2022年9月 4日 (日)

光岳小屋/小宮山花さん@「山歩みち」

『山歩みち』41号「山歩のひと」で、光岳小屋管理人の小宮山花さんをインタビューしました。

花さんが光岳小屋の管理人を引き受けたのは、2020年。まさにコロナ元年。2年間の休業を経て、今年から山小屋を開けています。
光岳小屋の管理人になるまでの、花さんの道のりを垣間見てもらえる内容にしました。そして、「絶望のテカリ」とまで言われる、最果ての地で山小屋を運営する彼女の覚悟や思いを感じてもらえたら、と思います。花さんはそれを朗らかに語っています。

俗な言い方になりますが、花さんの描く山小屋は、アイテムではないんです。夕ご飯は〇〇〇、◇◇◇が飲める、オリジナルグッズは△△△、これはわかりやすいし、メディアやSNSを賑わすけれど、大切にすべき根幹は別のところにある。それが何であるか、ぜひ「山歩のひと」を、お読みください。

インタビューは小屋明け前の6月、花さんのジャガイモ畑「光ファーム」で行ないました。木村和也編集長が、「花という名前はいいね。光岳小屋にぴったりだ。光に照らされ輝く花」と言ったあとに、なぜかそれを英訳🤣「Glory Flower」と叫ぶかのように!(しっかり録音されています) よっぽど、小宮山花という、花が咲くことが、眩しくうれしかったのだと思います。
またいつか、花さんをインタビューしますよ!

各地の登山道具店などで配布するフリーペーパー「山歩みち」、ぜひ手に取ってください。

光岳小屋
https://www.instagram.com/tekatekatekari/
光岳小屋エコプロジェクト
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S15378183.html?fbclid=IwAR31fqBKv_s5Y1Y1f3iXlkC_yCIPSACasFQEY2z_dSchcf22Ri2Gu1ea_OI
山歩みち
https://3pomichi.com/

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2022年8月 7日 (日)

山を書くことを話す機会

6月下旬のこと。

福岡で開催された夏山フェスタにオンライン出演して、「山を書く」仕事について話しました。
1時間だったのに話題を盛り込み過ぎまして、駆け足でした。

書くことを仕事とすると決断した原点にあるもの、コミュニティに入っていって共に多くの時間を過ごし書くこと、繰り返し書かせてもらってきた登山家たちのこと、など。

「山を書く」ことについて、もっといろんな人と話したいなと思いました。同業者とも読者とも、描く対象とも。あるいは、「山を撮る」「山を描く」などの表現者たちとも。

このようなことを、写真付きでInstagramに投稿したら、私の書く原点でありバイブルである『白神山地 本州最後の秘境』の書影をみた方がコメントをくださった。なんと著者のおひとりである坂本知忠さんの血縁の方だった。こんな形で、坂本さんのことをお話できるとは思ってもいなかったし、坂本さんのご親戚が私のInstagramをフォローしてくださっているとも思ってもいなかった。

SNSがすべてとは全く思っていないし、人生も日常もSNSに書かないことのほうがはるかにたくさんあって、いちばん大切なことは書けなかったりする。けれど、SNSでこんな出会いがあるとなると、捨てたものでもないなって思う。

そういえば、福岡の会場にいらっしゃった編集者が、「この本が出てくるとは思ってもおらず、嬉しかった。僕にとっても大切な本です」とLINEをくださった。

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2022年6月19日 (日)

甲斐駒ヶ岳登拝@『山と溪谷』7月号

『山と溪谷』7月号(6/15発売)に、甲斐駒ヶ岳登拝の記事を書きました。

北杜市白州町横手にある駒ヶ嶽神社から黒戸尾根を登り、本社のある御山頂(東峰)を経て、登山者が山頂と呼ぶ西峰、さらには摩利支天への道。
山岳信仰は、登るという行為で信仰を重ねるわけですが、今回の記事では、甲斐駒ヶ岳の登拝はどんな様子なのか、どうやって続いてきたのか、ほんの少しですが書きました。

かつて七丈小屋の手伝いで幾度となく往復した黒戸尾根に、昨年夏の登拝に同行する機会を得て登ってみると、それはまったく初めて登る山のようでした。その新鮮さに、ともかく驚きました。心が救われるような出来事でした。
なにをおいても、こんな貴重な経験に誘い出してくれた友人の堀内美津子さんに感謝です。
七丈小屋が現在の体制になった当初から、勤務している方です。
堀内さんは私に、「山小屋も登山者も時代と共に変わっていく。けれど唯一変わらないのが登拝。それを見てほしい」と言いました。その彼女、登拝でびっくりする潔い姿を見せたのですが、それは、次の機会の記事に書きます。

夏の次は、秋の登拝をし、毎月1日の月次祭と鳴動護摩、閉山祭、大祓、正月の神事と武芸奉納、筒粥神事、例大祭に参列。
先日は、五合目の石碑の整理作業をしました(2019年の台風19号で流出したものもあり、とりもなおさず置いてあったため、あるものを確認し、並べ直し整理する作業)。
たった1年、駒ヶ嶽神社に関わっただけでは、とても書けない内容。最初は自分史上最悪の原稿になり、編集担当の辻拓朗さんのおかげで、そこからなんとか1ミリ程度這い上がっただけです。

けれど、写真が素晴らしいので、ぜひご覧ください。
秋の登拝に、国際山岳ガイドであり写真家の黒田誠さんに同行してもらいました。
今日、メッセージの履歴をさかのぼったら、夏の登拝の直後(しかも、自分の誕生日!)に、黒田さんに依頼し、まずは日程だけ空けてもらいました。
宮司から明確な承諾を得る前、媒体は全く決まっていなかったのだから、我ながらいい度胸をしています。けれど、撮ってもらうとしたら黒田さん以外考えられなかったのです。
いざご一緒したら、私が知っていたよりも、想像していたよりもずっとずっと、黒戸尾根と縁の深い方でした。

1年間ご一緒いただいた、今橋武宮司、小百合さん、堀内さん、大野正一さん、津島隆雄さん、伊与久大吾さん、敦子さん、真澄さん、三好妙心さん、林多映子さん、春日玄さん、それとお世話になった七丈小屋に、特別な感謝の気持ちを表したいと思います。

そして、開山から始まり200余年、これまで登拝を支えてきた遠藤先達をはじめとした多くの方々があってこその、いまであることを実感しています。
トビラの写真は、摩利支天に向かう登拝の一行が写っています。赤石沢から湧き上がる雲が、稜線で止まり、太陽が摩利支天を照らしていました。
さて、今年の夏も始まります。
その前に、横手道の草刈りや整備に行ってきます。

