2017年6月21日 (水)

さりげない味

ちょっと前のこと。
野外救急法の更新講習を受けるにあたって、会場が小谷の施設であることに、小躍りした。
6年前、ここで受講したとき食べた、サオちゃんのお料理が、これで毎日食べられるからだ。
彼女は、この施設の厨房を預かっていて、ここで行なわれる色んな講習の際、朝昼晩の食事を作ってくれる。ものすごく美味しかった、という記憶しかなかったけれど、ともかく6年前、誰もが口を揃えて、美味しい、美味しいと毎回食べたのだから、まちがいない。
そしてその後も、私達は、「サオちゃんのお料理、ほかでは食べられないのかなあ」とか「サオのご飯が恋しい」とか話したものだ。
今回4日間にわたって、朝昼晩のご飯を食べて、あらためて、ほんとうに美味しく感謝、感謝だった。食事が始まる前には、誰もが「今日は何だろう」って厨房をのぞいた。そして食べ終わると、またみなが口を揃えて、「美味しい、美味しい」と言った。、後片付けで厨房の洗い場に入ると、みんなサオちゃんを取り囲んで、「ご馳走様」と言うのだった。
 
私の周囲には料理上手が多いけれど、私はひょっとしたら彼女の料理がダントツいちばん好きかもしれない。決して派手ではない。洒落たメニューに載るような名前があるわけではない。けれど、どれも優しい味なのだ。なにが優しいって、私達の毎日の活動を知ってくれて、それに寄り添ってくれるような味。
 
そういえば、もうひとり、「彼女の味が好き」という友人がいる。ときどき泊めてもらう山麓の村に住むカップル邸。朝のお味噌汁に「あれ、この風味なんだっけ?」と尋ねると、「しそを少しだけ入れたの」とか、ササっと作ってくれる昼ご飯のパスタがホッとする味だったり。
 
何気ない美味しさ、毎日食べたい味、そういうのがいいなあと思う。
 
4日間の講習が終わって、受講生それぞれが自分のクルマを走らせて帰るとき、サオちゃんも玄関に出てきた。私もクルマを運転しながら、前の小道に出て、建物を振り返り、手を振ると、玄関のステップに腰を下ろしていた彼女が、笑顔でみんなに手を振り続けていた。
嬉しいな。
 
梅雨空で、山に行く日が延びた今朝、そんなサオちゃんの味を思い出し、そうだそうだ、味噌汁に生姜を擂って入れてみようと思いついた。里芋が残っていたので、それを具材にし、だから生姜が合うかなと。けれど、ちょっと入れすぎたな。匙加減が、まだまだだ。ついやり過ぎてしまう。
サオちゃんのその味噌汁は、「あれ?今朝はちょっと味が違うよ、これなんだったっけ?」と思わせて、ぐいぐい飲みたくなるような味。隣に座っていたジャーマンが、「生姜だね、味噌汁の味にコクが出る」と言った、あれを真似したかったのだけれど。
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2017年6月17日 (土)

地下鉄

山から帰ってきて、東京にいるあいだでも、電車に乗る機会はそう多いわけではない。
けれど、この2週間のうちに、東京の地下鉄でふたりの知り合いに出くわすという、偶然。
 
一人目は、大手町の駅で乗り換えようとプラットフォームにいると、向こうから歩いてきた。長身のその姿は遠めでもすぐにわかる。日本に帰ってきた頃だろうから、そろそろ連絡してみようかなあと思っていたところだった。
同じ方向の電車に乗るとういことで、わずか二駅のあいだに、互いの近況を弾丸トークでしゃべる、しゃべる。
 
二人目は、隣の駅に住む編集者。偶然私が隣の駅から乗車したその日、電車の待つ姿を発見。「ご近所様」になって15年ぐらいだけれど、地元で会ったのは初めて。
ちょうど、取材対象についてメールで連絡を取りあっていたばかりだったので、こちらも20分足らずの電車のなかで、あれよあれよと色んな話。
フリーのライターはひとりで書いていることが多いので、どうしても色んなことに行き詰る。アイディアが枯渇することもあるし、発想の転換ができなくなっているときも多い。
そんななか、編集者と話ができると、そうかなるほど!って思えるようなアイディアを教えてもらったり、自分自身も新たな考えができるようになったりするのだ。
 
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シンポジウム「日本における野外救急法の現状と今後の課題」

今年初めて開催された「Wilderness Risk Management Conference2017」のオープニングシンポジウム「日本における野外救急法の現状と課題」にて、コーディネーターを務めました。
シンポジストは、溝手康史さん(弁護士)、稲垣泰斗さん(救命救急医)、佐藤初雄さん(野外教育者)。
開始時間がずれこみタイムアウトで、用意していたトピック全部を話していただけなかったこと、残念でした。エピペンの法的解釈を話してもらう予定でしたし、また医療についても、課題をさらに明確に示せればよかったです。
今後も、法的なアドバイスを受けつつ、昨日挙がった医療面の課題をベースにしながら、国内の標準化を(これからも)進めていくことが、ひとつの目標になるのではないでしょうか。今回挙がった課題は、講習やインストラクターの更なる質の向上にもつながると思います。
稲垣さんのある発言が、USの野外医療先達者のひとりであるディビット・ジョンソンの言葉とまったく同じだったのが、とても印象的でした。
 
午後のワークショップは、浅井悌医師(利尻島国保中央病院・日本山岳ガイド協会(JMGA)理事)の「日本山岳ガイド協会がすすめるファーストエイド講習」に参加。
JMGAのファーストエイド講習がどのように行われているのかという話と、後半は低体温症のミニ講座。
 
日本登山医学会所属の医療従事者やWALS(医療従事者向け野外救急法のクラス)受講者、野外救急法講師など、医療関係者も多く集まってくれたようです。
ほか、アウトドアのガイドの皆さん、愛好者の皆さんなど、ご来場ありがとうございました。
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2017年6月13日 (火)

いちばん好きなクライマーは?

