2012年5月17日 (木)

7 years in Nelson

夜、廣田勇介くんの「7years in Nelson」へ。
彼がこの春に取得した、ACMG(カナダ山岳ガイド協会)のスノーボードガイドの資格のことや、試験の経緯。
それと、Red Bull Super Naturalでのトラビス・ライスとの仕事のこと、さらにはカナダでの登山やスキーのあれこれ、カナダの山々でのいろんな仕事の数々。
そんな話を、ビールを飲みながら、聞かせてもらった。
まったく、ビッグ・ガイである。
このビッグ・ガイが、いま、モンベル新宿店でアルバイトをしているというわさを聞いていたので、本人に確かめたところ、本当だった。

MJ
リンクに参加してくれたことのあるRさんに会った!
ヒロスケ達のガイディングに参加したことがあり、今日は話を聞きにきたのだという。
彼女とは、昨年夏に八ヶ岳を一緒に縦走したが、とてもきれいな歩き方をしていたことが印象的だった。
話を聞くに、ガイドさんの歩き方を真似たのだというが、教わったわけではない。
とても理にかなった歩き方で、衝撃的だった。

冬にお世話になり、まったくお礼も報告も述べないままになっていたチカさんにも会えた。
マムートの由美子さんやラボラトリズムの関根さん、モンベルの設楽くんも来ていた。

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2012年5月16日 (水)

アーユルヴェーダへ

同窓、しかも同じ学科の卒業生であることは、じつは偶然だった。
代々木上原でアーユルヴェーダのクリニックサロンをやっている金子さんのところへ。
カウンセリングを受けていると、自分というものを知ることができる。

清潔感があって、精神性が高くて、思った通りの方に出会えた。
これからも、お世話になろう。

2012年5月15日 (火)

多美子先生と再会

今年も、獨協大学のオープンカレッジでの授業が始まる。
初回は、昨年の春期、そして秋期もやって、今回が3回目。
受講生は、7人、9人、12人と増えてきた。
リピーターの方々もいらっしゃって、ありがたい。

今日は、箱根の浅間山、湯坂路のことと、山の計画の立て方について。
散漫な話になってしまった点が反省。

授業後、中央棟の5階へ行ってみた。
私の出身でもあるドイツ語学科の教授たちの研究室があるところだ。
昨年春に、黒田多美子先生を訪ねたけれど、お留守で書置きをしたままになっていた。
多美子先生は、私が参加したゼミの先生だった。

ドアをノックすると、いつもの声が。
「偶然なのよ、いつもはいないのだけれど、会えてよかった」
と、しばし立ち話。
今年から学部長をされているそうで、次回からは3階の学部長室に来てくれと。

短い時間だったけれど、沢山話ができて、そして多美子先生がまったく変わらず、タフでチャーミングでいらっしゃることが、ほんとうに嬉しかった。
先生のゼミで勉強して、先生に教えてもらえて、ほんとうによかったと思っている。

ちまたでは、我がゼミは、「トケツゼミ」と恐れられているという話を聞いたことがある。
血を吐くまで勉強させられるというような意味らしい。
確かに厳しいところもあった。けれど、多美子先生には愛情が沢山あった。

ヴァイマールからナチ時代の歴史研究について学ぶだけでなく、モノの見方とか考え方とかを教わった。おかげで、いろいろなことがあって迷っても、いつかはまた道を見つけ出す力を与えてもらったように思う。

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2012年5月14日 (月)

校了、入稿、打ち合わせ2件

雑誌のインタビュー記事3ページ分を編集者に送信。

JAC
会報『山』の校了日にて、ゲラのやり取り。

打ち合わせは、近所のファミレスで2件。
ひとつは、求人広告の件。
もうひとつは、実家のリフォームの件。
古い家で屋根や壁の修繕が必要なことと、お風呂周りなど母が生活できるように作り変える必要があるため。

リフォームは楽しいけれど、あれこれやっていたら、けっこうなお金がかかることがわかった。

校了は明朝にずれ込み、夜はお世話になった何人かの方々に手紙を書く。

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2012年5月13日 (日)

浅間嶺へ

いつものF山岳会月例ハイキングの日。
ちょうど今、USにある乳がん財団が創立20周年であり、それを記念したパーティやハイキングがサンフランシスコ近郊で行なわれている。
会員のなかには、こちらに参加している人たちもいて、今月はこじんまり。

リーダーはIさんで、私はサブリーダーの当番。
行き先は、先月下見をした浅間嶺。数馬から払沢までをつなぐ昔の交易路だ。

若葉が本当に柔らかい色をしていて、きれいだった。
近くの木々も、遠くに眺める山々も黄緑色だった。

今月は、久し振りに同い年会員のWさんも一緒になって、帰りの電車でおしゃべり。
彼女は、学校の先生でバドミントン部の顧問なのだという。お子さんも育てて、仕事もして、会の活動にも参加して、いったいどんな風に毎日をスケジューリングしているのか、教えて欲しいところだ。

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2012年5月12日 (土)

舟勝さんの教え

御宿でやるべき仕事を、なんとか午前中のうちに片付けて、横浜方面へ。
物件探し。今日も挫折。これは、永久挫折になるかもしれない。

そういえば、一昨晩、御宿の舟勝に行ったとき、おじさんが興味深い話を沢山してくださった。
忘れないうちに、メモしておこう。

夜の御宿の沖にみえる船の光の手前にある赤や青のランプは、エビ漁の網。午後3時にかけて、夜中2時に引き上げるそう。

昨晩のなめろうはトビウオだった(写真)。旨い。いまはトビウオの季節だけれど、次はいさき。アジのなめろうは、千葉以外でも比較的よくみるけれど、それはアジはいつでもとれるから。なめろうのなかでは、いちばん下。なめろうは、商品外規格となったトビウオやイサキ、アジを骨ごとたたいて、たたいて作る。そのあと、少しでも骨を柔らかくしようと氷入り酢水につけて、食すのがなめろう。たんなるたたきではない。

しめのカニコシはいついただいても旨い。カニを甲羅ごとたたいたのち、冷や水でたんぱく質だけかためたもの。何度もこしているのでまろやか。このカニは、イセエビ漁の網にひっかかってくる売り物にならない小ぶりのカニを使う。小ぶりなんで、甲羅ごとつぶして食べるという漁師たちのアイディア。(たしか、勝浦ではコシカニというのではなかっただろうか???)