**********
痛恨の誤字があります。
小見出しの「横尾道」は「横手道」です。
お詫びして、訂正いたします。
blogの写真は私が撮ったもの。
登拝メンバーの皆さん、撮影中の黒田さんです。

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2022年6月12日 (日)

カンチュンナップ北西壁初登攀@ロクスノ

6月6日に発売された『Rock & Snow』に、山田利行さん+谷剛士さんのカンチュンナップ北西壁初登攀を載せました。
山田さんの珠玉の原稿とふたりの写真で構成。

タイトル通り、彼らの日常であるカナディアンロッキーからヒマラヤ6000m峰の壁へとたどった道のりと、今回の登攀について書いてあります。ふたりの考え方や有益な情報も載っています。

ほとんど編集仕事はしないのですが、今回超久しぶりにこのような仕事がやってきて、昨年12月の山田さん、谷さん登壇のウェビナーから始まり、素晴らしいクライマーでありとっても魅力的なふたりとご一緒できたことが、すっごく嬉しく楽しく、宝物になりました。
ウェビナーの打ち合わせのときも、カナダから久しぶりに日本に戻ってきてお会いしたときも、下山後にネパールで原稿を書いてもらいながらやり取りをしているときも、いざネパールから日本に帰ってきて記事の最後の仕上げをしているときも、とても気持ちよいふたりであり、そしてたくさん勉強もさせてもらいました。

そんなタニ+トシがカナダに帰国して、なんだか寂しくなった感すらある今日この頃ですが、これからのふたりのそれぞれの活動に心からの敬意を表して!再会を楽しみにします。

カンチュンナップのひとつ前の記事は、上田幸雄さんと山本太貴さん、伊藤勇介さんの黒部横断です。ご縁あって(笑)、3人の出発前に話をして、明日は下山できるっていう日と馬場島に下山してすぐに連絡をくれたこともあり、私にとっても思い出深い時間でした。
揺れ動く18日間を勇介くんが書いています。
ひとつ後ろは、東北の和田淳二さんと千葉栄一さん、須田誠さんによる鳥海山の白糸の滝。これも読みごたえがありました。

ぜひご一読くださいませ。

https://www.yamakei.co.jp/products/2822907520.html

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2022年6月 6日 (月)

荒川前岳@わくわく山歩き

しとしと雨が、桜の葉っぱを鮮やかな色にしてくれました。

 

今朝の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、荒川前岳です。
南アルプス南部の山、荒川三山のひとつ。

 

私自身の思い出は、ザックさんと手を繋いで登った山。大の大人が! 2日ほど遅れましたが、彼のお誕生日に書いた記事です。
掲載の写真は、高山裏避難小屋。北から縦走する場合、前日に泊まるケースが多いでしょうか。ここの水場は天国のようなところでした。そんなあたりからストーリーを始めています。

 

よかったら、ご覧ください。
webもあります(有料)。
https://mainichi.jp/articles/20220606/ddm/013/070/036000c

 

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2022年6月 3日 (金)

北アルプス環境保全とその未来/大嶋達也さん@山歩みち

現在配布中の『 山歩みち 』040号に、「北アルプスー環境保全とその未来」というテーマで、環境省の大嶋達也さんのインタビューを書きました。この3月まで上高地管理官事務所に勤務していた方です。

 

北アルプス南部で実施中の「北アルプストレイルプログラム」(一口500円の協力金を募り、使途は登山道維持)の立役者です。
トレイルプログラム、登山道整備、山小屋などひとつひとつのコトではなく、国立公園の未来について語ってくれています。

 

大嶋さん、優秀で実行力もある方で、本当に尊敬しています。この数年の大嶋さんが推し進めてきた仕事は、本当に貴重でした。これからますます活躍してくださると思います。

 

『山歩みち』というのは、面白くて不思議な冊子だなあと思います。登山初級者向けだというけれど、今号は、カンチュンナップ北西壁初登攀の谷剛士さん、山岳写真家の大家・三宅修さんのインタビュー、レギュラーですが石川直樹さんのエッセイと、しっかり噛みくだきたい内容のものばかり。つまるところ、登山の内容に関係なく、大の大人を相手にした、読み応えある冊子なのだなあと思いました。

 

大嶋さんの話も、登山、国立公園、休日の使い方、自然との接し方、自然そのものについて考えるきっかけになると思っています。そして、「山歩みち」はそんなことを、読者と一緒に考えていく媒体でもあると、思っています。

 

ぜひどうぞ。
『山歩みち』040号詳細 →
https://www.facebook.com/3pomichi/posts/5255616961169705

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2022年4月29日 (金)

山田利行さん+谷剛士さん、カンチュンナップ北西壁初登攀

山田利行さん谷剛士さんのカンチュンナップ北西壁初登攀について、速報を書きました。

メールランナーではなくネットの時代、23日登頂ですので、速報とは言い難いのです。
登頂後、24日に無事ゴーキョに戻ってきたと、ふたりから連絡をもらい小躍りしていました。
自分がライターであることを忘れているわけではないけれど、編集部から原稿依頼が来るとは思っていなかったので、実際に二人に登攀内容の概要を聞きとったのは随分後になり、数時間でネットにアップしました。
Wi-Fi環境が安定しない旅先であるというのに、協力してくれたふたりのおかげです。

歴史について触れているという感想をもらいましたが、先人を大切にする彼らのスピリットそのものです。

朝イチで古畑隆明さんがこの記事を読んでくれたことを知り、嬉しかったです。古畑さんは、山野井泰史さん、遠山学さんと3人で6年前に同じラインをたどり、5650mで引き返しています。
「大人になって悔しくて悔しくて涙を流した山」について、書かせてくれてありがとうございます。

山田さんと谷さんの登攀は、ご本人たちの言葉や文章もいただきながら、後日詳細をお伝えしたいと思います。

おふたり、おめでとうございます!
元気に旅を続けてください。

記事はコチラから

 

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2022年3月26日 (土)

アルペン板2本目はタマキさん

テレマークスキーからアルペンスキーに乗るようになって、アルペンの板2本目を入手した。

昨年の夏のはじめ、タマキスポーツの閉店セールの最終日に、入り口でセキネさんから渡された板だ。
ビンディングは山積みの中にあったものから、気付いたら初代IONだった。

先月、白馬村のラッピーに持ち込んで、ビンディングつけてチューンナップしてもらったら、いいなあ!と絶賛してくれたうえに「乗りやすいとかそういう概念は捨ててね」と。ロックだってこと?
こういうガレージブランド的な板は、いまや板舎さんしか作っていないとも話していた。
RMUは、いまや乗っている人も多くなったけれど、この板がが作られた10数年(?)前は、まだまだガレージブランドだった。