数日前の夜。「三次会」でのことだった。三次会といえども、二次会までは「仕事」だったので、お酒は入っているものの、あまり酔ってはいない。同じ登山の業界で働く3人が残って、あと一杯と。

ひとりが、「いちばん好きなクライマーは誰ですか?」と突然。いや、「好き」って表現ではなかったかな。「ファン」とか、「絶対的スター」とか、そういった意味のことを、彼は最初投げかけてきた。
当の本人が何の迷いもなく、「平山ユージさん」と答える。
もうひとりも、「戸高雅史さん」と断言した。
ユージさんは間違いなく、スターであり歴史に名の残る、クライミングのアイコンでもある。
戸高さんを思うあたりが、どんな真意があるのかと尋ねると。
その人は、私も一緒におこなった20年近く前の取材のことを話始めた。
その時、戸高さんが発したある言葉が心に残り、一気にファンになったのだという。
 
「柏さんは?」と聞かれ、答えられなかった。
同じ時代を生きる、世界に名を残したクライマーもいる。大好きだ、一緒に登っていても楽しい。そして、すばらしいクライマーだ。けれど彼の名だけを、いまこの時点で、挙げるのでよいのだろうか。
昔から、すごく好きになる芸能人もいなかったし、誰かの熱烈ファンになったこともない。
そんな性格だから答えられないのか、自分で自分について考え込んだ。
 
その末、ひとりの同世代のクライマーの名前を挙げた。
この歳になると、アルパインクライミングも上り坂は越えたのか。いや、海外の40~50代、そして60になるクライマー達の活躍を見れば、そんなことは言わなくてもよいのかもしれない。
けれど、歳を重ねながらも、その情熱を途切れさすことなく、山に向かう。今シーズンは、いよいよのトライを控えている。となれば、心が揺さぶられるのは、自分自身がこんな歳になったからか。

三次会が終わって、トボトボとひとり部屋に帰る途中、もうひとりの同世代クライマーにも思い至った。まさに、あきらめることなく、ずっと上を見続け、登り続けている人。いま大きな試練にあい、これからどうやって復帰していくか、正念場だろうけれど、「きっと、また登る」人であることは、間違いない、彼女。
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2017年6月11日 (日)

ICI石井スポーツ・エベレスト+ローツェ隊インタビュー@『夏山JOY』

発売中の『夏山JOY』(山と溪谷社)は、前半が夏山コースガイド。反対側から開くと、ICI石井スポーツのカタログ『THE EARHT』になっています。
巻頭に「なぜ人は山に登るのか、山と対峙する試み」を、載せてもらっています。
5/25・26にエベレスト、ローツェ連続登頂(しかも30時間を切るはやさ)した社長の荒川勉さん、奥田仁一さん、途中まで参加だった平出和也さんをインタビューしたもの。
BCに無事帰着後、ちょうどAGの近藤謙司さんと会う機会があり、詳細を伺ったけれど、そのスピードには驚かされました。
 
ちょっと欲張って、いつも眺めていたローツェも登りたいんだよねと語っていたのは、奥田さん。
今回のインタビューで心に残った言葉のひとつは、彼が発した「ヒマラヤに興じる」。
これまでの長い登山のなかで、登れた山も登れなかった山も、充溢した山も悔しかった山もあっただろうけれど、ヒマラヤに心揺さぶられ、歓び、満たされ、豊かな時間を過ごしてきたのだろうなあということが、想像できるような、そんな言葉を、自然と口にしていました。
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テントむし山旅プロジェクト@硫黄岳(6/3-4)

このシリーズの1回目からずっと参加の方、何年もテントむしに来てくれている久しぶりの方、初めてお会いする方色んな方々で、登山の経験やバックグラウンドもそれぞれの10人が集まりました。
スタッフは、Adventure Diavs代表のポーリンと私。
初日は美濃戸口から赤岳鉱泉へ。テントの立て方レッスン後は、「山のお勉強会」。「山登りを自分のチカラでコーディネイト」をキーワードに、それぞれが明日の登山の計画を立ててみました。

寒気が下りてきたこの夜は、けっこうな冷え込み。
寒くて寝つきが悪かったという方が多かったので、次回、シュラフに頼るだけでなく、暖かく眠る工夫についてさらに詳しく話しますね!(テントむしfacebookにも載せておきます~)
気温は0℃近かったかなあと思っていたところ、この晩の硫黄岳山荘は-5℃だったそうです。入下山後にお会いした木元康晴ガイドに教えていただきました!鉱泉も氷点下いっていたかなー。

二日目の今日は、硫黄岳往復。
樹林帯には雪も残っていて、ヒカリゴケはまだかなあ~という感じ。木々の芽もまだまだ小さく、山の上は春浅き。
八ヶ岳連峰や南北中央アルプス、乗鞍岳に御嶽山の展望は素晴らしく! 山頂の風も比較的弱かったので、みんなで楽しんできました。

2017年5月30日 (火)

森林インストラクター養成講習

今年度から「森林インストラクター養成講習」((社)全国森林レクリエーション協会)の仕事をしています。皆さん、試験に向けて様々な勉強をされますが、そのなかの「山の安全」という講習を担当。テキストの作成や年2回の授業などを受け持っています。
昨日は、初回の授業。
60人近い方々が全国から集まり、1コマ2時間の授業を、なんと1日に4つも!「山の安全」は、とっても幅広くまた奥深い内容なので、ものすごいスピードで2時間を駆け抜けました……。
 
写真は会場となった林野会館1階にあった屋久杉の株。栗生で伐り出されたそう。屋久島は、前職で通った親しく思っている土地であり、懐かしい。日本が世界遺産条約を批准する前後のことであり、屋久島を世界遺産リストに記載するための仕事と、その後の仕事だった。
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2017年5月25日 (木)

