2023年7月23日 (日)

『彼女たちの山』/「山小屋で働く女性たち」web掲載

『彼女たちの山』山小屋の項の一部を、連載で読んでいただけるようになりました。

1)北アルプス/朝日小屋 登山者の「ありがとう」に支えられて
初回は、北アルプス北端にある「恋の花咲く」朝日小屋。
管理人の清水ゆかりさんにインタビューしました。
いいことも、そうではなく辛かったであろうことも誠実に話してくださいました。
→コチラ

2)「山小屋の仕事に向いている人は?」
『彼女たちの山』からの引用連載2回目は、北穂高小屋/早川恵美(前)さん、熊の平小屋/早川徳美さん、薬師沢小屋/大和景子さん、天狗山荘/五枚橋純子さん(前)のストーリーを少しずつ。
山と、山小屋と両想いになった女性たち。
阿曽原温泉小屋の佐々木泉さん、彼には今回も登場していただきました。
→コチラ

3)「平成」を山小屋で生きた象徴的な存在の女性たち~
北アルプス/薬師岳山荘・船窪小屋、南アルプス/両俣小屋
ピアノ教師から薬師岳山荘女将へ、堀井よし子さん。
朝日小屋の清水ゆかりさんから、「私が小屋に入った頃から会議でお会いしていた数少ない同性の先輩」と紹介してもらいました。
富山のご自宅へ伺いインタビュー。
皆が「お母さん」と呼ぶ船窪小屋の松澤寿子さん。今回が3度目のインタビューでした。ご馳走とは、まさにこのこと。寿子さんが娘のように思っている女性のことは、次回へ。
両俣小屋の星美知子さんが語るのは「生き抜く覚悟」。宇宙観を持っていらっしゃる方だと思っています。野呂川のほとり、小さな谷あいの定点から広い視野をもつわけを知りました。
3人のストーリーをお読みください。
→コチラ

4)親から子、先輩から後輩へ……手を差し伸べられ、繋がってきた山小屋
最終回は穂高岳山荘の今田恵さん、蝶ヶ岳ヒュッテの中村梢さんら。
恵さんはお父様の英雄さんから、梢さんはお母さまの圭子さんから引き継いだ。恵さんと圭子さん、恵さんと梢さん、互いの小屋のを眺められる位置関係、2世代にわたって手を取りあってきた。
本書でも、「〇〇さんの話も聞いてみて」「▽▽さんのところへはいった?」と言われながら、タスキをつなぐようにインタビューが進んでいきました。
→コチラ

『はじめての山歩き』上梓

『はじめての山歩き』(JTBパブリッシング、1,400円+税)本日発売。
大武美緒子さんと書きました。
8年前にふたりで書いた、女性メインの『山歩きレッスンブック』を基に作っています。
今回は性別関係ないハウツーです。
お近くにこれから山を始める方がいたら、ぜひお勧めを!

メーカー、山岳天気予報、保険、地図アプリの各社にお世話になりました(多数で紹介しきれません🙇‍♀️)。
初心者でも親しめる山小屋として、山小屋やお土産の紹介で、本書に登場いただきました。
赤岳鉱泉、蓼科山荘・双子池ヒュッテ、ヒュッテみさやま、唐松岳頂上山荘、みくりが池温泉、長衛小屋、仙丈小屋、黒百合ヒュッテ、富士見平小屋、金峰山小屋、駒の小屋、槍平小屋……。
ひと息つけるコラムもあるので、書店で見かけた方も手に取ってみてくださいませ。


JTBパブリッシングは、先々代の担当者からお世話になり幾冊か本を出版しています。
市ヶ谷駅から坂を上がっていった先にある社屋が、先月下旬、この本を校了した頃に豊洲に移転。市ヶ谷は大日本印刷も近くにあり、印刷所とのやり取りもすぐにできたそう。出版の街のひとつで、周辺には出版社や編集プロダクション、印刷会社が幾つも。
大手のJTBパブリッシングがお引越しとは、時代も変わるものです。
*同時発売の『これ何?がわかる 草花図鑑』も楽しそうです🌿
https://jtbpublishing.co.jp/topics/CL000555

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2023年5月26日 (金)

ほくほくイベント

5/20に北杜市にあるエコハウス「ほくほく」で、出版記念イベントを開催してくださいました。
朝日新聞記者の斎藤健一郎さん司会、光岳小屋管理人の小宮山花さんとのトーク。発案はほくほくチームの川合英二郎さん。ほかにも光岳小屋の大応援団であるほくほくのみんながご尽力くださいました。
会場には20人以上の方にお集まりいただき、オンライン参加もいただきました。光岳小屋チームは総勢3人馳せ参じてくれました。

健一郎さんが考えてくださったトークの構成が素晴らしくて、発展的な内容であり、ものすごくありがたく嬉しく思っています。
朝日新聞の書評を書いてくださった長沢美津子さんや編集担当の大武美緒子さんも話をしてくれました。
新聞の書評欄は聖域だと思っていますが、どのように書評欄の本が選書されていくのかも教えてくれました。
花ちゃんも、山小屋について考えていること思い実行していることを、ご自身の言葉で話してくれました。

翌朝、ご飯を食べながら書棚に目をやると拙著がありました。柔らかい雰囲気の表紙ですが、山頂に向けてまっすぐに尾根が登っています。これぞダイレクト尾根。そんながっつりした要素もある絵だなあと思いました。

オフグリッドを実現させたほくほくハウスは、居心地よくて、参加者との距離も近くアットホームな会になりました。
こんな素敵な会になったのは、企画側と参加の皆さんのおかげ、心から感謝しています!
おかげ様で、重版出来。GW開けに校了して今日、手元に届きました。
*写真は、ほくほくの皆さんや大武さんからも頂きました。

斎藤健一郎さんもレポートを書いてくださいました。→コチラ
そして、光岳小屋管理人の小宮山花さんもレポートを書いてくださいました。→コチラ

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2023年4月23日 (日)

Today is 彼女たちの山/本日発売_山野井妙子さん

【Today is 彼女たちの山/本日発売】
『彼女たちの山』は、山野井妙子さんのストーリーから始まります。ヤマケイ連載のときもトップでした(連載時より大幅加筆)。

インタビューは、彼らが伊豆に引っ越す直前、奥多摩の家で。1泊2日をかけて、10時間近く録音を回しています。けれど、妙子さんは過去の登山にそれほどこだわりがなく、忘れていることも多いので、「えー」とか「うー」とか言っている時間も長く、正味はどれほどなのか。
横で泰史さんが、「妙子、あの時のことだよ」と促してくれます。けれどそれでも埒が明かなくなり、とうとうこれまでのパスポートを全部出してもらいました。
パスポートを見ながら、海外登山の履歴を追っていきます。

ふたりともモノにもこだわりがないので、引っ越しの際にあれこれ捨てるのだと言いだし、「〇〇と◇◇、それと▽▽も必ず取っておいて」と言ったものです。

本書の校正のうち最後の2回は、ヤマケイに行き、編集の大武美緒子さんと版元編集の神谷浩之さんと3人で、それぞれ丸一日かけて行いました。神谷さんがゲラを指さし、「わかりづらい」というのです。
妙子さん達がギャチュンカンから命からがら下山し、カトマンズに帰るときの国境越えのシーンです。
チベット側がダム、ネパール側がコダリという町で、友好橋という橋がかかっています。私はココを越えたこともあるし、チベットで登山をするときに国境まで荷物を取りに行ったことがあるので、まざまざと景色が目に浮かびます。
けれど読者の多くは知らないだろうし、神谷さんの疑問は小さいながら、確かに……と思うものでした。
そうなると解決するためには、妙子さんに細部を聴きなおさなければなりません。すぐに電話をかけます。
そんな作業を繰り返していました。

