2021年2月19日 (金)

『山登り基本のステップアップBOOK』

こちらは『山登り基本ステップアップBOOK』。
ランドネ既出記事をリエディットたものを中心に、書下ろしもあります。装備、気象、読図、ご飯のこと、山登りの心の部分など幅広い内容です。

・村越センセイの地図読みSTORY
・猪熊センセイの山岳気象STORY
・withコロナの山で登山者ができること
・『机上登山』の図書紹介
を再掲してもらい、雪山の世界の広がりについて、新たに書きました。

故西丸震也さんの『机上登山』では、去年まで小屋番をしていた友人の北爪清史さんの歌「水割りと地図」について書きました。歌詞に「テーブル登山」という言葉があったから。ヅメさんの最後の勤務の日、七丈に電話して「あのときのライブで聴いた歌について教えて」と尋ねたところ、率直なところを語ってくれました。
机上登山という言葉を知らないままテーブル登山という歌を書いたと。テーブルに地図を広げて、水割りを傾けながら、山に思いを馳せる歌。
そんな話も再掲してもらえるのは、ありがたいことです。

山歩きを始めたその先に一歩踏み出したい方々へ、お勧め。

Photo_20210219154401

『PEAKS』3月号/赤岳鉱泉・エルク・登山者と薬

今月号からPeacs×マイナビとなった『PEAKS』3月号に、赤岳鉱泉のコロナ対策取り組みについて書きました。

赤岳鉱泉のことは、これまで『山歩みち』『FUNQ』に各2回書いてきたので、このあたりで区切りを。
8月の営業再開前のトレーニングや準備、冬期の対策について書きましたが、赤岳鉱泉が素晴らしいのは、通りいっぺんの対策ではなく、飛沫、接触、空気感染の経路を断つのを大原則としながら、最新情報や状況を鑑みながらどんどんと対策を変えていく、クリティカルな発想にあると思っています。

メディアには「都会のレストラン並みの対策」という表現があり、目に見える対策ばかりが取り上げられがちです。根幹になにがあるか、それに基づけば目には見えないけれど、辛かろうが選択しなければならない対策もあると思います。
赤岳鉱泉は、そういったところでも、自らに厳しく進んできていると思います。

ほかにも読んでいただきたい記事があるので、各写真でご紹介させてください。


Photo_20210219134001
寺倉力さん×柏倉陽介さんの「Because it is there」は、甲府の登山道具店ELKを営む、 柳澤仁さん。
山梨県のoutdoor loversのよりどころ。

頻繁に立ち寄るようになったのは、この10年足らずですが、振り返れば30年近く前からご縁がありました。
仁さんの視線は、outdoorloversたちに向けた温かく寛容な愛にあふれていて、私も何度もその心持ちに救っていただきました。

昨年5月末、県内のアウトドア事業者によるシンポジウムを開き、私もコーディネーターで参加しました。
そんな風に県内をまとめ上げ人を集めるのが、仁さん。
今シーズンに向けて、事業者の皆さんが着々と準備を進めていらっしゃること、先日伺いました。
私は県外民ですが、皆さんと共に力を出していきたいと思っています。

山梨県民の方も県外民の方も、こちらの記事もぜひ。


Photo_20210219133902
救急医であり野外医療に挺身する稲垣泰斗さんが、登山者向けに薬についての考え方を。
薬って、いちばん難しい。デリケート。たった2ページで紹介できるものでもないなか、基本的な考えを示してくれています。一読の価値あり。


Photo_20210219133901

2021年1月31日 (日)

村越真さん(読図)+猪熊隆之さん(観天望気)のアタマの中を解剖@ランドネ

1/23発売の『ランドネ』に2本の記事。
.
・「村越センセイの地図読みSTORY」
日本のオリエンテーリング競技の第一人者であり、現在はスポーツ心理学や認知学を専門とした静岡大学教授の村越真さんと箱根の明神ヶ岳を歩き、村越さんが地形図を読みながら、なにを考え、地形図や地形のどんな点に着眼し、歩を進めているのか、村越さんのアタマの中を書くことを試みました。
写真は、先を行く村越さんを追っているところです。
.
・「猪熊センセイの山岳気象STORY」
山岳地域を専門とした気象予報士であり、ヤマテン代表の猪熊隆之 さんが冬の北横岳を登るとき、空模様や風、気温から何を感じて、どんな判断をしてくのか、猪熊さんのアタマの中を書くことを試みました。
想定した天気図は、日本列島が高気圧に覆われている→二つ玉低気圧→冬型へと流れるものです。登山は高気圧に覆われているところから始まります。
.
今回の記事は、編集担当の佐藤泰那さんが、井上ひさしが伊能忠敬を描いた『四千万歩の男』からヒントを得て立案したものです。
井上ひさしみたいには書けなかったのですが……。
.
青空の写真は、1/21朝に白馬村で撮ったものです。
朝、クルマを運転して山に向かう途中、窓からみる村の木という木がすべてキラキラ光っていました。
枝が氷に包まれていて、それがほんの少しとけ始めたのかぬるっとした質感で光っていたのです。
あんまりにきれいで、思わず1枚(写真に表せていないけれど)。
前日から高気圧が日本列島を覆っていて晴れ。
気温(最低/最高)は、20日が-6.1/2.3℃、21日が-6.7/5.8℃でした。
21日は八方尾根は風が強かったけれど、北面の沢に入ったら風はなかったです。
そんなことは覚えているのですが、このキラキラ、どんな経緯でできたのか、考えてみようと思います。
ものすごいキラキラでした。