「なぜ人は山に登るのか、山と対峙する試み」@『THE EARTH』~ICI石井スポーツエベレスト・ローツェ登山隊

ICI石井スポーツの登山カタログ『THE EARTH』に「なぜ人は山に登るのか、山と対峙する試み」を書きました。
ICI石井スポーツのエベレスト・ローツェ隊についてです。
荒川勉社長とは、この冬初めてご一緒しました。山ではタフで、そして気さくで、とても気持ちのよい時間をいただきました。
こういう人になりたい……と思わせていただきました。
奥田仁一さんと平出和也さんとは、20余年来の付き合いになるのか。
奥田さんとはいろんな場面でご一緒したけれど、一緒に登り、書かせてもらったのは初めて。茶目っ気たっぷりで、そして繊細な方です。
平出さんのことは、おそらく10回近く書いてきたのでは。
ふたりと久しぶりに会い、時間を共にし、インタビューし、ふたりがかっこいいオトナであることが、なんだかとっても嬉しかったです。
私が言うのはおこがましいですが。
かっこいいというのは、潔いってことです。自分の進むべく道を見据え、自分の選択に責任をもち、ゆるぎなく山に仕事に取り組む。そこに余計なことはなにもありません。

本日、荒川社長と奥田さんはみごとに、エベレスト登頂!
どうぞ無事に安全圏まで降りていてください。
平出さんは一足早く帰国し、デナリで活躍中ですね。
皆さん、いい山登りをして、元気に帰ってきてくださいね!

なお、『THE EARTH』は、石井各店の店頭で配布。来月には『夏山JOY』にも収録される予定です。

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アレクシス、シャモニーへ

ちょうど2週間前の深夜、羽田で出迎えたENSA(フランス国立スキー登山学校)教官であり国際山岳ガイド、そして若くして国際山岳ガイド連盟の技術委員長を務めたキャリアをもつ、アレクシス・マーロンが、日本山岳ガイド協会の3つの講習を終え、本日の深夜便でシャモニーへと帰国。
 
今朝3時に涸沢小屋を出て、北尾根からダイレクトルンゼを岳沢に向けて下り、上高地に下山。そのままあずさに乗って新宿までやってきたアレクシスを出迎えた。
羽田までの見送りとその前には、インタビューの続きも。
 
かつて私は、山岳ガイドのインタビュー連載をやったことがあり(その顔ぶれはココ)彼らを含む何人ものガイドたちと、幸運にもその後も一緒に時間を過ごすことが多く、彼らのガイドとしての生き方や姿勢に触れてきた。
今晩、アレクシスの話を聞き、そんな彼らこそ、アレクシスと話をしたかっただろう、私とは違う次元の話ができただろうと思った。またカテゴリ問わず、日本のもっと多くのガイドたちがアレクシスのフィロソフィーに触れる機会があったら、どんなによかっただろうと思った。
 
「尊敬するガイドは?」という質問に、隣をみて「ヒロのような人だよ」と答えた。通訳などインタビューを全面的にサポートしてくれた石坂博文さんのことだ。「それはどういう意味かというとね……」と続けた話が、また心に沁みた。
山岳ガイドというのは、どうあるべきなのか、どういった職業なのか、その本質を教えてもらった。
 
写真は、インタビューを全面的にサポートしてくれた近藤謙司さんと石坂博文さん、そしてアレクシス。
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2017年5月22日 (月)

テントむし山旅@明神ヶ岳 5/20・21

土曜日午前は、大雄山駅近くのレクチャールームで、テント泊の装備全般やパッキングのお話。その後、「花咲く里山」に移動し、ご好意で貸していただいたハーブ畑にてみんなでテント設営。
ヶ岳山頂4班に分かれてカレーを作りました。
私たちの班は、畑から摘んだハーブをふんだんに使う作戦。ベーコンはローズマリーとレモンバームで風味をつけ、なんとミントライスというのにしてみました。濃い味はつかないけれど、香りが爽やか。ミントは消化促進作用もあるというので、よいのでは。カレーの具はよく炒めたあと、少量の水で蒸してから煮込むという丁寧なプロセス。おかげでジャガイモがほっかほかでした!

日曜日は、明神ヶ岳の明神水のちょっと先まで往復。10キロを超えた荷物を背負ったのは初めてという方々ばかり、夏のような暑さでしたが、元気に降りてきました!

今回は、参加者22人、スタッフはAdventure Divasのポーリン+ハリーさんと私のフルメンバー。賑やかな顔ぶれで。レクチャールーム、テント場、登りながら、それぞれの時間と場所で、「テント泊」についてレクチャーしながら、学び知ってもらい、経験してもらう登山となりました。
ご参加の皆さん、ありがとうございました!

次回の「テントむし山旅」は、6/3・4の硫黄岳です。初日早めに赤岳鉱泉のテント場に到着するので、
・登山計画の立て方
・アクシデントに備える術
について、みんなで話し合いながら考えていきます。
翌日は、硫黄岳に登りましょう!
初めての方もウェルカムです。
申込みはコチラ→
https://www.adventure-divas.com/trips/tentomushi/

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2017年5月 8日 (月)

空気の肌触りと風の匂い

旅の終わりに、むりくり立ち寄った。
久しぶりにこの国に来て、素通りなんて、ぜったいにできない。
「せめて、3日ぐらいは泊まっていけばいいのに」と言われながら、1晩だけ、24時間足らず。

旅の記憶は、その土地に住む人々や食べ物、景色、そして何よりもそこで出会った友人、彼らと一緒に経験した数々のことにある。
でも、そんなじゃなくて、もっと本能的なところにも、記憶のかけらはたくさん埋まっている。
肌にまとわりつく空気の感触、風が運んでくるその土地の匂い。
思い出たくさんの街のいちばんのところへ。
ダージリンからタライへと降りていく途中に、ふたつの川が出合い、そこに伝説がある土地があったけれど、ここもまた、ふたつの川が交わる眺め。こっちは、中国内陸部の大都会でまったく違う眺めだけれど、そんな土地に不思議と縁がある。

15年も経てば、互いの身にはいろんなことが起こり、歳を取って、先のことが少しわかるようになる。相手に余計な期待もしなくなり、しかるべきところに落ち着く。
若いころは、自我も強くケンカもたくさんしたけれど、いまはもっと思いやりをもって、互いのことを案じて、大切に思えるようになる。
好朋友は、老朋友へ。これからも、互いの人生を温かく見守っていけそう。
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2017年5月 2日 (火)