初めて出会ったタイプ。
最初はどうなるかと思ったけれど、けっこう仲良くなってきました。
ステッカーたちが後押ししてくれています。
左足が苦手なのだと思っていたけれど、右足がぜんぜん踏めていないことに気づいたので、師匠のチロルステッカーは右足に。

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2022年2月21日 (月)

阿蘇の烏帽子岳・杵島岳@わくわく山歩き

2月21日の「わくわく山歩き」@毎日新聞は、阿蘇の烏帽子岳と杵島岳です。
ふたつの山を書いたのは、ふたついっぺんに登るのがちょうどよいサイズだったから。
登山が目的の旅もあれば、旅の空でひょっこり登る山もいいですね。
今回は後者。蓼科山荘・双子池ヒュッテを、夫の友基さんと営む米川佳子さんとふたりで登りました。

ふたりとも阿蘇の山は初めて。あまりにも雄大な眺めに驚きました。雄大というのは、景色の広がりと時空を超えた広がり。これまでの造山の歴史が手に取るようにわかる眺めでした。
突然の立ち寄りにも快くアドバイスくださったモンベル南阿蘇店さん、道すがら何度かお会いしたマムートを着た女性の方、ありがとうございました。

主役の「いきなり団子」のよい写真がありません。
いきなりの来客にも出せるような、小麦粉の皮とふかしたサツマイモ入りの団子。熊本の郷土菓子だそう。道の駅などには手作りが売っています。

この時の登山の様子は、佳子さんの投稿もご覧ください!
いきなり団子の写真もあります😊
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1979903382195076&id=618207751697986

今回の記事は、コチラでも読めます(有料)https://mainichi.jp/articles/20220221/ddm/013/070/025000c

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2022年2月16日 (水)

平出和也+三戸呂拓也、厳冬のサミサール(パキスタン6000m峰)北壁初登頂

昨年12月17日にパキスタン北部にある未踏峰に登頂した平出和也さんと三戸呂拓也さんの登山について、発売中の『山と溪谷』3月号に書きました。
このたった1ページのために、ふたりそれぞれが2時間ものインタビュー時間をくれたことに感謝。
書き手である私自身は、こういった時間の積み重ねが、次の執筆につながります。

平出さんのInstagramにも詳細があり、いずれ平出さん達から色んな形で発信があることを、期待しています。

シスパーレから眺めていた山を登りたいと考えた平出さん。
過去、この山に2度トライした福岡山の会の方に連絡を取り、色んな話を聞いてから出発します。
未踏峰を見つける方法はいまや色々あり、エージェント経由でめぼしい山のリストをもらうこともできます。けれど、一畳大の地図を広げながら、この付近を登り続けてきた平出さんにとっては、未踏峰を見つけ思い焦がれ、登るというその気持ちや行為を尊重したいという思いが強く、福岡山の会の方ともお付き合いをされたようです。

三戸呂さんは、平出さんの撮影も担当。
初めてインタビューしましたが、きちんとご自身の言葉で語るのが印象的でした。事実をありのまま話す点にも共感しましたが、もうひとつ心に残ったのは、サミットプッシュの朝早くに出発したときの月と太陽のことを語ったときの表現。ご本人が覚えているかわかりませんが、それがリアルで美しい描写だったので、そのまま本文に使わせてもらいました。

サミ・サールと名付けられたこの山は、三戸呂さんの高度計は6380mを指していました。

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2022年2月 8日 (火)

『日本人とエベレスト』出版

『日本人とエベレスト 植村直己から栗城史多まで』、書店に並び始めました。
Amazonは12日発送ですが、Kindleはお読みいただけます。

世界最高峰ゆえのドラマと呪縛。
江本嘉伸さん、大石明弘さん、神長幹雄さん、谷山宏典さん、柏澄子が執筆。

10章「日本人の公募隊」と終章「これからのエベレスト」を執筆しました。
10章では、日本のエベレストガイド登山を牽引してきた倉岡裕之さんと近藤謙司さん、謙司隊で登頂した川崎久美子さんをインタビュー。倉岡さんと謙司さんが築いてきたヒマラヤのガイディングがとても大きく、どうやって次世代に継承されていくのかが気がかりです。なかでも他国のガイド達との信頼関係。これは一朝一夕で作れるものではなく。
終章は、『山と溪谷』に書いたふたつの記事に加筆。
ニルマル・プルジャの登山にも触れました。本書テーマから外れますが、彼らのK2冬季初登頂がピオレドール委員会でどのように評価されたかも数行書きました。欧米の登山社会での評価を掘り下げていくと、色んな歴史や側面が見えてくるはずです。決して単純構造ではないと、思っています。

重廣恒夫さん、川村晴一さん、貫田宗男さん、山田淳さん、倉岡裕之さんのインタビューは山本修二さん。人選が秀逸。なかでも、川村晴一さんについて、再び読むことができる日が来るとは。

けっしてスラスラ読める本ではありませんが、かみしめていただけると幸いです。
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172100.html

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2022年1月16日 (日)

舟生大悟 厳冬期北アルプス27日間単独縦走という静かなる偉業@web

『WILDERNESS No.7』に掲載した「舟生大悟 厳冬期北アルプス27日間単独縦走という静かなる偉業」という記事が、webに公開されました。
2016年12月~翌年1月の記録であり、きっと大悟さんは「昔のことですよ」って言うのではないかなあと思います。

厳冬期に無補給・デポなし+単独で、日本海親不知から入山し、西穂高岳をゴールに上高地まで縦走した記録。
日本の山の縦走でいうと、4月の日高山脈全山単独無補給縦走を経て、北アルプスは3度目のトライでした。

自宅や装備の写真は、佐藤雅彦さん撮影。街で雅彦さんに会うのは新鮮でした。スキーやカヤックの写真のほか、古墳から出土品なども撮ってきたカメラマンで、このときも装備を丁寧に撮影してくださいました。
私のお気に入りは、大悟・未雪夫妻のツーショット。こちらまで温かな心になる愛らしいカップルです。
雪がべっとりとついた犬ヶ岳からの眺めも静かで美しいです。

当時、船窪小屋の松澤ご夫妻宅に遊びに行ったとき、大悟さんの記録の話をし、船窪岳付近をどんな風に通過したか話したところ、昨年お亡くなりになった岳人であり船窪小屋ご主人の宗洋さんが、眩しそうに眼を細めて、「そんな若者がいるのか」と喜んだことを覚えています。
私も大悟さんの下山を聞いたときに、「これはインタビューしたい!」って思い、『山と溪谷』に2ページ書いたのち、『WILDERNESS』に書きました。