Photo_20210131164803

Photo_20210131164802

Photo_20210131164801

2021年1月29日 (金)

金峰山@わくわく山歩き with後藤郁子さん

1月25日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、金峰山です。
先月、友人達と登ったときのことから話を始めています。

そして、その時ご一緒した切り絵作家の後藤郁子さんに金峰山の切り絵を作っていただき、掲載しました。
タイトル「冬の金峰山」はデスクがつけたのですが、私はごっちゃんの描いた冬の空がとっても好きです。
ごっちゃんは、硬いつぼみを付けたシャクナゲを描きたかったと。
道中、ヅメール(←同行の友人)が、身を小さくして寒さにたえるシャクナゲを見ては「蝙蝠みたい」と言っていたのも面白かったです。

後半、金峰山の山岳信仰について触れました。
これについては、現在「御嶽道」など地元山梨の山岳信仰や里山などを猛勉強中の登山ガイド杉本龍郎さんが、資料を見せてくれました。
今回は韮崎在住のコンビ(ごっちゃん+龍郎くん)に支えられ、金峰山小屋の真さんの温かいおもてなしを思い浮かべながら、書きました。

ぜひ、どうぞ。
webはコチラ(有料)→ https://mainichi.jp/articles/20210125/ddm/013/070/048000c

Photo_20210129132601

2021年1月24日 (日)

アルピニズムを継ぐ人々ー山野井泰史さん

「アルピニズムを継ぐ人々」、第6回は山野井泰史さんです。
「俺は、40数年間、山に発狂し続けている」と言った、彼の言葉をタイトルにしました。

 

天野 咲耶 さんのハンコの山は、バフィン島のトール西壁です。
1988年、泰史さんが23歳のとき単独初登した壁です。
それまでヨセミテやアルプスで登ってきた彼が、大きく「外の世界」へ飛び出していったとき。

 

ギャチュンカンで失ったものは、夢でもなければグレードでもない。クライマーとしての本能的なところにあるものでした。

 

「長い付き合いなんだから、次回は柏さんから見た僕を好きなように書いて」と言ってくれたので、私が知っている、私が書ける泰史さんには限りがあるかもしれませんが、その限界を押し上げるべく、いつかの機会にむけて準備します。
ぜひ読んでいただけませんか。

記事はコチラ→

https://yamahack.com/book/m04_06

 

Photo_20210124144901
あまのさくやさんのハンコ

Shaohong_yasushi_20210124144601
photo by Shaohong Zhang

 

 

 

2021年1月17日 (日)

深夜の八百屋さん

深夜の八百屋さん。
恵比寿は優しい街だ。

♪会えない時間が愛を育てない ことは、よくよく知っているけれど。
例外があるとしたら、一方が認知症の場合かもしれない。
と、夜道を歩きながら考えた。
認知症をわずらった人というのは、独特の時間的観念をもっているのではないか、と時々思う。

会えずに終わってしまうのかもしれないと、思うときもあるが、それはそれで受け入れることができそう。
ものすごい悲しみとともに。

クラスタにさせないよう、尽力するスタッフの方々に心からの感謝と敬意を。

Photo_20210117142402

Photo_20210117142401

喫茶店

山梨県のクライマー、登山家たちのインタビューが続く。
ハッとするほど成熟した表情、研いだナイフのように尖った発言。

3人目の自宅を訪ねると、近所の方やお父様がいらっしゃって。
「山の友人」と紹介を受ける。「取材に来た人」じゃないんだなあ、と。
私にとっても、仕事だけの関係では、まったくない。
四半世紀近く前に初めて会ったのは、まったくプライベートなことで、衝撃的な場面だった。
この時のことは、一生忘れられない。
以来、仕事もたくさん一緒にしたけれど、インタビューの回数は多くない。
けれど、彼との仕事が舞い込むたびに、それはとても嬉しかった。
思い返すと、いつもユニークな喫茶店に入って話をしてきた気がする、面白い。

この日は、今度一緒に行こうと話していたこちらへ。
クレームブリュレのなかに爽やかな舌触りがあり、その正体がわからなかった。絶品。
友人が食べた豚のリエットのサンドが、とっても美味しそうだった。
珈琲屋さんだけれど、ドルチェが絶品の店。
ライヨールのカトラリーに気分があげあげに⤴

たった2度目の来店だったけれど、友人が漆喰塗りの話をはじめ、マスターから満面の笑みをいただけた。
そしてインタビュー。
四半世紀もの付き合いになるのに、あらためて知る。しみじみ、じわじわ知る山に生活に人生に向き合う、真っ向な姿。

インタビューは、その人の内面を見せてもらう作業であり、壊れやすいガラス細工を扱うようであり、ダイナミックであり、比類なき時間。
読書で、世界や人生を知るのと同じように、私自身の世界をも広げてくれる。

Photo_20210117122901

2021年1月 1日 (金)

谷垣禎一会長インタビュー@全国山の日協議会

2021年元旦、「全国山の日協議会」のページに掲載された谷垣禎一会長のストーリー。
インタビューと執筆を担当しました。

中学・高校、大学山岳部在籍という生粋の山ヤでいらっしゃいますが、谷垣会長の登山の原風景をお聞きしたく、そのもっと前のお父様との山歩きからお聞きしました。

4年前の自転車事故によるケガのあと、考えていらっしゃること。
登山、山を、どうやって文化的に発展させていくのか。
など、お話くださいました。

松涛明の『風雪のビバーク』を諳んじられたのは、予想外であり、ちょっとした驚きでした。
よかったら、ご一読ください。
https://www.yamanohi.net/interview.php