深夜のチャット

かつて取材をした方々に、ご挨拶をして回る日々。
途中まで、年賀状のやり取りがあった方々もいらっしゃったけれど、私の筆不精もあり、10年経つと、途切れ途切れに。
どうやって連絡を取ろうか考えながら、今晩はとうとう、いっつもお世話になっている山岳ガイドさんへ連絡して相談。GW前で忙しいのを承知で、無理くり。

深夜のチャットで、ほかの仕事の相談も交えながら、連絡先を尋ねると、そのうちのおひとりが亡くなっていたことを知らされた。
ガイドの彼も、半年近く経った最近知ったということで、ひっそりと静かにお亡くなりなったのか。
辛いインタビューを何度も繰り返しお付き合いいただきながらも、いっさいの取材が終わった後は、懇意にしてくださり、なにかの折にはまめに葉書をくださった。だというのに、私は3通に1通ぐらいしか、便りもせず。
 
彼に繰り返し繰り返しインタビューしたことが、今回また、次の実を結び始めている。
できれば、これからの私の仕事もみてもらいたかった。
いまとなっては次の仕事を、このお世話になった方に捧げる本にすることぐらいしかできず、もうひと頑張り。
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2017年5月 1日 (月)

タケノコは1日勝負

ときどき、実家の庭に遊びに来てくれる夫婦がいる。
私と一緒に行くときもあれば、「今日、行ってくるわ」と一本電話があるときもある。
夏みかんに柚子、桑の実、茗荷、梅、蕗の薹に蕗、野蒜、月桂樹の葉や山椒など、好きなものを採っていく。
おそらく、世界にその名を残したクライマーであり、最近は林業の仕事も手伝っているというだけあり、高いところに登るのは得意で、大木の枝打ちをしてくれたり、庭の世話までしてくれ、とってもありがたい。
 
先日は、その夫婦のお父さんから写真付きのメールが届いた。
お父さんは、ウチの夏みかんの味を好きになってくれて、彼もいっしょに時々やってくるのだ。
「カシワさんが狙っていたなら、ごめんなさい。いただきました」と8本のタケノコに、フキや野蒜が写っていて、大いに笑った。
さっそく返信したあと、友人夫婦にも電話をすると、「たぶんあと数本は採れるんじゃない」と。
2日後には彼女の予言通り、3本採れた。
 
「雨後の筍」とはよくいったもので、天候にもよるが、タケノコは1日で日がずれると、ぐんぐん伸びちゃってダメになったりする。
ウチの実家からおよそ3時間のドライブになる遠くに住みながら、よくぞいいタイミングでタケノコを採っていったものだと、その臭覚に感心。
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2017年4月28日 (金)

『週末、自然さんぽ』

仲川希良さんが表紙の『週末、自然さんぽ』(JTBパブリッシ
ング・920円)。
都心の緑からアルプスの森まで、「関東」だけでなく信州もカバー。その土地の魅力やハイキンググッズ、キャンプクッキングなど。
ごく短いコラムに、3本のお勧めルートを書きました。「山麓のお勧めも、ぜひ」と編集者にいわれ、私がいつも立ち寄る温泉や店も紹介。なかには、山麓の村で友人が経営する珈琲屋さんとパン屋さんも。ホントはもう1軒どうしても、おばんざい屋さんも入れたかったのだけれど。
ほかにも、エディター、スタイリスト、写真家さん達のお勧めが並んでいます。
いまの季節、東京はカラっと乾いた空気でとっても気持ちよく、信州は残雪の躍動感ある山を背景に森も新芽が出始めていて、どこもいい空気。
よかったら、旅のおともに1冊を。
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丁寧なお料理と巡る食べ物

ちょっと前のこと。
山に行く前夜も、当日朝も、時間がつくれないスケジュールだったのだけれど、どうしてもだし巻き卵をもっていきたいと考えていた。
山の先輩がいつも、だし巻き卵を作って持ってきてくれていたのだけれど、その彼女と一緒に山に登ることは、もうかなわなくなってしまったので、彼女を偲んで、作っていこうと思ったのだ。
卵15個分のだし巻き卵を作るには、相応の時間がかかった。
時間のないなかやるべき作業ではなく、だし巻き卵が冷め切らないうちに、ラップにくるみ、小さな段ボール箱に入れて、ザックのなかへ。

小雨の降る日で、立ち休みばかりで歩いたので、帰路のバスで、みんなに食べてもらおうとザックから出したら……形が崩れ始めていた。
キッチリ冷ましてから、パッキングしないとダメなんだ。
料理をする人だったら作りなれているだろうだし巻き卵だって、慌て作るモノではない。きっと先輩の彼女も、毎月の山の前夜、丁寧に作って、冷まして、タッパーウエアに詰めてくれていたんだろうなあと、思い、反省した。
 
昨日のこと。
笹川の友人宅を出るとき、隣の谷の入善出身の山の先輩がいるんだと話したら、「じゃ、宮崎のワカメをもっていってあげて」と塩漬けにした、ワカメを幾種類ももたせてくれた。
今朝、仕事前に都内の先輩宅によって、ワカメを手渡すと、入善からたくさん届いていた山菜とお茶を出してくれた。「田舎のお茶請けみたいでしょう」と。
こごみもわらびも、富山らしく昆布〆だった。
帰り際には、富山の美味しいお米やかまぼこや大福や、先輩がつくったお菓子のあれこれも持たせてくれた。

これも、私が朝に立ち寄るからって、手間暇かけて用意しておいたくれたのだなあと思うと、とてもありがたい。

あちこちからたくさんの頂きものをして、ウチの庭でも、フキもタケノコもノビルも採れた。
ありがたい春。

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2017年4月24日 (月)

ゲラを読む体力

書き手や編集者にとって必要な能力のひとつに、「読む力」があるのは間違いない。読む力がなければ、書けない。

かれこれ10年近く前になるが、単行本を校了する日のことが忘れられない。
担当編集者と、編集部で夜通しゲラを読み続けた。
私よりもはるかにキャリアがあるから、当然といえば当然かもしれないが、圧倒的に読むのが早かった。早いだけでなく、修正すべき点をもらさずに拾い上げてきた。
それも「読む力」のひとつである。
つくづく、私はまだまだだと思ったときだった。
 