このあたり(御宿)の漁師たちは、波の高さ4メートルで隣の船が波に隠れてマストさえ見えなくなっても、漁を続ける。風速18メートルでも漁に出るんだって。先日、八甲田で風速18メートル。板をはくのも大変だった。気を引き締めて、安全に降りることだけ考えるし、耐風姿勢も取るというのに、猟師さん達はすごい。おじさんいわく、そんな荒波からとれる魚は、いっそう美味しいのだとか。

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2012年5月11日 (金)

ピロタンの応援

昼過ぎてから、千倉へ。
JPSA
のプロトライアル観戦に行った。
御宿から千倉は思いのほか遠くて、しかもお腹がすきすぎていたので、途中でサザエカレーまで食べてしまい、時間がかかった。
しかし、SHOOTSのピロタンはすべてのヒートをトップで勝ち抜いていたので、間に合った!

いよいよ本大会になるというので、ドキドキしながら応援した。
結果は、round1で敗退という残念なものだった。
たいしてサーフィンをするわけでもないくせして、なんだか、じーんときた。
彼女のお父さん、お母さんとは同世代なので、なんとなくしんみりした。
かなっぷにいたっては、「僕たちが久しぶりに会いに来たから、緊張させてしまったのかもしれない」と、半分自意識過剰なことまで言っていた。
ヒートが始まる前に、わざわざ挨拶をしてくれたからだ。
その時、かなっぷが、「たまたま休みだから来たんだよ」と言ったことに、私は「ひどい」と言った。たまたま来たんじゃなくて、応援に来たんじゃん。
けれど、彼女の父親と同い年のかなっぷとしては、余計な緊張をさせない配慮だったらしい。
完全片思いだけれど、こまごまとしたところに、気を使っている。

まったくの素人がわからずに言うことではあるし、負けるのは力不足なのだろうけれど、それでも感動的だった。
最後まであきらめずに波を取りに行くところや、完成度は低かったのかもしれないけれど、人を感動させるようなライディングをするのだ。美しい一瞬がある。
彼女の応援団のところで、一緒に観戦していたのでひいき目かもしれない。
JASP
の大会もround1あたりだと、観戦者も少なく静かにヒートは進んでいくのだけれど、ピロタンが海から上がってきたときは、ほかのプロたちが駆け寄って、あーでもない、こーでもない、もっとこーしろというような愛情あることを、沢山言っていた。
素直なこの女の子は、みんなから愛されているんだなあ。だから、実況中継のアナウンサーまで、感情移入していた。

女性のほかのroundも、男性の試合も観たけれど、うまくても感動しない時もあるし、あるいはなんだか残念だよなあ、というような裏切られた感のあるライディングもあったりする。
だから、人を共感させられて、悔し涙まで流させちゃうなんて、すごいことだと思う。

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2012年5月10日 (木)

勝手に、SHOOTSのコトを書きます。

久しぶりに御宿へ。
いくつかの仕事をかかえて。

海に入ろうにも、雷が轟きだし、あっという間に空は真っ暗に。
いろいろ買い出しをしたあと、SHOOTSへ。
こんな天気であれば、海から戻ってきているだろうと見込んだのだけれど、もちろんお二人ともいらっしゃった。

ことし、SHOOTSは開店10周年だという。
あの、手描きのチラシは、いまでも御宿のアパートに保管してある。
あのチラシを見て、亡父が遺したこのアパートの目の前がサーフスポットであることを知り、夫はサーフィンを始めた。
私は、かなり出遅れたが、ちょっとだけやってみるようになった。

SHOOTS
のトミーさんのお下がりだという中古の板を手に入れたとき、「なにかあるといけないから」と、ノートを差し出され、そこに電話番号を書いた記憶がある。
山も海も同じだ。
有事の際に、どこに連絡をしたらよいのか、連絡などやれることをやるのは仲間として当然のことである、という姿勢が、最初からとくに断りもなく、自然とあった。
その思いやりに感謝した。

思うに、SHOOTSのお二人というのは、とても確かな信念を持っていて、しかしそれはけっして頑なであるとか、頑固であるとかいうのではなく、信念はあくまでも本人たちの心のうちにあるもので、彼ら自身は、とても温和で、オープンマインドなのだ。
偉大なクライマー達と同じだ。

だから、明日の試合は楽しみだな。そんな二人に育てられた娘が、出るのだから、私たちも応援に行ってみようと思う。

2012年5月 9日 (水)

Hitsuji Project「山の本を読む会」のご案内

Hitsuji Projectのオリジナルイベント「山の本を読む会」の参加募集開始。
これは、互いに山の本、自然やアウトドアに関する本を持ち寄って、シェアしようという試み。

ちょっと堅苦しく感じるかもしれないが、そんなことはなく、自分の好きな本についてあーでもない、こーでもないと放談いただき、それについてフムフムフム、と聞けばいいだろうっていうラフな会なのだ。
そもそも本なんていうのは、それぞれの好みが強く出るものであって、そこにいいだの悪いだのってものは、なんらない。

しかし、私自身は、山に登るという行為と、文章で表すという行為は切っても切れない関係にあると思っていて、登山そのものが創造性ある行為なのだから、おのずとそこには芸術性があり、文章で表す場合にも表現、というものが含まれてくる、いいいやそれ以前に、登ること自体が表現なのだと思うのだ。
だから、山と本は切っても切れない関係。

6/20
のイベントの会場は、神田神保町にあるcafé+Flug。石井スポーツ神田登山本店の脇を入っていけば辿り着くのだ。
Flug
というドイツ語は、「
飛行」「空の旅」という意味があり、さらには「時間的経過」「飛翔」「思考的高揚」というような意味を持つ場合もある。
Flug450”と記して、“450便”とフライトを現すような使い方もする。
という、店名に由来して、美味しいドイツビールとドイツ料理が食べられる素敵なcafé
そして、なぜだか旅にでたくなるような雰囲気もある。

