく違い、被写体と撮影者という立ち位置でもあったふたりの「距離感」、対談記事から伝わるでしょうか。ぜひ、ご一読ください。

大輔さんと平出さんからのプレゼントキャンペーンも実施中です。


対談 
ブルーレイ購入 

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2018年5月23日 (水)

リアル世代の楽しみ方@大人の山登り入門

5/21発売『大人の山登り入門』(枻出版)、もうひとつのご紹介は「リアル世代の楽しみ方を知りたい!」と「私の山の楽しみ方」。
大人になってから登山を始めた方々に登場いただきました。


ご夫婦で登る新妻和重さんビクセンという天体望遠鏡など総合光学機器メーカー社長ですが、ご自身が御嶽山・五ノ池小屋で撮影した星空の写真が2点掲載されています。

私自身は新妻さんと一緒に、初秋の八瀬森山荘で星空を仰ぎ、秋真っただ中の入笠山で月を眺め続けた夜が、思い出深いです。


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ウィメンズ マウンテン アカデミーで仲間を得て「ヤマデミー」というグループを作った芝生かおりさんは、ヤマデミーのみんなと登場。私は講師・ガイド役5年程務めましたが、芝生さん達が初回の参加者。
記事を読んで、彼女たちの豊かな感性や知性にあらためて触れ、こちらがいただいたものの方がはるかに大きいと(これは新妻さん達含めすべて)、感謝しかありません。


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「楽しみ方」には、アドベンチャーガイズ勤務の宮川由佳さん。50歳を機にマッターホルンに登った話など。
いわば彼女は職種こそ違え、同業で働く同志のような存在ですが、つくづく惚れ惚れする登りっぷりです。

取材・ライティングは相馬由子さん。
うまく彼ら、彼女らの魅力を紹介できないので、ぜひ本誌をご覧ください。


ウィメンズ~の初回は、編集者の若菜晃子さんも講師でした。若菜さんには、「山を楽しむための書籍案内」に書いていただきました。
コチラのコーナーでは、星野秀樹さん(写真家)、渡辺佐智さん(登山ガイド)、黒田誠さん(国際山岳ガイド)、高桑信一さん(文筆家)、三好まき子さん(元古書店「みよし堂」店主)の文章も読めます。
若菜さんと三好さんにお願いしたのは私ですが、ほかの方々は、本誌編集担当の佐藤泰那さんの人選。


森山憲一さんのコラム「進化する山道具」の始まりは、「30年前と比してテント泊装備の重量は半分」。ゲラで読んだときから、同い年として思わず笑いました。

ハウツーは初級者向けですが、読み物コーナーは、多くの方々に楽しんでいただけると思います。
ぜひ、どうぞ。

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2018年5月22日 (火)

夫婦二人の初めてハイキング@『大人の山登り入門』

『大人の山登り入門』(枻出版)、昨日発売。
全体の監修とライティングを担当しました。
ライターは複数参加していますが、主だったページは、50歳トリオ(山本晃市森山憲一、柏澄子)が執筆。
アラフィフが山登りを始めるという内容なので、年齢的にはぴったりな。仕事の進め方も内容も三者三様なのは、言うまでもなく。

内容は多岐にわたりますが、2つのコーナーを紹介したいと思います。


ひとつ目は、「夫婦二人の初めてハイキングに密着!」

50代半ばのご夫婦に登場いただき、丹沢の端っこにある高取山・仏果山を縦走しました。
サーフィンと海釣りが大好きで年間100日は海に通う黒沢英喜さんと、読書に手芸とインドア派であり、山は小学校の富士山以来という黒沢英里さん。
おふたりが、山を味わっていく様子が、とても瑞々しく。
歳を重ねた方が新たなことを経験するとき、こんな風に智恵があって、だからこそ純粋なれるんだなあと、とても素敵な大人の趣味を見せてもらいました。
黒沢夫妻のコメントも載せています。


そんなお二人をガイドしてくれたのは、澤田実さん

取材に向かうクルマのなかで、英喜さんの海の話を聞き、「海、やってみたいんですよね。だって地球の70%が海でしょう」と。
帰路のクルマのなかでは、大学時代からの趣味である洞窟の話をずっとしていました。
山のなかでは、専門の鉱物や火山の話も。
澤田さんはいつも楽しそうに山に登っていて、穏やかで豊かで、今回のガイド役を澤田さんにお願いして、ほんとうによかったです。


ちなみに、20年以上前のコトでしょうか。ギター背負って小川山レイバック初登の顛末も、根掘り葉掘り聞いちゃいました。

ルートの途中で(あの比較的しっかりしたスタンスかな)歌ったのは、尾崎豊だったはず、と。


大人になってから、山登りを始めたいという方がお近くにいたら、ぜひ、お勧めください。

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2018年5月16日 (水)

短い時間のおしゃべり

シャモニーを発つとき、クルマで中央駅まで送ってくれた方がいた。
宿から中央駅に行くには、バス停まで歩き、バスに乗り、そしてまたバス停から歩かなければならない。大した距離ではないが、荷物が重くて大変だろうからと。
この先、何度も乗り換えを繰り返して、グリンデルまで行くのだし、大丈夫だと重ねたのだが、「大丈夫、大丈夫」と、あちらが大丈夫、と。
実際のところ、これにはほんとうに助けられた。

車中、短い時間だったけれど、いろんな話をした。
それぞれの近況とか。家族のこととか。
頻繁に会う間柄なわけではなく、一昨年夏に初めてお会いして以来、2度目だけれど、この間の夏も、今回も、ちょっとした時に、プライベートなことを話すようになった。
こういうのは、会った回数とか、一緒に過ごした時間の長さにだけ比例するのではない。相性とかタイミングとかだろうか。
また、プライベートなことを話さないからといって、近しく思っていないわけでもない。

互いに似たような年齢で、「若く見られるのがイヤだ」というのも、同じだった。
たんに顔の作りが幼いだけかもしれない。私の母がそうだった。
それにヨーロッパでは、ことアジア人は幼く見える。

「だからもう、諦めた」、と笑っていた。私も最近になってようやく、「お若いですね」と言われると、「ありがとうございます」とすぐに言えるようになった。若く見られることが苦痛でならなかたのは、この10年ぐらいだろうか。