妙子さん夫妻と友人づきあいが始まったのは、ギャチュンカンの少し前からでした。同じタイミングで、私がギャチュンカンの隣の山に登りに行ったのも、きっかけだったかもしれません。ギャチュンカン後は、多くの時間を共に過ごしました。その時のことはほとんど書かなかったけれど、妙子さんの人柄を知った時間でもあります。
友人の人生を本に書こうと思ったことは、これまで一度もなかったけれど、ヤマケイの勧めで連載のトップにし、思いのほか妙子さんが取材を快諾してくれ、とんとんと進みました。

SNSの写真、妙子さんが写っているのはご本人から預かりました。本書に載せられなかった2枚です。それ以外は私が撮ったもの。ひよこ岩の写真自体も私が撮りましたが、テントの中の二人を撮ったのはクルティカだそうです。

チョ・オユー南西壁スイス・ポーランドルート第2登は、まちがいなく世界的な記録です。
けれど読者の皆さんにはそれだけではなく、妙子さんの言動に共感したり身近に感じたり、自分の胸の中に大切にしまうものがあることを、願っています。

本書に登場いただいたのは50人余り。その倍以上の方々に取材にご協力いただきました。ありがとうございました。
小さな本にまとめ、書けなかったこと、人がたくさんです。
そんなまだ見ぬ人たちに出会いに、この先も執筆を続けようと思います。

20日前から始めた連投に、お付き合いいただきありがとうございました。日めくり投稿は、これにて終了です。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

いま気づきました。3年前の今日、妙子さんの記事を書いた(連載)と投稿していました。本にするのに3年もかかってしまいました。
http://kashisumi.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-3d8b4e.html
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1day to 彼女たちの山_仲川希良さん

【1day to 彼女たちの山】
山ガールの項に登場いただいた方は大勢ですが、なかからもうお一人。
モデルでありフィールドナビゲーターの仲川希良さんです。

希良さんとの出会いは、ランドネ登山学校(あ、他社さんの企画だ😅)。雪山登山の始め方、ステップの踏み方を示して、雪山になじんでいくというシリーズをご一緒しました。
赤城山から始まり、黒百合ヒュッテ泊で天狗岳、そして残雪の安達太良山でロケをしました。
希良さんが体験する役で、先生は天野和明さん、カメラは写真に写っている廣田勇介さんら。現場全体の安全を管理してくれたのが山岳ガイドの松原尚之さん、という贅沢な布陣でした。10年ほど前のこと。

希良さんの最初の印象は、理解や状況把握が早く、すぐにその場にふさわしい行動をとる人です。モデルの仕事で培われたものなのだろうと想像していました。
誌面を作る段階になって、改めて希良さんにインタビューをすると、繊細な感性をお持ちだということを知りました。

今回のインタビューでも同じように感じました。
何気なく出会った登山の仕事。けれど仕事の山登りではなく、自分自身の山登りへと変容させていった足取り。
日々の暮らしと登山の繋がり。登山は非日常であり、けれど日々の暮らしの合間にあり繋がっているもの。
そんな話をしてくれました。
高校時代から地図好き、散歩好きだった話も面白いですよ!

山と一言で括っても、色んな山登りがあります。けれどスタイルは異なっても、山や自然から受け取っているものは案外同じかな、と思うことがあります。
クライマーもハイカーも、あるいは山を眺めるだけの人も、かつて登って今は登らない人も、希良さんの山に向かう感性、自然を見つめる感覚は、幅広く色んな方々に響くものだと思っています。若い頃の自分にも、家族や子どもを持った時の自分にも、歳を重ね次なることを考えるようになった自分にも響きます。
だから、希良さんに登場してもらってよかった。

SNSの写真は、安達太良山でのオフショット(天野くんや廣田くんと一緒に)と、希良さんからいただいた山菜採りのシーンです。どれも元気印の希良さんですね。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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2days to 彼女たちの山_佐藤泰那さん

【2days to 彼女たちの山】
平成には、山ガールブームがありました。
当時、女性向けのガイドやイベントが増え、女性誌への執筆もありました。けれど、私が一緒に山に行った彼女たちは、果たして山ガールだったのか?ブームに乗っていたのか。
山ガールは、私のまったく出会ったことのない空間でブームになっていたのかもしれない、と思うこともあります。

『ランドネ』は、ブームのはしりH21(2009)年に創刊されますが、「山ガール」という言葉を一度も使っていません。創刊直後から、いままで、副編集長→編集長(昨年秋退任)とずっと『ランドネ』を世に送り出してきた佐藤泰那さんに登場いただきました。
『ランドネ』だけでなく、彼女が立ち上げたKUKKAという登山コミュニティについても伺いました。
ブームのこと、女性の登山者のことを切れ味よく語ってくれました。この方は、ずっと登山の社会のことを考え続けてきたのだなあと思いました。彼女が出会った大切な人たち、天野和明さんらも登場します。

泰那さんは、私にとっては「同志」です。登山の素晴らしさ、愉しさ、豊かさをメディアを通じて、時にはメディア以外の方法で伝える、同じ感覚や志をもって歩んできたかけがえのない存在です。

最初の3枚の写真は、泰那さんからお借りしました。水色のダウンジャケットを着た後ろ姿は、松本のあがたの森公園で鈴木とも子さんを取材しているときのシーン。手袋は私の手ですが、雪山取材のときに泰那さんからもらったお菓子。
ハカセさんのバーの1日ママは、泰那さんにタスキをつなぎました。いつかツートップで1日ママ、します🤣 店主にはこれから相談ですが……
『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
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3days to 彼女たちの山_谷口けいさん

【3days to 彼女たちの山】
谷口けいさんです。
けいさんの親友でありクライミングパートナーでもある大石明弘さんの『太陽のかけら』は、ずっと手元にありながら読まずにいました。大石くんのような一冊の本ではないけれど、書き終わってから読もうと、先々月、脱稿したあとにやっと手に取りました。そして大石くんにゲラを送って、報告しました。

以前、日本山岳会会報「山」から依頼を受けて、けいさんの一生を書いたときの原稿をベースに、まずは当時取材できなかった平出和也さんにインタビュー。「山」はけいさんが亡くなった2ヶ月後発行であり、私としても平出くんにはとてもインタビューができませんでした。
鈴木啓紀さんは、「山」に続いて再インタビュー。高校からの親友水上由貴さんはじめ学生時代の友人達、和田淳二さんは「山」でインタビューしたものを基に書きました。

けいさんの話からはそれますが、鈴木くんのインタビューはいつも興味深いのです。誠実に言語化しようと努め、何度も言葉を選びなおし、言い直すのです。こんな人、ほかに出会ったことありません。言葉の重みを知っているのだと思うし、言葉に対して誠実なのだと思います。そんな鈴木くんのある言葉を、今回も最後に使わせてもらいました。

生前、平出くんと登った山はほとんどインタビューしているけれど、どうしても平出くん寄りになっていました。平出くんが計画立案したもので、登山は計画立案にこそ面白さがあるとも思っていたから。けれど、その計画にひょいと乗るけいさんのことを、今回は書きました。
けいさんは筆まめ、連絡まめであり、旅先から送ってくれる絵葉書や、隙間時間にくれるメッセにほろりと本音が書いてあり、文章にはしなかったけれど、そんなけいさんの人柄を思い出しながら書きました。

執筆中に、ふと黒田誠さんが見せてくれた写真を2枚、SNS用にお借りしました。大学生対象の登山研修所の講習中のものですね。けいさんらしい顔をしているなあ。写真って、何が写っているかとか、そこに写っている人の表情が大切なんだと思います。この写真は、けいさんやここに写っている加藤さん、ジャンボさん達と撮り手の黒田さんみんなの関係をよく表しているなって思います。

瑞穂ちゃんとゆっきーと4人で写っている写真を撮ったのはふっしーです。けいさんが、あの北海道へと旅立つ前夜、私たち、けいさんちに泊まっていましたね。最後に会った時の写真です。
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『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)