私は、今日から、「山の本を読む会」の日までに、参加者さん達が気にかかっている本をすべて読んでみよう、という無謀な計画を立ててみた。
参加申し込みの際に皆さんが書き込んできてくれる、「好きな山の本」や「山以外で好きな本や作家」について、そのなかで私が読んだことがないものは、この際だから、読んでみよう、みんなの世界をのぞいてみよう、という意気ごみだ。

しかし……果たして、そんなことができるかどうかは、わからない。

下記写真は、Hitsuji Projectの告知ブログに掲載したもの。
まさみん撮影の私のうしろすがた。数年前の晩夏、東北の山を縦走した際に、Hitsuji Projectの原型アイディアが、二人の間に浮かんだ。
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2012年5月 8日 (火)

子どもが描く、夏休みの山登り

午後から、渋谷にあるいつものサロンへ。
今日は取材。
このサロンを主宰する裕子さんは、MJリンクという女性向け登山サークルのイベントにいつも参加くださる方。
ではなぜ、私がこのサロンに通うようになったかというと、同じくMJリンクに参加してくださっている由果ちゃんが、力説して私に勧めてくれたから。

裕子さんを取材するのは、いま準備中の自著のため。
詳細は、自著の発売を待っていただきたいので、裕子さんのこともこのサロンのこともなかなかブログでは説明しづらいのだが。
今日は、彼女が宿泊を伴う登山に持参するスキンケアアイテムについて、ちょっとだけ写真を撮らせてもらってので、以下に掲載。

今日の取材でいちばん心に残ったのは、取材が終わった後に裕子さんが見せてくれたノート。
息子さんが数年間に渡って綴ったもので、その間の家族での登山について書いてある。
夏休みの宿題ということで、学校に提出したものだ。
初年は、木曽駒ヶ岳。しかし悪天で思うようにいかず、翌年もチャレンジ。
裕子さん親子のスゴイところは、ココ。
登れなかった、自分の満足いく登山ができなかった、となれば、翌年にも再チャレンジ。時間はかかっても、決して無理せず、一歩一歩積み重ねていくのだ。
3年目の去年は、唐松岳。しかしこの時も天候がいまいちで、展望もなかったため、この夏は唐松岳周辺で新たな計画を立てているようだ。

息子さんのノートは、年々専門用語も増え、また登山のプランニングに関して、確実な見解をもっていて驚く。というか、こちらが学ぶ点多々。
また、自然のいろんな小さな動きに関心を寄せていて、そんなことにも、こちらは心が引き寄せられる。

宝物のような、素晴らしいノートを見せてもらって、心があらわれる気分だった。

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2012年5月 7日 (月)

さっちゃんに会う

実家の帰り道。
家の前の小さな道から大通りに出てすぐに、歩道を歩いているさっちゃんを見かけた。
さっちゃんもすぐに私に気づいてくれたようで、手を振っていた。
すぐに車を停めて、おしゃべり。
近所に住む小学校のときからの幼馴染だ。
いまは、職場まで歩いて通っているのだという。

夕暮れどき、乾いた風が吹いていた。
そういえば、さっちゃんの誕生日は510日だった。あれ……それは幼稚園からの幼馴染のすーちゃんの誕生日で、さっちゃんは11日だったかな。
なんてことを、別れてから考えた。

さっちゃんの爽やかさは天下一品で、歳を重ねてもちっとも変らない。
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2012年5月 6日 (日)

カンヅメ終了

カンヅメになった甲斐あり、それなりに仕事は進んだ。
しかし、生活の立て直し(つまり部屋の掃除とか、後回しにしているいろんな家事とか)まで手はまわらず。
そして、お世話になった幾人かの方への手紙も、まだ書いておらず。

2012年5月 5日 (土)

内臓の冷え

夕方、漢方医の診察予約をしてあったので、都心へ。
家から最寄駅に歩いていく途中で、GW中であることをまざまざと思い知らされた。
地元のクルマや駅に用のあるクルマは優先できるよう、観光のクルマとレーンを分けたりと、お巡りさんが大勢出動していた。
駅も激混みでびっくりするほどだった。

今日診てもらった漢方医の方の話では、私の場合、内臓の冷えがあり、それが冬から春への季節の変わり目を上手に過ごせない一因なのではないかと。
冷えがどこからやってくるのか、ずっと不思議がっていたが、日ごろどんなスポーツをしているか話をしたところ、雪山やスキーが原因となっているのではないかという。
たしかに、気温は低いし、場合によってはそれでも汗ばみ薄着であったりする。
お腹周りや腰やお尻とか、胸のように脂肪の多いところは冷えが早い。
それが内蔵をも冷やすと。

下山後、温泉で体を温めたり、防寒着を着たり、温かいものを飲んだりしても、あまりにもそれを繰り返していると、冷えが進み、その冷えが春まで残っているのではないかということらしい。
うーん。そうなると、山ヤのほとんどは内蔵が冷えているのだろうか?

ともかく、いまからでも遅くないので、冷えをとる努力。

来月の学会のレジュメを仕上げ、たまっている事務仕事も片付いてきた。
明日1日で、原稿を2本書いて、部屋の掃除をして、自著のインタビュー依頼をして……ああ、やっぱり時間は足りないようだ。

2012年5月 4日 (金)

カンヅメ後半戦

複数の仕事を並行して進めているため、どれもが少しずつ前進しているものの、どれひとつとして完結できないまま、54日。
カンヅメ生活もあと2日間だ。

なにを隠そう今朝は寝坊をした。
そして、山岳部の後輩であるクリの電話で起こされた。しかしどうやら寝起きだということはさとられなかったようだ。
大町に住むクリは、「こっちは天気悪いよ。今日は晴れてきたけれど、また明日から降るんだってさ」と言っている。
クリの家からは後立山連峰がそれはそれは晴れ晴れと望むことができるのだけれど、今日はきっとどんよりしているんだろうなあ。

てっきり、私の山仲間がクリたちの講習会を受けにいったからその話かと思いきや、義母さんが買う登山道具の話だった。

「まあ無理しないで、仕事したほうがいいよ。働き過ぎはよくない。やめちまえ。身体を壊してはいけない」としきりに言う。
この数年、クリはこんなことをよく言うようになってきた。
「そりゃ、老眼にもなるだろうし、白髪も出てくるだろうよ」とまで。


夕方、『岳人』の付録冊子をほぼ完全な形にしてデザイナーさんに戻すことができた。
これで11日の下版には間に合うだろうか。
この連休は、デザイナーさんもイラストレーターさんも、休まず働いている。