大人になるには、たくさんのことを飲み込まないといけないという。幼稚に開き直るのでもなければ、成長できないと諦め、放棄するのでもないなにかで、相手の言葉を素直に受け取り、お礼を言えるようになる。

車中のお喋りも、それぞれが飲み込んできた、色んなことに触れるような、そんな心に残る時間だった。


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【味噌汁日記143】

独活、蕪の茎、蕪の葉っぱ。鰹出汁に尾白味噌。

贅沢なはなしだけれど、春の山菜、だんだん持て余してきた。
とくに独活。きんぴらも天婦羅ももういいや。
最後は、水にさらしてあく抜きしたあとに、味噌汁に入れた。
アタマの部分は小麦粉をはたいて、お魚と一緒にソテー。付け合わせに。

「永遠なんて、ないほうがいい」と言い放ったのは、親しい友人。
春の山菜にも、サヨナラ。次の季節にいこう。

そんなことを考えていた日、20代の頃からの別の友人が、facebookに息子とのやりとりについて書いていた。

幼稚園生の息子が、「ちきゅうもしんじゃうの?」と、友人である父に尋ねたそうだ。
友人は、約50億年後には、太陽が膨張して地球は呑み込まれて死滅するという学説があることを説明したと。
幼稚園生を相手に、すごいわと思い、読み進めると。
息子が好きな風船のなかにあるヘリウムにも触れながら、太陽の核融合の機序から解き始め、なぜ死滅するかという説明をしたそうだ。

翻訳家であり、臨床心理士の彼が、そんな宇宙の話を、理路整然としかもおそらく平易な言葉を使って、子どもに説明できるなんて、すごい。私には到底できそうにないけれど、子をもつ親は、そういうことにも必要迫られ、できるようになるのだろうか。

けれど、そういう説明をしたところ、息子は、死んでしまう地球に思いをはせ、涙を流して泣いたそうだ。
「これ、どないしましょ」というのが、友人のfacebookのメッセージ。

いかなる生命にも、いかなるものごとにも限りがあるということを、幼い心で理解するときがくるのだろうか、と思いながらコメントすると、幼子には、万能感のあるベタな夢も大切で素敵だと思うので、折り合いが難しい、と友人。
友人がいうところの「ベタな夢」というのはキラキラしていて、それを描けるのは、人生のなかでもきわめて限られた時間だろうし、だからこそ、親としては子どもにそういう夢も抱いてほしいと思うのだろうな、とそんなことも考えた。

「永遠なんて、ないほうがいい」、そう思えるのは大人であり、大人であっても思えなかったり。
毎日の味噌汁を作って記録するたわいもない行為のなかで、実にグダグダうだうだと、色んなことを考える。
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2018年5月10日 (木)

下調べ

インタビューに備えて、メインテーマではなく、その周りにあるものを読んでみようと、本棚をあさった。アラスカに関してもっている書籍は、これだけだった。植村直己さんが1冊もない。読んだことはあるけれど、所持していない。ちょっと偏っていただろうか。

クライミングのガイドブックは、いただいたもの。
訪れたことのない土地の概念やスケールをつかむには、こういったトポの前半にある山域概要を読むのもよい。今回の舞台になるあたりの、概念図も書いてみた。
手書きの概念図、いまでもときどきやる。数年前に初めてシャモニー谷を訪れたとき、この春いこうとしていたオートルートなど。訪れたことのないエリアの登山についてインタビューするときも、書いてみては「机上登山」をする。
アタマが悪いのか、本に載っている概念図を見ただけでなく、自分の手で書いてみて、初めて気づくことがある。

インタビュー前の下調べ。
インタビュイーに関する色んなものを読む。「色んなもの」だ。他者のブログやSNSに書かれたこと以外の、色んなもの。

けれどときどき、ふと思う。知り過ぎるのもどうなのかなあ……と。
まったく別のことになるが、ある友人が、好きで好きでたまらない人(料理家だったり写真家だったり)のことは、その人やその人の作品に会う機会がやってくるまで、なにも読まないようにしている、と話していた。どこかでその人のことを知ったのだろうから、まったく読まなかったということではないだろうが、好きになった瞬間から、読まない、ということか。
初めて直に会うときを、大切にとっておきたいというフレッシュな心情か。

そういえば私だって、映画を観る前に、前評判やプログラムや映画解説は、ほとんど読まない。
なにかをきっかけに観たいと思い、それだけの気持ちで映画館へ向かう。
そういうまっすっぐさがあった方がいいのかな。

今回の方は、これまでもインタビューを繰り返してきたので、「初めて」ということはないが、それでも、その人のなにかを、違うところから見聞きするのではなく、その人からもらえたら、「初めて」はその本人から受けるのが、それがいちばんなのかもしれない。

「相当楽しみです」と、届いたメール。こういう言葉は、嬉しく、そして軽くプレッシャーかかってくる。
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2018年5月 8日 (火)

読む、待つ。

ここ数日は、一冊分の本を、ゲラの段階で何度も読み繰り返す仕事だ。
自分の原稿を書きながら、ほかの人が書いた文章を読み込む。

以前、泊りがけで自著を校了したことがあった。
校了紙を、編集者と一緒に読み込んでいく。
ひとつのテーブルに向かい合って座り、同時にそれぞれが読み進めていく。
気づいたことがあれば、声を掛け合うのだが、読むスピードも、読み込む質も、ベテラン編集者の彼と、私ではまったく違った。
編集者がもつべき資質のひとつ、読む力に圧倒された。
 
私の場合、初稿を読んでいるときは、あれこれ彼方此方に考えが飛ぶ。
それはそれで、よいのではないかと思っている。
最初は、目を大きく見開いて、アタマも空っぽにし、相手の文章を受け入れる。
その次からは、違う作業をする段階に入っていけばよいのだから。
 
「この人は、こんな文章も書くのか」と、ちょっとした驚きとともに嬉しさがこみあげ、同世代であり、仕事仲間でもある写真家の文章を読み入った。そして、その彼の著作を、思わず本棚から取り出す。いやいや、そんなことをしていては先に進まない、とゲラに戻る。
 
今日は、連絡待ちの日。なかなか時間が流れなかったから、こんな風に、文章を読み込む仕事の日で、よかったのかもしれない。
いい知らせが続いているので、このあとも、持ち分に戻ろう。じっと読み続け、そっと嬉しさを抱え込み。
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2018年5月 6日 (日)