そして今ならさらにわかる。私よりも一回り以上年上であるから、当時でも今の私よりも年上だ。歳をとると、集中力を持続できる時間が短くなる。読むにも体力が要るし、集中力を持続するにも体力が要る。
その編集者は、いつも昼休みに編集部の周辺をジョギングしていて、抜群に体力のある方だったが、それにしても、あのときの集中力はすごかったなあと、今でも思う。
久しぶりに、本一冊のゲラを抱え上げ、「この紙の重さが好きなんだよな」と悠長なことなど言っていらない。
数百ページに及ぶ分厚い翻訳本上下巻のゲラを読み通したのは、そういえば2年前のいま頃か。
ゲラを読む力、集中し続ける力を、出さなければならないけれど、どうやって力を出すのかちょっと忘れてしまった。ゲラを読み始めて、ようやく思い出し、エンジンがかかり始めたところ。
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テントむし山旅プロジェクト@弘法山

これからテント泊を始める方々を対象に、テント泊の道具の説明やテント設営などについて話したり、実践したりしながら、山歩き。
参加者13人と、北村ポーリン+私で賑やかなスタートとなりました♪ 弘法山は10日も経つと、葉桜になり、林床の花の顔ぶれも移り変わっていました。

次回は、5/21-22の明神ヶ岳です!
今年は、「世界の山のある街のお菓子シリーズ」と題して、色んな国のお菓子をお持ちできるようにしようかなって思っています。今回は、シャモニーの街で食べたフランを作ってみました。次回は、アイガーのあるグリンデルワルドか、ヒマラヤをかかえるチベットの仏教菓子か、考え中です。

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2017年4月17日 (月)

DVD『UTMF2016』を観る ~サンゲ・シェルパ

たへんたいへん遅ればせながら、『UTMF2016』のDVDを観た。
昨年9月に開催されてもので、私は現地へ行き、Advenutre Divasで招聘したサンゲ・シェルパ(ネパール出身、フランス在住)を取材したり、レースの翌々日には東京で、サンゲを招いて公開インタビューのようなトークライブを開催した。
ジャケットデザインにあるように、雨、雨、雨のレースだった。
その全容や選手たちの頑張り、スタッフ達の苦悩など、あらためて見渡せるような映像だった。
そして、サンゲが、レースを心底楽しんでいる様子や、エイドステーションの度に郷土料理を味わっている姿も沢山映し出され、ホントにサンゲは朗らかだなあと思った。
それは彼の気質であり、彼のレーサーとしての強さでもあった。
 
DVDには、東京・さかいやで開催したサンゲのトークライブの様子も収められていた。
レース中に折れたポールで、サンゲが横笛を作り、ネパール国民の愛唱歌「レッサムフィリリ」を吹いている。
シェルパは横笛が好きで、たけで手作りしたり、いつも愉し気に吹いている。サンゲにきくと、彼自身は放牧に出かけた時によく吹いていたと話していた。
「レッサムフィリリ」は、ネパール人によくよく親しまれている歌である。ネパールは多民族国家であり、歌詞は公用語であるネワール語のほか、色んな民族の歌詞が沢山ある(私もとても全部は聴いたことがない!)。
どの歌詞も、ネパールという土地、自分たちの民族、家族、愛する人たちを思い歌ったものだ。
 
そんな「レッサムフィリリ」の曲を載せて、スタッフの方々がUTMF1週間後にコース整備をしていた様子が、DVDの最後におさめられていた。
雨水が引くと、コースがどれほど大変なことになっていたのか改めてわかることもあったし、選手とスタッフ皆さんの思いが詰まっていて、そんな心情が「レッサムフィリリ」の音色に、なんだかぴったりだった。
 
*トークライブで、サンゲが奏でてくれたのは、次の2曲。
・「レッサムフィリリ」

・曲名不明
どんな曲なのかサンゲに尋ねると、「少し哀しい曲」と。
遠くに働きに出たお父さんが、残してきた家族のことを思って歌ったもの。「モンスーンになったけれど、屋根から雨漏りはないか」とか、そんな(かなり具体的な)歌詞があるそうだ。
シェルパは、ヒマラヤの黄金時代を支えたころからずっと、いわゆる出稼ぎ民族だった、そして今でも(と思う)。他国、他のカルチャー、他民族のところへいって働き、生きてくというたくましさや幅をもった民族。だから、この歌もシェルパの歌なのかと思ったけれど、ネパリだそう。
こんな選曲も、彼らしい。
 
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2017年4月10日 (月)

お得な同期

体育会は年功序列が厳しいとか、それは生年ではなく入学年、いや入部した年によるとか、色いろ言われるけれど。そしてそれが、大学を卒業してはるか経っても、根付いていくともいわれるけれど。ネガティブな意味ではないと思う。
先日の酒の席で私が、「先輩は後輩を選べませんものねー」と言ったら、「部下は上司を選べないって、会社入って思ったよ」と返されたけれど、それほどお世話になった存在だから、やっぱり先輩は先輩なんだ、何十年経っても。
 
けれど、ちょっとお得なコトもある。
私の場合、一年遅れて入学したから、同期はひとつ年下。同い年はひとつ上の先輩たちだった。そのせいか、あるいはこちらの一方的感覚かわからないれど、ひとつ上の先輩たちも、なんだかミョーに近しい存在だと感じている。
当時の同期は、ちょっとライバルちっくなところもあるが、それとはまた違う感覚。けれどやっぱりひとつ上の先輩たちが話す様子をみていると、同期は彼ら同士であって、私は同期じゃないんだなとも思ったり。
たった4年間の間に確立された関係だというのに、それがそのまま続くのも、なかなかないことだ。
 
翌朝、実家の庭からとってきたカメリアが一輪、床に落ちていた。
友だちが来る日まで、もつかなあ。
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2017年4月 7日 (金)