冊子作りが終わったので、そろそろ仕事の軸足を自著に移していこう。

2012年5月 3日 (木)

モバイルサイト「ココロネ」

カンヅメ仕事も後半戦に入った。
今日は、あれやこれやと、山に登るお医者さんと電話をしながら調整。
今日は診察の日のようで、ピッチが鳴って途中で電話が切れたけれど、また連絡をもらって話の続き。

私が思わず、「山に登るお医者さん」と呼んでしまう彼ら彼女らとは、長年のお付き合いになる。
一緒に本を書かせてもらったり、私の記事を監修してもらったりしてきた。

今日は、仕事の話からそれて、野外救急法の話にまで。
近年、日本でも野外救急法(ウィルダネス・ファーストエイド)の講習を受けられる機会が増えてきた。
それによって、山岳ガイドのような登山の専門家のみならず、心ある一般登山者のなかにも、受講生が増えてきた。
日本でしっかり根を張って展開していくには、まだまだ解決しなければならないことが沢山あるのだけれど、それについて、今日電話で話をした医師の方は、とても積極的だった。
なんら壁を作らず、いろんなことを取り払って、いろんな立場の人たちが集まって話をしようよ、今後、どうやっていったらよいか、それぞれの専門性を出して話し合おうよ、とそういう機会を作ることに、とても好意的だった。

長年お付き合いいただくと、私も言いたいことを率直に話したり、また相手も、いろんなことを話してくれたりする。
その中でこっそりと、そっと、先輩の皆さんは智恵を授けてくれたりもする。
そんなお付き合いに感謝。

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月下旬のうすら寒い日に取材した高尾山の模様が、モバイルサイトの「ココロネ」にアップされたそう。
あの日はなんと、頂上直下で横殴りの雪にあうという寒さだった。モデルのお二人もびっくりされていた。
アクセス先は以下。
http://m2.mobcon.jp/ol/m.oaklawn.co.jp/cocorone/report/011_1.html?psid=1xiHNy4lYchV%2C2mBzi3Ft3

携帯電話orスマートフォンのみでご覧いただけます。パソコンからはアクセスできません。
426日公開
「#11 山登りビギナーでも楽しめる登山体験!「高尾山登山にチャレンジ!」
52日公開  
「#12 山登りビギナーでも楽しめる登山体験!「女子的登山の楽しみ方」

ライターでありコーディネーターである薮内加奈さんのおかげがあってできあがったページ。
ウエア提供はmont-bell

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近所のジョギングコース。芝生の上に散った、大島桜。


2012年5月 2日 (水)

実家へ

今日は途中、カンヅメ仮出所して、実家へ。
短時間での往復で済まそうとしたが、そうもいかず。
いったい、世の方々は、高齢の親の介護や面倒について、どのように時間を割いてやっているのか、知りたい。

なるようになれ、なるようにしかならない、と思う反面、血のつながった母娘ゆえ、スムーズに進まないことも。
しかし、今日はいい感じで、一歩前進。こんな日ばかりではないが、やっぱりなるようにしかならない。

とても手入れが行き届かない庭は、緑濃く雨に濡れていた。

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2012年5月 1日 (火)

カンヅメ3日目

カンヅメ3日目は、各方面営業日となったし、山の天気は思わしくないのでガイドさん達は下界に降りてきているし、何人かと電話やメールでお話。
そうか、そんなこと考え、自分で自分の方向性を打ち出し、仕事をしていたのか……と敬服したり。
最近のフリーランスライターや編プロのあり方に関して、ご意見いただくメールを受け取り、考え込んだり。

同業の女性からもらったメールには、仕事の苦悩が書かれていた。
この業界、思うよりもずっと女性が生きにくい社会なのかもしれない。
その先頭を歩んで、道を切り拓いていこうとしている友人が、どれほど辛い思いをしているのか。
苦労や努力が、やがて報われるのであれば(この社会のなかで誰かのためになるのであれば)、きっと迷わずにそれを続けるであろうが、彼女はそういう人だし。
けれど、それを受け入れ尊重できない社会環境こそが、いろんな可能性をつぶしているのだと思う。

いつも友人が言っているのは、分かり合える同性の仲間が少ないということだ。
たしかにそうかもしれない。それは孤独なこと。

どんな仕事だって、とくにフリーランサーでやっていれば孤独だと思うし、書くというのは孤独なことである。
しかし、その孤独な仕事のなかにあっても、互いを理解して力を貸しあえる相手がいれば、全力で孤独な世界に入って、仕事に没頭できるのだ。
私にとっても数少ない同性の同業仲間であり、職種こそ違っても、分かり合えたり励ましあえる部分があると思っているし、そういう友人がいるのは、幸せなことかもしれない。

2012年4月30日 (月)

Active Shell

カンヅメ2日目、無事終了。
我ながら、生産性は高いと思う……たぶん。

GORE-TEX®
Active Shellが届いた。
非常に高い透湿性を備え、非常にしなやかでやわらかく、肌触りもよい快適なシェル。
雨具と呼ぶものではないけれど、一定レベルの防水性もある。
昨年アウトドアや登山に関連するフリーランスライターやエディターたちが集まったミーティングのときに、説明を聞き、私も時々、テストシェルを使っていた。
生地の風合いは、ほんとうにしなやかで、まったくストレスがない。
透湿性が高いことも実感していたが、どこまで高いのかできればその限界を知りたい(どんな商品にも限界はあるので)と思っていた。

今回は、マムートのShira Jacket Women
低山、高山、いろんな季節、いろんなアクティビティ、場面で使いつくしてみよう。
ヨーロッパでいい勢いで売れているということは、各方面から聞いたので、できれば私も、湿度の違う国(日本ではないところ)でも使ってみたい。

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2012年4月29日 (日)

GWカンヅメ週間の始まり

GWカンヅメ週間のはじまり。
GW
中にやるべき仕事は、

1)現在作成中の冊子について、下版の目途をたてる
2)現在執筆中の自著について、次なるフェイズへ進む、つまり原稿整理と取材依頼
3)秋から連載開始のインタビューについて整理する
4)夏中に仕込まなければならない、プロモーションについて各方面に依頼
5)『山』5月号については、3ページは入稿する
6)雑誌4ページ分の原稿を書く