「山への情熱 音楽への愛」

「山への情熱 音楽への愛」は、花岡ユリ子さんが毎日のように綴っているブログのタイトル。
まさに文字通り、山への情熱を持ち続け、音楽を愛し続けているこの方と、お会いする機会があった。
花岡さんとは、ずっと前に、ある山岳ガイドさんのパーティでご挨拶した程度で、話をしたことがなかった。
 
しかし、とっても大切な接点があることも、なんとなくわかっていた。
山の仲間に音楽好きはいる。ジャンル問わず、いろんな音楽好きの友人がいる。
 音楽の仲間に、山が好きな人も、少しはいる。昔のオケの仲間が、私のキナバルツアーに参加してくれたこともあった。スキー好きもいるし、オケの夏合宿ではいつも、遠い山並みを眺めては、山の話をしたりもした。
 
けれど、花岡さんほど、山と音楽の趣味が合致する方は、そうそういらっしゃらない。
北穂高小屋のよっちゃん以来の出会いだ。
 
登山は、若い頃に始めたのを、50歳を機に再開。山岳ガイドの方々についていらっしゃるが、その出会いがまた素晴らしく、そして山岳ガイドとの付き合い方、ガイドと登る楽しみや醍醐味のようなものを教えていただいた。
 
音楽については、私がむかし在籍したアマオケは、花岡さんとも深いご縁があったのだ。
ある習志野の中学校オケがムジークフェラインザールで演奏する機会を得たときのことを、私は話でしか知らない。当時のウィーンフィルのフルート主席奏者は、トリップさんだった。トリップさんがバス停で、私たちのオケのフルート奏者の先輩の三つ編みを、ちょこんと引っ張ったことは、忘れられないストーリーとして、語り継がれていた。
 
そのとき、花岡さんはお腹に赤ちゃんがいて、ウィーン遠征には行けなかったのだという。
数年前、初めてウィーンへ行き、音楽の名所を各地観光したことや、なによりもムジークフェラインザールでウィーンフィルの演奏を聴いたこと、お仲間の方々が演奏した話は、興奮するような内容だった。
若い頃、行くことができなくても、何年もの歳月を経て、チャンスは巡ってくるのだなあと思った。
 
私が、当時のメンバーからの室内楽の誘いに、なかなか重い腰が上がらない話をすると、笑っていた。
アマチュアなんだから、もっと気を楽にして楽しめばよいのだけれど。
アマオケにいた当時は、ものすごい練習量だった。私は必死についていった記憶があった。演奏レベルを維持するには、人の何倍も練習しなければならなかった。
仲間のなかには、その後プロになった者も多い。そういった彼らと演奏するのに、気軽には向かえないのだ。
けれど、よくよく考えたら、必死に練習していたのは、私だけではないのかもしれない。自分だけが下手くそで、必死だったように思い込んでいるのかもしれない、と、花岡さんの笑顔を見て、思った。
 
「私も、ヨーロッパツアーは、聴く係よ。みんなは演奏しに行くんだけれどね」とも言って、また笑っていた。
私も、仲間の演奏を聴くのは、ものすごく好きなので、花岡さんのお気持ちもわかる。
 
ポジティブで明るくて、オープンマインド。
そんな方は、息長く、山も音楽も楽しめるのだなあ。
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旅のレッスン2

数年前の夏、パリとシャモニーで旅のレッスンをしてくれた山岳部の先輩、玄さん。
シャモニーの街の登山道具店を一通り案内してくれたのち、その隣にあるナイフ屋さんが目に入り、お店へ。
日本でもアウトドアナイフが人気のメーカーの、カトラリーが並んでいたので、「こういうの、いつか揃えられたらいいな」と言うと、玄さんは小声で、「コレもいいけれどね、スミちゃん、コッチだよ」と言って、もうひとつのメーカーのカトラリーを指した。
そして、そのメーカーがある小さな村や、創業のことなどを話してくれた。
 
玄さんは、美術館などをガイドするフランスの国家資格を有しており、その年、美術館や教会や街角や本屋さん、レストランと、あちこちに連れて行ってくれた。そして、私はほんとうにたくさんのことを教えてもらった。その話はいずれも、ヨーロッパの歴史や思想、風土に由来するものだった。
それはまるで、この先、私がヨーロッパの山を登り、街を歩き、旅をする道筋をつけてくれたようだった。
 
玄さんが教えてくれたカトラリーは、私が最初に目をつけたものよりも、お値段お高めだった。
「この価格のナイフ、6本も買えないなあ」と言うと、「1本ずつ売ってくれるんだよ。2本でもいいじゃん。あるいは、少しずつ揃えれば」と。さらには、「研いで、大切に使えば、一生ものだよ」とも教えてくれた。
 
料理に使う包丁は、よく切れた方がよい。
簡易的な研ぎ石だけれど、研いで使う。
けれど、カトラリーにそこまで気を配ったことは、なかったな。
食事を食べるのに、そのとき使うナイフもまた、よく切れた方が、切り口がよい方が美味しいに決まっている。
 
友人達に、「5月4日は、ソーヴィニオンブランの日だって」と伝えると、私と同じようにNZのワインが好きな関西の友人が、「ソーヴィニオンブランは、NZがいちばんだね」と話し始めた。富山の友人もまた、話に加わってきた。
住んでいるところがバラバラだから、集まって一緒に飲むことはできない。「自習しよう」と私は言ってみた。
 
ウチには、近所の友人が、初夏の気候にあったソーヴィニオンブランをもって遊びに来てくれた。この時期の晴れた東京は、空気がカラって乾いて気持ちい。そこで、チキンを買ってきて焼いてみた。
友人が来るときに、カトラリーナイフを使うような料理を作ることは、めったにないけれど、「そうだそうだ、玄さんが教えてくれたナイフを使ってみよう」と思い出した。
 
旅先で教えてもらう色んなことが、友人達が教えてくれる色んなことが、日常を彩ってくれた。
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2018年5月 4日 (金)

泣き虫ぶり健在、萩原智子さんゲスト山カフェ明日まで

先月28日にNHKラジオ第一で放送された「石丸謙二郎の山カフェ」は、元競泳選手であり、現在は解説などで活躍している萩原智子さんがゲストだった。
今日やっと、らじる☆らじるの「聞き逃し配信」で聴くことができた。
明朝8時までの配信のよう。
 