紙媒体の記事をそのままwebにすると、読みづらいことを再認識しました。できるだけ整えようと試みましたが、初出優先なので、この程度でお許しください。
時を経ても色あせない登山、記録、ぜひご覧ください。

Part1 →コチラ
Part2 →コチラ
使用ギア・ウエア →コチラ

過去ブログ
舟生大悟さんの「親不知~西穂、厳冬期単独縦走記録」@『山と溪谷』4月号 →コチラ
厳冬期北アルプス27日間縦走という静かなる偉業 舟生大悟@『WILDERNESS』 →コチラ

写真は、今日。高瀬川に霧が立ち込める朝。

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2021年12月27日 (月)

御嶽山@わくわく山歩き/毎日新聞

今朝のわくわく山歩き@毎日新聞は、御嶽山です。
なかなか足が向かなかった御嶽山に、この秋やっと登りました。

 

いちど登っただけですが、思いがけない再会があり、新聞に書こうと思いいたりました。
新聞に書いてもよいかお尋ねするために葉書を出しました。返信が届いたのが1週間後で、互いに山にも出かけるので、なかなか連絡が取れず。電話番号もいただいていたのですが、彼女からはいつもお便りをいただくので、今回も葉書にしました。
最後、熊本の空港を発つとき、やっと直接電話で話せました。
Xmas寒波の折に北陸の山に向かうとおっしゃっていたけれど、どうされているか……今日、連絡してみようと思います。

web版はコチラでお読みいただけます(有料)。
→コチラ

 

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2021年12月17日 (金)

山野井泰史さん記者会見@日本記者クラブ

今年はじめのインタビューで「俺は、40数年間、山に発狂し続けている」と応えてくれた、山野井泰史さんの記者会見に行ってきました。
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日本記者クラブで会見する登山家は3人目だそうです(関係者に聞いたところでは)。
植村直己さんと、野口健さんが3回。
毎日新聞の元村有希子記者の采配が、素晴らしかったです。
素人質問しかできないとおっしゃっていたけれど、本質をついた内容や、興味深い質問がありました。
個人的にはインタビューの際のツッコミや粘り具合が勉強になりました。
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「最高の思い出がココに刻まれるんだから、いいんじゃないですか」-登山に名誉や報酬を求めない理由は?の答え。胸をトントンと叩いて。
「子どもが、ジャングルジムでヘンな動きして落ちそうになって登っていても、それを止めないでほしいな、その本能を大切にしてあげて欲しい」-朝日の子供新聞記者への答え。
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うっかりいちばんに到着してしまい……一瞬怯みましたが、心を強くもっていちばん前ど真ん中に座りました。
その席からの写真です。

 

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2021年12月15日 (水)

北アルプストレイルプログラムについて@山歩みち

「一座で4つ楽しい!」かあ。アーモンドグリコの二倍んじゃん。かなりの欲張りだって思いました(笑)。
その心意気は、両面にびっちり書かれた一枚のペラ、木村和也編集長の「編集ウラ話」にあります。
木村さんのfacebookでも読めるかな。
コチラ 
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傍聴取材を続ける、国立公園の山岳部における利用者制度に関する会議。
先日は、第3回でした。
雨上がりの澄んだ空気と雲ひとつない空。前山は真っ白、美ヶ原にも雪がつくのを眺めながら、清々しい気持ちで松本の街を歩いていました。
会議室に入ると、出席者30人以上、随行と報道を入れると60人近く。回を重ねるごとに規模が大きくなるなあと思いながら、報道席に着席。
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すると……出席者の席に、一座で4つ楽しい「山歩みち」が置いてあるではないですか!
なぜ?と驚き、木村さんにメッセを入れるものの、「手配していません」「面白いことになってきましたね」って……こちらは3時間、まな板の鯉の気分。脳内にはあいみょんの「鯉」しか流れてこない。
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その4つ楽しい「山歩みち」に、この秋、北アルプス南部で実証実験された「北アルプストレイルプログラム(仮)」について書きました。
登山道整備に充てる寄付金を募り、登山道の維持がどのように行われているか、その実態を知ってもらうためのプログラムです。
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登山道整備は、山域によって全く異なるのが実情。
それぞれの登山道が置かれた自然環境も、維持のための仕組みも、その現状も課題も、登山者ができることも、まったくそれぞれ。
私も、自分が取材して見聞したり経験していることは、極々一部のことだと思い、この取材を重ねます。
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余談です。
会議閉会後、環境省の方に「山歩みち」配布のお礼を申し述べると、横で山の大先輩が、「山歩みちは、俺が配布した」と💦
会議前、松本の道を歩きながら「いつも甘えてばかりだなあ、もっとしっかりせねば」と思っていたところでした。

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2021年11月14日 (日)

ルクラフライトを心穏やかにやり過ごすコツ

キャンセルの多い山岳路線・ルクラフライトを心穏やかにやり過ごすコツは、焦らないこと。どーにでもなれって思うコト。そのためには、暇つぶしの本も必要だし、昼寝もよし。けれど、情報収集やコネづくり、ネゴも重要です。

 

帰路は1日予備日あり、それもダメだったら3日目のファーストフライトをねらって、カトマンズに到着次第、デポ品をともかくそのまま空港に持ってきてもらい、国際線に乗り継ぐというハットトリックしかない状態だった。あるいは、どこかのヘリを拝み倒すか。
ギリギリの予定は立てるな、これもコツか。

 

朝はカトマンズ盆地霧のため、マウンテンフライトがオールキャンセルという絶望的なスタートだった。
ライ族と結婚したという日本人女性がやっているお土産物屋でおしゃべりをしていると、10時頃、タラの1便が飛んだというニュースを、空港の整備士が持ってきてくれた。地元密着ポイントにいるといい情報もすぐに入るものだ。
しかしその後は鳴かず飛ばず。スタバ風カフェでひたすら読書。
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15時頃になって、なんとなく知った顔のダイがふたり、「ディディ、フライトだ」とやってきた。
誰だかわからなかったけれど、小さな村だからオオゴトにはなるまいと思って店を出た。

 