ISG石井スポーツ エベレスト&ローツェ登山隊2017

4月3日、「ISG石井スポーツ エベレスト&ローツェ登山隊2017」の記者会見と壮行会があり、司会をさせていただいた。
90人以上の方々が集まる賑やかな会。登山隊のメンバーは荒川勉社長、奥田仁一さん、平出和也さんの3人。
昨年10月に社長に就任した、いわゆる「たたき上げ」の荒川新社長の素顔や、なんでエベレストだけでなくローツェまで?っていう話、最年少の平出さんのあっぱれな発言など、私も来月発行の『THE EARTH』に書いたので、ご覧ください。
今日ご来場のプレスの方々も、あちこちに書いてくださると思います。
荒川社長の芯の強さがどこにあるのか、長年登り続けてきた奥田さんと平出さんがどんだけカッコいいのか、この肉声をホントは多くの方々に直接聞いていただきたかったほど、今日はとってもいい会だった。

また、ロストアロー社長でもある坂下直枝さんが、乾杯の挨拶の時、ビジネスマンが遠征に出かける際のふたつのポイントを、ご自身の経験に基づいて話していたのも印象的だった。
彼がご自身の登山を語るときに、「隔絶感」という言葉をよく使ってきたと(私は)思yが、そういう隔絶された場所だからこそできる、人間の思考について。
マジックマウンテンの国井治社長は、まったくべつのはなむけを差し出していた。
長年、ビジネスと登山を両立されてきたおふたりの重みのある言葉だった。
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Women's Sikimo Project @ AKIMAMA

「AKIMAMA」というアウトドアにフォーカスしたwebサイトに、「Women's Skimo Project」について書きました。

シャモニーからターニャ達がやってきて、白馬と北海道・東川で女性のスキーヤーたちと交流した話です。
Skimoって、日本では山岳スキーレースのイメージが強いですが、ターニャ達に尋ねたら、山岳エリアでおこなうスキー全般を指すのだと。

写真は、赤井川のニキータこと、二木亜矢子さんです!
すっごく雰囲気のある写真を撮る方です。
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                                 Photo by Ayako NIKI

2017年4月 4日 (火)

ハブなポイント

山の春は、ことさら嬉しくなる。
日差しが柔らかくなり、日が伸びて行動時間も延ばすことができる。
明るい雰囲気で、開放的。
雪解け水の流れる音にも春のザラメ雪にも、心が躍る。
スキーが好きな人たちは、どうしてこぞって、パウダーというのだろうか。
パウダーを滑るが下手だから、やっかみなのかもしれないけれど、私はザラメ雪ほど、幸せを感じることはない。
桜吹雪が舞うような、フィルムクラストというのは、経験したことがないので、わからない。こちらは憧れ。
 
そんな春うららかな日々に、東京にいることがもったいない気持ちにもなる。
東京に住んでいる利点って、映画や音楽、美術、舞台などの芸術に接する機会が多いことだろうか。あとは大きな本屋さんもある。
けれど、そんな利点はさらさら活かすことなく、生活している。それも、もったいない。
ゆいいつ、活かしている利点といえば、どこに行くにも総じて便利であるということ。日本各地を走る新幹線に乗るにも、羽田や成田から飛行機を使うにも、便利だ。
 
自分が利用するにも便利であれば、人が利用するときに、ちょいと会いに行くにも便利。
山をテーマにしていると、インタビューする相手や打ち合わせをする相手の多くは、山の近くに住んでいる。そんな彼らでも、一度東京に出てきてから、東北新幹線に乗るとか、羽田や成田からあちこちの山に飛ぶとか、そんなタイミングがある。
自宅から、ふたつの空港も東京駅も近いこともあり、その隙間時間をめがけて
、会いに行くことが多い。
東京駅だったら、新幹線乗り場すぐ近くのコーヒーショップか、京葉線側のカフェ。
空港の定位置は決まっておらず、私もフライトするタイミングだったら、どちらかの搭乗口近くのカフェとか、あるいは互いのカードがうまくいけばラウンジ。あるいはゲート外のバールのようなところだったり。
乗車、搭乗前の短い時間を使っての打ち合わせに、最近実り多いものが多く、連日の空港通い。
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2017年4月 2日 (日)

紅茶

コーヒーが好きになったのは、ここ数年のことだ。
以前は、一緒に暮らしていた夫が、毎朝コーヒー豆を挽き、コーヒーを二人分淹れてくれても、最後まで飲まない日もあったぐらいだ。皮肉なもので、いまでは自分で自分にも、豆を挽いて淹れるようになったけれど。

山麓の村にあるコーヒー専門店、ここも開店した頃から通っていたが、店主夫妻と親しくなり、個人的に一緒に出掛けるようになったのは、この1、2年。仲良くなったことと、コーヒー好きに関連性はないけれど、時期は近い。
なんとコーヒー専門店に来て、チャイをオーダーしていたという
者が……、いまでは、「今日は、私が淹れてもいいかしら?」と、プライベートタイムには、素人がコーヒー専門家相手に、コーヒーを淹れるという図々しさ。
 
留守が多い分、東京にいるときには、遊びに来てくれる友人、泊まりに来てくれる友人が続く。友人にも、コーヒー好きが多い。泊り客の場合、朝の豆を挽く作業は、ほとんど友人に頼む。コーヒーを淹れることが好きな、得意な友人の場合は、最後まで全部お願いする。
 
コーヒーの淹れ方を色々習ったり、教わったりしたけれど、結局のところ、アットホームな場では、「人に淹れてもらったコーヒーほど美味しいものはない」という論に落ち着いた。

そして先日、クルマの中で。
ロングドライブに備えて、インター手前にある美味しいコーヒー屋さんで、テイクアウトしたあと、助手席のコーヒー好きの友人が、「紅茶って淹れるのが難しいよね?」と突然、つぶやいた。
「急須で淹れても、ダメでしょ。ティーポットで淹れているの?」と聞くと、友人は「そんな本格的なものではないんだけれどね」と。湯温のころ合いも、蒸らしも難しいという。

別の友人宅の向かいにある美味しい紅茶屋さんで、茶葉を買ったまま、冷凍庫に眠らせてあることを思い出した。そして、ティーポットが割れたあと、場所をとるという理由で買い足していなかった自分が、なんだか恥ずかしかった。

亡父は、おひつのお米を美味しくよそうことと、日本茶を上手に淹れることにだけは、口うるさかったなあとも、思い出した。
結局は、客人をもてなす心。
我が家にはティーポットがないので当面、日本茶かコーヒーになるけれど、この春は、紅茶もお出しできるようにしたい。