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故郷山梨から登った富士山の話、それから自分自身が競泳選手として転機であった迷い苦しんだだろう頃に登った山々の話、そこで巡り合った自然や人々について語っていた。
 
白馬三山の杓子岳での出会いを話すころには、涙目になったようで、そういえば、あのとき、現場でも泣いていた。
自身、かなり涙もろいと思っているけれど、自分よりも涙もろい人を初めて見たよ! と思ったものだ。
感激屋なだけではない。心がいつも開かれていて、そしてポジティブな人。それは、とっても綺麗な人なんだ。
 
智子さんがすすめている「水ケーション」が、かつて北穂高岳に登ったとき、北穂高小屋で話したことに由来していたとは! ひとつひとつの経験を大切にする聡明な方でもあると、あらためて敬愛した。
 
終始、智子さんの瑞々しさが伝わってくるような、とってもいい番組だった。
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三浦雄一郎×東秀訓@THE EARTH

昨年に続き、『THE EART』(ici石井スポーツカタログ)の巻頭記事を書かせてもらった。
今年からiciのアドバイザーに就いた三浦雄一郎さんと石井スポーツ登山学校の東秀訓さんの対談。
おふたりは以前、クラーク記念国際高等学校の校長と国語教諭だったそう。

私自身はインタビュー翌々日からシャモニーに出かけたこともあり、三浦さんの若い頃の活躍は、目の前の氷河の山を眺めながら思いをはせた。

父・敬三さんは101歳までバレブランシュを滑っていたという。実際にエギュードミディからバレブランシュ、メールドグラスを滑り終えたとき、101歳で滑ったことも、90歳のときは滑走後1日レストをいれ、翌々日にはブレバンを滑っていたというのも、ほんとうにすごいと実感した。
三浦さんの古い書籍から、チェルビニアでキロメータランセという、スキー滑降のスピードを競うレースに出た話を読み、こんな氷河でいったいどんな狂気かと思ったりもした。
自分なりに、三浦さんのとんでもない偉業を感じた。

 

数知れずインタビューを受け、沢山の関連記事のある三浦さんであるが、ひとつでも新しいことを、ひとつでも彼のこれまでの業績のなかから新鮮なことを書ければと努めた。
はたしてそんな記事になったかはわからないけれど、子供時分の冒険遊び、キロメータランセ出場前の綿密な準備、そして次世代に残したい思いなど綴りました。

 

写真は、札幌在住の写真家・佐藤雅彦さん。スキー、カヤック、古墳などの作品がある方。春浅い札幌の街で取材、撮影しました。
表紙はマッターホルン・ヘルンリ稜を正面からとらえた写真です。ici店頭にありますので、ぜひご覧ください。

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2018年5月 3日 (木)

カウンター

迷うことなく、カウンターに座る店が、3軒ある。
 
ひとつは、幼馴染が握る寿司屋。カウンターは5席ぐらいか。
そこがいっぱいになるようなタイミングでは行かないので、まちがなく座れる。
寿司を食べに行くというよりも、幼馴染が握る寿司を食べに行くのであって、だからカウンターに座らないと、話にならない。そして、もちろん美味しい。
 
友人の珈琲とクラフトビールを出すという、店もそうだ。
「なんで、珈琲とクラフトビールなの?」と尋ねると、「両方も好きだからさ」と。
 
もうひとつは、観光地でもある山の麓の村で友人夫妻が営む、珈琲専門店。
ひとりで寄ることが多いが、静かにコーヒーを味わうにも、窓の向こうの山並みをぼっと眺めるにも、友人夫妻とお喋りするにも、心が鎮まる。
時には、偶然に友人に会えたり、私のクルマが停まっているのを見つけて「今から寄るよ」とメッセージ入れてくれる友人もいたりする。
 
こちらも、なるべく混んでいるときは行かないようにするが、行楽日和であっても、休日の谷間とか、休日最終日の夕方などは静まってくる。
朝、カウンターに座った。次の行先を知っている友人は、「時間、あるでしょ。ゆっくりしていってよ」と。
友人の思いやりに甘え、コーヒーを飲みながら、次のインタビューについてじっくり考えてみた。
ほかにもお客様が数組いたし、夫婦たちは時おり話しかけてくるし、けっして静かというわけでもない。けれど、落ち着く。インタビュー当日までに、すべきこと、読みたい資料、観ておきたい映像をリストアップし、インタビューの方向性を探った。
こんな風に思考を巡らせることができる落ち着いた空気は、やっぱり店主たちが作りだしているのだろう。
 
カウンターというのは、店主との距離感も面白いが、臨席の方との距離感も独特だ。
 
先月入った、立ち飲みのカウンターでもそうだった。
ときどき通る四つ角に、品ぞろえのよい酒屋があることは知っていた。その酒屋が経営する酒場が一階と二階にある。二階は、友人と入ったことがあるが、一階の立ち飲みはいまだなく。
 
仕事を終えて、帰宅する前に、一杯飲んで、夕ご飯も済ませちゃおうと思い立ち、ひとりで入った。
読みたい文庫本があり、それを片手に、ハッピーアワーのワインとぬか漬けからスタート。
隣にやってきた年かさが少し上の男性は、ハッピーアワーのワインにモズクから始まった。
なんとなく、並びの人たちが頼むものが耳に入り、彼らの会話も耳に入り、なんとなく距離が縮まる。というよりも、縮まった気になる。
けれど、私はとくに話しかけたり、話しかけられたりもせず、文庫本を読みながら、飲んで、食べて。
横に目をやったりもしない。
でも、隣の人たちの飲みっぷりあっての、空間。
そんな客同士の距離感も
、カウンターの面白さかもしれない。
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2018年5月 1日 (火)

台割

書籍や雑誌を作るにあたって、「台割」というのがある。
「台割を決める」とか「台割を作る」というが、一冊の内容とその展開をすべて決めることであり、ここは重労働になる。
 
台割は、一冊分の全ページが表になっている。
横軸は、1ページにつき1行ずつのマス目がある。
たとえば、128ページある本であれば、128行ある(実際には表1、表2などがあるので+アルファ)。
それに対し、縦軸は左から、「折りの数」「ページ数」「タイトル(記事や章ごとの見出し)」の項目がある。
続いて、担当者の項目が幾つか。編集、執筆、デザインなど各担当者の名前がある。
その次に、スケジュールを書き込む欄がある。「レイアウト」「写真」「イラスト」」「地図」「原稿」「DTP」「色校」「校了」など、大まかなスケジュールを書き込んでいく欄だ。
エクセルなどで作られているが、はたして、エクセルがない時代、台割はどうやって作っていたんだっけ。
 