宿の主人であるパサンは、空港に通じていて、私達のエージェントからもフライトのケアを依頼されている信頼できる方だ。
そのパサンが空港にいて、シミティックの搭乗券を出してきた。もちろん手書き。
私が持っていたタラの3便は飛ばないだろうという彼の予想によるもの。
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結果的には、シミティックもキャンセルになり、次にパサンが出したゴマに乗ることになった。シミテックをぐちゃぐちゃに丸めてポケットにしまいこみ、ゴマのチケットを手書きしたのだ。
KTMからカーゴ便でやってきたゴマが帰路、乗客を乗せて帰ると言いだしたらしい。
まさかカーゴ便にひとを載せるとはだれも思ってもおらず、小さな空港は混乱状態だった。
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しかし、これで乗れると思ったところ、最後にもうひと山。
そのゴマがオーバーブッキングをしており、控えめにいちばん後ろに並んだ私が乗れなそうになったのだ。
そこをまた、パサンが交渉。早口のネパール語が飛び交い、もはや彼が何を言っているのか聞き取れなくなったが、30キロ近い登山道具も一緒に載せられることになった。
最後に、「うちに泊まってくれた、大事なお客様だからね」と言ってくれたが、ゆうべのうちにパサンといろいろおしゃべりをしておいてよかった。

 

ルクラのみんなに「ラッキーガール」と叫ばれながら、ラストフライトの最後の1席に乗って、無事予定の日のうちに帰ってきた。
20年以上の付き合いになるアヌーの息子がゴマに就職し、パイロットのトレーニングを始めたと言っていたから、私がゴマで帰るのも最初から決まっていた縁だったのかもしれない。
17時過ぎに飛び立ち、有視界飛行ギリギリ。夕陽を浴びたヒマラヤの山々が本当に神々しかった。
山のなかで別れてきた花ちゃんとすずぴーのことを思い出した。時間がギリギリだったので仕方ないとしても、自分がちっとも山に登れず、スパンティークの出番もないまま帰ってきたことも、実はものすごく心の残りだった。
ふたりが、峠の途次で座り込んで書いただろう手紙は、無事シェルパの手で私のところに届けられ、機内で繰り返し読んだ。
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空港ターミナルに到着したときには、日も暮れていた。
ホテルに着くと偶然同じに日BCから戻ってきたヒロタカさんとタケさんが、「九回裏起死回生だね」と言って待っていてくれて、またもや……二人が大好きなサムギョプサルへ。
KTMはティハール(お祭り)の名残りがあり、街の灯りが何となく綺麗だった。

昨日に続いて、facebookの思い出機能に出てきたものを再掲。旅がしたいな。

2021年11月13日 (土)

ティンポの家族

ターメの奥、テシラプチャの手前にティンポ(4230m)という場所がある。春から秋の間だけヤクやゾプキョを放牧しており、バッティが1軒。そこが私たちのベースだった。
このバッティの家族がものすごく素敵で、私は花+鈴と別れたあと、バックキャラバンの日数を縮めてここに延泊した。
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お父さんがアドベンチャー・コンサルタンツのキャップをかぶっていたので、これはなにやら?と思ったところ、案の定、ガイ・コッターと多くの仕事をし、エベレスト10回、K2などの登頂経験のあるシェルパだった。けれど、本人はそんなことをなんとも思っていない。
ある時、スコットランド人男性二人組が通りかかり、私に「ここは泊まれるのか?」「この宿をやっているのはどんな人か?」など聞くので簡単に説明したところ、立ち去るときに、わざわざ台所へ入ってきて、「エベレストのクライミングシェルパであるというご主人はどちらに?」と尋ね、握手をしていった。お父さんはきょとんとしていた。
かのアパ・シェルパの親戚筋であり、お父さんとお母さんのなれそめやこれまでのこと、3人の子供たちをどうやって育てているか、山以外の仕事についても具体的に聞いてみた。彼らの1日も見せてもらった。
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そんなことに1日を費やそうと思い立ったのには、きっかけがあった。
当初、お父さんの経歴に興味があり簡単なインタビューを始めたところ、子どもの話題になった時にお母さんから強い視線が注がれたのだ。そうか、やっぱりこの家庭でも、子どもたちの将来について考え込んでいるのだと。それでお父さんだけでなく、お母さんの話も聞いてみようと思ったのだ。
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とにもかくにも、お父さんがものすごく働き者だ。山の仕事から帰ってきたら、酒ばかりの人も見てきたが、ここまでの働き者のシェルパはそういない。そして、お母さんへの気遣いがとても優しい。そんな両親のもとで育ったから、二人の小さな息子もお母さんをとても大切にし、お父さんの仕事をしっかりと手伝うのだ(お姉ちゃんはカトマンズ在住)。
結婚を考えている女性は、こういう男性を選ぶべきだと、つくづく思うほど、心温かい人だったし、心温まる家族だった。
この家族のことは近いうちに、書くつもりで、本人達にも了承をとってきた。現代のシェルパたちが抱える問題も見え隠れしていた。
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ところで、このバッティにあった藤沢周平の文庫本。6年前に日本人チームの彼らが置いていったものでしょうか。
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*Facebookの思い出機能に、今日は旅情そそる投稿がふたつ出てきたので、ブログに載せました。
こちらのティンポの家族のことは、その後、WILDAEARNAESSという雑誌に書く機会がありました。

2021年10月18日 (月)

旅の記憶

朝窓を開けると、きりっと冷えた秋の空気。
友人からのメールには、「夏→冬、バルトロみたい」って書いてあった。
数日前に書いた天気図では、モンゴル上空に1050ミリへストパスカルの高気圧があった。
これがいずれ、今シーズン初の西高東低の気圧配置を作りだすんだなと、おこたつに潜りながら話したもんだ。

 

記憶を強く想起させるのは、匂いだったり空気の肌触りだったりする。
匂いも空気も不可視なものであるが、視床の奥の奥の脳みそにピンとあたり、記憶が蘇ってくる。
今朝は空気だった。空気の冷たさと乾き具合で、思い出したのはネパールの山と旅。

 

facebookの思い出機能によると、ボーディングパスは出たものの油断できず、ルクラフライトがキャンセルになった日だった。
ポカラ、ジョムソン、ビラトゥナガールへのフライトキャンセルは何度も経験したが、最難関のルクラはそれまで10割打者だった。
長年ネパールに通いつづけるとなかなかないことだったけれど、7年前のこの日にて打ち止め。
空港では、お猿と一緒になり、待合室での昼寝と読書で1日が過ぎ、夕方にラジンパットの宿に戻った。
翌朝のフライトをブッキングしてもらったが、空高く発達した入道雲が気がかりだった。
よかったことは、そのおかげで登山の大先輩と夕ご飯を共にできたこと。

 

翌朝は無事フライトした。
この年のバックキャラバンは、二人と別れひとりになり、フライトは夕暮れの有視界飛行ギリギリ、ラストひとりの席に潜り込み「ラッキーガール」と見送られながらKTMに戻ることができた。ルクラフライトのキャンセルの憂き目にはあっていない。
だから友よ、明日の旅立ちは大丈夫だ💪