これぐらいだな、たぶん。
籠りっきりになりそうなので、途中、いかに体を動かしていくかが課題。

さいわい、出版社からの電話は止まったし、家の周りは心なしか静かだし(みんな出かけた様子)、仕事がしやすい環境だ。
ちょっと大通りに出ると、観光客によるクルマ渋滞が始まっているので、間違ってもクルマは使ってはいけない、すべて自転車で済ませたほうがよさそうだ。

2012年4月28日 (土)

蔦谷書店@代官山

代官山での仕事の空き時間に、蔦谷書店へ。
前回も立ち寄ったのだけれど、こうやってじっくり寄るのは初めて。
なんら、本好きに裏切りのない本屋だと思う。
それは在庫数でも品ぞろえでもなく、やっぱり見せ方というか、提案の仕方というか、世界の創り方なのだと思うのだが。
書棚に囲まれた空間に入っていくと、ワクワクしてくるのだ。

ああ、危険な世界。今日もまた散財してしまった。
ずっしりと重たい紙袋が、レジにて手渡された。
しかし、本の重みというのを、私は好きだ。

見落としているかもしれないが、登山の雑誌がなく、また登山に関連した書籍がごく僅かしかなかったのは、山書のクオリティが低く、美しくないからだろうか。
これは、真剣に考えたい。

仕事仲間であり友人でもある写真家の一井りょうさんの棚があった。
りょうさんの写真が大きな額縁に入れて飾られていて、『THE VEINS』が平積みしてあった。
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夫と合流後、隣のAloha Tableでランチを食べ、映画館へ。
先日、モンベル大雪ひがしかわ店で宍戸開さんにお会いしたので、出演の映画『テルマエ・ロマエ』を。

夜は、近所の焼き鳥屋へ。
同世代の方がやっているのだけれど、素材が新鮮で焼きも美味しく、しかも安い。大人気の店。
GW
初日ということで、めちゃくちゃ混んでいて、店が盛り上がってきた。
皿洗いぐらい手伝ってきたかった気分。

2012年4月27日 (金)

会議の日

夕方、ミーティングへ。
新発売の商品について、どのようにプロモーションしていったらよいか、アイディア出し。
それから、6月から始まるイベントの告知方法などについて。
さらには、秋から始まるインタビュー連載の詳細について。

ここ数年、書く仕事以外に、登山ガイド、講演などの仕事が増えたが、ここにきて、なにか(イベントやプロモーションなど)をコーディネーションする仕事というのも出てきた。
これまで書く仕事のなかで培ってきたことが活かせるのであれば、これもまた楽しく、勉強になる仕事だ。

夜、「山ガール管理栄養士」さんであるタニカワ久美子さんという方のクラスに参加した。有楽町にあるケンウッドのショールームで開催されたもの。
前半で、運動がいかにストレスを緩和させるか、体重増加のほとんどの原因はストレスにある、というようは話を聞いた。
後半は、彼女の友人というバレリーナ―でありヨギーである方のデモストレーションと、タニカワさんお勧めの東京近郊の山について。
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その後、有楽町の書店へ行き、もうひと仕事。

今晩は、西片さんの定年退職のお疲れ様会だったが、仕事があり出席できなかった。
彼女は、前職のときのボスだ。
私が退職する少し前に退職し、その後再び戻ってきた。
一度退職した職場に戻り、活躍し、定年まで働くというのはほんとうにすごいことだと思う。

夜遅く、仕事帰りの夫と有楽町で合流し、夕食。
超超久しぶりに、中園亭へ。
四川なまりの中国語を久しぶりに聞いた。

2012年4月26日 (木)

編集の会議

昼から、JACで編集会議。
次号の打ち合わせと、今後の作業内容や分担、その他について。
紙面の充実もさることながら、まずは作業する環境を整えることが先決のようだ。
予定の2時間を大幅にオーバーして終了。

その足で、Y編集部へ。
前任の編集長がいるので、諸々相談。

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2012年4月25日 (水)

旭岳を滑る

今日こそ旭岳へ。
下からクルマを走らせていくと、湖のあたりからきれいに全容が見えた。
昨日までの天気とは大違い。あとは風さえ止んでくれれば。

朝イチのロープウェイに乗ろうと準備をしていると、隣に車を停めた女性が話しかけてきた。
ひとりで車で旅しながら、山登りをしようということらしい。
しかし、どうも話がかみ合わなく、足元もウエアも心配になるようなものだった。
のちのち、私たちがロープウェイの山頂駅まで降りてきたときに、全身びしょ濡れになり、トレッキングブーツの靴ひもも全てほどけた格好で歩いてきたので、少々驚いた。
いったい、どういうことだったのだろうか。

強風のため、ロープウェイの運航開始が遅れたけれど、無事に出発。
こりゃ、風が強いなと山頂付近の雲の流れや雪煙を見ながら思った。
シール歩行を続けて、やがてそろそろ板を脱ごうかなと思うようなあたりに到着。
先行していたかなっぷは板を履いたまま登り続けていたけれど、私は脱ぐことにした。けれど、この強風ではとても背負うことはできない。
これでは、山頂まで板を上げられないな、今回も北面を滑るのは諦めざるを得ない、と思いながら、板を持ってともかく登った。
適当なところにデポしようと思っていたのだ。

しかし、かなっぷが上から下りてきて、「もう降りよう」と言う。
アイゼンはもっているけれど、ピッケルはないし、これ以上登らなくてもいいだろうというほど風は吹いていた。
夏道を横断して、南側の斜面に入りたいのだけれど、この風の中、板をはいたりするのもツライ。
もうちょっとだけ歩いて標高を下げ、雪がつながっているところから斜面に入った。

けっこう岩が出ていて気をつけなければと思いながらゆっくり滑っていたのだけれど、転倒。
運悪く岩の上に雪が薄く載っているだけだった。スピードが出ていなかったからなんともないだろうと思ったけれど、あとで見るとまるでザクロのようなアザ(ザクロのような色と大きさに腫れあがった)ができた。