写真は、インタビューと直接関係はありません。
ある時の、登山前のプジャ。ティンポーにて。

_dsc0825

2020年12月12日 (土)

「withコロナの山の楽しみ方~team KOIメンバーが今年感じたこと」開催

先月25日、GORE-TEX Brand Japan様に企画いただいた「withコロナの山の楽しみかた~team KOIメンバーが今年感じたこと」について、たいへん多くの方々にご視聴いただきました。
ありがとうございました。
.
私たちがこの夏と秋に、山を登り仕事をしてきたなかで、考えたことについて話す場になりました。また、team KOIを始めたきっかけやそれぞれが考える、登山の姿についても話しました。
.
会のあと、今回の監督役の泰那さんと、留守番組だったメンバーも交えて(さすがに……クラスターを抑える日々で激務の利尻の悌ドクターは都合付かず)、次の企画の打ち合わせなどをしました。
コロナがきっかけとなって集まりましたが、それに限らず登山に関するいろんなことを、登山を愛する方々と、ともに考え行動していきたいと思っています。
.
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
.
・team KOIのnoteを更新しました。 → コチラ
・座談会のアーカイブがご覧いただけます。→ コチラ
・当日いただいたご質問については、Twitterにて、お答えを差し上げたいと思います。 → コチラ

 

20201125-213105jpg

小西政継さん@アルピニズムを継ぐ人々

「アルピニズムを継ぐ人々」、5人目は小西政継さんです。この連載のなかで、初めてお会いしたことがある方がでてきました。と言っても、ほんの少しだけ。
この方は、本当に山が好きなんだなあと思わせてくれるような印象を持っています。
原稿に書きましたが、好きな著書は『マッターホルン北壁』と『ロッククライミングの本』です。

はんこを作ってイラストにして添えてくださっているのは、いつものあまのさくやさん
現在、東京・押上にあるカフェ、「ikkA」にて『チェコに行きたい気持ちをはんこに込めて』展をやっています。12月27日まで。

記事は、コチラから。

Photo_20201212150001

ヤマナシヤマアソビフォーラム

11月21日、「ヤマナシヤマアソビフォーラム」@原宿に、team KOIで参加してきました。
新型コロナウイルスの感染拡大状況を鑑みて、念には念を入れ、また残念ながら規模縮小して開催さていました。
そのため、山梨の山小屋や登山・山岳ガイドグループの方々の出展は見合わせになり、そんなこともあって……team KOIのブースが予定外に大きくなりましたが、私たちもミニトークは見合わせ、ポスターの配布をしました。
ポスターのクラウドファンディングにご支援くださった方々がお見えになって声をかけてくれたり、色んな山の話も出来ました。
.
実際には、オープンエアのうえに午前中は強い風。「グローブを飛ばすな」というような山ヤの基本を守りながら、がんばりました。
.
登山家の野口健さん×原田ひろたろうさん(渋谷区観光大使、おたふくわた九代目、青山キラー通り商店会会長、今回はMCを)と一緒にトークもしてきました。野口さんの富士山のお話をはじめとして、山梨県の山の魅力を話す時間。
.
トークで話題に上がった鳩森八幡神社(渋谷区千駄ヶ谷)にある富士塚の写真も載せます。東京都最古の富士塚。
先日、原田さんと一緒に登ってきましたが、とても立派でした。
トークにいらっしゃった方々から、トーク後に訪れたと続々お便りいただいており、嬉しいです。
野口さんが紹介くださった、世田谷区のいちばん新しい富士塚というのも、興味深く、いつか訪れてみたいと思います。
.
ご来場くださたった皆さん、ありがとうございました。
.
「ヤマナシヤマアソビフォーラム」は、山梨県の山に遊びに行こうと、お誘いする趣旨であり、東京でのイベントに続いて、山梨県の山で遊ぶツアーが開催されています。明日開催の昇仙峡の御岳古道。
そして最後は、1月16-17日。夜叉神峠のスノーシュートレッキング、星空BBQ、そして芦安での蕎麦打ち体験。
夜叉神峠は、日本第二位の高峰・北岳から間ノ岳、農鳥岳へと連なる白峰三山などの展望が素晴らしい地。1月はきっと、空が澄み渡り、雪をまとった白い山々が輝いていることと思います。
詳細は→ コチラ
.
そして「ヤマナシヤマアソビフォーラム」は、さっそく来年のアイディアを構築中のようです。これからも、山梨県のヤマアソビの魅了を発信していく、楽しい場になると思います。ぜひチェックを!

 