いずれにしても、一冊に関わる全員が、この台割を共有し、作業を進めていく。
編集者、ライター、デザイナー、印刷業者さんなどが、これを手元に置いて、作業をするのだ。
 
今回、主たるライターとして関わっているものが3人いる。偶然にも私たちは、同い年だった。
編集者から、ライターの顔ぶれが決まったと連絡をもらったそのあとの打ち合わせの時、彼女に、「3人、同い年なんですよ」と言うと、「ええ、ほかのおふたりも、そう言っていました」と。
しかも、3人そろって、老眼の話題を口にするのだとか。
 
まったく……なんだか、恥ずかしい。以前は、こんなこともあった。
 
あるメーカーのテスト品のフィードバックレポートを提出した際、今回のおふたりのうちのひとりと、私のレポートがほとんど同じ内容だったそうで(テスト品は複数あったのに)、「ふたり、相談でもした?」とメーカー広報担当者に言われた。相談なんて、するわけがない。
しかし、オールドスクールというのは、そういうことになるのか……と、ちょっとうなだれた。
 
台割の「原稿」の欄を、入稿した順に蛍光マーカーで塗りつぶしていく。
今日もいくつかのページを塗りつぶしたが、ちょっと先は長い。
 
山で筍が採れたから、筍御飯を作った。山椒もたくさんあったので筍御飯に載せたり、炊きあがった白米にパンパン叩いた山椒をまぶし、山椒御飯や山椒おむすびも作った。
それらがたくさん、冷凍庫にあるというのに、カレーが作りたくなった。
だいたい、仕事が立て込んでいるときこそ、こういうややこしいことを、やりたくなる。
 
友達が作った、杏子のソースとすりおろし林檎にブーケガルニを入れて煮込み、スパイスを入れてからはサッと仕上げたら、見た目よりずっと美味しく出来上がった。
 
しかし、問題は残った。筍御飯や山椒御飯を差し置いて、玄米ご飯をさらに炊いてしまったし、カレーが寸胴鍋いっぱいだ。
まるで合宿飯のよう。
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2018年4月30日 (月)

山を下りてから

春はとくに、山を下りてからが忙しい。
雪の山を滑っても、里山をハイキングしても、下山後帰宅してから、もうひと仕事ある。
スキーブーツを脱いで、春の陽光のもとでサンダルになって、ふわあと開放的になるけれど、台所での作業を考えると、あんまりゆっくりもできない、ときもある。

わらび、たけのこ、山椒、こごみ、うど、ふきのとう、ふき……大好きなこしあぶらの収穫が、全体のなかで少な目なのが、残念。それは行き先に理由があるのだけれど、豚肉に挟んでとんかつにしたとか、さっと湯がいた、ナムルにした、新じゃがに和えた、など私がやったことのないレシピを聞かされると、興味がわいてくる。こしあぶらは、てんぷらか炒めるか、炒飯の具にするかぐらいしか、レパートリーがなかった。試してみたいけれど、手元にない。

行者にんにくは、去年、優秀なクライマーから醤油漬けを大量にいただいたことがあった。
使い勝手がよく長持ちする。醤油も調味料として活用し甲斐がある。
やっぱり、これがいちばんだよな。
今年も醤油漬けに。

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2018年4月28日 (土)

手紙

旅の終わりに、グリンデルに立ち寄ったのは、13年前のひと夏下宿させてもらったネビカー夫妻と、その娘のマルガリータや孫にあたるサラ達に会うためだった。

ある日、グリンデルの目抜き通りにあるカフェで、マルガリータとサラとコーヒーを飲んでいるとき、サラが、「facebookは情報が多すぎて、やっていない。それよりも、手紙を書くようにしている。相手のことを考えながらカードを選んで、切手を選んで、ポストに投函するのも楽しい」と言った。
 
facebookのある種の鬱陶しさは、誰もが感じたことがあるのではないかと思う。
名前の通り、顔を突き合わせるような、友人にちょっと顔を見せるためのツールだったらよかったけれど、「友達」がだんだんと増えてくると、気を遣うことも増えてくる。
設定によっては、親しい限った友人にだけ向けてやれることもできるが、その「親しい友人」とやらいう設定から、誰であれ、いきなり外されたときは、やっぱり心が傷つく。
ようは、そういうところも、面倒だ。
 
サラも、弟のラファエロも、小さなときからよく手紙を書いていた。
あの夏、山から下りてきて、下宿先に帰ると、ベッドの枕元に、サラとラファエロからの手紙が置いてあった。当時はふたりともまだ、英語を話さない小さな子だったので、彼らとの会話はもっぱらドイツ語だった。短い手紙も、ドイツ語。「昨晩の美味しいご飯、ありがとう。また遊びに来るね」、そんな内容だったと思う。絵も描いてあって、ほんとうに嬉しかった。
 
週末、お世話になった友人家族がある。
彼らの新しい引っ越し先を訪ねたのだが、美味しいものをたくさん食べさせてもらい、最後には手土産もたくさんもたされて、帰ってきた。
帰宅後に、もう一度お礼の言葉を伝えようとしたとき、ハタと気づいた。
知っているのは、引っ越す前の電話番号だけ。メールアドレス、どこかにあるだろうけれど、どこだったか。facebook、知らない。住所ならば、わかる。
 
それならば、家にあるカードから、彼らに向けたいものを探し出し、切手を貼って、投函。
さて、次は、サラが夫と暮らしているという新しい家に、手紙を書こう。
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2018年4月26日 (木)

写真機

ある晩、グリンデルにいる日本人達が集まった。
私が、13年ぶりにグリンデルヴァルドを訪ねたということで、長年グリンデルに住む上西さんが、色んな方々に声をかけてくれた。かつてご一緒した方もいれば、初対面の方も。
 