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4days to 彼女たちの山_小林由佳さん

【4days to 彼女たちの山】
スポーツクライミングの項に、小林由佳さんに登場いただきました。スポーツクライミングではくくれないクライマーでいらっしゃいますね。
由佳さんをインタビューすると決めたのは、中根穂高さん=ジャックのアドバイスがあったからです。
日頃から原稿に行き詰まったり、方向性が見いだせなくなった時、色んな人に相談します。仕事の仲間、友人。メッセを入れたり、電話したり、電話の挙句「今から、行っていい?」と押しかけたり。
私一人の経験や知識はちっぽけで、こうやって周囲に協力を仰いで、本や記事が出来上がり、おかげ様で私自身の経験も少しずつ積み重なっていきます。

カラファテで接客や営業の訪問の合間、立ち話でジャックに相談し、由佳さんのインタビューを決めました。昭和の終わりから平成へと、由佳さんがクライミングの世界をブリッジしていると感じたからです。
由佳さんの師匠である宮崎秀夫さんにもご登場いただきました。

実は私は、由佳さんの初の小川山のとき、その場に居合わせています。お父さんと真秀さんとやってきて、マラ岩の川上小唄を登りました。小学2年生だったそうです。
あの時も宮崎さんが一緒で、私は宮崎さんやジャックと同じJMCCの木田研さんと登っていたので、小林姉妹に会うことができました。あれ、松浦くんもいたかな。
けっして難しくなく短いルートだけれど、あの時の身長で巧みに登るなあという印象でした。マラ岩のてっぺんから景色を眺めて喜んでいる様子でした。
私が一方的に覚えている出会いですが、以来ずっと由佳さんのクライミングを遠くから眺めていました。由佳さんにとって、小川山との出会いが、クライミングにのめりこむきっかけだったと聞き、嬉しかったです。

今回初めてインタビューをし、とても聡明で、しっかりとした人間性をもつクライマーでいらっしゃるのだと、感服しました。
由佳さんのこれまでの歩みは、時代と符合していくような話でもありました。
由佳さんがいまでも「越えられない」という木村理恵さんや南裏保恵さんの話も出てきました。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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5days to 彼女たちの山_田部井淳子さん

【5days to 彼女たちの山】
1章には、田部井淳子さんにも登場いただいています。
冒頭にある彼女に向けた問い、「その後の生き方は難しくありませんでしたか」は、長年ずっと気になりながら、言いだせずにいたものです。「その後」とは、1975年(昭和50年)のエベレスト女性初登頂のことです。
大きなタイトルを背負い、どう生きてきたのか。

田部井さんを喪ったあと、私は恥ずかしいほど泣いてばかりでした。亡くなった報道があった晩、ある新聞社からの電話インタビューにはなんとか答えたけれど(それは横に友人の編集者がいてくれたから)、その後の取材では涙ぐんでばかり。亡くなった2年後に息子の進也さんに関して、朝日新聞にインタビューを受けた時ですら、涙が出てきて……浜田記者を困らせました。
少人数で集まった追悼の食事会でも、挨拶の時に泣いて話せなくなり、隣の席だった夫の政伸さんになぐさめられるという始末です。
田部井さんと最後に会ったのは、入院先の病室です。
これが最後とわかっていましたが、翌年の正月山行の話をし、「じゃ、また来ます」と手を振って病室を出たことを、涙もろい自分にしてはよくやったと自分で自分を褒めていたのですが、その反動がきたか……。
田部井さんとの出会いと別れを、ちゃんと血肉にできていないのだと思います。

ヤマケイ連載の時は、もっとも大切なひとりをインタビューできないままでしたが、本書の前に話を聞きました。娘の教子さんです。
ほかにも、ご家族はもちろん、田部井さんの親友の北村節子さん、片腕だった吉田三菜子さん、田部井さんの11日後に登頂したパンドゥと通訳の須崎孝子さん、、、母校昭和女子大理事長の坂東眞理子さん、田部井さんがずっとかわいがっていた山田淳さんなど大勢の方々に登場いただきました。

今朝、ある登山家の方から電話がありました。写真提供やインタビューなど大きな協力をいただいており、見本を送ったところ、一晩で読んでくれたそうです。
嬉しい感想、励みになるコメントを沢山聞かせてくれました。田部井さんの項についても、感想を聞かせてくれました。とてもありがたいです。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
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6days to 彼女たちの山_銀嶺会

【6days to 彼女たちの山】
アルパインクライミングの項に、銀嶺会という山岳会の皆さんに登場いただきました。平成になってからできた女性が会員の山岳会。
銀嶺会は自分たちの足場、拠り所、帰って来る巣のような場所でした。
代表の宮田実穂子さん、宮田さんと一緒に会を創った笹川淳子さん、それと荻野恭子さんにお話を伺いました。

銀嶺会の皆さんと出会ったきっかけは、尾白のおばちゃんでした。ある年の冬、黒戸尾根から私のほうが先に下山して売店にいたとき、おばちゃんが、駐車場に下りてきた宮田さん達を指して「彼女たち、一生懸命山に登っているから話かけてみな」と言ってくれたから。

書籍が出来上がったいま思うことは、本当に気持ちよい人たちに出会えたということです。お人柄も、山とクライミング好き度・純度も。
今月下旬、笹川さんが春のドラツーフェスティバルをやるそうで、そこに「試し読みのできるブース」を作ると言ってくれたときは、泣きそうなほど嬉しかったです。
おばちゃんが作ってくれた出会いに心から感謝しています。おばちゃんに「銀嶺会のみんなと沢山話したよ、本にも書いたよ」って報告したかったです。

銀嶺会のメンバーにはそれぞれのクライミングの志向があります。それぞれの「好き」と仲間と登る楽しさや喜びを、ぜひ読んでください。
写真は、屏風岩雲稜ルートを登る宮田さんと笹川さん。書籍に載せなかった写真から。
3/25 前夜祭 
3/26 春のドライツーリングフェスティバル
@曙橋・BETA
https://www.instagram.com/dora2fes/
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『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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7days to 彼女たちの山_大和景子さん/薬師沢小屋

【7days to 彼女たちの山】
山小屋の項には、本当に大勢の方々にご登場いただきました。数行の方もいれば、たった一行の方もいます。けれどどうしても、「平成」というタイミグで一行でも書き留めておきたく、一行に愛を込めました💕一方的な愛ですが🤣
そして、書けなかった方々もいますね……

この日めくりシリーズでは、最後にもうひとり。
写真を見ればピンとくる方も多いのではないでしょうか。
水際の女神・大和景子さん、黒部源流・薬師沢小屋の管理人です。
去年夏、久しぶりに通りかかったときに声をかけたら、奥から元気に闊歩して出てきてくれました。

かつて北穂高小屋に2シーズン通って書いたとき、当時の従業員である矢崎(現:早川)恵美さんを私は、「北穂と両想いになった女性」と書いたけれど、そんな方が時々いらっしゃいます。その山と両想い、その土地に溶け込んでいる人。大和さんもそんな一人ですよね。
山小屋で働くというのはどういうことか、日々眺める自然の機微、気持ちよく山小屋で暮らすことなど、話してくれました。

ほかにも大勢の女性たちが、山小屋の項に登場します。ぜひ、本書をお読みください。
薬師沢小屋 https://ltaro.com/lodge/yakushizawa-goya/
山小屋ストーリーズ/大和景子さん
前編 https://audee.jp/voice/show/44303
後編 https://audee.jp/voice/show/44803
やまとけいこ https://www.yamatokeiko.com/
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『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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8days to 彼女たちの山_星美知子さん/両俣小屋

【8days to 彼女たちの山】
南アルプス両俣小屋の星美知子さん。
昔から通りかかったり、キャンプしたことはあったけれど、泊まったのは2021年が初めて。星さんとしっかりと向き合って話をする機会を得たのはコロナ真っただ中。緊急事態宣言が解ける直前でした。
以来、芦安にお邪魔したり、両俣小屋へ行ったり。今回のインタビューは主に、芦安のご自宅で。