途中からは滑りやすくなり、風も弱まってきて広い斜面はとても楽しいものだった。

下山後、湧駒荘へ。
昼ごはんを食べて、温泉へ。
スノーボーダー竹内智香さんの実家であるこの宿は、なんと5つも源泉をもつ。以前泊まったときに、とても気持ちよかったのを思い出し、寄ってみた。
日帰り入浴で入れるのは、ふたつだけだけれど、天井が高くてとても気持ちよい浴室なのだ。

夕方旭川空港に到着し、ちょっと早いフライトで(安いチケットなので)、帰宅。

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2012年4月24日 (火)

モンベル大雪ひがしかわ店

今日は山に上がれるかなと思ったけれど、朝から雨。クロカンのコースに出る気も起きない。
旭岳という山は登らせてくれない山というか、私が短期間で来ることが多いのがいけないのだけれど、山頂に立ったのは数えるほどだ。
視界が悪く、時折雨も降るので、ロープウェイでコースを流すのみ。

その後、東川町の家具屋さんを2軒回った。
とくに下調べもなく、地図を見て立ち寄った2軒だったけれど、ここに寄れてよかったと思った。
ひとつは、基さんの創るT.MOTOI。モダンなデザインだった。2軒目は、宮地さんの創る工房宮地。チューリップチェアがものすごく気にいった。椅子は背もたれで座るものだというのだ。背もたれも座る部分も全て木材。

夕方、モンベル大雪ひがしかわ店の内覧会へ。
東川産の木材をふんだんに使った店内は、とても明るくて気持ちがよかった。
地元のクライマーや東川町の人たちなど大勢来店していた。
今日はどの店(家具屋さん、酒屋さん、喫茶店、肉屋さんなど)に入っても、「モンベルがオープンするのは知っている?」と聞かれた。
この街で(あるいは旭川市で)、大きな話題のようだった。

後日、同業界のある方が、このように山の近くにある小さな街にアウトドアショップを作っているのはいまのところモンベルしかないけれど、いいことだとおっしゃっていた。
その方は、「よくアメリカとかには国立公園の入り口にあるでしょう」と。

モンベル大雪ひがしかわ店は、東川町の目抜き通り、ど真ん中にある。旭川空港でレンタカーを借りて旭岳に向かう人たちは、必ず通過する位置であり、そして三段山に行くにも通ることができるような位置であり、さらにいうと富良野に行くにはちょっと通らないけれどでも立ち寄ってもいいかな、という位置であったりする。

夜、H部長の誕生日会があるといので、おじゃまする。
来年には定年を迎えるのだそう。
誕生日会には、東川町の観光協会の大塚さんと河辺さんもいらっしゃった。
そこで話を聞き、ほんとうにビックリ!

昨日も走らせてもらった、旭岳山麓のクロカンコースを整備しているのは、いつもお世話になっている宿の春菜さんであるが、ナント、春菜さんと一緒に大塚さんも整備をしてくださっているのだそう。いったい、春菜さんが留守だというに誰がコースを踏んでくれているのかなあ?と思っていたのだ。
大好きなコースを整備している方にお会いできて、光栄。
河辺さんは、街に詳しい方だそう。
東川町の中心地は旭岳に来るたびに何度も何度も通過しているけれど、街のことはほとんど知らなかった。
木工家具屋さんが多いこと、椅子の街といわれ、赤ちゃんが誕生すると「君の椅子」といって、木材の椅子がひとつプレゼントされることぐらいしか知らなかった。

けれど注意深く見ていると、丁寧に作られた木工家具(椅子やベンチ、棚など)は、公共施設などでふんだんに使われている。
それに、さらに今回知ったことだけれど、東川町は、①上水道がない、②国道がない、③鉄道がない街だそう。
全町民の使う水を、地下水でまかなっている。

美味しい豆腐屋さん(平田とうふ店)や美味しいハム屋さん(あおい杜)も発見できた。
次回は河辺さんに更なる街情報をいただきたい。

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2012年4月23日 (月)

旭岳クロスカントリースキー

羽田や成田が近い我が家からは、北アルプスへ行くよりも旭岳の方が近い感覚があったりする。旭川空港に降りて、レンタカーに乗ればすぐに山麓に着くからだ。
難点はひとつ。天気がすぐれないからといって直前に行き先を変えることができない(エアチケット購入済みであり、大概変更には結構な金額のかかるチケットだったりするから)。

今回はあいにくの巡りあわせになりそうだったけれど、出発。
初めて、成田空港を使ってみた。朝の便でも混まずに滑走路で待たされることなく飛んだ。
旭川空港で、偶然にもH部長にお会いする。
天気が天気なので、明後日にオープンのモンベル大雪あさひかわ店に寄ってから、旭岳方面へ向かった。
常宿夫妻は、この時期恒例の山菜取りの旅に出てしまったようで、今回はご縁もあってラビスタ大雪山へ投宿。

かなっぷは宿で無料のクロカンレンタルがあり、喜んでいた。
私は昨晩慌ててメンテナンスしたいつもの板でコースへ。
旭岳山麓には3つのクロカンコースがある。せっかくなので、それらすべてをつないで大きく一周してみることにした。
距離にして10数キロ。たぶん15キロはないはずだ。

久し振りのクロカンだったけれど、この程度の距離であれば大して苦にも思わず、走れるようになった。
上の湿原に上がるには急な坂も続いたが、なんとか登れた。
かなっぷにも、「まえはバタバタしていただけだったけれど、今では板が走るようになった。上達したのでは」と言われた。
ほんとうに少しずつだし歩みは遅いのだけれど、それでも上達を感じることができたときは、ものすごく嬉しい。
これはクライミングにも、勉強にも通ずること。

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2012年4月22日 (日)

山岳部OB会総会

母校大学山岳部OB会の総会。
一昨年度、部員ゼロになって休部になったけれど、昨年は部員が公式では5人いて、活動を再開した。
といっても、まだまだよちよち歩き。
今日は、昨年度に引き続き主将をする能代谷くんと副将になったナオミチがやってきた。
不思議なものだ。ちょっと前までまだ高校生のような顔をしていたナオミチが、2年生になって後輩をえて(たぶん、入部してくれるらしい)、副将になった途端、引き締まった表情をしていた。

よく友人とも話をするのだけれど、大学時代の化け方はすごい。
若くて伸びしろがあって、いくらでも化けられる時期なのだ。
弱弱しかった部員が、ものすごく強い山ヤになったり。4年後のことなんて、誰にもわからない。