Photo_20201212145401

近藤幸夫記者への敬愛こめて、平出和也さんの記事を紹介

先月のこと。山から帰宅した夜。
山関連業界で3本の指に入る弾丸トークの近藤幸夫記者(朝日新聞)から電話。
「読んでくれたんだってー」という第一声。早いな、誰から聞いたんだい?
たしかに数時間前、山から下りて、高速バスに乗る直前に、バス停横のコンビニで買って読んだばかりだった。
後日webで読めることもわかっていたし、いつものように近藤さんから掲載紙が届くような予感もしていたけれど、「とってもいい記事で感動した」と、仕事仲間からLINEが届き、迷わずコンビニに走ったのだ。
.
11/14(土)付けの朝日新聞朝刊「Be」のフロントランナーは、平出和也さんでした。
筆は近藤幸夫さん、写真担当の杉本康弘さんは、紛争地を撮影してきた方だそうです(近藤さんより)。
雰囲気のある写真で、平出さんのいい表情をとらえていました。
すごくいい写真でした!
.
インタビューをしていると、上がってくる写真にハッとすることがあるんです。自分には見えていなかったインタビュイー表情とか、深層では認識していたけれど言語化できずにいた表情を、カメラマンがおさえてくる、それに泣きそうになる時もあります。
今回の写真も、近藤さんにとって、それぐらいインパクトのある写真だったそうです。
.
泊まり込みで2日間かけたインタビュー。
文章に表れるのは、聞き取った話のごく一部であり、またそれ以前に二人の間に積み重ねてきたものがあるからこそ、書けた記事。
近藤さんとは書く人が重複することもあるけれど、「やられたな、そんな言葉、私聞いていないよ」という時もある。
それは、平出さんについて「ひと」に書いたときもそうだった。
そんなことを大先輩前に、生意気に思う。
.
今回の記事では、「山岳カメラマンとしても活躍していますね」の応えが、私はいちばん心に残った。
.
手元のiPhoneの記録によると弾丸トークは37分。ま、短い方だ。
記事が世に出た後、読んだ方々から色んな声をいただくことがある。
誰からのどんな反応がいちばん嬉しいかというのが、近藤さんと一緒だった。これは書き手によって異なるだろうなあ、と思う。
誕生日が一緒だと、そんなコトも似ちゃうのかなあ……弾丸トークだけは似たくない、なんてことも冗談半分にツラツラ考えた。
.
「柏さんに読んでもらえて嬉しいよ、感想を聞かせてもらってほっとしたよ」と繰り返していたのは、案外本音なのかもしれない。
それほど、表現って孤独な作業だから。たとえ大先輩であっても、それは変わらない。
「もう、こんな体力の要る仕事は、年に1回でいいよ」と言っていましたが、もっと書いてください。
.
「SNSで記事を宣伝していいよ」って言われたので、とっておきのネタをつかんだはずなのに、一晩寝たら、忘れてしまった。
webでも読むことができます(有料)
→ コチラ → コチラ

Photo_20201212142601

 

2020年11月30日 (月)

雲取山@わくわく山歩き/毎日新聞朝刊

羊雲が広がる朝です。
今朝の毎日新聞朝刊/わくわく山歩きは、雲取山です。
東京都、埼玉県、山梨県の県境に位置する山。
ゲラを読みながら、はたと気づいたのは「鬼滅の刃」。ストーリーも流行度具合も全く分かっていないのですが、登場人物の出身が雲取山、だということぐらいは何となく知っています。
.
天平(でんでいろ)尾根について書きました。
タイトルは「心の中の少し遠くに」。雲取山にもつ私の感情は、最後の二行です。
webでも読むことができます(有料)。
https://mainichi.jp/articles/20201130/ddm/013/070/047000c
.
さて、毎日新聞連載、今年の分はこれが最後。読んでくださった方々、ありがとうございます。
今年は紙面改編で4月から隔月に。摩耶山、旭岳、三日月山、白神山地、富士山、聖岳、硫黄岳、そして雲取山です。
去年は、御岳山、烏場山、安達太良山、浅間山(箱根)、会津駒ケ岳、甲斐駒ヶ岳、北穂高岳、霧ヶ峰、白馬岳、徳本峠、三頭山、大菩薩嶺、玄岳でした。
来年はどこから始めようか、考え中です。

_dsc0552

2020年11月29日 (日)

蕎麦の収穫

ちょうど一ヶ月前のこと。
北杜市に住む友人の蕎麦畑の収穫を、手伝いに行った。
自分の畑を持たなくなって5年ほどになり、こんな風に土いじりの声をかけてくれるが、ありがたい。

 

蕎麦の収穫は、去年の彼の畑以来2年目なので要領がわかる。
雑草と蕎麦を見分けるのもかんたん。
なによりも今年は、ラインを作って植えてある箇所があり、効率よく収穫ができた。
すごい進歩だと思う。

 

畑仕事よりも、飲み食いしている時間の方が長い気もする。
友人の人柄なのだと思うが、ご近所の方々や山の仲間たちが集まってきて、にぎやかだ。
昼ご飯は、青空のもとビールを飲んで、握り飯とウインナーと卵焼き。これぞ、畑仕事のだいご味。
収穫を終えた夜は、「ここは唐揚げセンターですか?」っていうぐらいの唐揚げに色んなお惣菜。
家族も加わって、たわいもないけれど大切な色んな話をしながら、夜が更けていく。
料理は作り手の匂いがでるけれど、ホント温かいし、心根の優しい家族だから食卓も温かい。

 

写真は蕎麦の隣に植わっていたトマトのコンパニオンプランツ、マリーゴールド。
ネパールでは生垣やベランダに好んで植えるけれど、それも虫よけなのかな。

 

128409092_1085243351907846_7657832013518

 

2020年11月16日 (月)

野口啓代さん@連載/平成を登った女性たち『山と溪谷』

「平成を登った女性たち」は、現在発売中の『山と溪谷』12月号で最終回になります。

野口啓代さん、平成元年に生まれ、平成を越えて令和のいまもずっとコンペシーンのトップにい続ける女性。まさに「平成を登った女性」。
トップにい続けるというのは、変わらずにいるというのではなく、むしろその真逆。
クライミングのグレードが上がり、コンペのトレンドがどんどん変わり、自分自身も歳を重ねて変わっていくなかで、新しいものを吸収し、壁を作ることなく、自分で自分をどんどんと変容させていく勇気や強さがあってこそのことだと思います。
つまり、変わらずに、ではなくどんどんと変わっていく。

連載が終わり、先日担当編集者と打ち合わせをしました。
この先はコツコツと取材を続け、発表することはなくとも書き続け、1冊の本になるまで、編集者と二人三脚で進んでいきます