定点観測の極み。
むろん、旅から得るものもあるし、異文化に触れて見聞を深めることも大切であるが、星さんはあの場所に居ながらにして、精神は自由に旅をし、高い視座と広い視野をお持ちの方。その不思議を、解いてみました。
先日の山カフェで話したけれど、彼女が語ったのは、「生き抜く覚悟」でした。
生き抜いてきたからこそ、自然の素晴らしさと残酷さを知っているのだなあと思いました。

星さんに南アルプスでがんばる女性を紹介してほしいと頼むと、熊ノ平小屋の早川徳美さんの話をしてくれました。あの青々とした瑞々しい熊ノ平は、私も大好きな場所。星さんは、歳の離れた徳ちゃんにも「生き抜く覚悟」を感じ、同志のように思っているのかもしれません。
徳ちゃんにも、短いながらご登場いただきました。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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2023年4月 8日 (土)

9days to 彼女たちの山_堀井よし子さん/薬師岳山荘

【9days to 彼女たちの山】
今回も山小屋で働く女性をご紹介です。
残念ながら山小屋の写真、彼女の写真が手元になく、山小屋近くからの眺めを。
どこの山小屋かピンとくるでしょうか……?
この角度から見る槍・穂高連峰、好きです。

薬師岳山荘の堀井よし子さんです。
山に登ったことは(もちろん)ある。学生の頃、剱御前小屋でアルバイトしたこともある。という経歴ですが、前任の方から薬師岳山荘を引き継ぎ、女将になった当時はピアノの先生でした。山小屋に関しては、およそ素人だったはずです。
そのよし子さんが、どうやって薬師岳山荘を営んできたか、ほんの一部ではありますが、ご紹介しました。

取材は、富山市のお宅にお邪魔して。お部屋にはグランドピアノがありました。
印象的だったのは、「薬師小屋」の話になったことです。
コロナのさなかで、取材中に何度も問い合わせの電話が入っていました。「今年は営業するのか」「泊まりたいけれどどんなコロナ対策をしたらよいのか」。まだ山小屋も登山者もコロナに慣れていなかった頃、よし子さんはひとつひとつ丁寧に説明していました。
以前、山小屋のコロナ対策で、南アルプス鳳凰三山にある薬師小屋を訪ねたとき、薬師岳山荘と間違えて電話する人が多いという話を聞きました。問い合わせ電話の件数が多く、1件に長い時間がかかっていた頃なので、間違い電話を受ける側も大変だったと思います。
そのことをよし子さんに話すと、朗らかに笑いながら「そうなのよ~。それで、薬師小屋がどこにあるか調べたわ。よろしく伝えて」と。私は、伝書鳩になった気分です😊

よし子さんを取材するきっかけは、朝日小屋の清水ゆかりさんにあります。彼女が山小屋の仕事を始めた頃、会議は男性ばかり。唯一よし子さんがいた話を聞かせてもらいました。ゆかりさんにとって初めての同性の先輩。
一方でよし子さんも素人同然で山小屋を始めたとき、沢山の人が手を差し伸べてくれたと。そのひとりが穂高岳山荘の今田英雄さん。よし子さんは英雄さんの話だけでなく、「娘の恵ちゃんは、聡明な子よ。元気にやっている?」と。
既に恵さんにはインタビューしていたので、帰宅後恵さんにこの日の取材の報告をしました。

山小屋に従事する方々はこうやって繋がっていて、「次は〇〇へ取材に行けば?」と紹介してくれる時もありました。
薬師岳山荘、食堂の一面ガラス張りの窓からの眺めが絶景です。ここに泊まり、夜を越え朝を迎えるのはものすごい贅沢です。
薬師岳山荘→http://www.yakushidake-sansou.com/

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html


10days to 彼女たちの山_松澤寿子さん/船窪小屋

【10days to 彼女たちの山】
山小屋の章に、船窪小屋の「おかあさん」、松澤寿子(としこ)さんに登場いただきました。
古い写真は、MJサロン(MJリンク主催の先輩女性の話を聞く会)のときにいただいたものです。あのときは、おとうさんと一緒に来てくださいました。

船窪小屋のこと、おとうさんとおかあさんのことは、これまでも何度か書かせてもらいました。最初は日経新聞でした。20年位前のことです。私のことを紹介するときに、いつまでもこの時のことを、おかあさんは紹介する相手に話してくれます。
その後はヤマケイに針ノ木谷の古道のことを、毎日新聞の連載にも書かせてもらいました。まだ書きたいことがありますので、この先も考えていきます。

本書では、寿子さんが山小屋に戻ったきっかけ、寿子さんたちが用意してくださる文字通りのご馳走のことなどを書いています。おかあさんが娘のように思うという、船窪小屋で働いていた中村しのぶさん(当時:伊藤)にも登場いただきました(ヤマケイ連載のときにも、登場してくれましたね)。
みんなのおかあさん、いつまでもお元気でいてください!
船窪小屋→ https://funakubogoya.net/ 

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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11days to 彼女たちの山_清水ゆかりさん

【11days to 彼女たちの山】
山小屋の章にはたくさんの女性に登場してもらいました。
冒頭は連載同様、北アルプス・朝日小屋管理人の清水ゆかりさん。
小屋にいるゆかりさんの写真が、どうしても見つけられず、冬のゆかりさん(下界)と、小屋の風景の写真になりました。

連載のインタビュー時にゆかりさんは重ねて、「平日女子のこと書いてよ」と言うのです。「平日女子スキー部」、部長はゆかりさんです。「どこの秘密結社かと思われますよー」って笑って返したのですが。
ゆかりさんはスキーが大好きで、ものすごい向上心をもって上達しているんです。その仲間達が通称「平日女子」(「平日男子」もありますねー、元気かなあ~?)。
仕事を離れた(といっても同業者も多い)、気の置けない仲間の存在が、ゆかりさんを支えているのだと、言います。
小屋の主として、様々な決断をして窮地を乗り越えてきたのだと思うと、私たち仲間が支えになっているのだったらとても嬉しいです。お互いさまだけれど。

さて、ゆかりさんの記事には、辛い話を書かせてもらいました。お客様からいただいた手紙のくだりです。言う側(お客様)がどれだけ辛いか、知っています。言われる側の気持ちも想像します。このエピソードを聞いて、ゆかりさんはいいお客様に恵まれたんだなあと思いました。
そしてゆかりさんは、やっぱり山小屋の主らしい方でした。潔く覚悟があり、ご自身を律する方です。
人に助けられ、人を助け。人に支えられ、人を支え。人があってのゆかりさんの人生。私たちもどれだけ、ゆかりさんに支えてもらったことか。輪の真ん中で、いつも笑っています。
もちろん、「恋の花咲く朝日小屋」のことも書きました😇

朝日小屋、来期のアルバイト急募!
ゆかりさんに山の仕事を教わり、恋の花咲く朝日小屋で働いてみませんか。日本海の漁火が見え、静かなひろびろとした展望のあるとてもよいところです。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid035PgDKh7cJmfQJJeTuFpATUL8HtL9WYJnEUda5os1r8cKgDUrkYZBkdj3dp7bkSdel&id=100009439099477
朝日小屋→ https://asahigoya.net/

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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2023年3月16日 (木)

12days to 彼女たちの山_遠藤由加さん

【12days to 彼女たちの山】
1章に登場いただいたのは、クライマーの遠藤由加さんです。
今日は、由加さんの自著を紹介したくご本人ではなく本の写真を載せます。

由加さんは「SNSには好きなように書いて」と言ってくれたけれど、言葉になりません。
初めてお会いしたのは、三つ峠での取材。1990年代後半だったか?
由加さんが懇意にしていた木村東吉さんと三つ峠の岩場を登るのを、編集とカメラを兼任したのが故敷島悦朗さん(私の大好きな先輩でした)、私がふたりのやり取りを文章で収録。
随分経ってから由加さんが、「あのときキュロット履いてきたでしょー。女の子やなー」みたいなコトを言っていたのですが、私……キュロットって持っていないし、膝丈短パンというヤツでしょうか?由加さんが思うほど、オトメではなく。