飲み会は2時間で引き上げて、帰宅。
原稿書きと、明日のパッキングとスキー板のワクシング。

2012年4月21日 (土)

『もっと行きたい! 東京近郊ゆる登山』

ちょっと前にいただき、時間ができたら紹介しようと思っていたご本。
ライターであり編集者でもある西野淑子さんの『もっと行きたい! 東京近郊ゆる登山』
先日ある集まりでお会いした方が、「今度の西野さんの本がどれぐらい売れるか、それが山ガールブームがどれほど続いているかのバロメーターになるんじゃないですか」と言っていた。
そうか、それはすごいことだなあ。自著が、ブームのバロメーターとなるなんて!とひたすらうなずいた次第。

写真は前回の著書に続き、和氣淳さん。それとケイン石森さんも加わっていた。
石森さん、最近山や編集部ではなく街ばかりで会っているけれど、いつものような物語があるような写真を撮っていた。
和氣さんには、以前MJリンクに取材に来ていただいたことがある。とってもいい雰囲気の写真を撮る方だなあと思っていたが、今回も期待通り。

前著の『東京近郊ゆる登山』と比すると、一歩先をいったガイドブックというよりも、山歩きを続けていて、もっとこんなところも登りたくなるんじゃないかしらっていう紹介かな。
こんな山もあるよ、こっちもあるよという気持ちがこもっているのではないかと、と勝手に解釈。
個人的には、F山岳会の月例登山の参考にもさせていただこう。

コラムにあった、ザックの外側はスッキリとに、大賛成。
西野さんは、「ザックの外側にコップやペットボトル、脱いだ上着などつけていませんか?」「木などに引っかかると、とても危険ですよ」と。
最近は、ペットボトルを入れるネットがついたザックも多く見るけれど、あれはアメリカのバックパッカー仕様のようなものだろうか(と思っている)。
フィールドによって違うかもしれないけれど、日本のトレイルは細いところもあるし、ペットボトルを入れるのは、賛成できないな。
理由はいろいろありすぎるのだけれど。
コップは口につけるものだけれど、汚れちゃう。

2012年4月20日 (金)

あっという間の返信

これから数ヶ月、本腰を入れて原稿書きにいそしまなければならないのだけれど、ほかの仕事も多くて、なかなか進まない。
しかし、忙しい人ほど、仕事が沢山ある人ほど、すぐに返事をくれて、フットワークが軽くて、問題解決能力が高いのだと、当たり前のことをまたまた思ったのであった。

秋から始めるインタビュー連載のために、あちこちメールを送ったところ、海外組は山から下りてきたらただちにメール返信くれて、国内組はものの見事、全員が電話で返事をくれた。
ちょっと電話をかければ、2wayで話ができて、あっという間にモノゴトが進むのだ。
こういうところが、フットワークの軽さというか。そういえば、そのうちの一人は、先月は奥大日岳の雪洞のなかから携帯メールをくれたのだった。

ありがたいことにトントン拍子で話が進み、そのテンポたるやこちらの予測以上だったため、ふたたび調整が必要になってきた。
「しょっちゅう山のなかだから」「海外滞在期間も長い人たちだから」「夏の繁忙期なんて下界にいないだろうから」と早めにアポ入れ始めたけれど、これだったら夏から連載開始できそうな勢いだ。

山岳ガイド、登山家、クライマーなど、山に関わるいろんな人たちをインタビューしてきたけれど、みんなつねに成長し、いままでの自分のカラを破り、前に進んでいる。
そのなかに悩みや困難な壁がなかったわけではないのだろうけれど、たゆむことも怠ることもない。
どんどん成長していく彼らをみるにつけ、書き手は書き手として成長しないと、彼らにおいていかれる。
彼らに話を聞くことができなくなるばかりか、話を聞いても表現する能力がおいつかなくなるのだ。
彼らを表現するにふさわしい成長を、私は私でとげないとならない。

と、いくつかのとても肝のすわったメールを読みながら、思った。

2012年4月19日 (木)

『山歩きはなぜ体にいいのか』3刷!

先日ご紹介したワンゲルガイドブックス『屋久島』『東京周辺の山』に引き続き、『南アルプス 』『八ヶ岳 ( 』にも、「ケガや病気、ピンチのときに」の原稿が収録された。

このシリーズは、あと数冊続くそう。



そして、拙著『山歩きはなぜ体にいいのか―大切な仲間に教えたくなる山の効用が3刷になった。
売れる本なんて書いたためしのない私の著作のなかにあって、3刷は記念すべきコト。
皆さん、ありがとうございました。

本著を書いた当時のブログにも記したはずだけれど、この本はほんとうにほんとうに担当編集者にお世話になって書いた本であり、決して私一人では書けなかった本だ。
ということは、どの本でも同じではあるけれど、とくに本著は編集者あってのものであり、またいかにお世話になったか、当時のことをよく覚えているのだ。

忘れもしない、担当の阪辻秀生さんは、当時ヤマケイに転職してきたばかりだった。ひょっとしたら入社後、最初の1冊ぐらいかもしれない。
だというのに私は、忙しさにかまけ、パンクしそうなスケジュールの毎日のなか、原稿を後回しにし続けていた。
周囲の編集者には、「大丈夫だよ、柏さん、書くのは(書くのだけは)早いから」と言われたとか、言われないとか。さぞかしハラハラしただろう。

けれど、ハラハラのそぶりはまったく見せず、実に根気強く、仕事をしてくださった。
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枚も原稿を書いていないというのに、私の講演会にも来てくださった(というか、様子を見に来たのかもしれない、そりゃそうだ)。
編集者の役目は、夜のトレイルを歩くヘッドランプであり、灯台の明かりであるのかもしれないけれど、このときは、まるでホワイトアウトのなか、きっちりベアリングし、コンパスと地形図を合わせながら誘導してくれるようだった。
私は、ただただ原稿書きマシーンとなり、言われるがままに書き進めたように思う。

さらには、アライの大型ザックに本著を大量につめて、私の講演会に駆けつけてくれたこともあった。会場で販売してくれたのだ。

阪辻さん、あらためてありがとうございました。
内容は、タイトルの通り。ぜひ本屋で手に取ってみてください。

現在、本著の重版について担当してくださっている編集者曰く、社会がもう少し動きそうなので、それによってこの本ももっと売れるはずだと……ホントだろうか?