2017年3月31日 (金)

しっくり

東京に戻ると、家の裏の桜並木の花がほころんでいた。
桜は、花が開く前の遠くから並木をみると、ぼわーっと一面ピンク色が漂っているような頃と、 美しすぎて恐ろしさすら感じる満開の夜と、葉桜が好き。
今日は曇り空だったけれど、もう寒さはなく、薄いセーターの上に軽いコートを羽織るだけで充分だった。もう、ウールのコートはおしまいだな。
「残念」という言葉は、「念」が「残る」と書く。
文字通り、心残りなほど、残念だった。しっくりこないというか、なんだかなあと思ったり、残念な時間だった。
時間は戻ってこないし、次の機会があるのかわからないし、なんだか残念だった。

けれど今日、徹夜のホタルイカ漁がこたえたのか、短い昼寝をして起きると、友人からメッセージが入っていた。彼女も短い昼寝をしたそうで、その時みた夢について書いてあった。
亡くなってしまった共通の友人の夢。
彼女の言葉を借りれば「足るを知る人」だった。
不思議だなあと思うのは、軽やかで、その風のような軽やかさは、亡くなったあとも変わらないけれど、風のようでありながら、大切なものを大事にしていて、彼のことが大切だった私たちの心のなかに、今でも生きている。
軽やかだけれど、確か。確かだけれど、目に見えるわけえはない、けれど大切。
 
夢について連絡をくれた彼女が、「ワインがどうとかって言っていたから、乾杯してね」と。
偶然にも、今日の仕事帰り、ワインを買ってきた。もう春だけれど、もう少しの間、重みのあるものを飲もうと、オーストラリアのシラー。ホントは、夢の友人が暮らしたNZのワインを買いたかったのだけれど、予算オーバーにてお隣の国。

私の昼寝の夢には出てきてくれなかったけれど、ワインはもたらしてくれた。
今朝までずっと、残念な気持ち、しっくりこない気持ちは残っていたけれど、ワインを飲みながら、夢の中の友人のことを思い出し、そうか、ものごとに執着してはいけないって軽やかな気持ちになれそうだ。
しっくり、ものごとを落ち着けるのは、無理やりではだめ。なにかのタイミングで、きっとそれは自分自身の心の持ちようで、しっくりと落ち着くのだ。

 

2017年3月24日 (金)

永日を期して

次の山の約束があるからって、また会えると思っていても、会えないこともあるんだと知った。
次があるとは限らなくて、誰にもなんの保証もない。

年間600本もの映画を観て、論評を書くって、すごい気力と体力と筆力だなあと思っていた。
だし巻き卵がお得意で、いつもご馳走になっていた。
 
東京は桜の開花宣言があったけれど、我が家の裏の桜並木は、まだ開かず。
春がやってきて、永日、日が伸びたけれど、永日を期してお別れ。
ご家族と学生時代からの友人と山の仲間みんなで、お見送り。
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2017年3月21日 (火)

フラット

先週のコト。
大学山岳部の1年ときの主将だった、尚之さんと有楽町の大衆居酒屋へ。
いまどきの居酒屋は外国人客が多く、2階はなんと禁煙になっていた。
「タラの卵煮」というのは、タラの身が卵とじになっているのかと思いオーダーしたところ、でっかいタラの卵の煮つけだった。大ぶりの小鉢にてんこ盛りになっていて、とてもふたりでは食べきれなかった。
 
さて、大学山岳部1年ときの主将というのは、大概の人にとって在籍中に受けた影響、世話になった度合が大きな存在のはずだ。私も例外ではない。
高校山岳部というのはかわいらしい場所だったけれど、大学に入ってしっかりと登山を始めようと考えたとき、山岳部に入るか社会人山岳会に入るか考えた。
キャンパスに友人がいた方がよいと思い、最初に山岳部の部室に行った。そこで、尚さんに会った。

彼が説明する、部活の様子や活動内容もさることながら、話しぶりからして、「この人は、平等に人を見てくれるんだ」って、直感的に思って、入部を決めた。
大学1年生、まだまだ親に守られた立場。ほんとうの人生の辛酸をなめるとか、男女の差別とか味わうのは、私の場合社会人になってからだった。人生のことなんて、まだまだ何もわからず、のんきで平和で、だから直感的といっても、それが何だったのか、得体は知れない。
けれど、この歳になるまで、何度もあの日々のことを振り返るが、その直感は正しかったと、いまも思っている。
 
いつのときも、いつの場も、誰に対してもフラットでいられるという人は、そう多くはないのかもしれない。けれど、それはとても重要なことで、その人となりを、私はいつも尊敬するし、それに救われることも多々ある。
 
親愛なるオーシャンアスリートでありライターの岡崎友子さん が書いていた「海で生きるために、私が選択してきたこと」 に、「つまり初めからみそっかすみたいなもの」とあった。
友子さんのフィールドである海も、私が活動する山も、自然環境は男女関係なくふりそそぐ。身体能力の差は確実にあるけれど、そのなかで、どうやって劣っている部分を克服していくか、できないことはできないと受け入れて、できないことを正しく認識して、工夫や努力を重ねていくか。
世界トップクラスのウィンドサーファーまでのぼりつめ、ウィンド、カイト、サーフィンと波にあった道具で毎日、海に出ている友子さんが、歩んできた道のりについても書いてあった。
そうだ、友子さんはいつ会っても、誰に対しても、フラットな人だと、思い出した。彼女がこんな歩みを経験しているからこそ、フラットでいるのかもしれない、と思った。
 
もう1本の記事。登山の雑誌『PEAKS』4月号のインタビュー連載「Because it is there」に取り上げられている山岳ガイドさん。昨年は夏と冬にご一緒する機会があったが、この彼も、どんな時もぶれずにフラットな人だった。
それまでも、何度か仕事で一緒になる機会があったけれど、それをよりはっきりと感じられる時間を共にできたことは、私にとって嬉しかった。
いったい、フラットな人柄というのはどうやって形成されるのだろうか。人間の資質なのかもしれないし、人生経験なのかもしれない。
フラットな人というのは、心から優しくて、そしてしなやかに強い人であり、周囲を温かくしてくれる。