Photo_20201116124501

2020年11月 8日 (日)

小山義治油彩画展@安曇野山岳美術館

安曇野山岳美術館へ。
「北穂高小屋を建てた男 小山義治 油彩画展」

 

独特の空気が流れる空間に仕上がっていました。まるで、北穂高小屋に舞い戻ったような錯覚になりました。
久しぶりに直にみた、義治さんの油彩画も迫力がありました。初期のものから、抽象画となる後期のものまで。それと、北岳と甲斐駒ヶ岳・摩利支天を描いたものがありました。
北穂高小屋の看板と山頂の道標は、学芸員の方が忠実に再現したもの。「山頂で、魚拓とったんじゃない?」って冗談を言っていたほど、忠実であることは、北穂をよく知っている方にはよくわかると思います。「三〇一六m」のエムの字にも注目してください。
常設展には、北穂高小屋と縁の深かった足立源一郎さんの作品もあります。足立さんの作品は険しい印象があったのですが、ここに展示されているものは柔らかい画風。
それと、カラコルムを描いた原田達也さんの絵画を見ることができるのも、貴重だと思います。
ものすごくよかったので、できれば会期中に再訪したいと思っています。

 

11/25まで、木曜休館。
安曇野市の北アルプス側を走る、いわゆる「山麓線」を少し入ったところにあります。

Photo_20201108152601

Photo_20201108152602

槇有恒さん@アルピニズムを継ぐ人々

第4回「アルピニズムを継ぐ人々」は、槇有恒さんです。
前回から時代をさかのぼりますが、このあとは日本人が続きます。
ハンコを使ったイラストを添えてくれるのは、あまのさくやさんです。今回も、槙さんの特徴をとらえてくれています。

槇さんが初めて登った山を調べたところ、神戸の摩耶山と記述されているものを幾つか読みました。仙台で生まれ育ち、大学進学とともに上京するので意外でしたが、父親と日本各地を旅していたようです。

グリンデルワルドに渡ったのち、すぐにアイガーに登らず、村民や現地ガイド達との関係を築くこと、生活に溶け込むこと、アルプスの各地の山を登り経験することに時間を費やします。
槇さんのその過程について、もっと知りたいなと思いました。

→記事はコチラ

Photo_20201108150701

インスタライブ from 白馬山荘、北穂高岳山頂

仕事仲間の佐藤泰那さんが、「もっと気軽に山の上から中継をつないでみたい」と。
その心は、山に登らず街や麓で仕事をしている日に、山の上の空気を皆に届けたいというようなものだったのかなあと思っています。
まずは、やってみよう!と、10月に2回つないでみました。

10月14日 白馬山荘前から
登山ガイドの渡辺佐智さんと。
一緒に登山をしていた、平日女子スキー部の友人達(朝日小屋管理人・清水ゆかりさん、ことりうむ主宰/登山ガイド・酒井敬子さん、冒険小屋主宰/登山ガイド・高月弘子さん、体力娘部員のふっしー)や、白馬山荘副支配人の奥田裕之さんもご登場くださいました。
小屋閉め間近のころで、この日の宿泊は私たち以外に数人。
初日は、蓮華温泉から白馬大池を経由しては白馬山荘へ。
翌日は、三国境を越えて北アルプス主稜線を北上したのち、鉱山道から蓮華温泉へ。

振り返ると、この時が私にとっては、このシーズン最後の北アルプスの秋。
まさに錦色に染まる山肌を縫うように歩く2日間は、とっても幸せでした。
景色も最高だし、いつもの気の置けない仲間たちと歩けたことも最高でした。

インスタライブをした時間帯は、外が霧に覆われ真っ白になっていたため、山荘のフロントからお話しました。
花も凍るような日でした。

アーカイブはコチラ

Photo_20201108145801

Photo_20201108150002

Kukka-iou2

Photo_20201108145901

8

10

 


10月19日 北穂高岳山頂から
前々日に降雪があり、積雪期のルートである北穂沢を選んで登った、その翌日にインスタライブを。
小さな取材は何度も、その間に2シーズン、小屋明けから小屋閉めまで毎月通って取材し、連載をした北穂高小屋にあがってきました。
ほかならぬ「今年の」北穂高小屋に、最後の最後であがり、当主の小山義秀さんや支配人の足立敏文さん、そして従業員の皆さんに会ってきました。
長年かけて作った関係は、なにものにもかえがたいものであり、ほんとうに感謝しています。
その関係は変わっていないようであり、実は少しずつ変容しています。意図したものではなく。

インスタライブは、北穂高小屋オフィシャルのものではなく、私から。
周囲の様子など。
展望を映したかったのですが、うまくでいなかったうえに鏡写しになるために、違和感ありありです。
(近々、この2回の反省会をします)

私は、この翌日に、主に無雪期に使う南稜から下山。
上りも下りも、足立さん曰く「どっちを使っても難しいコンディションだったね」と。
初冬のとてもデリケートな状態でした。

北穂高小屋は、24日泊まで営業後、数日間かけて小屋閉め作業をし、皆さん下山しました。
また、来シーズンに。

アーカイブは、コチラ



Pa181102

八ヶ岳連峰・硫黄岳@わくわく山歩き

10月5日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、八ヶ岳連峰の硫黄岳について書きました。
写真は、9月末に登ったときのもの。赤岳鉱泉から登り、森林限界が近づいてきたころに見える頂上付近です。

 

硫黄岳は展望の素晴らしい山だと思います。
だんだんあちこちの山が見えてきますが、それはもちろん天気次第であり、見えないときもあるわけで。
けれど見えなかったら見えなかったで、ああ見えないなあ、また今度って思うし、見えたらとても嬉しいです。