四川の山を一緒に登りに行く機会もありました。
言葉にならないのは、私が由加さんを好きすぎて、強い憧れがあり、彼女からもらったものを私はまだ自分の血肉にしきれていないからという結論に至りました。

最近も由加さんをインタビューしました。
国立登山研修の年報「登山研修vpl.33」(2018)の研修所50周年特集に「女性の登山指導者にまつわること」に登場いただいたとき。
→ココで読んでいただけます!
https://www.jpnsport.go.jp/Portals/0/tozan_vol33.pdf
ちなみにこの時も今回もインタビュー場所は同じ、パン2の休憩室です。

今回は、由加さんが妙子さんと登ったチョ・オユー南西壁スイス・ポーランドルートのあと、ヒマラヤには区切りをつけフリークライミングへ没頭していくことを書きました。
けれど、とても由加さんのことを書ききれなかったなあと思っています。それで本人の著書を出すのは、書き手として卑怯な気もします。でも、やっぱり描き切れませんでした。
繰返し原稿のやり取りをするなかで、由加さんはいつも自分のことを「変人だ」と言うのですが、変人なのでしょうか……至極まっとうな人間のように思うのです。
それはクライマーとしてもまっとう、社会人としてもまっとうということです。
自分の描くクライミングを目指して進む姿勢はクライマーとしてまっとう、社会で働き自立心のある生活をしている姿は社会人としてまっとう。
これ以上のまっとうはあるのだろうか?とすら思います。
そして、本書の帯に由加さんの言葉を載せました。
「ここまで好きなものがある私の人生は、幸せだと思っています」(遠藤由加)

由加さんの著書はこちら。古本屋さんやネットにもありますよ!
『青春のヒマラヤ―ナンガパルバットへの道 』(1989)
『きっと、また登る』(1998)
『ロッククライミング・タクティクス50』(1998)
遠藤由加クライミングスクール→ http://yukajira.com/

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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13days to 彼女たちの山_木崎乃理恵さん

【13days to 彼女たちの山】
山岳ガイド3人目は、国際山岳ガイドの木崎乃理恵さん(写真右)です。
コロラド在住ですが、この冬は日本にいる時間も長いので、どこかでお会いになった方もいるのではないでしょうか。

一昨年秋、アメリカンアルパインクラブのInstagramに、国際山岳ガイドになった人たちにガイドの証であるバッジを授け、仲間がお祝いしている様子が載っていました。よく見ると、日本人女性が一人写っていて、タグ付けの先に飛ぶと、木崎さんのアカウントがありました。その時の雰囲気がとっても温かくて、いい仲間に囲まれているのだなという印象を持ちました。それが木崎さんにインタビューしようと思い立った理由です(国際山岳ガイドというタイトルよりも、仲間達との様子です)。

コロラドの木崎さんとzoomでつなぎインタビューしました。彼女のガイド生活のキーは、やっぱり仲間でした。とくに彼女のメンターであるアンジェラ・ワイス(写真左)との話が興味深かったです。アンジェラといえば、アメリカの名ガイド。AMGA(アメリカ山岳ガイド協会)の会長であり、IFMGA(国際山岳ガイド連盟)の理事でもある方。
木崎さんから聞く話は、目から鱗、悩める日本の女性のガイド達にも一緒に聞いてほしいという内容ばかりでした。
女性は、身体的に考えると必ずしもガイド業に有利ではありません。けれど、それをどう克服していくか。アンジェラから木崎さんが教わった話、木崎さんとアンジェラで考えた話は、とても参考になりました。

昨年末、国際山岳ガイドの加藤直之さんがIFMGAの総会から帰国したとき、アンジェラのほかにも、ジュリアナ(エクアドルの会長でもある)もIFMGAの理事であり、シルビア(カナダ)などガイド協会の会長が女性である国は多いと教えてくれました。ガイドとしての実力も、また人間的にも尊敬できる人達だと。

木崎さんは、国際山岳ガイドを受験中にママになります。そんな話も、もっとたくさん書きたかったです。
いずれ彼女の物語の続きを書きたいと思っています。
norie kizaki→ http://www.noriekizaki.com/

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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14days to 彼女たちの山_高月弘子さん

【14days to 彼女たちの山】
山岳ガイド二人目は、ガイドカンパニー「冒険小屋」を率いて、自分自身もガイドし、さらにはゲストハウスも営む高月弘子さん。
http://www.boukengoya.com/

弘ちゃんと初めて会ったのは、17年前。
スイスのグルンドの駐車場でした。私は2ヶ月ほどグリンデルワルトに滞在しており、近藤謙司さんのガイドツアーに混ぜてもらいメンヒに向かう日。弘ちゃんは夫の故高月泰治くんと登りに来ていて、抜きつ抜かれつしながら1日を共にしました。

弘ちゃんは、遊ぶことが大好きです。
探検部出身で、陸だけではありません。ラフティング、パックラフトも。宿の女将業とガイド、カンパニーのマネジメント、さぞ大変なことだと思います。
冬になると大きなゲストハウスの除雪作業だけでもひと苦労です。
それらを一人で背負ってやっているのだから、すごいです。
そんな多忙な生活だけれど、「遊ぶ」ことは忘れません。

滑りにしても、アルペン、テレマーク、スノーボードと器用にこなしますが、それも雪の上で長い時間を過ごした証だと思います。

ガイドはどれだけ自分の山を登っているか、というのが重要だと思いますが、その理由はいろいろ。
自分のスタイルや喜びを持っていることは、お客様にも伝えるものが幅広くあります。
遊びを通じて自分の限界や実力を知っているのも重要。

1枚目の写真は、秋の鉱山道(北アルプス北部)へ入る手前。この後、錦色の木々がまっていて、綺麗、綺麗を連呼してまったく前に進みませんでした。

初めて出会った頃は互いに30代。それから歳を重ねて、弘ちゃんが変容してきたことも少しは書けたかな……と思います。
弘ちゃんはガイドをしているときも、遊びで山に登っているときも、とても楽しそうです!

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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2023年3月 1日 (水)

15days to 彼女たちの山_加藤美樹さん

【15days to 彼女たちの山】
山岳ガイドの項に登場いただいたひとり、加藤美樹さん。
http://mikiyatsu.jp/ インタビューしたのは、彼女が住む北杜市の里山である中山にて。旧知の仲だけれど、久しぶりに会うタイミングだったし、コロナ真っただ中で息抜きをしたい気もあり、美樹さんから「どこか歩きながら話さない?」と提案いただきました。

堤山、斑山、横尾山の案も出たけれど、テッパンのココになりました。甲斐駒ヶ岳は姿を隠していましたね。
すぐに山頂に着いちゃったので、登ったり下りたり登ったりを繰り返して3本のルートを歩いてみました。互いの近況報告や雑談をしながら歩き、最後は山頂に腰を下ろしてインタビュー。
フツーに考えると、私がおにぎりや飲み物を持っていくべきなのですが、心優しい美樹さんが、テルモスにお湯を入れて、飲み物もたくさん持ってきてくれました。お代わりもしました。

美樹さんをインタビューしたのは、おそらく2回目。10年ほど前のその記事のタイトルは「努力の塊はしなやかに、たゆまず道を歩む」。美樹さんは、努力の塊だと思っています。その印象は今回も変わらず。
現行のシステムで、国際山岳ガイドにトライした最初の日本人女性は美樹さんと菊池泰子さん。お二人とも国際山岳ガイドになることはなかったけれど、道を切り拓いた方だと思っています。先頭を往くものは、ときには傷だらけになります。