13年前のひと夏、私が暮らしたのは、グリンデルのひとつ下の村のグルンドだった。
ひと夏滞在したけれど、毎日山に登るか、山を歩くか、それ以外の日は下宿先のお父さんのチーズ小屋へ通っていたし、私が生涯唯一、「主婦業」らしきことをしていたときでもあり、めったにグリンデルの街にあがっていくことはなかった。
街へ行くとしたら、当時モンベルの店長をしていた由美を訪ねるか、コープに買い物に行くときだけ。日々の買い物はグルンドの小さなスーパーで充分だった。
だから、グリンデル住む日本人の方々とは、ほとんど交流がなかった。
 
それであっても、「たまにはグリンデルに遊びにおいでよ」「いつでも帰っておいでよ」と言ってくれる方々が、集まってくれた。
そのうえ、グリンデルに取材に来ているというスキー雑誌の編集者や写真家もご一緒できた。
 
「どんなカメラを使っているの?」と聞かれ、2台見せたけれど、そのうちのひとつは、ちっとも面白いと思えず、好きになれず、けれど山を歩きながらも、どんな天候でも手軽に撮れるから使い続けていた。
以前もそんな話を、ある写真家さんにしたところ、「これは、いいカメラですよ」と言うものだから、そんなに魅力があるのかなあ、と思い探りながら、また使い続けた。
 
「面白いと思えないカメラは、面白くないよね」と、グリンデルの写真家さん。
そのうえ手にとって、のぞき込むと、「随分、レンズがやられているんじゃない」と。
日本からやってきた、もうひとりの写真家さんが手にとり、のぞき込んでくれた。
そして、無言でパンツのポケットから布を出し、レンズを丁寧に拭いてくれた。
「これで、随分よくなったと思いますよ」と。
 
あんまりに恥ずかしかった。
取材後、夜半、コチラの飲み会に顔を出してくれ、カメラを持ってきた様子もないのに、ポケットにはレンズを拭く布切れが。
一方でハンカチの1枚もポケットに入っていない私。
 
もう少し使ってみるかなあと、その面白くなれないカメラで何枚か、テーブルの上のグラスを撮ってみた。
それでもあんまり好きになれずにいたら、こんなカメラはどお、と幾つか教えてくれた。
楽しいと思えるカメラで、やっぱり撮ってみたい。
一眼レフについているレンズが、大好きなように。
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山岳ガイドさんとご一緒して

いま作っている本のなかに、山岳ガイドに登場いただくページがある。
行き先は、里山。里山だけれど、登攀もなにもかもガイドできるライセンスをお持ちの方にお願いした。

登山ガイド、山岳ガイド、国際山岳ガイドなどのカテゴリがあるけれど、それとは関係なく、この本を作るにあたって信頼できる方を考えたときに、最初に浮かんだのが彼だった。
そのことを編集者に話すと、私がフランスにいる間に、彼女は初対面の彼に交渉し、打ち合わせをし、取材の日まで取り決めておいてくれた。
 
ワンボックスに乗って、ロケ先の里山に向かうなか、ガイドの彼が面白いことを言った。
「ヨットって、やってみたいんですよね。だって、海を知らないと、70%のところへ行けないってしょう」と。地球上の70%が海、そう考えると、山で遊んでいる私たちは、ほんのちっぽけな範囲しか知らないのかもしれない。
そんな面白さが、彼にある。なんだか、嬉しかった。
 
自由で寛容で、それでいて厳格に真っ向に山から取り組んできた彼の人生が、小さな1日に表れている、というと大げさかもしれない。けれど、そんな彼の人柄がにじみ出るガイディングだった。

ガイドというのは、結局はそういうことなのかもしれない。
顧客の安全を確保する、そんなことは当たり前であって、登った時間が、豊かなものとなり、そこには、そのガイドの人柄や生き様が表れている。

いまにも雨が零れ落ちそうな空だったけれど、山頂に着いたころには、薄日が差し、春の花々を楽しんだ、いい日だった
 
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2018年4月23日 (月)

馬のバルーンと曇り空

旅先に届く訃報は、ことさら悲しい。
お別れにもいけない。葬儀に参列できないことと、故人との思い出や繋がりは無関係かもしれない。しかしお別れできないと、ほんとうに死が実感できないときもある。
ある友人があるとき、「ねえさんは、ちゃんと死に顔拝んできな」と私に言ったことがあったが、それはそういう意味だったんだなあと思う。

悲しみは、それを理解してくれる相手がいたり、甘えられる相手がいるときに、わいてくるときもあるけれど、ひとりにならないと実感できないときもある。
だから、旅の空で受け取った訃報は、ずっと宙ぶらりんのままであり、何日も経って、シャモニー中央駅でひとりになったときに、やっとこみあげてきた。
 
そんなとき、お母さんに手を引かれた小さな女の子が、もう一方の手に馬のバルーンの紐を硬く握りしめて、待合室にやってきた。大人っぽい顔立ちで、しっかりとした目線の子だった。
「可愛いバルーンだね、写真を撮らせて」というと、うなづいた。幼子が母国語のフランス語ではなく英語を解したのかわからないけれど。
バルーンをみて、この馬に乗っていけば、亡くなった彼女に会いに行けるのかなあと思った。
そしてその馬は、国境の駅まで、私と同じ電車に乗ってきてくれた。
 
そんな彼女から託されていた山行が、来月にある。
今日は下見に行ってきた。晴れてくれるかなあと思っていたけれど、いまにも雨粒が零れ落ちてきそうな曇り空。それでいて、最後まで降られることはなかった。
本番では、ちゃんと晴れてください。
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2018年4月21日 (土)

お礼参り

帰国早々、友人と向かったのは、長野と富山へお礼参り。
この冬にお世話になった、あちこちのご夫婦たちのところへ。
ホタルイカのタイミングは関係ないw、それよりも会いたい人たち、お礼言いたい人たちのところへ。


ある一点ではなく、それよりも線となって繋がっていき、お付き合いいただけることに、ただただ感謝。

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2018年4月19日 (木)

ギアの開発

春から秋にかけての仕事の打ち合わせで、あるギアの輸入代理店へ。
仕事のお付き合いは長く、駆け出しの頃から、ことあるごとに。
 
約8年前に発想があったというギアについて、当時のベースとなったモデルを拝見し、それから海外にあるメーカー本社とのやり取りのメールや、当時の資料をみせてもらってきた。
 