 

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2021年10月11日 (月)

執筆を続けて

ライターの先輩である寺倉力さんにインタビューを受けるのは、2度目だった。
前回は、『PEAKS』に寺倉さんが連載している「Because it is there」。

その依頼を、Messengerで受けたのは、友人達が働く七丈小屋を手伝っているときだった。
朝のひと仕事を終えて、厨房の片隅でお茶を飲んでいるとき、依頼を読み思わず、「既読スルーしたいわ」と呟いた。
「何かを成し遂げたでもない、中途半端な人間をインタビューしても、どうにもならないよね……」と言うと、隣でヅメさんが、「インタビューしたいかどうかは、相手の問題。そういうのは受けて、ただ聞かれたことを答えればいいんだよ」と。

なるほど、確かにそういうものかもしれない。
自分のことはさておき、私とて、何かを成し遂げた人をインタビューしたいわけではない。

それから2年あまり。今度は、『PEAKS』の妹分である『ランドネ』の連載「だから、私は山へ行く」だった。
初めてご一緒する編集者からの依頼であり、寺倉さんがライティングを担当することになった。
夏の頃。掲載誌はとうに書店から姿を消していますが、webで読むことができます。
コチラ→

インタビューの数日後、この仕事を続けてきてよかったと思ったことがあった。
13年前の冬、富士山で亡くなったカメラマンの宇佐美栄一さんの妻である直子さんと、お話する機会がもてた。

私は、宇佐美さんのことを今でも時どき思い出す。
春の北穂高岳、厳冬の赤岳、最後の仕事になった葉山の里山の帰りによったイチゴ畑、打ち合わせのために初めて会った新宿の喫茶店。正月の八ヶ岳から下山して食べた焼肉。
そうだ、そのあとに中央線に電気系統のトラブルが発生し、私たちは長時間、特急あずさに閉じ込められたんだった。
暖房が効かなくなり、湿った山の防寒着を着こんだ。おにぎりが配られたけれど腹は減り、あまった行動食をボリボリ食べていた。
宇佐美さんは、カメラマン根性を出し、彼方此方歩き回って、トラブルの模様を写真に撮っていた。当時は、フィルムの時代。編集部から渡されたロールに余りがあったのか、自分の手持ちがあったのかわからないが、いったい何枚撮ったのだろう。

現場で、意見が食い違い言い争いになったこともあった。
けれど、いま考えれば、ぜんぶ宇佐美さんが正しかった。

遭難を聞き、祭壇に会いに行ったとき、まさか自分が泣き崩れると思っていなかった。
隣にいたある登山家に、「柏さんは、うさちゃんといちばん親しかったからね」と言われ、そうかなあ?とも思った。
同世代であるけれど、10代後半から山やクライミングの写真を撮り続けてきた宇佐美さんは、先輩のように思っていたし、彼には仲間が大勢いた。

直子さんは、宇佐美さんが私のことをどんなふうに話していたか、教えてくださった。
まったく意外で、泣けてきた。
もっと私は、がんばれなかったのか、もっとできたんじゃないかとも思った。
そんな折、神長幹雄さんが書いた『未完の巡礼』に、宇佐美さんが撮った、登山家・小西政継さんのポートレートが載っていて、目に留まった。
晩年の小西さんが、哀しいほどせつない表情をして写っていた。計算するに、宇佐美さんが30そこそこで撮ったもの。その若さで、こんな表情をとらえるなんて、と驚いた。
もっと、宇佐美さんと仕事がしたかったよ。

最近の仕事は、けっこうしんどく、孤独な時間が続くけれど、宇佐美さんに愛想を尽かされないように踏ん張らないと。

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2021年9月12日 (日)

南アルプスの山小屋にお関わりの方へ

南アルプスの山小屋へお関わりの方へ

昨日(2021年9月11日)朝、NHKラジオ第一の「山カフェ」に出演しました。
山小屋のいまを話すというとても難しいテーマ。

全国の山小屋を見渡すと、まったく一様ではなく、現状もこれからの課題も、また解決していく道筋もそれぞれだと思います。
昨日は登山道整備のことに、話が向きましたが、これとて登山道によって全く状況が違い、AでできることとBでできること、Cにおける最善策とDのそれでは異なります。
私が関わったり、通ったり、見聞きしている山小屋はその一部。ラジオで話せることが限られているうえに、だんだんと話が一様化してしまいそうなか、なんとか、それぞれの山小屋がベストまたはベターな方向を探っていることをお話したかったのですが、力及ばず。

そんなときに、「南アルプスの山小屋に関わる者」という方から、番組にお便りをいただき、紹介することができました。
とても貴重なお便りでした。
どなたかわからず、直接お礼を申し上げられませんが、心から、感謝しています。
お元気でいらっしゃってください。

番組は9月18日9:55まで、こちらの「聞き逃し」でお聴きいただけます。→コチラ

4年前に井田寛子さんと歩いた大菩薩嶺の様子は、コチラ。山の音に耳を傾ける印象深い山行の様子を、山カフェのスタジオにお届けしました。

 

2021年9月 6日 (月)

北アルプス・笠ヶ岳@わくわく山歩き

今日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」は、北アルプス南部に位置する岐阜県の最高峰、笠ヶ岳です(長野県との境にある奥穂高岳の方が標高は高いですが、県境を除いたところの県内の山となると、笠ヶ岳)。
掲載の写真は、前回紹介した薬師岳と笠ヶ岳を眺めることができる天国のような場所から。
よかったら、キオスクやコンビニでお買い求めください。
webはコチラです(有料)。→コチラ

 

笠ヶ岳の山の姿について書きましたが、笠ヶ岳からの眺めも素晴らしいです。蒲田川の向こうにそびえる北穂高岳からは、初氷の便りもありました。季節が進んでいきます。

 

文中にある「プロフィル」。毎日新聞ではこのように表記すると、校正・校閲部からアカが入りました。
「プロフィール」「プロファイル」を使ってきたけれど、「プロフィル」は初めての経験です。

 

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2021年8月17日 (火)

登山中の心疾患と脳卒中@『岳人』9月号

『岳人』9月号・特集は「登山の効用」。
登山に効用を求めたことはないけれど、長く楽しめるようにという意図のようです。

「登山中の心疾患と脳卒中」という記事を書き、伊藤 岳 医師に監修いただきました。
コロナ医療の最前線にいらっしゃるなか、大変なときに、ありがとうございました。
伊藤医師は、兵庫県立加古川医療センター救急救命室に勤務する救急医です。
日本山岳ガイド協会のファーストエイド委員会委員長でもあり、私達ガイドは、伊藤医師をはじめとした3人の医師たちから登山中の救急法や登山に関連する病態やケガなどを学びます。
彼らのお人柄もあるのでしょうが、私達ガイドにとって、とっても親しみやすく、ことある毎に相談を投げかける方々でもあるのです。
数年前には、好日山荘で連続開催していた伊藤医師による登山者向けの講習会にも、参加したことがありました。ちょうど、「登山中の突然死」というテーマでした。
そんなご縁をいただき、今回、監修をお願いしました。