 

有料ですが、以下でも読めます。
https://mainichi.jp/articles/20201005/ddm/013/070/009000c

 

 

 

 

 

kukka party @赤岳鉱泉+硫黄岳

季節が変わり、すっかり前のことになりましたが、9月末の週末に、kukka partyで赤岳鉱泉泊+硫黄岳登山へ行ってきました。

 

参加者さん達の様子は、つぎの二つのfacebookページからご覧ください。

 

佐藤泰那さん →コチラ 赤岳鉱泉・行者小屋 →コチラ

 

10月は、ピオレドーラ―でもあり国際山岳ガイド・アスピラントである天野和明さんに繋ぎました。

 

極私的な嬉しかったことふたつ。
土砂降り長大尾根を下山したのち、J&Nに前泊したところ。
翌朝、舞ちゃんと偶然会い、おしゃべり。
7.8年前、彼女が登山を始めた頃、鉱泉+硫黄岳をご一緒した。

 

そして鉱泉では、太貴くんや佐藤さん、小屋の皆が元気に働いている姿を見ることができて、涙が出るほど嬉しかった!
再開前の7月中旬に訪問して以来。
写真の石の顔は、山小屋近くにて。

 

kukka partyは、とっても活発に活動をしています。
山に登ったり、オンラインで集まったり。
プロであり山の先輩たちを迎えて、泰那さんをリーダーのようにして、kukka partyのメンバーたちが楽しく集っています。
こういう山のコミュニティは、ありそうでないというか、ちょっぴり新鮮。
私もまた、冬にご一緒させていただく予定であり、楽しみにしています。

 

#kukkaparty

 

Kukka-iou

 

Kukka-iou2

 

Kukka-iou3

 

Kukka-iou5

 

Kukka-iou4

 

 

2020年10月29日 (木)

今シーズン最後の北穂

2020/10/17-20
冷たい雨のなか、横尾まで。
足元は甘い桂の葉の匂いだけれど、うっすら見える山肌はどんどん白くなっていった。こんななか、よっちゃんと飯島さんは登っていったのか。
山で迎えるって、ちょっと涙が出る。

 

翌朝は、青空。
北穂沢を使うことにした。インゼルを右に見ながら、松涛岩を目指して。最後、朝に足立さんがつけたというトレースを見つけて、使わせてもらった。

 

そのまた翌々日の下りは、前日に足立さんと大野さんが整備してくれた南稜を。
涸沢の下で、上山するナベさんと行き会う。重荷を大岩に寄りかからせて、大汗を手ぬぐいで拭きながら、ちょこっとおしゃべり。

 

最後の最後で、今年の北穂に登れてよかった。
四半世紀前の出会った頃、20年程前に取材を始めた頃は、表面的なことしか見えていなかったのかもしれない。
「お互い若かったんだよ」と当主のよっちゃんは言うが、北穂高小屋が建って70年余り。この時間の流れを見渡し、もう少しだけ広い視野を持てるようになった。
相手の胸にも、もっと飛び込めるようになった。
互いに敬意をはらい、思いやりながら作ってきた大切な関係。

 

山小屋としても、そして書く仕事としても、原点に北穂があることは、とってもありがたい。
長い間、思いやりを与え続けてくれる存在が、ほんとうにかけがえがない。

 

Kitaho3_20201029190901

 

Kitaho1_20201029190901

 

Kitaho2_20201029190901

2020年9月30日 (水)

近藤謙司さん@ランドネ

発売中の『ランドネ』11月号。
山に関わる仕事をする50人が登場です。
おふたりインタビューしました。

二人目は、国際山岳ガイドの近藤謙司さん。
好きなように思う存分書いてよいということだったので、そのように書かせていただきました。
謙司さんが、どんな山岳ガイドであるのか。
そして、いまの謙司さんが生まれたのには、どんな背景があるのか。山岳ガイド・近藤謙司が生まれたのには、ふたつの奇跡があったと、私は考えています。

人は誰でも唯一無二の存在であり、存在価値がある。
それにしても、謙司さんがいない世界があるとしたら、それは全く違う風景だと思うし、もし謙司さんがいない登山社会があったとしたら、それは今のようにはなっていなかったのではないかと考えます。
謙司さんがいたからこそ、私たちが見ることができた景色があるのだと、思うのです。

120300481_10221775211943204_656506261717

2020年9月28日 (月)

森山憲一さん@ランドネ>バトルインタビューの末に

発売中の『ランドネ』11月号
山に関わる仕事をする50人が登場です。
おふたりインタビューしました。

一人目は、同い年で同業の森山憲一さん
森山さんはかつて、ヤマケイ→枻出版に勤務する版元編集者であり、かれこれ20年以上の付き合いになります。
私の担当編集者であり、そしていまは同業者。
その間、ホントいろんなコトがありました。書籍や雑誌ができる舞台裏を、読者の皆さんに話す必要はないと思いますが、いばらの道も、とんでもなく大変だったことも。
けれど今となっては、笑い飛ばせるコトばかりであり、しみじみ思いだすコトもあり、兎にも角にも、森山さんには感謝しています。
そして、これからも頑張ってもらわなければならんと思っています。もちろん、私も。

なお、「バトルインタビュー」と私は呼んでいましたが、今回は互いにインタビューし合い、森山さんは私のことを書いてくれました。
わかっていたことですが、双方に共通点があると思っています。小さなことから根幹に関わることまで。
そして、バトルインタビューでわかったことは、(今回については)インタビューの仕方が、ふたりは全く違ったことです。
森山さん、私をインタビューしている際に、ものすごくよくご自分のコトを話します。
「うん、うん」と聞きながら、森山さんをインタビューしている気にもなっていましたが、自分について話すことによって、自分を理解してもらい、インタビュイーの心を開くという作用もあるのかなって、あとあと思いました。