ベースとなったモデルは、クライマーが1シーズン使ったもので、その使い込み方に、人となりが現れているような気すらしてくる。
それにしても、本社とのやり取りが頻繁で丁寧。
こんな風に、クライマーの考えをフィードバックし、形にしてくれるメーカーがあるのかと、驚いた。
日本の担当者もイラストを描いたり、言葉で表現したり、あれこれ工夫を重ねながら、改良してほしい点を示したり、また使うクライマーの生い立ちやどんな志向にあるのかを、伝えている。
 
人が使うものだから、人があってこそ。
 
帰路、この会社に来たら、いつも立ち寄る文房具屋さんへ。
「おもちゃも作ったんで、遊んでいってやってくださいね」と言われ、このネコのInstagramができたことも、教えてもらった。
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編集者のアタマのなか

シャモニーからグリンデルへと移動する電車のなかで。
編集者と、LINEでやり取り。

不思議なもので、陸続きの隣国だというのに、国境を越えると、色んなことが変わる。
地形も徐々に変わってきて、牧草地の上に氷河で削られた雪と岩の山々がそびえるようになってくる。
スイスは、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語となるので、車内の表示やアナウンスは、地域によって違う。けれどこれもものの見事、ドイツ語圏に入ると、ドイツ語になった。スイス・ドイツ語は、いわゆる「Hochdeutsch」とはかなりかけ離れているので、使うには苦労するけれど、それでもまったくわからないフランス語圏を抜け出すと、ホッとする。
むろん、鉄道職員も変わるし、ユーロからスイスフランになる。
 
そんな風に耳や目をあちこちに傾けながら、仕事。
 
編集者のアタマのなかというのは、面白い。
こちら書き手は、アイディアや考えをポンポン投げるのだけれど、それをどうやって誌面に落とし込むか、整理して具体化し、目に見えるようにしてくれる。いわゆるラフを引き、示してくれるのだ。
書き手でも、ラフは書くけれど、やっぱりこのあたりは編集者が本業とするところ。
任せておいた方がよいことが多い、と思う。
 
ところで、もう一題、電車の話題に戻ると。
合計5回の乗り換えを繰り返して、グリンデルにたどり着くのだが、そのすべての時に、周囲の人たちが、荷物の持ち運びを手伝ってくれた。
たしかに重たいけれど、自力で動かさなければならず、それができないわけではない。荷物が重たい分、乗り換えに多めに時間を用意したりもしていた。
けれど、背の低いアジア人が、明らかに重たそうに荷物を引いていると、手伝ってくれる。そのなかには男性も女性もいたし、いろんな人種の人たちがいた。
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2018年4月13日 (金)

「女性の登山指導者にまつわること」@『登山研修』

『登山研修』(国立登山研修所)の「創立50周年特集」に、「女性の登山指導者にまつわること」を書きました。
いただいたお題は「女性登山指導者の養成に関しての展望」。力不足ゆえとても書けず、上記内容に変更しました。展望については、長年研修所の講師を務めていらっしゃる高野由美子さんがお書きになっています。

周囲の女性の登山ガイド、クライミングインストラクター、クライマー、オーシャンアスリート、そして男性のガイドの方々にも助言いただきましたが、結局のところ、当たり前のことを回りくどくしか書けませんでした。

 

原稿に書いた大学山岳部に入部したときの主将は、斉藤尚之さんという方ですが、私は尚之さんのようなフラットな先輩に出会え、とても恵まれています。

女性の登山者、指導者にとって、同性の仲間や先輩ももちろん大切ですが、同時にフラットな視線でいてくれる男性の存在は、とても心強いと思います。

そして、性別問わず、人間がつねにフラットな視線でいられるということは、じつは結構難しいことなのではないかと、最近思います。

フラットな視線はガイドにも指導者にも重要なことですが、それを保つには努力が要ります。

 また、医学的、運動生理学的面については、今後さらなる専門性が求められると思います。

文中でフランスの女性ガイドの事情について簡単に触れていますが、この春、シャモニーからグリンデルへと旅した途次、お会いした女性の山岳ガイドさんから、最近のオーストリアの女性ガイドの事情をお聞きする機会があり、とても興味深かったです。

ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

 

冊子は、今後、研修所のwebサイトで読めるようになりますがまだもう少し先。

今回は……文中に書いた、オーシャンアスリート、岡崎友子さんの印象的なインタビュー「海で生きるために、私が選択してきたこと」をご紹介します。→コチラ

友子さんとのお付き合いは長くなりますが、このインタビューのある一節を読んで、今回のテーマに大きなインスピレーションをいただきました。 

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2018年3月26日 (月)

走りながら考える~ヒマラヤキャンプ壮行会へ

ホワイトデーというのは、日本だけの習慣だろうか?
バレンタインになにもプレゼントした覚えのない友人から、「今日はホワイトデーでしょ」ともらった、その中味が奈良漬だったのには、笑った。
保冷袋に入っていたから、生チョコかなナマキャラメルかなと楽しみにしながら、帰宅後、袋を開けたら、粕にまみれたモノが……。
その手作りの奈良漬をくれたのには、彼なりの優しい理由があったことには、あとで気づくわけで、「じーちゃん、ばーちゃん、茶飲み友達かっ」と突っ込んでしまった。

そんな日に(奈良漬の話とはまったく関係ないのだが)、花谷泰広さんが主宰するヒマラヤキャンプの壮行会があった。
今回で3回目。回を重ねるごとに、いい方向へと、彼が目指した方向へと向かうようになってきたなあと、実感した。
とくに今回は、大きく舵をきった。

「走りながら考える」。
私が参加し、何本かの記事を書いたキャンプの1回目は、まさにそんな感じだったと思う。
最後に書いた『ウィルダネス』(エイ出版)の「孤軍奮闘、未来をみつめ「ヒマラヤキャンプ」を作る人 花谷泰広」は、ほんとうに好き勝手に書かせてもらった。
早々に本人から「原稿は見せてくれなくていいよ。掲載を楽しみにしている」とプレッシャーをかけられた。原稿確認不要の意図は計りかねたけれど、まさに、好きに書かせてもらった。
のちに記事を読んだ本人は、「愛情のある応援だと思っている」と、言ってはいたが。

初回から3年が経ち、走りながら考え進んでいくということは、いいことなんだって思う。
何事もそうであるが、すべてを整えてから始めるのでは、いつまでたっても始まらない。まずはやってみる。それは短絡的な行為というのではなく、そのとき出来うるベストを尽くしながら、考えていく。