登山中の突然死について本を書いたことがありますが、様々な制約がある雑誌で4ページにまとめるのはなかなか難しい作業です。
伊藤医師が、「病状は経時的に悪化するかもしれない、ということを考えると、何らかの身体症状を抱えながら、より山の深部に入っていくことはリスクを高める行為であると、ごく一般的なこととして認識してほしい」というような話をされていたのが、印象的でした。
”北アルプス深奥の診療所”の運営に深くコミットし、八ヶ岳など幾つもの山中の診療所にも関わってきた方らしい発言でした。
ぜひ、お読みください。

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光岳と遠山郷での取り組み@『山と溪谷』

8/12発売の『山と溪谷』9月号に、南信州山岳文化伝統の会の取り組みを、カラー6ページにわたって紹介しました。
登山家の大蔵喜福さんと、他県に先駆け「信州山のグレーディング」を作った時の立役者・原一樹さんらが中心となり、山麓の遠山郷に残る歴史といま、そしてそれを光岳登山へとつなげる話。

コロナでネガティブな話題が多いなか、ふと目をやると、山の大先輩の大蔵さんは、そんなことをものともせず、南アルプス南端で活動されていることを知り、その内容が、登山の根源に関わるようなことでもあり、とても共感したので取材を申し込みました。
これらの取り組みは、コロナを見据えてのことかと思いきや、それ以前に別の観点から考えていたというのも、驚き出下。
ファムトリップの様子、面平に作ったキャンプ場、遠山森林鉄道跡のトレイル、光岳への道のり、大蔵さんのインタビューなど、ぜひご覧ください。

南信州山岳文化伝統の会の大蔵 喜福 さん、原一樹 さん、八幡秀彦 さん、平澤 健 さん、Billy Kodamax さんにお出迎えいただきました。
写真は、 杉村航 さん。
ほか、ファムトリップ参加の皆さん、環境省南アルプス自然保護管事務所の皆さんにお世話になりました。
ありがとうございました。

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2021年7月26日 (月)

これからの山小屋泊@ランドネ

『ランドネ』(7/20発売)の特集は、「これからの山小屋泊」。前を向いたタイトルです。
3本記事を書きました。
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ⅰ)
1年の歳月を経て、今年開山した富士山のこと。太子館と元祖七合目には、開山前後のお忙しい時に話を聞かせてもらいました。
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ⅱ)
team KOIで始めた山小屋訪問2年目の様子を書きました。
私たちの活動について、そして1年ぶりに訪れたオーレン小屋が、見違えるほど元気になり、前進していたことなど。
昨夏に下山した先代のおやじさんも、再び山に上がってくるようになったそうです。脈々と受け継がれるオーレン小屋の物語をぜひ読んでいただきたいです。
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ⅲ)
山小屋訪問の中心人物、医師の稲垣泰斗さんに監修してもらい、「これからの山で登山者ができること」。泰斗さんの助言により、シーン別のコロナ対策、これまでの知見を基にしたポイントを、わかりやすく紹介できたと思います。
どうぞ、参考にしてください。
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山小屋訪問から学ぶことは、たくさんあります。
本文に書いたことなので、詳しくここに書きませんが、山小屋の事業者とともに、医師を含むteam KOIのメンバーと、感染予防対策の落としどころを探る作業には、たくさんの発見があります。
かねてから、事業者、登山者、さらには山岳関係団体、地元住民、行政、学術などの専門家が力を合わせた取り組みこそが重要と考えていたので、小規模な取り組みであろうが、このような機会を与えてもらっていることに感謝しています。
それは、10年近く前に知った北海道の山守隊の活動も大きなヒントになっています。この春に山守隊の下條さんに、そんなことをお礼かねてお話しました。

 

私たちの訪問を受け入れてくださっている皆さん、あらためましてありがとうございます。

 

*ランドネ 
*太子館 
*元祖七合目 
*オーレン小屋  
*team KOI 
*稲垣泰斗  + 

 

 

2021年7月17日 (土)

横尾大橋@『山と溪谷』8月号

充実の『山と溪谷』8月号。特集は「日本アルプス山小屋案内」。

こんな風に実父のことを書けるのかと感慨深い北穂高小屋・小山義秀さん、15年目を迎える薬師沢小屋のやまとけいこさん、松本六九について、槍沢ロッジについて語る4代目穂苅大輔さん。そんな名文が続くなか、恐縮にも横尾大橋について書きました。
横尾山荘3代目の山田直さんにあらためて語ってもらい、久しぶりにガイドの次田経雄さんの声も聞かせてもらいました。
次田さん、「こんなことを実体験もって知っているのは、俺と松本の中村さんぐらいになってしまったね」とおっしゃいながら話してくださいました。

横尾は往来が賑やかなため、降りてくると下界感があるかもしれません。けれど自然が猛威をふるったときに見せる顔は激しいです。梓川の暴れぶり、それをいかに治水してきたかが、横尾山荘の歴史と言っても過言ではありません。

いまの横尾大橋ができたのは、1999年。案外最近のことじゃないかって思うときもあります。
高欄のなかった先代の橋で、父親に手を引かれた男の子が私の前を歩き、橋から落ちそうになり半ば父親にぶら下がりながら歩く後ろ姿を、いまでも時々思い出します。
橋の下のテントサイトも。

ほか、越百に恋をした話、栂海新道50年のものがたりなど。
読み応えあるストーリーが満載の号でした。

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2021年7月11日 (日)

薬師岳@わくわく山歩き/毎日新聞

今日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」は、北アルプス北部の薬師岳です。登ってよい山、眺めてよい山。
webはコチラです。

 

写真は酒井敬子さん。一昨年、仲間みんなで、黒部源流を眺めるようなぐるり縦走をしたとき、水晶岳の北の稜線から撮ったもの。秋のはじまりの落ち着いた色合いです。敬子ちゃん、ありがとうございます😊

 

少し前、薬師岳山荘のおかみ、堀井よし子さんを訪ねました。そのことは今回は書いていないのですが、「おかみ」という言葉が朗らかさと清潔感をもってお似合いの素敵な方でいらっしゃいました。よし子さんとの話をきっかけに、今回の記事の最後に、南アルプス・鳳凰三山薬師岳の山頂直下にある、薬師岳小屋にもご登場いただきました。
よかったら、ご覧下さい。