最後、美樹さんに「今回の書き手が、柏さんで、本当に良かった」と言ってもらったときは、泣きました。
このURLには、前回のインタビューの頃の美樹さんと飼い犬のケイティー、それと泰子さんの写真があります。誌面には載せなかった笑顔(誌面はもう少しキリリってした表情だったので)。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10203358809584655&type=3 今回の写真は、彼女のガイド仲間が撮ったもので、こちらもとびきりの笑顔でした。きっとものすごく楽しいクライミングだったのだろうな。

 

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社、3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

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2023年2月26日 (日)

16days to 彼女たちの山_野口啓代さん

【16days to 彼女たちの山】
1章には5人の登山家、クライマーに登場いただいています。
そのうちのひとり、野口啓代さんはヤマケイ連載の時にも書きました。
連載は、2020年4~12月号の隔月です。
写真は連載の時のページで、啓代さんがグアムで初めてクライミングをしたときのもの。ご自身の著書にも載っている有名な写真ですね。

連載時はオリンピック前で、啓代さんはトレーニングに集中していたので、なかなか取材の時間が取れませんでした。気持ちを改めて、周囲の方々の取材から始めました。
実家にご両親をお訪ねし、啓代さんのプライベートウォールを見せてもらったり、話を聞いたり。そのプライベートウォールが立ち上がった当初、ルートセットをしていた立木孝明さんに会いに行ったり。日本人初の国際ルートセッターである東秀機さんには啓代さんのことだけでなく、平成のフリークライミング、スポーツクライミングのシーンについて教えてもらいました。
平山ユージさんも快くインタビューに応じてくれました。啓代さんを慕う後輩の伊藤ふたばさんとも話すことができ、だんだんと啓代像が見えてきた頃、ようやく40分の電話インタビューの約束をすることができました。

けれど、その日は私が北アルプス・朝日小屋にいて、電波が弱いうえに、天気が悪い日で頭を悩ませました。管理人の清水ゆかりさんに「どこがいちばん、電波がよいか?」と尋ね、幾つもの場所をロケハンしました。結局、山小屋の外にある階段の踊り場で電話をかけました。一度途切れたりもしたけれど、啓代さんは持ち前の集中力で、短時間ながらもしっかりとコメントしてくれました。

書籍にする際には、改めてインタビューをしたけれど、オリンピック後もお忙しく、なにかの受賞式に出席する前の控室で応じてもらいました。艶やかなドレス姿だったことを覚えています。

平成元年に生まれ、まさに平成を登り続けた啓代さん。不動の女王であり続けることができたのはどうしてか、連載時から大幅に加筆しています。
『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

 

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17days to 彼女たちの山‗小山さやかさん

【17days to 彼女たちの山】
もうひとり「大学山岳部」の項でインタビューしたのは、小山(現:増本)さやかさんです。
さやかちゃんは、平成の中盤に立教大学山岳部で活動していました。インタビューしたのは、まださやかちゃんのお腹が大きかった頃。コロナもあったのでインタビューに行くことを相談したら、「大丈夫」と。お宅にお邪魔しました。

夫の増本亮さんは、生まれてくる子のために家を増改築中でした。そんな大工仕事の音を聞きながら、さやかちゃんをインタビューしました。
増本邸は時々遊びに行くことがあり、その前は「コロナで出かけられなくなったから、鶏を飼うことにした」と卵をもらいました。私はどうも鶏が苦手なんですが、増本邸の鶏小屋には入ることができて、少し楽しかったです。

さやかちゃんの話のなかに、学生の時に同世代で山で命を落とした方々の名前が幾人か出てきました。一方で、「好美」と彼女が繰り返し話に出す加藤(現:浦部)好美さんについては、好美さんと好美さんが産んだ命のことなど話してくれました。

さやかちゃんは、学生時代の写真は全部実家ということで、Facebookのこちらは、好美さんがリーダーでさやかちゃんがサブリーダーで登ったパンバリ・ヒマール(6887m)の写真を、JAC年報『山岳』から接写したものです。色んな大学山岳部から集まったメンバーでの遠征。先輩たちから見守られることはあっても、強靭な先輩リーダーがいるわけではなく、同じような力と経験の者同士が自分たちの力だけで登った経験は、かけがえのないものだと思います。彼らの初めてのヒマラヤが、そんな形だったことは、とっても仕合せな経験だと思いました。「初めて」は、その人にとってたった1回しかないことだから。
→パンバリ・ヒマールのレポートはコチラで読んでいただけます。
http://jac.or.jp/sangakuhensyuu/2007optimisation.pdf#page=79
さやかちゃんの最近のクライミングについては、別の項でも触れています。
大学山岳部での話は、「命」の話だったと思います。そして、大学山岳部で始まった登山の経験が、いまの生活の根幹にあるということ。
本書は、平成期の日本人女性の登山の記録を記したものというよりも、ひとりひとりの物語を書いた本になりました。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社 3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html...

 

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18days to t彼女たちの山_高井野乃子さん

【18days to 彼女たちの山】
「大学山岳部」の項では、アンケートから幾つかエピソードや言葉を紹介したほか、5人にインタビューしています。3人目(順不同)は、平成の終わりに信州大学山岳会で活動した、高井野乃子さんです。
高井さんのことは、数年前の冬に森光さんと富士山に登った時、避難小屋の中で聞きました。森さんは山の業界きっての敏腕で、いまはザ・ノース・フェイス/ゴールドウインの役員ですが、信大山岳会のOBです。
下山後さっそく、友人のシオ(塩谷晃司さん)に相談したら、「後輩です」と紹介してくれました。

高井さんのインタビューが実現したのは、彼女が大学を卒業し岡山で働くようになって少し経ってから。麻衣ちゃんと佳苗ちゃんが平成前半(の少し後ろの方)の山岳部員、もうひとりが平成中盤、高井さんは終盤。
時代に合わせた話が出てくるかな、と思ったのですが、高井さんはとことん平成でした、なんなら昭和。
スマホというバックアップはあるけれど、電源は切っている。ザックはガッシャのまま。冬靴がベガでした……私だって履いていたよ、ベガ。初代プラはコフラックだけれどね。まだ製造販売していたのかという驚き。ただその選択理由は想像の通りで、納得しました。

このエピソードはモノによることですが、モノだけでなく魂や感性の部分でも、平成も昭和も令和も、ひょっとしたら大正や明治も変わらないんじゃないかなと思うことが、この本の取材を通してありました。
高井さんとは初対面だし、親子ほどの年が離れていますが、普通に「わかりますよね、この感覚」「わかりますよね、このときのこと」という感じで、大学山岳部のシーンを話してくれ、私も手に取るようにわかったので、ある意味、大学山岳部は、ひいては登山というのは普遍的なのかもしれません。

高井さんは5年かけて大学を卒業しますが、その理由が潔いです。4年の時にはリーダーを務めます。
とても聡明で美しい人ですが、送られてくる写真がどれも……傷だらけや虫刺されの顔や、むくんだ顔ばかりで。
またまたシオに助けを求めたところ、「映える写真はありませんねー」と送ってくれました。
人生に映えは不要。
『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社 3/14発売)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

 

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19days to 彼女たちの山_内野麻衣子さん+渡邉佳苗さん

【19days to 彼女たちの山】
テーマ別に書いた第2章には、「大学山岳部」があります。「わざわざ大学山岳部を取材?」って思う方もいるかもしれませんが、大学山岳部というのは色んな意味でひとつの文化だと思っています(話すと長くなるので割愛💦)。

今回、平成期に大学山岳部で過ごした女性たち40人がアンケートにご協力くださいました。ありがとうございます。
私自身、昭和の終わりに大学山岳部に入り、平成初期に卒業しました。アンケートの声は、「わかる、わかる」って首がちぎれそうなぐらいうなづいて共感するものもあれば、そんなことを考え感じていたのかと、切なくなるものもありました。