3回目は、来月上旬カトマンズ集合。

*初回の様子を、当時、甲府にある登山道具店「エルク」で写真展をしました。その時の様子が、この写真展を支え、多大なるサポートをしてくださった方のブログに載っています。→コチラ

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2018年3月24日 (土)

山岳遭難エマージェンシーBOOK 座談会「登山のカナメ、考えるチカラ

『山岳遭難エマージェンシーBOOK』(枻出版)
③座談会「登山のカナメ、考えるチカラ」

このタイトルで座談会するのも3回目。メンバーは毎回少しずつ変わっています。
今回は、黒田誠さん(国際山岳ガイド、写真家)、中村富士美さん(国際山岳看護師、WMAJ医療アドバイザー、山岳遭難行方不明者捜索をサポートする民間団体代表)、羽根田治さん(ライター)、柏澄子(司会)。

皆さんの発言は、ぜひ本文を読んでいただきたいのですが、キャッチに掲載した言葉を、ご紹介します。
「どんな事故にも教訓があり、そこには人の心の問題も深く関わる」(羽根田)
「失敗に寛容な社会でありたい。山は自由でなければおもしろくない」(黒田)
「登山者として自立すること、自分で考え判断できるのが大切」(中村)
「死んではすべてが終わってしまうが、そうではない失敗はしてもよい」(柏)
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山岳遭難エマージェンシーBOOK 山好き女子のあれこれお悩み相談室

『山岳遭難エマージェンシーBOOK』(枻出版)
②山好女子のあれこれお悩み相談室

「女性特有」と言われている悩みについて。けれど、じつはどれも男性も基本的には同じコトだと思います。
また、生理など女性特有の悩みについても、男性の山仲間にも知ってもらえれば、もっと相互理解が深まりそうです。

数年前、長期でヒマラヤ登山に行く前に、婦人科系の病気にかかり、症状がひどくなったことがありました。高所で登山をするには影響も大きかったため、病気の進行具合や症状、困っていることなど、チームのリーダーと幸運にもチーム内にいた婦人科ドクターに、病院の帰りにすぐに電話して相談したことが、ありました。ドクターはセカンドオピニオン含め色んなアドバイスをくれたし、リーダーの彼も、国内の準備山行の時から、私の体調に、さらに気を配ってくれました。
そんな風に、女性側も男性に理解してもらえるよう努めるのも大切だと思います。

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山岳遭難エマージェンシーBOOK. エマージェンシーキット

今回で3冊目になる『山岳遭難エマージェンシーBOOK』(枻出版)、3本の記事を書きました。
①達人たちのキット拝見
ファーストエイド、エマージェンシーキットの中味をお見せしますコーナー。日帰りハイキングを想定しました。
何を、どれだけ持っていくかは、行先、日数、季節、スタイル、そして登山者それぞれによって異なりますが、なぜそれをその量持っていくのか、考えて決めることが重要なんだと、あらためて思いました。

ファーストエイドキットを入れる赤いバッグ(ファーストエイドバッグ S)は、モンベルがこの春発売するもの。サンプルで使わせてもらいましたが、このようにトレイ型に開けるものは、処置の最中に道具をトレイの上に並べて置けるので、土などで汚れにくく便利でした。
少々大掛かりなので、ガイド登山を中心に使う予定です。
明日からの長期個人ツアースキーには、もっと簡易的なバッグに入れて、小型化+軽量化を図る予定。

ほかに、同業のホーボージュンさん、高橋庄太郎さん、森山伸也さんのキットが紹介されています。

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2018年3月22日 (木)

積み重ね

先週、あるクライマー達に声をかけてもらって、美味しいお昼ご飯を食べながら、彼らが撮影した映像をみせてもらった。
彼らが去年登った山が、無事成功して帰ってこられたというお祝いもかねた小さな集まり。
本人たちと、その家族と、ゆかりある人達が数人。久しぶりにお会いできた方々もいて、いい時間だった。
 
「柏さんも、最後に一言ください」と言われた。
なにも考えていなかったけれど、咄嗟に出たのは、、「(彼らが)これまでにどれだけ登ってきたのか、登りこんできたのか、想像した」という言葉だった。
氷雪と岩のミックス壁にラインを引き、切り拓いていく様子や、アンカーを構築する様、色んな判断をする瞬間、フォローする側も力強く、標高を上げてもしぶとく登っていく様。そんなシーンを、色んな映像素材から見せてもらって、ふたりは、ここにいたるまで長年、どれだけ登りこんできたのか、考えた。
 
メディアに出るのは、成功したときだけ。
それは極々一部であり、点のような、ほんの一瞬のことでしかない。
綿々と登り続けていることこそが、彼らの力であり、素晴らしい。
そして、そういう綿々とした時間のなかにこそ、喜びや充溢感があることを、私も登山者のひとりとして知っている。
 
さらには、そういう姿を年月重ねながら見せてもらえることが、ライターとしても、また友人としても、心から感謝した日だった。
彼らがクライミングを積み重ねるように、私も彼らを書くことを積み重ねられたら、それはとても嬉しい。

 
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MJサロン~田部井政伸さんを迎えて

3月11日、第11回MJサロン~田部井政伸さんをお迎えしました。

 

谷川岳やヨーロッパでの登攀、50ccバイクでロス→NY、バハ1000の話など。人生の極意について、最後にさらっとお話されていました。

 

事前に古い岩雪と岳人を探したけれど、政伸さん達の記録が見つけられなかったところ、「俺、ほとんど記録書かなかったから」と。
けれどもちろん、幽ノ沢中央壁左方ルンゼ初登攀については、登山体系に載っていました。これを読んで、さぞ気持ちよかったのだろうなあって想像したところ、この初登攀について、ある登山家とまったく同じことを、政伸さんは語っていました。

 

私がいつもワクワクしながら聞く政伸さんの話を、皆さんにお伝えできたのか、とても心配だけれど、参加の方々から昨日の感想をいただき、その心配はおこがましかったって思いました。皆さんそれぞれが、政伸さんの生き方の色んなところを感じ取ってくださった様子。ありがとうございました。

 

後日、MJリンクブログに参加者からのレポートを掲載します。
写真は、レショ氷河からグランドジョラス北壁へ。撮影が政伸さん、後姿はパートナーの方。

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    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

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