 

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2021年6月16日 (水)

『あの人の山道具』

本日発売の『あの人の山道具』(男の隠れ家別冊)で、ご紹介いただきました。
掲載誌が届きページをめくったら、15人全員友人先輩・今日も明日もご一緒する仕事仲間だったという……なんと。SNSでタグ付けしちゃいたくなるような。

 

ほかに、登山SHOPやブランドのスタッフ達の愛用品もありました。
よかったら、どうぞご覧ください。

 

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田部井淳子さん@BE-PAL

小さい記事です。
発売中の『BE-PAL』の「LEGEND OF LEGEND'S CAMP」にて、田部井淳子さんについて短文を書きました。
エベレストBCのメステンの写真とともに、いかに彼女が「食べさせたがり屋」だったか。

あるとき、カシオ展示会にプロトレックアンバサダー達が集まることがあり、富山の山から駆け付けた私は、行動食に重宝していた泊・木村豆菓子店の「ぜいたく豆」を用意し、アンバサダーの友人達に「これ、美味しいの」って手渡していたら。
そのひとりの竹内洋岳さんが、「柏さんさあ、まるで田部井さんみたいだよねー」と。
私にとっては最高の賛辞でした。

色んな方のいろんなキャンプが載っている一冊です。

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2021年5月24日 (月)

鳥海山@毎日新聞わくわく山歩き

5月17日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」では、鳥海山を取り上げました。
webでもご覧いただけます(有料)。
https://mainichi.jp/articles/20210517/ddm/013/070/034000c

鳥海山は、情景が目に浮かぶ山だと思います。登っているときも、滑っているときも、下山後に仰ぎ見るときも。その山姿も鳥海山を取り巻く景色も、それからそこにいる自分の心情も。
だから、「鳥海山の歌」に歌われたのかなあと思ったりしますが、なによりも、地元から愛されている山。
高校山岳部の顧問だった池田正明先生の故郷の山、おらが山でもありました。

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『Mountain Trip 八ヶ岳』発売中

現在発売中の『Mountain Trip八ヶ岳』、表紙が素敵です。
八ヶ岳への愛情たっぷりの仕上がりになっています。

幾本か記事を書きました。
「八ヶ岳ってどんな山?」は、QAになっています。
山麓で八ヶ岳の書籍に出会える場所として、北杜市の日野春アルプ美術館とたかね図書館を紹介しました。オススメです。
先日、たかね図書館のポストに書籍返却したところ、自分の本も入れてしまったようで……翌朝、「きっと柏さんの本だと思います」とご丁寧な電話がありました。
近いうちに、取りにいかねば。

八ヶ岳Loversとして雨宮節さんと林恭子さんにインタビューもしました。
八ヶ岳について、永らく八ヶ岳に通った方に語ってもらおうと考えたとき、ぜひ登山家の雨宮節さんに語っていただきたいと思いました。
登山体系のエッセイが心に沁みたからです。
私にとっては、21年ぶりのインタビュー。山の大先輩に、渾身語っていただき、胸がいっぱいです。

林恭子さんは、かつて通った山がホームとなり、時間の流れ方や接し方、存在に変容があったというストーリーです。
初めてお話しましたが、とっても素敵な方でした。
彼女の登山の原点に、国際山岳ガイドのアスピランである天野和明さんがいらっしゃるようで、天野さんの話がたびたび出てきました。
最近インタビューする方々の話に、天野さんが出てくることが続きました。
けっして、自分の多くを語る人でもありませんので、私も知らないことがたくさんありますが、こんなにも多くの人にギフトを届けているのかと、感銘を受けました。

そして、林さんのお話は、雨宮さんのお話に相通ずるものがありました。

赤岳鉱泉ベースの登山の記事では、最近知った小さな物語を2つ書きました。
ひとつは当主の柳沢太貴さんと登った時に教えてもらったこと。もうひとつは登山家の雨宮節さんに教わった先代・柳沢太平さんのお話。

充実の一冊、ぜひご覧ください。

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2021年5月 3日 (月)

伊藤哲哉さん写真展「SEASONS北岳」@エルク

4月29日は、甲府にある登山道具店エルクで開催されていた、伊藤哲哉さんの写真展「SEASONS北岳」の最終日だった。
この日は、開店前から、エルクで仕事をする予定で9時には店入りをした。
ショップスタッフ達は、ゴールデンウィークに向けた売り場作りを始め、私は店の片隅で仕事を開始した。
その合間に、伊藤さんの写真展を拝見。

エルクの吹き抜け2階にあるスペースは、写真展や絵画展などに使われることが多い。
冬に、青山のnine galleryで拝見していた者としては、正直にいうと今回はどんな展開になるのかドキドキしていた。
エルクは、賑やかなお店であり、その吹き抜け2階でやるからには、写真の世界をどう作りだすのかなあと、思っていた。
一方で、nine galleryは、私も大好きな装丁家であり、アートディレクターの三村漢さんがプロデュースしており、伊藤さんの写真展についても、ディレクションしていた。写真の配置もサイズも、ライティングもすべて演出が整っていて、このなかで見る伊藤さんの作品は、かっこよかった。

いざ、エルクの階段を上っていくと、だんだんと見えてくるのが、北岳を正面からとらえた大きく焼いた作品だった。いわゆる山岳写真。
そして、伊藤さんの世界へ入っていくという演出になっていた。

一度拝見した作品ばかりだったが、心なしか、青山のときと表情が違った。

夕方、来客がはけたころ、もう一度階段を上がっていき、伊藤さんと話をした。
伊藤さんは、「写真も山梨にやってきて、山が近づいたから喜んでいるんですよ」と。
なるほど、そうだったのか。
朝の静けさのなかで観たときと同じような印象が、夕方の賑わう店内で観ても感じられたのは、山が近いからか。
おもしろいコトを言うなあ。
三村さんからも、色んなアドバイスをもらい、写真位置を入れ替えたりしながら、配置したという。

写真は、見る人の心象が反映するときもあるけれど、その場の雰囲気にも影響を受けるのかもしれない。
青山と甲府エルク、それぞれよかった。

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  • ✾登山ガイドについて✾
    現在、MJリンクのサポーターなどで活動しておりますが、このほかに個人ガイドをご希望の方は、下記「メール送信」をクリックの上、お問い合わせください。2019年6~11月のガイドカレンダーをお送りします。ほか、オーダーメイドも承っておりますので行き先や内容など、ご相談ください。

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