写真は、内野(現:𦚰坂)麻衣子さん(学習院山岳部主将)と、渡邉(現:柴崎)佳苗さん(早稲田大学山岳部主将)。
同じ時期に大学山岳部で過ごしたふたりは、大親友でありソウルメイト。
私が、ふたりと初めて会ったのは、四半世紀ほどは前。彼女たちが学生の頃です。以来、ずっとお付き合いが続いています。
麻衣ちゃんは、山岳雑誌や書籍の編集者だった時代もあり、そんなお付き合いもあり。佳苗ちゃんとも色々あったなー。MJリンクのサポーターに誘ったら、快く引き受けてくれて。赤岳鉱泉手前の台地で佳苗ちゃんチームが休んでいるところで、田部井さんが「いい人を紹介してくれて、ありがとう」と耳打ちしてくれました。

今回の取材は、最初は3人でzoom。まるで飲み会のように和気あいあい進みました。その後にもう一度一人ずつ取材をお願いしました。
あらためて二人の話を聞き、私は彼女たちと友人であることをとても誇りに思いました。
わずか20歳ほどのときに、とても聡明な判断と行動をします。部員たちを率いる中で(学習院は女性部員だけになり、早稲田は佳苗ちゃんのほかは全員男性)、強がらず、自分を大きく見せず、ありのままを受け入れ、そして立派にリーダーシップをとっていきます。

SNS投稿には、「どんな写真を載せてもいいよー」と言ってくれた太っ腹で寛容なふたり。当時も今もめんこいふたりを見てください。

『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(山と溪谷社 3/14発売)
コチラをご覧ください。

 

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2023年2月22日 (水)

20Days to 彼女たちの山_柿崎サラさん

【20Days to 彼女たちの山】
昨日、校了しました。
来月14日のホワイトデーに『彼女たちの山 平成の時代、女性は同山を登ったか』を出版します。
今日から14日まで、SNSを使って本の紹介をしていきます。
取材のあれこれ、本書には描き切れなかったことなど。
.
初回は表紙の絵を紹介します。
描いてくださったのは柿崎サラさん。
https://sarakakizaki.jimdofree.com/ 最初は編集者のスマホ画面でしか見ていなかったのですが、今月に入って、ゲラを送ってもらいました。
歓喜の声と共に、柿崎さんの絵にふさわしい内容にできるよう、残りの時間をがんばらなければと思いました。
本書は、2020年のヤマケイの連載後から新たな取材を繰返し大幅加筆したもので、出版までに3年以上かかってしまいました。実力不足を痛感しておりますが、いまは開き直って「ジャケ買いしてください」と言っています。

1章と2章から構成されています。
1章は山野井妙子さん、田部井淳子さん、谷口けいさん、野口啓代さん、遠藤由加さんについて書きました。
2章はテーマ別になっており、山ガール、山小屋で働く女性たち、山岳ガイド、大学山岳部に情熱をつぎ込んだ彼女たちのこと、スポーツクライミング、アルパインクライミングです。

柿崎さんの絵は、よく見ると雪渓や岩や紅葉した草などの山肌や、樹木や山小屋、それと登山している人たちがものすごく細かなタッチで描かれているんです。それが浮かび上がって目に飛び込んできます。躍動感があります。
ご本人に聞くと、「書籍に登場する女性達のようにキラキラと輝く絵を描きたい、プリズムのような色をイメージした」と。
じつは、好きなビールのラベル(伊勢角屋麦酒)も柿崎さんが描いていたことをあとで知り……重版できたらそのビールでお祝いしようと思っています。

書籍は色んな人の手にかかって出来上がります。柿崎さんの絵は装丁・デザインをしてくださった朝倉久美子さんや編集の神谷浩之さん、大武美緒子さんの手によってカバーになりました。
ご予約いただけます🙇‍♀️
https://www.yamakei.co.jp/products/2821172050.html

 

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2023年2月19日 (日)

『What’s Next?』平出和也さんサイン会

長年の友人であり仕事仲間でもある平出和也さんの新著『What's Next?』のサイン会に行ってきました!

別れ際に、「辛口のコメント、聞かせてください」と言われ、「すぐに読むね」と応えた通り、帰宅途中のカフェで一気に読み終えました。けれど、辛口コメントが思い浮かばない……。

まるで彼の声が聞こえてきそうな文体でした。あんなに繰り返しインタビューしたのに、私の知らないことも載っていました。
ここ数年本人は、いわゆる「43歳」を気にかけていたけれど、それも越えこうやって第一線で長く登り続けるのは、フィジカルだけでなく、それを支えるメンタルの要素が大きいと以前にも書きました。メンタルというのは、登るという強い意思だけでなく、山や自然、山のある国の人々や家族や周囲の仲間達への思いやりもです。そういったことを、平出くんは若いころからずっと大切にしているんです。本書を読むと、よくわかると思います。

それとかねてから思っていたことです。
平出くんのようにカメラマンと二足の草鞋の登山家-中島健郎さんや三戸呂拓也さんもですが、彼らは自分の登山だけでなく、ファインダーの向こうの人物の人生を見続けています。いつも自分が主人公なわけではない。平出流に言う「特等席から、その人の人生を記録する」という行為が、彼ら自身の登山や人生をより豊かなものにしているのではないかな、と思うことがあります。視野が広く、高座からの視点があるのです。たとえば、デナリでの佐々木大輔さんと平出くんの友情、昨夏のTJARでの望月将悟さんと平出くんの触れあいをみても、そう思います。

「登山家」という存在についても考えます。平出くんは今回の著書で自分自身をアルパインクライマーと名乗っていますが、登山家でもあると思っています。
ことカールン・コーのあと、ヨーロッパを巡り、アルパインクライミングの本場でアルパインクライミングについて語り続けた。多くの聴衆にクライミングの魅了を伝え、勇気を与えてきたと思っています。こういう行為を経て、本当に平出くんは登山家になったんだなあと思いました。すごいな。

私にとって直近のインタビューは、昨年10月のカールン・コー。帰り道、健郎とふたりでご馳走をしてくれました。ワインを飲みながら3人でピザをつついたのですが、ふたりのその気持ちがものすごく嬉しく涙が出そうでした。
結局のところ、私が長く平出くんを書いている、これからも書きたいと思うのは、彼が持つ記録やタイトルではなく、平出くんのハートに触れることができたからなのだと思います。

書籍の脚注にQRコードがあり、平出くんらが撮影したお宝映像が見れるとは聞いていましたが、QRコードはものすごくたくさんあります!「びっくりだよ」というと「出し惜しみしていません」と。

今日のサイン会では、来場者ひとりひとりと丁寧に話をし、一緒に写真を撮り過ごしていました。私もふたりで写真を撮ったことなんてないねと言いながら、撮ってもらいました。
本人はタイトル通り、「次の本のこと、次の山のことを考えている」と話していました。

 

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2023年2月13日 (月)

伊藤ミサさん『山かく人』

切り絵作家/絵描き・伊藤ミサさんのきりえ挿画集『山かく人』。
2ヶ月ほど前から、時々眺めています。

切り絵は、影があるから好きです。
タイトルの「かく」って何だろう?「描く」と「書く」だろうと思っていたけれど、「掻く」もある。田代をかくとか、弦楽器をかき鳴らすとか……直接山に関係なくても、いろんな動作を思い起こすなあと思っていました。

どんな表現手段であっても、その表現に余韻があったり、受け手が想像を広げられる余白がある表現は、とても素敵だなあと思います。
ミサさんの表現には、雰囲気ある余白があります。

岳人の連載や、先日花ちゃんが届けてくれた光岳小屋の手ぬぐいでも、ミサさんの作品はみてきたけれど、こうやって一冊になると、じっくり浸れます。岳人の連載からのページには、古典ともいえる山書からの文章も置かれていて、言葉と絵を行ったり来たりしながら味わうページでした。
私は、寺田寅彦の「雨の上高地」が好きです。

彼女の旧知の山仲間が、若い頃はもっと尖っていて激しい作品を作っていたのだと、幾つか具体的に教えてくれました。ミサさんのそんな「生」への生々しい表現も、いつか拝見したいです。