ふたりの記事の背景には、共通の仕事仲間である須藤ナオミさんの写真が。ナオミちゃん、ありがとうございます。

もうひとりの同い年ライターであるドビー山本(山本晃市)さんは、望月将悟さんについて書いています。
じつは、レイアウト見本ということで、森山さんの原稿を書く前に、ドビーさんの原稿を読んでいました。
ああ、こうやって書き手の思いを溢れさせてよいのかと、ホッとして、森山さんの原稿に取り組みました。
ドビーさんによる望月さんの記事、最後の3行がものすごくよいです。ぜひ、こちらも。

_dsc0046

2020年9月20日 (日)

アルピニズムを継ぐ人々-ラインホルト・メスナー@YAMAHACK

「アルピニズムを継ぐ人々」、第3回はラインホルト・メスナーです。
毎回、ハンコを使ったイラストを添えてくれるのは、あまのさくやさん。今回の原稿をどんな話で締めくくるか、彼女に話していなかったのですが、メスナーの首元には、チベット由来のメノウのネックレスを描いてくれました。写真などを集め、彼が好んで身に着けていることを知ったのだと思います。
原稿の最後に、後年のメスナーがチベットを旅している話を書くことは決めてあったので、あまのさんからハンコが出来上がったと連絡をもらったときは、嬉しかったです。
.
四川省の西部を旅していると、たびたび、メスナーの話に出会いました。
リータンのゴンパではラマが、「メスナーがここに、これを見に来た」と雪男の毛皮(とされているもの)を奥から出してきて、話したことを憶えています。
峠を越えると一気に草原が広がり、リータンに入っていきます。標高4000m余りのとても美しい町。
ゴンパは、裏に山をかかえていて、まさにここにお寺を建てるでしょうというような納得いく場所でした。
ダライ・ラマ3世が建てたこのゴンパは、5世の代に大きくなります。またリータンは、7世や10世が生まれた土地。6世が「「私は遠くへは行かない、リタンを回って戻ってくるから」と言ったとされており、7世が誕生。
そんな神々しい土地でした。
.
このリータンから、南下してダオチェンに入っていくと、6000m峰が多数あり、その山々を回るように峠越えをして歩くだけでも面白かったです(写真)。
このあたりには、幾つも、メスナーの足跡がありました。
最後に旅したのは、2003年。いまはどうなっているのかなあと、時々思います。
https://yamahack.com/book/m04_03
https://twitter.com/sakuhanjyo?s=20

Yahamack

2003-daocheng-14

平出+中島ペア、ピオレドール受賞@ヤマケイと、ピオレドールイベントへ

同じく本日発売『山と溪谷』10月号トップニュース。
平出和也さんと中島健郎さんのピオレドール受賞について。
昨年夏ラカポシ南壁初登攀。登攀の内容は、中島さんがロクスノ85号に書いています。
今回は一人ずつの短いインタビューでしたが、それでもふたりに対して新鮮な発見が幾つもありました。
15年以上にもわたって、ふたりが変容していく様子を見せてもらい、繰り返し書かせてもらえることには、感謝しかありません。
まだまだ書かせてもらいたいこと、見せてもらいたいものがあります。
これまで築いてきた関係を大切に、書き手も精進します。
.
さて、今回のピオレドール、チャムラン北西壁初登攀(マルク・ホレチュク+ズデニュク・ハーク)、テンギラギタウ西壁初登攀、リンクサール初登頂と、日本人と縁のある山が並びました。
チャムランは、今井健司さん、一村文隆さんの魂がある山。受賞のふたりは、平出+中島ペアもよく知るクライマーです。
テンギラギタウ西壁は、各国のクライマーが挑んだと思いますが、日本からも、花谷泰広さん+鈴木啓紀さん、そして高柳傑さんら。
リンクサールは1979年、なんと40年前に立正大学チームが初めて試登した山です。
.
そして昨日、新しくオープンした石井スポーツ宇都宮駅前店のイベントへ行ってきました。
中島さんと、かつてカランカ北壁でピオレドールを受賞し、今回でピオレドールの審査員をつとめるのが2度目の天野和明さんのトークイベント。
ふたりそれぞれから、リアルな声を聞くことができ、とっても面白かったです。
ふたりとも、ふり幅のあるクライマーであり、山岳カメラマンであり、山岳ガイド。

Photo_20200920144901

連載「平成を登った女性たち-山ガール」@ヤマケイ

9/15発売の『山と溪谷』10月号、隔月連載「平成を登った女性たち」は、山ガールです。
かなり苦手分野です。
山ガールブームがなんだったのか、どこにあったのか。
山ガールブームがどこからやってきて、登山の社会にどんなことをもたらしたのか。
.
今回は、山ガールブームのアイコンと呼ばれる方々ではなく、裏方で活躍されていた方々ー編集者の小林百合子さん、佐藤泰那さん、LaLaさかいや店長を務めた山岸裕子さん、それから100名山ブームと山ガールブームをテレビから展開した佐藤耕至さんらに登場いただきました。
佐藤さんは、いぶし銀のヤマオトコ。田部井政伸・淳子夫妻を迎えて、安達太良山のロケをご一緒したとき、地下足袋でいらっしゃったことを憶えています。山ガールブームに関わりながら、そのギャップが鮮やかな編集者です。