2012年4月18日 (水)

日本山岳会YOUTH CLUB発足の会

日本山岳会のYOUTH CLUB発足の会があり、Hitsuji2匹がそろってお呼ばれ。参加してきた。
日本山岳会は、100年以上の歴史がある老舗山岳会であり、そして多くの日本を代表する登山家を排出してきた。
こういった重厚な歴史ばかりの印象がある会であるが、ここ数年、若手の育成、若い人を山の世界に引き込むことに注力している。

もともと、学生部(大学山岳部の横のつながりとなるような集まり)や青年部などの若い人たちのグループはあった。
そういう素地から生まれたのが、YOUTH CLUBといってよいようだ。

そして、Hitsuji Projectも夏から、このYOUTH CLUBの活動の一環しとて、日本山岳会とのコラボ企画を行なう。
思えば、Hitsuji-Mことまさみんは、まさに学生部と大学山岳部で育ったようなものだし、私も当時学生部には入っていなかったけれど、大学山岳部での経験が自分の核にある。

今日の会の冒頭では、Patagoniaアンバサダーの横山ジャンボさんがフィッツロイの報告をしてくれた。
遅刻した私は、ほんとうに最後の最後しか聞けず、ものすごく残念。
平出和也さんや谷口けいさんも来てくれていて、若手たちにメッセージを送っていた。
こういう、リアルなクライマー達が話すことが、学生や若いメンバー達をどれだけ勇気づけ、インスピレーションを与えるのかと思うと、その力は計り知れない。

げんに、夏にザンスカールの未踏峰を目指すといっている学生は、かつてジャンボさんと話をしたことがあり、そのときのジャンボさんの言葉が彼を大きく勇気づけ、それで心が決まったというようなことを言っていた。
今日は、ザ・ノース・フェイスのOverseas Expedition Foundの記者発表があった日であるが、この基金を受けたふたつのチームが、この発足の会にもやってきていたのだ。
ふたつとも、大学山岳部が主体となったチームだからだ。
ひとつは、先のザンスカールにある6000m級の未踏峰。もうひとつは、カリマンタン島にある未踏の大岩壁バトゥダヤ
リーダーの小阪くんの話によると、バトゥダヤという名前は、「パワーストーン」を意味するそう。バトゥは岩、ダヤは力、だそう。

話を聞くに、きっとこれから困難も試行錯誤も、道迷いも沢山あるだろうなあと思いながらも、楽しそうな顔をしている彼らがうらやましくもなった。
そういった未知の世界に仲間たちと進んでいけることがどれだけ楽しいか。

会のあと、昨晩に引き続き、まさみんと夕ご飯を食べながら話し合い。
MJ
リンクの事務作業にテコ入れをするために、今朝も吉田さんと電話で打ち合わせをしたが、その方向性の確認。

2012年4月17日 (火)

Helinoxのポール

インタビュー取材の依頼を8本も送り、単行本のラフデザインを書いたりしていたら、あっという間に夕方になってしまった。
原稿書きがちっとも進んでいない。

Hitsuji
会議の前に、石井スポーツのICI登山本店(神田)に立ち寄った。
トレッキングポールを新調したかったからだ。
15
年ぐらい使ったレキのポールはとても気に入っているのだけれど、結合部分の本体側が割れてしまった。
レキは大好きなので、またレキにしようと物色して、それからいろいろ考えて…やっぱり決心つかず、間瀬さんにSOS
神田店では、書籍も担当していらっしゃるベテランスタッフだ。

道具にいちばん詳しいのは、道具の専門家であるのは、やっぱりメーカーの人であり、店頭のスタッフだと思っている。
ライターもガイドも道具に詳しく、専門とあるべきであるが、そんな私たちも、やっぱりメーカーや店、あるいは展示会で情報を仕入れるのだ。
とくに店のスタッフのありがたい点は、複数メーカーの商品を展示会や店頭で見比べている、その蓄積があることだ。

レキのポールは、部品交換することにより使えそうだけれど、やっぱり新しいモノも使ってみようと思い(と、間瀬さんにも上手に勧められ)、結局買ったのは、Helinox(ヘリノックス)135SA
韓国のアルミメーカーであるDAC社がオリジナル開発した商品だそう。DACといえば、世界中のテントポールを作っている会社。
もともとカーボンを使う気はないので(スキーポールはカーボンだけれど)、DACの高品質なアルミを使っていると言われれば、興味大になった。
縦にレバーロックする点や、下段のロックが2段階になっている点など気に入った。

帰宅後、夫に「レキじゃないのを買ってきたよ」と言うと、「ヘリノックスにしたの?」と早速くいついてきた。それほどヘリノックスに関心があったのだったら、前もって教えてくれとは思ったが、早速、ヘリノックスのうんちくを語りだした。輸入元であるシナノの展示会でチェック済み+大注目していたという。
使用しているアルミがいかに高品質であるか、縦型のレバーロック部分のアルミを細かく加工してあるため、故障が少なく耐久性がある点などなど、語りだした。


ところで、今晩は、Hitsuji Project(恩田真砂美+柏澄子ユニット)の会議でもあった。
まさみんとは、石井スポーツの店内で偶然あって、一緒に店へ。
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月の平日夜にふたつのイベントを企画しており、それについて会場となる店と打ち合わせをし、その後ふたりで内容を詰めた。
ひとつめのイベントについては、近日中にHitsuji Projectのブログにて発表します。今までのHitsujiの活動とはちょっと趣が違うモノであるけれど、これも私たちがやりたかった企画。
ふたつめのイベントについては、山岳雑誌などで告知される予定です。

さらに、夏にスタートさせる新シリーズなどについても打ち合わせ。

プライベートの話もあれこれして、この一年かけて選択したことについて、まさみんに「それは正しい選択だったよ」と言われたことは、心強かった。
なかなか理解してもらい難い選択でもあるかもしれないけれど、あるいは孤独な選択ではあったけれど、あっという間に理解してくれたのは、同じベースをもっているからなのか、センスが似ているからなのかわからないが、理解者がいることはほんとうにありがたく、救われる。

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