HPからは本書を購入できます。
https://www.kirieito.com/

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2023年2月10日 (金)

野村良太さん、植村直己冒険賞受賞記者会見

先日、2022「植村直己冒険賞」記者会見がありました。

受賞は、野村良太さんの「北海道分水嶺積雪期単独縦断」(2022/2/26~4/29)
着想は『北の分水嶺を歩く』(工藤英一著)。
これまで、単独・パーティ問わず成功したものはなかった。
山小屋4ヶ所に食糧デポ。前年に続き2度目のトライ。

ライターは基本、おっかけなので、会いたい人、書きたい人がいれば出向きます。野村さんのことは、2021年のトライのころから読んでいたけれど、お会いしたのは初めてでした。
スピーチも質疑応答も明瞭で、聡明な人という印象。
それは、ご自身の意思や行動がシンプルでぶれないことにも由来しているのかも。
偉大な登山家、冒険家は皆賢いと思いますが、野村さんもとてもポテンシャルの高い方でした。身体ががっちりしていて大きいのも、ひとつの資質。

普段このような場であまり質問しないけれど、今日は口火を切ってみました。
1)63日間、670㎞を歩く中で、山域ごとの自然の移り変わり、季節の移り変わりをどのように感じていたか。
→これぞ長い縦走の醍醐味だと思いますので。
2)途中、車道に下りる箇所があるけれど、いかにモチベーションを保ち続けたか。
会えてよかったです。

追記*
受賞前夜に、日本山岳会北海道支部主催の野村さんの講演会@札幌がありました。
録画がYouTubeに載りましたので、ぜひぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=1jvHW68EVWk

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景信山 @ 毎日新聞「わくわく山歩き」

2月6日の毎日新聞朝刊「わくわく山歩き」は景信山でした。

 

web版(有料)でも読んでいただくことができます。

https://mainichi.jp/articles/20230206/ddm/013/070/033000c

 

FRCCというがんの体験者の山岳会に入っており、月1回のハイキングがあります。FRCCの正月山行は景信山で餅つきというのが恒例です(コロナで中断中🥲)。1月の景信山山頂はものすごい賑わいで、月末に登っても、「ここはまだ正月だったか!」と思うほど人々が餅つきをして楽しんでいます。

 

昨年1月中旬に友人3人と登ったときは、平日のものすごい寒い日で、しかも夕方到着だったためか、人っ子一人いませんでした。こんな静かな景信山もあるんだあと印象的でした。
紙面には、静かな山頂にたどり着くまでのことを書きました。
景信山のような存在の山が、日本各地にあるんだと思います。
久美子さん、直子さん、楽しい山をありがとうございました!

 

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2023年2月 3日 (金)

北田啓郎さんを偲ぶ会

2月1日の「北田啓郎さんを偲ぶ会」は、目黒の自由学園明日館で開催されました。講堂の設計は遠藤新の設計と書いてあったけれど、向かいのフランク・ロイド・ライトの設計に合わせたような窓枠でした。

とっても立派なお式でした。
兄の紘一さんのスライドショーや、児玉隆治さんの思い出話、お客様だったという山口哲郎さんのお話、そして最後に北田佳子さんのご挨拶。笑ったり泣いたり、北田さんのことを沢山思いだしました。

式後、カラファテ前の「なるたけ」での偲び語り合う会も、心に残りました。
テレマークスキーの仲間に沢山会って、大先輩たちにも大勢お会いして、次の時代を継ぐ若い方々もいました。参列できないことを歯がゆく思いながら、各地から祈っているのも感じました。偉大な方は人を集め、人を残してくれるのだなあと改めて思いました。

カラファテができたのは、大学3年のときでした。
山岳部OBにカリブーのメンバーである山本淳先輩がいたので、紹介いただいたのか。30歳でいまの仕事を始めるずっと前から、つまり35余年もお世話になり、クライミングやスキーで遊んでもらい、沢山のことを教えて貰いました。

一本でも二本でも、ヒールフリーだろうが踵を留めようが、板に乗って雪山を登り滑る方はみな、直接的・間接的に北田さんの影響や恩恵を受けていると思っています。
山スキーやテレマークスキーの道具、技術、情報の多くを輸入し、日本にあった素地と融合させ、雪山を滑るという文化、心意気、仲間、社会、テレマークスキーそのものを熟成させ、育ててきたお一人なのだから。

去年の1月25日から、休まずカラファテを営業し続けてきた皆さん、この日の会を準備くださったカラファテとパタゴニア、てれまくりの皆さん、ありがとうございました。
ジャック、荒山ちゃん、矢野さん、少しはゆっくりしてください。

カラファテの創業者である坂下直枝さんのメッセージ
https://calafate.co.jp/shop/pages/calafate-concept.aspx

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2022年12月19日 (月)

陀峯山/毎日新聞「わくわく山歩き」

今朝の毎日新聞「わくわく山歩き」は陀峯山です。
webでも読めます(有料)。
https://mainichi.jp/articles/20221219/ddm/013/070/017000c
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陀峯山は、広島県江田島市の能美島にあります。
先月4日間、広島に滞在しました。
その間、天応烏帽子岩、陀峯山、宮島の弥山(ちょっぴり長いコース)に登りました。
共通点は花崗岩、照葉樹林、林床にシダ、それと瀬戸内海の眺望です。
記事は、当初ガイドに多く出てくる山を登ろうと計画したけれど、広島の岳人・吉村千春さんのお誘いで、迷うことなく陀峯山に変えたという話です。地元で長く深く登り続けていらっしゃる方の提案がいちばんです!
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終盤、少し暗めのトーンになりましたが、最近私自身が大きな別れをしたからであり、陀峯山の思い出とは関係ありません。
けれどいつも、海をはしる船を見ると、宮本輝の『別れの船』を思いだすのは、ホントです。
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さて、随分前のことになりますが、広島滞在はそれはそれは愉しかったです。日本山岳会のYouthClub(若手会員)が各地から集まるという企画。正直はっきり端的にいうと、日本山岳会に入会して20余年。こんな若者達の集まりに接したのは初めてです。
気持ちよい人たちばかりで、日ごろの登山の話や、広島のアマ・ダブラムやトシさんのマナスル+アマ・ダブラムのファストマウンテニアリング(FKT)の話も聴けて、夜も大いに盛り上がりました。次なる計画も出てきました。
今回は、先輩の松原さんが企画してくれたものに乗っかっただけですが、こんな集まりが継続できるようにこれからは自主的に関わっていきたいと思いました。みんな、ありがとう!
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*陀峯山は、岩稜歩きセクションが多いです。ワンスリップでアウトのミスが許されない箇所もあります。踏み跡不明瞭で、探しながら歩くところもありました。これから登られる方、ご準備を。

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2022年12月17日 (土)

今月の本棚『山とハワイ』@ヤマケイ

発売中の『山と溪谷』1月号の「今月の本棚」に、コミックエッセイスト鈴木ともこさんの大作『山とハワイ』の書評を書きました。
『山登りはじめました』の時も書かせてもらい、続いて2回目。嬉しいです。

どんな本であるか、どんなことを感じたか、ぜひ記事をご覧ください。
そして、『山とハワイ』を手に取ってください。
鈴木家のみんなが32日間かけてハワイの島々を旅した物語です。
ともこさんの果てしなく豊かな世界が広がり、ハワイの大自然が描かれています。

本書に、先日噴火したマウナ・ロアに登った様子が出てきます。火山の女神ペレも登場します。スーパーわがままで嫉妬深く困った人なのですが、なぜか許せちゃうから不思議。
マウナ・ロアの噴火についてともこさんが語ったことが、「デイリー新潮」に載っています。これを読んで、私はちっともともこさんのことを描ききれなかったなあと思いました。

 

『山と溪谷』   →ココ
『山とハワイ』  →ココ
「デイリー新潮」 →ココ

 

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