Photo_20200920144902

2020年9月14日 (月)

書評『剱岳ー線の記』@秋田魁新報

「秋田魁(さきがけ)新報」9/12の書評欄に、探検家・髙橋大輔さんの新著『剱岳—線の記』について書きました。
1907(明治40)年の測量隊が、「初登頂」と剱岳の頂きにたどり着いたとき、鉄剣と錫杖頭が発見されました。つまり、それ以前に剱岳の山頂に立った者がいたわけで、それはいったい、いつ誰が、どのようなルートでどうやって、なぜ剱岳山頂に納めたのか、髙橋さんは探ります。
その探る旅を描いたのが、本書です。
クライマーにとって、一生かかっても登りつくすことができないであろう、そして通い続けるであろう剱岳に、髙橋さんは別の視点で通い続けます。
書評の紙面は、webでは読むことができませんが、髙橋さんの著書を、是非どうぞ。

髙橋大輔さん
https://dt.exblog.jp/
https://www.facebook.com/tankenka
https://www.facebook.com/MILLET.jp/posts/3563298337034395

『剱岳-線の記』朝日新聞出版(1700円+税)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=22117

Photo_20200914155202

Photo_20200914155201

2020年8月26日 (水)

兄貴/近藤謙司さん

コチラの方のことを、「兄貴」と呼ぶ人は多い。
けれど、私はとても呼べなかったなあ。
いまの仕事をする以前から、高校生の頃から、名前は知っていた。
お会いして、話をするようになったのは、18年前の今ごろ。
.
以来、いいときもそうでないときも、たくさん書かせてもらってきた。
それでも昨日、初めて聞いた話があった。
カンチェンジュンガのこと、知らなかったよ。
そして、まだまだ書きたいことがある。
.
書くだけでなく、ものすごくたくさんのめんどうもみてもらってきた。
下山後、土砂降りのなか傘もささずに、グルンドからグリンデルまで坂道を登り歩いたこと、覚えていないというけれど。
私が土のう袋に座って、毎日ご飯を食べていたことを、いつも笑い転げて話す。ちょっとデフォルメされていると思う、その記憶。
.
生意気承知で言わせてもらえば、けっして順風満帆のときばかりではなかっただろうけれど、20歳あたりからこの業界に身を置き40年近く。
その間ずっと、こんなにも周囲が愛し、信頼するのは、謙司さんの人柄そのものなんだと、つくづく思う。
職業は「山岳ガイド」。けれど、登山者や顧客にとっても、そして同業の私達にとっても、「山岳ガイド」という言葉ではくくれない存在。
.
写真は、真昼間のアドベンチャーガイズ事務所近くにて。

Photo_20200826093601

 

ガストン・レビュファ@YAMAHACK


連載「アルピニズムを継ぐ人々」、第2回は畏れ多くも、ガストン・レビュファです。「山を攀じ登り表現したアルピニスト」。
次回は、ぐぐっと時代がも少しコッチに来ます。

ガストン・レビュファ

116363666_10221339932461489_834346413060

2020年8月21日 (金)

柳沢太貴さんインタビュー@山歩みち

現在配布中のフリーペーパー『山歩みち』035に、掲載。
柳沢太貴さんのインタビュー記事は、これにて一区切りです。

7/20に山歩みちwebに発表した記事(https://3pomichi.com/6435 )を構成しなおし、短くしたものですが、記事の前後に私の感じたことも載せています。
PEAKS webの前編・後編 もいれて、4回にわたって書かせてもらいました。
withコロナの山小屋運営にとどまらず、経営者、リーダーとしての話、チームビルディング、生き方……私自身学ぶことが大きかったです(多かったではなく、大きかった)。
太貴さんの言動は、状況に応じて柔軟に変動していきますが、筋が一本通った誠実さがあるから、周囲は信頼するのだと思います。

じつは先日、二人で話をするなかで、将来についてものすごい一言を聞かせてもらいました。それ……インタビューの時に聞きたかったと内心思いながらも、太貴さんを一層信頼するようになりました。
引き出せなかったのは私の実力であり、また書くタイミングでなかったのかもしれないと思っています。
またいつか、書かせてもらいたいです。
その日まで、こちら書き手も精進しないとなりません。

なお、今号の「山歩のひと」は、佐藤泰那さん。ライターの谷山宏典さんが、さすがっ!というインタビューをしています。
内容は、ランドネ編集長としての10年と、先だってKUKKAを起業したこと、この先のKUKKAのことです。

『山歩みち』035のサブタイトルは「おかえり。八ヶ岳」。愛情たっぷりのこのキャッチ、いいですね。
全国の下記店舗にあります。
https://3pomichi.com/shoplist

 

Photo_20200821164301

Photo_20200821164001

今後の山登りに、明るい未来を@ヤマケイ9月号

『山と溪谷』9月号に、心強い仲間の山田淳さんが、team KOIの成り立ちと、これからの山登りに思うことを書いています。
私のとても好きな文章です。とくに好きなのが、「その中心にいる登山者」という言葉と、「今後の山登りに、~」の後半部分。ぜひ、多くの方々に読んでいただきたいです。

なお同じ号に、佐伯克美さん(富山県魚津市)の「鉄砲水の記憶」があります。人生と山の大先輩の、幾重にも幾重にも味わいのある文章でした。

Koi

«柳沢太貴さんインタビュー@PEAKS web

2021年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

Information

  • ✾登山ガイドについて✾
    現在、MJリンクのサポーターなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。2019年6~11月のガイドカレンダーをお送りします。ほか、オーダーメイドも承っておりますので行き先や内容など、ご相談ください。

Magazines