2017年3月20日 (月)

100字×3

森田勝、長谷川恒男、加藤保男。
年齢順に並べてみた。長谷川恒男は、日本の登山界マーキングイヤー1947年生まれかあ。加藤保男は生きていれば、まだ68歳だ。
 
それぞれについて100字程度で書きたいのだけれど、夕方までかかっても書けず。
日本の登山史、登山家の達のことを、系統だててしっかりと理解できていない証拠か。
 
東北から白馬に直行しようと思ったけれど、原稿が気になり、膝も痛くて、東京ピットイン。

2017年3月16日 (木)

親父の一番長い日

今日は、親父の一番長い日。
今年で12歳になる、友人夫妻の息子が生まれた前夜になる。
この日になると、夫のケンちゃんが、かならずfacebookに、当時の日記をUPする。
ブログで残っているそうで、それは長文だ。
毎年リアルタイムで、このケンちゃんの日記を読めるわけではないけれど、読めるときは、私はかならず読んでいる。
そうそう、ミヤはこうやって産気づいて、病院に向かったんだった。そして、こうやって生まれてきたんだった。周囲はこんなに喜んだんだったよねって、読み進めながら毎年思い返す。
思わず読み入ってしまうところ、心に残る一節、涙ぐみそうになる文章、毎年毎年少しずつ変化していたり、する。自分の心を表すようであるし、いまさらオトナながらであるけれど、少しは成長できて、なにかを感じられるのかもしれない。

まさに、さだまさしの「親父の一番長い日」。

数年前、ネパールの山奥である日、この曲を聞いた。
天気が悪くて、なにもできない昼下がり、バッティのダイニングにメンバーがたちが集まり、思い思いに読書している時間だった。
私よりずっと若いのにさだまさしが好きってなに?という年齢の友人が、この曲を流し始めた。のちに、このことを、ほぼ同い年の共通の友人に話すと、「そうそう、あの年齢の人たち、さだまさしが好きって言うよね。オヤジくさいわ」ってオヤジとおばはんで話した。

何気なく聴いていたその曲が、ある一節にさしかかったとき、どばーって堰が切れたように、私は泣いてしまった。自分の経験と重なり、思い出すことがあったからであるけれど、自分で自分にびっくり。
友人のふたりはあっけにとられるように口を開けて、それから声を出して笑った。
私も笑い転げた。以来、私は涙もろいというレッテルが貼られ、安心して二人の前では涙できるようになった。
 
昔の曲を繰り返し聞くように、ケンちゃんの毎年のこの日のfacebookも、そのときどき、心に沁みて、いいものだ。
ケンちゃんの夫としての父としての覚悟をもった誠実さを、そして母になるミヤの逞しさを感じる文章。

2017年3月15日 (水)

舟生大悟さんの「親不知~西穂、厳冬期単独縦走記録」@『山と溪谷』4月号

『山と溪谷』4月号に「ひとりで向かった厳冬北アルプス」を書きました。
 
舟生大悟さんが、昨年12月24日から27日間かけて、親不知から西穂高岳(上高地下山)まで、単独(デポ・補給ナシ)で縦走した記録です。
たった2ページであり、大悟さんから聞いた話は半分も書ききれていない気分です、書き手としては。もう一度、書かせてもらいます。
おそらく前例のないこの登山のなにがすごいのか、なんとか書いたつもりですが、やっぱり本人が書く記録を(も)、読みたかったですね。
「文章を書くのは苦手だから、インタビューしてくれてホッとしています」と言ってくれたけれど、この先の彼の登山について、いつか大悟さんが書く文章が読みたいです。
これからのクライマーであり、これからの山岳ガイドであるから。
 
取材のとき、ご好意により相手の自宅を訪問することも多いです。
今回は、札幌の舟生邸を訪ねました。
妻と二人で暮らす、その暮らしぶりや彼らの人柄が伝わってきて、とってもいい時間でした。
ありがとうございました。
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2017年3月11日 (土)

人生折り返しの意味

ガイドに来てくださるお客様たちから、心温まるメッセージをもらった。
彼女の率直な言葉に、彼の深みのある言葉に、大いに励まされた。
色んなお客様に出会って、それぞれ皆さんに元気づけられたり、学ばせてもらったり、ガイドはお客様に育ててもらっているんだなと感じることが多い。

今回お便りくださったように、同世代のお客様というのは、一緒に成長していくような節もある。
知り合って5年程であるが、そのあいだに言葉にせずとも、それぞれに色んなことがあり、登山者として成長していくだけでなく、人間として成長していくこと、それを互いに見守ったり、感じあえるのは感謝したいことだ。

今回いただいたメッセージのなかに、「私たちの年代は、大人になってから丁度折り返し」という言葉があった。私が今年50歳になり、彼らも同じような年代である。「人生100年、ちょうど折り返し」というのではない。「大人になってから」の折り返しだという点が、ポイントなのだと。

子どもが、若者が、成長するのはある意味当然、自然のことだろう。しかし大人になってからも成長し続けられるのか、ほんとうはそこが問われているのではないだろうか。
これからも互いに成長して、素敵な大人になりましょう、というそのメッセージは、しみじみ心にしみいった。

3月11日を、ひとりで静かに迎えたのは、おそらく初めてだった。

 
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2017年3月 9日 (木)

行き先のわからないお惣菜

仕事が立て込んでいて、夕ご飯食べずにいたことを思い出し、小腹がすいた。
冷蔵庫にあったニンジンとちくわできんぴらを作ってみる。

さっとできてよいけれど、これはごはんに合うのか、つまみによいのか、はたまた冷めてもいけそうだから弁当用のおかずなのか、わからない。

そして、食べてみてわかる。ちくわは、もっと薄切りの方が馴染んだんだな。こういうところを、作る前から本能的に察して、さらっといっぺんで完成度の高いものを作れるかどうかが、センスの分かれ目。
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    現在、MJリンクのサポーターやテントむし山旅プロジェクトbyAdventureDivasのガイドなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。内容など、ご相談の上、実施したいと思います。

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